新田美波の定跡解説 「居角左美濃ってなんですか?」
(数日前、事務所のルームにて)
アーニャちゃん、おはよう!えーと、ドーブラエ、ウートラ…かな?
「ドーブラエ ウートラ!おはよう、ですね。ミナミ、ロシア語も上手です」
そう?まだ、アーニャちゃんから教わってる途中だけどね。
「ミナミはもっと自信もっていいですね。ミナミはマジメで、勉強もできて、キレイで、優しいです」
…恥ずかしいから、別の話をしよ?
あれ、机の上の盤……アーニャちゃんが並べてたの?
「ダー、少し、困ったことがあって」
……何かあったの?
「ミナミからレクツィアしてもらった矢倉、指そうとしましたね。…でも、相矢倉にならないことが増えました。こんな形に組まれてしまいます」
えーと……『居角左美濃』だね。ここから、後手に攻められるんでしょう?
「ダー、でも、どうすればいいのか、何が狙いなのか、わからないです。だから、並べて考えてましたね」
この形は、とても難しいよ。…でも、どうして一人で?
「最近のミナミ、忙しいですし…アー、自分で考えないと、と思いました。でも、難しいですね」
アーニャちゃん、確かに人に頼りきりになるのはいけないけど、自分でどうしようもないときは人に頼っていいんだよ?
「そう、ですか……ミナミ、教えてくれますか?」
うん、準備するから、予定を調整しようか。
「バリショーエ スパシーバ!ミナミ、ありがとう、です!」
(数日後、事務所の1室にて)
では、講義『居角左美濃の狙いとその対策について』を始めようと思います。
「パジャールスタ、よろしくお願いしますね、ミナミ」
よろしくお願いします。…久しぶりだから、ちょっと緊張しちゃうね。
テーマが、少し難しいのもあるかな。
「いつものミナミで、いいですね」
そうだね…。よし、美波、いきます!
「アーニャも、いきます!」
最初に言っておきたいんだけど、この戦型はかなり新しいの。
「この手順、指し方が絶対!」ってものがないから、解説するのはあくまで代表的な変化ってことは覚えておいてね。
「ダー、わかりましたね。手取り足取り、アーニャに教えてください」
アーニャちゃん、日本語……私が神経質なだけなのかな?
・居角左美濃とは
そもそも、この戦型はPonanzaがよく好んでいて、それを棋士が採用したのが最初なの。(第1期叡王戦 森内ー阿部光 戦)
Ponanzaは他にも角換わりでも独特な陣形を指しているけど、
『右桂の活用』を重視している傾向があるかな。
「アー、ソフトの形なんですね」
うん、元はね。他にも、ソフト発の手はいろいろあるよ。
でも、それを指しこなせるかは別。人が指す場合は、その形を人間なりに理解した上で指さないといけないから。
「機械と人間のイッスリードベーニャ…勉強は、違いますね?」
そうだね。実際、人間がより深く掘り下げて発展していった形もあるよ。
YSSの△6二玉の成否とか、美濃に囲う発想とかはその例かな。
・居角左美濃の狙い
さて、この形の狙いなんだけど、まずはホワイトボードにまとめるね。
・最初の狙いは△6五歩から△7五歩の先攻
・美濃囲いの優秀性
・右四間含み、戦場は6~8筋
・とにかく攻める
「ンー、これだけだと、分かりにくいですね」
順を追って説明するね。まずは、△6五歩―△7五歩の仕掛けから。
これに近い筋は昔からあって…それを比較した方がわかりやすいかも。
「アー、ミナミ、これは…?」
『米長流急戦速攻型』だね。盤の左側、駒の配置や仕掛けが似ているでしょう?
(左が米長流急戦 右が居角左美濃ね)
「ダー、とてもリョーフキー…軽い攻めに見えます」
△6五歩から仕掛けて、本当の狙いは少し先の△7五歩。
▲同歩は、△8六歩から十字飛車が決まるってわけ。だから、先手も攻め合いにして戦いが始まるの。
「パニャートナ、でもこの局面、ゴチャゴチャしていますね。アーニャ、もっとシンプルに攻められます」
うん、そこがとても重要だね。
さっきの米長流速攻は『カニ囲い』でしょう? 飛車を渡すような強い攻めはできなかったの。
だから△7五歩まで細かな駆け引きが必要だったし、対急戦によくある「角頭攻め」の弱点があって指されなくなったのね。
「ンー、難しいですね」
それを解決したのが、『美濃囲い』との組み合わせ。
飛車の攻めにも強くて、2筋も銀で守っているから堅い。
だから、強引に見える攻めすら通用するってわけ。例えるなら、『穴熊』に近いかな。
「アー、『美濃の暴力』ですか?」
……大体、あってると思うよ。
「美濃はクラシーヴィ…美しいと、事務所の何人かが言っていましたね」
美濃囲いは
1、手数が少なくて済む
2、金銀の連結がいい
3、詰む詰まないの計算がしやすい
こういう長所があるから、愛好してる人も多いよ。
主に振り飛車党に多いけどね、採用しやすいから。
・公式戦に登場
左美濃の場合、先手が▲8八角のままでも成立するのがとても大きいね。
その破壊力が発揮されたのが、最初に指された森内―阿部光 戦。
「でも、先手も角で守っていますね?プラウダ リ エータ?」
普通なら成立しないんだけど…角交換をしても美濃囲いは崩れないし、むしろ先手陣の方が打ち込まれる隙が大きいの。
「アーニャの方が隙だらけ、ですね」
とにかく仕掛けて、攻めが続けばいいって方針なんだよね。
少し進んで、こんな感じ。
「ニチェボー、厳しいです…」
後手は『飛角銀桂』の4枚の攻めだから、簡単には受けきれないよ。
6~8筋全部使っての攻め…というのも大きいね。
それに、これまでの急戦矢倉って、先手は『受けきれないから攻め合い』の方針だったの。攻め合いが狙えないと、苦しくなるのも自然なことかも。
「ミナミがアーニャを攻めて、仕返しさせてくれません」
……盤面の話だよね?
森内九段の先手矢倉を攻め潰してしまった衝撃は大きくて、この対局を境に居角左美濃が流行していくわけ。
もちろん、後手も正しく攻めないと切れちゃうけど、「一方的に仕掛けを許すと先手苦しい」というのが正直なところかな。
「アー、居角で威嚇してるんですね」
……また、楓さんに教わったの?
「ダー♪カエデいろいろな日本語知っていますね」
威嚇どころか、先手矢倉を破壊しにきてるけどね。
…後で楓さんには話をしておかないと。
・先手の対策、後手の対応
というわけで、先手は後手の仕掛けを封じる必要がでてきたのね。
「ンー、どうすればいいですか?」
一番多い対策は、▲4六角と出ること。これなら、△6五歩と突けないでしょう?
「ハラショー!後手の攻めを封じてますね」
この形で一番詳しく説明されているのは、やっぱりこの動画かな。
盤上のシンデレラ ~本田未央は純文学を破壊する~ 第12局 by 四駒関係(KKPP) アイドルマスター/動画 - ニコニコ動画
内容が非常に濃いから、実際に観てみる方がいいと思うよ。
重要なのは、▲2四歩△同歩▲同角 と、角で取ることだね。
「シト、飛車じゃダメですか?」
飛車だと▲2八飛と元の位置に戻るしかないけど、角だと▲4六角と引けるのね。1手得するわけ。
「『アイドルは手損を嫌う』、ですね?」
それは他の子の言葉だけど…この得は大きいよ。
後手は飛車先を切らせる間に攻めの陣形を築いて先攻する狙いだから、この1手は大きな意味があるの。アイドルじゃなくてもね。
先手からすれば、ゆっくりした流れになれば持ち歩が活きてくるという主張だね。
「ンー、先手は居玉、ですね」
▲6九玉の一手も省略して、後手の狙いを封じる方を優先している…同じような意味だね。
あと、攻められたときに▲6九玉の方が危険なこともあるから。
持ち歩の活きない、早い流れにしたい後手は攻め続けなきゃいけないの。
有力なのが、△6二飛の右四間飛車ね。
「シト、後手の歩が8五ですね。これでは桂馬、跳ねられないです」
普通の右四間飛車ならそうだけど、後手の狙いはちょっと違うところにあって…
△5四銀から角をいじめること。 この角がいなくなれば、また△6五歩から先攻できるからね。
6二の飛車がいるから、△6四角とは出られないし。
「ニサムニェーンナ…この飛車が攻防、なんですね」
先手も▲3七桂で△4五銀を防ぐけど、△4四歩と突いて更にいじめる狙い。
「ンー、角道、止まってしまいました」
うん、でも△4五歩と突けばまた通るから。
これ以上受けきるのは無理だから、▲7五歩と攻め合いを選択。
△4五歩だと華々しい斬り合いになるけど、▲2四歩から攻め合って先手やれる。
これは動画内や、朝日杯石田四段―先崎九段戦 でも出ているね。
(△4五歩以下、▲2四歩△同歩▲同角△2三歩▲7四歩△2四歩▲7三歩成△6一飛▲7二と△6三飛▲7五桂が石田―先崎 戦 飛車を取って先手ペース)
だから、△6三金と一回受ける。片美濃でも遠くて堅いのは変わらないからね。
▲7五歩以下、 △6三金 ▲7四歩 △同 金 ▲5五歩 △4三銀引
▲5七銀 △3三角 ▲6九玉 △6五歩
これで△2四角の捌きや△6五歩からの仕掛けをまた狙って、後手もやれる感じかな。
動画では、△8五歩を活かして△8六歩▲同歩△8七歩の垂らしも指してるし。
とにかく、後手は仕掛けて、堅さを活かして6~8筋を攻めきる。これに尽きるね。
「カタイは強い、ですね」
自玉の心配をしないで、考えやすくなるからね。
・先手の有力策
今出ている形の中で、一番有力そうな形は、やっぱりこの動画内の形かな。
盤上のシンデレラ ~アイドル王座挑戦者決定戦~ 第16局 by 四駒関係(KKPP) アイドルマスター/動画 - ニコニコ動画
さっきの対策の改良版…なんだけど、かなり画期的で。
先手はさらに▲6七金まで省略して、▲4六角型に。▲2五飛と浮いて、角頭を守りつつ7筋を攻めるの。
「アー、先手の飛車の方が、もっと攻防ですね」
ここまでくると、一方的に先手が負ける将棋じゃないね。玉が薄いから、丁寧に指さないといけないけど…それは本人の棋力の問題だね。
「ズナーニイとスパソーブノスチ…知識と実力が必要ですか」
もちろん「これで後手負け」って結論が出たわけじゃないけど、『序盤に注意して駒組みすれば、先手も十分にやれる』というのが今の見解かな。
「ヴィリデューカ…変化は、いろいろありますね?」
うん。でも、一つ一つ追っていくと何冊でも本が書けちゃうと思う。
本当に細かな話になると、
・1筋を突くのは先手に仕掛けを与えて損なのでは
・早くに△6五歩と動く将棋は成立するか、
・△5二金は省略できるのか
……底が見えない、ね。
いろいろなテーマはあるけど、公式戦初登場から1年弱でみんな目が慣れてきた印象はあるかな。
藤井システムとか、石田流やゴキゲン中飛車の流れと似ているかな…と思ったり。
「イストーリヤ…歴史は繰り返す、ですね」
将棋の戦型や定跡って、その繰り返しだね。
居角左美濃のデメリットとして挙げられるのは、
・早くに△8五歩を突かないといけないこと(▲7七角を許すと難しい)
・完全な持久戦への切り替えが難しいこと(形を決めすぎてる上に、先手の1歩が大きくなる)
・駒が捌けなければ、美濃の姿焼き(攻めるための陣形で、受けには適していない)
つまり、一度形を決めたらその方針を貫くしかないわけ。
米長流急戦から同型矢倉、阿久津流急戦から穴熊
みたいな先手に態度に応じた方針転換が難しくて、狙い打ちされる危険性があるってこと。
「先手も対策、すればいいですね?」
今、少し下火になった理由はそこだね。後手も、居角左美濃で戦い抜く準備と、覚悟がいるよ。
・美波流(?)の対策
「ミナミ、いつも勉強してますね。他にもありますか?」
えーと…実は、一人で考えてる形はあって。
「アーニャ、ミナミの手、みたいです!…ダメ、ですか?」
ちょっと恥ずかしいけど…参考程度にね?
美濃囲いって、2筋よりも3筋の方が急所なんじゃいか…と思うの。
▲3四桂みたいな手は美濃崩しの手筋でしょう?
「ダー、基本の手筋、ですね」
それで、最初に話した『米長流速攻型』。この中に、こんな対策があるの。
竜王戦第6局 羽生―佐藤 戦
飛車先不突きで、3筋に飛車を回る。角は▲4六角から▲2八角と引いて牽制。
これを居角左美濃に応用できないかと思って。
「…シトー?どういうことですか?」
こんな感じね。
美濃囲いが2筋に備えて飛車先を伸ばす間に先攻するのが狙いなら、相手の狙いにわざわざ乗る必要もないかなって思って。
「アー、袖飛車、ですね」
▲2八角があるから、角の睨みは消えない。
米長流急戦だと、△4四銀で手詰まりを気にしないといけないけど…左美濃の場合は、3筋が薄いの。
▲3五歩を突いておけば、反撃が効くから。駒を持てば▲3四桂や▲3三歩の狙い。
角をいじめられなければいい…という意味もあるんだけど、▲5七銀と使えるのも大きいかな。▲4六銀~▲5五歩もあるね。
角がいる中で△6五歩が成立するか…が問題だけど、かなりハードルは高そう。
実際のところは手が広くて…組み合う将棋になれば先手もやれるんじゃないかな。
1歩はないけど、後手も組み換えが難しいから。
「これ、『ミナミ新手』ですか?」
実戦例はないと思うけど…「新手」かどうかは分からないかな。手順の問題だし。
「じゃあ、『ミナミ流』ですね!」
うーん、公式戦で指されたわけじゃないし、「こういう指し方もある」ってぐらいかな。
もちろん後手もこの手順だけじゃないから、一つのアイデアとしてみてほしいけど…。将棋って、思ってるよりもいろいろと自由な指し回しができるよ。
これも、参考にした竜王戦は平成7年、私が生まれる前の対局なの。そういう古い将棋からも、学ぶことはいろいろあるしね。
「オンコチシン、ですね」
うん。「定跡は棋士の努力の結晶」って前に教えたけど、そうやって、いろいろな技術を積み重ねて、前に進んでいくんだと思う。
・まとめ
今の矢倉は、居角左美濃の発展によって、それ以外の指し方も増えたかな。
5手目▲7七銀として早囲いにすれば左美濃も4五歩反発も避けられるとか、
それに対して普通の急戦を挑んで勝ったりとか。(棋聖戦第4局永瀬ー羽生 戦)
いろいろな形が模索されているね。一つの指し方で必勝になるほど、将棋は簡単じゃないよ。
「ミナミもナナも、いつも『将棋は難しい』、言っていますね」
知れば知るほど、見えないこと、分からないものも増えていくの。
…だからこそ面白いし、人気があるのだけどね。こうやって少しだけでも道を作って他の人がそれを理解してくれたら、面白いと思ってくれたら、私は一番うれしいかな。
「アーニャ、今日の時間、シャースティエ…幸せ、でした。ズヴェズダ…星は輝いてますけど、教えてくれる人がいるともっとクラシーヴィ…きれいに見えます。小さな星や、星座まで、とってもきれいに」
……ありがとう。私も、とても楽しかったよ。ちょっと、大変だったけど。
「アーニャも、輝けるように頑張りますね!」
私もアーニャちゃんに負けないくらい、頑張るから!
「……ミナミは、少し休んだ方がいいと思います」
そうかな?……そうかも。
さて、長くなっちゃったけど、ここで今回の講義はおしまいにしようと思います。
ありがとうございました!
「スパシーバ!ありがとうございました、ミナミ」
さて、先生役も終わったし…アーニャちゃんに伝えないとね。
アーニャちゃん、スドニョム ラジデーニャ!
誕生日、おめでとう!
「バリショーエ スパシーバ!ミナミ、ありがとう、ですね!」
おまけ(講義後、事務所のルームにて)
「ふっふっふ…煩わしい太陽ね!(おはようございま~す♪)」
あ、蘭子ちゃん。こんにちは。
「プリヴェート、ランコ、今日も元気ですね」
「今日という日は我が同胞、白銀の妖精のが下界に降り立った記念すべき日!祝詞を告げずに終えるわけにはいかないわ!(今日は、アーニャちゃんのお誕生日なんですよね、お祝いに来ました~♪)」
蘭子ちゃんもお祝いにきてくれたんだね。
「ランコ、プラガダールナ…感謝、ですね」
「して、同胞2人は甘美なる休息を得ていたはずなのだが…。如何様な理由でこの地に赴いたのだ?(今日ってお休みじゃなかったんですか?)」
「アー、ミナミのレクツゥイア…講義を受けてましたね」
「なに、女神の信託を受けたというのか!(何を教えてもらったんですか?)」
「ダー、ミナミに手取り足取り、攻めや受けを仕込まれてました」
「……え?せ、攻め、受け?」
「ハイ♪今日のミナミは激しく攻めるので、アーニャは受けきるのが大変でした。だから、途中からは攻め合いです」
「……え、え?ふ、二人ってそういう……?」
アーニャちゃん!?言葉が足りてないよ!?
「いつもミナミに教わってますね。はやく、ミナミを倒せるくらいになりたいです」
「た、たお……あわわわわわ」
ら、蘭子ちゃん、顔赤くなってるよ?たぶん誤解だと――
「わーん!2人が愛に飲まれた~!」
「ランコ!?あぁ…行ってしまいました」
……無自覚に一番攻めてるのは、アーニャちゃんだよ……。
(了)
参考棋譜
第1期叡王戦 森内―阿部光 戦
第75期A級順位戦森内―渡辺 戦
第10回朝日杯将棋オープン戦 石田―先崎 戦
第7期竜王戦第6局 羽生―佐藤 戦
盤上のシンデレラ 第12局 本田―安部 戦
盤上のシンデレラ 第16局 本田―川島 戦
参考記事
本田未央の『居角左美濃』考察 - 神崎蘭子さんの将棋グリモワール
美波流(仮)手順
▲7六歩 △8四歩 ▲6八銀 △3四歩 ▲6六歩 △6二銀
▲5六歩 △8五歩 ▲7七銀 △3二銀 ▲4八銀 △6四歩
▲5八金右 △6三銀 ▲7八金 △4二玉 ▲6九玉 △3一玉
▲6七金右 △7四歩 ▲7九角 △7三桂 ▲4六角 △1四歩
▲1六歩 △5二金右 ▲3六歩 △6二飛 ▲3八飛
佐久間まゆの徒然観戦 Open my eyes for dreaming
「何が、起きたのでしょうか…」
終局直後の菜々さんのその言葉が、一局をよく表していました。
背筋が震えるような…得体のしれないものを見たような…。
畏怖のような感情すら湧いています。
事務所の空気も同じようなものでした。言葉が出ません。
……何が起きたのか。もう一度、振り返ろうと思います。
第64期 王座戦第1局 羽生王座―糸谷八段 戦
(2016年9月6日)
王座戦の開幕…。ここ数年続いていた、4連続タイトル防衛戦の最後です。
今年は、いろいろな事がありました。
少し、取り乱してしまったこともありましたけど…周りは関係ないですよね。
あの人が頑張っているなら、それを応援するだけ。そう決めました。
▲7六歩 △3四歩 ▲2六歩 △3二金 ▲2五歩 △8八角成
▲同 銀 △2二銀 ▲6八玉 △3三銀 ▲3八銀 △7二銀
▲7七銀 △6四歩 ▲2七銀 △7四歩 ▲7八金 △6三銀
▲2六銀
糸谷さんは、昔から一手損角換わりが得意です。
すごくバランスの難しい戦型ですけど、薄い玉でも崩れない、独特な棋風ですね。
羽生王座も棋聖戦第5局など、採用はしますけど…指し方が違います。
個性が出やすい戦型なのかもしれません。
先手の羽生王座は棒銀で対抗しました。普通の角換わりとは1手違うから…ですけど、簡単には突破できません。
細かな駆け引きが続きます。
△1四歩 ▲3六歩 △4四歩 ▲3五歩 △6五歩▲3四歩
△同 銀 ▲7九玉 △7三角 ▲3七角 △4二飛
角を打ちあって、△4二飛。不思議な形ですが、これで先手を牽制しているんですね。後手は1手損を利用して、飛車先を突かずに駒組みを進めます。
駒を前に出そうとすると隙を突かれるので、強い攻めが決まりにくい…手を作りにくい展開です。
▲6六歩 △同 歩 ▲同 銀 △7二金 ▲5八金 △4五歩
▲7三角成 △同 桂 ▲3七銀 △3三角 ▲6七金右
▲5八金を、後で羽生王座が悔やんでいました。…いえ、ここまでの手順に問題があったかもしれない、とすらしています。
意味が分かりませんよねぇ?でも、そういう世界なんですよ。
後手から角交換して、△3三角。この銀取りを受けるための▲5八金なんですよ。でも、ここからの手順が鋭かったんです。
△3六歩 ▲同 銀 △3五歩
△3六歩から銀をつり上げて、△3五歩。これで、銀が逃げる余裕がありません。
▲2七銀は、△4六歩から後手の猛攻を浴びます。▲5八金のままなら、▲2七銀△4六歩▲3八銀で受けが効いたんですけど…。▲6七金を強制されて、受けきれないんです。
(変化図)
▲2七銀△4六歩▲同歩△同飛
(△4九飛成と△6六角の十字飛車が受かりません)
ここで、羽生王座の手が止まりました。
▲2六角 △3六歩 ▲5三角成 △5二銀 ▲4二馬 △同 玉(図)
▲8一飛 △6四角 ▲1八飛
▲2六角。17分でしたが、長く感じましたねぇ…。攻め合いなんですけど、他に手がないともいえます。
でも、銀をそのまま取られて、馬も交換することになって…銀損です。
このとき、事務所も嫌な空気に包まれまていました。馬も消えてしまって、飛車1枚ではどうしようもない…と。
「矢倉に『銀損定跡』はあるけど、先手玉が堅く攻めが続くから成立してるの。この局面だと…」
継ぎ盤を挟んだ、美波ちゃんの顔も曇っていました。
▲6四角は攻防に効いていて、やはり厳しく見えます。▲1八飛と駒を封じ込めたところで、糸谷さんが手を止めました。
おそらく、良くできるとみての長考…でしょう。辛い、時間でしたね。
「……いくら何でも長すぎませんか?」(ありすちゃん)
10分…20分…。残り時間は既に2時間を切っているのに、手が指されません。
盤を囲って検討が始まり……しばらくして、手が止まりました。
自然に見える△3七歩成は、▲6五歩が角取りです。△同桂▲同銀△5五角…
(変化図1)
(▲1八飛から△3七歩成の変化)
△3七歩成 ▲6五歩 △同 桂 ▲同 銀 △5五角右 ▲6四桂
△6一歩 ▲9一飛成
(次の▲5六香や▲5二桂成から▲6一竜が受けにくいです)
飛車を捕獲しにいく△8二銀や△8五桂も自然ですけど、▲3五歩がありますねぇ。
この銀が動くと、▲2一飛成~▲2三竜と逃げられるんです。
(変化図2)
(▲1八飛から△8二銀の変化)
△8二銀 ▲3五歩 △7一金 ▲同飛成 △同 銀 ▲3四歩
△1五角 ▲5四金
(角を取れる上に駒がバラバラで、後手玉が不安定ですね)
(変化図3)
(▲1八飛に△8五桂の変化)
△8五桂 ▲3五歩 △4三銀引 ▲2一飛成 △3一金 ▲2三龍
△3二銀打 ▲2四歩 △2三銀 ▲同歩成 △1五角 ▲6五歩
△8二角 ▲6四桂
(後手陣にと金ができて嫌みが多いです)
もちろん後手が悪いというわけじゃなくて、どの変化も難しいのですが…「銀損」した将棋が「難しい」んです。
どうなっているのか…次の手が指されるのを待つしかありませんでした。
△6五銀 ▲同 銀 △同 桂 ▲6六歩 △5七桂成 ▲同 金 △6一歩
▲5六桂
33分かけて放たれたのは、△6五銀…。▲6五歩を防ぐ意味でも、自然な手ではあります。ですけど、これは精算して▲6六歩が受けの好手になります。
先手陣が、一気に引き締まりました。
底歩で飛車の効きを止めましたけど、▲5六桂が絶好です。
……ここ数手で、「後手が良い」という雰囲気は消えてしまいました。
何が起きたのか分からないまま、指し手が続いていきます。
△5三角 ▲8八玉 △5五角 ▲4四銀 △同角上 ▲同 桂
△同 角 ▲9一飛成 △4三銀引 ▲5六香
▲8八玉の早逃げも好手ですね。戦場から遠ざかりつつ、△3五角で玉を睨む手を消しています。
羽生さんらしい手渡しです。そしてそれは、手を渡せるだけの余裕があるということなんです。
▲5六香で夕食休憩に入りました。
このときには、満場一致で「先手優勢」の見方でしたねぇ…。歩切れがとても痛いです。
…でも、この香は銀損から23手後に取った香です。
最初は、取れる見込みすらなかったんですよ?△6四角が睨んでいましたから。
理解が追い付かない…その一言に尽きます。
△6二金 ▲6四角 △3三玉 ▲5二香成 △同 銀 ▲4六歩
△5三香 ▲4五歩 △5七香成 ▲4四歩 △6七銀 ▲5一角
△2二玉
粘りや早指しに定評のある糸谷さんですけど、粘る手段がありません。歩切れですから、細かな受けの手段がありません。
攻め合いを目指しますけど、8八玉が遠いですね。そして、封じ込めたはずの▲1八飛が受けによく効いています。
後手の攻めを受ける手もありますが、一直線に勝ちにいきました。このあたりも、羽生さんらしい指し回しです。
先手玉は、絶対に詰みません。そして、収束です。
▲3三歩 △同 桂 ▲4三銀 △同 金 ▲同歩成 △同 銀
▲3四歩 △同 銀 ▲6七金 △同成香 ▲3二金
まで、95手で先手の勝ち
▲4三銀で、後手は受けなし。最後は▲6七銀と質駒を取って、後手玉を即詰みに打ち取りました。
…そして、冒頭の場面につながります。
(投了図)
もともと、羽生さんの指し方は…その強さは「理解できない」ところにあります。
予想していなかったけれど、指されてみると難しい…これは非常に大きな武器です。それまでの相手の読みが外されるわけですから。
だからこそ、羽生さんに対する棋士の多くは「序中盤で先行して、逃げ切る」という形を目指すわけです。
……でも、それが分かっていても、本局は異常でした。中盤が始まったばかりの局面で銀損をして、それでも難しい。
それまでの手順に細かな問題はあったのでしょう。でも、銀損から明快に良くならない……そんな局面を作り続けたことが恐ろしいんです。
感想戦も、徹底してその周囲が調べられました。やはり△6五銀が疑問手だったという話でしたが、はっきりした代替案がなかなか出ませんでした。
その前の△5二銀や△6四角以外にも、有力な手はいろいろあります。なのに、進めると難しい…。
「わずかに後手良し」や互いに怖い陣形になってしまいます。
もちろん、本譜より他の手を選ぶべきなんでしょうけど、糸谷さんの感覚を狂わせた…それほど不思議な局面だった、と言う方が適切かもしれませんね。
そして羽生さんは、「そういう局面」だと判断して誘導したわけです。
「見えている世界が違うんですかねぇ…」
菜々さんの茫然とした呟きに、答えられる人はいませんでした。
今期は、いろいろなことがありました。いろいろな意見もありました。
……今が永遠に続くわけがないことは、分かっています。
それでも…こんな手を見せられたら、夢をみたくなるんです。
理解のできない手を、その感動を、ずっと観られるんじゃないか…って。
夜、プロデューサーさんから連絡がありました。
『お誕生日、おめでとうございます。何か希望がありましたら、できる限りお受けします』
日付をみると、9月7日でした。夢中になって、半分忘れかけていましたねぇ…。
プロデューサーさんらしい文面でしたけど、何をお願いするか、少し迷います。
2人の時間は、これからいくらでも作れる。…いや、作る。
だから、今しか抱けないこの想いを、夢を、残そう。
そう決めて、お願いすることにしました。
『じゃあ…久しぶりに、企画に参加させてください』
願わくば、目を開いて、その夢の続きを。
(了)
新田美波の答案添削 解答にみるアイドルの個性
みなさん、お久しぶりです。今回は、プロデューサーさん曰く「息ぬきの企画」だそうです。
えーと、企画書があるので読みますね。
「事務所で将棋が流行しているのはいいのですが、各アイドルで知識にバラつきがあるようです。そこで把握のために、テストを行いました」
ということです。普段から解説役の私が答案を添削することになりました。
少し見るだけでも…かなり個性的な解答が多いですね。
それでは、よろしくお願いします。
問題1:『タイトル戦は「 」に似ている』
の発言からついた、「 」流。空白を埋めよ
<佐久間まゆの答え>
恋愛流
≪美波のコメント≫
正解です。深浦九段の発言ですね。数ヶ月に渡って、相手のことを考えるから…ということだそうです。
まゆちゃんには、簡単でしたか。
<安部菜々の答え>
泥沼流
≪美波のコメント≫
それは故米長永世棋聖です。どちらも、終盤の粘りに特色がありますけれど。
<渋谷凛の答え>
泥沼恋愛流
≪美波のコメント≫
混ぜると危険な予感しかしないのでやめましょう。
問題2:勝ちパターンとされている「固い」「攻めてる」「 」 空白を埋めよ
<橘ありすの答え>
切れない
≪美波のコメント≫
正解です。反撃させる余裕を与えず、攻め続ければ勝てる…ということですね。でも、そんな局面が実現したときには既に大差だったりします。
<向井拓海の答え>
キレない
≪美波のコメント≫
何か違う意味に聞こえますけど…。
<輿水幸子の答え>
カワイイ
≪美波のコメント≫
幸子ちゃんはいつも攻めてますよね。ほら、スカイダイビングしたり。
問題3:角換わりの、右銀の位置で決まる戦型を3つ答えよ
<川島瑞樹の答え>
腰掛け銀 早繰り銀 棒銀
≪美波のコメント≫
正解です。今は腰掛け銀が主流ですが、棒銀が多用されていた時代もあったそうです(菜々さん談)
<前川みくの答え>
腰掛け銀 棒銀 右玉
≪美波のコメント≫
早繰り銀が少ないので分からなかったのでしょうけど…。玉の位置まで変わってます。
<日野茜の答え>
棒銀! 棒銀!! 棒銀!!!
≪美波のコメント≫
茜ちゃんが棒銀好きなことは伝わりました。
問題4:矢倉は将棋の「 」である。空欄を埋めよ
<鷺沢文香の答え>
純文学
≪美波のコメント≫
正解です。これは故米長國雄永世棋聖の言葉ですが、間違って使われることも多いですね。
元々のは「純文学にあるような、細かな駆け引きが重要な戦型」
という意味なのですが、いつの間にか「矢倉が将棋の王道」
のように解釈されてしまいました。言葉って、難しいですね。
<荒木比奈の答え>
ライトノベル
≪美波のコメント≫
そんなに軽くないと思いますが…確かにこの言葉が出た当時より、定跡が発展して理解しやすくはなりましたね。
<和久井留美の答え>
昼ドラ
≪美波のコメント≫
意味は近いですが重すぎます。
問題5:「一歩」からはじまる格言を答えよ
<土屋亜子の答え>
一歩千金 一歩竜王
≪美波のコメント≫
正解です。一枚の歩が値千金の価値を持つ、ということですね。
これが文字通りの意味を持った対局が、
竜王戦第7局 藤井猛竜王―羽生善治四冠 戦。
互いの玉や重要な駒がない僻地の歩を取った一手が、藤井九段の勝利を決定づけました。
賞金なども考えると、現実に歩が千金になった対局です。
<高垣楓の答え>
一歩も動けない…気持ち悪い。
≪美波のコメント≫
楓さん、また二日酔いですか?
<和久井留美の答え>
一夫千金
≪美波のコメント≫
鬼気迫るものを感じます。
問題6:歩が成ると、格段に威力が増すさまを表した格言を答えよ
<前川みくの答え>
と金のおそ早 マムシのと金
≪美波のコメント≫
正解です。取っても歩に戻りますから、かなり厳しい攻めになりますね。
<高垣楓の答え>
ハブのと金
≪美波のコメント≫
マムシです……羽生さんと掛けたんですか?
<大和亜季の答え>
ソロモンの悪夢
≪美波のコメント≫
ミリタリーから離れましょう。
問題7:穴熊の桂馬を跳ねることを何と言うか答えよ
<十時愛梨の答え>
パンツを脱ぐ
≪美波のコメント≫
正解です。…あまり人前では言わない方がいいですね。
<塩見周子の答え>
カツラを取る
≪美波のコメント≫
そのネタ、気に入ったみたいですね。
<アナスタシアの答え>
パンツを飛ばす
≪美波のコメント≫
…あとで、日本語を教えなおします。
問題8:この図のように、香車が2枚の駒をつらぬくように働くことを何というか
<橘ありすの答え>
田楽刺し
≪美波のコメント≫
正解です。田楽は豆腐やこんにゃく、茄子などを串に通して味噌をつけ焼いた料理のことで、文字通り「串刺し」というわけです。
<二宮飛鳥の答え>
ロンギヌスの槍
≪美波のコメント≫
この香車に世界を制する力があるのですか…?
<神崎蘭子の答え>
ロンギヌスの槍
≪美波のコメント≫
この解答がかぶったことに驚きです。やっぱり仲いいんですね。
問題9:五冠王を達成した人物を答えよ
<安部菜々の答え>
大山康晴十五世名人、中原誠十六世名人、羽生善治三冠(現)
≪美波のコメント≫
正解です。順番も、左から時系列順ですね。六冠、七冠は羽生三冠のみ達成しています。
ただ付け加えると昔はタイトルが7つでなく、特に大山名人は5つしかタイトルが存在しない時期に全て制覇しての五冠なので単純な比較はできません。
<佐久間まゆの答え>
里見香奈女流四冠(現)
≪美波のコメント≫
なるほど、女流棋士も含めると里見さんも入りますね。タイトルが4つの時代に全冠制覇したのが清水市代女流六段です。
<姫川友紀の答え>
イチロー
≪美波のコメント≫
首位打者・打点王・盗塁王・最多安打・最高出塁率
……それは野球のタイトルです。
問題10:羽生三冠の終盤術を形容した言葉を答えよ
<佐久間まゆの答え>
羽生マジック
≪美波のコメント≫
正解です。不利な局面でもいつの間にか勝ちになっているので、この名前がつきました。
他の棋士だと「光速流」「終盤の魔術師」「1億と3手読む男」「1分将棋の神様」などがありますね。名前がつくということは、それだけ強く、特徴的ということです。
<堀裕子の答え>
羽生サイキック
≪美波のコメント≫
念じても勝ちにはなりません。
<大西百合子の答え>
鬼畜眼鏡
≪美波のコメント≫
ノーコメントです。
問題11:羽生三冠を筆頭にした、同世代のトップ棋士を示す呼称を答えよ
<川島瑞樹の答え>
羽生世代
≪美波のコメント≫
正解です。明確に決まった人を示してはいませんが、羽生三冠をはじめ佐藤九段、森内九段、先崎九段、故村山九段が代表的ですね。
後に郷田九段や丸山九段、藤井九段といった同世代の棋士も台頭し、同じく羽生世代とすることも多いです。
<三好紗南の答え>
門番
≪美波のコメント≫
確かに、タイトルを取るには勝たなければならない方々ですが…ゲーム用語はやめましょう。
<安部菜々の答え>
チャイルドブランド
≪美波のコメント≫
それはデビュー当時の呼び名です。
問題12:『○○?強いよね。「 」隙がないと思うよ』
空欄を埋めよ
<渋谷凛の答え>
序盤、中盤、終盤
≪美波のコメント≫
正解です。最初の発言者は佐藤紳哉六段ですね。
これが放映されたNHK杯は、本戦に出場するまでに予選で3連勝が必要です。(免除者、シードを除く)更に地上波で放送される棋戦は、今この棋戦しかありません。
佐藤六段も数年ぶりの本戦出場で、かなり意気込んでいたわけです。
…少し、から回ってしまいましたけどね。
<二宮飛鳥の答え>
セカイの創まり、展開、終焉
≪美波のコメント≫
それは視聴者に伝わらないと思います。
<佐久間まゆの答え>
おはようからおやすみまで
≪美波のコメント≫
インタビューで歌ってどうするんですか…。
問題13:升田幸三賞を受賞した戦型を答えよ
<橘ありすの答え>
藤井システム
≪美波のコメント≫
正解です。藤井九段は、他にも角交換四間飛車の定跡発展で賞を受賞しています。
<前川みくの答え>
トマホーク
≪美波のコメント≫
残念ながら、受賞していませんね。プロ間で流行していないのが大きそうですけど、同じ三間飛車なら「2手目△3二飛」が受賞しています。
<堀裕子の答え>
ヒエピタ新手
≪美波のコメント≫
まさかの盤外ですか。該当する棋士が2人ほど思い当たりますね…。
問題14:最長手数の詰将棋「ミクロコスモス」
その手数を答えよ
<土屋亜子の答え>
1525手
≪美波のコメント≫
正解です。将棋盤は81マスなので同じ地点を繰り返し動かないと長手数は達成できませんが、同じような局面でも駒の位置や持ち駒を少しずつ変化させ、この手数を達成しました。この記録が破られることはあるのか、気になるところです。
<安部菜々の答え>
1519手
≪美波のコメント≫
それ、出題された当時の手数じゃ…。その後改良されて、6手伸びてます。
<一ノ瀬志希の答え>
▲4一歩成△5二玉▲6二桂成△同玉▲6一と△5二玉▲5一と△6二玉▲7二桂成……(延々と手順が書き連ねてある)
…………まで1525手詰
≪美波のコメント≫
……暗記して書かれても採点に困ります。
問題15:淡路島にある、有名なタイトル戦の会場は?
<前川みくの答え>
ホテルニューアワジ
≪美波のコメント≫
正解です。そういえばみくちゃん、関西出身でしたね。 今年の棋聖戦第1局の舞台でもありました。
この会場では、羽生三冠がいつも昼食にきつねうどんを食べることが有名だそうです。相当、気に入ってるのでしょうか。
<一ノ瀬志希>
Hotel New Awazi
≪美波のコメント≫
何かを連想させるようなアルファベット表記ですね…。
<宮本フレデリカの答え>
ねぇ…観て ほら…きれいなうどんね
そう…今 から…食べられなくなる
≪美波のコメント≫
奏さんに解答、伝えておきますね。
問題16:この囲いの名称を答えよ
<橘ありすの答え>
菊水矢倉
≪美波のコメント≫
正解です。考案者の地元にゆかりのある家紋「菊水」が由来だとか。
「鷺宮定跡」くらい分かりにくい名前ですね。
<市原仁奈の答え>
しゃがみ矢倉でごぜーます!
≪美波のコメント≫
こちらも正解です。ゲームで一気に有名になりました。
由来もそのままで、低い囲いだからです。
<安部菜々の答え>
矢内矢倉
≪美波のコメント≫
合ってますけど…何年前の話ですか?
<橘ありすの答え>
三段リーグで上位二名、もしくは次点2回(ただしフリークラス)
≪美波のコメント≫
正解です。半年に1度三段リーグが行われますから、年に4人棋士が誕生することになります。
フリークラス入りは権利なので、行使するかは当人の判断ですね。佐藤天彦名人(現)は、この権利を行使せず、後に上位2人に入って棋士になっています。
<佐久間まゆの答え>
勝ち星昇段
≪美波のコメント≫
それは…たぶん、羽生世代が棋士になった頃の規定じゃないでしょうか。
当時は三段リーグがなく、三段から四段になるにも勝ち星昇段でした。
9連勝または13勝4敗という、かなり厳しい条件であることに変わりはないです。
<安部菜々の答え>
三段リーグ、東西決戦
≪美波のコメント≫
それは…羽生世代よりも前の話かなと……。
問題18:「絶対に詰まない」の意味で使われる語を答えよ
<土屋亜子の答え>
ゼット
≪美波のコメント≫
正解です。穴熊が一番分かりやすいですね。王手を掛けるスペースがなければ、詰む余地はありません。他にも桂馬がなければ詰まない「桂ゼ」など、変化して使われることもあるみたいです。
<南条光の答え>
ゼットン
≪美波のコメント≫
怪獣になっちゃいましたね。それぐらい、強力ですけど。
<安部菜々の答え>
マジンガ―Z
≪美波のコメント≫
もうつっこむ気力も湧いてきません。
問題19:対局をするときのあいさつを2つ答えよ
<橘ありすの答え>
よろしくお願いします ありがとうございました
≪美波のコメント≫
そうですね。これは正解か否かというより、マナーの問題です。
楽しく指すためにも、大切なことですね。
<神崎蘭子の答え>
ミサを始めよう! 闇に飲まれよ!
≪美波のコメント≫
合ってる…のかな?でも、事務所の外では普通のあいさつにしましょうね。
<アナスタシアの答え>
みさをはじめよう! やみにのまれよ!
≪美波のコメント≫
後で蘭子ちゃんと一緒に私のところまで来るように。
えーと、これで問題は終わりかな?…あ、最後に自由記述欄があるのね。
最後:自由に、書きたいことを書いて下さい。
<高垣楓のコメント>
お仕事のあとの、打ち上げはまだですか…?
≪美波のコメント≫
楓さん、仕事あってもなくても飲んでますよね…?
<アナスタシアのコメント>
また、ミナミのレクツゥイア…講義、聴きたいですね。
≪美波のコメント≫
ありがとう。分からないところがあったら、また教えるからね。
…ふぅ、これで最後かな?えーと……
……………………。
<多田李衣菜のコメント>
テスト、白紙解答っていうのもロックだよね!
≪美波のコメント≫
…みくちゃんの苦労が分かった気がします。
(了)
一ノ瀬志希の動画解説 30秒のアプローチ
みんな、やっほー!志希ちゃんだよ~。というわけで、今日はよろしくね~。
……え、目的の説明?あ、まだだったね~、ゴメンゴメン。
今日のお仕事は、終盤の解説だって。いつもはこの企画、失踪してるんだけど…プロデューサーさんに捕まっちゃった。にゃはは~。
で、収録したのがこれ。この終盤のワンシーン。
だいたい、6:00くらいから始まるよー。
題名の通り元ネタがあって、それがこれ。
NHK杯将棋トーナメント 準々決勝
森内竜王―谷川王位 戦 (解説 羽生三冠)
2004年 2月8日放映
名局と名高いから、覚えてる人もいるんじゃないかな。早指し戦で、3人合わせて5つのタイトルが集まるなんて豪華な顔ぶれだね~。
ちなみに、ありすちゃんがやってた聞き手は千葉女流だね。志希ちゃんはアメリカに行ったりしてたからよくわかんないけど、菜々さんが「懐かしいですねぇ…花の80年生まれ」とか呟いてたよ~。
この将棋、互いに居飛車党のはずなのに相振り飛車、しかも相四間飛車になるんだよね。最初から力戦ってわけ。
展開としては、後手の谷川王位が仕掛けて有利になるんだけど、森内竜王も鉄板流って言うぐらい受けが強いから、終盤まで難しい戦いになったんだよね。
全部解説してもいいけど、それだとたぶん本題に入る前にみんな疲れちゃうから一気に終盤まで飛ぶよ~。
動画で演じたのは、このあたりからだね。
動画が始まる1手前、△4六角の王手には合い駒するしかない。でも、使える駒は銀か桂。
で、このときに後手玉の状態が関係するわけ。後手玉は▲8四と△同銀▲8三銀までの詰めろだから、ここで▲3七銀と先手を取ろうとすると、後手玉の詰めろがほどけちゃうってゆー仕組み。
だから、▲3七桂と打つしかない。
この局面で、解説の羽生三冠は後手の勝ち筋に気付いたわけだけど、手順は省略しちゃってるから解説してくね~。
実はこの瞬間、先手玉は詰むのです!ババーン!
……ダメ?もっと細かく?仕方ないなぁ~。
本譜は△9六銀▲8四銀で後手玉は受けなし。▲9三と△同香(桂)▲8三飛成 までね。
中途半端に攻めて駒を渡しても、9五に打たれて詰み。
つまり、ここで後手が勝つには詰ますしかないわけ。分かった?
NHK杯は1手30秒だから、考える時間を確保した意味もあるかな。この局面で、最後の考慮時間も使い切ってるしね。
どう詰ますか…、王手にもいろいろな手段があるからね~。1手間違えれば、奈落の底。将棋は逆転のゲームだから、慎重になってやりすぎることはないよ。
△3七角成といくのは、▲同玉で次の王手をかけにくい。△3八竜▲同玉△4八金と続けても、▲3七玉で駒が足りなくなるね。(変化図1)
△3九銀も筋だけど、▲1七玉とかわされるとナナメに効く駒がないから詰まない。
(変化図2)
というわけで、△3八竜が正解。▲同玉に△4八金から精算して、今度は角が生きてるのが重要なポイントだね。
△4七歩のときに、横に逃げると詰んじゃう!駒の切る順番で、勝敗が変わっちゃうんだね~。
(変化図)
(▲3八玉だと、△4八金▲2八玉△2七香▲同玉△3八銀▲1八玉△2七金まで)
3七の地点が塞がってるから、上に脱出できなくなってるね~。
下から追いかけて、角を取らせる。で、△4七金が投了図。
……こっから先も解説するの?志希ちゃんもう疲れた~。
え、「失踪したらくさや持ってくる」?…それはゴメンだね。
『玉は下段に落とせ』『中段玉寄せにくし』とは言うけれど、今回は例外。
格言っていうのは、事象の一般的な共通項を述べただけだからね~。
未知の領域に、常識が足枷になることはままあるよ。
今回は、9九にいる馬がよく働いてるから、これで詰むんだよね。
▲3五玉と逃げるしかない時点で相当働いてるけど、△2三桂▲2四玉のときに△3三金と打てるわけ。遠くの馬がよく効いてるよね。
さらに、1一の香車の登場~。▲1三玉を防いでるから、先手の上部脱出が不可能なのだ~。作ったような展開だね!
先手は▲2五玉と下がるしかないけど、△2四香までの詰み。歩を打つと打ち歩詰めだから、ピッタリの詰みだね~。
とまぁ、実戦の最終盤、14手だけ解説してみたけど…。ついてこれた?
この対局はその前から駆け引きがすごいから、調べて並べてみるのもおすすめだよ~。
…実際は、こうやってしらみつぶしに読んではいないと思うけどね。
人間…特に棋士は、読む量はそこまで多くない。局面の可能性の広さに比べれば、だけど。
でも、膨大な経験と、学習によって正解を導き出す。極端なまでの「選択的探索」なんだよねー。
だから、詰みそうもない余分な変化は切り落として読めるわけ。だからこそ、羽生三冠は詰みに気づいたし、谷川王位も詰ました。
人間の脳のスペックをフルに使った30秒って考えると、ゾクゾクするよね~。
結論としては、将棋というテーマに対して人間が突き詰めていった結果、生まれたシーンがこれ、ということかにゃ~。
羽生三冠はもともと多弁な解説じゃないし、ネタバレにならないよう配慮したことが拍車をかけた感はあるけど…。
みんな、あたし達と同じ人間だ…ってことは忘れない方がいいかもね。
この対局はキレイに決まったけど、限られた時間で指す以上、ミスは出て当たり前のものだよ。例え、どんな天才であっても。
「最高の結果」だけ頭に残って、その過去で棋士を定義してしまったら…どっちも苦しいからね~。
科学だって、1つの成功の下には山のような失敗があるのだ~!
そこから、何を学んで次に活かすかが大切だと思うよ。
『良いときは褒めて、そうでないときは応援して』って、誰か事務所の子が言ってた!たぶん!
よーし、解説終わり~!
これからも、もっと面白いことを探しに行くのだ~♪
また面白いテーマがあったら、来るかもね~。
それじゃあ、バイバ~イ♪
あ、そうそう。プロデューサーが言ってたけど、この企画いろんな子が入れ替わりやってるけど、じょーむだけが皆勤なんだって。
…今は専務?細かいことは気にしなーい♪
(了)
高垣楓の徒然観戦 羽生善治という偶像
みなさんお久しぶりです、高垣楓です。
今回は久しぶりに、私がお送りしますね。よろしくお願いします。
第87期棋聖戦五番勝負 第5局 2016年 8月 1日
・対局前
もう、季節も夏です。おつかれサマー…と言いたいところですけど、この日の事務所は休むどころか活気があふれていました。
「楓さん、おはようございます!今日も目が離せませんねぇ」(菜々)
「おはようございます。棋聖戦、ですよね?」(楓)
「ええ、久しぶりの最終局な気がします。佐藤九段から奪取した期と…その次の、木村八段を退けた期…以来じゃないですか?あのシリーズもすごかったですよねぇ…」(菜々)
「かなり前…ですよね?」(楓)
「あ!……えぇと、棋譜を見たんですよ!アハハ…」(菜々)
防衛か、奪取か…。若い世代との対決ということも含めて、非常に盛り上がっていました。
9時が近づき画面の中、両対局者が大橋流で駒を並べていきます。
検分のときから、羽生棋聖の髪が茶色に染められていたことが話題になりましたけど…対局で気になるほどではないですね。むしろ、寝癖とかの方が気になります。
「羽生さんと、同年代の屋敷九段が立ち合いを務める時代ですか…」(菜々)
もう、ベテランの枠ですからね。
振り駒の結果、と金が3枚で永瀬六段の先手になりました。
「戦型は…羽生さん次第です。後手番なら、なおさら」(美波)
・対局開始
▲7六歩 △8四歩 ▲2六歩 △3二金 ▲7八金
角換わり模様です。永瀬さんにしては珍しいように思いますけど…。
「第4局が、影響しているかもしれません」(美波)
「というと?」(楓)
「永瀬六段の矢倉は早囲いで、先手から形を指定できるメリットがあります。つまり研究もしやすくて、第1局(指し直し局)はそれが思いっきり刺さった対局だったんです。
でも第4局の中原流急戦は…そういった準備が、全く活かせない将棋でしたから。かなり、警戒しているんだと思います」(美波)
隣りにいたまゆちゃんも補足してくれます。
「それと…王位戦第2局もあるかもしれませんよ。羽生さんが後手番で、早囲いに対して7筋から動いて力戦に。そして快勝しましたからねぇ」(まゆ)
「角換わりにすればおそらく相腰掛け銀になりますから、こちらの方が研究が活きると判断したんだと思います。相当、準備してきたんでしょうね」(美波)
永瀬さんの趣向…ということらしいです。
角換わりの駒組みになればしばらく穏やかな序盤になりますから、事務所の雰囲気は和やかなものです。
ありすちゃんと飛鳥ちゃんが10秒将棋を指したり、
美波ちゃんがアーニャちゃんに角換わりを教えたり…。
思えば、落ち着いていられたのは最初の5分間だけでした。
・△9四歩
「ひえー!」(菜々)
その叫びが、みんなの心を代弁していたように思います。
「南禅寺の決戦ですか!?」(菜々)
周りの若い子には伝わってないですけど…いつものことですね。
「力戦模様にするのは…久しぶりに観ます。でも、ときどき指すんですよねぇ…」(まゆ)
「確か、タイトル戦でも前例が…ちょっと待っててください」(美波)
しばらくパソコンを操作して、見つけてくれました。
王座戦第1局 中村太―羽生 戦
竜王戦第4局 糸谷―渡辺 戦
前者は一手損角換わりに、後者は先手中飛車になっています。
「互いに手が広くて、どんな展開もありえます。矢倉、角換わり、一手損、横歩取り、陽動振り飛車…。羽生棋聖の方は、力戦にすればどんな形でもいいということだと思います」(美波)
逆に永瀬六段からすれば、できるだけ研究が活きる展開にしたいだろうから、無難な手を選ぶのではないでしょうか。とも付け加えてくれました。
・美波ちゃんの解説
▲9六歩 △3四歩 ▲2五歩 △8八角成 ▲同 銀 △2二銀
▲3八銀 △3三銀 ▲4六歩 △7二銀 ▲4七銀 △6四歩
▲3六歩 △6三銀 ▲3七桂 △4二玉 ▲4八金 △5二金
▲7七銀 △5四銀
戦型は、一手損角換わりになりました。定跡ではないので、互いに少しずつ時間を使いながら指しています。
局面の解説をしたいのですが…抽象的で、何を話せばいいのか分かりません。
美波ちゃんに解説をお願いすることにします。仕方ないですよね?
久しぶりに、「初級者向け」「中級者向け」「有段者向け」の3通りでお願いしてみました。
美波
「初級者向け」
戦型は『一手損角換わり』です。特徴は、後手が△8五歩を突いていないことにあります。こうしておくと、後の攻め合いのときに△8五桂と一手で桂馬を使える余地があるんです。
普通の角換わりのような展開だと、この桂跳ねが後手にとってプラスになるので工夫が必要なんです。
だから、先手は居玉にして様子をみているんですね。
「中級者向け」
一手損に対して先手の対策はいろいろありますけど、早繰り銀も棒銀も先手が明快に良くなる筋は見つかっていません。
△5一玉型で待たれると遠く、△4二飛のような対策もあります。9筋の突き合いが▲9五角の筋を消してより損な可能性もありますね。
本局は腰掛け銀に▲4八金型を組み合わせたのが永瀬六段の工夫です。おそらく▲2九飛と構えると思います。
「有段者向け」
正調角換わりにおける▲4八金・▲2九飛型は有名になりましたが、一手損でどうなるか…は未開拓の分野です。3七桂を捌くのに適していますから、△8五桂よりも早く攻勢をとれる可能性は高いです。ですから△4三歩型で待機するかもしれません。
後手からすれば7~9筋の薄さを突きたいですが、一手損の意味が薄れるので悩ましいです。
互いに陣形を見ながら手を決定したいですね。
非常に構想力が試される局面です。
序盤の戦型選択は、羽生棋聖が十分ではないか…というのが美波ちゃんの見解でした。
・菜々さんの見解 (手の流れ)
▲4五歩 △3一玉 ▲5六歩 △1四歩 ▲1六歩 △4四歩
▲同 歩 △同 銀 ▲6八玉 △3三銀 ▲2九飛 △7四歩
お昼休憩を挟みましたが、まだ序盤戦…です。
今度は、菜々さんに聞いてみましょう。
「ナナは昔から『角交換に5筋は突くな』と教えられてきたのですけど。今は、相腰掛け銀でも突くんですねぇ…。いや、もっと昔には突く将棋も多かったそうですけれど、棋譜すら十分に残っていないと思います」(菜々)
感覚が違う…と言いながらも、菜々さんは後手が少しポイントをあげたとみているようです。
「4筋の位を取って、▲5六歩を突いて…。盛り上がる将棋にする予定だったと思うんです。それなら、ナナも得意な展開です。
でも…△4四歩から歩交換にされるのを軽視した気がするんですよねぇ。
せっかく2手かけて突いた歩が消えて、桂馬も使えてないですし、5筋の歩も活きてる気がしないんです。
▲2四歩といけないとおかしいんですけど、△同歩▲同飛△4六歩!の利かしが入るので…。(取ると△1三角)難しいですけど、居玉のまま戦いにしたくはないです。
(参考図)
おそらく、永瀬さんの棋風じゃないでしょうし。
形勢は互角ですけど、流れでみると後手を持ちたいですねぇ。
こういう力戦はそこかしこに悪手、疑問手が転がっていますから、バランスを取るのだけでも一苦労ですよ…」(菜々)
ここからの構想が、互いに奏功するといいのですけど…ふふっ。
・ありすちゃんの見解(手損、方針)
▲6六銀 △8五歩 ▲5八玉 △6三金 ▲5七金 △7三桂
▲4八玉 △8六歩 ▲同 歩 △同飛 ▲8七歩 △8二飛
▲5八金 △4五歩
更に手順は進み、先手は右玉に構えました。
「少し…変じゃないですか?」(ありす)
先手の手順に、首をかしげています。
「▲6八玉、▲6六銀、▲5八玉、▲5七金、▲4八玉、▲5八金。手損もそうですし、方針が分かりません。すぐに先手陣が破られるわけではありませんが、自分から動きにいく将棋ではなくなりました。カウンター狙いでしょうか」(ありす)
永瀬六段は千日手狙いではないか…なんて、冗談と判断していいのか悩ましい声も出てきました。
△4五歩の局面は、後手良しの見解で一致しましたね。
・そして決戦へ
▲5五歩 △4三銀 ▲5七銀 △4四銀左 ▲4五桂 △6五桂 (図)
▲6六銀 △5四歩 ▲4六歩 △5五銀 ▲2四歩 △同 歩
▲5六歩 △6六銀 ▲同 歩 △8四角 (下図)▲6七金左 △7八銀
▲7五歩 △6七銀不成▲同 金 △7五角 ▲7六銀
これ以上待っても良くならないとみた先手は、▲5五歩から動きました。
ただ△4四銀とした局面は、先ほどの△4五歩が痛いほど効いてきます。玉の真上に拠点があるので、強く戦うことができません。
そこで▲4五桂。△同銀は▲4六歩で取り返せますけど、玉頭が戦場になりました。
「△3一玉と▲4八玉、1段の違いが大きく出てきそうです」(美波)
戦場から遠い方がいい、ということですね。
後手も強く△6五桂…もう、後には引けません。
△5五銀では△5五歩もありましたが、銀を取って△8四角。この自陣角が狙いでした。
(途中図)
玉を睨みつつ、△6六角と出て王手と桂の活用をみています。
▲6七銀のように受けると、△4四歩から桂馬を取る手が間に合ってきそうです。なので▲6七金左と節約しましたが、△7八銀の追撃がありました。
……とここまで書くと後手が好調なようですけど、永瀬六段も崩れません。
▲7五歩と角を近づけて、▲7六銀。飛車成を受けつつ角取りにもなっています。
「……まだ難しいですかねぇ。攻めては▲7一角がありますし、一方的な展開にはならないですよね」(菜々)
▲4五桂が攻めに働くと、後手陣も安泰ではなさそうです。
結論が出ないまま画面を眺めていましたが、羽生棋聖の手は駒台に伸びました。
△6八金(図) ▲同 金 △6六角 ▲3八玉 △9九角成
「ひえぇー!!?」(菜々)
「えぇ!?」(美波)
「ダーティシトー!」(アーニャ)
悲鳴が一斉に上がりました。金のタダ捨てです。
「え?……これは取るしかないですよね。△6六角と出て…繋がってるんですか?」(美波)
持ち駒は歩だけ。角桂だけで手が作れるのか、少し、不穏な空気が流れます。
ただ桂馬を成らずに、香車を取ったところで後手の意図がはっきりとしてきました。
「歩切れだから△2五香と打つ狙いでしたか…。『歩切れの香は角以上』……B面攻撃ですねぇ」(菜々)
歩がないので、飛車取りをうまく受けとめることができません。
「前の▲2四歩を咎めていますね。先手としては、嫌な手です」(美波)
それでも、勝敗が決まる空気ではありませんでした。まだまだ、戦いは続きます。
・受ける先手、攻める後手
▲7一角 △7二飛 ▲1七角成 △2五香 ▲4九飛 △4四歩
▲5三金 △同 金 ▲同桂成 △6六馬 ▲6七銀 △9三馬
▲5八銀右 △5七金
やはり香車を打って、△4四歩と急かす。先手は馬を自陣に引いて防戦します。
後手は歩を沢山持っていますが、使える筋がありません。
羽生棋聖が攻めきるか、永瀬六段が受けきるか。ギリギリの攻防です。
「この二人だと、こういう展開になるんですねぇ…」(菜々)
そんな中指された△9三馬には羽生さんらしい、との評価でしたね。
じっと手を渡して、永瀬さんに選択肢をゆだねたわけです。
局面は、先手がどう△5七桂成を受けるか、というところ。金銀を打てば崩れませんが、後手陣への攻めも薄くなるので長期戦になります。
▲5八銀は、一番強い受けと言われていました。△5七金で絡むのは自然ですが、また手が広いです。
▲7八金打、▲5九金のような受けや▲4五歩の攻め合いが検討されました。一番激しくなるのは▲4五歩ですけど、香がよく働いて厳密には思わしくなさそうです。
「そもそも、永瀬六段の棋風ではないように思います」(美波)
▲7八金打に△6八金▲同金△5七金▲7八金打…と進むと千日手ですけど、これは後手に打開の権利があります。
△7三飛と催促したときに、後手陣に迫る手が難しい…ようです。
(変化図)
成桂を取れば、先手陣はより危険になります。△2六桂のような王手が馬の効きを止めつつ寄せに働きそうです。
「受けきり勝ちや、攻め筋を見せて急かすつもりなら喜々として受けそうですけれど、どちらも望めないと指しにくいですねぇ」(菜々)
難しくなった…とはいえ、後手が少し余しているか。そんな雰囲気になりました。
・収束へ
▲同 銀 △同桂成 ▲同 金 △同 馬 ▲5八金
すんなり精算する順は、あまり検討されていませんでした。指した瞬間、意外そうな声が上がります。
▲5八金で馬を弾けるなら得ですけど、この瞬間が非常に危険で…むしろ寄ってる方が自然なくらいです。
すぐに、△2七銀から迫る順が並べられます。
「△3九金から送って…受けなしですよね?」(美波)
後手玉は絶対に詰まない形ですから、ここまでくると後手勝ちです。ですけど、先手から変化する余地はなさそうです。
静かに、行く末を見守ります。
・終局
△2七銀 ▲同 馬 △3九金 ▲同 飛 △2七香成 ▲4九玉
△3九馬 ▲5九玉 △4九飛 ▲6八玉 △8九飛成 ▲7八金 △5七角
まで、112手で先手の勝ち
▲5九玉には菜々さんが3度目の悲鳴を上げましたが、形勢は動きません。最後の数手は、羽生棋聖の手がモニター越しでも分かるほど震えていました。
△5七角に、額の冷却シートをはがして永瀬六段の投了。
これで羽生棋聖の防衛、9連覇、通算15期が決まりました。
『………………』
対局者と同じように、事務所もしばらく無言が続きます。
展開が急に速くなったというのもありますし、こう…まだ戦いが続くのではないか、というような熱が残っていました。
それくらい、壮絶なシリーズでした。
感想戦に入るあたりで、事務所の空気もゆるんできて感想を言い合います。
「1局目の千日手から、お互いの色がよく出た戦いでしたねぇ」(菜々)
「やはり、研究を外したのがよかったのでしょうか」(ありす)
ありすちゃんの言葉に、少しまゆちゃんが眉をひそめました。まゆだけに。
「…『外した』というよりも、『違う引き出しを使った』の表現があってると思いますよ。もともとオールラウンダーで、どんな形でも強いのが羽生さんですから」(まゆ)
「そうですか…。でも、横歩取りに苦戦しているのは変わらないと思いました」(ありす)
『…………』
また、静かになってしまいました。ここで終わるには、ちょっと物足りないですね。
「じゃあ、美波ちゃんのまとめで、解散にしましょうか」(楓)
「えぇ、私ですか!?えーっと……若手棋士と羽生世代の質の違いみたいなものが、よく表れたシリーズだったかなと思います。
羽生さんが10ほど前に『情報化が進むにつれて、将棋が強くなるための高速道路が一気に敷かれた。でも高速道路を抜けた先では大渋滞が起きている』という例えを語ったことがありました。でも、今はそれがより顕著になっているんですね。
情報と研究で、終局までほぼすべての道のりを整備してしまうことすらあります。羽生棋聖の多忙さも含めて、この領域で競り勝つのは容易なことではないです。
でも少し脇道に逸れると、そこは未開の地が広がっています。読みと、感覚や大局観の勝負になったときには、まだ羽生世代に分がある。そんな印象でした」(美波)
「定跡を開拓してきた人達ですからねぇ…。将棋はつくづく簡単じゃないと思い知らされます」(菜々)
美波ちゃんの優等生なコメントで、検討は解散になりました。
・特別、ということ
人気の少なくなった事務所を眺めながら、ふと考えます。
将棋界の中で、羽生善治という棋士を見る目は他の人と明らかに違うと。
春の名人戦以降、その勝敗にはいろいろな反応がありました。
プラスもマイナスもいろいろでしたし、そのあたりは美波ちゃんが書いたりもしましたけど…
羽生さんを特別としていることは共通しています。
何か、他の人とは違うものを見ているような…そんな印象でした。
なぜ羽生さんは特別なのか。
それは…そう、感じたいから。なのかもしれません。
羽生善治は底が見えなくて、羽生善治は完璧で、羽生善治は特別で…。
そう思いたい人たちの意思が、本当の羽生さんを隠しているのだと。
そして、羽生さんもそれを否定しません。それだけ強く、勝ちを積み重ねてきたわけで。
それどころか勝つごとに、タイトルを得るごとに意思はより強くなっていきます。
まるで、『羽生善治という偶像』をみているかのようです。
アイドルを見るそれと…とてもよく似ている。そう、感じました。
でも、完璧な人間なんていません。誰だって迷い、悩みます。
眼鏡や染めた髪も人間的な、現状に対するささやかな対抗なのでしょう。羽生さんだって、普通の人間なんです。
20年トップを走って、若い世代が台頭する中、なおも特別であることを求められる…。
どんな心境か、想像すらできません。
「あれ、楓さん、帰らないんですか?」
美波ちゃんの声で我に返ります。もう、部屋にほとんど人はいませんでした。
つい、考え込んでしまったみたいです。
「…美波ちゃん」
「何ですか?」
「もし、自分のやっていることに終わりが見えないとき。キリがないと感じるとき。美波ちゃんなら、どうする?」
本当はこんなこと、人に聞くものじゃないんですけど…つい、口に出してしまって。
でも、美波ちゃんは少し考えて答えてくれました。
「目の前にあることを、やるしかないですね。先が見えなくても、1歩1歩前に進まないといけませんから」
私みたいに、目の前だけ見すぎて体調を崩しては元も子もないですけどね。と苦笑してましたけど、美波ちゃんらしい真っ直ぐな答えでした。
「そう、……ありがとう」
こうやって考えていても、仕方がない。
棋士は目の前の一局に全力を出して、それを積み重ねていく。周りがどうあろうと、それが本分です。
私のような観る側は、そんな勝負の面白さ、熱意を感じて、伝えることができたら……。それが今、目の前のできることかもしれません。
「じゃあ、目の前にいる美波ちゃんと二人で飲みに行きましょうか」
「楓さん、私は未成年です」
(了)
安部菜々の徒然観戦 現代将棋と羽生世代
この15年、将棋界を制覇してきた『羽生世代』。そしてその『ちょっと下の世代』。さらに、20代半ばの『渡辺竜王を中心とする世代』そしてそれよりも『もっと若い世代』。
この『4つの世代』が、これからの10年、熾烈な争いを繰り広げることになるのだ。
(第80期棋聖戦第1局観戦記より)
この文が書かれたのが2009年6月。
そして7年後の今、その『戦国時代』が激しさを増しています。
大きな流れでいえば、『羽生世代同士』のタイトル戦から『羽生世代 対 下の世代』のタイトル戦が増えました。
でも、タイトルを手にする人は渡辺竜王をはじめ限られていて、羽生善治その人の壁がずっと立ちはだかっている…それがここ数年の流れでした。
若手の挑戦を幾度となく退け、防衛を続けるその姿は…同じ人間とは思えないくらいで。
大きく動いたのは、今年の春です。佐藤天彦八段が名人を奪取したのは記憶に新しいですね。これで、羽生世代以降の棋士が初めて名人を獲りました。
3度目のタイトル戦、後手横歩の勝率、周囲の評価…それだけ充実していましたし、頷ける結果ではあります。 将棋界全体でみれば、有望な若手が脚光を浴びるのは良いことですし。
ですけど、やはり衝撃は大きなものでした。20年以上続いた『羽生世代』の時代がついに動くのか…いろいろな反応がありました。 実際はタイトル一つにおいての話なので、名人戦だけで結論が出るものではないですけど。
そんな中迎えた棋聖戦は、佐藤八段よりも若い永瀬六段が挑戦しています。
そして…第3局までで永瀬六段の2勝1敗。
特に第1局は千日手を挟んでの勝利。第3局は受けに徹しての逆転と、永瀬さんらしい勝利で奪取まであと1勝まで迫りました。
羽生棋聖からすればカド番であり、いくぶん不本意な内容といえるでしょう。
とにかく、本局に負ければ棋聖も失冠、タイトル戦3連敗(王将戦含め)になってしまいます。 王位戦や王座戦もありますから、先への不安含めていろいろと周囲がざわついた中での対局になりました。
棋聖戦 第86期棋聖戦 第4局 (7月13日)
永瀬六段―羽生棋聖 戦
事務所の戦型予想ではバラバラでしたけれど「後手の羽生棋聖がどう動くか」による、という点は一致していました。
永瀬六段からすれば自分のペースでぶつかっていくのがベストでしょうし、羽生棋聖が変化するならときおり採用する後手一手損角換わりや振り飛車はあり得るかもしれない…という意見もありましたね。
▲7六歩 △8四歩 ▲6八銀 △3四歩 ▲7七銀 △6二銀
▲5六歩 △5四歩 ▲4八銀 △4二銀 ▲5八金右 △3二金
▲6六歩 △4一玉 ▲6七金
さて、本局の出だしは順当な矢倉になりました。五手目▲7七銀は重要なところで、▲6六歩ですと居角左美濃への対策を考えなければいけません。
永瀬六段からすれば、「▲7七銀から早囲いにすれば損はない」という姿勢なのでしょう。
ただこのまま囲い合いになるのは永瀬六段の研究の範疇のはずですから、少し先の展開を不安視している子もいました。
この先、関係なくなっちゃいましたけれど。
△5三銀右
急戦矢倉の意思表示です。
……みんな、どよめきました。久しぶりの急戦矢倉…しかも、あまりに古い形でしたから。
ナナは頭の片隅で、もしかしたらあるかも…と思ったのですけれど。というのも、羽生棋聖は急戦矢倉、かなり得意にしてるのですね。
朝日杯決勝森内―羽生 戦でもかなり懐かしい形になりましたし、タイトル戦でも何度も採用しています。
冒頭の観戦記が書かれた対局も、羽生名人(当時)は4勝7敗で不調がささやかれていて、その中で急戦矢倉を指しています。(結果は勝ち)
後手番で主導権を握るならば、あり得る選択なんですねぇ。
実は棋聖戦でこういった懐かしい戦型を指すことは多くて、
深浦―羽生戦ではカニカニ銀を
渡辺―羽生戦では相横歩取りを採用しています。(どれも後手勝ち)
こういった、古い形にも鉱脈は眠っている…というのが羽生棋聖のスタンスのようです。
▲2六歩 △5五歩 ▲同 歩 △同 角 ▲2五歩 △5四銀
▲2四歩 △同 歩 ▲同 飛 △2三歩 ▲2八飛 △7四歩
▲5七銀 △2二角
△5五歩から動きましたが…△2二角と引く形は見覚えがないといいますか、覚えてないといいますか…。『中原流急戦』と呼ばれていた囲いです。
ナナの記憶には限界があるので、継ぎ盤で検討していた美波ちゃんに聞いてみることにしました。
「この形は…私も見たことがないですけど、そもそも5手目▲7七銀が長らく少数派でしたから仕方がない部分はありますね。
△5三銀右―△5五歩の仕掛けは阿久津流を思い出させますけど、△7四歩を突いていないので全く違う展開になるんです。
というのも、▲6六歩型ですと銀は6八にいるので、△7四歩―△8五歩を決める必要がありました。 でも、本局は既に▲7七銀を上がっていますから、△7四歩を突く必要がないです。早囲いから角を使われたときに、飛車のコビンが空いて損な面もありますから後回しにしたい手なので」(美波)
もしかしたら、『変わりゆく現代将棋』にあるかもしれません、と付け加えてくれました。
5手目▲7七銀と▲6六歩の比較。
何でもないような分岐点が、場合によってはとても大きな違いを生む…。
これは、羽生棋聖自身が調べ上げて本にしています。『変わりゆく現代将棋』。七冠達成後に将棋世界で連載された内容で、当時の後手急戦がかなりの量、高い精度で書かれています。
本棚を探して久しぶりに開いてみたのですけど…読みにくいです。
局面と手順、解説はあるのですが内容がかなり濃くて専門的なので、読み解くのに一苦労します。
▲7七銀の項に、この筋は載っていました。先手が早囲い調なので金の位置が違いますけど、おそらく▲7八金と上がって合流するだろう…というのがナナや他の子たちの見解でした。
後手急戦で上から攻められていますから、早囲いにいく利はありません。
▲7八金 △5三銀 ▲6九玉 △6四歩 ▲4六銀 △4四銀
▲7九玉 △5二金 ▲6八銀 △6三金 ▲5六歩 △8五歩
▲7七角 △7三桂 ▲3六歩 △1四歩 ▲1六歩 △9四歩
▲9六歩 △6五歩 ▲5七銀上 △5五歩 ▲3七桂 △3五歩
さて、本当に▲7八金で合流しました。互いに力を溜めて、全面戦争へと突入していきます。
『歩が3枚ぶつかれば初段』という格言はありますけれど、棋士の戦いでここまで駒がぶつかり合うのはなかなか珍しいです。
『ラグビーの強力FW同士が火花を散らしているのを連想させる』
と解説されています。……茜ちゃんが好きそうです。
この局面は前例があって、1991年8月の泉―中川 戦と同じなのだとか。おそらく、本もそれを前提に書かれたのでしょう。
△3五歩は隙になりかねない手ですけれど、後手から一方的に攻めても勝ち切るのは容易ではありません。
先手の動きを誘って、攻勢に出るのが良いという判断ですね。
従来の後手急戦は、こういった細かなやり取りが勝敗を分けるものなのです。
▲5五歩 △同銀直 ▲同 銀 △同 銀
銀を交換して、前例の▲5三歩と打つか、▲3四銀と打つか、▲4五桂と跳ねるか…ここはかなり悩ましいところです。
▲5三歩△5一歩の応酬が、先手にとって得なのかどうか…というところですけれど、はっきり言えば分かりません。
狭くなったとも取れますが、後に桂馬がいなくなると後手玉は5三へ逃げ出すこともできますし、△5一歩の分だけ堅いとみることもできます。
▲3四銀は、急戦の弱点である角頭を狙った一手ですけれど以下△3七歩成が先手で入るので難しいようですね。
▲4五桂 △3四銀
というわけで、単に▲4五桂。ここで、前例を離れました。とはいえ、前例が25年前ですから正確に記憶して指していたようには感じませんでしたね。
永瀬六段の消費時間は既に2時間半を超え、かなり慎重な印象を受けます。
前例の対局のとき、永瀬さんは生まれていないので…仕方ないところかもしれません。
「戦型選択で、1本取ったかもしれませんよ」
美波ちゃんの向かいに座って検討していたまゆちゃんが、口を開きました。
「どういうことですか?」(ナナ)
「この春以降の将棋は、横歩取りを中心に若手棋士が研究で1歩先に出る将棋が多かったです。消費時間も少なめにして、終盤に時間を残して逃げ切る…という構図ができていました。早囲いも、第1局の指し直し局で永瀬さんの研究が刺さっていますからね。 それを避けつつ、難しい局面に持ち込んだのは大きいですよ。
言うなれば、これまでは若手の領域で、本局は羽生さんの領域です…うふふ♪」(まゆ)
△3四銀は「敵の打ちたいところに打て」の1手で、▲3四銀を防ぎつつ桂取りも見せています。
「やっぱり打ちたいですけどねぇ」(ナナ)
美波ちゃんとまゆちゃんの継ぎ盤に▲2四歩を示します。
「後手急戦はそこが急所ですか」(美波)
「ええ、ナナも▲6六歩型の急戦は先後どちらもけっこう経験がありますけど、ここ以外を攻めても後手玉はかなり耐久力があるんですよねぇ」(ナナ)
「……急戦って、そんなに経験あるものですかぁ?」(まゆ)
「え?▲6六歩型でも、急戦はナナの小さい頃はよくやって……米長流とか」(ナナ)
「いえ、私もそこまで経験はないです…」(美波)
「あ……い、いえ、ソフトの指定局面戦ですっ!あ、アハハ…」(ナナ)
「何のソフトですか…?」(まゆ)
「え?…………AI将棋?」(ナナ)
……このやり取りはオフレコでお願します!
▲2四歩以下は、△同歩▲同飛(銀取り)▲4五銀△2三銀と攻めることになりますけれど、△同銀も△4四角もありそうで決まっている局面ではなさそう、というのが検討の判断でした。
「永瀬さんの棋風ではないですよね…」(まゆ)
という雰囲気です。先手は桂馬をいじめられると忙しいので良くしに動きたいのですけど、具体的な手段が難しい…不思議な局面ですね。
そして、羽生棋聖らしさを感じる展開でもあります。
▲4六歩 △4五銀
先手は、攻めずに▲4六歩と一手受けに回りました。
桂馬にヒモをつけて、次こそ▲2四歩ということでしょう。
そして後手は…△4五銀。△4四歩から銀を取る手も検討されていただけに、駒損する変化に突入するのは予想外でした。
「銀で取りますか!」
ナナも、思わず声を上げてしまいました。もう、ゆっくりできなくなります。
△4五同歩。手番は後手ですけれど、ここで攻め切らなければ薄い後手陣は一瞬で崩れます。
事務所の空気も、一気に引き締まりました。
▲同 歩 △6六歩 ▲6四歩 △同 金 ▲6六銀 △同 銀
▲同 金 △6五桂打▲8八角 △8六歩
△6六歩で銀を交換しよう…というところに▲6四歩。技の応酬です。
△6七歩成で攻め合えそうですけれど、▲6三歩成△7八と▲同飛となると、後手の玉型がたたってきます。
(後手玉は壁形で薄く、逆転していそうです)
△同金と取るのが冷静ですね。▲5三銀のような隙はできますけれど、銀だけでは手ができません。
そして、重いようでも△6五桂打。▲7三銀のようなキズがあるので、桂馬は動かさない方がいいです。△8八角と引くしかないですけれど、△8六歩から先手の角頭が狙われてしまいました。
ただ、後手陣もバラバラで明快に優勢…とは言いにくいでしょうか?
「これ…後手が理想的な展開じゃないですか?」(美波)
「かなり玉は薄いですけど…それでも?」(まゆ)
後手玉も危険なだけに、美波ちゃんの『理想的』の判断は意外でした。
「後手急戦は受け止めることが基本的に無理で、先手は攻め合いで勝つ必要があります。でも、後手の角頭に嫌味がなくて攻めの手掛かりがありません。後手が攻めに専念できるのは大きいですね」(美波)
「金銀で堅いだけが、終盤の速度じゃないんですねぇ」(ナナ)
「でも、ここで決めないと簡単に逆転しますから。羽生さんは時間を使いますよ」(まゆ)
しばし手を止める羽生棋聖。
……考えがいがありますねぇ。
▲同 歩 △8七歩 ▲同 金 △5七桂成
△8七歩▲同金と壁形にしてから△5七桂成。玉に迫りつつ、△6五歩の金取りを見せています。
中継コメントでは▲5三銀△6五歩▲5六金!という鬼手が発見されたらしく、読んだときは一瞬背筋がヒヤリとしました。
(8八の角を交換して、玉を広くする狙いです)
「角を捌かせると金冠で先手玉の耐久力が跳ね上がりますね」(美波)
「金を渡しても、速度が変わればいい…難しいです」(まゆ)
2人の手がしばらく止まります。でも、ナナは少し気になった手があって…
「……これ、金をかわすとどうなるのでしょう?」(ナナ)
「「え?」」
「▲5三銀に、金をかわすんです。△6三…じゃなくて△5四金ですか。先手に攻めを催促したら、どうなりますかね…」(ナナ)
「受けに回るんですか!?この薄い玉で?」(美波)
すぐさま盤に並べられます。
▲5三銀 △5四金 ▲5二銀打 △3一玉 ▲4二銀打 △同金
▲同銀成 △同玉
(先手は飛車が成ると△6八銀以下詰み。先手が動くと反動で負けなんです)
「……先手の攻めが切れてますねぇ。そして、先手玉は受けがなくなっていますよ」(まゆ)
「銀3枚で手ができないんですか…。怖くて、この順は思いつかないです」(美波)
「一気に攻め倒すのは明快ですけれど…現代的な考えといえばいいんでしょうか。この将棋はたぶん、そういう感覚が通じない戦いだと思うんです」(ナナ)
「そうですね…。私たちが、最新型の将棋に慣れ過ぎてしまったのかもしれません」(美波)
忍者銀とかも、形勢判断が難しいですし、とつけ加えていました。
しかし、▲5三銀が無理となると指す手が難しいです。検討も止まり、次の手を待つことになりました。
▲4六銀
この手には事務所でも叫び声が上がりましたねぇ。
攻めが上手くいかないので、受けて切らしてしまおう…という手です。
「永瀬流…ですか。これで勝ちあがってきた人ですからね」(美波)
「ですけど、羽生さんは時間があります。間違えて逆転…が起こりにくいと思うんですけど」(まゆ)
△5六歩や△5八飛といった手を調べてみますが、明快に決まっている感じではありません。
「ここが最後の長考になりますね。ならないと、それは混戦ということです」(まゆ)
10分考えて、△6八銀。最短、最速の攻めです。
ただ、飛車と精算した局面はすっきりしている上に後手陣に守備駒が多く、寄っているのか懐疑的な声もありました。
無理攻めで切れているのではいか…嫌な汗が背中を流れました。
「催促されたのに、最速で攻めたのね…ふふっ」(楓)
ふらっと楓さんが来てダジャレを言って去っていきました。…風みたいな人ですねぇ。
「まぁ、普通は△4八飛ですよね」(美波)
王手銀取りですから、受ける必要があります。候補手としては、▲5七玉と▲4八桂。
▲5七玉が一番強い手で、銀取りを受けつつ飛車取りも見せています。
ここで飛車を逃げれば、手番を得て受けきりを目指る…という狙いです。
ただ、▲5七玉には△6六角!という手がありました。
角の効きが4八まで伸びているので、飛車を取れないんですね。
同玉は銀が取れますし、同角は△5八金で詰みます。
問題は▲4八桂のときです。パッと見て、寄せる手が見えないんですね。
ただ、羽生さんの手に迷いはありません。
いろいろと危ない橋を渡っているはずなのに、今日に限っては序盤から不思議な安心感がありました。
△6六角 ▲同角 △6七歩
まで、後手 羽生棋聖の勝ち
△6六角。桂合でも、この手が成立しました。同角に△6七歩。
クモの糸のように細い攻めが、切れずに勝利まで繋がりました。
▲5七玉は△6七金以下詰み、▲同玉は△5六金!と最後の戦力まで捨てる手があります。
取ると△5八飛成▲5七銀△5二飛で、動かなかった8二の飛車を活用して詰み上がります。
▲5九玉など、かわして粘る手は△4七飛成が左右挟撃で受けなし。
谷川九段の光速流をほうふつとさせるような寄せでした。
冷却シートを外して、永瀬六段の投了となりました。
事務所のどこからか、ため息に似た音が
「後手に疑問手…ありましたか?」
モニターを眺めながら、美波ちゃんが呟きます。
後手急戦は一手の疑問手が即、負けに繋がります。薄いですからね。
だから避けられてきた部分は大きいです。
でも羽生棋聖はあえて指して、勝ちきりました。
「△4五銀から…ほぼ1本道でしたけど、あの局面からこの寄せまで持ってくることは、簡単じゃないです…。難しいことをごく自然に達成するあたり、羽生さんらしいといえますけどね」(まゆ)
感想戦はそれを裏付けるように、先手が咎めて勝つ手は見つかりませんでした。
ですが▲2四歩を入れて迫れるようにしておくのは、やはり有力だったようです。
感想戦も終わり、事務所も閑散としてきました。寮の子はまだいいですけれど、長い対局ですと電車の時間もありますから。
ナナもそろそろ帰ろうか…そう思って席を立とうとしましたが、本を置き忘れていたことに気づきました。
ナナが出してそのままにしていた『変わりゆく現代将棋』。
…ふと、考えてしまいます。
本局は、25年前に指されていた形です。
将棋はめまぐるしい速度で進歩し、研究されています。
そんな中で、一度すたれた▲7七銀とそれに対する急戦が復活する……不思議な話ですよね。
手順のわずかな違いで展開がまるで変わったり、古い形が復活することもある……。
それは分かっていますし、アーニャちゃんに教えたりしてきましたけれど。
でも、それを指しこなすことは非常に難しいです。
序中盤、終盤までもパターン化しつつある現代将棋とは、感覚が違います。
でも、今でも通用しました。
前例を定跡に、そして体系づけて考えることを広めたのは、他でもない羽生世代です。
そして、その足跡は今も残っています。水面下に埋もれていったものも多いですが、その膨大な変化の上に、現代将棋はあるんです。
本のタイトルがそのまま、今を表しているように思えてなりません。
……羽生棋聖も、もう45歳になりました。体の衰えは、確実にあるでしょう。それこそ、ナナが想像できないところですけど。
ですが、膨大な経験と、それで培った感覚や大局観は未だに抜きん出ています。
これからどうなるか…それは誰にも分かりませんし、これから注視していきたいところです。
でも、どんな未来になっても、残された棋譜や羽生世代の考え方、その足跡は、変わらず輝きを放つ……そう、思います。
(了)
アイドル達の戦型解説 横歩取りってどんな戦型?(後編)
それじゃあ、始めようか。よろしくお願いします。
「ダー、よろしくお願いしますね」
細かく解説すると終わらない戦型だから、流れで大きくとらえていくね。それでも大変なんだけれど…。
「ミナミ、ファイトですね」
そうだね。…美波、がんばります!
もくじ
3、△8五飛車戦法
・△8五飛戦法の広がり
・△8五飛戦法の猛威
・山崎流、新山崎流
・△5二玉型中原囲い(8五飛型)
・先手中原囲い
4、△8四飛型の復活
・△5二玉型中原囲い(8四飛型)
・6二玉の発見 美濃の可能性
5、△7二銀型
・△7二銀型と飛車ぶつけ
・斎藤流
・美濃への組み換え
・△7二銀型いろいろ
6、まとめ
まずは、菜々さんが触れてくれた前半をおさらいしておこうか。
(前半のまとめ)
1、先手、横歩を取る(後手が誘導する)
2、後手、飛車をいじめつつ急戦→居玉がたたって上手くいかない
3、△3三角戦法で囲い合い、手得を活かす→鏡指しで抑え込まれる
4、中原囲いで堅さ勝ちを目指す→3筋攻めが急所
5、△8五飛戦法へ
こんな感じかな。
「ヤー、ちゃんと覚えてます。……でも、ナナのデータ、すごいです。ぜんぶ、アーニャが生まれる前の話でしたね」
そう…なるのかな。そのあたりは、菜々さんの秘密だからね?
「わかりましたね。それで、次は横歩のリェヴァリューツィア、革命と聞きました。どんな戦型なのですか?」
うん、そこから始めていこうか。
3 △8五飛車戦法
後手は、飛車をこれまで△8四飛と引いていたでしょう?
「ダー、△3三角戦法ですね」
これを、△8五飛と引く。これが△8五飛戦法ね。
「………………」
………………。
「…………それだけ、ですか?」
そうだね。
「飛車が一つズレただけですよ?これがリヴォリャーツィヤ…革命ですか?普通の手に見えますね」
普通じゃなかった…というのが正しいかな。アーニャちゃんは『高飛車』って言葉、知ってる?
「アー、蘭子の熊本弁ですか?やみのまー、ですね」
うーん…ちょっと違うというか…蘭子ちゃんは素のときは言葉も優しいしね。
高圧的というか、あまり良い意味では使われないかな。
「これが、『高飛車』ですか?」
うん。元はこの飛車の位置からきているのね。敵陣に近くて、狙われやすいし働かせにくい……そう思われていたのが大きいみたい。
昔は「ありえない手」だったわけ。
「……でも、革命が起きたのですよね?ヴァチモア…どうしてでしょう?」
これを最初に指したのは中座真七段(現)。今期の竜王戦決勝トーナメントにも出ていらしたけれど…一番有名なのは奨励会のエピソードかな。
このあたりは長くなるから今回は省略するけれど、この△8五飛を『中座飛車』とも言うね。
最初は、他の棋士でさえ「手が滑ったのでは」と噂した…なんて逸話があるくらい衝撃的だったの。
「でも、意味があるのですよね。指した狙いは、何ですか?」
△8四飛型の中原囲いのとき、3筋攻めが急所って話は菜々さんから聞いたよね?
▲3六歩―3三角成ー3五歩―3四歩と攻めていくわけだけど、△8五飛型だとどうなるかな?
(仮に、すぐに3筋を攻めようとすると…)
「ニチヴォー!飛車が守っています」
そう、本来の目的は3筋の緩和、つまり守りの構えだったわけ。
狙われやすい△8五飛だけれど、すぐに咎める手段も難しいと分かってきて『△8五飛型中原囲い』が生まれるの。
これをきっかけに△8五飛は悪い形ではないという認識が広まって、次第に攻めの戦型になっていくのね。
「オー、ミナミの攻めが激しくなるんですね」
アーニャちゃん、言い方…。私が敏感すぎるのかな?
次にいくね。
・△8五飛戦法の猛威
これで、中原囲いに組めるようになった後手は、『堅い、攻めてる、切れない』の2つを達成したのね。その明快さから、爆発的に採用されるようになる…これが2000年代のお話かな。
特に有名なのは丸山九段で、角換わりと横歩取り△8五飛戦法を駆使して名人位にまでなったからね。他にも野月七段をはじめとして、スペシャリストが開拓していったのが最初かな。
「どう攻めるのですか?」
△8六歩▲同歩△同飛から横歩を狙って戦いを起こすのは前からある筋だけれど、バリーエーションが増えたの。
△7四歩―△7三桂を跳ねて、攻撃の体制は出来上がり。
そして、△8五飛型を活かして△7五歩って仕掛けもあるのね。
▲同歩△同飛でも手ができるし△6五桂と跳ねるだけでも攻めになっちゃうから、かなり鋭い狙いだね。
後手の駒がよく働いているのが分かるかな?
「ダー、後手の囲い、低い形ですけれどキレイです。美濃みたいですね」
低く堅い囲いだからこそ、飛車交換に強いメリットもあるね。
先手も色々な反撃が指されてきたけれど、後手の勝率が跳ね上がったきっかけは、この戦型かな。
従来の中住まいでは受け止めることが困難になってきて、対策する側が先手に移っていくの。
このあたりから、知っている展開も増えてくるかもしれない。
ここで中心になるのが山崎隆之八段(現)、今では叡王戦の初代優勝者の印象が強いかな。
山崎八段は横歩取り、相掛かりといった感覚的な将棋が得意で、対△8五飛戦法でも優秀な作戦を残しているのね。
それが、『山崎流』と『新山崎流』。
「シト、2つあるのですか?」
うん、指された時期で名前がこうなっているけれど、この2つの作戦は別だから気をつけてね。
「ンー、『横浜』と『新横浜』の位置がとても違う…みたいなものですか?」
アーニャちゃん、それは誰から聞いたの?
「ノノが言ってましたね。『神奈川出身ですけど、分かりにくくて乗りこなすのむーりぃー…』って」
東京も、かなりややこしいと思うけどね。
さて、まずは山崎流。これの要点は、「8筋に歩を打たない」ことかな。
「守らないのですか?狙いがヤー ニパニマーユ…分からりませんね」
歩を別の位置に使う狙いね。狙い筋としてはこんな局面。
(新人王戦 記念対局 山崎ー森内 戦)
筋は▲2三歩△同金▲8二歩△同飛▲8三歩△同飛▲5六角。
飛車の位置を無理やり動かして、技を決める狙いね。ただ…後手も対策できるから、そこまで主流にはならなかったかな。
例えば、△2四飛と回って▲2七歩を打たせると持久戦模様になるね。そうなると、先手からしたら少し不満かな。
そのかわりに、長い間有力とみられていたのが新山崎流ね。
これの要点は「最短の攻め」。囲いは、▲4八銀だけ。ここから攻めるの。
「居玉…ですか?」
うん、囲いに1手しかかけてないから、後手が手得しているとはいえ先に仕掛けることができるの。
ここから、▲3三角成△同桂に…▲3五歩。
「シト?そこは飛車が守っているのではないのですか?」
そのための△8五飛だったのだけどね。ここで△3五同飛と取ると、▲4六角の返し技があるの。つまり、この歩は取れない。取れないと……
(図から▲3三角成△同桂▲3五歩。3四の弱点が狙われる)
「ウ―ジャス!3筋を攻められてしまうのですね!」
ここから△4四角とか色々な反撃手段はあるけれど、中原囲いが崩れる方が早い…というのが結論。
先手陣は居玉だけれど、攻める場所が難しくて、飛車交換しても耐久力があって、見た目よりも遠くて固い…不思議な囲いなのね。
後手は△7四歩と突いて攻める余裕がないことが分かって、△8六歩から仕掛ける順が研究されるようになるわけ。右辺が壁形だから、左辺で戦いを起こす狙いね。
この形で有名なのは名人戦の羽生―三浦戦かな。
三浦九段もかなり研究してきたのだけれど、一直線に攻め合ったときに先手が勝利するの。途中の▲5三歩が有名だったりするね。
(一直線に攻め合って、▲5三歩が好手。先手玉に迫ろうとすると、▲5二歩成から先手が良くなる)
「先手玉は、逃げ道もあるのですね」
そうだね。新山崎流はこの後の名人戦にも登場しているけれど、これよりもっと前の局面で変化して、最終的には「後手もやれる」というのが一応の結論かな。
他の形に移っていくまで10年くらい指されて、かなり先手が勝った戦型じゃないかな。
後手中原囲いの弱点は3筋だったでしょう?新山崎流で徹底して攻められたのもここ。そこで生まれたのが、『△5二玉型中原囲い』なのね。
「ンー?ヘンな形ですね。玉が囲いの中心にいません」
最初のころは違和感が強い形だったけれど、3筋から遠ざかった分強く攻め合えることが分かってきたの。右の金銀を攻めても王手がかからなくて、攻め合いで1手くらい違うのね。
「パニャートナ、では後手が良いのですか?」
…でも、将棋って難しいのよ。5二玉になったことで、1筋が弱点になってしまったのよ。
「シト!?玉から遠いところですよ?」
筋だけ示すと、
▲1六歩~1五歩~1四歩△同歩▲1二歩△同香▲2一角。
こうやって、両取りが掛かるというわけ。古典的な筋だけれど、普通は成立しない筋ね。玉が金を守っていないからこんなことが起こったの。
「ンー、後手は大変ですね」
△4一玉と引き直す将棋もあったのだけど、上手くいかなくて。
ここで生まれたのが、△2三銀と上がる手ね。今の将棋でも、部分的によく観られる筋だけれど最初は▲2四歩と打てる位置だけに画期的な手だったの。
「今もよくみる形ですね。銀のクローネです」
冠の下に、玉はいないけれどね。
その▲2四歩を打たれてダメそうだけど、△3四銀とかわしてから△2五歩と飛車取りに打てるから潰れない…というわけ。
「後手のオストロィストゥア…工夫、すごいです」
1歩損だから、急かされている…ところもあるかな。
3筋攻めで「先攻」が上手くいかなくなった先手は、「堅さ」を求めることになるの。
それが、先手中原囲い。同じように堅い囲いにすれば、攻め合いにしやすいし、1歩得も活きるという発想かな。
(A級順位戦 羽生ー渡辺 戦)
「なぜ、これまで指されなかったのですか?」
元々、囲いのアイデアは昔からあったのだけど…。羽生さんが七冠を達成した対局でも、谷川王将(当時)が指しているね。
でも、根本的な問題が一つあって。
「シト?」
△3八歩、ここに歩が打てるのね。中原囲いだと、銀の死角になって取れないの。
一番いいタイミングで△3九歩成として囲いを弱体化させることができるのは大きい…という認識があったみたい。実際、羽生さんは後手をもって快勝して七冠を達成しているしね。
「ンー、難しいですね」
ただ、これが△8五飛型、中原囲い になると条件が変わってくるわけ。
まず、▲7七角と囲いにいったときに、△同角成▲同桂が飛車取りになる。
これで△8四飛と引いたら一手損でしょう?「歩損しても手得」の後手からしたら交換したくない…でも、ゆっくりしていると囲われちゃうし、動きにくいのね。
飛車を横に動かすと角交換して▲8二角と打たれる隙があるから。
さっきの対局は、後手中住まいだったよね?8筋までカバーしていたから、△3八歩と組み合わせて揺さぶりつつ指せたわけ。
「組み合わせ…ですか。難しいですね。でも、△8五飛戦法が生まれてから時間が経っていますね。なぜ、後になって見直されたのですか?」
これは定跡そのものに共通して言えることだけれど……。
研究って「流行の形」以外を一人でやっても、なかなか報われないのね。
「シト…どういうことですか?」
戦型って、両対局者の意図がかみ合って決まるものでしょう?流行の形、最新型が一番よく指されるわけで、その研究や対策が一番効率がいいのよ。
棋士は、勝つことが仕事だからね。
将棋の手に著作権はないから、新手を見つけても儲からない…というのもあるかな。
「もしアイドルみたいに印税が入ったら、誰が一番稼ぎますか?」
藤井九段でしょうね。二次創作…改良や対策は羽生三冠が一番かもしれないけれど。
とにかく、「流行の形」が苦戦になるとみんな他の手段を模索するようになる。
というのが定跡の進化の歴史かな。
先手中原囲いの場合、横歩取りでも「堅さ=勝ちやすさ」が遺憾なく発揮されたことが大くて、先手は7筋に歩があるからとても堅い囲いになるの。
左銀が▲6八銀なのも大きいかな。中央も守っていて、▲5八玉としても寄せにくいの。
他にも、▲6八玉型から攻める「斎藤新手」も優秀で、△8五飛戦法は苦戦気味…な印象かな。指されているし、難しいところも多いけどね。
4、8四飛の復活
8五飛戦法の苦戦に伴って、復活したのが△8四飛戦法ね。
「アー、戻ってきたのですね」
細かな形は違うけどね。△8五飛と△8四飛、△4一玉と△5二玉、この位置で先の展開が大きく変わってくるところが大変だね。
「前と、何が違うのですか?」
先手中原囲いに対抗するなら、△8四飛型で△5二玉型中原囲いにした方が得…という考え方とか、いろいろな要素が合わさって昔の玉と飛車の位置に戻ってきたの。
△2三銀も組み合わせると…今の将棋の陣形と、似てきたでしょう?
「でも、左側の金銀が違いますね。美濃囲いでもないです」
美濃にする…って発想が広まったのは、第3回電王戦かな。
その対局が、豊島七段―YSS戦。
もう、2年前になるのかな。
だんだん、今の形に近づいてくるよ。
電王戦Final、第3回戦 豊島―YSS戦ね。
ここまでは普通の横歩取りだったんだけど、YSSが△6二玉と指したの。
狙いは左辺に囲うこと…美濃囲いにね。
「ハラショー!やっと美濃囲いが出てきましたね」
元々、なぜ指されなかったか…というのは、本局の序盤をみれば分かるかな。
△3三角成 △同桂 ▲2一角
5二玉型なら△3一金で角が死んじゃうのだけど、6二玉型だから▲4三角成が成立するわけ。通称「豊島アタック」ね。
△3一銀 ▲3二角成 △同金 ▲2二飛成
本局は豊島七段の圧勝。かなり準備して臨んだみたいだけれど、研究を離れてからも正確に指し切って勝利したのね。
「ニチェボー、美濃にはできないのですか」
いえ…この後、棋士が研究を始めたの。
特に飯島七段の連載で示されていたのが有名だけれど、△3一銀ではなく△2五歩の飛車取りなら難しくて、むしろ後手もやれるんじゃないか…という認識になるの。
先手としては、危険な道に入りたくなないから▲2一角を見送ることが増えて、後手は美濃囲いに囲えるようになったのね。3筋の弱点からも遠くて、美濃が固いことは有名だから、後手が新たな武器を手に入れた瞬間かな。
「ニサムニェーンナ、なるほど、です。…後手、堅いですね。どう攻めるのですか?」
ひねり飛車みたいに飛車を転回して、△2四飛でぶつけたり、石田流みたいに組んだり…かな。
でも、これだけだと上手くいかなかったの。
「ウ―ジャス!なぜですか、こんなに堅いのに?」
普通の美濃と違って、8筋に歩が無いでしょう?それに、1歩損の上に普通の美濃囲いより弱いのよ。
一直線に美濃に囲いにいくと、対応されて上手くいかない…というわけ。
「将棋は難しい、ですね」
でも、「美濃に組む」って発想が生まれたことはとても大きくて、この後の戦型に大きく関わっていくの。
このあたりは、色々な形が同時進行で模索されていた印象かな。
そして、今の流行△7二銀型へと移るよ。
「やっと、ですね」
5、 △7二銀型
中原囲いは堅いし有力なのだけど、左辺が空いていて駒を打ちこまれる隙があるのね。
「ダー、駒が右にかたよっていますね。でも、矢倉、美濃、銀冠…その方が普通ですね?」
横歩取りは、例外ばかり…と言えるかもね。
この空間を消す囲いが△7二銀型なの。
「よく見る形ですけど…金銀が二枚分かれていて、不思議な形です。堅くはないですね?」
うん。この形の特徴は、大駒を打ちこむスペースがないこと。
仮に飛車や角を手にしても、8二の地点くらいしか打てないし、打っても後手陣はすぐに崩れない。
これを活かして、最初は△2四飛とぶつける指し方が流行したのね。
「先に動いて良くしにいく」後手横歩取りらしい構想なんだけれど、激しい戦いになって…先手陣を破れるかはまた別の問題かな。
(▲2五歩は不満とみて▲同飛△同銀▲8四飛△7四歩▲8二飛成…など)
例えば、有力な先手の対策として、飛車交換の後に▲8六歩と突いてゆっくり8筋を伸ばしていく指し方があるのね。
「シト?飛車や角で攻められないのですか?」
中住まいって、キズがないと突破しにくい囲いなの。飛車や角を打つところが無いでしょう?
これが、3筋を突いていたりすると5五角とかの攻め筋も生まれるんだけどね。
「その形は、少し前に観た気がしますね?」
うん、この後に指された形が異常なほど破壊力を発揮して、大流行して今に至ると。
それが……『斎藤流』。
今の横歩取りの主役…と言っていいかもしれない。
単純だけれど、破壊力がある戦法だよ。
「後手、手得したのに端歩を突いてますね。なぜですか?」
後手の囲いって、この形がほぼ最善なのね。ここから金銀を前に出すと、大駒の打ち込みや隙ができちゃうから。この形を維持して、一番いいタイミングで動いてリードしたい…というのが後手の方針なわけ。
対して先手は、陣形を整備したら▲3六歩から攻めに回りたい。
この、両者の意図がかみ合った結果生まれたのが「端歩で待つ」斎藤流なの。端歩って、マイナスにはならないのよ。ほとんどのケースでプラスになりこそすれ敗着になることって少ないから。
これより前の形でも、似たような端歩突きはさされていたのだけど…この歩の位置が勝敗を分けるくらい重要になるから、少し異質な戦型かもしれない。
「待って…いつ動くのですか?」
先手が▲3六歩と突いた瞬間。ここはこれまでと変わらないね。先手の攻め筋は▲3六歩からの3筋攻めだから変わる手も難しいわけ。
「アー、ミナミがアーニャの攻めを誘っていますね」
…このあたりは、互いにいろいろな狙いが交錯しているね。
(図から、△8六歩▲同歩△同飛▲3五歩)
横歩を守って▲3五歩と突くけど、△8五飛と引かないで…
△8八飛成。
「ウ―ジャス!飛車を切ってしまいました!」
▲同銀に、△5五角と打つ。これが△8八角成と△1九角成の両狙いで、受けはないのね。
ここで攻め合うことになるけれど、△7二銀型とこの筋の相性が非常に良いの。
「薄いのに、サブミッシィマシ…相性がいいのですか?」
先手の早い攻めは▲8二歩や▲8三歩なんだけれど、「玉が詰むまでの手数」が計算しやすいの。金銀が防波堤になって、王手がかからないから読みやすいというわけ。
「これで、後手良し?」
うーん、このあたりは今も研究されていてはっきりとした結論は出ていない領域かな。
端歩の位置で勝敗が変わったりもするから、とても難しい…としか言いようがないね。
このあたりは、蘭子ちゃん幸子ちゃんのところで細かく解説しているから、見てみるといいと思うよ。
渋谷凛の『横歩取り斎藤流』考察 - 神崎蘭子さんの将棋グリモワール
斎藤流って、再現性が高い…つまり、同じ局面が表れやすい形なの。だから、研究の勝負になりやすいのが特徴かな。若手がこぞって研究している印象ね。
・美濃への組み換え
先手は斎藤流を避けるなら▲7七角として持久戦模様にすることができるけれど、後手はそれを見て△6二玉―△7一玉と指すことができるのね。
(名人戦第4局 佐藤ー羽生 戦)
「ニチヴォー セビェー!!ここで美濃囲いですね」
相手の形を見て、自分の形を決める。「あと出しジャンケン」をしているわけ。
先手も▲5九銀右から中原囲いのように固めたり、後手の弱点の8筋を攻めたり…。
力戦気味になるかな。
先手が▲6八玉型とか中住まいじゃない場合、玉は右に行って銀冠に組む将棋もあるね。これが棋王戦第4局で現れた形で、作戦的に成功したかは難しいけれど。
今の横歩取りについてまとめてみると…あ、ホワイトボードに書くね。
△9五歩型
持久戦模様になると美濃囲いの端が活きるけれど、斎藤流になったときに先手が勝ちそう。
△1五歩型
斎藤流で得になる変化もあるけど、成否は微妙。(A級渡辺―広瀬 戦も△1五歩型斎藤流)持久戦にしても一局。
▲1六歩△1四歩型 △1四歩△9四歩型
やはり明快な結論が出ていない。場合によっては△1五角の筋もある。
▲2四歩型
銀冠を直接咎める手。先手やれる変化も多く、これで先手良しなら後手は△2三銀型そのものの成立に関わる。
こんな感じかな。これまでの指し方の集大成…みたいな戦型かもしれない。
佐藤名人を筆頭に後手横歩が猛威を振るっているけれど、これから先手の対策が定まってきて勝率もある程度落ち着いてくるんじゃないかな。
これまでの経験則…でしかないけれどね。
「先手にもナジェスタ…希望があるのですね」
まとめ
ここまで色々な形をみてきたけれど、これ以外にもあるし横歩取りを一言で説明するのは難しいかな。
でも、基本的な方針としては
・後手が1歩損を代償に、先に動いて良くしていく戦型
・先手は抑え込めれば満足、後手の攻めには攻め合い勝ちを目指す
かな。一番多い△3三角戦法のみなら、
・後手の仕掛けは△8六歩などで横歩を狙う
・先手は3筋の歩を突くのが基本の狙い筋
というのが共通しているかな。
たぶんこれからも色々と形が変わっていくけれど、「定跡の手順」だけじゃなくその意味や方針を理解することである程度は対応できると思うよ。
私が説明できるのはこれくらいだけれど…どうだったかな?
「たくさん…たくさん、形がありました。定跡はズヴェズダ…星みたいですね。将棋盤はコスモス…宇宙です」
星も、将棋の局面も、有限なのだけれど…人間が理解するには、数が大きすぎるね。
「でも…長い時間をかけて、たくさんの人が手を見つけて、深めていったのですね。ミナミが、ナナが教えてくれました」
横歩取りは大きく形が変わることが多いから目立つけれど、他の戦型もみんなそうだよ。
それは…これからも変わらないと思う。
というわけで長くなっちゃったけれど、今回はここまででおしまいです。
ありがとうございました!
「ドーブラエウートラ!ミナミ、いつもありがとう、ですね。プラダガールナ…感謝です」
私は…既にあるものを解説しているだけだから。
「星は、見ただけではどれか分かりませんね。教えてくれる人、大切です」
ありがと、アーニャちゃん。
…そういえば、星で思い出したのだけど、七夕にアーニャちゃんは何を願ったの?
私は『これからもみんなで、楽しく過ごせますように』って書いたけれど。
「アー……恥ずかしいですけど…ミナミのことを書きましたね」
私のこと?
「……『ミナミのことがちゃんと伝わりますように』です」
えっ!?どういうこと?お仕事して、みんなにちゃんと受け入れてもらってるけれど……
「ミナミ、少しセクスィなお仕事、多いです。アーニャ、ミナミはカワイイ、キレイだと思います。でも、最近はセクスィ…ンー、カゲキなお仕事多いです」
えぇ!?そんなはずは……
「なんでミナミがスクール水着を着ますか?ミナミはステュデェント…大学生です!みんなのお姉さんです!どうしてですか、おかしいです!」
あ……いや、アーニャちゃん?私もアイドルだから、これくらいは……ね?
「その後も、ミナミ前の衣装でセクスィな…あやしいセリフ言ってました!なぜですか!なんでそんなお仕事ばかりですか!ミナミはクールです!やさしくてカッコイイです!みんな勘違いしてます!」
ちょ…ちょっと、その話は後で…ね?それでは、お疲れ様でした~!
「ンンンンミナミィ!」
※ このあと、2人で話し合ったみたいです(P)
(了)
参考対局
第31期新人王戦記念対局 山崎―森内 戦
第68期名人戦第二局 羽生―三浦 戦
第72期順位戦4回戦 羽生―渡辺 戦
第45期王将戦第四局 谷川―羽生 戦
電王戦 Final 第3回戦 豊島―YSS 戦
第27期竜王戦挑決ト 糸谷―羽生 戦
第75期順位戦第2回戦 渡辺―広瀬 戦
第74期名人戦第4局 佐藤天―羽生 戦