とある事務所の将棋紀行

将棋の好きなアイドルが好き勝手に語るみたいです。

乃々と輝子の動画解説  机の下からお送りしました

 

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輝子 や、やあ……星輝子、だよ。

乃々 もりくぼですけど……。

 

輝子 今日は、私たちの出番だそうだ。

乃々 どうしてもりくぼに……帰りたいんですけど……。

輝子 まあ、いいじゃないか。メインのお仕事はもう、終わってるし……。

乃々 うぅ……静かな日々は遠いぃー…。

 

輝子 今回は、動画のお仕事……だね。

乃々 これですけど……。

 

 

www.nicovideo.jp

 

輝子 前回は、お話の元になったエピソードがあったみたいだけど……今回は、そういうのはないみたいだね。

乃々 もりくぼみたいな人が別にいたら、それはそれで驚きます。



輝子 で、将棋の話をしようか。ボノノちゃんとの対局だね。

乃々 これ、説明しようとしたら、キリがないんじゃないですか……?

輝子 そうだけど、話してばかりだったからな……。


・序盤

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輝子 序盤は、普通に進んだな。

乃々 これは普通なんでしょうか……?

輝子 前回出てた菜々さんは、苦笑してたね。

乃々 『ナナでも風車は久しぶりに見ましたよ!』って……どこまで知ってるんでしょう?

輝子 それで、角を引いて……飛車を回ったのがポイントだな。

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乃々 そうなんですか?

輝子 うん。こうなるとさ、後手は右玉みたい……だよね?

乃々 最初から右玉なら、先手はこの形にしませんけど……1歩交換されてますし。

輝子 ちょっと、得してるかも……と思って。最近、穴熊に右玉で勝つ将棋、多いだろ?

乃々 それは角換わりぃー…。

輝子 8筋も、居飛穴の弱点だからな。飛車と角が睨んでて、けっこう厳しいんだ。

乃々 そうですね……もりくぼも、ジリジリと上から押されました。

輝子 どこかで、端も突き捨てたかったけどな……タイミングは、難しい……。

 

・中盤

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輝子 ボノノちゃんが仕掛けて、中盤だな。

乃々 千日手は損なので……しょうがないです。でも、簡単には決まらないぃー…。

輝子 ゴチャゴチャした戦い……こっちは、反撃する気満々だけどね。

乃々 玉から遠いところを攻めるので、効率がわるいです。継ぎ歩攻めが、地味に痛いぃー…。

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輝子 穴熊だと余計に……厳しいよ。

乃々 もし、別の囲いだったら……どうするんですか?

輝子 うーん……そのとき考えるよ。中飛車は力戦も多いから、ね。

乃々 銀冠……とか?

輝子 たぶん、銀の頭を攻めると厳しいんじゃないか……?

 

 ・終盤

輝子 終盤は、動画でもボノノちゃんが説明してたな。

乃々 あれ、変化のごく一部分なんですけど……本当に多いんですけど……。

輝子 風車の終盤は、本当に難しいよ……ふふ。

乃々 難解ぃー…。

輝子 全部は無理だから、最後のアレだけ、ちゃんと説明しようか。

乃々 はい……最終盤、なんですけど

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乃々 後手玉は打ち歩詰め、先手玉は必至が掛かります。

輝子 だから、私は勝ちだと読んでたわけだな。

乃々 ……でも、ここで▲7六角成という手があったんです。これ自体は大した受けになってませんけど、必至が掛かったあと……

 

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(△2五玉以下、▲7六角成△5九飛▲8八金△7九金▲5八馬)

乃々 ▲5八馬が、王手で入ります。

輝子 王手は最優先だから……取るしかないな。△同飛成。

乃々 そこで、▲7八金と取ると……今度は、後手玉が必至になってるんです。

輝子 先手は詰まなくて、後手は▲2六銀と▲3六銀が受からないな……。

乃々 先手玉に詰みはなくて、速度が逆転。だから、終局したんですね。

 

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輝子 私のどこが悪かったのか……これ、結構前の話になるよね?

乃々 はい。この局面、実は▲4五歩が無いと後手から△4六飛という返し技があるんです。

 

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乃々 これで詰めろがほどけています。だから、もっと前に……

乃々 △4四玉ではなく△4五玉と逃げておくと、この変化にはなりません。

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乃々ここから▲4六銀△3六玉……と進むと、▲4五歩を打たない変化になります。

輝子 つまり、▲4五歩は先手が得してたのか。20手くらい前の話だ…な。

乃々 ……もちろん、別の手順も読まないとですけど。


乃々 動画で、もりくぼの読みと進行した手順が微妙に違うのは、1歩の差が大きいです……。

 

輝子 お互い、変化はできるからな。難しすぎて、結論は分からないけど。

乃々 81マスの海を、ぷかぷかうかんでます……動けるのは、ほんの少しだけ。

輝子  ……乃々ちゃん、観戦記とか書けそうだな。

乃々 なんでお仕事増やそうとするんですか……むーりぃー…。

 


輝子 すごく駆け足で話しちゃったけど、他にもいろんな攻防があったね。

乃々 対局だけじゃなくて、お話も……いろいろありましたけど……。

輝子 あんまり、私たちがどうこう言うことじゃないかな。

乃々 どうすればいいとか、答えが出る話じゃないので……。観てくれたら、それだけで嬉しい……かも。



輝子 今回は、ここまで。お相手は、星輝子と

乃々 森久保乃々でした……バイバイ。

 

 

 

(了)

志希と美波の将棋研究  横歩3年の患い 2

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  ねぇ、志希

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志希 んにゃ?

  さっき美波から、書類を渡されたのだけど……貴方、何かしたの?

志希 んー?何かしたと問われたら、『した』が正解になるけど――

  具体的に。

志希 にゃはー、そうだよねー。強いて言うなら……研究?

  ……的を射ないのはいつものことだから、ここまでにしておくけど。書類、ここに置くわよ?

志希 ありがとねー。

  まったく……どんなやり取りをすれば、こんなタイトルができるのかしら。

志希 …………?

 

ゴソゴソ

パラッ

 

志希 ………………。

志希 志希ちゃん、ちょっと失踪してきまーす。

  ……宣言されても困るのだけど。

志希 んー、黙って出ていった方がよかった?

  そうじゃなくて……もう。止めても聞かないんでしょう?

志希 ま、そうなるねー。じゃ、行ってきまーす!

志希 美波ちゃんの匂いは……こっちだ―♪

 

  ………………。

  何がどうなってるのよ……。

 

レポート 

横歩取り△3三角急戦の成否と改善策について

 

先行研究

志希と美波の将棋研究 横歩3年の患い - とある事務所の将棋紀行

 

 

志希 美波ちゃーん!

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美波 へ?……志希ちゃん!?どうしてここに?

志希 どうしてって……あの内容渡されて、じっとできるわけないじゃない!

美波 志希ちゃんの手紙のお返し、みたいなつもりだったんだけど……

志希 で、変化どうなってるの?そもそも全部成立してるか確認させてよ!

美波 ちょ、ちょっと待って、順を追っていかないと――

志希 じゃあ追っていこう!にゃふふ~、楽しみだな~♪

美波 …………もう。

(~盤と駒準備中~)

美波 じゃあ、始めるね。よろしくお願いします。

志希 よろしく~。……で、どこから説明してくれるの?

美波 ――まず、前回の主なテーマは△3三角急戦に対して、▲7七角と打つ形の成否だよね?

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(△3三角急戦。これを先手はどう受けるのか)

志希 そうだねー。△3八歩で、変化は多いけど後手良しじゃないかって話。

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(△3三角以下▲7七角△同角成▲同桂△8九角▲8七銀△同飛成▲同金△6七角成▲3六飛△3八歩
この先の変化と見解は前回を参照のこと)


美波 それで最終的に、△3三角に対して▲7七桂から持久戦にして先手良し、が志希ちゃんの結論。

志希 そ。一方的に角を手放して、歩の形も悪い。勝敗に直結はしないけど、後手を持ちたいとは思えない。でしょ?

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(▲7七桂以下△7六飛▲8四飛△8二歩▲2七歩△7二金▲4八玉△5二玉▲3二玉が一例。
力戦だが、既に先手の模様が良い)


美波
 うん。△7七同角成▲同銀△8九飛成も、▲6九角で受かってるしね。

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志希 ……覆る余地はないよね?

美波 うん、私もこれは正しいと思う。でも、ちょっと考えてることがあって――


美波 ▲7七桂型って、▲8四飛と回られるのが不満でしょう?それを消せれば、難しくなるかなって。だから、△3三角に替えて△4四角ならどうかと思ったの。

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志希 ……△3八歩を打たずに?

美波 打たずに。△3八歩▲同銀△4四角はよく知られてる手順だけど、これだと金銀の連結がいい上に後手が歩切れになる変化があるから……上手くいかないと思う。

志希 歩を効かせない方が得……?ここからは未知の世界だね。

美波 まず、▲7七角は△同角成で研究した形に合流するね。これは後手良し。

志希 そこは変化の余地がないねー。

美波 問題は▲7七桂のときなんだけど、角が4四だから△3三桂って跳べるかなって。

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志希 あ、そっかー!▲7五角とかの変化も消えてるもんね。一回、玉を上がるのが自然かにゃ?▲6八玉とか。

美波 そこで△7六飛と回って……

志希 △2六飛があるから、2筋回るくらいかー。△2三歩に、3四か2八?

美波 どっちもあると思う。△3四飛ならこんな感じで……

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(▲7七桂以下△3三桂▲6八玉△7六飛▲2四飛△2三歩▲3四飛△2六飛▲2八歩△7二金)

美波 ▲2八飛と引いたら、こんな感じが一例かな。

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(▲3四飛に換えて▲2八飛 以下△7二金▲8七銀△7五飛)

 

美波 どっちも一例だから、お互い変化はできると思うけど……。

 ………………。

志希 力戦だねー。

美波 そうだね。角は手放したけど、筋違いじゃないし、よく効いてるし……これを咎め切るのは大変かも。

志希 だってこれ、歩の損得なくなってるもん。差は生角だけかー。
……少なくとも「先手勝ち」に繋げられる局面じゃないね。手が広すぎる。

美波 「後手良し」じゃないとも思うけどね。これまでの▲7七桂に対する変化よりは、得だと思う。

 
~しばし沈黙~

志希 ……そもそも、これ以外の可能性はないの?

美波 うん?

志希 ほら、△4四に角打ってる弊害で他の変化が……▲8七歩は?

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美波 えっと、確か△7六飛▲7七銀で……

志希 △2六飛には▲1五角が王手飛車ね。

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(次の▲4四飛が受からず先手良し)


美波
 だから▲7七銀には△7四飛と引くけれど、これが△7七角成~△3四飛の先手。

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(次に△7七角成の王手から△3四飛で先手の飛車を取れる)

志希 ▲2四飛も無効だから……▲3六飛と引く。以下は何となくこんな感じで――

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(▲8七歩以下 △7六飛▲7七銀△7四飛▲3六飛△3三桂▲8六飛△8二歩▲5八玉△6二玉▲3八金△7二玉▲4八銀△5四歩 が一例。後手の角が2六の地点を抑えている。この後、持久戦模様なら陣形整備で堅くすることも可能)

美波 先手の飛車が、2筋に戻れないね。角が遊ぶことはなさそうかな。

志希 やっぱり、△3三角▲7七桂の展開よりは後手がやれそうか。
……そっかー、こんな手順があるんだねー。

美波 私も漠然と「横歩急戦は先手良し」とばかり思ってて、調べてみたらとっても難しくて……驚いちゃった。

志希 後手が良くなる変化は色々あるのに、一番悪い変化がこの力戦だったら……これはすごいことだよ。

美波 うん。難しいけど、勇気流や青野流よりも先に形を決められるのは大きいかもしれないね。


志希 いやー、流石というか……美波ちゃん面白いよ。

美波 面白い?

志希 こんな変化を思いついて徹底的に掘り下げようとする人なんか、全然いないもん!

美波 そうなの?

志希 そりゃねー。普通、実戦に出る形や最新型をみんな研究するものでしょ?どこかでテキトーに読みを打ち切って、忘れちゃうのが自然だよ。キッカケはアタシだったけどさ、これは予想以上だねー。

美波 そんな、私はただ……挑戦するなら徹底的にと思っただけで……

志希 …………。(奏ちゃんが『スパルタ』って言ってた理由が分かった気がするにゃー。この子、一度始めたら限度がないんだ)

美波 でも、これ以上の結論を出すのは……もう難しいかな。研究できる斬り合いじゃなくて「強い方が勝つ」って将棋になりそうだからね。

志希 十分すぎる収穫だと思うけどねー。それに、楽しかったし。

美波 私も、いろいろ勉強になったよ。じゃあ、今回はここまでで……

 

 ありがとうございました!

 

 

志希・美波研究 横歩取り△3三角急戦 見解

 

△3三角に替えて△4四角で

・▲7七角は△同角成で後手良し

・▲7七桂は△3三桂以下力戦

・▲8七歩は△7六飛▲7七銀△7四飛で力戦

 

 

おまけ

志希 美波ちゃん、今度さ、研究会しない?面白そうだからさー。

美波 いいけど……スケジュール、どこなら空いてるの?

志希 んー、アタシはいくらでも何とかできるからねー。美波ちゃんは?

美波 こんな感じだけど……

志希 どれどれ~?……え?

~~スケジュール帳には分単位で予定がビッシリと書きこまれていた~~

志希 …………。

美波 このあたりなら時間とれると思うけど……って、志希ちゃん?

 

志希 (……『シャイニングスパルタ』って、奏ちゃんの言う通りだったなぁ)

 

 

(了)

 

志希と美波の将棋研究  横歩3年の患い

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志希 にゃっほー、美波ちゃん。ちょっといーい?

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美波 あれ、志希ちゃん。珍しいね、何か用事かな?

志希 んー、最近さ、美波ちゃんが講義やってるって聞いたんだよねー。

美波 講義というか、アーニャちゃんの気になったところを教えてるだけだよ?

志希 じゃあさ、アタシが気になってる所も教えてよ、ミナミ先生!

美波 え!? 私に、志希ちゃんの満足のいく回答ができるとは思えないけど……。

志希 ダイジョーブだって。別に学会で質疑応答をしてくれってわけじゃないんだからさ!

美波 例えがよく分からないんだけど……。

志希 アー、アー……ンンッ!

『ミナミ、ダメ……ですか?』

美波 ……それ、アーニャちゃんの真似?

志希 にゃは~、これならイケると思ったんだけどな~

美波 私を何だと思ってるの……

志希 ん?奏ちゃんや美嘉ちゃん以上の苦労人。

美波 (苦労かけてる自覚はあるんだ……)

 

※結局、話を聞くことになりました。

 

志希 最近さ、横歩取りの話してたよね。

美波 うん。最新型の勇気流とか横歩の歴史とか、いろいろね。

志希 その成立条件の話だけど「▲3四飛の瞬間に後手が動くのは上手くいかない」から△3三角戦法になるんでしょ?

美波 そうだね、後手が急戦に出る手段は色々あるけれど、「先手わずかに指せる」って見解だから△3三角から持久戦に――


志希 そこ!その前提条件、本当に正しいのかな?って話。


美波 ……どういうこと?

志希 この局面だけどさ、単純に仕掛ける手があるじゃない。

▲3四飛に △8八角成▲同銀△3三角

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美波 『△3三角急戦』だね。前に菜々さんが説明してたかな。

志希 で、ここで▲7七角と打って――――

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志希 △同角成▲同桂△8九角▲8七銀△同飛成▲同金△6七角成に、▲3六飛と引いて先手良し……だよね?

美波 そう……だったと思うけど。

志希 ここでさ、△3八歩と打つとどうなるの?

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美波 ……へ?

志希 これ取ると詰むよね。もっと前に利かせる変化だと、この局面にならないことは知ってるけどさ、コロンブスの卵で今打つとどうなるのかにゃ~?

美波 このタイミングでは入らないと思ってたけど。▲5八金?

志希 △4五馬

美波 ……▲3八銀

志希 △3六馬▲同歩△8九飛▲6九歩△8七飛成▲9六角△7七竜▲6三角成△4二金▲2三角△3二銀打▲5六角成△6六桂…………

 

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志希 これ、後手寄るの?

美波 ……これは、後手良いと思う。でも▲9六角じゃなくて▲6五桂が先じゃない?

志希 あー、角のダイヤゴナルより速いか。これは……△6二銀で。

 

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美波 手が見えない?

志希 でしょー?変化の余地少ないし、大駒三枚だけで歩も利かないし、後手は守りにいくらでも数足せるし。アタシはこの局面だけみて、後手持ちたいよ。

 

美波 ……急所を攻めるなら▲6四歩かな。

志希 美波ちゃん、それ反則。

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美波 え?……あ!

志希 へ~、美波ちゃんもこんな凡ミスするんだ~♪

美波 …………。
志希 ま、一手詰めを見逃して頓死しちゃった大棋士もいるし、ウッカリはよくあることだよね~。

 

美波 …………………▲4八玉

志希 ん、なぁに?

美波 ▲6九歩に替えて▲4八玉なら、6筋に歩が効くよね?もうちょっと、調べてみましょう(ニコッ)

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志希 そうだねー、やってみよっか。

(……あれ、美波ちゃん目が笑ってない?)

 

美波 ▲6四歩が入る展開は持ち歩が活きるし、飛角を打ち込むスペースができるよね。

志希 △2七歩くらいで▲5五角△3九銀▲3七玉△2八歩成

 

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志希 これも、先手良しとはならないねー

美波 …………。

 

美波 ……▲1五角を決めると

志希 ……?

美波 △3八歩の瞬間に、▲1五角の王手。利かし得にならない?

志希 わー、また難しい手をひねり出すねぇ。

 

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志希 あー、なるほど。これは先手は得……?手が広すぎてすぐにはワカラナイ?

 

美波 先手から変化できる手は、これぐらいしかなさそうだけど……志希ちゃん、どう?

志希 (あ、いつもの美波ちゃんにもどった)

 

 

 

志希 んー、課題局面をいくつか精査しないといけないから、今日はこのくらいかにゃー。


でもここまでくるとさ、「先手良し」がどうこう……とかじゃなくて、強い方が勝つ将棋だよね。

美波 そうだね。いつもは何となくで進めていたけれど、ここまで難しいとは思ってなかったかな。

志希 「横歩3年の患い」とは、よく言ったものだねー。こんな変化の枝葉末節まで知ろうとする人は実際は少ないだろうし。それでいいと思うけど。

美波 ……どういうこと?

志希だってこの形、全く指されないもん。なんとなく結論だけ知ってて、お互いがそこに挑まなければ覚える優先度は限りなく低い。
先人の積み重ねの上に、当たり前のように立ってるのはどこの世界も一緒でしょ。
その足元を構成する一つ一つを疑いながら精査して、解明して、残していくのは……一部の学者やプロ、変わり者の仕事かにゃー。

美波 もうちょっと、明快に答えが出せたらいいんだけどね。

志希 んー、面白かったからいいんじゃない?調べるべきポイントも見えてきたし、ここでちょっと話をしたくらいで解決するような問題じゃないって分かっただけでも収穫だしね。

…………珍しい、美波ちゃんのウッカリも見れたしね~。

 

美波 ……もうっ!

 

 

(後日)

 

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アナスタシア ミナミ、さっきシキからピスィモー…手紙、渡されましたね

 

美波 え?何だろう……

 

 

 ~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

 

美波ちゃんへ

 

▲1五角以下

△6二玉▲3八銀△3六馬▲同歩△8九飛▲4八玉△3九銀▲3七玉△8七飛成▲2二歩△2五金

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▲1五角が負担になって後手良し

 

現時点での結論

▲7七角以降の展開は後手良し。

19手目▲7七角に換えて▲7七桂で、持久戦調の将棋ながら先手がポイントをあげる将棋になりそう。ここか具体的に形勢に差を広げる方法や、明快な先手勝ちへの道筋はつけられない。

 

 ▲7七桂以下
△7六飛▲8四飛△8二歩▲2七歩△5二玉▲4八玉△7二金▲3八玉(一例)

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追伸

美波ちゃん面白いからさー、また今度あそぼ~♪

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~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

 

美波 ………………。

アナスタシア ミナミ、何が書いてありましたか?

美波 えっとね……

 

美波 中途半端に踏み込んじゃいけない世界……かな。

 

 

 

(了)

新田美波の定跡解説  勇気流から広がる景色

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「ミナミ、ドーヴラエ ウートラ!」

…………。

「ミナミ?」

 え、アーニャちゃん!?ごめんね、ちょっと集中してて。

「ダイジョブ、ですね。でも、ミナミが悩んでるところ、珍しいです」

 うん。ある形について質問されたんだけど、自分でも理解できてるか不安があって……。

「シト?ミナミが分からない形、ですか?」

 これなんだけど……

 

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「ンー、不思議な形ですね」

『勇気流』って言われてるんだけどね、難しい変化が多くて。

「勇気…ですか?アーニャも気になります」

 そうだよね……中途半端なままなのは、よくないかな。

 

 アーニャちゃん、スケジュール空いてないかプロデューサーさんに聞いてみようか。

「!ミナミのレクツゥイア……やりますか?」

 うん。挑戦してみる。まずは実戦例を集めて……

「どのくらい、集めますか?」

 えーとね……

 

 たくさん!

 

~数週間後~(事務所の一室にて)

 

 それでは講義『勇気流について』始めます。よろしくお願いします。

「よろしくお願いします。ミナミのレクツゥイア、久しぶりですね?」

 そうだね、前は…クリスマスだったかな?藤井システムがテーマだったよね。

「ダー、ミナミが、カツラを飛ばしてました!」

……アーニャちゃん、それは桂馬だよ。

 

 最初に、勇気流って何の戦型か分かるかな?

「ンー、横歩取り…ですね?」

 そうだね、▲3四飛と横に動いて歩を取るから『横歩取り』。このあたりは、前にも触れたことがあったかな。

「ダー。でも、先手の飛車の位置がオカシイです。そこはアパースノスチ…キケンだと教わりました」

 この戦法の一番の特徴はそこかな。飛車がここにいる理由や主張はもちろんあるから、順を追って説明していくね。

 

 

・青野流と勇気流(指された背景)

 

 もともと勇気流が指される前によく似た形があったのね。『青野流』っていうんだけど……

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「アー、とてもそっくり…ですね」

 横歩取りって普通『先手の1歩得 対 後手の手得』って構図でしょう?

 先手は1歩取るかわりに、▲3六飛―▲2六飛と手数をかけて戻らないといけなかったわけ。後手に主導権がある将棋になるから、しばらく面倒を見ないといけないの。

「ダー。後手が先に攻める将棋だと、教わりました」

 その通り……なんだけど、やっぱり先手としては面白くないわけ。だから「飛車を戻さないで▲3四飛のまま戦う」ことにすれば、1歩得したまま先攻できるのではないか。
 これが青野流の狙い。ある意味欲張りな作戦かな。

「パニャートナ、でも…最近みたことないですね?」

 攻めが続くことは分かってきたんだけど、後手が攻め合いを選んだときが大変で。
 具体的には、△7六飛って手があるのね。後手も横歩を取る手なんだけど……

「どちらも、似た形です」

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 次の狙いは△8八角成で、▲同銀は△7八飛成、▲同金は△7九飛成で将棋が終わっちゃう。
 横歩取りではよく出る筋だから覚えておくといいかな。
 対して後手は△3三角と△3一銀の形だから、飛車を成られる心配はないのね。

「パニャートナ、『損して得とれ』ですか?亜子が言ってました」

ことわざ通りかは難しいけど、形にもメリットとデメリットってあるから。

 お互いに歩の損得がなくなって、手番は先手。でも、後手の低い形が攻め合いと相性がいいんだよね。
 ここで△8八角成を受ける▲7七角と▲7七桂という手の両方が、先手苦戦気味とみられているかな。だから、この形はだんだんと指されなくなっていったの。

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(▲7七角に対する模範得演技。両取りが受からないので先手も▲2二歩から攻め合いにするが、△3三桂ー△4五桂の応援が効く)

これが、勇気流が指される前の話だね。

 

・勇気流

 

 さて、勇気流なんだけど……大きな構想や狙いは青野流とほぼ同じ。
でも▲5八玉に換えて▲6八玉と上がるのが骨子となる一手なの。

「ンー、1マス、違うだけですね?」

 重要なのは、さっきの青野流でみた△7六飛の局面ね。▲5八玉型だと△8八角成の先手だったけど、▲6八玉型だと……

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「プリクラースナ、玉が金を守ってます!」

 これなら△7六飛が先手にならないし、むしろ後手の飛車をいじめることができそうだね。
だから勇気流は、青野流の弱点を改善した作戦…ともとれるかな。

 佐々木勇気五段が指し始めて、先手をもって連戦連勝。棋王戦では佐藤天彦名人を勇気流で破って、挑戦者決定戦まで勝ちあがったの。この活躍が注目を集めるようになったきっかけかな。

『勇気流』って名前が広まっていくのもこの頃だから……去年の12月くらいだね。とっても新しい戦法だよ。

 

「ミナミ、どうして勇気流は、これまで指されませんでしたか?」

 んー、確かに▲6八玉でプラスになる部分はあるんだけど、横歩取りって8筋が戦場になるでしょう?わざわざ序盤に近づこうとする発想がなかったの。

 あと青野流は攻め好きのスペシャリストしか採用しない戦法だったから、青野流が苦戦しても▲3六飛と引く普通の横歩取り指せばいい……って理由はあったかも。

「この形がトクベツ…ですか」

 でも、指されてみると後手をもって咎めるのが難しかったんだよね。まだまだ結論が出ていない部分もあるけど、具体例をみていこうか。

「ダー!」

 

 ▲6八玉で後手の手番だけど、指し手は何通りかに分かれるの。ホワイトボートにまとめて書いておくね。

 

~ 勇気流 後手の応手 ~


・△2二角成―△2七角

……▲4九金が浮いているために生じた手。勇気流を咎めにいく

△2二銀―△8二飛(順不同)

……先手の攻めを抑える狙い。8筋からの反撃も含み

△8五飛

……次に△2五飛▲2八歩の手順を狙う。△8五飛と戻ることが多く手損が気になる

△7六飛
……それでも横歩を取る。実戦例は少ない。

 
~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

 
 このぐらいかな。後手は△8六飛をどこかに動かすのだけど、その位置によって展開が決まってくるね。

「ミナミ、青野流だと△5二玉が…優秀でした。ここで指してはダメ、ですか?」

 ダメ……かは難しいけれど、△5二玉型って右辺の守りを放棄して△7六飛の攻め合いが狙いだから、▲6八玉型相手に指すと損になる変化が多いかな。

 

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(後手から早い仕掛けが難しく、△2二銀には▲4五桂がある)

 

 すぐに△7六飛と取った実戦も△4一玉型だし、攻め合いというよりは他と同じく先手を抑える方針だったね。実戦例は少ないし、上手くいったかは微妙だったから……△7六飛と取りにいく手は、あまりオススメできないかな。

 

・△8八角成―△2七角

 

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 角交換から△2七角が一番先に考えないといけない変化だね。▲6八玉型だから生じた手で、4九の金が浮いてるのを咎めにいったわけ。

「金がジョールカ…浮きますか?」

 その意味じゃなくて、「誰にも守られていない駒」ってこと。青野流は玉が5八にいるから△2七角で金取りにはならないでしょう?

「キング…玉が真ん中にいると、バランスがいいですね」

これが後手良しだと、勇気流は成立しないって結論が出ちゃうから…大事な変化だね。

「先手は、どうすればいいですか?」

▲3八銀△4五角成として馬は作られちゃうんだけど、▲2四飛が巧い切り返しになるの。

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「……△2三歩と打つと?」

 ▲7七角が両取りで、『△4五角急戦』みたいな変化になるかな。そのときに先手の▲6八玉や▲3八銀が従来の定跡よりも得になってるから、これは先手良しだね。

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 △1二馬と引いた実戦はあるけど▲7五角が追撃の一手。以下は先手は馬を好位置に引けるから、働きの差が大きいかな。結果も、先手の攻めが続いて勝ってるね。

 

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「馬を、ウマく使うんですね!」

 ……アーニャちゃん、また楓さんに教わったの?

「ダー!日本のジョーク、たくさんありました!」

(楓さんのダジャレはジョークなのかな…?)


 今のところ、勇気流に対して「後手がいっぺんに潰しにいく変化は上手くいかない」って感じかな。だから後手の主な方針は「抑え込み」になるのね。

 先手の攻め駒は飛車、角、桂、歩だけになりがちだから、隙を作らなければ飛車をイジメたり8筋から反撃してよくできるだろう……って構想。

 対して先手は攻めを繋げる必要があるのだけど、佐々木五段曰く「相手の手に乗って捌く」振り飛車みたいな感覚がいるみたいだね。

「相手の手に?…どういうことでしょう」

 

・△2二銀―△8二飛

 

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 例えば△2二銀―△8二飛は一番典型的な筋で、青野流でも抑え込む目的で一時期指されていたの。

 先手は▲3七桂と一番強気で対応するのね。▲8三歩、▲8四歩と連打して一手かせいで、青野流の場合は先手の攻めが成功するのだけど……この局面、少し振り飛車の攻めみたいでしょう?左右は違うけどね。

「パニャートナ、なんとなく…似ていますね」

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(青野流の変化。▲3七桂以下△8八角成▲同銀△3三銀▲8三歩△同飛▲8四歩△8二飛▲3五飛△8四飛▲6六角△8二飛▲4五桂  飛角桂がめいいっぱい働いている)

 勇気流だと玉の位置の差でこの変化にはならないけれど、やっぱり「捌く」ことが重要になるわけ。恐れず、強気で前に出ていく将棋になるね。

 成功例としては、羽生―深浦 戦があるかな。▲7五角から馬を作って、じっと▲5六馬が好手順。この後は竜も作って、二枚の圧力で攻め勝つの。

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(上の手順とほぼ同じで、▲6六角に換えて▲7五角。この馬を働かせていく)

「ハラショー!ミナミが押し倒しました!」

 アーニャちゃん、「押しつぶす」と「攻め倒す」を混ぜちゃいけません!

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 (竜と馬で盤上を制圧、と金作りが受からず先手優勢)


 もっとも、一直線の研究勝負になっちゃう形だから……その後は先手が避けていることも多いね。水面下で「先手不利」の結論が出ていてもおかしくないと思う。

「ンー、難しいです……」

 その後は▲3五飛から攻めを組み立てるのが主流になっているね。銀を上がって、桂を跳ねて……

 

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「ニチェボー、△2八角と打たれてしまいますね?」

 うん。そう指した実戦もあるし、それが勇気流の威力を見せつけた棋王戦の佐々木勇ー佐藤天 戦だね。対策はちゃんとあって、先手はそこで▲3二飛成と切る!

「シト!?」

そして▲1八金と打つの。これで角が詰んでるよね。

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「パニャートナ。とても激しい手、です」

 △3七角成▲同銀とした局面は駒の損得はほとんどないし、後手陣は薄くなっている。この後は▲2四歩から拠点を作って攻めていけるし、先手陣は飛車打ちに強いから。

 この▲4九金・▲3八銀型の優秀性が、最近は見直されてきている気がするね。

「これ、美濃の形…ですね?」

 うん。一手で完成する形だし、1段金で守りも堅い。大駒の打ち込みも少ないし、いざとなったら第二の囲いとして逃げ込む余地もある。

 後手横歩△7二銀型も似たような意味があるし、角換わり▲4五桂速攻もこの形だね。

「美濃の形はクラシーヴィ…美しいです。」

 弱点もあるけど、汎用性が高い形なのは間違いないね。
 ただ、攻めに使う右銀まで囲いになっちゃうから……攻めを続けることが大変っていうのは、どの展開にも共通してるかな。

 

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戻って△8二飛の対策だけど、8筋に歩を打たないで、逆に攻めの起点にする指し方もあるよ。山崎流の応用みたい……って言っても分からないかな。菜々さんだったら喜んでくれそうだけどね。

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(上図以下△同飛▲2三歩△同銀▲同飛成△同金▲5六角 で両取りがかかった。△8七歩成はあるが、先手は右辺に逃げられる)

  △8六歩の垂らしは怖いけど、勇気流だと▲8四歩や▲8五歩で受かってることも多いから、覚えておいて損はないかも。他には△8七歩成を許しても攻め合いにして、▲5八玉から早逃げした実戦もあるね。

 新しい対局だと棋聖戦挑戦者決定戦 糸谷ー斎藤 戦で、▲2五飛から飛車を引いて2筋攻めを見せる構想も指されているし……

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(2筋に拠点をつくる。この後、角交換から▲2三角と打つ展開に)

 あの手この手で、攻めのきっかけを作りにいくのが勇気流の特徴だね。

 

・△8五飛

 

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 △8五飛と引く手も有力な対策だよ。▲3六歩に△2五飛▲2八歩と打たせるのが狙い。こうすれば先手が2筋に歩を使って攻めることができなくなるから。

「先手の攻めが、制限されますね」

 でも歩を打たせた以上の働きを2筋でするのは難しいから、△8五飛と戻ることになるの。この飛車移動で2手かかるわけ。

 抑え込むために△8二飛とさらに引いて、△4四歩とゆっくり指そうとした実戦が佐々木勇気中座真 戦なんだけど…

 

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 ▲4六歩が攻めを継続する一手。▲4五歩から飛車交換に成功して、これで抑え込まれる心配がなくなったの。先手の作戦勝ちになって、後はゆっくり2筋の歩を伸ばして快勝!

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(後手は8筋から反撃を試みるも、▲8四歩~▲4五歩~▲4四飛で飛車交換に成功。こうなると、先手陣のスキのなさが活きてくる)

「このファイル…筋を突くの、珍しいです」

 この▲4六歩を突きやすいのも勇気流の長所かな。▲5八玉型だと玉のコビンを開けちゃうことになるからね。

 後手としては、先手に捌く余地を与えない指し回しが必要なんだけど……。先手の駒が伸びてきちゃうから、とても神経を使う展開になりそうだね。


 勇気流は横歩取りの中でも『先手に選択肢がある』戦法だから、横歩取りに誘導した後手に対して主導権を渡さないで済む点が魅力かな。

 他の形はどうしても、後手の飛車の位置や囲い、端歩の位置をみながら先手が細かく対応して受けていく将棋になるからね。

「ヴァチモア…どうして勇気流は、たくさん指されないのですか?」

 いままで話してきたように佐々木五段は先手をもって高勝率を挙げているのだけど……他の棋士はまちまちなんだよね。

「優秀なのに?」

 先手が攻勢を取ることはできるけど、繋がるかどうかギリギリの攻めをずっと繰り出さないといけないから。
 少しでも緩めば凌がれちゃうし、8筋や5筋の弱点を上手く対処しながら指し回す必要があるの。

 佐々木勇気五段はもともと鋭い攻めが得意な棋風で、この戦型との相性がよかったことが大きいかな。藤井システムを一番指しこなせるのが藤井九段なのと同じようにね。

 

 最新型ゆえに分かってないところも多いけど、それ以外にひとつ、悩ましいのは……

「シト―?悩み、ありますか?」

 新しい形な上に、採用する棋士も実戦例も多くなくて……まとめられた本が出てないの。

「アー、ミナミがまとめてくれましたね!だからダイジョブです!」

 ……これでも、入り口の少しだけしか解説できてないよ。
 手順の組み合わせが多くて力戦調の将棋になるから、そこは好みが分かれる将棋になるね。

 

 

 上手くできたか分からないけど、こんな感じかな。

「ハラショー!1マスの違いで…違った景色、広がってました」

 横歩取りは長年指されてきた戦型。でも、こんな序盤に可能性が眠っていたなんて……みんな、ずっと気がつかなかったの。
 それを形にした佐々木五勇気五段はすごいと思うし、将棋について分かっていることってごく僅かなんだとも思うよ。

「だから、みんな惹かれますね?たくさんの世界を観るのがプリヤートナ…楽しい、です」

 そうだね。分からないから、将棋って面白いんだと思う。

 

 

 今回はここまでにします。ありがとうございました!

「スパシーバ!ありがとうございました、ですね」

 

 

 

 

「そういえば、企画書に別の案が書いてありましたね」

 え、いつも通り教えるんじゃなくて?どんなのだろ……

『山手線のTシャツを着てジェンガをする』

 …………。

「ミナミ、これ、どういうことですか?」

 

 
 ある意味、これも勇気流……かな。

 

 

(了)

 

 

参考対局

 

青野流

第41期棋王戦 第2局 渡辺―佐藤天 戦(16年2月20日)

勇気流(初公式戦)

第10回朝日杯 佐々木勇―瀬川 戦(15年8月18日)

△2七角型

順位戦C級2組 岡崎―瀬川 戦 (17年1月14日)

△2二銀―△8二飛型

第66期王将戦 羽生―深浦 戦(16年10月8日)

第10回朝日杯 佐々木勇―橋本 戦(16年12月10日)

第42期棋王戦 佐々木勇―佐藤天 戦(16年12月9日)

第58期王位戦予選 佐々木勇―中村太 戦(16年12月26日)

第58期王位戦挑決リーグ 佐々木勇―豊島 戦(17年2月24)

第88期棋聖戦 糸谷―斎藤 戦(17年4月25日)

△8五飛型

第65期王座戦 佐々木勇―中座真 戦(16年11月18日)

第75期順位戦 行方―稲葉戦(17年1月11日)

第10回朝日杯 行方―佐藤天 戦(17年1月14日)

△7六飛型

第75期順位戦 行方―広瀬 戦(17年2月1日)

二宮飛鳥と観るセカイ  偶像の再構築

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 やあ、待っていたよ。ようこそ、ボクらの約束の場所へ。

 フフッ、君が思うように、ここはそんな大げさな場所じゃない。電子の連なりが生みだした僅かな空間さ。それ以上でも、それ以下でもないさ。

 でも、そんなことはどうだっていい。大事なのは君がこの空間を見ていること、それだけなのだからね。

 本来なら、こういった仕事はボクではなく他のアイドル達が担当するはずなのだけど…みんな忙しいみたいでね。こうして案内を務めることになったのさ。よろしくお願いするよ。


 さて、今回の内容だが……ボクは解説が上手いわけでも、情熱がこもった観戦記が書けるわけでもない。だから、ボクはボクなりのやり方でこの空間に色をつけるとしよう。

 

 これから語るのは、すでに幕が引かれてしまったセカイ。

 皆の記憶からは少しずつだが風化してしまっている、あのシリーズを振り返ってみようと思う。

 普通は1局ごとに解説するのが筋というものだろうが…、この番勝負に関しては一つの流れで観測してこそ、初めて見えてくるものもあると思うんだ。

 さぁ、そろそろ始めようか。これから観てもらうのは恐ろしく深く、難しく、美しい激闘の記録だよ。

 

 

第60期王座戦 渡辺明王座 対 羽生善治棋聖、王位

 

 もう、5年以上前のことになるのか。皆の記憶が薄れるのもうなずける。

 少しばかり、背景をなぞっておこうか。

 羽生王座が『無敵王座』として君臨し続けたことはあまりにも有名だね。19期連続の在位は、破られるイメージすら湧かない大記録さ。

 ボクが生まれる前から王座だったわけで、その長さは想像することさえも容易じゃない。王座を奪取した相手が福崎文吾九段…と言っても、ピンとくる人は少ないと思うよ。
 うちの事務所でも、よく知ってる人は少ないだろう。川島さんや、菜々さんくらいかな……?それくらい昔の話さ。

 6年連続ストレート防衛、19連勝……途方もない数字と共に、無敵王座・羽生善治という偶像は強固なものになっていた。

 でも、記録はいつか止まるもの…という言葉もまた真理さ。第59期王座戦では渡辺竜王を相手に3連敗で失冠。連勝記録どころか、連覇まで止まってしまったわけだ。
このとき羽生さんは既に40代。春に名人を失冠し、この王座戦で2冠にまで後退した。

「世代交代の波が来ているのではないか」……そんな言葉すら囁かれる事態になっていたね。まぁ星に少し黒が混じっただけで「羽生衰えた」などと言われてしまう人だから、それ自体はさして気にすることではないのだけどね。
そもそも、二冠で「衰えた」とはどこに基準をもって語っているのだろうね?


 ファンからすれば「羽生王座」という肩書はとても大きなもので、その偶像が瓦解した衝撃は非常に大きかったわけさ。

 

 ここまでが第59期王座戦、つまり1年前の話だね。普通ならここでセカイが収束して、新たなセカイが幕を開けるのだろうけれど……彼の場合はその「普通」が通用しなかった。

 王座を失冠した次の期、第60期の挑戦者決定トーナメントを駆け上がったんだよ。
まるで当然のように勝ち進み、挑戦を決め、舞台に戻ってきた。
 一度途切れたはずのセカイが再びつながって、このシリーズがある……というわけさ

 それでは、ボクごときの前置きは終わりにしてセカイを観ようじゃないか。

 

 

第1局 (2012年8月29日)

 

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 振り駒で先手が羽生さんに決まったのだけれど、戦型は後手の急戦矢倉。

 かの竜王戦で新手を出したあの形さ。細かな事は別のセカイだから語らないが、渡辺王座の用意の作戦であったことは間違いない。

 優位を築いたのは羽生さんだったのだけれど、頑強に抵抗する後手に対してミスをしてしまう。そして、勝ったのは渡辺さんだった。

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(ここで▲2二歩成ー▲3二とを利かせてから▲4五銀と出るべきだった。本譜は単に▲4五銀だったから形勢が入れ替わったそうだ)

 これで前期合わせて4連敗。当時は「ストレート負けの悪夢再び…」という嫌な雰囲気もあったみたいだね。

『無敵王座』の偶像はほぼ消えかかった、とも言えるかな。

 (投了図)

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 少しばかり盛り上がりに欠けたまま第2局へと進むのだけど……もし凡局が続くようだったら、ボクはこのシリーズを語ろうとも思わなかっただろうね。

 ここから、セカイが色を変える。

 

 

第2局(2012年9月5日)

 

 このシリーズで名局賞を受賞したのは第4局(千日手、指し直し含む)なのは周知の通りだが、ボクはこの第2局こそがシリーズの白眉だと思っているよ。

 羽生善治その人のセカイが、ここに表れていると感じるんだ。

 ここで負ければカド番になる。先手番を落とした羽生さんは苦しいのではないか。そんな中で始まった第2局だったのだけど、4手目から衝撃が走った。

 羽生さんは飛車を持って……△4二飛。

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 角交換四間飛車。これが後手番になった羽生さんの選択だったわけだ。
 指し手自体はあり得る手だし、単に裏芸……ということならばまだ分かるのだけどね。
 この一手の裏側には、シリーズとはまた違う場所に物語があるんだ。

 王座戦の少し前に、羽生さんは王位戦を戦って防衛していた。
 相手は藤井猛九段。そして挑戦の原動力となった戦法こそが、角交換四間飛車だったというわけさ。(藤井システムも健在だったことも記しておこう)
 王位戦では角交換四間が3局現れたのだけど、羽生さんは全ての対局で作戦負けをしている。
 うち完封負けが1局、完封未遂が1局あった。あの羽生さんがだ。

 その優秀性を嫌というほど感じたであろう羽生さんは防衛を決めてすぐ、この第2局で採用したというわけさ。負ければ後がない大勝負で、ね。
ファンも控室も、序盤から盛り上がったわけを理解ってもらえたと思う。

 でも、ボクこと二宮飛鳥が二宮飛鳥でしかないように、藤井猛藤井猛羽生善治羽生善治でしかない。角交換四間飛車の優秀性は、藤井九段の卓越した序盤感覚があってこそ輝くものだったんだ。

 つまるところ……羽生さんは作戦負けに陥った。

 

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 当時は向かい飛車に振りなおして展開するのが主流だったのだけど、早い段階で△4四歩と突いたのが後手の工夫だね。王位戦でも一局、似たような将棋があったから参考にしたみたいだ。
 しかし先手の陣形に隙がなく、囲い合いになってしまった。

 後手は打開が難しい。対して先手は5筋位取りが秀逸な構想で、手詰まりを打開できる権利がある。

 無理攻めしても負けるだろうし、隙を作れば突破されて負ける。

 希望の光が全く見えないような状況の中、羽生さんは玉を動かした。

△9二玉

 そして…戻した。△8二玉。

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 分かってもらえると思うが、この手に価値はないと言っていい。2手損でしかない。先手はいくらでも陣形を整備して攻勢を取ることができるのに、後手の陣形はそのままだ。自ら動いても負けを早めるから、作戦負けを認めてひたすら玉が往復する。「一人千日手」なんて呼ばれたね。

 陣形を崩さず待つこと7回連続の玉移動。後に△8二玉と戻るから、計8手損だね。 「玉の早逃げ八手の得」なんて古い言葉があるけれど、八手の損が最善とみた感覚は恐ろしいという他ないよ。

 先手も同じように待てば千日手だけど、これで千日手に応じる棋士は……おそらくいないんじゃないかな。穴熊に組み替えて攻撃陣を整え、満を持して開戦した。

 この対局を観測してた誰もが先手大優勢だと思ったよ。少なくとも、対局者以外はね。


 穴熊という囲いは、攻めが続けば無敵だ。なんといっても王手が掛からないのだから詰まされる可能性すら生じない。だからこそ対穴熊側は、「穴熊勝利する条件」を徹底して崩す必要がある。
 ここからの後手の指し回しは穴熊に対する模範演技と言えるだろう。

 自陣角を放って隙を作らず、端攻めで先手玉を薄くする。
 僅かな隙を突いて焦らせ、攻めを誘い、反動で薄くした玉を仕留める。

 要約するとこんな感じだが、これほど現実離れした文章もそうそうないね。誰もがそうやって指せるなら「穴熊の暴力」なんて言葉は生まれないし、そもそもこんなに流行しているわけがないじゃないか。

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(端攻めに対して9六の歩を取った一手だが、これ以降は先手良くなる変化が見つからなかったそうだ。△4三角が端を睨んでいるのも大きいね)

 この企画のために、棋譜を確認したのだけど……改めて見ても、訳が理解からない。

 最善の手をもって応じなければ、一手で崩壊する…そんな綱渡りの将棋を、羽生さんは見事に渡り切った。

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 本局はこのシリーズ……いや、この後の王座戦史にまで、大きな影響を与えた一局じゃないかな。

 ここから、明らかに流れが変わる。


第3局(2012年9月19日)

 第3局は、またしても後手急戦矢倉。まだ先手▲4六銀・3七桂戦法が猛威を振るっていた時期だから、後手が変化するのも理解はできるけどね。

 この将棋は…申し訳ないが、的確に表現する言葉が見つからない。
「中盤すぐに銀桂交換を受け入れて、入手した桂1枚で崩し、攻め勝つ」

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(ここで取った桂を…)

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(ここに設置した。急所という意味なのだろうが…)

 ……これは、将棋なのかい?少なくとも、ボクが識っている将棋とは、何か違うような感覚すらあったよ。

 第2局以降の羽生さんは、一貫して「分からない」んだ。理解することすら許してくれない、まさに羽生マジックだね。いや……種すら見えてこないのだから、マジックという言葉すら相応しくないのか。ボクの語彙にも限界はあるからね……「羽生サイキック」という語を引用させてもらうことにするよ。

 

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 この将棋は構想の段階で勝負がついてしまったようだった。……いや、難しい応酬は確かにあったのだけど、気がついたら勝負がついていた。そんな感じだったよ。

 そしていつの間にか、羽生挑戦者の2連勝。「強い羽生善治」という偶像が、ふたたび形作られようとしていた。

 ゆっくりと静かに、しかし確かな熱を帯びていく中……あの第4局は始まった。

 

 

第4局(2012年10月3日)

 

 ここで羽生さんが勝てば奪取、負ければ最終局にもつれ込む。しかし後手番。

 当時は先手矢倉▲4六銀・3七桂や、角換わり先後同型富岡流といった形が研究されていた頃で、相居飛車は先手が指しやすい展開になりがちだった。横歩取りも△8五飛戦法の対策が充実してきていて……今の△8四飛型が広まるのは、もう少し後のことだからね。

 だからこそ、第2局の4手目△4二飛は指す価値のある手だったわけだが……本局は2手目に作戦が決まった。

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△3二飛

 振り飛車、しかも珍しい2手目△3二飛戦法。
 重要な一局で、どうしてこうも違ったセカイを覗けるのだろうね?

 乱戦含みの手だが、そこは先手の選択だ。堅実な戦いを好む渡辺王座は踏み込まず持久戦模様になった。ノーマル三間飛車と違って角道が通っているから、先手は穴熊を避けて左美濃に。それを見てから後手は角道を止めた。穴熊でなければ景色はかなり異なってくるからね。
 このあたりの応酬も非常に興味深いところなのだけど……ボクよりも相応しい人に任せるべき領域だし、本筋から話が逸れてしまうから先に進むとしよう。

 

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 中盤に入ろうとしているこの局面、実は前例があるんだ。20年以上前に、だけどね。村山聖河口俊彦 戦……この名前だけでも、どれだけ昔なのかを理解ってもらえるかもしれない。余談だが、本局の観戦記を書いていたのは河口俊彦七段(当時)だった。戦型は偶然だろうけど……巡りあわせとは不思議なものだね。

 もちろん当時は2手目△3二飛戦法はなかった。別の序盤からこの局面に合流したんだよ。ノーマル四間飛車左美濃の定跡らしいが、一部の振り飛車党や菜々さんだったら詳しいかもしれないね。
ボクは詳しくないけど、藤井システムによって姿を消した局面らしい。

 後手は2筋に振り直したから四間と三間の差異が消失したわけだが……最前線の将棋がいつの間にか昔の形に合流するというのは、なかなか興味深い話だと思わないかい?

 まるでメビウスの輪の中にいるようだ。実のところ将棋がどんな構造をしているのかは、人間には理解できない次元の話なのだろうがね。

 この将棋は盤の左側……つまり玉頭戦になることが多いみたいだ。互いに難解な駆け引きの応酬が続くのだけど、先手玉の方が堅い。控室の検討は次第に「先手良し」へ傾き、最終盤に突入した。

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 様々な場で語られたこの局面、先手は手数計算がしやすいんだ。後手玉は▲8三飛からの詰めろ。先手玉は詰めろでないどころか、王手を掛けてしのぐ空間すらない。だから先手が負ける要素がないとみられていたんだ。

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 そんな中、4分の考慮で指されたのが△6六銀。一手で示せる「羽生マジック」としては、トップクラスに有名だろうね。それだけの勝負手であり、絶妙手だ。

 後手玉は▲6六桂と打って詰む変化だから、その地点をあらかじめ塞いでおく意味がある。そして、△8八角成▲同玉△7七銀成からの詰めろにもなっている。いわゆる「詰めろ逃れの詰めろ」なのだけど、互いの玉から離れた位置、しかも歩の頭に持ち駒の銀を打つ…そんなパターンは見たことがない。

 これで、互いの玉に対する速度が入れ替わった。▲7八銀上で詰めろは防げるが、受けただけなので難解な勝負になる。先手は残り時間が10分。7分考えたが、▲同歩と取るよりなかった。そして△8九金から千日手が成立。深夜の指し直しが決まった。

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 この千日手局だけでも語る人が語れば終わりが見えなくなるであろう、それだけ密度の濃い内容。しかし重要なのは、「△6六銀で千日手」ということだ。終盤どう見ても先手が勝つであろう局面から、死角を突くような一手で千日手に持ち込まれる。単に後手番に回る以上のダメージがあったことは間違いないね。

 実は先の局面、△7一金と打っても千日手の可能性はあった。でも勝つ可能性でいえば△6六銀の方がはるかに大きい。
 「羽生善治」を象徴するような一手であり、だからこそみんなの印象に強く残ったと言えるだろう。それは「厳密にこれが最善手か否か」という問題とは少し違う位置に在る話さ。

 

 

指し直し局

 

 30分の間をおいて、22時39分に指し直し局が開始された。

「指し直しに名局なし」という言葉があるのだけど、飛躍した文章に見えて、そこまで的外れではない。深夜に指し直した場合、多くは疲労や興奮で将棋が荒くなりすいんだ。
 でも「普通」や「多く」といった語が通用しないシリーズなのは、もう理解ってもらえたと思う。

 

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 戦型は矢倉、「銀損定跡」と言われる形になった。中盤に入ってすぐ銀損するという理不尽とも思える作戦だが、先手は攻めを継続できる。
 そして先手を持つのは攻めの得意な羽生さんだ。流れるような手順で後手の防衛線を破り、迫っていく。

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(△2八角の飛車取りを無視して▲3三歩。以降も飛車取りを手抜き続け、△1八角成と取らせたのが13手先、既に先手の攻めが切れない局面になっていた)


 後手も玉を逃がしながら先手陣を崩しにかかるが、このときの羽生さんはあまりにも強かった。

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 この局面、先手玉も相当に薄くなって攻め合いは危ない筋がたくさんあるのだが、ここで……

 

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 矢倉を再構築した。これで攻めに専念できる。

 その後、いくばくかして先手の勝利、羽生挑戦者が王座を奪還した。

 終局は翌日の午前2時2分。9時開始だから、17時間かかったわけだ。それだけの時間、これだけの指し手を紡ぐことができるというのは…尊敬に値するよ。

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 この第4局は千日手局、指し直し局ともに名局賞を受賞しているね。内容も結果も、それにふさわしいものだろう。
 でも、少なくともボクは一つの賞以上にこのシリーズ全体が……とても大きな意味があった、と思っているよ。

 羽生善治という偶像が復活し、より強固なものへ変わっていく過程が、ここに在ったのだ……とね。

 

 

 いくぶん長くなってしまったが…どうだったかな?

 本来なら1局ごとに区切って観戦記を書くものだが、こうして順に追いかけていくと大きな流れのようなものが見えてきたりするものさ。特にこのシリーズは前期の失冠や直前の王位戦といった要素も多分に影響している。だからこそ、こんな形で紹介させてもらったよ。

 棋士の世界は、狭い。同じ顔触れが何年も戦っていくことになるし、同時並行で行われる他の棋戦の影響を大きく受けたりする。いろいろな積み重ねの上に、その一局はあるんだよ。

 このシリーズというセカイは完結したけど、ここ以外の場所にも様々な物語が在ることは想像に難くないだろう。

 

 最新型の研究や対局が重視される昨今だが、過去の棋譜だって同じくらい大切なものだとボクは考えているよ。
 流行や研究は移ろいゆくものだし、結論めいたものが出てしまって指されない形も沢山ある。でも、棋譜の価値がなくなったわけじゃない。棋譜は勝負の一瞬を切り取って、ずっと宝石のような輝きを放ち続けている。

 ただ時が経つにつれ、人々がその宝石から遠ざかっていくだけなのさ。


 ボクは観測者として、その輝きを届けることができればそれでいい。

 

 

 さて…これからは、どんなセカイが紡がれていくのだろうね?
そんな期待を少しだけ抱きながら、筆を置くことにするよ。


 また会うことがあったらいずれ……運命の交差点で。

(終焉)

安部菜々の動画解説  勝負の世界

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 はい、みなさんウーサミン♪キャハ☆

 ということで、今日の企画はウサミンこと安部菜々がお送りします!

 いつもは思い出話に花を咲かせながらいろいろしゃべっていくんですけど、いつもとは少し趣向が違うみたいですね。

 というわけで、こちらが今回の企画ですっ!

 

 

www.nicovideo.jp

 対局の棋譜は、こっちですね。

アイドル日誌 候補生リーグ17回戦 安部菜々ー前川みく戦 | Shogi.io(将棋アイオー)

アイドル日誌 候補生リーグ18回戦 渋谷凛ー安部菜々戦 | Shogi.io(将棋アイオー)

  あ、18回戦の方は、動画の方を観てから覗いた方がいいと思います。ネタバレはダメですからね!

 

 いつもの感じではなくて、マジメなお話です。

 この話、かなり手は加えられていますけど大元になる実話がありまして……平成7年度、後期三段リーグですね。『将棋の子』(大崎善男 著)にも載っていて、ファンの間では有名です。

 奨励会の昇段システムは年代によって変わっていて、大きな流れでみると東西リーグからの決戦、勝ち星昇段、三段リーグと移ってきました。羽生世代は勝ち星昇段と三段リーグギリギリの年代ですね。羽生さんや佐藤さんは勝ち星昇段で、先崎九段は三段リーグ1期にて昇段しています。

 三段リーグは半年に1回、上位2人が昇段するシステムになっていますが、年齢制限があります。中座真三段(当時)は26歳。勝ち越せば満29歳まで在籍することはできますけど、この規定を利用せずに「昇段できなければ奨励会退会」を決めていました。そして、最終日。

 4番手だった中座三段は第17回戦で勝ち、この時点で自力(勝てば昇段)になります。

 

 (1) 堀口一史座(21)・・・13勝4敗(昇段確定)

    (6) 中座真(26)・・・12勝5敗

    (14)野月浩貴(22)・・・12勝5敗

    (23)藤内忍(21)・・・12勝5敗

    (3) 木村一基(22)・・・11勝6敗

 (11)今泉健司(22)・・・11勝6敗

 

 しかし最終戦、今泉三段に完敗してしまいます。12勝6敗で三段リーグを終えました。

 本人も退会を覚悟していたのですが、「勝てば昇段」の圏内にいる3人が揃って負けるという事態になり、『奇跡の昇段』となったんです。

 

 昇(1)堀口一史座(21)・・・14勝4敗

    昇(6) 中座真(26)・・・12勝6敗

(11)今泉健司(22)・・・12勝6敗

    (14)野月浩貴(22)・・・12勝6敗

    (23)藤内忍(21)・・・12勝6敗

     (3)木村一基(22)・・・11勝7敗

  

 最終結果はこの通り。中座さん以下5人は「あと1勝で昇段」の状況になっていました。その白星一つ、前期順位の差が大きく影響したわけです。

「首にロープをかけられたまま将棋を指すのが三段リーグ」と将棋世界で中座さんが述べています。それくらい、厳しい場所なんですね。

 何も気にすることなく、普段通りに指せたなら…昇段候補が揃って連敗することはめったにないでしょう。でもこの勝負には、自分の人生すらかかっています。だからこそ、こういったドラマが起こった…とも言えますね。それがいいことだとは言えません。中座さんからみれば奇跡ですけど、他の競争相手からみたら悪夢のような出来事でしょう。

 この後、四段昇段を勝ち取った方もいます(野月さん、木村さんは有名棋士ですよね)。そして、奨励会を去った方もいます。今泉さんは年齢制限を迎え奨励会を退会、しかし編入試験を受けてプロ棋士となりました。これも有名な話です。

 

 白星一つの、計り知れない重み。これは王位戦のときも少し話しましたし、棋士になっても変わりません。

 でも…春と秋の三段リーグが終わる頃には、どうしても考えてしまう話でもあります。

 

 勝負は残酷で…でもどこか美しくて、そこに惹かれてしまうのだから、困ったものですね。

 というわけで、今日の真面目なお話はここまでにします。ありがとうございました!

みなさーん、動画や棋譜も観ていってくださいね!

 

 

 

 そういえば、「どうしてナナでこの話を企画したんですか?」と聞いてみたら、プロデューサーさんに目を逸らされたんですけど…。

 

ナナは永遠の17歳ですっ!

 

 

(了)

 

高垣楓の徒然観戦  私の願いなんて

 

 本局は、あってはいけないものでした。


 あまりにも唐突に始まった4ヶ月は、闇のような日々で。
 ここに詳しく書くつもりはありませんが、これだけは何度繰り返してもいいでしょう

 

 三浦九段は、無実でした。冤罪でした。

 だから、対局に戻ってきました。

 

 言葉というのは恐ろしいもので、取り返しのつかない失敗を犯すこともあります。ですから、この一局を書いていいものか…という迷いは今もあるんです。

 それでも、この将棋は、残したいと思いました。無かったことにしたくないと思いました。

 そんなわがままな…あってはいけない観戦記です。

 

2017年2月13日
第30期竜王戦1組ランキング戦

羽生善治三冠ー三浦弘行九段 戦


 朝から、対局室にはたくさんの報道陣が集まっていました。ニュースでも流れましたけど…いつものような気持ちではいられませんでしたね。言葉も見つからないまま、ただ黙って観ていました。

 駒に触れたのが1週間前…この空白は、あまりにも大きく重いものです。
そしてこれだけ騒がれる対局は、相手にも負担が掛かることは避けられません。

どちらが勝っても、割に合わない…そんな考えすら頭をよぎりました。

 

 対局相手は、羽生善治三冠。いつもはカメラを向けられる側に座っている方ですが、本局は後ろに報道陣が押しかけていました。

 初手、▲7六歩。

 

 そして2手目、2分間の考慮。
 それはとても長く、重いもので。

 △8四歩が指され、ゆっくりと戦いが幕を明けました。

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 昼食休憩


▲7六歩    △8四歩    ▲6八銀    △3四歩    ▲7七銀    △6二銀
▲5六歩    △5二金右  ▲4八銀    △3二銀    ▲2六歩    △5四歩
▲5八金右  △5三銀    ▲2五歩    △4二玉    ▲7九角    △3一玉
▲7八金    △7四歩    ▲3六歩    △7三桂    ▲3五歩    △同 歩
▲同 角    △6四歩 (下図)

 序盤の駒組みが一通り終わったところで、昼食休憩になりました。
 最近観る形に近いような…それでいて微妙に違う形です。こういった僅かな形の違いを言葉にするのは、「将棋が指せる」こととは少し異なる能力です。

 ということで、美波ちゃんに解説をお願いしてみました。
いつもお願いしてばかりなので、苦笑されるかな…と思ったのですが

「『初級者向け』『中級者向け』『有段者向け』でいいですか?」

 逆に提案されたのは、少し意外でしたね。

 

美波ちゃん解説

 

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『初級者向け』

 戦型は矢倉戦ですね。後手が左美濃囲いにして、急戦を狙っています。
 飛車、角、桂を使って先手陣を攻めることが目的です。最近は増えている指し方で、美濃囲いの堅さを活かして攻めに専念できることが大きいですね。

 ただ、微妙な形の違いがあって前例はありません。

 
『中級者向け』

 居角左美濃…と呼ばれる形に近いですが、5手目が▲6六歩ではなく▲7七銀に対する急戦なので実戦は少ないです。後手の工夫は、主に

・5筋を突いていること

・8筋を保留していること

 です。このあと△8五歩ともできますし、桂を跳ねる余裕もあります。

 対して先手は居玉です。『居玉は避けよ』と言われますが本局は6~8筋で戦いが起きることは明白なので、囲いに行くと戦場に近づいてしまいます。なので保留して、他の駒に手をかけているわけですね。

 
『有段者向け』

 5筋を突いた左美濃急戦は昔からある形ですが、▲7七銀型に対して居角左美濃の発想や8筋の保留を組み合わせたのが三浦九段の工夫です。

 対して先手が3筋の交換を急いだところが重要で、この形でも3筋は後手陣の、美濃囲いの急所になります。▲3七桂、▲3八飛、▲3三歩や▲3四歩などで攻め合いの形に持ち込む構想でしょう。

 「速度計算がしやすい」という左美濃の優位性を削りにいっている、とも言えます。

 ただ居玉なので、今後は先手が神経を使う展開になることは間違いありません。

 

 解説を終えたあと、美波ちゃんは大きく息をつきました。
 いつも真面目なことに変わりはありませんけど、今日は少し力んでいるような印象で…大丈夫かと、負担になっていないかと声をかけたんです。

 美波ちゃんは苦笑しましたけど、返答は力強いものでした。

「いろいろ、考えてしまうことはあります。でも…指すべき人が、指しているんです。私にできることは、いつも通りに解説して伝えることです」

 その迷いなく毅然とした口調に、返す言葉もなくて。

 こういったとき普段通りに努めるというのは大切で…とても難しいことだと、痛感しました。

 

 

 午後

 

 日がゆっくりと傾き始めます。……形勢の方も、少しずつ傾き始めたみたいです。

「流れは後手ですねぇ」

 継ぎ盤を挟んで、菜々ちゃんが呟きます。

「2歩持ったところまでは先手まずますでしょうけど、▲2六角がぼやけたような…いや、5筋を突いてますから、引きたくなるのも分かるんです。7筋攻めを絡めて、相当な迫力になりますから」

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 ▲2四歩    △同 歩    ▲同 角    △2三歩 ▲1五角    △1四歩   
 ▲2六角

 一手一手、噛みしめるように駒を動かしていきます。

「でも、△5五歩からの手順は後手が一本取った気がしますよ。先手が受けるのは仕方ないですし、▲6七金左も羽生さんらしいですけど…△5二飛で先手の狙いを逆用されてしまった流れです」

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△5五歩    ▲6六歩    △5六歩 ▲6七金左  △6三金    ▲7五歩   
△5二飛    ▲7四歩    △8五桂

 ここまではっきりと言う菜々さんも少し意外でしたけど、それくらい先手がまとめるのは厳しい局面ですね。美濃は堅いですし、居玉を直接狙われている先手が大変なことは間違いありません。

 △8五桂に、羽生三冠の手が止まりました。先手を持って何を指すのか、手が見えません。

 継ぎ盤が止まると、自然と無言になってしまいます。話題が見つからなくて…ダジャレを言えるような雰囲気でもありませんでしたし。

 

「少し、昔の話もしましょうか」

 空いた時間と沈黙をを埋めるように、菜々さんの話が始まりました。

「三浦九段は、局地戦に強い方です。何度か話題になっているA級順位戦の双玉の終盤戦はあまりにも有名ですけど、ナナは名人戦第二局が強烈に印象に残っていますねぇ」

 継ぎ盤を崩して、スラスラと並べていきます。横歩取り△8五飛、新山崎流…何度か見たことのある局面です。

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「ここが1日目の封じ手だったんですけど…▲3九金と指すのが自然なんですね。でもそれは三浦九段のワナで、頓死するんです!」

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▲3九金    △1九飛成  ▲5三桂成  △5二香    ▲6二成桂  △3九龍(上図)
▲同 銀    △5八金    ▲同 玉    △5七角成  ▲5九玉    △5八馬(下図)

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 あまりにも鮮やかな…中央の一発で、先手玉が詰む変化。
 順位戦もそうですが、恐ろしいほどに深く、正確な読みと研究です。

 
 棋譜を並べながら語る菜々さんの顔は嬉しそうで。

 ……でも、並べ終わると少しずつ、顔が曇っていきました。

「昔から、こういった計算は誰よりも強い方です。本局で羽生さん相手にここまで押し込んでいるのも、それは三浦九段の実力です」

 うつむいた後、笑みを作りながら続けてくれました。

 「ただ、この対局には続きがあってですね…先手の羽生名人はこのワナを看破して、▲5三桂成と激しく攻め合ったんです。そして結果は先手勝ち。その手順は定跡にもなって結論を導く土台になりました。羽生さんが羽生さんたるゆえんでしょうねぇ。

 どんなに研究してもその先があって、お互いにたった一人で向き合うんです。この勝負だって……」

 少しだけ、菜々さんの瞳が揺れて…間が空きます。

 

「盤の前に座したその瞬間は、対等です。対等でなければいけません。

それが…将棋の素晴らしく、残酷なところなんですよ」

 

 その笑みは、少しだけ痛々しく見えました。

 

 

 夜

 

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▲7六銀    △7七歩    ▲8六歩    △7八歩成  ▲8五歩    △4四銀
▲5三歩    △同 飛    ▲7三歩成  △同 金    ▲3三歩    △同 桂
▲3四歩    △4五桂    ▲4六歩 (途中図) △5七歩成  ▲同 銀    △同桂成
▲同金上    △5八歩    ▲同 玉    △2五銀    ▲5九角    △3四銀
▲2六桂 (図)

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 夕食休憩が過ぎて日が暮れても、戦いは続きます。
形勢がだんだん分からなくなってきて、局面が混沌としてきて…。

 おかしいですね、さっきと流れが違ってきました。


「△2五銀から、手番が渡りましたねぇ」

 
 どこかからそんな声が……机の下?

「ここですよぉ」

 まゆちゃんでした。

「▲7三歩成、▲5三歩、▲3三歩、▲3四歩。効かせるだけ効かせて、▲4六歩で攻めを引き込む……勝負に出ました。少しずつ、後手に響いてきてます」

  確かに、後手の手は制限されていますけど…それだけで巻き返せるものでしょうか。

 「ちょっと前の△5八歩で、と金を守りつつ当たりを強くしたんでしょうけど…一気に決める展開ではなくなってしまいましたね」

  指されるまでは△5六歩のように、後手が猛攻する展開が検討されていました。

「少し差がついても、ずっと離れずについていく…良い方からすると手がありそうで、一番怖い、つらいところです。3筋の交換が、今になって響いてきました。
 普通の左美濃なら、攻めに攻めて快勝だったと思います。でも、本局は後手も無傷じゃないですから。△2五銀から歩を払って拠点を消しましたけど、手番は先手です。こうなってくると、勝つのは簡単じゃないです」

 なんとなくですけど。とつけ加えるところが、勘を大事にするまゆちゃんらしいところでした。
少し嬉しそうに話すまゆちゃんの微笑みは、変わっていなくて…安心します。

「羽生さんは、いつもこんな感じです。どんな相手の形に堂々と飛び込んで勝負します。それは…ずっと変わっていなくて。

王将戦で真正面からぶつかり合って、

名人戦横歩取りを指し続け

棋聖戦で頑強な受けに挑み

王座戦では力戦を打ち破り

王位戦でねじり合いを制する

 
いつもの……いつもの羽生さんです。

 
まゆは、羽生さんが対局相手で良かったと思いました」


 もし将棋界に羽生さんがいなかったら…三浦九段は、ここに座ることすら叶わなかったかもしれません。いろいろな感情があることは、間違いないでしょう。

  でも、それを全て盤の外に置いて。

 三浦九段の全力に、羽生さんが全力で応じる。そういった勝負なのだと、今さらながら分かりました。

 

深夜

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△2五銀    ▲3七桂    △2六銀    ▲同 飛    △3四桂 ▲2八飛   
△5六歩    ▲同金直    △3六歩    ▲2五桂    △5五銀 ▲5七歩   
△5六銀    ▲同 歩    △4四歩    ▲5七金    △5五歩 ▲6二銀   
△5四飛    ▲3三歩    (上図)

△5六歩    ▲3二歩成  △同 金  ▲5六金    △同 飛    ▲5七銀    
△3七歩成▲同 角      △5五飛  ▲3三歩    △同 角    ▲同桂成   
△同 金    ▲5六歩    △3五飛  ▲5三角    △4二金    ▲4五桂(下図)

 

 『羽生善治という偶像』があると、以前書いたことがあります。

 羽生さんは特別で、完璧で…そう思いたいという意思が、偶像を作っているのだと。

  この終盤は、そんな『羽生善治』をみるようでした。

  じっと▲5七金と寄った手は、まさしく羽生将棋で…相手の動きを誘いながら、返し技を狙っています。そして▲3三歩 美濃の急所に、ついにくさびが入りました。勝敗を決めにいく一手です。

 観ている子たちも段々と、会話が減っていきました。
 どこまでも難解で、ギリギリのやり取り。
 持ち時間はほとんどなく、全力を懸けて最善を求める…そんな戦い。

 

 ▲4五桂が指されたとき、大きなため息が誰かから漏れました。この手は詰めろで、△同歩とも取れません。もう少しで勝負がつく…そんな空気が流れだしました。

 

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 それはとても、甘い考えでしたけど。

 

 

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△5三金    ▲3三桂成  △4六桂 ▲同 銀    △3三飛    ▲3四歩   
△5七歩    ▲4九玉    △5八角 ▲3九玉    △3四飛

 綱渡りのような手順が続きます。

 一手誤れば、一瞬で終わる…綱を削っていく三浦九段と、正確に渡り歩こうとする羽生三冠。ずっと、その手は震えていました。それはあまりにも深く潜り込んだからこそ、出る震え。観ていたときの、あの感覚はうまく言葉にできないですけれど……

 
 恐ろしく、惹きこまれる時間でした。

 

▲2三飛成  △2七桂    ▲2八玉    △3六桂 ▲2七玉    △2八桂成 
▲同 玉    △2七歩    ▲同 龍    △2六歩 ▲同 龍    △2五金   
▲3三歩    △4二玉    ▲5一銀打

 

 何度、ため息が漏れたでしょう。

 何度、声が上がったでしょう。

 みんなの視線が、一点に縛り付けられます。

 まるで、この世界にその盤だけしかないみたいに。

 

(投了図)

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まで、131手で先手の勝ち

 

 勝負が終わった瞬間、理解が追いつきませんでした。

 数分かけて、△3三玉には▲3五歩と飛車先を止めた手が詰めろになることを確認します。

  対局室になだれ込む報道陣を眺めながら、少しずつ現実に引き戻されて行くような感覚。最初に頭に浮かんだことは、


 この将棋を観ることができて、よかった。

 
 これだけでした。

 

 

 おわりに

 

 

 その将棋には、その指し手には、人の心を動かす力が確かにあって。

 対局者の二人は、紛れもなく『棋士』でした。

 

 重ねて書きましょう、これはあってはいけない対局です。

 その中でも、両対局者は素晴らしい戦いをみせてくれました。

 

 

 「前を向く」という言葉があります。それは、軽い意味ではありません。
 変えられない過去と向き合って、できる限りのけじめをつけて、それでも消えない痛みを抱えたまま、次に進もうとする。

 それが、「前を向く」ということです。

 

 まだ、いろいろなことが動いています。

 それを十分に知ることもできないまま…闇の中にいることは変わりません。

 

 今は、どこが前すらも分かっていませんけれど。

 最後は私にできる、いつも通りの言葉を。

 

 お疲れ様でした。

 ありがとうございました。

 

 いつになるかは分からないけれど。

 いつも通りに……ファンがまた、笑顔で観られる日がくることを願って。

 

 

 

(了)



参考棋譜

第68期名人戦第2局 羽生ー三浦 戦