読者です 読者をやめる 読者になる 読者になる

とある事務所の将棋紀行

将棋の好きなアイドルが好き勝手に語るみたいです。

佐久間まゆの名局観戦  玉を追い詰める執念

 

   『タイトル戦は、恋愛に似ている』

 

      f:id:kaedep:20160305193447j:plain

深浦九段が、初めての王位戦のインタビューで答えた言葉だそうです。

なんていい言葉なんでしょう…。

相手のことを調べて、突き詰めて考えて、最高の結果を勝ち取りにいく。

それは、将棋も恋愛も同じことだと思います。

あの人は、今なにをしているのだろう…。なにを食べているのだろう…。

そんな状態が、ずっと続いていくんです。焦がれてしまうくらいに。

自己紹介が遅れましたね。今回は私、佐久間まゆがお送りします♪


プロデューサーさんから、「観戦記を書いてほしい」と言われたので、まゆの好きな対局を選びました。楽しんでもらえたらうれしいです。ふふ♪

 

 

第61期王座戦 第2局 羽生善治王座―中村太地六段 戦

 

この対局を観たときの衝撃は、忘れられません。

実際に観てもらった方が早いと思いますけど、細かな手の解説をするより、棋士の執念のようなものを感じてもらいたいです。

ご存知かもしれませんけど、羽生先生は『無敵王座』として19連覇していました。

ですが、渡辺先生にストレート負けを喫し、連覇は止まってしまいます。

その翌年、トーナメントを勝ち上がり挑戦し奪還。再び王座に帰り咲いたわけです。

これだけでも、十分すごいことねんですよねぇ。

そして、次に挑戦してきた方が本局の対局者、中村太一六段になります。

有望視されている若手で、2011年には歴代2位の勝率を上げています。(0・8511)

初戦は、中村六段の勝利。もし本局を羽生王座が落とすと、カド番になってしまいます。

そこから3連勝するのは大変ですし、本局は何が何でも勝っておきたい一局なんですね。

そんな対局は、稀にみる大熱戦になりました。

 

 f:id:kaedep:20160305193745j:plainf:id:kaedep:20160305193826j:plain

▲7六歩   △8四歩   ▲6八銀   △3四歩   ▲6六歩   △6二金  
▲5六歩   △5四歩▲4八銀   △4二銀   ▲5八金右 △3二金  
▲7八金   △4一玉   ▲6九玉   △7四歩   ▲6七金右   △5三銀右
▲5七銀右 △5二金   ▲2六歩   △8五歩   ▲7七銀   △4四歩 
▲7九角   △4三銀   ▲2五歩   △6四歩   ▲6八角   △3三角 
▲7九玉

戦型は、後手の急戦矢倉になりました。△5三銀右から、△5五歩の仕掛けを狙います。後手番ながら、主導権を握りにいく意欲的な指し方です。

それに対して▲5七銀右が先手の工夫で、中央を手厚くして、反撃を用意しています。

ですから後手は△5五歩を見送り、雁木に組んだんですね。普通の雁木は、先手から2筋を狙われて大変なんですけど、▲5七銀右で先手の攻めが遅くなったので、持久戦にしたんです。

この数手だけでも、水面下にたくさんの変化があります。

将棋も恋愛も、最初の細かな駆け引きから気が抜けないんです…うふ♪

f:id:kaedep:20160305194113j:plainf:id:kaedep:20160305194753g:plain

△5一角   ▲8八銀   △3一玉   ▲3六歩   △7二飛 ▲1六歩  
△1四歩   ▲5九角   △3三桂   ▲7七銀   △7三角 ▲4六歩  
△6二飛   ▲1五歩   △同 歩   ▲同 香   △1三歩 ▲1八飛  
△2二金 ▲2六角

▲8八銀が『名人に定跡なし』の一手で、柔軟な発想です。

後手の主な攻め筋は、△8四角~△7三桂~△6二飛~△6五歩という、右四間飛車の形です。これを▲7七桂と跳ねて封じてしまおう、という構想なんですね。

 

f:id:kaedep:20160305194517g:plain

▲8九玉とした形は『菊水矢倉(しゃがみ矢倉)』と言い、昔の竜王戦でも組み替えたことがある…と、菜々さんが教えてくれました。

後手は態度を決めずに指しますが、△3三桂をみて▲7七銀と戻しました。
後手の端が薄くなったので、普通の矢倉に戻して攻め勝てるとみたんですね。
実際、端に戦力を集めて▲2六角とした局面は、控室でも「先手模様よし」とみられていました。

先手の駒がよく働いていて、後手の陣形はきれいな形とは言えません。

あとは、ここからどう迫っていくかですけど…。

 

f:id:kaedep:20160305194911j:plain

△3二玉   ▲3七桂   △6一飛 ▲8八玉   △6二角   ▲1九飛  
△4一飛   ▲4九飛   △4二銀   ▲6八金引 △9四歩   ▲9八香  
△9五歩   ▲9九玉   △9三桂 ▲1九飛   △1二香   ▲8八金  
△1一飛   ▲7八金右

…羽生王座は、攻めませんでした。じっと陣形を整備して、万全の体制を築いていきます。

後手は全力で受けに回っていますし、駒の損得はないんですよね。
「模様がいい」くらいで油断してはいけません。

将棋も、入念な準備が重要なんですね。攻め始めたら、手を戻す余裕はありませんから…。

そして、羽生王座は穴熊を完成させてしまいました。これで、攻めさえつながれば勝てる形です。

『毒蛇は急がない』…ですね。こういう落ち着きは、参考になります。うふふっ♪

 

 f:id:kaedep:20160305195214j:plainf:id:kaedep:20160305195520g:plain

△1四歩 ▲同 香     △同 香   ▲1五歩   △同 香   ▲同 角  
△1二香▲1八香   △4五歩 ▲3三角成    △同 銀   ▲1二香成  
△同 金 ▲4五桂   △4二銀   ▲3五歩   △同 角   ▲3八香  
△7一角 ▲5五歩   △1八歩   ▲3九飛

動いたのは、後手の方でした。

ですけど、△1四歩というのは先手玉に迫るわけではなく、先手の攻めを催促した意味が強いです。これ以上待っても仕方ないですし、先手にいいように攻められたら勝ち目はありませんから。

▲3三角成もすごい手ですけど、穴熊ですから攻めさえつながればいくら駒損しても大丈夫なんです。あとはゆっくり、確実に迫っていくだけ…。

▲5五歩も好手で、歩を使った攻め筋が増えれば後手は受けきれません。こういう、細い攻めをつなげるのは羽生王座の得意領域ですね。渡した角も、受けには不向きな駒です。

▲3九飛までくると、次の▲3四香からの攻めが分かっていても受けにくいんですね。数で勝っていますから、後手は支えきれないんです。

対応に困ったようですけど、中村六段は受けませんでした…。

 

f:id:kaedep:20160305195627j:plain

△1七角成 ▲3四香   △2二玉   ▲3三香成 △1三玉   ▲4三成香
△同 銀   ▲3三飛成

ここから、後手玉は上部に逃げ出します。囲いは放棄しても、入玉できれば勝てる…という意味です。
入玉が成功すれば、大駒を3枚持っている後手は相入玉になっても点数で勝てる可能性がありますし、その前に穴熊を姿焼きにできそうですね…。

実は▲3三飛成が自然なようで、▲1五歩と上を抑える方が勝ったみたいです。
以下、飛車を取られても後手を包囲してギリギリですが寄っていた…と。
だから、その一手前は△4三同金が良かったとも…。

 

f:id:kaedep:20160305195805g:plain

(▲1四銀からの詰めろが受けにくいんです)

 

…ですけど、これは結果論なんです。

このとき、互いに持ち時間はほぼありません。既に夜の9時を回り、勝負が始まってからから12時間経っています。そのときの最善を尽くすしかないんです。

…ただ、ここから形勢の針は後手に傾き、長い…長い終盤の幕開けになります。

f:id:kaedep:20160305200001j:plain

△1四玉   ▲2九桂   △2七馬   ▲1三歩   △同 金   ▲1七歩  
△1九歩成 ▲1六銀   △2六馬   ▲2四歩   △1五歩   ▲2三歩成
△同 金   ▲2七歩   △3三金   ▲2六歩   △2四金   ▲3三角  
△3一飛   ▲5四歩   △1六歩   ▲5三歩成 △3三飛   ▲同桂成  
△1七歩成

細かな手順前後や疑問手はあったようですが、どの変化も難解で読み切れません。

ここからは、人間の勝負です。

…とはいえ、先手は必死に後手玉を捕まえにいきますけど、攻め駒不足は否めません。

こんなに追いかけても、届かないなんて…!

先手が良いように見えて、自然な手順で攻めてきましたけれど、それでも上手くいかないんですね。将棋って、難しいです…。

…でもそれは、現実も同じですか。どんなに準備して、どんなに迫っても、いろいろな壁が立ちはだかります。

まゆだって、できることならプロデューサーさんと今すぐ…!あ、いいえ、なんでもありません。

気の早い人なら投げてしまってもおかしくないですけど、羽生王座はあきらめませんでした。

 

f:id:kaedep:20160305200224j:plain

▲1一飛   △1三歩   ▲4三と   △2九と   ▲5二と   △1五玉  
 ▲1三飛成 △1四銀   ▲3六銀   △2一香   ▲1八歩   △2六玉  
▲4八銀   △3七歩   ▲2二歩   △2三香   ▲同成桂   △3六玉   
▲2四龍   △2五銀打 ▲1七歩   △2七玉

とにかく、先手は後手に楽をさせません。飛車で下から追い上げ、後手の金銀を剥がしにかかります。

そして▲4八銀と自陣の駒を応援に出して、後手玉を包囲していきます。

両者、互いに1分将棋。難解で、結論が見えない戦いが続きます。

 

△1四歩から攻めを催促し、70手も受け続けてきた中村六段ですが、△2三香が悪手でした。▲同成桂に△同金と取れないのですね。(▲1四竜でほぼ受けなしです)

△3六玉と銀を取って逃げますが、それなら香車を打たずに△3六玉と指すべきでした。これで、後手が勝っていたようです。

…ただ、中村六段が間違えたというよりは、羽生王座の執念がミスを呼んだ、という方が正しいでしょうか。

当時、対局姿は生放送されていたのですけど、前傾姿勢で盤面を睨むその姿は、画面越しですら鬼気迫った印象を受けました。

…これで先手が持ち直しましたが、後手は入玉を果たしました。まだまだ勝負は続きます。

 

f:id:kaedep:20160305200439g:plain

▲1三成桂 △2三歩   ▲3五龍   △2六角   ▲同 龍   △同 銀  
▲6三角   △3八玉   ▲1八角成 △4八玉   ▲2九馬   △3八銀  
▲5九金   △同 玉   ▲6八銀   △5八玉   ▲4九香

入玉されても、先手は執拗に追いかけます。ついには▲6八銀と穴熊の銀まで活用して、▲4九香で挟撃形になりました。…香車を渡してしまった罪が、ここに表れています。

 

f:id:kaedep:20160305200552g:plainf:id:kaedep:20160305200629g:plain

△4八歩   ▲5九金   △4七玉     ▲4八金   △3六玉   ▲3八金  
△同歩成   ▲4七銀   △2五玉   ▲3八馬   △1五銀上 ▲2一歩成
△3七金▲2九香   △2七桂   ▲3七馬   △同銀成   ▲3八歩  
△4七成銀 ▲同 香   △3六銀   ▲3七銀   △同銀成   ▲同 歩  
△3六銀   ▲同 歩   △3七金    ▲1八銀   △4九角   ▲2八銀  
△同 金  ▲同 香   △2六銀打 ▲4八金   △3六玉   ▲4九金  
△1九桂成  ▲2七銀

まで、203手で先手の勝ち

 

…長い対局も、ついに終幕を迎えました。

▲5九金から香車を利用して後手玉を押し戻し、ひたすら迫っていきます。更に香を補充して、▲2九香と打ち据える。

控室も理解ができていない中、羽生王座は的確に相手の駒を取っていきます…。
ここでは、互いに「先手がいい」との認識だったようです。

一番局面を分かっているのは、対局者の二人なんですよねぇ……。

後手も歩頭に銀を打ったり、必死に抵抗しますがついに捕まりました。

投了図からは、△2七同銀成と取れば▲6三角で合い駒が打てず、馬を作られて受けがありません。逃げても追撃がありますから、投了もやむなしですね。

 

終局は23時21分。14時間半もの死闘でした。

王座戦本戦の最長手数記録も更新したそうです。(これまでは、172手が最長でした)

 

 

…本局は、羽生王座の執念をみたような一局でした。

序盤、繊細なやり取りで作戦勝ちをした後も入念に準備をして、手順を尽くして攻める。

そして、入玉を目指す後手との、100手以上の逃走劇…。

特に、後手が捕まらないように見える局面からの勝負術がすごいです。

あの少ない戦力で、相手に楽をさせない展開をずっと続けたわけですから、驚きと言うしかないです…。

もし、途中の局面で投了していたら…気持ちが切れていたら…。この棋譜も、勝利もなかったでしょう。

そして、中村六段はこの203手、一手も先手陣を攻めずに受けに回り続け、優位にすら立ちました。この指し回しがあったからこそ、この棋譜が生まれたわけです。

棋士の、精神力をみたような気がしました。

あきらめたら、そこで終わりなんですね…。

 

 

その後、王座戦は第3局を中村六段が制して羽生王座はカド番になりますが、4、5局を連勝して逆転防衛を果たしました。

この対局で見せた羽生王座の死にもの狂いの食いつきが、防衛につながったんです。

 

中村六段の挑戦から今に至るまで、羽生王座は豊島七段、佐藤天八段の挑戦を受け、いずれもフルセットで防衛しています。ここ数年の王座戦は、名局がたくさんあります。

3年連続で名局賞が王座戦から選ばれていたりもするんですよ。興味があったら、調べてみると面白いと思います…。うふふ♪

 

すでに、来期の王座戦の予選は始まっていますね。これからもきっと、いろんな棋士がドラマを作り上げていくのでしょう。

 

 

だって、タイトル戦も恋愛も…終わりはありませんから。

 

 

 

(了)