新田美波の棋戦講座 桜ともに開幕
~事務所の玄関にて~
あ、アーニャちゃん、おはよう!
「ドーブラエ ウートラ! おはよう、ですね。少しずつ、暖かくなってきました。外の桜がきれいですね」
もう四月だから…そっか、ロシアや北海道はまだ寒いもんね。まだ慣れないかな?
「ニェート、それは大丈夫です。…ですけど、事務所や公園の桜はプリクラースナ、素晴らしいですね。こんなにたくさんの桜は、こちらに来てから初めてみました」
関東だと、桜は春の風物詩だね。
「…でも、すぐに散ってしまうのは少し寂しいですね」
だからこそ、いっそう美しいと感じるんじゃないかな。数日だけの満開を楽しむために、沢山の人がお花見をしているわけだしね。一年中咲いていたら、こんなに人は集まらないと思うよ。
「そういえば、カエデが花見、するみたいですね。昨日の夜、ついったぁ…というものを任されました」
楓さん……。エイプリルフールにかこつけて飲みにいくつもりね。 アーニャちゃん、大丈夫?Twitterの使い方わかる?
「ダー、それは大丈夫ですけど…、ミナミに一つ聞きたいことがあります」
何かな?
「最近、ミナミのレクツィア…講義を聴けてないですね。忙しいですか?それとも講義、イヤですか?」
全然そんなことないよ!?ただ、プロデューサーさんの企画と、日程が合わなかっただけで…。
「そうなのですか?よかったです…。ミナミ、講義してくれますか?」
そうだね、二人の予定が合ったら、またやろうか。それでいい?
「バリショーエ スパシーバ!アーニャ、嬉しいです。今すぐプロデューサーと予定を調整しましょう!」
ちょ、ちょっとアーニャちゃん、今すぐは早すぎるんじゃ…。
「『時間は待ってくれない』と、ミズキとナナが教えてくれましたね。すぐに行くべきです!」
確かに重い言葉だけれど…、まだ何も決まってないからちょっと待って!
「シト?…そうでした。内容が何もないですね」
これまでは、アーニャちゃんの疑問に答える形でやってきたけれど…。
「ンー、今度はミナミが決めてくれますか?」
私が決めていいの?
「ダー、ミナミがどんなことを教えてくれるのか、楽しみです♪」
そうね、春だし、桜もきれいだし…。あの話にしましょうか。
~数日後、事務所の一室~
美波
それでは、今回の講義を始めたいと思います。
アナスタシア
よろしくお願いしますね。ミナミ、今日はキレイでクールですね。最近の、簿記のお仕事もすごくよかったです。
美波
ありがとう。ちゃんと先生らしく、しっかりした格好も見せないとね。
アナスタシア
でも、『美波と簿記…意味深』とか言われてましたね。よく意味が分かりませんでした。
美波
!?……それは、分からなくていいことだと思うよ。
アナスタシア
ミナミ、顔赤いですね。
美波
そ、それはさておき、講義を始めますっ!
今回のテーマは春だから「名人戦」ね。
アナスタシア
シト、名人…ですか。棋士のことですか?
美波
確かに上手い人のことを「名人」と言ったりするけれど、将棋ではタイトルのことを指すのね。毎年、四月上旬から7番勝負が行われるの。
アナスタシア
パニャートナ、だから年によって「名人」が変わることがあるのですね。
美波
それでも、名人の称号を得た人は少ないのだけどね。
江戸時代から名人はいるけれど家元制で世襲だったし、今のような実力制になってからも73期行われて12人しかなっていないの。
特にここ13年間は、羽生名人と森内九段だけしか名人になっていないのね。
アナスタシア
シトー?他の人はいないのですか?
美波
郷田九段や三浦九段、行方八段といった方も挑戦しているのだけれど、いずれも名人の防衛に終わっているわね。
アナスタシア
そうなのですか。…何か、理由があるのですか?
美波
うーん、明快な理由…というよりは、「勢いで挑戦できない」ことは大きいかな。 C級2組から順位戦を戦ってA級まで勝ちあがって、更に1年間トップ棋士と戦って挑戦権を得なければいけないから、一時期の好不調で決まらないのね。
「なるべくして名人になる」みたいな言われ方はするかな。
アナスタシア
ニサムニェーンナ…たしかに、そんな方ばかりですね。
美波
今期の名人戦も開幕するし、過去の名人戦で「印象に残った1局」を他のアイドルたちにも聞いてみました!それを、少し解説してみたいと思います。
アナスタシア
ハラショー!みんなに聞いたのですか。楽しみです♪
第73期名人戦第4局 羽生―行方 戦
(平成27年5月20、21日)
美波
これは、去年の対局だね。戦型は相矢倉脇システム。覚えている人も多いかもしれないね。
アナスタシア
ンー、よく覚えてないですね。棋譜覚えられるほどアーニャ、強くないです。
美波
ちゃんと要点は盤に並べるから大丈夫。 後手が序盤から△5二金型保留で工夫して、先手の攻めがほとんど切れちゃったのね。
アナスタシア
プローハ…悪いですね。勝てる気がしません。
美波
アーニャちゃんの言う通りで、先手は馬があるけれど攻めが切れていて先手敗勢なのね。…でも、ここからが恐ろしいの。
できるだけ難しい変化に誘導して、すごい追い上げを見せるのね。
難解な1手違いにまで持ちこんで、逆転勝利。
決め手の▲9九歩も印象深い一手ね。
アナスタシア
……どうして勝てるのでしょう。わけが分からないです。
美波
対局後は、みんなそんな感じだったよ。ある棋士が「バケモノ・・・」って呟いていたしね。最近の名人戦ではかなりの衝撃だったかな。
興味があるなら、後で手順を並べてみるのもいいと思うよ。
……コメントも、羽生名人の勝負術を称賛するものが多いね。
「投了もあり得ると言われた局面から、逆転まで持っていく執念が素晴らしいです♪」(まゆ)
「行方さんにはっきりした悪手はないのですが、細かなミスを誘発して迫る勝負術に感心しました。最後の▲9九歩も違筋の決め手です」(橘)
次に紹介するのは、名人に研究で挑戦した対局だね。
アナスタシア
オー、楽しみですね。
第68期名人戦第2局 羽生―三浦 戦
(平成22年4月20、21日)
美波
三浦九段は研究家で有名で、この時の最大の武器が横歩取りだったのね。 「横歩取り△8五飛」戦法の全盛期で、本局もその形。 図の局面で羽生名人の封じ手になったのだけれど、ここまで三浦九段の研究だったの。
アナスタシア
では、三浦九段は良いと思っているのですか?バチーム、どうして?
美波
次に△3七歩成があるから対応しなくちゃなんだけど、第一感は▲3九金だね。
飛車に当てて先手を取りながら、攻めの速度を遅らせてるの。
△1九飛成に▲5三桂成が激痛のように見えるのだけれど……
アナスタシア
厳しそうですね。
美波
ここで、△5二香!の受けがあるのね。▲6二成桂と攻めを続けようとすると、△3九竜▲同銀△5八金!から詰んでしまう!これが三浦九段の研究だったの。
アナスタシア
ニチヴォー!すごい手順です!羽生さんは、これを知らないのですよね?
美波
後日インタビューで、
「△3七歩の局面には絶対ならないだろうと思っていた」「だから研究はしていなかった」
と言っているから、知らなかったと思う。
ただ、封じ手まで60分の長考をして、▲3九金がうまくいかないことに気づいたみたい。
そして、封じ手は…▲5三桂成。攻め合いだね。
アナスタシア
ンー、先手のオクラーダ…囲いが壊れてしまいそうです。
美波
実際、右側の金銀は取られちゃうね。一番危険に見える順だから三浦九段も軽視していたみたいだけれど最善だったみたい。三浦九段にミスが出て、わずかに先手良しになるの。
激しく攻め合って、この局面。互いに危ないのだけれど、どう指せばいいのかが難しい局面なのね。 直接迫っていこうとすると、上に逃げられて入玉すら見えてくる…そんな状態かな。
アナスタシア
でも、先手も危ないです。何かしなければいけませんね。
美波
ここで指されたのが…▲5三歩。三浦九段も、この名人戦を通して一番印象に残った手と言ってたみたい。
アナスタシア
シト、意味がないようにみえます。どういうことですか?
美波
王手でも、詰めろでもないから後手は攻めに回りたい。例えば△8五歩▲同竜△7四金みたいに、上から抑えていくのが狙い筋なの。 でも、ここで攻めようとすると▲5二歩成に△同竜と竜をバックさせられて、先手玉が安全になるのね。
「後手が動こうとすると、働いてくる手」という感じかな。
……これを指せる人は、羽生さんくらいしかいないと思うけど。
アナスタシア
これで、先手がいい…ですか?
美波
結局△5三同玉と取ったのだけれど大きな利かしで、▲4六銀から攻めて先手が勝ちになったの。
羽生名人の感覚と、読みの深さが表れた一局かな。
コメント
「三浦九段の研究を読みで打ち破った羽生名人の強さを見せつけられた対局でした。また、研究に偏りすぎることの弊害も感じた一局でした」(橘)
「事前に準備ずるのは当たり前やけど、それを徹底しても勝てんから難しいなぁ」
(亜子)
この対局を含めて横歩取りは3局あったんだけれど、全て羽生名人の勝利。ストレート防衛を果たすの。
相手の得意戦法を正面から受け止めて破る。これが羽生名人のスタイルなのだけれど、挑戦者側のショックは大きいみたい。挑戦者側はタイトル戦を境に勝率が落ちることもあるみたいだし……。
アナスタシア
大変な、世界なんですね。
美波
名人戦は防衛の歴史だからね、A級順位戦を勝ち上がっても奪取することは難しいのよ。
有名なところでは、郷田九段が3-4で二回挑戦失敗しているしね。
「名人の壁」みたいなものを感じるシリーズは多いよ。
アナスタシア
シチナー…壁、ですか。アーニャも名人になった人、少ししか知らないですね。
美波
羽生名人、森内九段の前には谷川九段、佐藤九段、丸山九段…とそうそうたる面々がいらっしゃるけれど、それより前の方は引退された方ばかりになるのね。(加藤九段を除く)
つまり名人の歴史は、羽生世代で今も止まっているの。
前期の行方八段や、今期の佐藤天彦八段といった若い人達も挑戦してきているから、どこかで塗り替えられるとは思うけど…。
アナスタシア
『羽生衰えた』ですか?
美波
……アーニャちゃん、ネットの情報とかは、鵜呑みにしたらダメだよ?
その手のことは何年も前から言われているけれど、未だに四冠だからね?
アナスタシア
ダー、わかりました。よく分からないことは、ミナミに聞くことにします。
美波
私も完璧じゃないけれど……。アーニャちゃん、純粋すぎるからちょっと心配かな。
さて、名局はたくさんあるけれど今回取り上げられるのはこれで最後かな。
少し古い対局だけれど、名人戦が棋士にとって何なのか…ということが表れているんじゃないかな。
アナスタシア
そう聞くと、少し緊張しますね。
第40期名人戦第8局 加藤―中原 戦
(昭和57年7月29、30日)
美波
これは、先にコメントを紹介しようかな。
「加藤九段が、年齢的にも最後のチャンスをものにしたシリーズでした。10番勝負は、今思い返しても涙が……」(菜々)
「ひたすら加藤流で勝とうとする姿勢がすごいですね…ふふっ」(楓)
アナスタシア
シト、10番ですか?7番勝負とミナミ言いました。
美波
7番勝負なのは変わりないんだけど、勝敗をまとめると分かりやすいかな。
第1局 持将棋
第2局 中原勝ち
第3局 加藤勝ち
第4局 中原勝ち
第5局 加藤勝ち
第6局 千日手
第6局 加藤勝ち
第7局 中原勝ち
第8局 千日手
第8局 加藤勝ち(奪取)
持将棋1回、千日手2回を挟んだのね。だから「10番勝負」と言われているの。
アナスタシア
プラーウダ リ エータ?…ほんとうですか?すごい死闘ですね。
美波
当時、加藤九段は42歳。結果的にこれが最後の名人挑戦になったのだけど、奪取に成功したのね。第8局は開催する場所が見つからなくて、将棋会館で指した…なんてこともあったみたいね。
アナスタシア
ヒストーリエ…歴史を学びましたね。内容はどうだったのですか?
美波
加藤九段の先手矢倉加藤流になったのだけど、中原名人優勢になるのね。実際、名人に勝ち筋はあった…と加藤九段が述懐しているの。
斬り合いになって、クライマックスがこの局面。
加藤九段は1分将棋。アーニャちゃん、どうすればいいか分かる?
アナスタシア
ンー、後手が詰みそうですけど、難しいですね。詰むのですか?
美波
▲3一銀(投了)△同玉▲3二金!これで詰みなのね。△同玉に▲5二竜で▲4三金と打てるから。
銀に対して△3三玉と逃げても、▲3二金△4三玉▲4二銀成から詰むのね。
……この筋が二人とも死角だったみたい。
この筋を見つけた加藤九段が叫んだ…というエピソードもあるの。それだけ、「名人」という称号が重いということかな。
アナスタシア
棋士にとってのズヴェズダ…星なのですね。名人というのは。
美波
そうだね。あの羽生さんでも、米長名人に初挑戦した第6局、最後の▲7七角が重圧で数分間打てなかったらしいから。それだけ、重いものなんだと思う。
……本当にいろいろな名局が生まれてきたからここに全部載せることは無理だけれど、 棋士が人生を賭して目指す頂点…ということが分かってもらえたら嬉しいかな。
アナスタシア
まさにシンデレラ…ですね。
美波
魔法を掛けてくれる人はいないし、自分の力で駆け上がっていくしかないけどね。
興味が合ったら手順を並べるのもいいと思う。手の意味が全部分からなくても、気迫が伝わるような対局も多いよ。
そして、これからもそんな勝負が続いていくんだと思う。
アナスタシア
ナジェージタ…希望ですけど、続いてほしいです。
勝負は厳しいですけど、だからこそクラスィーヴィ…美しいと思います。
美波
名人戦も開幕するし、対局中の棋士の姿も観られるようになったからね。 その美しさがもっと広まればいいな。
今回は、これで終わりにします。ありがとうございました。
アナスタシア
バリショーエ スパシーバ!ありがとうございました。
アーニャ、一つ分かりました。棋士も、アイドルもよく似ていますね。大舞台に立つために努力して、駆け上がっていくんです。
美波
似ているところも、多いかもしれないね。
アナスタシア
あと、歌ったり、踊ったり、テレビに出たり、マンガになったり、きれいな服を着たり…。
それと、笑いを取ったり、コスプレしたりしてますね。
美波
それは……かなり一部の人だと思うよ。
(了)
参考書籍
「どうして羽生さんだけが、そんなに強いんですか?」梅田望夫 著