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とある事務所の将棋紀行

将棋の好きなアイドルが好き勝手に語るみたいです。

高垣楓の徒然観戦  すべてはその一勝のために

 

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みなさん、こんにちは。高垣楓です。初めて、私が担当させて頂きます。

私は…口下手な人間です。
ダジャレは言えても、自分の考えや感覚を伝えることが難しいと思っていました。 ですから、美波ちゃんの定跡解説をはじめ、事務所の他の子が記事を担当することになっていました。

…ですけど、次第に「これでいいのか?」という思いが募ってきました。
自分に囚われたままでいいのか…と。

そして今回、プロデューサーさんと検討して、私が担当することになりました。

不得手ですけれど、よろしくお願いします。

 

 

第29期竜王戦1組5位決定トーナメント 

阿久津―羽生戦

4月14日 持ち時間 各5時間

 

今回取り上げる対局は、こちらです。観ていた方も多いでしょう。

私の観戦記…というよりは、事務所の記録に近いかもしれません。

 

朝・対局前(9時頃)

 

事務所の一室に入ると、いつものようにみんなが集まって談笑していました。

 

菜々
楓さん、おはようございます。今日の中継は、目が離せないですねぇ。


おはようございます。井山さんの七冠がかかった一局ですか?

菜々
それも大切ですけど、囲碁の方ですから…。今日は竜王戦に羽生名人が出るんですよ。


あ…そうでしたね

菜々
3連勝4連敗の名シリーズから8年も経とうとしているんですよ!毎年、この時期は気が気じゃないです…。


トーナメントですから、なかなか挑戦できないのは仕方ないですよ。

菜々
今期も、既に1敗してますからねぇ…。2組降級の危機は脱しましたけれど、先行きは不安ですね。

まゆ
……でも、羽生さん本人はそこまで気にしてないみたいですよ。

 

プロデューサーさんの机の下からまゆちゃんが出てきました。

 

菜々
ま、まゆさん!?いつからそこにいたのですか?

まゆ
朝早くからずっと、待ってました…。それと盗ちょ…なんでもありません。

菜々
そ、そうなんですね…。アハハ…。

まゆ
それで羽生さんのことですけど、「永世七冠」に固執している様子は昔からないですね。タイトルの数とか記録よりも、目の前の勝負を、局面を追い求めているように思います。
意気込んで取れるものでもないですし、周りの方が気にし過ぎなのかもしれませんね。


そういえばまゆちゃん、羽生名人のファンだったわね。

まゆ

はい。あの、勝利への執念が大好きなんです。うふふ♪
でも、まゆも今日の勝敗は気になりますし、楽しみでもありますよ。

 

そう言ってまゆちゃんはプロデューサーさんを探しに部屋を出ていきました。
……さて、どうなるでしょうか。

 

 

先手の作戦(12時頃)

 

『…………』

 

レッスンを終えて部屋に戻ると、美波ちゃんとアーニャちゃん、ありすちゃんが盤に駒を並べて検討していました。

 

美波
あ、楓さん。お疲れ様です。


美波ちゃんも、検討お疲れさま。…盤面は羽生名人の?

美波
そうですね、この局面で昼休に入りました。戦型は角換わりなんですけど……。

 

 

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▲7六歩   △8四歩   ▲2六歩   △3二金   ▲7八金   △8五歩 ▲7七角   △3四歩  
▲8八銀   △7七角成 ▲同 銀   △4二銀 ▲3八銀   △7二銀   ▲4六歩   △6四歩 
▲4七銀   △6三銀 ▲6八玉   △4一玉   ▲3六歩   △3一玉   ▲5六銀   △5四銀
▲3七桂   △4四歩   ▲7九玉   △5二金   ▲1六歩   △1四歩 ▲4八金


ありす
先手の阿久津八段が▲4八金と上がりました。ポナンザ流ですね。


ポナンザって、ソフトの?

ありす
はい。ポナンザが多用したのでこの名称になっています。自陣の隙のなさを重視している構えです。

アナスタシア
シト?アリス、このままだと△3九銀のようなスキがありますね。

ありす
いえ、すぐに銀交換にはならないので、▲2九飛と引きます。これが好形で、桂馬を跳ねても△3七角のような反撃がありません。

美波
今では、西尾六段や他の棋士も採用している形だね。

アナスタシア
パニャートナ、勉強になりますね。


つまり、阿久津さんが用意の作戦をぶつけたのね?

ありす
はい。まだ序盤なので形勢はさておき、羽生名人がどのような対策をするのか興味深いです。
今後は激しい攻め合いが予想されますから、中盤は時間をかけて読むと思います。

 

 

 ありすちゃんがそう締めて、いったん昼食のために解散しました。
ソフトの新作戦が有力になるなんて、少し前なら想像もできなかったことです。
時代の移り変わりを感じます。

 

 

夕方・美波ちゃんの解説(18時すぎ)

 


3時のおやつに、かな子ちゃんが差し入れてくれたチョコをちょこっとずつ食べて、糖分を補給しました…ふふっ。
夕食休憩に入りましたが、局面は中盤の難所です。検討に熱が入ります。

 

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△7四歩   ▲2五歩   △3三銀   ▲4五歩   △同 歩 ▲同 桂   △4四銀   ▲4六歩  

△4二金右 ▲2四歩   △同 歩 ▲同 飛   △2三歩   ▲2九飛   △7三桂   ▲9六歩  

△9四歩 ▲1五歩   △同 歩   ▲1四歩   △6五銀   ▲5一角   △7二飛 ▲1五香   △1二歩

 

菜々
いやー、端を詰めた得は大きいですよ。寄せで、金銀2枚分くらい得する変化もあります。
ゆっくりした攻めでも、繋がると後手はつらいですねぇ。

ありす
ですが、後手が受けきる将棋ではないですね。

アナスタシア
なら、攻め合い…ですか?

美波
そうなんだけど…手段が難しいかな。駒を渡すと、反撃が余計に厳しくなるし。

アナスタシア
ミナミは攻めが上手いですから、きっといい手を見つけられますね。
いつも、いろんな手段でアーニャをメチャクチャにしています。

美波
将棋の話だからね!?

ありす
…………?将棋以外の話、していましたか?

美波
そ、それで合ってるよ、ありすちゃん…。

ありす
……橘です。

 

話を聞いている分には面白いけれど、検討に具体的な手が出てきません。
上級者になると「なんとなく」で話が進んでしますことはままありますが、これでは解説が難しいですね。
…少し、聞いてみましょう。

 


美波ちゃん、ちょっといい?この局面について解説をお願いしたいのだけど…。

美波
いいですよ。普段通りの解説でいいですか?


いえ、今日は少し趣向を変えてみたくて。
局面って棋力によっても見えかたや理解って違うじゃない?
だから、「初級者向け」「中級者向け」「有段者向け」の3通りで解説してみて欲しいの。

美波
えぇ!?それは初めてのことですね…。

アナスタシア
面白そうですね。ミナミ、ダヴァーイ、ダヴァーイ♪

美波
……5分、時間をください。

(5分後)

美波
えーと…では、解説してみたいと思います。

(初級者向け)
先手が金を左右に配置して、バランスよく構えながら攻めています。
角と桂馬が攻めに働いているので、駒を増やしながら確実に、後手陣を攻略していこう…という方針です。
後手は受けきれないので、反撃することになると思います。


(中級者向け)
先手は▲3五歩といった明快な攻め筋があるのですが、(取れば▲2四歩△同歩▲同飛が銀取り)
ポナンザ流▲4八金・▲2九飛が隙のない形なので、後手の攻め手が難しいです。
▲5一角が取られそうに見えますけど、△4一金としても▲2四歩△同歩▲同角成で生還されます。
先手十分に見えますね。


(有段者向け)
羽生さんの△4二金が新趣向で守りを固めた手なんですけど、▲5一角を含め先手が上手く立ち回っているように見えます。
後手は何とかして反撃したいですが、右辺は難しいです。
△5六銀~△4七歩の筋はありますが、▲5八金で効果が薄い上に先手玉は安泰です。 ということで、7筋~9筋の玉頭方面で戦うことになると思います。金銀二枚の囲いなので、その方がいいでしょう。
手としては△7五歩や△8六歩ですね。△5六銀は、リスクが大きいと思います。

…ただ、戦力不足かつ5一の角が牽制しているので、苦心しそうです。

形勢としては先手良しで勝ちやすい局面に見えます。

 

……こんな感じでいいでしょうか?

 


ええ。美波ちゃん、ありがとう。

アナスタシア
ハラショー!すごく勉強になりましたね。ミナミ、説明上手ですね。

美波
でも、面白い解説とかは全然できないから…。

菜々
木村八段の解説とか、話術がすごいですよね。あと、升田先生もすごかったです!


……ダジャレなら教えましょうか?

美波
ダジャレは結構ですっ!楓さんの対応するこちら側はいつも大変なんですから…。

 

ここでいったん、検討も休憩になりました。少し食べて、夜の検討に備えようということです。

……お酒、飲みたいですけれど酔っては文章が書けませんね。
よって、このままシラフで頑張ります…ふふっ。

 

 

菜々さんの呟き(19時頃)

 

夕食休憩も終わり夜戦が始まる時間帯ですけど、まだみんなが集まっていません。

することもないので菜々さんとソファーでテレビを眺めていたのですが、
囲碁のニュースが流れてきました。 『第3局 井山名人の奪取ならず』と。

 

 

菜々

あと一勝…。

 

はい?

 

隣りに座っていた菜々さんを見ますが、彼女はこちらを向かずに続けます。

 

菜々
『あと一勝』『タイトル奪取に王手』とよく言いますけれど、
その『一勝』はとてつもなく重くて、苦しいものなんです。

 

井山さんのことですか?

 

菜々

いいえ、井山さんだけじゃないです。

羽生さんは1995年に、『あと一勝』を逃して七冠は先送りになりました。 竜王戦だって、永世七冠まで『あと一勝』を逃してはや8年です。

初めて名人を奪取した対局も、重圧に押し潰されそうでまともに食事ができなかったそうです。

羽生さんだけでなく、王座戦でいうなら中村六段が、豊島七段が、佐藤八段が、『あと一勝』を得られずに涙をのみました。

棋士だけでなく、三段リーグやアマチュアの大会だって星一つの差に沢山の人が泣いてきました。

 

…それくらい、『一勝』って重いんですよ。

そうね……。

 

『あと一勝』『七冠達成は持ちこし』

そんな文字が躍る画面から視線をそらさず絞りだされた呟きに、ただ同意するしかできませんでした。 そして将棋でも、一勝をかけた対局が山場を迎えます。

 

 

夜戦 (20時~)

 

夜も深くなってきたので、ありすちゃんは先に家に帰ることになりました。
本人は残りたがっていましたが、仕方ないですね。

検討はまゆちゃんも加わって5人で進めていますけど、後手苦戦の雰囲気です。

 

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▲3五歩   △7五歩   ▲3四歩   △7六歩 ▲6八銀

 

菜々
う~ん、後手つらいですねぇ。

美波
やはり7筋を詰めましたけれど、攻めの手段に乏しいですね。

菜々
羽生マジックとか、出ないですかねぇ…。

まゆ
それは、難しいと思います。
羽生さんの逆転術というのは、敵陣に駒が入り乱れていたり、複雑な局面に存在する「常識外の一手、手順」ですから。
この局面は、すっきりしすぎています。

菜々
そうですか…。 あ、指しましたか?△8八歩▲同玉。 ……手が見えませんねぇ。
△5六銀▲同歩△6五桂は、▲7三銀くらいでどうにも。

美波
普通は、先手が攻め勝つ局面ですね。


『………………』


検討の空気が重くなります。全員がまゆちゃんほどの羽生ファンではありませんけれど、本命の棋士が早々に姿を消すのはやはり味気なく感じてしまいます。 沈黙を破ったのは、中継の更新でした。

 

美波
△4五銀……桂馬取ったんですか!?非常手段に見えますね…。

アナスタシア
でも、続きがありますね。▲同歩に、△8七歩です。イヤミ…ですか?

 

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△8六歩   ▲同 歩   △8八歩   ▲同 玉   △4五銀 ▲同 歩   △8七歩


 菜々
取ると△7五桂ですけど、歩切れですからねぇ。それで良いかどうか…。
▲同金△7五桂▲2二歩△同玉▲8三銀とかでいじめる感じですか。

でも△8七桂成▲同玉の局面は先手も怖いですね。

 (菜々さん指摘の変化)

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先手が良いとは思いますけれど、できるだけ難しくする羽生さんらしい手順ですか。 あ、また更新…。互いに指し手が早いですねぇ。

▲9八玉とかわしましたか。相手にしない方がいい…ということでしょうね。

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▲9八玉


まゆ
……でもこれ、何かありそうですよ。

 

盤を凝視するまゆちゃんの目の色が、少し変わった気がしました。

 


まゆちゃん、何かいい手があるの?

まゆ
正確な手順は分からないですけど…勘です。

先ほどの局面に比べて、かなり先手玉が危険になっています。手が作れそう…な気がするんです。
△9五歩から、後手も反撃ができる形だと思います。

 菜々
いやぁ…でも、阿久津さんも△9五歩以降は読んでいるでしょうからねぇ。

 

意見が交錯する中、局面はクライマックスを迎えようとしています。

 

 

 ~終局(~22時)

 

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△9五歩   ▲8三銀   △7一飛 ▲6二角成 △9六歩   ▲9二歩   △7五桂

 

菜々

▲8三銀は羽生ゾーンと呼ばれていますけど、羽生名人が打たれた側ですね。
9筋にも効かせた好手に見えます。

まゆ
ですけど、△7一飛は細かな手順です。馬で取らせることによって、働きを悪くできます。 …こういった手順の積み重ねが大事なんですね。ふふっ♪

美波
▲9二歩は、飛車をすぐに取ると危険…ということでしょうか。
ただ、△7五桂で先手玉が相当危ないですか?
▲8七玉とかで歩を払われると寄らないから、という意味でしょうか。

アナスタシア
ンー、難しすぎてよく分からないです。


……少し、整理してみましょうか。

この局面で▲7一馬と取ると…△5六銀、取ると△8八角で、取ると先手詰み。後手は△4一歩で耐えられるから速度差で後手勝ち。

 (変化1)

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だから△5六銀に▲9七馬と受けに効かせて、△6七銀成に▲同銀、△7七歩成に▲同金しかなくて、△8八角。 ……7五桂がめいっぱい働いているわね。

 (変化2)

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菜々
それって…飛車取れないって事じゃないですか! 後手が良いってことですか?


まだ何かありそうだけれど、先手が明快に勝てる将棋ではなさそうな気がしますね。

まゆ
中継、更新されました。▲2二歩…飛車を取りませんでした。

美波
本当に取らなかった…。楓さん、そんなに正確に解説できたんですか?


序盤の定跡や中盤の感覚はうまく言葉にできないけれど、終盤はある程度はっきりした結論が出るから…。

でも、▲2二歩は相当な勝負術ね。△同玉と取るのが普通だけど、▲9七馬からの手順のときに▲6六馬が王手で攻防に効くから。

 

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(△3一玉に▲7七馬でと金を外して受けきれます)

 

アナスタシア
ニチェボー、では、どうするのですか?


△同金で耐えていれば、もしかしたら…。でも、危ない形だから。

『………………』

 

再び沈黙に包まれます。
ですが重苦しさはなく、難解な局面を前にした熱気のようなものが存在していました。

 

まゆ
あ…更新、きました。…………え?

美波
まゆちゃん、何かあったの?

まゆ
56、△5六銀です…。

菜々
えぇぇー!!!?▲2一歩成から迫れますよ!?

すぐさま、盤に手順が並べられます。

 

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▲2二歩   △5六銀 ▲2一歩成 △同 玉   ▲3三桂

 

菜々
△2二玉は今度こそ▲7一馬でダメですね。詰めろですから。
となると、△同金右、▲同歩成、△同金…ですか? いやぁ、大丈夫なんですか?これ。飛車取ると…?


……△9五桂。

菜々
え?……あぁ、それが詰めろですか!取った桂馬で!ひえー…。恐ろしいですねぇ。

では、飛車を取らずに詰めろを掛けないとですか。▲3四歩ですかねぇ。

 

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△同金右   ▲同歩成   △同 金 ▲3四歩

 


それは…この手があります。

 

盤で示すと、菜々さんがため息をつきました。 それくらい美しく、絶妙な手順です。

 

菜々
将棋って、助からないと思っても助かっているんですねぇ…。

 


ほどなくして、本譜も同様に進み、阿久津八段が投了。終局になりました。

 

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△5五角 まで、86手で後手の勝ち

 

アナスタシア
これで、後手勝ちなのですか?ヴァチモァ…どうしてですか?

美波
うーん、後手玉は▲2二歩から▲3三歩成の筋で詰めろだったんだけど、△5五角でそれを受けているのね。 で、先手玉は△8八歩成▲同金△同角成からの詰めろになっているの。 つまり、「詰めろ逃れの詰めろ」だね。

アナスタシア
ニチェヴォー シビエ!すごいですね。
……阿久津さんは、何が悪かったのでしょう?

美波
うーん、分からないかな。飛車を取れる変化がなかったのは誤算だと思うけれど、▲8三銀以降、代案は見つかってないし…。

菜々
羽生名人の真骨頂、という感じですねぇ。
どこで悪くなったのか分からない、そんな将棋でした。「羽生マジック」みたいな1手で逆転…ではないですけど。

まゆ
でも、それが羽生さんの本質だと思います。 △8七歩も、△7五桂も、△2二歩に対する手抜きも、「部分的には」ある手です。
ですけど、本局の手順は誰にも思い浮かびませんでした。 予想外の手順で、なおかつ難しく、最善なことすらある…。
「作ったような一手」だけで勝てるほど、将棋は甘くないですから。

菜々
特に、△8七歩からの手順は絶妙でしたねぇ…。
阿久津先生も疑問手を指しているようには見えませんでしたけれどね…。
将棋は分からないです。

まゆ
分からないから、難しいから、こんなにも魅力的なんですよ…きっと。

 

 

対局は終わったはずなのですけれど、検討陣の熱気は醒めません。 とてつもなく高度な駆け引きを見た興奮と、底知れないものに対する畏怖のような感情が渦巻いていました。

 

この感覚をうまく表現できないのが、悔しいですね。

 

 

終局後

夜も遅くなったので、ほどなく解散となりました。外は予想以上に冷えていて、検討の熱気で熱くなった頬には厳しいくらいでした。

一人で家に帰る途中、思い浮かんだのは菜々さんの呟きです。

『一勝』の重さ。

本局も、あれだけの勝負が繰り広げられて、得られるのはたった一勝です。
ですけれど、棋士はその一勝に泣き、笑い、人生をかけて戦っています。
それは、ある意味異常な世界なのかもしれません。

ですけど、そのあり方に惹かれているのもまた事実です。

 

竜王戦は、本局で終わりではありません。5位決定戦も、挑戦者決定トーナメントも控えています。
そして同時進行で名人戦棋聖戦王位戦…いくつもの棋戦で、沢山の勝負が待っています。例えタイトルを獲って頂点に立っても、来期の勝負があることは変わりません。

 

一勝をかけた戦い。
それが一生、続いていくんですね…ふふっ。

 

 

(了)

 

 

追記

この後、井山裕太さんは4月20日、十段戦第4局で勝利して七冠達成を成し遂げました。 その偉業を、心から称賛したいと思います。