新田美波の定跡解説 藤井システム…不思議な形ですね?
「ミナミ、ちょっと聞きたいこと、ありますね?」
どうしたの?アーニャちゃん。
「最近、振り飛車の将棋を勉強してましたね。でも…ちょっとおかしいです」
どういうこと?
「これ、見てください」
あ、藤井システムだね。定跡型に見えるよ?
「ニェット!この形、玉を囲ってません。ミナミに『居玉は避けよ』と教わりました!定跡なのはおかしいです!」
あー…普通はそうなんだけどね。この形はちょっと特別かな。
「シト、特別ですか?」
うん。色んな意味で、衝撃的な戦法。
「アーニャ、気になります。ヴァチモア…どうして居玉なのか、ゼリュ…狙いは何なのか…もっと詳しく知りたいですね」
うーん、理由も狙いもあるけれど…複雑だから簡単には説明できないかな。
「そうですか…」
最初に指されたのもかなり前だから、いろいろ調べないといけないし…。
お仕事じゃないから2人で時間取るのも……あれ、アーニャちゃんどこいくの?
「プロデューサーに、データを調べてもらいましょう。クリスマスのお仕事、これにしてもらいます」
そんな…急には無理だよ.
「ニェット、ウサギのぬいぐるみを使って要求すれば、お仕事もらえるとアンズに聞きました。たぶんダイジョブ、ですね」
杏ちゃん、変な前例を作っちゃダメだよ……。
(12月24日、事務所の一室にて)
それでは、今回の講義『藤井システム誕生と狙い』を始めます。
「ダー♪ミナミ、パジャルースタ…よろしくお願いしますね」
うん!…そうは言っても今回のテーマは難しいから、ちょっと不安かな。
「ミナミ、頑張りましょう!アーニャもついていけるよう頑張ります」
そうだね、これも一つの挑戦として…美波、行きます!
・藤井システム誕生の背景
最初に、『藤井システム』は四間飛車の戦法ってことは分かるかな?
「ダー、事務所でも指してる子いますね。ポプラヌスィ…人気みたいです」
アマチュア含めて愛好する人は多いと思うよ。方針が分かりやすいのも一つの魅力かな。
それで四間飛車対居飛車の場合、居飛車の作戦で大きく分けて3つの形に分かれるのね。
アーニャちゃん、分かる?
正解!船囲いが急戦で、他の2つは持久戦に分けられるね。
「でも四間飛車は、いつも美濃に囲いますね?」
スムーズに囲えるし、横からの攻めに強いからね。他の囲いは…あまり見ないかな。
「美濃はクラシーヴィ…美しいと、教わりました」
振り飛車党の人だと、美濃囲いのものが好きな人は多いみたいだね。
「漆黒の翼の闇結界!ですね」
……それが通じるのは、ごく一部の人だけだと思うよ?
「ニチェボー、せっかく教わったのに…」
昔は、居飛車の囲いは船囲いの急戦がほとんどだったの。
銀を前に出して、飛車先の突破が狙いだね。
「ナナが指してiるの、見たことあります」
…でも、船囲いは玉が薄いから勝ちにくくて。終盤、どうしても自玉が危険になっちゃうからね。
「ンー、難しいです」
だから、左美濃や居飛車穴熊が生まれた後は大流行したのね。左美濃は堅さがほぼ互角だし、穴熊に至っては美濃より堅いから。
それまで振り飛車が美濃囲いを活かして暴れていたけれど、居飛車側が無理を通す側に回ったわけ。相手より堅い…って、重要なことだよ。
「『穴熊の暴力』、ですね?」
そう、今度はどうしても振り飛車の勝率が悪くなっちゃって。
これが大体、30年前くらいの話。当時は角道を止める振り飛車が常識だったから、ゴキゲン中飛車や角交換四間飛車はなかったし…。
もちろん楽しむだけなら穴熊も気にしなくてもいいけれど、棋士の場合は勝って生計を立てているから。
自分が武器にしている戦型の勝率が落ちるってことは、とても厳しいことなの。
「パニャートナ。アーニャもライブが成功しなかったら…つらいです」
かなり、振り飛車党は窮地に立たされてたみたい。
・藤井システム誕生
そんな背景があって活躍したのが棋士、藤井猛九段。『藤井システム』の創始者で、今でも有名な方だね。
「ダー、対局のとき、みんな盛り上がりますね」
細かな話になるけれど、『藤井システム』っていうのは一つの形を指す言葉じゃなくて。
アーニャちゃんが見せてくれた局面は「対穴熊」だけれど、「対左美濃」や「対急戦」も含めて藤井システムなのね。
「シト、他はあまり見ないですね?」
一番衝撃的で、有名なのが対穴熊の形だからね。変化も多くて全部は難しいけれど、順を追ってできるだけ説明してみようかな。
「ダー♪楽しみです」
大きな流れだけ先に…ちょっとホワイトボード使うね。
(藤井システムの流れ)
・対左美濃(~1994年)
・システムの完成、藤井竜王3連覇(1998~2001年)
・居飛車の対策、システムの苦境(2004年~)
↓ ファーム落ちの時代
・復活(2011年~)
・対左美濃
最初は、「対左美濃」に力を入れていたの。当時は、これも指す人が多かったからね。
「パニャートナ、でもこの形…見たことないですね?」
対左美濃の藤井システムは優秀で、指す人はほとんどいないね。局面はこんな感じなんだけど…
「シト?普通の美濃じゃないんですか?」
重要なのは△7一玉型なこと。一手省略して、角道を通したり6筋の位を取ったり、攻めるための準備に回しているのね。それに角のラインで▲5五角みたいな手が、王手にならないのも大きいよ。
この後は△8四歩―△8五歩と玉頭を攻めるんだけど、角道や端、桂馬が攻めに働いて居飛車受けきれないの。だから居飛車も動く将棋があったんだけど、それを藤井九段が研究して打ち破ったのね。当時は、詰みまで研究してたみたい。
(ほぼ一直線に斬り合う変化になるも(従来は先手良し)、定説を覆して勝利)
簡単に技が決まるわけじゃないけれど、「振り飛車良し」の局面がたくさん見つかって…。
これが広まって、左美濃に組む将棋は激減したの。
「ンー、タテもナナメも、ミナミの攻めが厳しいです。アーニャ、ボロボロです」
…私が振り飛車側で駒を動かしてるだけだからね?
さて、居飛車は「居飛車穴熊」という最強の切り札があって、みんな指すようになるのね。やっぱり、穴熊に組まれると振り飛車は大変で。
ここで生まれたのが、アーニャちゃんが見せてくれた居玉の構想なの。
「ヴァチモア…どうして、居玉ですか?」
左美濃のときは玉頭を攻めたけど、穴熊だと玉が下にあって効果が薄いから。
それに普通に美濃に囲っていると穴熊に組まれちゃうし、上から攻めたときに反動で自玉も危なくなっちゃう。戦場に近いと、流れ弾が飛んでくるからね。
△7一玉型でも上手くいかない…というわけで、居玉で仕掛ける構想に行きついたわけ。
「『居玉は良い玉』、ですね?」
…それは教わったの?
「ダー、日本のジョークだと、カエデに教わりました」
……ダジャレだからね?
この形は、1995年12月22日 藤井猛―井上慶太 戦で初登場。
このときは先手番だね。居玉で攻めの体制を築いて、△1二香の瞬間に▲5六銀から動いたの。
一手一手の解説は省くけれど、居飛車は受けきれずに47手で先手の勝ち!
「!?早すぎます!」
ここから数手で投了になるけれど、▲1二角成と▲6三歩成からの両狙いがあるから後手敗勢なのね。
重要なのは、▲2五桂と跳ねること。角をずらして▲4五歩と突くことで、7七角のラインで居飛車の玉を狙っているの。
「パンツを脱いで飛ばすんですね!」
アーニャちゃん、美濃の桂馬はそんな名前つけません!
桂馬を跳ねて、取らせてる間に攻めを繋げる。……こういう展開って、最近みたことない?
「アー、角換わりや居角左美濃でみましたね。攻め、止まりませんでした」
そう!一見軽そうな攻めでも繋がる…この感覚を、戦法として完成させたの。
「できるだけ手は後回しにする」「低い陣形を維持する」「桂跳ねから手を作る」
…現代将棋の、基本的な考え方そのものだよね。繰り返すけれど、20年前にこれを構築したことがすごい革新なのね。まだ「ちゃんと囲うのが王道」って時代だったみたいだから。
「アーニャも、ミナミも、生まれてないですね?」
もちろんソフトも、データを整理するためのコンピューターすらも普及してない時代だからね。こうやって体系づけて定跡を完成させたことは、本当にすごいことだよ。
藤井九段は1996年の升田幸三賞を受賞してるけど、この後も研究は続いて本人が完成と判断したのは2年半先だったみたい。
その結果、後手番でも成立することが分かって猛威を振るうの。
攻め筋も一つじゃなくて、▲6六歩に対する△6二飛の右四間飛車をはじめ、相手の手を見ながら攻めの陣形を選べるのね。
(飛角銀桂を6筋に集中させる構想)
もし居飛車が急戦で来たら、美濃囲いに逃げ込めば強く戦える…ってわけ。
システムの完成以降、何年も「藤井システム対居飛車」の構図が続くのだけど…その間に、藤井九段は竜王位を奪取、3連覇!
「ハラショー!」
この衝撃は大きくて、竜王戦…特に羽生さんが挑戦した際には穴熊を一度も目指さなかった…いえ、「組めなかった」のね。『一歩竜王』の対局も羽生さんは左美濃で対抗した将棋だったし。
「ンー、他の振り飛車党の人は…どうでしたか?」
うーん、一言で「振り飛車党」って言っても、個性的だからね。指してる人もいたけど、システムを武器にタイトル奪取まで結果を出したのは藤井九段だけかな。やっぱり特殊な戦いになるからね。
「個性、ですか…」
あとは、棋風の関係ね。藤井九段の攻めは「ガジガジ流」と言われているけど、拠点を作って相手陣の駒を剥がしていく攻めが強くて。こんな風に…
とにかく拠点を作って食らいついて、攻めを繋いでいく。
これが藤井システムと、とても相性が良かったの。
「シト、どういう意味ですか?」
終盤で大切なことは「互いの玉が何手で詰むか」の速度計算だけれど、自玉の詰む、詰まないがかなりはっきりした展開になるから。相手に駒を渡しても、切れない攻めを心がければいい…ってわけ。藤井九段の長所と、合致した戦型なのが大きいね。
「ンー、さっきからミナミに剥がされて、アーニャの大切なものが取られそうです」
…将棋の話だからね?
「ダー、そうですけど…ミナミ、どうして顔赤いですか?」
……知りませんっ!
・居飛車の対策、システムの苦境
「でも、どうしてシステムは減りましたか?」
隆盛を極めた藤井システムなんだけど、他の棋士は羽生世代含めて、多くは居飛車党だったから研究されて、対策も生み出されたの。
居飛車の序盤も、洗練されたってことだね。
▲3六歩以下、△3二飛▲3五歩△同歩▲4六歩△6二玉▲4五歩
後手玉が不安定なうちに、戦いを起こす狙い
それが、▲3六歩。穴熊にするか態度を保留して、右の銀を使った急戦を目指す方針ね。
従来の右銀急戦はどうしても囲いが薄くて大変だったんだけど、後手も居玉だから。△6二玉に▲3五歩から戦いを起こして振り飛車も大変なの。
「パニャートナ、ミナミに攻められる前に、アーニャが攻めればいいんですね!」
……そんな感じかな?
システム側も試行錯誤の結果、△9四歩・△6四歩型が増えたのだけど…形が変わればメリットとデメリットがあるから。△6四歩を狙って▲5五角と出る手が生まれて。歩を守るには金や銀を動かさないきゃいけないけど、形が崩れて急戦に弱くなっちゃうの。
こんな感じで…
▲5五角以下、△6三銀▲3五歩△同歩▲4六銀△4五歩▲3三角成△同桂
▲2四歩△同歩▲3五銀△3四歩▲同銀
激しい戦いになるが、美濃囲いが崩れているのが不満
「銀のマールシ、行進で囲いもバラバラですね」
今も結論は出てなくて、難しいところもあるけれど…「居飛車も戦える」って見解が出てきてからは指されなくなっていったのね。
穴熊を回避するためにゴキゲン中飛車や石田流が有力だと分かったのも理由の一つで、流行が変わった…とも言えるかな。
藤井九段自身も「ファーム落ち」と言って、しばらく指さない時期があったからね。
その代わりに『藤井矢倉』や『角交換四間飛車』の新たな定跡を発展させたけど…これはまた別のお話。
「ファームオチ…ユキが言ってましたね?」
野球の用語だからね。藤井九段は野球に例えるのが多いみたい。これは2軍で調整って意味らしいよ。
・藤井システムの復活
「…では、藤井システム、もう消えてしまいましたか?」
ううん、ここ数年は見直されつつあるよ。
2011年頃から藤井九段がシステムを再び採用し始めて、勝っていくのね。
そして2012年、王位戦挑戦者決定戦で渡辺竜王(当時)に藤井システムを採用!そして勝利!
「ダーティシトー!すごいです!」
タイトルは獲れなかったけど…その序盤術は健在で、並べてみるといいと思う。
その後も要所で採用して勝利を重ねていくのね。
今年の秋には、藤井システムで銀河戦優勝!
同じ日に羽生三冠がシステムを採用して、勝利したのも記憶に新しいね。
「アー、ガラクティカ…銀河、このことだったんですね」
たぶん水面下の研究もあるだろうし…「どちらも大変」って感じかな。
優秀な戦法であることに、変わりはないみたい。
できるだけ頑張ってみたけど…対局数も多いし未解決なところも多いから、解説できたのはほんの一部分だけだね。興味があったら調べてみるのがいいと思うよ。
藤井九段の本にも解説されているし、詳しい人と対局をするのが一番の上達法かな。
指すにも対策するにも、自分なりに理解しないといけないからね。
「ンー、大変そうです…」
最初は、なんとなくでもいいから。自分で考えて、試行錯誤することも大切だよ。
…それでは、今回はここまでにしたいと思います。ありがとうございました!
「スパシーバ、ありがとうございました!棋士にもズヴェズダ…星のような人、いるのですね」
うん。だから、そんな綺麗な世界に惹かれるんだと思う。少しでも伝えられたら…嬉しいな。
ガチャ
蘭「我が同胞たちよ、煩わしきソルにちヌィ・ズビえーと!」
あ、蘭子ちゃん。おはよう…だよね?
ア「ダー、ソルニチヌィ・ズビエート…ですね。わずらわしい太陽…です」
蘭「…ふむ。やはり盤上の星々を巡っていたか(また、定跡教えてたんですね~)」
そうだけど、蘭子ちゃんはどうしてここに?
蘭「『瞳』を持つ者より、宣託を受けたため、伝えに参った!(プロデューサーさんから伝言ですよ!)」
ア「アー、プロデューサーですか?」
蘭「あ…えっと…『お疲れ様でした。ケーキの差し入れです』だって」
この箱かな…?あ、結構大きいね。
ア「なら、寮で食べましょう。クリスマスパーティーです」
そういえば…クリスマス企画だってこと、半分忘れてたかも。
お祝いだけ、先にしておこっか。
「「「メリー・クリスマス!」」」
(了)
参考棋譜
対左美濃
室岡―藤井 戦(1994年 棋聖戦)
対穴熊
藤井―井上 戦(1995年 順位戦)
佐藤―藤井 戦(2002年 NHK杯)
渡辺―藤井 戦(2012年 王位戦)
▲5五角急戦
谷川―羽生 戦(2004年 王位戦)
羽生―藤井 戦(2004年 棋王戦)
羽生―藤井 戦(2012年 王位戦)