新田美波の定跡解説 居玉を活かす新山崎流
「ミナミ、約束どおり、弟子にしてもらいにきました!」
……えーっと、どういうことかな?アーニャちゃん。
「最近、これが流行ってると聞きましたね?」
事務所のソファーに正座して、待ってたの?
「ダー、ミナミが来る時間は、いつも決まってますから」
隣に置いてあるランドセルは?
「アーニャのですね、3年前まで使ってました」
最後に一ついいかな……誰から聞いたの?それ。
「ヒナとナナとナオですね、イッスリードヴィニア……勉強になります」
……よく、分かりました。後で3人には言っておきます。
でもアーニャちゃんがそんなことしなくても、私、ちゃんと教えるよ?
「ずっと、ミナミのレクツゥイア……講義、ありませんでしたね。ちょっとだけ、寂しかったです」
そっか、全然できてなかったからね。……久しぶりに、やろっか。気になる形があるのかな?
「スパシーバ!これですね」
あ、この形は……新山崎流だね。
「ダー、このごろ、居玉の将棋が多い感じがしますね。それで調べてみたら、昔流行った形にこれがありました」
大流行して、とても有名だった形だからね。
「でも、今は全然みなくなりました。……どうしてですか?」
えっと……色々な変化や積み重ねがあるから、一言では説明しにくいね。
準備するから、待っててくれる?
「ダー!楽しみです♪」
~~~(一方そのころ、虹色ドリーマー)~~~
荒木比奈
「アーニャちゃん、ルックスは姉弟子寄りっすよね」
「銀子ちゃんには似てますけど、将棋を教えてもらうって目的からズレちゃいますよね」
「なぁ、今さらなんだけどさ……普通に頼めばよかったんじゃないか?」
~~~(数日後、事務所の一室にて)~~~
さて、久しぶりに解説を始めたいと思います。今回のテーマは『新山崎流の狙いと対策の歴史』です。
「パジャールスタ、よろしくお願いしますね」
・新山崎流の狙い
まず、この新山崎流は『横歩取り』の局面ってことはいいかな?
「ダー!それと飛車がタカビシャ、ですね」
うん、後手の飛車が五段目にいるから、△8五飛戦法だね。横歩取りは後手の飛車と玉の位置で分けられるんだけど、新山崎流は『横歩取り△8五飛戦法・△4一玉型』のときに先手が居玉で戦う対策のことを言います。
「ンー、王様、囲いませんか?」
囲いといえるかは分からないけど、▲4八銀の一手だけ玉を固める手って言えるかも。それ以外は全部、攻めるための手だね。
「攻めばかり……ヴァチモア、どうしてですか?」
以前、ちょっと触れたことはあるけれど……横歩取りって、後手の3筋に歩が無いでしょう?先手はそこを攻めたいのね。後手はそれを受けるために、飛車を五段目に浮いて▲3五歩に△同飛を用意してるわけ。
「飛車のアバローナ……守備ですね」
そこに△4一玉からの「中原囲い」を組み合わたのが優秀な作戦で、△7四歩~△7三桂まで指せれば仕掛ける手段には困らなくなる。先手が普通に中住まいとかに組もうとすると、後手の攻めの方が早くなるのね。受けきるのは大変だし、後手の中原囲いは堅いから攻め合いもやりにくいし……。
「昔、大流行したとナナが言ってました」
うん、だから当時の先手は対策を求められてたわけ。後手陣の急所はやっぱり3筋で、玉も近いから、先手からすればどうしても攻めたい場所だったのね。そこで登場したのが、新山崎流。
「居玉が対策、ですか?」
囲いを省略して、攻めに手を回すことで3筋を突くチャンスを狙っているの。後手は△7三桂と跳ねて攻めたいんだけど……▲3五歩が成立するのね。
「シト、飛車で取ってはダメですか?」
△同飛には、▲4六角で飛車と香車の両取りが掛かっちゃうから。
「パニャートナ、これは痛いですね」
この局面も、いろいろ模索されたみたいだけど……大駒の交換をすると、どうしても△3四歩や△2三歩といった手が厳しく残るから後手大変なの。
「3筋が後手の急所だから、ですね」
そういうこと。対して先手陣はというと……飛車を交換したとして、どこに打つかな?
「ンー……△2九飛くらいしかないですね」
一手しか囲ってないのに、金銀が防波堤になって簡単には崩れないの。場合によっては▲3九金で手番を握れたり、▲3九歩で固めたりできるしね。攻めが続くなら、この陣形はとても優秀ってことが分かって、大流行したわけ。
今では△7四歩を突いた局面は先手良しが定説かな。
「分かりました、ミナミを攻め倒せばいいんですね!」
合ってる……のかな?
・戦型の由来と、居玉
「ミナミ、『新山崎流』という名前は、指した人の名前ですか?」
そうだよ、山崎隆之八段(現在)のことだね。△8五飛戦法に対して、もう一つ「山崎流」って対策も指してた棋士だよ。
「パニャートナ、だから『新山崎流』なんですね!」
まったく違う指し方になるから、今回は説明しないけどね。
山崎八段は玉の囲いよりも攻めに手を掛けるのが好きな棋風で、その中で生まれた形かな。優秀って分かってからは、他の棋士もよってたかって研究して指してたよ。
「玉を囲わないのは、キケンですよね?」
囲いの堅さって、相手と比べるもの……相対的なものなのね。居玉は確かに危険だけど、相手陣をそれより先に崩せるなら、居玉側が有利になるの。ちょっと、難しい話だけどね。
「居玉も、良い玉になるってカエデから聞きました!」
楓さんのダジャレはともかく、最近の将棋に居玉が多いのも「相対的な堅さ」が理由の一つかな。居玉でも王手が掛かりにくかったり、攻めが続くなら仕掛けて良しって考え方が広まったよね。自玉が薄いことに変わりはないから、反動も怖いところだけど。
「準備してないと、攻撃には弱いですね。ミクも準備しないでスターゲイジパイを見て、果てました」
ニシンのパイのことね。みくちゃん、お魚嫌いだものね……。
・新山崎流、後手の対策
ここまで新山崎流の狙いをみてきたけど、将棋って一手ずつ交互に指すゲームだからこれで決まりとはならなくて。
次に、後手の対策をみていきます。今、あまり指されていない理由もここにあるかな。
「ダー、気になりますね」
いくつかの変化があるんだけど……図を用意するね。
「ミナミ、これは?」
『変わりゆく現代将棋』のチャートを参考にしました。さっき解説したのは△7四歩の変化で……B図になるね。他の変化は分岐も多いから一つずつ、順番にみていくよ。
「ダー♪」
・後手の対策、△8六歩(C図)
まず後手は△7四歩を突くと、さっきの変化で先手の攻めが間に合っちゃうから、途中で動くことにするの。具体的には、△8六歩と合わせる一手。
「ンー、これはどういう狙いですか?」
単純に、△7六飛と横歩を取って戦いに持ち込むのが狙いかな。後手の攻めが先になれば金銀を崩して居玉を咎めることもできそうだからね。
先手としても△7六飛は許せないから、▲3五歩と伸ばして飛車の横利きで受ける。△8五飛で伸ばした歩を狙うのも横歩取りでよくみる手筋だね。角交換をしてないから、▲3四歩には△8八角成で逆に技を掛けられるし。
「先手は、どうするのですか?」
強く▲7七桂と先手を取って、△3五飛に▲2五飛とぶつけるのが数多く指されてるね。
ここで取るか取らないかの二択になるんだけど……
(C図)
・飛車を交換する変化(D図)
△同飛▲同桂が角に当たるけど、手順に△1五角と先手玉を睨みながら飛び出すのが後手の切り返し。
「幽霊角、ですね。コウメみたいです」
……小梅ちゃんは幽霊じゃないからね?あの子の方ならわかるけど。
先手も黙っていられないから、▲2三歩と叩いて攻めの姿勢を貫くの。
「ニチヴォー、△同銀とは、取りたくないですね」
▲6五桂で先手の角道が通るからね。
ここで△3三銀と逃げたのが王座戦の山崎―羽生 戦。この形が見直されるきっかけにもなった一局だよ。
「シト、そこだと桂馬に取られてしまいますね?」
それは後手も分かってるけど、桂を持てば△3六桂が厳しいって狙いだね。だから先手も取らずに▲8五飛として、以下先手が良くなるんだけど……。対局の結果は後手、羽生王座の勝利。
(△2三歩▲3三銀△8五飛▲4四銀としてこの局面。ここで▲3三歩なら2枚の歩の拠点が厳しく先手良しとされたが、実戦は▲6五桂と跳ねたため△2九飛~△4八角成が厳しく後手の勝ちに)
「逆転、しましたね?」
対局の結果と、定跡の評価は別っていういい例かな。
この対局をきっかけに研究が進んで、▲2三歩には△同金と取って△2四歩▲同角と進める形が調べられるようになるのね。悪形だけど、ギリギリバランスが取れてるの。
「角がバックすると、先手玉からラインが逸れますね?」
受けるためには仕方ないって手かな。
先手の狙いは▲8二飛と打って、▲6五桂で角筋を通しながら▲5三桂成。後手は攻め合いにして、△2九飛―△3七歩で金銀を崩しにかかる。これが名人戦の羽生―三浦 戦で指されてるね。
「ンー、金で受けてはダメですか?」
▲3九金は飛車に当てて先手を取れるんだけど、△1九飛成▲5三桂成に、△5二香って受けがあるの。攻めを続けるには▲6二成桂しかないけど……ここで△3九竜の王手!
「ダーティシトー!?竜を捨てますか?」
これを▲同銀と取ると、△5八金▲同玉△5七角成で、先手玉は詰み!
「ウ―ジャス……!ズレたはずの角が、決め手になってます」
当時の観戦記に書かれてた変化だけど、この戦型がとても深く研究されていたってことでもあるね。
これがあるから、先手も受けずに▲5三桂成と一気に攻め合いになって……お互いに金銀をボロボロ取り合って、この局面。△6二金が疑問手で以下先手が勝つんだけど、感想戦で△4二金とすれば後手有望とされたのね。
(△3七歩以下▲5三桂成△3八歩成▲6二成桂△4九流▲6八玉△4八竜▲7七玉)
「それなら、後手はこの手順を選べばいいですね?」
でも、それすらも研究でひっくり返っちゃった。阿部健―及川 戦で、△4二金に▲9六歩という手が出たの。
「ンー、端歩ですか?……どういう意味ですか?」
次に▲9七角と出た手が、後手玉を睨んでとても厳しいって意味なんだけど……争点から遠く離れた場所の歩を突くって、相当思いつかない手だよ。
(▲7七玉以下△4二金▲9六歩△5七竜▲9七角 茫洋とした端歩だが、4二の金を狙った手が厳しく受けにくい)
角のラインをが受けにくくて、攻めが続いて先手の勝ち。
以降、D図は先手良しって見解が広まって、後手はまた別の形を選ぶことになるの。
「とてもトルードヌイ、難しいです……」
プロの対局だから、本当に微妙な差の話になっちゃうね。
要約すると、飛車交換をしたときの▲2三歩に対して、△3三銀も△同金も先手の攻めが続くって感じかな。
・飛車交換を拒否する変化(E図)
飛車をぶつけたこの局面まで戻るね。さっきは△同飛と取って悪くなったから、取らない手が主流になっていくの。
「手番は先手ですね?」
うん、▲4五桂から攻めが続くから敬遠されてた順なんだけど、飛車交換が後手厳しいと分かって掘り下げられていくの。
2枚の桂を跳ねて、後手も強く△6四歩と催促した局面。
名人戦第7局 森内―羽生 戦が初出だね。大切なのは△8七歩と打って、金を浮き駒にしておくこと。この利かし一つで、後の変化に大きな差が出てくるの。
「ここで先手は、どう指しますか?」
自然なのは桂馬を成って、銀と交換した後に▲5四銀と角をイジメる順。ここも重要なところになるね。
(△6四歩以下▲5三桂左成△同銀▲同桂成△同角▲4五銀△3五飛▲5四銀)
「ンー、角を逃げるしかないですね?」
実戦は自然に△7一角と引いたんだけど……▲8二歩の追撃があったのね。桂馬を取った手が、角にも当たっちゃうから厳しくて。△8五飛と切り返しても以下こんな感じで……浮いてたはずの金まで守られると、後手が手を出せなくなってるのが分かるかな?
(先手の▲4三銀成が厳しく、攻めが続く形)
「ダー、スキがなくなってますね」
実戦は先手の快勝で、森内九段が名人を奪取したの。
ここでは△6二角と一つ引く手が正解。▲8二歩が先手にならないから、先手の攻めが続きにくいの。もし▲6三銀成とすればそこで△7一角……成銀の位置が玉から遠くなってるでしょう?
(銀をおびき寄せれば、▲4三銀成がなくなる)
「ダー、銀が遊びそうです」
これなら、後手も攻め合いに持ち込めそうだよね。
△8七歩▲同金を利かせてるから、飛車を取って△8九飛と打つ攻めが効果的になってるのは後手にとって大きなプラスになってるの。
以前の変化は右側の金銀を崩しにいってたけど、この形は左側の金銀を崩すのが急所かもしれない。先手は右辺に逃げづらい格好だからね。
△6四歩と突かれた手に、桂馬を成るのがダメだとすると……先手の手はかなり限られてくるの。そこで指されたのが▲8二歩。
「桂馬を取るつもりですね?」
うん、今期竜王戦の1組決勝でも指された手だね。でも桂馬を取って、△5四歩と突いたときに……
(▲8二歩以下△6五歩▲8一歩成△3三桂▲4六歩△5四歩)
角の利きが通って、先手の左金が狙われてるよね。
「『金はナナメに誘え』ですね。大事なマクスィマ……格言です」
先手は攻めるしかないけど、▲1五桂くらいしか手がかりがなくて……△4四角以下、やっぱり左辺を攻められて。
(上図から▲1五桂△1四金▲2三歩△3一銀▲3三桂成△同角▲同角成△同飛▲9一と△4四角
で両取りが掛かった)
この後も色々な駆け引きがあったけど、後手の勝ち。
感想戦で改善案は示されなかったし、先手が少し苦しい変化に行きついちゃった感じかな。
「ここがゴール、ですか?」
今のところは、そうかも。
△8六歩から後手が動いて、飛車交換を拒否したとき……この局面に行きつくわけで。先手大変だと新山崎流そのものを選べないからね。
「だから、最近は指されなくなりましたか?」
うん、今は序盤から持久戦を目指すことが多いかも。
・まとめ
大筋の流れをみてきたけど、居玉でも対応がとても細かくて、難しい戦型だってことが分かってもらえたかな?
「ダー。囲ってないのに、チェック……王手がきませんでした。薄いのに、遠かったです」
まとめると、
・新山崎流は3筋を攻めるための陣形
・居玉ながら大駒の交換、攻め合いに強い
・後手は△8六歩から動いて、左辺を攻めるのが対策
こんな感じかな。
新山崎流が大流行したのは2010年前後。その後、こういった3筋攻めを緩和する意味で△8五飛・△5八玉型が生まれたり、△8四飛型で新手が出ることになるのね。
いろんな形が生まれたから、△8五飛戦法の数自体はかなり減ったと思う。でも、ハッキリとした結論が出てないのが現状かな。
「今だと、先手は何を指しますか?」
▲7七角と上がって、中原囲いや中住まいかな……それはそれで難しいけれど。
もっと前に、勇気流や青野流に組んで先手から形を決めちゃう序盤も増えたから、主流じゃなくなったっていうのが正しいかもしれない。
・美波の研究
一つ、気になってる手があってね。今さっき後手良しと解説したこの局面なんだけど……。
「シト、何でしょう?」
ここで▲4六歩と桂馬を支える手が△5四歩との交換が損になってるのね。
「ダー、駒の働きが違いますね」
手抜いて▲1五桂と打ったら、どうなるのかなって……。
「ンー、△1四金ですね?」
うん、そこで▲2三歩△3一銀▲3三角成として……精算して▲5五角。これなら、▲4六歩も△5四歩も指さないで戦いになるでしょう?
(△5四歩がないため▲5五角と打てる。しかし後手の応手も複数あって形勢不明)
この局面で、後手は歩切れなのも大きいと思うの。香車を取って▲6四香の狙いもあるし。
「ンー、先手の攻め駒が、捌けてますね。悪くなさそうです」
ちょっと調べただけじゃ成否が分からなくて、「気になってる手」としか言えないけど……。
もし、これが成立しているなら……新山崎流は未だ有力ってことになるね。
「将棋、難しいですね。分からないところ、まだまだたくさんあります」
分からないことにキリがなくて、断言できないのが解説する側としては大変だけどね。
さて、今回はここまでにしよっか、お付き合い、ありがとうございました!
「バリショーエ スパシーバ!ありがとうございました、ですね」
(事務所の廊下にて)
荒木比奈
「あ、美波さんにアーニャちゃんじゃないっスか。」
あ、比奈さんおはようございます。
「ドーブラエ ウートラ!おはようございます、ですね」
比奈
「二人で楽しそうっスね」
「ダー、ミナミとお付き合いしてましたね」
ちょ、ちょっとアーニャちゃん!?
比奈
「その話、もっと詳しくっス!」
「アーニャの攻めを、手取り足取り面倒見てくれました!」
将棋、将棋の話だから!
比奈
「心配しなくても分かってるっスよ。勘違い系のラノベじゃないっスから。
それはそれとして、そのシチュとセリフを新刊のネタに――」
ダメー!!!
(了)
参考対局
第57期王座戦第3局 山崎―羽生 戦 (2009年9月4日)
第68期名人戦第2局 羽生―三浦 戦 (2010年4月20、21日)
第69期名人戦第7局 森内―羽生 戦 (2011年6月21、22日)
第41期新人王戦 阿部健―及川 戦(2010年7月9日)
第30期竜王戦1組決勝 羽生―松尾 戦 (2017年5月15日)