新田美波の定跡解説 蘇る青野流
「ミナミ、横歩取りがヘンです!」
……突然どうしたの?アーニャちゃん。
「これを見てください!」
えっと……『青野流』だね。
「最近たくさん見ますね。でも、青野流はメンシェヴィキ……少数派だとミナミに教わりました!」
一時期は全然指されてなかったからね、確かに少数派だったんだよ?
「ヴァチモア……どうして、横歩取りが青野流ばかりになりましたか?教えてください!」
んー、かなり難しい説明になるけど……ちゃんと理解しないといけない話かも。
久しぶりに、時間をかけてやってみよっか!
「スパシーバ!ミナミのレクツィアですね!」
もくじ
・横歩取りとは
・青野流の狙い
・後手の対策と衰退
・勇気流登場
・復活の青野流
・青野流の現在
・まとめ
それじゃあ、青野流について勉強していこう。よろしくね、アーニャちゃん。
「バジャルースタ、よろしくお願いしますね」
まずは、普通の横歩取りから説明しよっか。
▲3四飛の局面が横歩取りの出発点……っていうのはいいかな?
「ダー、横にある歩を取るから『横歩取り』ですね?」
正解!分かりやすい名前だよね。
先手の主張は「1歩得」で、後手の主張は「▲3四飛の位置が悪い」ということ。2つの主張のぶつかり合いが、横歩取りの歴史なの。
以前まとめたことはあるけど、ざっとおさらいしておくね。
アイドル達の戦型解説 横歩取りってどんな戦型?(前編) - とある事務所の将棋紀行
アイドル達の戦型解説 横歩取りってどんな戦型?(後編) - とある事務所の将棋紀行
▲3四飛を一直線に咎めるのは、△8八角成からの後手急戦。△4五角戦法が代表例で、飛車を直接イジメる狙い。
「とても激しい戦いですね」
……でも研究が進むと上手くいかなくなって、後手は△3三角戦法に移っていくの。▲3六飛―▲2六飛と戻すのは手損だから、後手が攻勢に出られるって作戦。
「ノーマルな横歩は、これです」
△8五飛戦法や中原囲い、△7二銀型をはじめ色んな形が出てきたけど、後手に選択権があるのは大きいかな。いろんな指し方があって、先手も全部に対応するのは大変だから。
横歩取りで、一番指されてきた展開だね。
・青野流の狙い
さあ、ここから青野流の登場だよ。
「フォップ、フォップ!」(拍手)
……といっても、青野流自体は平成14年に初登場してるんだけどね(順位戦 青野―谷川 戦)。
名前の通り青野九段が指した作戦。他にも対四間飛車急戦の『鷺宮定跡』を開発した棋士だよ。
「サギノミヤ……ナナが詳しそうですね!」
舟囲い急戦を指す人には、なじみが深い名前だよ思うよ。
話を戻すね。
青野流の基本は、▲3四飛を動かさずに戦いを起こすこと。
飛車を引かなければ先手は手損をしてないでしょう?
「ダー、飛車が戻らなければ、手損にはなりませんね」
だから、ここで▲5八玉と上がって戦いを起こしにいくの。
1歩得して、手損なしで、先攻する。これが青野流の狙いなの。
具体的には▲3七桂―▲4五桂と跳ねて、後手の角を目標にする。
もし後手が普通の駒組みをすると……この角がいなくなった瞬間に、▲3二飛成と金を取れるでしょう?
(▲5八玉以下、△2二銀▲3六歩△8八角成は▲3二飛成が金を取りつつ詰めろ)
△3三角を目標に▲3七桂~▲4五桂と跳ねていくのが青野流の基本的な構想だね。
「パニャートナ、するどい狙いです。なぜ、すぐに流行りませんでしたか?」
うーん……▲5八玉の局面をみれば分かると思うけど、先手の駒は全然前に出ていないでしょう?飛角桂歩の4種類だけで攻めを続けるのが難しいんだよね。
後手もいろんな対策をしてきたから、順番にみていこっか。
「ダー!」
・対策△2二銀・△8二飛型
(基本図1)
後手からすれば攻めを切らせばいいわけだから、受けるのは自然な発想だね。
飛車を引いて、△3二金にヒモをつけてるの。次に△8八角成―△3三銀と指せれば、先手の飛車を追い払えそうだよね。
(ここで▲3五飛は△4四角がある)
「先手の攻め駒を責められてますね」
これが最初の壁になって、青野流を指す人は少数派だったの。▲3六飛から普通の横歩取りにした方がいいって見方が強かったのもあるかな。
「攻めが細そうです」
でも先手からすれば、一点でも突破できれば成功なの。
模範演技は、飯島―森内 戦。▲8三歩△同飛▲8四歩と飛車先を叩いてから、▲3五飛と逃げる。大駒と桂をめいいっぱい捌いてるでしょう?
(基本図より▲3七桂△8八角成▲同銀▲8三歩△同飛▲8四歩△8二飛▲3五飛△8四飛▲6六角△8二飛▲4五桂 以下△4四角に▲8三歩が効く)
先手の持ち歩が3枚だから成立する変化だね。
「ハラショー!『駒得は裏切らない』ですね」
そうだね。得した駒は貯めておくだけじゃなくて、こんな風に使って戦果をあげるのが大切だよ。
このあと▲8四飛と回って▲8二銀から8筋攻めが間に合って先手の勝ち。
(上図より△4四角▲8三歩△5二飛▲3三桂成△同角▲7七銀△5四歩▲8五飛△5五歩▲8二銀)
△8二飛型は今のところ、先手良しが結論になってるね。
・△5二玉・△7六飛型
(基本図2)
受けるのが上手くいかなかった後手は、攻め合いを狙うの。
△7六飛で横歩を取って……これが難敵で。
「ンー、先手より1手遅いですね?」
でも△8八角成とされると、先手は金銀どっちで取っても……
(基本図から ▲3七桂△8八角成)
「ウ―ジャス!飛車が成られてしまいます!」
つまり△7六飛は逆先なの。横歩取りの基本的な筋だけど、気を付けないとだね。
先手は受ける必要があるけど、攻め足を止めてもいけない。
対応は▲7七角と▲7七桂の2通りに分かれるよ。
1)▲7七角
本線だったのは自然な▲7七角なんだけど、△2六歩と垂らされたときの対応が難しくて。
▲2八歩は攻めに歩が使えなくなるから▲3八銀なんだけど、後手からの猛攻をしのぐ必要があるのね。一例は羽生ー小林 戦。
△2七歩成▲同銀でスキができるから、先手も受けに回らないといけない。
「ンー、難しいです」
これを嫌って、飛車交換をした場合は▲2八歩を低く受ける変化もあるの。
……アーニャちゃんの言う通り、本当に難しいよ。
▲7七角とされた局面を、後手を持って上手いのが佐藤天彦名人(現)。後手横歩全体の勝率がとても高かったのもあるけど、対青野流も強かったの。
「アーニャ知ってます、アリスタクラート……貴族ですね!」
本当の貴族じゃないけれど……豪華な服が多いよね。
さっきの羽生―小林 戦をベースにして、新手を出して後手勝ちにしたこともあって。
その後、▲7七角に対する当時の決定版を指してるね。
棋王戦第2局 渡辺―佐藤天 戦。
飛車交換しないで、角交換から△5五角。左右に角を成る手があるから先手も攻め合いにするんだけど――
流れるように後手の攻めが続いて……
最後は△2六歩が活きて後手の勝ち。66手の短手数で、一気に勝負が決まったのね。
「ズドラーヴァ!すごいです……!」
これ以降、青野流が一気に指されなくなったかな。
2)▲7七桂
△7六飛には▲7七桂と変化することもできるけど、マイナーな形だったかな。
「桂馬が角を止めてますね、おかしな形です」
▲4五桂―▲6五桂の殺到が狙い。桂を跳ねれば、角も攻めに参加するからね。
……ただ目標がハッキリしすぎてて、後手も研究しやすいの。
(▲7七桂以下 △5五角▲2二歩△同角▲3七桂△8七歩▲同金△7五飛▲7六歩△8六歩)
△8七歩▲同金から金を吊り上げられると、先手は飛車を渡しにくくなる。▲6五桂と跳ねて決戦にしたい先手からすると、とっても忙しいわけ。
「『金はナナメに誘え』ですね」
先手良しにはなりにくくて、実戦例も少ないまま指されなくなった形だね。
あまり有力とみられてなかったみたい。
こんな感じで「△7六飛で後手がやれる」って見解が広まって、青野流は指されなくなっていったの。
・勇気流の登場
△7六飛の対応が難しくて一時期は指されなくなった青野流だけど、流れをくんだ作戦が登場します。
「勇気流ですね!」
うん、以前まとめたけど……その後も大流行したね。
青野流と違うのは、▲6八玉型なところ。攻め筋は青野流とほぼ同じ。だから破壊力はそのままで、なおかつ▲7八金にヒモをつけてるのが大きいって主張。去年は大流行したね。
「ンー、でも、今はあまり見ません」
問題は、これも△7六飛と取られたときで……
「シト?先手にならない、ですね?」
この場合は青野流でみるような攻め合いじゃなくて、玉の位置を咎める作戦なの。
先手の攻めの主役は桂馬だけれど、7六歩がない状態で桂馬を渡すと……
「ニチヴォー!△7六桂が王手角取りです!」
(将来、桂馬を渡すと△7六桂が痛い)
もちろんこれで潰れちゃうわけではないけど、先手が一気に攻めるのも難しいね。
▲6八玉が勇気流の骨子だから、その弱点を序盤早々に主張されるのはイヤな展開ではあるの。
「それで数が減りましたか……」
勇気流そのものが否定されたわけじゃないから、これからも研究される展開だと思うよ。
ただ、以前よりは数が少なくなったのは確かだね。
「ンー、万能な形はありませんね。どこかに弱点が生まれます」
でもね、アーニャちゃん。
勇気流の流行によって「▲3四飛のまま攻めるのは優秀」って認識が広まったのは大きくて、青野流も見直されることになったの。
勇気流の▲6八玉を▲5八玉と戻す指し方もあるくらいで、最初から青野流で良ければ話が早いんだよね。
というわけで、青野流が復活した理由をみていこうか!
「ダー♪」
・復活の青野流
1)▲7七角新対策
一度は後手良しに傾いた青野流対△7六飛の局面に戻るよ。
▲7七角から決定版だった変化に進めて……
ここで▲2三歩△同金を利かせるのが従来の手順だったんだけど、狙いの▲2四歩が間に合わない上に、△4一玉~△3一玉の逃走ルートを作ってたの。
「パニャートナ、後手にも得がありますね」
だから、▲2三歩を打たずに△8四飛と回れば……
後手は強く攻め合えないの。
「金に位置がひとつ違うだけですね?」
もし△4五桂で前例と同じように進めると……
(前例は▲6四桂だったが、駒が取れないため△6二玉で後が続かなかった)
▲4四桂の反撃がある!△同歩▲3四角が王手竜取りになるんだけど、これも金の位置が違うから成立する変化だね。
「ずっと先に進むと、意味が分かるんですね。すごいです!」
こういうところが将棋の面白いところでもあり、怖い所でもあるよ。
戻って▲8四飛には△8二歩と受けるしかないけど、▲7二歩が後続の手筋の一手。
金で取ると壁になっちゃうから△同銀だけど、先手は竜を作ることができる。
これなら先手は簡単には潰れないし、実戦例もいくつかあるけど後手自信なしの変化が多いかな。
「オーチン ハラショー!▲2三歩は損な手だったんですね」
数年ごしに定跡が覆ったの。こういう「利かし」の手の損得って、とても難しいよ。
2)▲7七桂型対策
あと▲7七桂で対抗した形でも有力そうな手段があって……この動画が詳しいんだけど。
神崎蘭子さんの将棋グリモワール 第8局《城ヶ崎美嘉の夢》 - ニコニコ動画
さっき触れた金を吊り上げる展開のときに、
いろんな駒が当たってるタイミングで▲6五桂が成立しそうなの。前例より1手早いタイミングで、△8八角成に▲5三桂成△同玉と王手で形を乱せるのね。
「ミナミ、ハダカです!」
……後手玉がね。
「それと、後手の金がカベになってます」
▲8七金と指せば桂跳ねまで一直線だから、これも先手が互角以上じゃないかな。
「△7六飛でも先手やれる」って認識が出てきたのが、大流行の始まりだね。
・青野流の現在
さて、青野流を止めてた△7六飛がダメとなると、後手は別の対策が必要になるんだけど……
「何がありますか?」
まだ定まってないんだよね。
「シト……?」
△7六飛の対策だけで後手は長い間やってきたから、これが崩れちゃうと新しい工夫が必要なの。青野流の攻めを完全に受けきるのは難しいし……。
先手からすれば「戦型を指定できて、互角以上に戦える」戦法になったわけで、みんなが採用するのも頷けるね。
「それで大流行、ですか」
勇気流が減った理由も、青野流の方に人が流れたって感じかな。
2つの戦型が同時に升田幸三賞を受賞したのも、一連の流れがあったからだよ。
まとめられるほど実戦例はないけど、後手の今の対策も少し見てみよっか。
・△5二玉・△4二銀型
先手は角を目標にしているから、後手は角交換で捌きたい。でも▲3二飛成が王手や詰めろで入っちゃうと無理筋になる。
だから、銀を中央に使って飛車成りの効果を軽くしたのがこの形。
「この瞬間だと、金を取った手が王手でも詰めろでもないですね」
角交換をして飛車を責める狙いだけど、後手の飛車も不安定な位置にあるのが懸念材料だね。
△3三銀から△4四角で気持ちよく飛車をイジメてるようでも、▲7七角の切り返しがあるから。
・△4二玉型中原囲い
3筋を玉で受け止める展開だね。
「ンー、普通は△4一玉ですね?」
うーん……すぐに違いは出ないけど……
先手は▲4五桂から5筋も狙ってるから、長い目でみると玉でそれを受けてるの。
前からある形ではあるけど、掘り下げる余地はあるかも。
後手は守勢に回って先手の飛車をいじめる、先手は攻めの糸口を探す展開になるね。
・△6二玉型
△5二玉や△4二玉型が多いけど、△6二玉と指す形もあるよ。
右辺が戦場になるのが目に見えてるから、最初から遠ざかる手だね。
△8二歩と先受けしたり、△8八角成から△3三金と上がったり……
実戦例が少ないから、よく分からないのが正直なところかな。
後手は様々な形を指して模索してる段階。先手からの変化球で▲9六歩(▲9七角の余地をつくる+端攻め)もあるし、力戦になりやすいのが今の青野流だね。
・まとめ
これまでの内容をまとめると、
・青野流は先手が主導権を握れる戦法
・後手の有力な対策が覆されて、大流行
・先手の攻めが続くかどうかが勝負のポイント
・力戦になりやすい
こんな感じかな。また時間が経ったら見解も変わってるかもしれないけどね。
「ンー、後手はタイヘン、です」
そうだね、今は「工夫する側」が後手になってるのは確かだよ。ちょっと前までは先手が工夫する側だったんだけどね。
横歩取りって後手の同意がないと成立しない戦型だから、「横歩取りにしない」というのも一つの青野流対策かも。その場合は角換わりをはじめとした他の戦型の後手を持たなきゃいけないから、苦労が消えるわけじゃないけどね。
というわけで、今回はここまで。ありがとうございました!
「バリショエ スパシーバ!ありがとうございました、ですね」
~~~~~
「ミナミ、横歩取り詳しいですね?」
激しい変化も多いから定跡になりやすいんだよね。勉強すればするだけ力になるから、私は好きかな。
「なるほど、アーニャもたくさん勉強しますね」
(後日)
荒木比奈
「美波さん、ひとつ聞きたいことがあるんスけど」
あら、比奈さん。何かありました?
「『ミナミは攻めも受けも激しいのが好き』って、アーニャちゃんから聞いたんでスよ」
あ!それは誤解で……
「夏コミの折り本のネタにしていいっスか?」
ダメー!
(了)
参考棋譜
順位戦 青野―谷川 戦(2002年7月4日)
王将戦 飯島―森内 戦(2012年8月29日)
・▲7七角型
竜王戦 羽生―小林 戦(2013年6月25日)
順位戦 井上―佐藤天 戦(2013年7月1日)
棋王戦 渡部―佐藤天 戦(2016年2月20日)
・▲7七桂型
新人王戦記念対局 都成―羽生 戦(2013年11月27日)
・△4二銀型
叡王戦 村山―飯島 戦(2018年8月3日)
竜王戦 三浦―深浦 戦(2018年7月30日)
・△4二玉型中原囲い
朝日杯 木村―八代 戦(2018年8月2日)
・△6二玉型
順位戦 増田―西尾 戦(2018年6月19日)
順位戦 藤井聡―西尾 戦(2018年7月31日)