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とある事務所の将棋紀行

将棋の好きなアイドルが好き勝手に語るみたいです。

新田美波の定跡解説  勇気流から広がる景色

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「ミナミ、ドーヴラエ ウートラ!」

…………。

「ミナミ?」

へ、アーニャちゃん!?ごめんね、ちょっと集中してて。

「ダイジョブ、ですね。でも、ミナミが悩んでるところ、珍しいです」

うん。ある形について質問されたんだけど、自分でも理解できてるか不安があって……。

「シト?ミナミが分からない形、ですか?」

これなんだけど……

 

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「ンー、不思議な形ですね」

『勇気流』って言われてるんだけどね、難しい変化が多くて。

「勇気…ですか?アーニャも気になります」

そうだよね。中途半端なままなのは、よくないかな。

 

アーニャちゃん、スケジュール空いてないかプロデューサーさんに聞いてみようか。

「!ミナミのレクツゥイア……やりますか?」

うん。挑戦してみる。まずは実戦例を集めて……

「どのくらい、集めますか?」

えーとね……

 

たくさん!

 

~数週間後~(事務所の一室にて)

 

それでは講義『勇気流について』始めます。よろしくお願いします。

「よろしくお願いします。ミナミのレクツゥイア、久しぶりですね?」

そうだね。前は…クリスマスだったかな。藤井システムがテーマだったよね。

「ダー、ミナミが、カツラを飛ばしてました!」

……アーニャちゃん、それは桂馬だよ。

 

最初に、勇気流って何の戦型か分かるかな?

「ンー、横歩取り…ですよね?」

そうだね、▲3四飛と横に動いて歩を取るから『横歩取り』。このあたりは、前にも触れたことがあったかな。

「ダー。でも、先手の飛車の位置がオカシイです。そこはアパースノスチ…キケンだと教わりました」

この戦法の一番の特徴はそこかな。飛車がここにいる理由や主張はもちろんあるから、順を追って説明していくね。

 

 

・青野流と勇気流(指された背景)

 

もともと勇気流が指される前によく似た形があったのね。『青野流』っていうんだけど……

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「アー、とてもそっくり…ですね」

横歩取りって普通『先手の1歩得 対 後手の手得』って構図でしょう?

先手は1歩取るかわりに、▲3六飛―▲2六飛と手数をかけて戻らないといけなかったわけ。後手に主導権がある将棋になるから、しばらく面倒を見ないといけないの。

「ダー。後手が先に攻める将棋だと、教わりました」

その通り……なんだけど、やっぱり先手としては面白くないの。だから「飛車を戻さないで▲3四飛のまま戦う」ことにすれば、1歩得したまま先攻できるのではないか。
これが青野流の狙い。ある意味欲張りな作戦かな。

「パニャートナ、でも…最近みたことないですね?」

攻めが続くことは分かってきたんだけど、後手が攻め合いを選んだときが大変で。
具体的には、△7六飛って手があるのね。後手も横歩を取る手なんだけど……

「どちらも、似た形です」

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次の狙いは△8八角成で、▲同銀は△7八飛成、▲同金は△7九飛成で将棋が終わっちゃうね。横歩取りではよく出る筋だから覚えておくといいかな。
対して後手は△3三角と△3一銀の形だから、飛車を成られる心配はないのね。

「パニャートナ、『損して得とれ』ですか?亜子が言ってました」

ことわざ通りかは難しいけど、形にもメリットとデメリットってあるから。

お互いに歩の損得がなくなって、手番は先手。でも、後手の低い形が攻め合いと相性がいいんだよね。
ここで△8八角成を受ける▲7七角と▲7七桂という手の両方が、先手苦戦気味とみられているかな。だから、この形はだんだんと指されなくなっていったの。

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(▲7七角に対する模範得演技。両取りが受からないので先手も▲2二歩から攻め合いにするが、△3三桂ー△4五桂の応援が効く)

これが、勇気流が指される前の話ね。

 

・勇気流

 

さて、勇気流なんだけど……大きな構想や狙いは青野流とほぼ同じ。
でも▲5八玉に換えて▲6八玉と上がるのが骨子となる一手だね。

「ンー、1マス、違うだけですね?」

重要なのは、さっきの青野流でみた△7六飛の局面ね。▲5八玉型だと△8八角成の先手だったけど、▲6八玉型だと……

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「プリクラースナ、玉が金を守ってます!」

そうなの。これなら△7六飛が先手にならないし、むしろ後手の飛車をいじめることができそうだね。
だから勇気流は、青野流の弱点を改善した作戦…ともとれるかな。

佐々木勇気五段が指し始めて、先手をもって連戦連勝。棋王戦では佐藤天彦名人を勇気流で破って、挑戦者決定戦まで勝ちあがったの。この活躍が注目を集めるようになったきっかけかな。

『勇気流』って名前が広まっていくのもこの頃だから……去年の12月くらいだね。とっても新しい戦法だよ。

 

「ミナミ、どうして勇気流は、これまで指されませんでしたか?」

んー、確かに▲6八玉でプラスになる部分はあるんだけど、横歩取りって8筋が戦場になるでしょう?わざわざ序盤に近づこうとする発想がなかったの。

あと青野流は攻め好きのスペシャリストしか採用しない戦法だったから、青野流が苦戦しても▲3六飛と引く普通の横歩取り指せばいい…って理由はあったかも。

「この形がトクベツ…ですか」

でも、指されてみると後手をもって咎めるのが難しかったんだよね。まだまだ結論が出ていない部分もあるけど、具体例をみていこうか。

「ダー!」

 

 ▲6八玉で後手の手番だけど、指し手は何通りかに分かれるの。ホワイトボートにまとめて書いておくね。

 

~ 勇気流 後手の応手 ~


・△2二角成―△2七角

……▲4九金が浮いているために生じた手。勇気流を咎めにいく

△2二銀―△8二飛(順不同)

……先手の攻めを抑える狙い。8筋からの反撃も含み

△8五飛

……次に△2五飛▲2八歩の手順を狙う。△8五飛と戻ることが多く手損が気になる

△7六飛
……それでも横歩を取る。実戦例は少ない。

 
~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

 
このぐらいかな。後手は△8六飛をどこかに動かすのだけど、その位置によって展開が決まってくるね。

「ミナミ、青野流だと△5二玉が…優秀でした。ここで指してはダメ、ですか?」

ダメ……かは難しいけれど、△5二玉型って右辺の守りを放棄して△7六飛の攻め合いが狙いなのね。だから▲6八玉型相手に指すと損になる変化が多いかな。

 

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(後手から早い仕掛けが難しく、△2二銀には▲4五桂がある)

 

すぐに△7六飛と取った実戦も△4一玉型だし、攻め合いというよりは他と同じく先手を抑える方針だったね。実戦例は少ないし、上手くいったかは微妙だったから……△7六飛と取りにいく手は、あまりオススメできないかな。

 

・△8八角成―△2七角

 

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角交換から△2七角が一番先に考えないといけない変化だね。▲6八玉型だから生じた手で、4九の金が浮いてるのを咎めにいったわけ。

「金がジョールカ…浮きますか?」

そう言う意味じゃなくて「誰にも守られていない駒」ってこと。青野流は玉が5八にいるから△2七角で金取りにはならないでしょう?

「キング…玉が真ん中にいると、バランスがいいですね」

これが後手良しだと、勇気流は成立しないって結論が出ちゃうから…大事な変化だね。

「先手は、どうすればいいですか?」

▲3八銀△4五角成として馬は作られちゃうんだけど、▲2四飛が巧い切り返しになるの。

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「……△2三歩と打つと?」

▲7七角が両取りで、『△4五角急戦』みたいな変化になるかな。そのときに先手の▲6八玉や▲3八銀が従来の定跡よりも得になってるから、これは先手良しだね。

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△1二馬と引いた実戦はあるけど▲7五角が追撃の一手。以下は先手は馬を好位置に引けるから、働きの差が大きいかな。結果も、先手の攻めが続いて勝ってるね。

 

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「馬を、ウマく使うんですね!」

……アーニャちゃん、また楓さんに教わったの?

「ダー!日本のジョーク、たくさんありました!」

(楓さんのダジャレはジョークなのかな…?)


今のところ勇気流に対して「後手がいっぺんに潰しにいく変化は上手くいかない」って感じかな。

だから後手の主な方針は「抑え込み」になるのね。

先手の攻め駒は飛車、角、桂、歩だけになりがちだから、隙を作らなければ飛車をイジメたり8筋から反撃してよくできるだろう……って構想。

対して先手は攻めを繋げる必要があるのだけど、佐々木五段曰く「相手の手に乗って捌く」振り飛車みたいな感覚がいるみたいだね。

「相手の手に?…どういうことでしょう」

 

・△2二銀―△8二飛

 

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例えば△2二銀―△8二飛は一番典型的な筋で、青野流でも抑え込む目的で一時期指されていたの。

先手は▲3七桂と一番強気で対応するのね。▲8三歩、▲8四歩と連打して一手かせいで、青野流の場合は先手の攻めが成功するのだけど……この局面、少し振り飛車の攻めみたいでしょう?左右は違うけどね。

「パニャートナ、なんとなく…似ていますね」

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(▲3七桂以下△8八角成▲同銀△3三銀▲8三歩△同飛▲8四歩△8二飛▲3五飛△8四飛▲6六角△8二飛▲4五桂  飛角桂がめいいっぱい働いている)

勇気流だと玉の位置の差でこの変化にはならないけれど、やっぱり「捌く」ことが重要になるの。恐れず、強気で前に出ていく将棋になるね。

成功例としては、羽生―深浦 戦があるかな。▲7五角から馬を作って、じっと▲5六馬が好手順。この後は竜も作って、二枚の圧力で攻め勝つの。

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(上の手順とほぼ同じで、▲6六角に換えて▲7五角。この馬を働かせていく)

「ハラショー!ミナミが押し倒しました!」

アーニャちゃん、「押しつぶす」と「攻め倒す」を混ぜちゃいけません!

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 (竜と馬で盤上を制圧、と金作りが受からず先手優勢)


もっとも、一直線の研究勝負になっちゃう形だから……その後は先手が避けていることが多いかな。水面下で「先手不利」の結論が出ていてもおかしくないと思う。

 

その後は▲3五飛から攻めを組み立てるのが主流になっているね。銀を上がって、桂を跳ねて……

 

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「ニチェボー、△2八角と打たれてしまいますね?」

うん。そう指した実戦もあるし、それが勇気流の威力を見せつけた棋王戦の佐々木勇ー佐藤天 戦だね。対策はちゃんとあって、先手はそこで▲3二飛成と切る!

「シト!?」

そして▲1八金と打つの。これで角が詰んでるよね。

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「パニャートナ。とても激しい手、です」

△3七角成▲同銀とした局面は駒の損得はほとんどないし、後手陣は薄くなっている。この後は▲2四歩から拠点を作って攻めていけるし、先手陣は飛車打ちに強いから。

この▲4九金・▲3八銀型の優秀性が、最近は見直されてきている気がするね。

「これ、美濃の形…ですね?」

うん。一手で完成する形だし、1段金で守りも堅い。大駒の打ち込みも少ないし、いざとなったら第二の囲いとして逃げ込む余地もある。

後手横歩△7二銀型も似たような意味があるし、角換わり▲4五桂速攻もこの形だね。

「美濃の形はクラシーヴィ…美しいです。」

弱点もあるけど、汎用性が高い形なのは間違いないね。
ただ、攻めに使う右銀まで囲いになっちゃうから……攻めを続けることが大変っていうのは、どの展開にも共通してるかな。

 

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戻って△8二飛の対策だけど、8筋に歩を打たないで、逆に攻めの起点にする指し方もあるよ。山崎流の応用みたい……って言っても分からないかな。菜々さんだったら喜んでくれそうだけどね。

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(上図以下△同飛▲2三歩△同銀▲同飛成△同金▲5六角 で両取りがかかった。△8七歩成はあるが、先手は右辺に逃げられる)

 △8六歩の垂らしは怖いけど、勇気流だと▲8四歩や▲8五歩で受かってることも多いから、覚えておいて損はないかも。他には△8七歩成を許しても攻め合いにして、▲5八玉から早逃げした実戦もあるね。

新しい対局だと棋聖戦挑戦者決定戦 糸谷ー斎藤 戦で、▲2五飛から飛車を引いて2筋攻めを見せる構想も指されているし……

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(2筋に拠点をつくる。この後、角交換から▲2三角と打つ展開に)

あの手この手で、攻めのきっかけを作りにいくのが勇気流の特徴だね。

 

・△8五飛

 

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△8五飛と引く手も有力な対策だよ。▲3六歩に△2五飛▲2八歩と打たせるのが狙い。こうすれば先手が2筋に歩を使って攻めることができなくなるから。

「先手の攻めが、制限されますね」

でも歩を打たせた以上の働きを2筋でするのは難しいから、△8五飛と戻ることになるの。この飛車移動で2手かかるのね。

抑え込むために△8二飛とさらに引いて、△4四歩とゆっくり指そうとした実戦が佐々木勇気中座真 戦なんだけど…

 

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▲4六歩が攻めを継続する一手。▲4五歩から飛車交換に成功して、これで抑え込まれる心配がなくなったの。先手の作戦勝ちになって、後はゆっくり2筋の歩を伸ばして快勝!

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(後手は8筋から反撃を試みるも、▲8四歩~▲4五歩~▲4四飛で飛車交換に成功。こうなると、先手陣のスキのなさが活きてくる)

「このファイル…筋を突くの、珍しいです」

この▲4六歩を突きやすいのも勇気流の長所かな。▲5八玉型だと玉のコビンを開けちゃうことになるからね。

後手としては、先手に捌く余地を与えない指し回しが必要なんだけど……。先手の駒が伸びてきちゃうから、とても神経を使う展開になりそうだね。


勇気流は横歩取りの中でも『先手に選択肢がある』戦法だから、横歩取りに誘導した後手に対して主導権を渡さないで済む点が魅力かな。

他の形はどうしても、後手の飛車の位置や囲い、端歩の位置をみながら先手が細かく対応して受けていく将棋になるからね。

「ヴァチモア…どうして勇気流は、たくさん指されないのですか?」

いままで話してきたように佐々木五段は先手をもって高勝率を挙げているのだけど……他の棋士はまちまちなんだよね。

「優秀なのに?」

先手が攻勢を取ることはできるけど、繋がるかどうかギリギリの攻めをずっと繰り出さないといけないから。
少しでも緩めば凌がれちゃうし、8筋や5筋の弱点を上手く対処しながら指し回す必要があるの。

佐々木勇気五段はもともと鋭い攻めが得意な棋風で、この戦型との相性がよかったことが大きいかな。藤井システムを一番指しこなせるのが藤井九段なのと同じようにね。

 

最新型ゆえに分かってないところも多いけど、それ以外にひとつ、悩ましいのは……

「シト―?悩み、ありますか?」

新しい形な上に、採用する棋士も実戦例も多くなくて……まとめられた本が出てないんだよね。

「アー、ミナミがまとめてくれましたね!だからダイジョブです!」

……これでも、入り口の少しだけしか解説できてないよ。
手順の組み合わせが多くて力戦調の将棋になるから、そこは好みが分かれる将棋になるね。

 

 

上手くできたか分からないけど、こんな感じかな。

「ハラショー!1マスの違いで…違った景色、広がってました」

横歩取りは長年指されてきた戦型。でも、こんな序盤に可能性が眠っていたなんて……みんな、ずっと気がつかなかったの。
それを形にした佐々木五勇気五段はすごいと思うし、将棋について分かっていることってごく僅かなんだとも思うよ。

「だから、みんな惹かれますね?たくさんの世界を観るのがプリヤートナ…楽しい、です」

そうだね。分からないから、将棋って面白いんだと思う。

 

 

今回はここまでにします。ありがとうございました!

「スパシーバ!ありがとうございました、ですね」

 

 

 

 

「そういえば、企画書に別の案が書いてありましたね」

え、いつも通り教えるんじゃなくて?どんなのだろ……

『山手線のTシャツを着てジェンガをする』

…………。

「ミナミ、これ、どういうことですか?」

 

 
ある意味、これも勇気流……かな。

 

 

(了)

 

 

参考対局

 

青野流

第41期棋王戦 第2局 渡辺―佐藤天 戦(16年2月20日)

勇気流(初公式戦)

第10回朝日杯 佐々木勇―瀬川 戦(15年8月18日)

△2七角型

順位戦C級2組 岡崎―瀬川 戦 (17年1月14日)

△2二銀―△8二飛型

第66期王将戦 羽生―深浦 戦(16年10月8日)

第10回朝日杯 佐々木勇―橋本 戦(16年12月10日)

第42期棋王戦 佐々木勇―佐藤天 戦(16年12月9日)

第58期王位戦予選 佐々木勇―中村太 戦(16年12月26日)

第58期王位戦挑決リーグ 佐々木勇―豊島 戦(17年2月24)

第88期棋聖戦 糸谷―斎藤 戦(17年4月25日)

△8五飛型

第65期王座戦 佐々木勇―中座真 戦(16年11月18日)

第75期順位戦 行方―稲葉戦(17年1月11日)

第10回朝日杯 行方―佐藤天 戦(17年1月14日)

△7六飛型

第75期順位戦 行方―広瀬 戦(17年2月1日)

二宮飛鳥と観るセカイ  偶像の再構築

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やあ、待っていたよ。ようこそ、ボクらの約束の場所へ。

フフッ、君が思うように、ここはそんな大げさな場所じゃない。電子の連なりが生みだした僅かな空間さ。それ以上でも、それ以下でもないさ。
でも、そんなことはどうだっていい。大事なのは君がこの空間を見ていること、それだけなのだからね。
本来なら、こういった仕事はボクではなく他のアイドル達が担当するはずなのだけど…みんな忙しいみたいでね。こうして案内を務めることになったのさ。よろしくお願いするよ。


さて、今回の内容だが……ボクは解説が上手いわけでも、情熱がこもった観戦記が書けるわけでもない。だから、ボクはボクなりのやり方でこの空間に色をつけるとしよう。

 

これから語るのは、すでに幕が引かれてしまったセカイ。

皆の記憶からは少しずつだが風化してしまっている、あのシリーズを振り返ってみようと思う。
普通は1局ごとに解説するのが筋というものだろうが…、この番勝負に関しては一つの流れで観測してこそ、初めて見えてくるものもあると思うんだ。

さぁ、そろそろ始めようか。これから観てもらうのは恐ろしく深く、難しく、美しい激闘の記録だよ。

 

 

第60期王座戦 渡辺明王座 対 羽生善治棋聖、王位

 

もう、5年以上前のことになるのか。皆の記憶が薄れるのもうなずける。

少しばかり、背景をなぞっておこうか。

羽生王座が『無敵王座』として君臨し続けたことはあまりにも有名だね。19期連続の在位は、破られるイメージすら湧かない大記録さ。
ボクが生まれる前から王座だったわけで、その長さは想像することさえも容易じゃない。王座を奪取した相手が福崎文吾九段…と言っても、ピンとくる人は少ないと思うよ。
うちの事務所でも、よく知ってる人は少ないだろう。川島さんや、菜々さんくらいかな……?それくらい昔の話さ。
6年連続ストレート防衛、19連勝……途方もない数字と共に、無敵王座・羽生善治という偶像は強固なものになっていた。

でも、記録はいつか止まるもの…という言葉もまた真理さ。第59期王座戦では渡辺竜王を相手に3連敗で失冠。連勝記録どころか、連覇まで止まってしまったわけだ。
このとき羽生さんは既に40代。春に名人を失冠し、この王座戦で2冠にまで後退した。

「世代交代の波が来ているのではないか」……そんな言葉すら囁かれる事態になっていたね。まぁ星に少し黒が混じっただけで「羽生衰えた」などと言われてしまう人だから、それ自体はさして気にすることではないのだけどね。
そもそも、二冠で「衰えた」とはどこに基準をもって語っているのだろうね?


ファンからすれば「羽生王座」という肩書はとても大きなもので、その偶像が瓦解した衝撃は非常に大きかったわけさ。

 

ここまでが第59期王座戦、つまり1年前の話だね。普通ならここでセカイが収束して、新たなセカイが幕を開けるのだろうけれど……彼の場合はその「普通」が通用しなかった。

王座を失冠した次の期、第60期の挑戦者決定トーナメントを駆け上がったんだよ。
まるで当然のように勝ち進み、挑戦を決め、舞台に戻ってきた。
一度途切れたはずのセカイが再びつながって、このシリーズがある……というわけさ

それでは、ボクごときの前置きは終わりにしてセカイを観ようじゃないか。

 

 

第1局 (2012年8月29日)

 

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振り駒で先手が羽生さんに決まったのだけれど、戦型は後手の急戦矢倉。

かの竜王戦で新手を出したあの形さ。細かな事は別のセカイだから語らないが、渡辺王座の用意の作戦であったことは間違いない。

優位を築いたのは羽生さんだったのだけれど、頑強に抵抗する後手に対してミスをしてしまう。そして、勝ったのは渡辺さんだった。

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(ここで▲2二歩成ー▲3二とを利かせてから▲4五銀と出るべきだった。本譜は単に▲4五銀だったから形勢が入れ替わったそうだ)

これで前期合わせて4連敗。当時は「ストレート負けの悪夢再び…」という嫌な雰囲気もあったみたいだね。

『無敵王座』の偶像はほぼ消えかかった、とも言えるかな。

 (投了図)

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少しばかり盛り上がりに欠けたまま第2局へと進むのだけど……もし凡局が続くようだったら、ボクはこのシリーズを語ろうとも思わなかっただろうね。

ここから、セカイが色を変える。

 

 

第2局(2012年9月5日)

 

このシリーズで名局賞を受賞したのは第4局(千日手、指し直し含む)なのは周知の通りだが、ボクはこの第2局こそがシリーズの白眉だと思っているよ。

羽生善治その人のセカイが、ここに表れていると感じるんだ。

ここで負ければカド番になる。先手番を落とした羽生さんは苦しいのではないか。そんな中で始まった第2局だったのだけど、4手目から衝撃が走った。

羽生さんは飛車を持って……△4二飛。

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角交換四間飛車。これが後手番になった羽生さんの選択だったわけだ。
指し手自体はあり得る手だし、単に裏芸……ということならばまだ分かるのだけどね。
この一手の裏側には、シリーズとはまた違う場所に物語があるんだ。

王座戦の少し前に、羽生さんは王位戦を戦って防衛していた。
相手は藤井猛九段。そして挑戦の原動力となった戦法こそが、角交換四間飛車だったというわけさ。(藤井システムも健在だったことも記しておこう)
王位戦では角交換四間が3局現れたのだけど、羽生さんは全ての対局で作戦負けをしている。
うち完封負けが1局、完封未遂が1局あった。あの羽生さんがだ。

その優秀性を嫌というほど感じたであろう羽生さんは防衛を決めてすぐ、この第2局で採用したというわけさ。負ければ後がない大勝負で、ね。
ファンも控室も、序盤から盛り上がったわけを理解ってもらえたと思う。

でも、ボクこと二宮飛鳥が二宮飛鳥でしかないように、藤井猛藤井猛羽生善治羽生善治でしかない。角交換四間飛車の優秀性は、藤井九段の卓越した序盤感覚があってこそ輝くものだったんだ。

つまるところ……羽生さんは作戦負けに陥った。

 

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当時は向かい飛車に振りなおして展開するのが主流だったのだけど、早い段階で△4四歩と突いたのが後手の工夫だね。王位戦でも一局、似たような将棋があったから参考にしたみたいだ。
しかし先手の陣形に隙がなく、囲い合いになってしまった。

後手は打開が難しい。対して先手は5筋位取りが秀逸な構想で、手詰まりを打開できる権利がある。

無理攻めしても負けるだろうし、隙を作れば突破されて負ける。

希望の光が全く見えないような状況の中、羽生さんは玉を動かした。

△9二玉

そして…戻した。△8二玉。

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分かってもらえると思うが、この手に価値はないと言っていい。2手損でしかない。先手はいくらでも陣形を整備して攻勢を取ることができるのに、後手の陣形はそのままだ。自ら動いても負けを早めるから、作戦負けを認めてひたすら玉が往復する。「一人千日手」なんて呼ばれたね。

陣形を崩さず待つこと7回連続の玉移動。後に△8二玉と戻るから、計8手損だね。「玉の早逃げ八手の得」なんて古い言葉があるけれど、八手の損が最善とみた感覚は恐ろしいという他ないよ。

先手も同じように待てば千日手だけど、これで千日手に応じる棋士は……おそらくいないんじゃないかな。穴熊に組み替えて攻撃陣を整え、満を持して開戦した。

この対局を観測してた誰もが先手大優勢だと思ったよ。少なくとも、対局者以外はね。


穴熊という囲いは、攻めが続けば無敵だ。なんといっても王手が掛からないのだから詰まされる可能性すら生じない。だからこそ対穴熊側は、「穴熊が勝利する条件」を徹底して崩す必要がある。
ここからの後手の指し回しは穴熊に対する模範演技と言えるだろう。

自陣角を放って隙を作らず、端攻めで先手玉を薄くする。
僅かな隙を突いて焦らせ、攻めを誘い、反動で薄くした玉を仕留める。

要約するとこんな感じだが、これほど現実離れした文章もそうそうないね。誰もがそうやって指せるなら「穴熊の暴力」なんて言葉は生まれないし、そもそもこんなに流行しているわけがないじゃないか。

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(端攻めに対して9六の歩を取った一手だが、これ以降は先手良くなる変化が見つからなかったそうだ。△4三角が端を睨んでいるのも大きいね)

この企画のために、棋譜を確認したのだけど……改めて見ても、訳が理解からない。
最善の手をもって応じなければ、一手で崩壊する…そんな綱渡りの将棋を、羽生さんは見事に渡り切った。

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本局はこのシリーズ……いや、この後の王座戦史にまで、大きな影響を与えた一局じゃないかな。

ここから、明らかに流れが変わる。


第3局(2012年9月19日)

第3局は、またしても後手急戦矢倉。まだ先手▲4六銀・3七桂戦法が猛威を振るっていた時期だから、後手が変化するのも理解はできるけどね。

この将棋は…申し訳ないが、的確に表現する言葉が見つからない。
「中盤すぐに銀桂交換を受け入れて、入手した桂1枚で崩し、攻め勝つ」

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(ここで取った桂を…)

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(ここに設置した。急所という意味なのだろうが…)

……これは、将棋なのかい?少なくとも、ボクが識っている将棋とは、何か違うような感覚すらあったよ。

第2局以降の羽生さんは、一貫して「分からない」んだ。理解することすら許してくれない、まさに羽生マジックだね。いや……種すら見えてこないのだから、マジックという言葉すら相応しくないのか。ボクの語彙にも限界はあるからね……「羽生サイキック」という語を引用させてもらうことにするよ。

 

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この将棋は構想の段階で勝負がついてしまったようだった。……いや、難しい応酬は確かにあったのだけど、気がついたら勝負がついていた。そんな感じだったよ。

そしていつの間にか、羽生挑戦者の2連勝。「強い羽生善治」という偶像が、ふたたび形作られようとしていた。

ゆっくりと静かに、しかし確かな熱を帯びていく中……あの第4局は始まった。

 

 

第4局(2012年10月3日)

 

ここで羽生さんが勝てば奪取、負ければ最終局にもつれ込む。しかし後手番。

当時は先手矢倉▲4六銀・3七桂や、角換わり先後同型富岡流といった形が研究されていた頃で、相居飛車は先手が指しやすい展開になりがちだった。横歩取りも△8五飛戦法の対策が充実してきていて……今の△8四飛型が広まるのは、もう少し後のことだからね。

 だからこそ、第2局の4手目△4二飛は指す価値のある手だったわけだが……本局は2手目に作戦が決まった。

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△3二飛

振り飛車、しかも珍しい2手目△3二飛戦法。
重要な一局で、どうしてこうも違ったセカイを覗けるのだろうね?

乱戦含みの手だが、そこは先手の選択だ。堅実な戦いを好む渡辺王座は踏み込まず持久戦模様になった。ノーマル三間飛車と違って角道が通っているから、先手は穴熊を避けて左美濃に。それを見てから後手は角道を止めた。穴熊でなければ景色はかなり異なってくるからね。
このあたりの応酬も非常に興味深いところなのだけど……ボクよりも相応しい人に任せるべき領域だし、本筋から話が逸れてしまうから先に進むとしよう。

 

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中盤に入ろうとしているこの局面、実は前例があるんだ。20年以上前に、だけどね。村山聖河口俊彦 戦……この名前だけでも、どれだけ昔なのかを理解ってもらえるかもしれない。余談だが、本局の観戦記を書いていたのは河口俊彦七段(当時)だった。戦型は偶然だろうけど……巡りあわせとは不思議なものだね。

もちろん当時は2手目△3二飛戦法はなかった。別の序盤からこの局面に合流したんだよ。ノーマル四間飛車左美濃の定跡らしいが、一部の振り飛車党や菜々さんだったら詳しいかもしれないね。
ボクは詳しくないけど、藤井システムによって姿を消した局面らしい。

後手は2筋に振り直したから四間と三間の差異が消失したわけだが……最前線の将棋がいつの間にか昔の形に合流するというのは、なかなか興味深い話だと思わないかい?

まるでメビウスの輪の中にいるようだ。実のところ将棋がどんな構造をしているのかは、人間には理解できない次元の話なのだろうがね。

この将棋は盤の左側……つまり玉頭戦になることが多いみたいだ。互いに難解な駆け引きの応酬が続くのだけど、先手玉の方が堅い。控室の検討は次第に「先手良し」へ傾き、最終盤に突入した。

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様々な場で語られたこの局面、先手は手数計算がしやすいんだ。後手玉は▲8三飛からの詰めろ。先手玉は詰めろでないどころか、王手を掛けてしのぐ空間すらない。だから先手が負ける要素がないとみられていたんだ。

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そんな中、4分の考慮で指されたのが△6六銀。一手で示せる「羽生マジック」としては、トップクラスに有名だろうね。それだけの勝負手であり、絶妙手だ。

後手玉は▲6六桂と打って詰む変化だから、その地点をあらかじめ塞いでおく意味がある。そして、△8八角成▲同玉△7七銀成からの詰めろにもなっている。いわゆる「詰めろ逃れの詰めろ」なのだけど、互いの玉から離れた位置、しかも歩の頭に持ち駒の銀を打つ…そんなパターンは見たことがない。

これで、互いの玉に対する速度が入れ替わった。▲7八銀上で詰めろは防げるが、受けただけなので難解な勝負になる。先手は残り時間が10分。7分考えたが、▲同歩と取るよりなかった。そして△8九金から千日手が成立。深夜の指し直しが決まった。

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この千日手局だけでも語る人が語れば終わりが見えなくなるであろう、それだけ密度の濃い内容。しかし重要なのは、「△6六銀で千日手」ということだ。終盤どう見ても先手が勝つであろう局面から、死角を突くような一手で千日手に持ち込まれる。単に後手番に回る以上のダメージがあったことは間違いないね。

実は先の局面、△7一金と打っても千日手の可能性はあった。でも勝つ可能性でいえば△6六銀の方がはるかに大きい。
羽生善治」を象徴するような一手であり、だからこそみんなの印象に強く残ったと言えるだろう。それは「厳密にこれが最善手か否か」という問題とは少し違う位置に在る話さ。

 

 

指し直し局

 

30分の間をおいて、22時39分に指し直し局が開始された。
「指し直しに名局なし」という言葉があるのだけど、飛躍した文章に見えて、そこまで的外れではない。深夜に指し直した場合、多くは疲労や興奮で将棋が荒くなりすいんだ。
でも「普通」や「多く」といった語が通用しないシリーズなのは、もう理解ってもらえたと思う。

 

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戦型は矢倉、「銀損定跡」と言われる形になった。中盤に入ってすぐ銀損するという理不尽とも思える作戦だが、先手は攻めを継続できる。
そして先手を持つのは攻めの得意な羽生さんだ。流れるような手順で後手の防衛線を破り、迫っていく。

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(△2八角の飛車取りを無視して▲3三歩。以降も飛車取りを手抜き続け、△1八角成と取らせたのが13手先、既に先手の攻めが切れない局面になっていた)


後手も玉を逃がしながら先手陣を崩しにかかるが、このときの羽生さんはあまりにも強かった。

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この局面、先手玉も相当に薄くなって攻め合いは危ない筋がたくさんあるのだが、ここで……

 

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矢倉を再構築した。これで攻めに専念できる。

その後、いくばくかして先手の勝利、羽生挑戦者が王座を奪還した。

終局は翌日の午前2時2分。9時開始だから、17時間かかったわけだ。それだけの時間、これだけの指し手を紡ぐことができるというのは…尊敬に値するよ。

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この第4局は千日手局、指し直し局ともに名局賞を受賞しているね。内容も結果も、それにふさわしいものだろう。
でも、少なくともボクは一つの賞以上にこのシリーズ全体が……とても大きな意味があった、と思っているよ。

羽生善治という偶像が復活し、より強固なものへ変わっていく過程が、ここに在ったのだ……とね。

 

 

いくぶん長くなってしまったが…どうだったかな?

本来なら1局ごとに区切って観戦記を書くものだが、こうして順に追いかけていくと大きな流れのようなものが見えてきたりするものさ。特にこのシリーズは前期の失冠や直前の王位戦といった要素も多分に影響している。だからこそ、こんな形で紹介させてもらったよ。

棋士の世界は、狭い。同じ顔触れが何年も戦っていくことになるし、同時並行で行われる他の棋戦の影響を大きく受けたりする。いろいろな積み重ねの上に、その一局はあるんだよ。

このシリーズというセカイは完結したけど、ここ以外の場所にも様々な物語が在ることは想像に難くないだろう。

 

最新型の研究や対局が重視される昨今だが、過去の棋譜だって同じくらい大切なものだとボクは考えているよ。
流行や研究は移ろいゆくものだし、結論めいたものが出てしまって指されない形も沢山ある。でも、棋譜の価値がなくなったわけじゃない。棋譜は勝負の一瞬を切り取って、ずっと宝石のような輝きを放ち続けている。
ただ時が経つにつれ、人々がその宝石から遠ざかっていくだけなのさ。


ボクは観測者として、その輝きを届けることができればそれでいい。

 

 

さて…これからは、どんなセカイが紡がれていくのだろうね?
そんな期待を少しだけ抱きながら、筆を置くことにするよ。


また会うことがあったらいずれ……運命の交差点で。

(終焉)

安部菜々の動画解説  勝負の世界

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はい、みなさんウーサミン♪キャハ☆

ということで、今日の企画はウサミンこと安部菜々がお送りします!

いつもは思い出話に花を咲かせながらいろいろしゃべっていくんですけど、いつもとは少し趣向が違うみたいですね。

というわけで、こちらが今回の企画ですっ!

 

 

www.nicovideo.jp

対局の棋譜は、こっちですね。

アイドル日誌 候補生リーグ17回戦 安部菜々ー前川みく戦 | Shogi.io(将棋アイオー)

アイドル日誌 候補生リーグ18回戦 渋谷凛ー安部菜々戦 | Shogi.io(将棋アイオー)

 あ、18回戦の方は、動画の方を観てから覗いた方がいいと思います。ネタバレはダメですからね!

 

いつもの感じではなくて、マジメなお話です。

この話、かなり手は加えられていますけど大元になる実話がありまして……平成7年度、後期三段リーグですね。『将棋の子』(大崎善男 著)にも載っていて、ファンの間では有名です。

奨励会の昇段システムは年代によって変わっていて、大きな流れでみると東西リーグからの決戦、勝ち星昇段、三段リーグと移ってきました。羽生世代は勝ち星昇段と三段リーグギリギリの年代ですね。羽生さんや佐藤さんは勝ち星昇段で、先崎九段は三段リーグ1期にて昇段しています。

三段リーグは半年に1回、上位2人が昇段するシステムになっていますが、年齢制限があります。中座真三段(当時)は26歳。勝ち越せば満29歳まで在籍することはできますけど、この規定を利用せずに「昇段できなければ奨励会退会」を決めていました。そして、最終日。

4番手だった中座三段は第17回戦で勝ち、この時点で自力(勝てば昇段)になります。

 

 (1) 堀口一史座(21)・・・13勝4敗(昇段確定)

    (6) 中座真(26)・・・12勝5敗

    (14)野月浩貴(22)・・・12勝5敗

    (23)藤内忍(21)・・・12勝5敗

    (3) 木村一基(22)・・・11勝6敗

 (11)今泉健司(22)・・・11勝6敗

 

しかし最終戦、今泉三段に完敗してしまいます。12勝6敗で三段リーグを終えました。

本人も退会を覚悟していたのですが、「勝てば昇段」の圏内にいる3人が揃って負けるという事態になり、『奇跡の昇段』となったんです。

 

 昇(1)堀口一史座(21)・・・14勝4敗

    昇(6) 中座真(26)・・・12勝6敗

(11)今泉健司(22)・・・12勝6敗

    (14)野月浩貴(22)・・・12勝6敗

    (23)藤内忍(21)・・・12勝6敗

     (3)木村一基(22)・・・11勝7敗

  

終結果はこの通り。中座さん以下5人は「あと1勝で昇段」の状況になっていました。その白星一つ、前期順位の差が大きく影響したわけです。

「首にロープをかけられたまま将棋を指すのが三段リーグ」と将棋世界で中座さんが述べています。それくらい、厳しい場所なんですね。

何も気にすることなく、普段通りに指せたなら…昇段候補が揃って連敗することはめったにないでしょう。でもこの勝負には、自分の人生すらかかっています。だからこそ、こういったドラマが起こった…とも言えますね。それがいいことだとは言えません。中座さんからみれば奇跡ですけど、他の競争相手からみたら悪夢のような出来事でしょう。

この後、四段昇段を勝ち取った方もいます(野月さん、木村さんは有名棋士ですよね)。そして、奨励会を去った方もいます。今泉さんは年齢制限を迎え奨励会を退会、しかし編入試験を受けてプロ棋士となりました。これも有名な話です。

 

星一つの、計り知れない重み。これは王位戦のときも少し話しましたし、棋士になっても変わりません。

でも…春と秋の三段リーグが終わる頃には、どうしても考えてしまう話でもあります。

 

勝負は残酷で…でもどこか美しくて、そこに惹かれてしまうのだから、困ったものですね。

 というわけで、今日の真面目なお話はここまでにします。ありがとうございました!

みなさーん、動画や棋譜も観ていってくださいね!

 

 

 

そういえば、「どうしてナナでこの話を企画したんですか?」と聞いてみたら、プロデューサーさんに目を逸らされたんですけど…。

 

ナナは永遠の17歳ですっ!

 

 

(了)

 

高垣楓の徒然観戦  私の願いなんて

 

 本局は、あってはいけないものでした。


 あまりにも唐突に始まった4ヶ月は、闇のような日々で。
 ここに詳しく書くつもりはありませんが、これだけは何度繰り返してもいいでしょう

 

 三浦九段は、無実でした。冤罪でした。

 だから、対局に戻ってきました。

 

 言葉というのは恐ろしいもので、取り返しのつかない失敗を犯すこともあります。ですから、この一局を書いていいものか…という迷いは今もあるんです。

 それでも、この将棋は、残したいと思いました。無かったことにしたくないと思いました。

 そんなわがままな…あってはいけない観戦記です。

 

2017年2月13日
第30期竜王戦1組ランキング戦

羽生善治三冠ー三浦弘行九段 戦


 朝から、対局室にはたくさんの報道陣が集まっていました。ニュースでも流れましたけど…いつものような気持ちではいられませんでしたね。言葉も見つからないまま、ただ黙って観ていました。

 駒に触れたのが1週間前…この空白は、あまりにも大きく重いものです。
そしてこれだけ騒がれる対局は、相手にも負担が掛かることは避けられません。

どちらが勝っても、割に合わない…そんな考えすら頭をよぎりました。

 

 対局相手は、羽生善治三冠。いつもはカメラを向けられる側に座っている方ですが、本局は後ろに報道陣が押しかけていました。

 初手、▲7六歩。

 

 そして2手目、2分間の考慮。
 それはとても長く、重いもので。

 △8四歩が指され、ゆっくりと戦いが幕を明けました。

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 昼食休憩


▲7六歩    △8四歩    ▲6八銀    △3四歩    ▲7七銀    △6二銀
▲5六歩    △5二金右  ▲4八銀    △3二銀    ▲2六歩    △5四歩
▲5八金右  △5三銀    ▲2五歩    △4二玉    ▲7九角    △3一玉
▲7八金    △7四歩    ▲3六歩    △7三桂    ▲3五歩    △同 歩
▲同 角    △6四歩 (下図)

 序盤の駒組みが一通り終わったところで、昼食休憩になりました。
 最近観る形に近いような…それでいて微妙に違う形です。こういった僅かな形の違いを言葉にするのは、「将棋が指せる」こととは少し異なる能力です。

 ということで、美波ちゃんに解説をお願いしてみました。
いつもお願いしてばかりなので、苦笑されるかな…と思ったのですが

「『初級者向け』『中級者向け』『有段者向け』でいいですか?」

 逆に提案されたのは、少し意外でしたね。

 

美波ちゃん解説

 

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『初級者向け』

 戦型は矢倉戦ですね。後手が左美濃囲いにして、急戦を狙っています。
 飛車、角、桂を使って先手陣を攻めることが目的です。最近は増えている指し方で、美濃囲いの堅さを活かして攻めに専念できることが大きいですね。

 ただ、微妙な形の違いがあって前例はありません。

 
『中級者向け』

 居角左美濃…と呼ばれる形に近いですが、5手目が▲6六歩ではなく▲7七銀に対する急戦なので実戦は少ないです。後手の工夫は、主に

・5筋を突いていること

・8筋を保留していること

 です。このあと△8五歩ともできますし、桂を跳ねる余裕もあります。

 対して先手は居玉です。『居玉は避けよ』と言われますが本局は6~8筋で戦いが起きることは明白なので、囲いに行くと戦場に近づいてしまいます。なので保留して、他の駒に手をかけているわけですね。

 
『有段者向け』

 5筋を突いた左美濃急戦は昔からある形ですが、▲7七銀型に対して居角左美濃の発想や8筋の保留を組み合わせたのが三浦九段の工夫です。

 対して先手が3筋の交換を急いだところが重要で、この形でも3筋は後手陣の、美濃囲いの急所になります。▲3七桂、▲3八飛、▲3三歩や▲3四歩などで攻め合いの形に持ち込む構想でしょう。

 「速度計算がしやすい」という左美濃の優位性を削りにいっている、とも言えます。

 ただ居玉なので、今後は先手が神経を使う展開になることは間違いありません。

 

 解説を終えたあと、美波ちゃんは大きく息をつきました。
 いつも真面目なことに変わりはありませんけど、今日は少し力んでいるような印象で…大丈夫かと、負担になっていないかと声をかけたんです。

 美波ちゃんは苦笑しましたけど、返答は力強いものでした。

「いろいろ、考えてしまうことはあります。でも…指すべき人が、指しているんです。私にできることは、いつも通りに解説して伝えることです」

 その迷いなく毅然とした口調に、返す言葉もなくて。

 こういったとき普段通りに努めるというのは大切で…とても難しいことだと、痛感しました。

 

 

 午後

 

 日がゆっくりと傾き始めます。……形勢の方も、少しずつ傾き始めたみたいです。

「流れは後手ですねぇ」

 継ぎ盤を挟んで、菜々ちゃんが呟きます。

「2歩持ったところまでは先手まずますでしょうけど、▲2六角がぼやけたような…いや、5筋を突いてますから、引きたくなるのも分かるんです。7筋攻めを絡めて、相当な迫力になりますから」

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 ▲2四歩    △同 歩    ▲同 角    △2三歩 ▲1五角    △1四歩   
 ▲2六角

 一手一手、噛みしめるように駒を動かしていきます。

「でも、△5五歩からの手順は後手が一本取った気がしますよ。先手が受けるのは仕方ないですし、▲6七金左も羽生さんらしいですけど…△5二飛で先手の狙いを逆用されてしまった流れです」

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△5五歩    ▲6六歩    △5六歩 ▲6七金左  △6三金    ▲7五歩   
△5二飛    ▲7四歩    △8五桂

 ここまではっきりと言う菜々さんも少し意外でしたけど、それくらい先手がまとめるのは厳しい局面ですね。美濃は堅いですし、居玉を直接狙われている先手が大変なことは間違いありません。

 △8五桂に、羽生三冠の手が止まりました。先手を持って何を指すのか、手が見えません。

 継ぎ盤が止まると、自然と無言になってしまいます。話題が見つからなくて…ダジャレを言えるような雰囲気でもありませんでしたし。

 

「少し、昔の話もしましょうか」

 空いた時間と沈黙をを埋めるように、菜々さんの話が始まりました。

「三浦九段は、局地戦に強い方です。何度か話題になっているA級順位戦の双玉の終盤戦はあまりにも有名ですけど、ナナは名人戦第二局が強烈に印象に残っていますねぇ」

 継ぎ盤を崩して、スラスラと並べていきます。横歩取り△8五飛、新山崎流…何度か見たことのある局面です。

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「ここが1日目の封じ手だったんですけど…▲3九金と指すのが自然なんですね。でもそれは三浦九段のワナで、頓死するんです!」

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▲3九金    △1九飛成  ▲5三桂成  △5二香    ▲6二成桂  △3九龍(上図)
▲同 銀    △5八金    ▲同 玉    △5七角成  ▲5九玉    △5八馬(下図)

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 あまりにも鮮やかな…中央の一発で、先手玉が詰む変化。
 順位戦もそうですが、恐ろしいほどに深く、正確な読みと研究です。

 
 棋譜を並べながら語る菜々さんの顔は嬉しそうで。

 ……でも、並べ終わると少しずつ、顔が曇っていきました。

「昔から、こういった計算は誰よりも強い方です。本局で羽生さん相手にここまで押し込んでいるのも、それは三浦九段の実力です」

 うつむいた後、笑みを作りながら続けてくれました。

 「ただ、この対局には続きがあってですね…先手の羽生名人はこのワナを看破して、▲5三桂成と激しく攻め合ったんです。そして結果は先手勝ち。その手順は定跡にもなって結論を導く土台になりました。羽生さんが羽生さんたるゆえんでしょうねぇ。

 どんなに研究してもその先があって、お互いにたった一人で向き合うんです。この勝負だって……」

 少しだけ、菜々さんの瞳が揺れて…間が空きます。

 

「盤の前に座したその瞬間は、対等です。対等でなければいけません。

それが…将棋の素晴らしく、残酷なところなんですよ」

 

 その笑みは、少しだけ痛々しく見えました。

 

 

 夜

 

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▲7六銀    △7七歩    ▲8六歩    △7八歩成  ▲8五歩    △4四銀
▲5三歩    △同 飛    ▲7三歩成  △同 金    ▲3三歩    △同 桂
▲3四歩    △4五桂    ▲4六歩 (途中図) △5七歩成  ▲同 銀    △同桂成
▲同金上    △5八歩    ▲同 玉    △2五銀    ▲5九角    △3四銀
▲2六桂 (図)

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 夕食休憩が過ぎて日が暮れても、戦いは続きます。
形勢がだんだん分からなくなってきて、局面が混沌としてきて…。

 おかしいですね、さっきと流れが違ってきました。


「△2五銀から、手番が渡りましたねぇ」

 
 どこかからそんな声が……机の下?

「ここですよぉ」

 まゆちゃんでした。

「▲7三歩成、▲5三歩、▲3三歩、▲3四歩。効かせるだけ効かせて、▲4六歩で攻めを引き込む……勝負に出ました。少しずつ、後手に響いてきてます」

  確かに、後手の手は制限されていますけど…それだけで巻き返せるものでしょうか。

 「ちょっと前の△5八歩で、と金を守りつつ当たりを強くしたんでしょうけど…一気に決める展開ではなくなってしまいましたね」

  指されるまでは△5六歩のように、後手が猛攻する展開が検討されていました。

「少し差がついても、ずっと離れずについていく…良い方からすると手がありそうで、一番怖い、つらいところです。3筋の交換が、今になって響いてきました。
 普通の左美濃なら、攻めに攻めて快勝だったと思います。でも、本局は後手も無傷じゃないですから。△2五銀から歩を払って拠点を消しましたけど、手番は先手です。こうなってくると、勝つのは簡単じゃないです」

 なんとなくですけど。とつけ加えるところが、勘を大事にするまゆちゃんらしいところでした。
少し嬉しそうに話すまゆちゃんの微笑みは、変わっていなくて…安心します。

「羽生さんは、いつもこんな感じです。どんな相手の形に堂々と飛び込んで勝負します。それは…ずっと変わっていなくて。

王将戦で真正面からぶつかり合って、

名人戦横歩取りを指し続け

棋聖戦で頑強な受けに挑み

王座戦では力戦を打ち破り

王位戦でねじり合いを制する

 
いつもの……いつもの羽生さんです。

 
まゆは、羽生さんが対局相手で良かったと思いました」


 もし将棋界に羽生さんがいなかったら…三浦九段は、ここに座ることすら叶わなかったかもしれません。いろいろな感情があることは、間違いないでしょう。

  でも、それを全て盤の外に置いて。

 三浦九段の全力に、羽生さんが全力で応じる。そういった勝負なのだと、今さらながら分かりました。

 

深夜

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△2五銀    ▲3七桂    △2六銀    ▲同 飛    △3四桂 ▲2八飛   
△5六歩    ▲同金直    △3六歩    ▲2五桂    △5五銀 ▲5七歩   
△5六銀    ▲同 歩    △4四歩    ▲5七金    △5五歩 ▲6二銀   
△5四飛    ▲3三歩    (上図)

△5六歩    ▲3二歩成  △同 金  ▲5六金    △同 飛    ▲5七銀    
△3七歩成▲同 角      △5五飛  ▲3三歩    △同 角    ▲同桂成   
△同 金    ▲5六歩    △3五飛  ▲5三角    △4二金    ▲4五桂(下図)

 

 『羽生善治という偶像』があると、以前書いたことがあります。

 羽生さんは特別で、完璧で…そう思いたいという意思が、偶像を作っているのだと。

  この終盤は、そんな『羽生善治』をみるようでした。

  じっと▲5七金と寄った手は、まさしく羽生将棋で…相手の動きを誘いながら、返し技を狙っています。そして▲3三歩 美濃の急所に、ついにくさびが入りました。勝敗を決めにいく一手です。

 観ている子たちも段々と、会話が減っていきました。
 どこまでも難解で、ギリギリのやり取り。
 持ち時間はほとんどなく、全力を懸けて最善を求める…そんな戦い。

 

 ▲4五桂が指されたとき、大きなため息が誰かから漏れました。この手は詰めろで、△同歩とも取れません。もう少しで勝負がつく…そんな空気が流れだしました。

 

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 それはとても、甘い考えでしたけど。

 

 

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△5三金    ▲3三桂成  △4六桂 ▲同 銀    △3三飛    ▲3四歩   
△5七歩    ▲4九玉    △5八角 ▲3九玉    △3四飛

 綱渡りのような手順が続きます。

 一手誤れば、一瞬で終わる…綱を削っていく三浦九段と、正確に渡り歩こうとする羽生三冠。ずっと、その手は震えていました。それはあまりにも深く潜り込んだからこそ、出る震え。観ていたときの、あの感覚はうまく言葉にできないですけれど……

 
 恐ろしく、惹きこまれる時間でした。

 

▲2三飛成  △2七桂    ▲2八玉    △3六桂 ▲2七玉    △2八桂成 
▲同 玉    △2七歩    ▲同 龍    △2六歩 ▲同 龍    △2五金   
▲3三歩    △4二玉    ▲5一銀打

 

 何度、ため息が漏れたでしょう。

 何度、声が上がったでしょう。

 みんなの視線が、一点に縛り付けられます。

 まるで、この世界にその盤だけしかないみたいに。

 

(投了図)

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まで、131手で先手の勝ち

 

 勝負が終わった瞬間、理解が追いつきませんでした。

 数分かけて、△3三玉には▲3五歩と飛車先を止めた手が詰めろになることを確認します。

  対局室になだれ込む報道陣を眺めながら、少しずつ現実に引き戻されて行くような感覚。最初に頭に浮かんだことは、


 この将棋を観ることができて、よかった。

 
 これだけでした。

 

 

 おわりに

 

 

 その将棋には、その指し手には、人の心を動かす力が確かにあって。

 対局者の二人は、紛れもなく『棋士』でした。

 

 重ねて書きましょう、これはあってはいけない対局です。

 その中でも、両対局者は素晴らしい戦いをみせてくれました。

 

 

 「前を向く」という言葉があります。それは、軽い意味ではありません。
 変えられない過去と向き合って、できる限りのけじめをつけて、それでも消えない痛みを抱えたまま、次に進もうとする。

 それが、「前を向く」ということです。

 

 まだ、いろいろなことが動いています。

 それを十分に知ることもできないまま…闇の中にいることは変わりません。

 

 今は、どこが前すらも分かっていませんけれど。

 最後は私にできる、いつも通りの言葉を。

 

 お疲れ様でした。

 ありがとうございました。

 

 いつになるかは分からないけれど。

 いつも通りに……ファンがまた、笑顔で観られる日がくることを願って。

 

 

 

(了)



参考棋譜

第68期名人戦第2局 羽生ー三浦 戦

 

新田美波の答案添削2  新年明けても相変わらずです

 

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お久しぶりです、新田美波です。
遅れましたが、新年あけましておめでとうございます。今回もプロデューサーさんがテストを作成したそうなので、添削をすることになりました。

嫌な予感もしますが、よろしくお願いします。

 

問題1:『三歩』から始まる格言を答えよ

前川みくの答え>

三歩持ったら端攻め

≪美波のコメント≫

正解です。意味は文字通り、三歩あれば端攻めが成立しやすい…ということですね。
美濃囲い、矢倉、穴熊といった囲いは端攻めが非常に有効なので、一つの目安として覚えておくといいと思います。

 
高垣楓の答え>

三歩持ったら端に散布…ふふっ。

≪美波のコメント≫
ここはダジャレ発表会ではありません。


日野茜の答え>

三歩あるいて二歩下がる

≪美波のコメント≫
白星は歩いてこない…ですか。

 

 

問題2:『     』ように寄せよ  空欄を埋めよ


<橘ありすの答え>

玉は包むように寄せよ

 

≪美波のコメント≫
正解です。玉の逃げ道を消すように、上下左右を囲むように攻めた方がいい…という意味ですね。
近い意味の格言として『王手は追う手』、『玉は下段に落とせ』があります。


片桐早苗の答え>

玉は締め上げるように寄せよ

≪美波のコメント≫

そこまで攻撃的じゃなくていいです。


<和久井留美の答え>

殿方は包むように寄せよ

 
≪美波のコメント≫

互いの合意が必要なことを忘れないでください。

 


問題3:『高跳び』という語を用いた格言を答えよ

 
<橘ありすの答え>

桂馬の高跳び歩の餌食

≪美波のコメント≫

正解です。桂馬は頭が弱いので軽率に跳ねると歩で取られてしまう、という意味ですね。
ただし、最近は藤井システム左美濃急戦、角換わりの桂跳ねなどで「取らせて攻めを繋げる」という高等技術も有力視されています。
格言は基本なので有段以上になれば例外もある、ということです。

 

片桐早苗の答え>

普通は高跳び足がつく

≪美波のコメント≫

警官時代の話じゃないですからね?

 

<村上巴の答え>

高跳びするより落とし前

≪美波のコメント≫

コメントできません。

 

 

問題4:攻めは『   』 空欄を埋めよ

 

渋谷凛の答え>

飛角銀桂

≪美波のコメント≫

正解です。金銀3枚は玉の囲いに使い、他は攻めの戦力に充てています。
「4枚の攻めは切れない」という格言もありますし、歩や香車も活用できれば更にいいですね。

 

<大西由里子の答え>

受けがあってこそ至高

≪美波のコメント≫

それは…将棋の話ですか?

 

大和亜季の答え>

東郷ターンからの同航戦

≪美波のコメント≫

バルチック艦隊の話はしていません。

 

 

問題5:名前のついた詰将棋を挙げよ

 

<土屋亜子の答え>

寿、ミクロコスモス

≪美波のコメント≫

正解です。どちらも、長手数で有名な詰将棋ですね。似たような局面を繰り返しつつ、数百手かけて駒の位置を少しずつ変えていく構成になっています。

 

一ノ瀬志希の答え>

最後の審判

≪美波のコメント≫

最後の審判』は「打ち歩詰め」と「連続王手の千日手」が重複して玉方の手が制限される内容ですが、ルールの解釈の問題なので色々と議論があったようです。

志希ちゃんらしい解答ですね。

 

神崎蘭子の答え>

最後の審判<ラスト・ジャッジメント

≪美波のコメント≫

名前が気に入って覚えたことは伝わりました。

 

 

問題6:この形の名称を答えよ

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安部菜々の答え>

雀刺し

≪美波のコメント≫

正解です。升田幸三実力制第4代名人が創案したと言われていて、現在でも矢倉戦で見られる形ですね。破壊力ある端攻めが魅力で、相振り飛車でもある形です。

 

片桐早苗の答え>

鳥刺し

≪美波のコメント≫

…名前は似ていますが、こちらは対振り飛車の戦法です。角を引いて使うところは同じですね。

 

高垣楓の答え>

馬刺し

≪美波のコメント≫

お酒飲みたいのは分かりましたから我慢して下さい。

 

 

問題7:図のように、駒が縦一列に並ぶことを何と言うか答えよ

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<白菊ほたるの答え>

駒柱

≪美波のコメント≫

正解です。めったに現れない形で、それゆえに不吉の前兆などと言われていたそうです。

 

<兵藤レナの答え>

九連宝塔

≪美波のコメント≫

同じく珍しく、不吉の前兆と言われますが…ゲームが違います。

 

<フレデリカの答え>

東京タワー

≪美波のコメント≫

ここで『エッフェル塔』と書かないところがフレデリカちゃんだなと思いました。

 

 

問題8:玉の守りは『  』 空欄を埋めよ

 
前川みくの答え>

金銀3枚

≪美波のコメント≫

正解です。玉を取られたら負けですから、囲うのが基本ですね。様々な囲いがありますが、金銀3枚で互いの連絡をよく組めば大体はいい囲いになります。

 

<猿飛あやめの答え>

忍者流は金1枚です!ニンッ!

≪美波のコメント≫

「忍者流」こと屋敷九段は、例外と考えましょう。真似できません。

 

<森久保乃々の答え>

結局、引きずり出されて捕まるんです。むーりぃー…。

≪美波のコメント≫

それは乃々ちゃん自身のことなんじゃ……机の下囲い?

 

 

問題9:『割』から始まる将棋用語を答えよ

 

前川みくの答え>

割り打ちの銀

≪美波のコメント≫

正解です。図のような局面ですね。

金銀の動きは対照的で、お互いの死角に動かすことができます。囲いを崩す際にとても有効なので、覚えておきましょう。

 

<土屋亜子の答え>

割りカンよりオゴリ

≪美波のコメント≫

Pさんのお財布が大変なことになります。

 

中野有香の答え>

割ってしまった脇息

≪美波のコメント≫

禁じ手です。

 

 

問題10:この囲いの名前を答えよ

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佐久間まゆの答え>

穴熊

≪美波のコメント≫

正解です。振り飛車穴熊の方が歴史的には古く、居飛車へ応用したことで有名なのが田中寅彦九段ですね。終盤の玉への速度が計算しやすいのが長所で、自玉を考えることなく相手玉に迫ることができます。
ただし、逃げ道がないので不利になると「穴熊の姿焼き」なんてことも…。

 

<森久保乃々の答え>

サンクチュアリぃ~…

≪美波のコメント≫

やっぱり隅っこが好きなのね。

 

<アナスタシアの答え>

まだ、パンツ履いてますね?

≪美波のコメント≫

……後でPさんと一緒にお話しましょうか。

 

 

問題11:この囲いの名前を答えよ

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<三船美優の答え>

ミレニアム囲い

≪美波のコメント≫

正解です。三浦九段が確立した囲いで、当時は藤井システム対策として用いられていました。厳密には居飛車よくするのは難しかったのですが、対右玉や地下鉄飛車との組み合わせ等、序盤の作戦に広がりが生まれました。2000年度の升田幸三賞を受賞しています。

 

安部菜々の答え>

ミレニアム…初めて指されたときは驚きましたねぇ。

≪美波のコメント≫

指されたのは2000年です。17年前ですよ、菜々さん。

 

日野茜の答え>

じゃがみ矢倉+銀!!

≪美波のコメント≫

まさか足し算するとは思いませんでした。

 

 

問題12:名人経験者を答えよ

 

佐久間まゆの答え>

羽生善治

≪美波のコメント≫

正解です。通算5期で『永世名人』資格を得ますが、引退後に名乗ることができます。

 

一ノ瀬志希の答え>

井山裕太

≪美波のコメント≫

……囲碁ですよね。問題文だけなら合っていますが理解した上で答えるのはやめましょう?

 

<三好沙南の答え>

高橋名人

≪美波のコメント≫

なんとなく予想はしていました。

 

 

問題13:現在、刊行されている将棋雑誌を答えよ

 

鷺沢文香の答え>

将棋世界

≪美波のコメント≫

正解です。

 

安部菜々の答え>

将棋ジャーナル

≪美波のコメント≫

えーと…調べたら1993年に休刊になっていますね。

 

姫川友紀の答え>

プロ野球全選手写真名鑑

≪美波のコメント≫

そこにあるのは「将棋世界」ではなく「野球セ界」です。

 

 

問題14:今年の朝日杯で、本戦の会場になった場所を答えよ

 

小日向美穂の答え>

熊本県

≪美波のコメント≫

正解です。熊本地震による被害、その復興祈念対局として熊本市総合体育館で行われました。

 

神崎蘭子の答え>

火の国

≪美波のコメント≫

これも正解……なのかな?

 

市原仁奈の答え>

くまモン県でごぜーます!

≪美波のコメント≫

アマ初段免状の県…ある三冠がすごく喜びそうですね。

 

 

問題15:羽生三冠(現)が持つ永世称号(資格含む)はいくつか答えよ

 

佐久間まゆの答え>

7つ

≪美波のコメント≫

正解です。これは引っかけ問題ですね。7大タイトルは永世称号を6つの資格保持者ですが、NHK杯でも通算10期優勝により名誉NHK杯選手権者となっています。こちらは羽生三冠しかいない上に、永久シード権があるそうです。

 

前川みくの答え>

6つ

≪美波のコメント≫

間違いですが、この答えを期待して作られたわけなので…。

 

<堀裕子の答え>

1つ 永世アヒルおじさん

≪美波のコメント≫

その答えは誰も期待していません。

 

 

問題16:対局を巡り老舗旅館で起きた、有名な騒動は『   事件』である。空欄を埋めよ

 

安部菜々の答え>

陣屋事件

≪美波のコメント≫

正解です。升田幸三実力制第4代名人と木村義雄十四世名人の対局を巡るトラブルですね。かなり古い話なので正確な記録が残っているわけではありませんが、将棋界を二分するような大騒ぎに発展したそうです。

 

島村卯月の答え>

池田屋事件

≪美波のコメント≫

それは……張本人を演じてましたよね?

 

 

問題17:羽生三冠(現)が▲8三銀(△2七銀)と打ったときに勝率が高いことから、この地点を羽生『  』と呼ぶ。空欄を埋めよ

 

佐久間まゆの答え>

ゾーン

≪美波のコメント≫

正解です。スポーツなどでは「極限の集中状態」という意味ですが、ここでは「地域、地帯」という意味に近いですね。もちろんここに打てば必ず勝つわけではなく、名人戦第7局など要所で△2七銀を打ち、負けた対局もあります。

 

<アナスタシアの答え>

ポーン

≪美波のコメント≫

羽生さんはチェスが得意ですけど、関係ないですね。

 

<原田美世の答え>

ゴーン

≪美波のコメント≫

日産の最高経営責任者は全く関係ないです。

 

 

問題18:将棋会館のある場所を答えよ

 

安部菜々の答え>

千駄ヶ谷

≪美波のコメント≫

正解です。鳩ノ森神社が近くにありますね。ここで祝言をあげた棋士もいたそうです。

 

<結城晴の答え>

代々木体育館の近く

≪美波のコメント≫

確かフットサルコートもあったけど…よく行くのかな?

 

<荒木比奈の答え>

ライブ会場の近く

≪美波のコメント≫

何の目的で行っているのかよく分かりました。

 

 

ここからが記述欄ですね。

 

テーマ1:今年の抱負について書いて下さい

 

安部菜々の回答>

腰をいたわる

≪美波のコメント≫

切実さが伝わってきました。

 

高垣楓の回答>

美味しいお酒と温泉とライブがしたい

≪美波のコメント≫

新年早々、達成したじゃないですか。

 

姫川友紀の回答>

キャッツ優勝!

≪美波のコメント≫

抱負というより願望ですね。

 

 

テーマ2:これから、何かやりたいことはありますか?

 

<二宮飛鳥の回答>

暦の上で年が変わったからといって自分の意識が変わるわけじゃないが…まぁ、ボクはボクなりに、これからも歩んでいきたいと思ってるよ。これからも前に進み続けて、いつかこの手で新世界の扉を開けられるようにね。

≪美波のコメント≫

飛鳥ちゃんなりのコメントですね。

蘭子ちゃんが一緒にお仕事をしたと、すごく嬉しそうに話していました。仲良さそうで何よりです。

 

高垣楓の回答>

お酒飲みたい

≪美波のコメント≫

楓さんはいつも平常運転ですよね。…残念な方向に。

 

 

 

これでおしまいかな…あれ?1枚余りが。
あ、人数分刷ったから余ったのね。

……一言だけ書こう。

 

新田美波の回答>

この1年、自分でも驚くくらい色々な挑戦や経験がありました。

これからも色々あると思いますが、よろしくお願いします。

 

 

 

(了)

安部菜々の徒然観戦  一局の将棋 一回の人生

 

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ずっと昔、学校の図書室の片隅で埃をかぶった本を見つけたことがあります。

タイトルが気になって開いてみると、貸出カードは白紙のままでした。誰がいつ何のために買った本なのか、今でも分かりません。
そこには棋士の生きざまが鮮やかに描かれていて……夢中で読みふけったことをよく覚えています。
将棋界で「老師」と呼ばれる有名な方著書だと少し後に知るのですが、それはさておき。

本の中の時間…羽生世代が新人棋士として登場し、その才能がまだ理解されていなかった時代。
中原、大山、米長、内藤…今は見ることのできないトップ棋士がしのぎを削る中、その名前もA級棋士として君臨していました。

加藤一二三九段。30年も前の話なのに、本の中でもベテラン棋士でした。

 

2017年 1月20日 第88期 棋聖戦二次予選

飯島栄治七段―加藤一二三九段 戦

 

 

この対局の前日、順位戦の規定によって加藤九段は引退が決まりました。他の棋士の勝敗によって降級点が確定したのですが、その日の夜は様々な報道や反応が流れました。

77歳を超え、現役棋士最年長記録を更新。藤井聡太四段との対局もあり、世間が注目していたこともあります。…でも、それを抜きにしても、あまりに大きな出来事でした。

戦後の将棋界、そのすべての時代を戦い抜いてきた方です。「いつかは来るもの」と覚悟はしていたつもりでしたが、それでも…ショックです。

対局予定は前々から決まっているとはいえ、翌日に対局というのも何という巡りあわせでしょう。朝から報道陣が押しかける、異様な雰囲気の対局となりました。

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▲2六歩   △8四歩   ▲2五歩   △8五歩   ▲7八金   △3二金
▲2四歩   △同 歩   ▲同 飛   △2三歩   ▲2八飛   △3四歩
▲3八銀   △8六歩   ▲同 歩   △同 飛   ▲8七歩   △8四飛

戦型は、相掛かりに。居飛車党でも指す人が限られる戦型ですが、お互いに得意としていますね。

飯島栄治七段はB級1組在籍の棋士で、非常に手堅い棋風です。昨期B級2組から逆転昇級を決め、『鬼の棲家』を戦っています。

事前に勝敗を語るような野暮なことはしませんが、いまの順位戦でいえばそれだけ大きな差があったんです。

盤の上では対等ですし、事前の勝敗は関係ない。……言うだけなら簡単ですが、本局は加藤九段がそれを身をもって示すことになりました。

 

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▲2七銀   △7二銀   ▲3六銀   △9四歩   ▲9六歩   △7四飛

 

加藤九段は14歳で棋士になり、18歳でA級に上がりました。

「神武以来の天才」(『じんむこのかた』と読みます)と言われたわけですが、これは本当に偉業としか言いようがありません。(藤井四段が、ノンストップで4年連続昇級するようなものです)

まだ戦後まもない時代ですから、データはおろか今のような「定跡」はほとんどありません。己の感覚と読みだけが武器となる世界だったわけです。そんな中で、加藤少年は他の棋士を圧倒するだけの力がありました。


相掛かりといえば、昔は▲2六飛と構えてひねり飛車や中原流▲3七桂、塚田スペシャルといった形に進むことが多かったですが……最近は▲2八飛と引く形が多いですね。

飛車を狙われにくく、攻めは棒銀で手になるようです。

端歩を突き合うまでは、よくある形ですね。ここで△7四飛が加藤九段の趣向でした。狙いは▲7六歩の牽制です。

 

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▲6九玉   △8三銀   ▲7六歩   △同 飛   ▲2二角成 △同 銀
▲6五角   △7四飛   ▲同 角   △同 歩   ▲8八銀   △7二銀
▲7七銀   △4二玉   ▲4六歩   △7三桂   ▲5八金   △3三銀
▲4七銀   △6四歩   ▲6六銀

 

加藤一二三は大天才である」

かの大山名人が自著の中で書いた言葉だそうですが、加藤九段ご自身もいたく気に入っていらっしゃいます。それだけ、認められていたわけです。
しかし、18歳A級を達成の後、名人を奪取するまでには22年もの歳月を要しました。

当時は『大山無敵時代』とも言うべき状態で、加藤九段のみならず多くの棋士がタイトルを阻まれました。中原十六世名人の時代になってから、悲願の名人奪取を達成します。

翌期に谷川現九段が挑戦するのですが……3人の永世名人(有資格者)との名人戦、あまりにも壮大な話です。

 
△8三銀に対して強く反発し、▲6五角で両取りが掛かりました。
先後ともに妥協できない手順で、作戦負けと紙一重の応酬が続きます。

飛角交換になって先手は持駒の飛車、後手は歩得と角二枚の持駒が主張です。

互いに、低い陣形で整備が続きます。ただ駒を前に伸ばしやすいのは先手で、▲3六歩のような自然な手の積み重ねで攻勢がとれます。
逆に後手は金銀を動かすと飛車打ちがあるので、角桂で手を作りにいく必要がありますね。

局面を収める方針で指す先手に対して、加藤九段の感覚が光りました。

 

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△8四角   ▲7七桂   △8八歩 ▲同 金   △6五歩   ▲同 桂  
△同 桂   ▲同 銀   △6六歩 ▲同 歩   △同 角   ▲7八玉  
△3九角   ▲3八飛   △5七角引成▲6七歩   △8八角成 ▲同 玉  
△7五馬(下図)

新春お好み対局という企画で、今は亡き米長永世棋聖と加藤九段が解説をしたことがあります。しかし、加藤九段が示した手がなかなか当たりません。

「あなたはね、将棋の最善手を求めてる。私はこの人間ならどう指すかということを言ってる」

この米長棋聖の言葉ほど、正鵠を射たものはないでしょう。
昔、棋士は勝負師としての面が重視されていました。大山名人や米長棋聖の「泥沼流」などはその代表です。
加藤九段は対照的で、盤面しか見ていません。盤上の最善のみを求め、一手に7時間かけた話は伝説です。中盤で時間が切迫した対局もままあります。
その姿勢は、逆転負けが多いことと無関係ではないでしょう。将棋が中心であるゆえに生まれたトラブルやエピソードも数えきれないほどあります。

しかし、最善を求め続けてきたからこそ情熱を失わず、今まで棋士として戦ってきたともいえます。


図の△8四角。茫洋とした位置に角を打ったようにしか思えませんが、これが好手でした。
続く△8八歩が継続手で、これで先手困っているんですね。この3手は、紛れもなく加藤九段の将棋です。

ゆっくりした流れにしたい先手は必死に受けに回りますが、加藤九段の流れるような攻めは止まりません。垂れ歩を効かせた効果で△6六同角が金に当たり、△3九角から馬をつくって△7五馬が絶好の位置です。

3九の角を成るのが大事なところで、△5七角上成だと▲3九飛と取られます。これは負担にさせるはずの飛車を捌かれてしまって後手も嫌なところです。

 

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▲5六銀上 △7三桂 ▲7七桂   △8六歩   ▲同 歩   △6五桂  
▲同 銀   △8六馬 ▲8七歩   △7九銀   ▲同 玉   △7七馬  
▲7八飛   △9九馬 ▲6八玉   △7三桂   ▲6四銀

数年前、加藤九段は1000敗という記録を達成しました。

一見、不名誉な記録に思えますが…将棋界において、負け数は増えにくいものなんですね。トーナメントは負ければそこで終わりですから、番勝負やリーグ戦を数多く戦わなければ成し得ません。

もちろん勝ち星も大記録で、ここまで1323勝は大山名人、羽生三冠に次いで歴代3位です!

……歴代2位の方が、未だ542敗という事実は例外と考えたいですね、ええ。

 

局面は後手良しとはいえ、切れるかどうかギリギリの攻めです。例えば▲7六歩のような手が間に合ってくると、駒損の後手は勝てない流れになってしまいます。

△8六歩を効かせてから銀を取り、玉を下段に落とす。自陣飛車の懸命の粘りですが、香車を取り返した局面では後手の2枚換えで駒得になっています。

控室では△6二香が示されていましたが、▲6四桂と打たれるとぼやけてしまいます。加藤九段は△7三桂でした。

この銀は先手の反撃の拠点なので▲5六銀とはできません。▲7四銀と歩を取るのは、△7七歩の切り返しがあります。

▲6四銀は5三の地点を睨んでいて嫌みに思えるのですが、以下の手順も加藤九段は冴えに冴えます。

 

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△6五桂   ▲6六銀   △7七香 ▲同 銀   △同桂成   ▲同 飛  
△6九金   ▲7八玉   △8九銀 ▲6九玉   △7七馬(下図)

 

ここ数年、加藤九段はテレビに出演されることが増えました。「ひふみん」との愛称で親しまれていますね。

棋士になられてから60年以上。その実績や凄さがが十分に伝わっていない気も少しだけ感じますが…ネットを含め、棋士として将棋の普及に努める姿勢は一貫しています。


既に後手優勢ですが、加藤九段の攻める姿勢は揺らぎません。
打った桂馬を跳ねる。この活用が一気に決着をつける好手でした。

銀を打って受けますが、△7七香と温存した香が効果を発揮します。銀を手に入れて、△6九金から△8九銀で大技が掛かりました。飛車を取った局面では、後手勝勢です。

ここまで簡単なようですが、「盤上この一手」を選び続けた結果なんです。少しでも緩めば、飯島七段も咎めることができたでしょう。その余裕を与えない加藤九段の攻めが凄まじいのです。

 

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たくさん駒を渡しましたが、後手玉はまだ詰みません。▲5三銀成は怖い筋ですが、取らずに△3一玉と引くとほぼゼット、絶対に詰まない形です。

だから余裕を得るため必死に受けに回る先手ですが、飛車打ちが激痛です。桂馬を取った手が更に飛車取りで、先手はどうしようもないんですね。

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▲7九香   △4九飛   ▲5九桂   △8七馬 ▲7八歩   △2九飛成

まで98手で後手の勝ち

 

ここで、飯島七段の投了となりました。

以下は飛車を逃げるしかありませんが、△6八歩の手裏剣があります。
▲同玉は△8六馬が王手銀取りですし、△同金にも▲5六桂や▲4七桂が激痛です。攻防ともに見込みなし、ですね。

 

感想戦では△8四角で先手は作戦負け気味で、▲2二歩と攻め合う以外に疑問手はなかった…とされました。

 

加藤九段は、これで最年長勝利記録を更新しました。
終盤からずっと、ファンは興奮し、歓声を上げました。

棋譜だけみれば、後手の完勝です。タイトル戦でなければ、二転三転した大熱戦でもありません。
取り上げられなければ、数多の棋譜の一つとして、埋もれていってしまうような、そんな一局です。

……でも、その一局は沢山の人の心を動かしました。それは、一生をかけて戦い抜かんとする棋士がいたからです。

人が与える感動というのは、確かにあります。それは将棋でも、スポーツでも……アイドルでも、変わりません。
真摯に向き合う姿勢が美しいと、素晴らしいと感じられるなら。それはきっと、幸せなことなのだと思います。

 

『人生は一局の将棋なり、指し直す能わず』

 

アマ高段だった作家、菊池寛氏の言葉です。冒頭の本のタイトルも、これが由来だとか。

将棋界を描いてきた「老師」こと河口俊彦八段は、今はこの世にいません。もし、この一局を観ていらしたら…どんなことを書いたでしょうか。
…読んでみたかったですねぇ。

 

 

まだ、加藤九段の対局は続きます。次は佐藤名人との対戦ですし、予定された対局は何局も残っています。そして公式戦を退かれてもイベントや普及といった活動は続けると、ご本人が公言していらっしゃいます。
その情熱は、未だ衰えていません。

 

加藤九段は、棋士としての人生を歩み続けるのでしょう。

ただひたすらに、最善手を求めながら。

 

 

 

 

(了)

新田美波の定跡解説  藤井システム…不思議な形ですね?

 

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「ミナミ、ちょっと聞きたいこと、ありますね?」

どうしたの?アーニャちゃん。

「最近、振り飛車の将棋を勉強してましたね。でも…ちょっとおかしいです」

どういうこと?

「これ、見てください」

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あ、藤井システムだね。定跡型に見えるよ?

「ニェット!この形、玉を囲ってません。ミナミに『居玉は避けよ』と教わりました!定跡なのはおかしいです!」

あー…普通はそうなんだけどね。この形はちょっと特別かな。

「シト、特別ですか?」

うん。色んな意味で、衝撃的な戦法。

「アーニャ、気になります。ヴァチモア…どうして居玉なのか、ゼリュ…狙いは何なのか…もっと詳しく知りたいですね」

うーん、理由も狙いもあるけれど…複雑だから簡単には説明できないかな。

「そうですか…」

最初に指されたのもかなり前だから、いろいろ調べないといけないし…。
お仕事じゃないから2人で時間取るのも……あれ、アーニャちゃんどこいくの?

「プロデューサーに、データを調べてもらいましょう。クリスマスのお仕事、これにしてもらいます」

そんな…急には無理だよ.

「ニェット、ウサギのぬいぐるみを使って要求すれば、お仕事もらえるとアンズに聞きました。たぶんダイジョブ、ですね」

杏ちゃん、変な前例を作っちゃダメだよ……。


(12月24日、事務所の一室にて)

それでは、今回の講義『藤井システム誕生と狙い』を始めます。

「ダー♪ミナミ、パジャルースタ…よろしくお願いしますね」

うん!…そうは言っても今回のテーマは難しいから、ちょっと不安かな。

「ミナミ、頑張りましょう!アーニャもついていけるよう頑張ります」

そうだね、これも一つの挑戦として…美波、行きます!

 

藤井システム誕生の背景

最初に、『藤井システム』は四間飛車の戦法ってことは分かるかな?

「ダー、事務所でも指してる子いますね。ポプラヌスィ…人気みたいです」

アマチュア含めて愛好する人は多いと思うよ。方針が分かりやすいのも一つの魅力かな。
それで四間飛車居飛車の場合、居飛車の作戦で大きく分けて3つの形に分かれるのね。
アーニャちゃん、分かる?

「ンー…船囲いと、左美濃と、穴熊ですね?」

正解!船囲いが急戦で、他の2つは持久戦に分けられるね。

「でも四間飛車は、いつも美濃に囲いますね?」

スムーズに囲えるし、横からの攻めに強いからね。他の囲いは…あまり見ないかな。

「美濃はクラシーヴィ…美しいと、教わりました」

振り飛車党の人だと、美濃囲いのものが好きな人は多いみたいだね。

「漆黒の翼の闇結界!ですね」

……それが通じるのは、ごく一部の人だけだと思うよ?

「ニチェボー、せっかく教わったのに…」


昔は、居飛車の囲いは船囲いの急戦がほとんどだったの。

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銀を前に出して、飛車先の突破が狙いだね。

「ナナが指してiるの、見たことあります」

…でも、船囲いは玉が薄いから勝ちにくくて。終盤、どうしても自玉が危険になっちゃうからね。

「ンー、難しいです」

だから、左美濃居飛車穴熊が生まれた後は大流行したのね。左美濃は堅さがほぼ互角だし、穴熊に至っては美濃より堅いから。

それまで振り飛車が美濃囲いを活かして暴れていたけれど、居飛車側が無理を通す側に回ったわけ。相手より堅い…って、重要なことだよ。

「『穴熊の暴力』、ですね?」

そう、今度はどうしても振り飛車の勝率が悪くなっちゃって。

これが大体、30年前くらいの話。当時は角道を止める振り飛車が常識だったから、ゴキゲン中飛車や角交換四間飛車はなかったし…。

もちろん楽しむだけなら穴熊も気にしなくてもいいけれど、棋士の場合は勝って生計を立てているから。
自分が武器にしている戦型の勝率が落ちるってことは、とても厳しいことなの。

「パニャートナ。アーニャもライブが成功しなかったら…つらいです」

かなり、振り飛車党は窮地に立たされてたみたい。

 

藤井システム誕生

そんな背景があって活躍したのが棋士藤井猛九段。『藤井システム』の創始者で、今でも有名な方だね。

「ダー、対局のとき、みんな盛り上がりますね」

細かな話になるけれど、『藤井システム』っていうのは一つの形を指す言葉じゃなくて。

アーニャちゃんが見せてくれた局面は「対穴熊」だけれど、「対左美濃」や「対急戦」も含めて藤井システムなのね。

「シト、他はあまり見ないですね?」

一番衝撃的で、有名なのが対穴熊の形だからね。変化も多くて全部は難しいけれど、順を追ってできるだけ説明してみようかな。

「ダー♪楽しみです」

大きな流れだけ先に…ちょっとホワイトボード使うね。

 
藤井システムの流れ)

・対左美濃(~1994年)

 ↓ 左美濃の衰退、穴熊

・対居飛車穴熊登場(1995年~)

↓ 居飛車穴熊に組めなくなっていく

・システムの完成、藤井竜王3連覇(1998~2001年)

 ↓ 藤井システム居飛車の戦い

居飛車の対策、システムの苦境(2004年~)

 ↓ ファーム落ちの時代

・復活(2011年~)

 
・対左美濃


最初は、「対左美濃」に力を入れていたの。当時は、これも指す人が多かったからね。

「パニャートナ、でもこの形…見たことないですね?」

左美濃藤井システムは優秀で、指す人はほとんどいないね。局面はこんな感じなんだけど…

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「シト?普通の美濃じゃないんですか?」

重要なのは△7一玉型なこと。一手省略して、角道を通したり6筋の位を取ったり、攻めるための準備に回しているのね。それに角のラインで▲5五角みたいな手が、王手にならないのも大きいよ。

この後は△8四歩―△8五歩と玉頭を攻めるんだけど、角道や端、桂馬が攻めに働いて居飛車受けきれないの。だから居飛車も動く将棋があったんだけど、それを藤井九段が研究して打ち破ったのね。当時は、詰みまで研究してたみたい。

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(ほぼ一直線に斬り合う変化になるも(従来は先手良し)、定説を覆して勝利)

 

簡単に技が決まるわけじゃないけれど、「振り飛車良し」の局面がたくさん見つかって…。
これが広まって、左美濃に組む将棋は激減したの。

「ンー、タテもナナメも、ミナミの攻めが厳しいです。アーニャ、ボロボロです」

…私が振り飛車側で駒を動かしてるだけだからね?


 ・対穴熊藤井システム


さて、居飛車は「居飛車穴熊」という最強の切り札があって、みんな指すようになるのね。やっぱり、穴熊に組まれると振り飛車は大変で。

ここで生まれたのが、アーニャちゃんが見せてくれた居玉の構想なの。

「ヴァチモア…どうして、居玉ですか?」

左美濃のときは玉頭を攻めたけど、穴熊だと玉が下にあって効果が薄いから。

それに普通に美濃に囲っていると穴熊に組まれちゃうし、上から攻めたときに反動で自玉も危なくなっちゃう。戦場に近いと、流れ弾が飛んでくるからね。

△7一玉型でも上手くいかない…というわけで、居玉で仕掛ける構想に行きついたわけ。

「『居玉は良い玉』、ですね?」

…それは教わったの?

「ダー、日本のジョークだと、カエデに教わりました」

……ダジャレだからね?

 

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この形は、1995年12月22日 藤井猛井上慶太 戦で初登場。

このときは先手番だね。居玉で攻めの体制を築いて、△1二香の瞬間に▲5六銀から動いたの。
一手一手の解説は省くけれど、居飛車は受けきれずに47手で先手の勝ち!

 

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「!?早すぎます!」

ここから数手で投了になるけれど、▲1二角成と▲6三歩成からの両狙いがあるから後手敗勢なのね。

重要なのは、▲2五桂と跳ねること。角をずらして▲4五歩と突くことで、7七角のラインで居飛車の玉を狙っているの。

「パンツを脱いで飛ばすんですね!」

アーニャちゃん、美濃の桂馬はそんな名前つけません!

 

 

桂馬を跳ねて、取らせてる間に攻めを繋げる。……こういう展開って、最近みたことない?

「アー、角換わりや居角左美濃でみましたね。攻め、止まりませんでした」

そう!一見軽そうな攻めでも繋がる…この感覚を、戦法として完成させたの。

「できるだけ手は後回しにする」「低い陣形を維持する」「桂跳ねから手を作る」

…現代将棋の、基本的な考え方そのものだよね。繰り返すけれど、20年前にこれを構築したことがすごい革新なのね。まだ「ちゃんと囲うのが王道」って時代だったみたいだから。

「アーニャも、ミナミも、生まれてないですね?」

もちろんソフトも、データを整理するためのコンピューターすらも普及してない時代だからね。こうやって体系づけて定跡を完成させたことは、本当にすごいことだよ。

 

藤井九段は1996年の升田幸三賞を受賞してるけど、この後も研究は続いて本人が完成と判断したのは2年半先だったみたい。

その結果、後手番でも成立することが分かって猛威を振るうの。

攻め筋も一つじゃなくて、▲6六歩に対する△6二飛の右四間飛車をはじめ、相手の手を見ながら攻めの陣形を選べるのね。

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(飛角銀桂を6筋に集中させる構想)

もし居飛車が急戦で来たら、美濃囲いに逃げ込めば強く戦える…ってわけ。

システムの完成以降、何年も「藤井システム居飛車」の構図が続くのだけど…その間に、藤井九段は竜王位を奪取、3連覇!

「ハラショー!」

この衝撃は大きくて、竜王戦…特に羽生さんが挑戦した際には穴熊を一度も目指さなかった…いえ、「組めなかった」のね。『一歩竜王』の対局も羽生さんは左美濃で対抗した将棋だったし。

「ンー、他の振り飛車党の人は…どうでしたか?」

うーん、一言で「振り飛車党」って言っても、個性的だからね。指してる人もいたけど、システムを武器にタイトル奪取まで結果を出したのは藤井九段だけかな。やっぱり特殊な戦いになるからね。

「個性、ですか…」

あとは、棋風の関係ね。藤井九段の攻めは「ガジガジ流」と言われているけど、拠点を作って相手陣の駒を剥がしていく攻めが強くて。こんな風に…

 

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とにかく拠点を作って食らいついて、攻めを繋いでいく。

これが藤井システムと、とても相性が良かったの。

「シト、どういう意味ですか?」

終盤で大切なことは「互いの玉が何手で詰むか」の速度計算だけれど、自玉の詰む、詰まないがかなりはっきりした展開になるから。相手に駒を渡しても、切れない攻めを心がければいい…ってわけ。藤井九段の長所と、合致した戦型なのが大きいね。


「ンー、さっきからミナミに剥がされて、アーニャの大切なものが取られそうです」

…将棋の話だからね?

「ダー、そうですけど…ミナミ、どうして顔赤いですか?」

……知りませんっ!


居飛車の対策、システムの苦境

「でも、どうしてシステムは減りましたか?」

隆盛を極めた藤井システムなんだけど、他の棋士は羽生世代含めて、多くは居飛車党だったから研究されて、対策も生み出されたの。

居飛車の序盤も、洗練されたってことだね。

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▲3六歩以下、△3二飛▲3五歩△同歩▲4六歩△6二玉▲4五歩
後手玉が不安定なうちに、戦いを起こす狙い

それが、▲3六歩。穴熊にするか態度を保留して、右の銀を使った急戦を目指す方針ね。

従来の右銀急戦はどうしても囲いが薄くて大変だったんだけど、後手も居玉だから。△6二玉に▲3五歩から戦いを起こして振り飛車も大変なの。

「パニャートナ、ミナミに攻められる前に、アーニャが攻めればいいんですね!」

……そんな感じかな?

 

システム側も試行錯誤の結果、△9四歩・△6四歩型が増えたのだけど…形が変わればメリットとデメリットがあるから。△6四歩を狙って▲5五角と出る手が生まれて。歩を守るには金や銀を動かさないきゃいけないけど、形が崩れて急戦に弱くなっちゃうの。

こんな感じで…

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▲5五角以下、△6三銀▲3五歩△同歩▲4六銀△4五歩▲3三角成△同桂
▲2四歩△同歩▲3五銀△3四歩▲同銀

激しい戦いになるが、美濃囲いが崩れているのが不満

 

「銀のマールシ、行進で囲いもバラバラですね」

今も結論は出てなくて、難しいところもあるけれど…「居飛車も戦える」って見解が出てきてからは指されなくなっていったのね。

穴熊を回避するためにゴキゲン中飛車や石田流が有力だと分かったのも理由の一つで、流行が変わった…とも言えるかな。

 

藤井九段自身も「ファーム落ち」と言って、しばらく指さない時期があったからね。
その代わりに『藤井矢倉』や『角交換四間飛車』の新たな定跡を発展させたけど…これはまた別のお話。

「ファームオチ…ユキが言ってましたね?」

野球の用語だからね。藤井九段は野球に例えるのが多いみたい。これは2軍で調整って意味らしいよ。

 

 ・藤井システムの復活


「…では、藤井システム、もう消えてしまいましたか?」

ううん、ここ数年は見直されつつあるよ。

2011年頃から藤井九段がシステムを再び採用し始めて、勝っていくのね。
そして2012年、王位戦挑戦者決定戦で渡辺竜王(当時)に藤井システムを採用!そして勝利!

「ダーティシトー!すごいです!」

タイトルは獲れなかったけど…その序盤術は健在で、並べてみるといいと思う。

その後も要所で採用して勝利を重ねていくのね。

今年の秋には、藤井システム銀河戦優勝!
同じ日に羽生三冠がシステムを採用して、勝利したのも記憶に新しいね。

「アー、ガラクティカ…銀河、このことだったんですね」

たぶん水面下の研究もあるだろうし…「どちらも大変」って感じかな。

優秀な戦法であることに、変わりはないみたい。

 

 

できるだけ頑張ってみたけど…対局数も多いし未解決なところも多いから、解説できたのはほんの一部分だけだね。興味があったら調べてみるのがいいと思うよ。

藤井九段の本にも解説されているし、詳しい人と対局をするのが一番の上達法かな。
指すにも対策するにも、自分なりに理解しないといけないからね。

「ンー、大変そうです…」

最初は、なんとなくでもいいから。自分で考えて、試行錯誤することも大切だよ。

 

…それでは、今回はここまでにしたいと思います。ありがとうございました!

「スパシーバ、ありがとうございました!棋士にもズヴェズダ…星のような人、いるのですね」

うん。だから、そんな綺麗な世界に惹かれるんだと思う。少しでも伝えられたら…嬉しいな。

 


 ガチャ

「我が同胞たちよ、煩わしきソルにちヌィ・ズビえーと!」
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あ、蘭子ちゃん。おはよう…だよね?

「ダー、ソルニチヌィ・ズビエート…ですね。わずらわしい太陽…です」

「…ふむ。やはり盤上の星々を巡っていたか(また、定跡教えてたんですね~)」

そうだけど、蘭子ちゃんはどうしてここに?

「『瞳』を持つ者より、宣託を受けたため、伝えに参った!(プロデューサーさんから伝言ですよ!)」

「アー、プロデューサーですか?」

「あ…えっと…『お疲れ様でした。ケーキの差し入れです』だって」

この箱かな…?あ、結構大きいね。

「なら、寮で食べましょう。クリスマスパーティーです」

そういえば…クリスマス企画だってこと、半分忘れてたかも。

お祝いだけ、先にしておこっか。


 

メリー・クリスマス!

 

 

 

(了)

参考棋譜

 

左美濃

室岡―藤井 戦(1994年 棋聖戦

 

穴熊

藤井―井上 戦(1995年 順位戦

佐藤―藤井 戦(2002年 NHK杯

渡辺―藤井 戦(2012年 王位戦

 

▲5五角急戦

谷川―羽生 戦(2004年 王位戦

羽生―藤井 戦(2004年 棋王戦)

羽生―藤井 戦(2012年 王位戦