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とある事務所の将棋紀行

将棋の好きなアイドルが好き勝手に語るみたいです。

高垣楓の徒然観戦  私の願いなんて

 

 本局は、あってはいけないものでした。


 あまりにも唐突に始まった4ヶ月は、闇のような日々で。
 ここに詳しく書くつもりはありませんが、これだけは何度繰り返してもいいでしょう

 

 三浦九段は、無実でした。冤罪でした。

 だから、対局に戻ってきました。

 

 言葉というのは恐ろしいもので、取り返しのつかない失敗を犯すこともあります。ですから、この一局を書いていいものか…という迷いは今もあるんです。

 それでも、この将棋は、残したいと思いました。無かったことにしたくないと思いました。

 そんなわがままな…あってはいけない観戦記です。

 

2017年2月13日
第30期竜王戦1組ランキング戦

羽生善治三冠ー三浦弘行九段 戦


 朝から、対局室にはたくさんの報道陣が集まっていました。ニュースでも流れましたけど…いつものような気持ちではいられませんでしたね。言葉も見つからないまま、ただ黙って観ていました。

 駒に触れたのが1週間前…この空白は、あまりにも大きく重いものです。
そしてこれだけ騒がれる対局は、相手にも負担が掛かることは避けられません。

どちらが勝っても、割に合わない…そんな考えすら頭をよぎりました。

 

 対局相手は、羽生善治三冠。いつもはカメラを向けられる側に座っている方ですが、本局は後ろに報道陣が押しかけていました。

 初手、▲7六歩。

 

 そして2手目、2分間の考慮。
 それはとても長く、重いもので。

 △8四歩が指され、ゆっくりと戦いが幕を明けました。

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 昼食休憩


▲7六歩    △8四歩    ▲6八銀    △3四歩    ▲7七銀    △6二銀
▲5六歩    △5二金右  ▲4八銀    △3二銀    ▲2六歩    △5四歩
▲5八金右  △5三銀    ▲2五歩    △4二玉    ▲7九角    △3一玉
▲7八金    △7四歩    ▲3六歩    △7三桂    ▲3五歩    △同 歩
▲同 角    △6四歩 (下図)

 序盤の駒組みが一通り終わったところで、昼食休憩になりました。
 最近観る形に近いような…それでいて微妙に違う形です。こういった僅かな形の違いを言葉にするのは、「将棋が指せる」こととは少し異なる能力です。

 ということで、美波ちゃんに解説をお願いしてみました。
いつもお願いしてばかりなので、苦笑されるかな…と思ったのですが

「『初級者向け』『中級者向け』『有段者向け』でいいですか?」

 逆に提案されたのは、少し意外でしたね。

 

美波ちゃん解説

 

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『初級者向け』

 戦型は矢倉戦ですね。後手が左美濃囲いにして、急戦を狙っています。
 飛車、角、桂を使って先手陣を攻めることが目的です。最近は増えている指し方で、美濃囲いの堅さを活かして攻めに専念できることが大きいですね。

 ただ、微妙な形の違いがあって前例はありません。

 
『中級者向け』

 居角左美濃…と呼ばれる形に近いですが、5手目が▲6六歩ではなく▲7七銀に対する急戦なので実戦は少ないです。後手の工夫は、主に

・5筋を突いていること

・8筋を保留していること

 です。このあと△8五歩ともできますし、桂を跳ねる余裕もあります。

 対して先手は居玉です。『居玉は避けよ』と言われますが本局は6~8筋で戦いが起きることは明白なので、囲いに行くと戦場に近づいてしまいます。なので保留して、他の駒に手をかけているわけですね。

 
『有段者向け』

 5筋を突いた左美濃急戦は昔からある形ですが、▲7七銀型に対して居角左美濃の発想や8筋の保留を組み合わせたのが三浦九段の工夫です。

 対して先手が3筋の交換を急いだところが重要で、この形でも3筋は後手陣の、美濃囲いの急所になります。▲3七桂、▲3八飛、▲3三歩や▲3四歩などで攻め合いの形に持ち込む構想でしょう。

 「速度計算がしやすい」という左美濃の優位性を削りにいっている、とも言えます。

 ただ居玉なので、今後は先手が神経を使う展開になることは間違いありません。

 

 解説を終えたあと、美波ちゃんは大きく息をつきました。
 いつも真面目なことに変わりはありませんけど、今日は少し力んでいるような印象で…大丈夫かと、負担になっていないかと声をかけたんです。

 美波ちゃんは苦笑しましたけど、返答は力強いものでした。

「いろいろ、考えてしまうことはあります。でも…指すべき人が、指しているんです。私にできることは、いつも通りに解説して伝えることです」

 その迷いなく毅然とした口調に、返す言葉もなくて。

 こういったとき普段通りに努めるというのは大切で…とても難しいことだと、痛感しました。

 

 

 午後

 

 日がゆっくりと傾き始めます。……形勢の方も、少しずつ傾き始めたみたいです。

「流れは後手ですねぇ」

 継ぎ盤を挟んで、菜々ちゃんが呟きます。

「2歩持ったところまでは先手まずますでしょうけど、▲2六角がぼやけたような…いや、5筋を突いてますから、引きたくなるのも分かるんです。7筋攻めを絡めて、相当な迫力になりますから」

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 ▲2四歩    △同 歩    ▲同 角    △2三歩 ▲1五角    △1四歩   
 ▲2六角

 一手一手、噛みしめるように駒を動かしていきます。

「でも、△5五歩からの手順は後手が一本取った気がしますよ。先手が受けるのは仕方ないですし、▲6七金左も羽生さんらしいですけど…△5二飛で先手の狙いを逆用されてしまった流れです」

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△5五歩    ▲6六歩    △5六歩 ▲6七金左  △6三金    ▲7五歩   
△5二飛    ▲7四歩    △8五桂

 ここまではっきりと言う菜々さんも少し意外でしたけど、それくらい先手がまとめるのは厳しい局面ですね。美濃は堅いですし、居玉を直接狙われている先手が大変なことは間違いありません。

 △8五桂に、羽生三冠の手が止まりました。先手を持って何を指すのか、手が見えません。

 継ぎ盤が止まると、自然と無言になってしまいます。話題が見つからなくて…ダジャレを言えるような雰囲気でもありませんでしたし。

 

「少し、昔の話もしましょうか」

 空いた時間と沈黙をを埋めるように、菜々さんの話が始まりました。

「三浦九段は、局地戦に強い方です。何度か話題になっているA級順位戦の双玉の終盤戦はあまりにも有名ですけど、ナナは名人戦第二局が強烈に印象に残っていますねぇ」

 継ぎ盤を崩して、スラスラと並べていきます。横歩取り△8五飛、新山崎流…何度か見たことのある局面です。

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「ここが1日目の封じ手だったんですけど…▲3九金と指すのが自然なんですね。でもそれは三浦九段のワナで、頓死するんです!」

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▲3九金    △1九飛成  ▲5三桂成  △5二香    ▲6二成桂  △3九龍(上図)
▲同 銀    △5八金    ▲同 玉    △5七角成  ▲5九玉    △5八馬(下図)

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 あまりにも鮮やかな…中央の一発で、先手玉が詰む変化。
 順位戦もそうですが、恐ろしいほどに深く、正確な読みと研究です。

 
 棋譜を並べながら語る菜々さんの顔は嬉しそうで。

 ……でも、並べ終わると少しずつ、顔が曇っていきました。

「昔から、こういった計算は誰よりも強い方です。本局で羽生さん相手にここまで押し込んでいるのも、それは三浦九段の実力です」

 うつむいた後、笑みを作りながら続けてくれました。

 「ただ、この対局には続きがあってですね…先手の羽生名人はこのワナを看破して、▲5三桂成と激しく攻め合ったんです。そして結果は先手勝ち。その手順は定跡にもなって結論を導く土台になりました。羽生さんが羽生さんたるゆえんでしょうねぇ。

 どんなに研究してもその先があって、お互いにたった一人で向き合うんです。この勝負だって……」

 少しだけ、菜々さんの瞳が揺れて…間が空きます。

 

「盤の前に座したその瞬間は、対等です。対等でなければいけません。

それが…将棋の素晴らしく、残酷なところなんですよ」

 

 その笑みは、少しだけ痛々しく見えました。

 

 

 夜

 

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▲7六銀    △7七歩    ▲8六歩    △7八歩成  ▲8五歩    △4四銀
▲5三歩    △同 飛    ▲7三歩成  △同 金    ▲3三歩    △同 桂
▲3四歩    △4五桂    ▲4六歩 (途中図) △5七歩成  ▲同 銀    △同桂成
▲同金上    △5八歩    ▲同 玉    △2五銀    ▲5九角    △3四銀
▲2六桂 (図)

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 夕食休憩が過ぎて日が暮れても、戦いは続きます。
形勢がだんだん分からなくなってきて、局面が混沌としてきて…。

 おかしいですね、さっきと流れが違ってきました。


「△2五銀から、手番が渡りましたねぇ」

 
 どこかからそんな声が……机の下?

「ここですよぉ」

 まゆちゃんでした。

「▲7三歩成、▲5三歩、▲3三歩、▲3四歩。効かせるだけ効かせて、▲4六歩で攻めを引き込む……勝負に出ました。少しずつ、後手に響いてきてます」

  確かに、後手の手は制限されていますけど…それだけで巻き返せるものでしょうか。

 「ちょっと前の△5八歩で、と金を守りつつ当たりを強くしたんでしょうけど…一気に決める展開ではなくなってしまいましたね」

  指されるまでは△5六歩のように、後手が猛攻する展開が検討されていました。

「少し差がついても、ずっと離れずについていく…良い方からすると手がありそうで、一番怖い、つらいところです。3筋の交換が、今になって響いてきました。
 普通の左美濃なら、攻めに攻めて快勝だったと思います。でも、本局は後手も無傷じゃないですから。△2五銀から歩を払って拠点を消しましたけど、手番は先手です。こうなってくると、勝つのは簡単じゃないです」

 なんとなくですけど。とつけ加えるところが、勘を大事にするまゆちゃんらしいところでした。
少し嬉しそうに話すまゆちゃんの微笑みは、変わっていなくて…安心します。

「羽生さんは、いつもこんな感じです。どんな相手の形に堂々と飛び込んで勝負します。それは…ずっと変わっていなくて。

王将戦で真正面からぶつかり合って、

名人戦横歩取りを指し続け

棋聖戦で頑強な受けに挑み

王座戦では力戦を打ち破り

王位戦でねじり合いを制する

 
いつもの……いつもの羽生さんです。

 
まゆは、羽生さんが対局相手で良かったと思いました」


 もし将棋界に羽生さんがいなかったら…三浦九段は、ここに座ることすら叶わなかったかもしれません。いろいろな感情があることは、間違いないでしょう。

  でも、それを全て盤の外に置いて。

 三浦九段の全力に、羽生さんが全力で応じる。そういった勝負なのだと、今さらながら分かりました。

 

深夜

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△2五銀    ▲3七桂    △2六銀    ▲同 飛    △3四桂 ▲2八飛   
△5六歩    ▲同金直    △3六歩    ▲2五桂    △5五銀 ▲5七歩   
△5六銀    ▲同 歩    △4四歩    ▲5七金    △5五歩 ▲6二銀   
△5四飛    ▲3三歩    (上図)

△5六歩    ▲3二歩成  △同 金  ▲5六金    △同 飛    ▲5七銀    
△3七歩成▲同 角      △5五飛  ▲3三歩    △同 角    ▲同桂成   
△同 金    ▲5六歩    △3五飛  ▲5三角    △4二金    ▲4五桂(下図)

 

 『羽生善治という偶像』があると、以前書いたことがあります。

 羽生さんは特別で、完璧で…そう思いたいという意思が、偶像を作っているのだと。

  この終盤は、そんな『羽生善治』をみるようでした。

  じっと▲5七金と寄った手は、まさしく羽生将棋で…相手の動きを誘いながら、返し技を狙っています。そして▲3三歩 美濃の急所に、ついにくさびが入りました。勝敗を決めにいく一手です。

 観ている子たちも段々と、会話が減っていきました。
 どこまでも難解で、ギリギリのやり取り。
 持ち時間はほとんどなく、全力を懸けて最善を求める…そんな戦い。

 

 ▲4五桂が指されたとき、大きなため息が誰かから漏れました。この手は詰めろで、△同歩とも取れません。もう少しで勝負がつく…そんな空気が流れだしました。

 

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 それはとても、甘い考えでしたけど。

 

 

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△5三金    ▲3三桂成  △4六桂 ▲同 銀    △3三飛    ▲3四歩   
△5七歩    ▲4九玉    △5八角 ▲3九玉    △3四飛

 綱渡りのような手順が続きます。

 一手誤れば、一瞬で終わる…綱を削っていく三浦九段と、正確に渡り歩こうとする羽生三冠。ずっと、その手は震えていました。それはあまりにも深く潜り込んだからこそ、出る震え。観ていたときの、あの感覚はうまく言葉にできないですけれど……

 
 恐ろしく、惹きこまれる時間でした。

 

▲2三飛成  △2七桂    ▲2八玉    △3六桂 ▲2七玉    △2八桂成 
▲同 玉    △2七歩    ▲同 龍    △2六歩 ▲同 龍    △2五金   
▲3三歩    △4二玉    ▲5一銀打

 

 何度、ため息が漏れたでしょう。

 何度、声が上がったでしょう。

 みんなの視線が、一点に縛り付けられます。

 まるで、この世界にその盤だけしかないみたいに。

 

(投了図)

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まで、131手で先手の勝ち

 

 勝負が終わった瞬間、理解が追いつきませんでした。

 数分かけて、△3三玉には▲3五歩と飛車先を止めた手が詰めろになることを確認します。

  対局室になだれ込む報道陣を眺めながら、少しずつ現実に引き戻されて行くような感覚。最初に頭に浮かんだことは、


 この将棋を観ることができて、よかった。

 
 これだけでした。

 

 

 おわりに

 

 

 その将棋には、その指し手には、人の心を動かす力が確かにあって。

 対局者の二人は、紛れもなく『棋士』でした。

 

 重ねて書きましょう、これはあってはいけない対局です。

 その中でも、両対局者は素晴らしい戦いをみせてくれました。

 

 

 「前を向く」という言葉があります。それは、軽い意味ではありません。
 変えられない過去と向き合って、できる限りのけじめをつけて、それでも消えない痛みを抱えたまま、次に進もうとする。

 それが、「前を向く」ということです。

 

 まだ、いろいろなことが動いています。

 それを十分に知ることもできないまま…闇の中にいることは変わりません。

 

 今は、どこが前すらも分かっていませんけれど。

 最後は私にできる、いつも通りの言葉を。

 

 お疲れ様でした。

 ありがとうございました。

 

 いつになるかは分からないけれど。

 いつも通りに……ファンがまた、笑顔で観られる日がくることを願って。

 

 

 

(了)



参考棋譜

第68期名人戦第2局 羽生ー三浦 戦

 

新田美波の答案添削2  新年明けても相変わらずです

 

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お久しぶりです、新田美波です。
遅れましたが、新年あけましておめでとうございます。今回もプロデューサーさんがテストを作成したそうなので、添削をすることになりました。

嫌な予感もしますが、よろしくお願いします。

 

問題1:『三歩』から始まる格言を答えよ

前川みくの答え>

三歩持ったら端攻め

≪美波のコメント≫

正解です。意味は文字通り、三歩あれば端攻めが成立しやすい…ということですね。
美濃囲い、矢倉、穴熊といった囲いは端攻めが非常に有効なので、一つの目安として覚えておくといいと思います。

 
高垣楓の答え>

三歩持ったら端に散布…ふふっ。

≪美波のコメント≫
ここはダジャレ発表会ではありません。


日野茜の答え>

三歩あるいて二歩下がる

≪美波のコメント≫
白星は歩いてこない…ですか。

 

 

問題2:『     』ように寄せよ  空欄を埋めよ


<橘ありすの答え>

玉は包むように寄せよ

 

≪美波のコメント≫
正解です。玉の逃げ道を消すように、上下左右を囲むように攻めた方がいい…という意味ですね。
近い意味の格言として『王手は追う手』、『玉は下段に落とせ』があります。


片桐早苗の答え>

玉は締め上げるように寄せよ

≪美波のコメント≫

そこまで攻撃的じゃなくていいです。


<和久井留美の答え>

殿方は包むように寄せよ

 
≪美波のコメント≫

互いの合意が必要なことを忘れないでください。

 


問題3:『高跳び』という語を用いた格言を答えよ

 
<橘ありすの答え>

桂馬の高跳び歩の餌食

≪美波のコメント≫

正解です。桂馬は頭が弱いので軽率に跳ねると歩で取られてしまう、という意味ですね。
ただし、最近は藤井システム左美濃急戦、角換わりの桂跳ねなどで「取らせて攻めを繋げる」という高等技術も有力視されています。
格言は基本なので有段以上になれば例外もある、ということです。

 

片桐早苗の答え>

普通は高跳び足がつく

≪美波のコメント≫

警官時代の話じゃないですからね?

 

<村上巴の答え>

高跳びするより落とし前

≪美波のコメント≫

コメントできません。

 

 

問題4:攻めは『   』 空欄を埋めよ

 

渋谷凛の答え>

飛角銀桂

≪美波のコメント≫

正解です。金銀3枚は玉の囲いに使い、他は攻めの戦力に充てています。
「4枚の攻めは切れない」という格言もありますし、歩や香車も活用できれば更にいいですね。

 

<大西由里子の答え>

受けがあってこそ至高

≪美波のコメント≫

それは…将棋の話ですか?

 

大和亜季の答え>

東郷ターンからの同航戦

≪美波のコメント≫

バルチック艦隊の話はしていません。

 

 

問題5:名前のついた詰将棋を挙げよ

 

<土屋亜子の答え>

寿、ミクロコスモス

≪美波のコメント≫

正解です。どちらも、長手数で有名な詰将棋ですね。似たような局面を繰り返しつつ、数百手かけて駒の位置を少しずつ変えていく構成になっています。

 

一ノ瀬志希の答え>

最後の審判

≪美波のコメント≫

最後の審判』は「打ち歩詰め」と「連続王手の千日手」が重複して玉方の手が制限される内容ですが、ルールの解釈の問題なので色々と議論があったようです。

志希ちゃんらしい解答ですね。

 

神崎蘭子の答え>

最後の審判<ラスト・ジャッジメント

≪美波のコメント≫

名前が気に入って覚えたことは伝わりました。

 

 

問題6:この形の名称を答えよ

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安部菜々の答え>

雀刺し

≪美波のコメント≫

正解です。升田幸三実力制第4代名人が創案したと言われていて、現在でも矢倉戦で見られる形ですね。破壊力ある端攻めが魅力で、相振り飛車でもある形です。

 

片桐早苗の答え>

鳥刺し

≪美波のコメント≫

…名前は似ていますが、こちらは対振り飛車の戦法です。角を引いて使うところは同じですね。

 

高垣楓の答え>

馬刺し

≪美波のコメント≫

お酒飲みたいのは分かりましたから我慢して下さい。

 

 

問題7:図のように、駒が縦一列に並ぶことを何と言うか答えよ

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<白菊ほたるの答え>

駒柱

≪美波のコメント≫

正解です。めったに現れない形で、それゆえに不吉の前兆などと言われていたそうです。

 

<兵藤レナの答え>

九連宝塔

≪美波のコメント≫

同じく珍しく、不吉の前兆と言われますが…ゲームが違います。

 

<フレデリカの答え>

東京タワー

≪美波のコメント≫

ここで『エッフェル塔』と書かないところがフレデリカちゃんだなと思いました。

 

 

問題8:玉の守りは『  』 空欄を埋めよ

 
前川みくの答え>

金銀3枚

≪美波のコメント≫

正解です。玉を取られたら負けですから、囲うのが基本ですね。様々な囲いがありますが、金銀3枚で互いの連絡をよく組めば大体はいい囲いになります。

 

<猿飛あやめの答え>

忍者流は金1枚です!ニンッ!

≪美波のコメント≫

「忍者流」こと屋敷九段は、例外と考えましょう。真似できません。

 

<森久保乃々の答え>

結局、引きずり出されて捕まるんです。むーりぃー…。

≪美波のコメント≫

それは乃々ちゃん自身のことなんじゃ……机の下囲い?

 

 

問題9:『割』から始まる将棋用語を答えよ

 

前川みくの答え>

割り打ちの銀

≪美波のコメント≫

正解です。図のような局面ですね。

金銀の動きは対照的で、お互いの死角に動かすことができます。囲いを崩す際にとても有効なので、覚えておきましょう。

 

<土屋亜子の答え>

割りカンよりオゴリ

≪美波のコメント≫

Pさんのお財布が大変なことになります。

 

中野有香の答え>

割ってしまった脇息

≪美波のコメント≫

禁じ手です。

 

 

問題10:この囲いの名前を答えよ

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佐久間まゆの答え>

穴熊

≪美波のコメント≫

正解です。振り飛車穴熊の方が歴史的には古く、居飛車へ応用したことで有名なのが田中寅彦九段ですね。終盤の玉への速度が計算しやすいのが長所で、自玉を考えることなく相手玉に迫ることができます。
ただし、逃げ道がないので不利になると「穴熊の姿焼き」なんてことも…。

 

<森久保乃々の答え>

サンクチュアリぃ~…

≪美波のコメント≫

やっぱり隅っこが好きなのね。

 

<アナスタシアの答え>

まだ、パンツ履いてますね?

≪美波のコメント≫

……後でPさんと一緒にお話しましょうか。

 

 

問題11:この囲いの名前を答えよ

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<三船美優の答え>

ミレニアム囲い

≪美波のコメント≫

正解です。三浦九段が確立した囲いで、当時は藤井システム対策として用いられていました。厳密には居飛車よくするのは難しかったのですが、対右玉や地下鉄飛車との組み合わせ等、序盤の作戦に広がりが生まれました。2000年度の升田幸三賞を受賞しています。

 

安部菜々の答え>

ミレニアム…初めて指されたときは驚きましたねぇ。

≪美波のコメント≫

指されたのは2000年です。17年前ですよ、菜々さん。

 

日野茜の答え>

じゃがみ矢倉+銀!!

≪美波のコメント≫

まさか足し算するとは思いませんでした。

 

 

問題12:名人経験者を答えよ

 

佐久間まゆの答え>

羽生善治

≪美波のコメント≫

正解です。通算5期で『永世名人』資格を得ますが、引退後に名乗ることができます。

 

一ノ瀬志希の答え>

井山裕太

≪美波のコメント≫

……囲碁ですよね。問題文だけなら合っていますが理解した上で答えるのはやめましょう?

 

<三好沙南の答え>

高橋名人

≪美波のコメント≫

なんとなく予想はしていました。

 

 

問題13:現在、刊行されている将棋雑誌を答えよ

 

鷺沢文香の答え>

将棋世界

≪美波のコメント≫

正解です。

 

安部菜々の答え>

将棋ジャーナル

≪美波のコメント≫

えーと…調べたら1993年に休刊になっていますね。

 

姫川友紀の答え>

プロ野球全選手写真名鑑

≪美波のコメント≫

そこにあるのは「将棋世界」ではなく「野球セ界」です。

 

 

問題14:今年の朝日杯で、本戦の会場になった場所を答えよ

 

小日向美穂の答え>

熊本県

≪美波のコメント≫

正解です。熊本地震による被害、その復興祈念対局として熊本市総合体育館で行われました。

 

神崎蘭子の答え>

火の国

≪美波のコメント≫

これも正解……なのかな?

 

市原仁奈の答え>

くまモン県でごぜーます!

≪美波のコメント≫

アマ初段免状の県…ある三冠がすごく喜びそうですね。

 

 

問題15:羽生三冠(現)が持つ永世称号(資格含む)はいくつか答えよ

 

佐久間まゆの答え>

7つ

≪美波のコメント≫

正解です。これは引っかけ問題ですね。7大タイトルは永世称号を6つの資格保持者ですが、NHK杯でも通算10期優勝により名誉NHK杯選手権者となっています。こちらは羽生三冠しかいない上に、永久シード権があるそうです。

 

前川みくの答え>

6つ

≪美波のコメント≫

間違いですが、この答えを期待して作られたわけなので…。

 

<堀裕子の答え>

1つ 永世アヒルおじさん

≪美波のコメント≫

その答えは誰も期待していません。

 

 

問題16:対局を巡り老舗旅館で起きた、有名な騒動は『   事件』である。空欄を埋めよ

 

安部菜々の答え>

陣屋事件

≪美波のコメント≫

正解です。升田幸三実力制第4代名人と木村義雄十四世名人の対局を巡るトラブルですね。かなり古い話なので正確な記録が残っているわけではありませんが、将棋界を二分するような大騒ぎに発展したそうです。

 

島村卯月の答え>

池田屋事件

≪美波のコメント≫

それは……張本人を演じてましたよね?

 

 

問題17:羽生三冠(現)が▲8三銀(△2七銀)と打ったときに勝率が高いことから、この地点を羽生『  』と呼ぶ。空欄を埋めよ

 

佐久間まゆの答え>

ゾーン

≪美波のコメント≫

正解です。スポーツなどでは「極限の集中状態」という意味ですが、ここでは「地域、地帯」という意味に近いですね。もちろんここに打てば必ず勝つわけではなく、名人戦第7局など要所で△2七銀を打ち、負けた対局もあります。

 

<アナスタシアの答え>

ポーン

≪美波のコメント≫

羽生さんはチェスが得意ですけど、関係ないですね。

 

<原田美世の答え>

ゴーン

≪美波のコメント≫

日産の最高経営責任者は全く関係ないです。

 

 

問題18:将棋会館のある場所を答えよ

 

安部菜々の答え>

千駄ヶ谷

≪美波のコメント≫

正解です。鳩ノ森神社が近くにありますね。ここで祝言をあげた棋士もいたそうです。

 

<結城晴の答え>

代々木体育館の近く

≪美波のコメント≫

確かフットサルコートもあったけど…よく行くのかな?

 

<荒木比奈の答え>

ライブ会場の近く

≪美波のコメント≫

何の目的で行っているのかよく分かりました。

 

 

ここからが記述欄ですね。

 

テーマ1:今年の抱負について書いて下さい

 

安部菜々の回答>

腰をいたわる

≪美波のコメント≫

切実さが伝わってきました。

 

高垣楓の回答>

美味しいお酒と温泉とライブがしたい

≪美波のコメント≫

新年早々、達成したじゃないですか。

 

姫川友紀の回答>

キャッツ優勝!

≪美波のコメント≫

抱負というより願望ですね。

 

 

テーマ2:これから、何かやりたいことはありますか?

 

<二宮飛鳥の回答>

暦の上で年が変わったからといって自分の意識が変わるわけじゃないが…まぁ、ボクはボクなりに、これからも歩んでいきたいと思ってるよ。これからも前に進み続けて、いつかこの手で新世界の扉を開けられるようにね。

≪美波のコメント≫

飛鳥ちゃんなりのコメントですね。

蘭子ちゃんが一緒にお仕事をしたと、すごく嬉しそうに話していました。仲良さそうで何よりです。

 

高垣楓の回答>

お酒飲みたい

≪美波のコメント≫

楓さんはいつも平常運転ですよね。…残念な方向に。

 

 

 

これでおしまいかな…あれ?1枚余りが。
あ、人数分刷ったから余ったのね。

……一言だけ書こう。

 

新田美波の回答>

この1年、自分でも驚くくらい色々な挑戦や経験がありました。

これからも色々あると思いますが、よろしくお願いします。

 

 

 

(了)

安部菜々の徒然観戦  一局の将棋 一回の人生

 

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ずっと昔、学校の図書室の片隅で埃をかぶった本を見つけたことがあります。

タイトルが気になって開いてみると、貸出カードは白紙のままでした。誰がいつ何のために買った本なのか、今でも分かりません。
そこには棋士の生きざまが鮮やかに描かれていて……夢中で読みふけったことをよく覚えています。
将棋界で「老師」と呼ばれる有名な方著書だと少し後に知るのですが、それはさておき。

本の中の時間…羽生世代が新人棋士として登場し、その才能がまだ理解されていなかった時代。
中原、大山、米長、内藤…今は見ることのできないトップ棋士がしのぎを削る中、その名前もA級棋士として君臨していました。

加藤一二三九段。30年も前の話なのに、本の中でもベテラン棋士でした。

 

2017年 1月20日 第88期 棋聖戦二次予選

飯島栄治七段―加藤一二三九段 戦

 

 

この対局の前日、順位戦の規定によって加藤九段は引退が決まりました。他の棋士の勝敗によって降級点が確定したのですが、その日の夜は様々な報道や反応が流れました。

77歳を超え、現役棋士最年長記録を更新。藤井聡太四段との対局もあり、世間が注目していたこともあります。…でも、それを抜きにしても、あまりに大きな出来事でした。

戦後の将棋界、そのすべての時代を戦い抜いてきた方です。「いつかは来るもの」と覚悟はしていたつもりでしたが、それでも…ショックです。

対局予定は前々から決まっているとはいえ、翌日に対局というのも何という巡りあわせでしょう。朝から報道陣が押しかける、異様な雰囲気の対局となりました。

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▲2六歩   △8四歩   ▲2五歩   △8五歩   ▲7八金   △3二金
▲2四歩   △同 歩   ▲同 飛   △2三歩   ▲2八飛   △3四歩
▲3八銀   △8六歩   ▲同 歩   △同 飛   ▲8七歩   △8四飛

戦型は、相掛かりに。居飛車党でも指す人が限られる戦型ですが、お互いに得意としていますね。

飯島栄治七段はB級1組在籍の棋士で、非常に手堅い棋風です。昨期B級2組から逆転昇級を決め、『鬼の棲家』を戦っています。

事前に勝敗を語るような野暮なことはしませんが、いまの順位戦でいえばそれだけ大きな差があったんです。

盤の上では対等ですし、事前の勝敗は関係ない。……言うだけなら簡単ですが、本局は加藤九段がそれを身をもって示すことになりました。

 

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▲2七銀   △7二銀   ▲3六銀   △9四歩   ▲9六歩   △7四飛

 

加藤九段は14歳で棋士になり、18歳でA級に上がりました。

「神武以来の天才」(『じんむこのかた』と読みます)と言われたわけですが、これは本当に偉業としか言いようがありません。(藤井四段が、ノンストップで4年連続昇級するようなものです)

まだ戦後まもない時代ですから、データはおろか今のような「定跡」はほとんどありません。己の感覚と読みだけが武器となる世界だったわけです。そんな中で、加藤少年は他の棋士を圧倒するだけの力がありました。


相掛かりといえば、昔は▲2六飛と構えてひねり飛車や中原流▲3七桂、塚田スペシャルといった形に進むことが多かったですが……最近は▲2八飛と引く形が多いですね。

飛車を狙われにくく、攻めは棒銀で手になるようです。

端歩を突き合うまでは、よくある形ですね。ここで△7四飛が加藤九段の趣向でした。狙いは▲7六歩の牽制です。

 

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▲6九玉   △8三銀   ▲7六歩   △同 飛   ▲2二角成 △同 銀
▲6五角   △7四飛   ▲同 角   △同 歩   ▲8八銀   △7二銀
▲7七銀   △4二玉   ▲4六歩   △7三桂   ▲5八金   △3三銀
▲4七銀   △6四歩   ▲6六銀

 

加藤一二三は大天才である」

かの大山名人が自著の中で書いた言葉だそうですが、加藤九段ご自身もいたく気に入っていらっしゃいます。それだけ、認められていたわけです。
しかし、18歳A級を達成の後、名人を奪取するまでには22年もの歳月を要しました。

当時は『大山無敵時代』とも言うべき状態で、加藤九段のみならず多くの棋士がタイトルを阻まれました。中原十六世名人の時代になってから、悲願の名人奪取を達成します。

翌期に谷川現九段が挑戦するのですが……3人の永世名人(有資格者)との名人戦、あまりにも壮大な話です。

 
△8三銀に対して強く反発し、▲6五角で両取りが掛かりました。
先後ともに妥協できない手順で、作戦負けと紙一重の応酬が続きます。

飛角交換になって先手は持駒の飛車、後手は歩得と角二枚の持駒が主張です。

互いに、低い陣形で整備が続きます。ただ駒を前に伸ばしやすいのは先手で、▲3六歩のような自然な手の積み重ねで攻勢がとれます。
逆に後手は金銀を動かすと飛車打ちがあるので、角桂で手を作りにいく必要がありますね。

局面を収める方針で指す先手に対して、加藤九段の感覚が光りました。

 

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△8四角   ▲7七桂   △8八歩 ▲同 金   △6五歩   ▲同 桂  
△同 桂   ▲同 銀   △6六歩 ▲同 歩   △同 角   ▲7八玉  
△3九角   ▲3八飛   △5七角引成▲6七歩   △8八角成 ▲同 玉  
△7五馬(下図)

新春お好み対局という企画で、今は亡き米長永世棋聖と加藤九段が解説をしたことがあります。しかし、加藤九段が示した手がなかなか当たりません。

「あなたはね、将棋の最善手を求めてる。私はこの人間ならどう指すかということを言ってる」

この米長棋聖の言葉ほど、正鵠を射たものはないでしょう。
昔、棋士は勝負師としての面が重視されていました。大山名人や米長棋聖の「泥沼流」などはその代表です。
加藤九段は対照的で、盤面しか見ていません。盤上の最善のみを求め、一手に7時間かけた話は伝説です。中盤で時間が切迫した対局もままあります。
その姿勢は、逆転負けが多いことと無関係ではないでしょう。将棋が中心であるゆえに生まれたトラブルやエピソードも数えきれないほどあります。

しかし、最善を求め続けてきたからこそ情熱を失わず、今まで棋士として戦ってきたともいえます。


図の△8四角。茫洋とした位置に角を打ったようにしか思えませんが、これが好手でした。
続く△8八歩が継続手で、これで先手困っているんですね。この3手は、紛れもなく加藤九段の将棋です。

ゆっくりした流れにしたい先手は必死に受けに回りますが、加藤九段の流れるような攻めは止まりません。垂れ歩を効かせた効果で△6六同角が金に当たり、△3九角から馬をつくって△7五馬が絶好の位置です。

3九の角を成るのが大事なところで、△5七角上成だと▲3九飛と取られます。これは負担にさせるはずの飛車を捌かれてしまって後手も嫌なところです。

 

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▲5六銀上 △7三桂 ▲7七桂   △8六歩   ▲同 歩   △6五桂  
▲同 銀   △8六馬 ▲8七歩   △7九銀   ▲同 玉   △7七馬  
▲7八飛   △9九馬 ▲6八玉   △7三桂   ▲6四銀

数年前、加藤九段は1000敗という記録を達成しました。

一見、不名誉な記録に思えますが…将棋界において、負け数は増えにくいものなんですね。トーナメントは負ければそこで終わりですから、番勝負やリーグ戦を数多く戦わなければ成し得ません。

もちろん勝ち星も大記録で、ここまで1323勝は大山名人、羽生三冠に次いで歴代3位です!

……歴代2位の方が、未だ542敗という事実は例外と考えたいですね、ええ。

 

局面は後手良しとはいえ、切れるかどうかギリギリの攻めです。例えば▲7六歩のような手が間に合ってくると、駒損の後手は勝てない流れになってしまいます。

△8六歩を効かせてから銀を取り、玉を下段に落とす。自陣飛車の懸命の粘りですが、香車を取り返した局面では後手の2枚換えで駒得になっています。

控室では△6二香が示されていましたが、▲6四桂と打たれるとぼやけてしまいます。加藤九段は△7三桂でした。

この銀は先手の反撃の拠点なので▲5六銀とはできません。▲7四銀と歩を取るのは、△7七歩の切り返しがあります。

▲6四銀は5三の地点を睨んでいて嫌みに思えるのですが、以下の手順も加藤九段は冴えに冴えます。

 

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△6五桂   ▲6六銀   △7七香 ▲同 銀   △同桂成   ▲同 飛  
△6九金   ▲7八玉   △8九銀 ▲6九玉   △7七馬(下図)

 

ここ数年、加藤九段はテレビに出演されることが増えました。「ひふみん」との愛称で親しまれていますね。

棋士になられてから60年以上。その実績や凄さがが十分に伝わっていない気も少しだけ感じますが…ネットを含め、棋士として将棋の普及に努める姿勢は一貫しています。


既に後手優勢ですが、加藤九段の攻める姿勢は揺らぎません。
打った桂馬を跳ねる。この活用が一気に決着をつける好手でした。

銀を打って受けますが、△7七香と温存した香が効果を発揮します。銀を手に入れて、△6九金から△8九銀で大技が掛かりました。飛車を取った局面では、後手勝勢です。

ここまで簡単なようですが、「盤上この一手」を選び続けた結果なんです。少しでも緩めば、飯島七段も咎めることができたでしょう。その余裕を与えない加藤九段の攻めが凄まじいのです。

 

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たくさん駒を渡しましたが、後手玉はまだ詰みません。▲5三銀成は怖い筋ですが、取らずに△3一玉と引くとほぼゼット、絶対に詰まない形です。

だから余裕を得るため必死に受けに回る先手ですが、飛車打ちが激痛です。桂馬を取った手が更に飛車取りで、先手はどうしようもないんですね。

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▲7九香   △4九飛   ▲5九桂   △8七馬 ▲7八歩   △2九飛成

まで98手で後手の勝ち

 

ここで、飯島七段の投了となりました。

以下は飛車を逃げるしかありませんが、△6八歩の手裏剣があります。
▲同玉は△8六馬が王手銀取りですし、△同金にも▲5六桂や▲4七桂が激痛です。攻防ともに見込みなし、ですね。

 

感想戦では△8四角で先手は作戦負け気味で、▲2二歩と攻め合う以外に疑問手はなかった…とされました。

 

加藤九段は、これで最年長勝利記録を更新しました。
終盤からずっと、ファンは興奮し、歓声を上げました。

棋譜だけみれば、後手の完勝です。タイトル戦でなければ、二転三転した大熱戦でもありません。
取り上げられなければ、数多の棋譜の一つとして、埋もれていってしまうような、そんな一局です。

……でも、その一局は沢山の人の心を動かしました。それは、一生をかけて戦い抜かんとする棋士がいたからです。

人が与える感動というのは、確かにあります。それは将棋でも、スポーツでも……アイドルでも、変わりません。
真摯に向き合う姿勢が美しいと、素晴らしいと感じられるなら。それはきっと、幸せなことなのだと思います。

 

『人生は一局の将棋なり、指し直す能わず』

 

アマ高段だった作家、菊池寛氏の言葉です。冒頭の本のタイトルも、これが由来だとか。

将棋界を描いてきた「老師」こと河口俊彦八段は、今はこの世にいません。もし、この一局を観ていらしたら…どんなことを書いたでしょうか。
…読んでみたかったですねぇ。

 

 

まだ、加藤九段の対局は続きます。次は佐藤名人との対戦ですし、予定された対局は何局も残っています。そして公式戦を退かれてもイベントや普及といった活動は続けると、ご本人が公言していらっしゃいます。
その情熱は、未だ衰えていません。

 

加藤九段は、棋士としての人生を歩み続けるのでしょう。

ただひたすらに、最善手を求めながら。

 

 

 

 

(了)

新田美波の定跡解説  藤井システム…不思議な形ですね?

 

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「ミナミ、ちょっと聞きたいこと、ありますね?」

どうしたの?アーニャちゃん。

「最近、振り飛車の将棋を勉強してましたね。でも…ちょっとおかしいです」

どういうこと?

「これ、見てください」

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あ、藤井システムだね。定跡型に見えるよ?

「ニェット!この形、玉を囲ってません。ミナミに『居玉は避けよ』と教わりました!定跡なのはおかしいです!」

あー…普通はそうなんだけどね。この形はちょっと特別かな。

「シト、特別ですか?」

うん。色んな意味で、衝撃的な戦法。

「アーニャ、気になります。ヴァチモア…どうして居玉なのか、ゼリュ…狙いは何なのか…もっと詳しく知りたいですね」

うーん、理由も狙いもあるけれど…複雑だから簡単には説明できないかな。

「そうですか…」

最初に指されたのもかなり前だから、いろいろ調べないといけないし…。
お仕事じゃないから2人で時間取るのも……あれ、アーニャちゃんどこいくの?

「プロデューサーに、データを調べてもらいましょう。クリスマスのお仕事、これにしてもらいます」

そんな…急には無理だよ.

「ニェット、ウサギのぬいぐるみを使って要求すれば、お仕事もらえるとアンズに聞きました。たぶんダイジョブ、ですね」

杏ちゃん、変な前例を作っちゃダメだよ……。


(12月24日、事務所の一室にて)

それでは、今回の講義『藤井システム誕生と狙い』を始めます。

「ダー♪ミナミ、パジャルースタ…よろしくお願いしますね」

うん!…そうは言っても今回のテーマは難しいから、ちょっと不安かな。

「ミナミ、頑張りましょう!アーニャもついていけるよう頑張ります」

そうだね、これも一つの挑戦として…美波、行きます!

 

藤井システム誕生の背景

最初に、『藤井システム』は四間飛車の戦法ってことは分かるかな?

「ダー、事務所でも指してる子いますね。ポプラヌスィ…人気みたいです」

アマチュア含めて愛好する人は多いと思うよ。方針が分かりやすいのも一つの魅力かな。
それで四間飛車居飛車の場合、居飛車の作戦で大きく分けて3つの形に分かれるのね。
アーニャちゃん、分かる?

「ンー…船囲いと、左美濃と、穴熊ですね?」

正解!船囲いが急戦で、他の2つは持久戦に分けられるね。

「でも四間飛車は、いつも美濃に囲いますね?」

スムーズに囲えるし、横からの攻めに強いからね。他の囲いは…あまり見ないかな。

「美濃はクラシーヴィ…美しいと、教わりました」

振り飛車党の人だと、美濃囲いのものが好きな人は多いみたいだね。

「漆黒の翼の闇結界!ですね」

……それが通じるのは、ごく一部の人だけだと思うよ?

「ニチェボー、せっかく教わったのに…」


昔は、居飛車の囲いは船囲いの急戦がほとんどだったの。

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銀を前に出して、飛車先の突破が狙いだね。

「ナナが指してiるの、見たことあります」

…でも、船囲いは玉が薄いから勝ちにくくて。終盤、どうしても自玉が危険になっちゃうからね。

「ンー、難しいです」

だから、左美濃居飛車穴熊が生まれた後は大流行したのね。左美濃は堅さがほぼ互角だし、穴熊に至っては美濃より堅いから。

それまで振り飛車が美濃囲いを活かして暴れていたけれど、居飛車側が無理を通す側に回ったわけ。相手より堅い…って、重要なことだよ。

「『穴熊の暴力』、ですね?」

そう、今度はどうしても振り飛車の勝率が悪くなっちゃって。

これが大体、30年前くらいの話。当時は角道を止める振り飛車が常識だったから、ゴキゲン中飛車や角交換四間飛車はなかったし…。

もちろん楽しむだけなら穴熊も気にしなくてもいいけれど、棋士の場合は勝って生計を立てているから。
自分が武器にしている戦型の勝率が落ちるってことは、とても厳しいことなの。

「パニャートナ。アーニャもライブが成功しなかったら…つらいです」

かなり、振り飛車党は窮地に立たされてたみたい。

 

藤井システム誕生

そんな背景があって活躍したのが棋士藤井猛九段。『藤井システム』の創始者で、今でも有名な方だね。

「ダー、対局のとき、みんな盛り上がりますね」

細かな話になるけれど、『藤井システム』っていうのは一つの形を指す言葉じゃなくて。

アーニャちゃんが見せてくれた局面は「対穴熊」だけれど、「対左美濃」や「対急戦」も含めて藤井システムなのね。

「シト、他はあまり見ないですね?」

一番衝撃的で、有名なのが対穴熊の形だからね。変化も多くて全部は難しいけれど、順を追ってできるだけ説明してみようかな。

「ダー♪楽しみです」

大きな流れだけ先に…ちょっとホワイトボード使うね。

 
藤井システムの流れ)

・対左美濃(~1994年)

 ↓ 左美濃の衰退、穴熊

・対居飛車穴熊登場(1995年~)

↓ 居飛車穴熊に組めなくなっていく

・システムの完成、藤井竜王3連覇(1998~2001年)

 ↓ 藤井システム居飛車の戦い

居飛車の対策、システムの苦境(2004年~)

 ↓ ファーム落ちの時代

・復活(2011年~)

 
・対左美濃


最初は、「対左美濃」に力を入れていたの。当時は、これも指す人が多かったからね。

「パニャートナ、でもこの形…見たことないですね?」

左美濃藤井システムは優秀で、指す人はほとんどいないね。局面はこんな感じなんだけど…

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「シト?普通の美濃じゃないんですか?」

重要なのは△7一玉型なこと。一手省略して、角道を通したり6筋の位を取ったり、攻めるための準備に回しているのね。それに角のラインで▲5五角みたいな手が、王手にならないのも大きいよ。

この後は△8四歩―△8五歩と玉頭を攻めるんだけど、角道や端、桂馬が攻めに働いて居飛車受けきれないの。だから居飛車も動く将棋があったんだけど、それを藤井九段が研究して打ち破ったのね。当時は、詰みまで研究してたみたい。

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(ほぼ一直線に斬り合う変化になるも(従来は先手良し)、定説を覆して勝利)

 

簡単に技が決まるわけじゃないけれど、「振り飛車良し」の局面がたくさん見つかって…。
これが広まって、左美濃に組む将棋は激減したの。

「ンー、タテもナナメも、ミナミの攻めが厳しいです。アーニャ、ボロボロです」

…私が振り飛車側で駒を動かしてるだけだからね?


 ・対穴熊藤井システム


さて、居飛車は「居飛車穴熊」という最強の切り札があって、みんな指すようになるのね。やっぱり、穴熊に組まれると振り飛車は大変で。

ここで生まれたのが、アーニャちゃんが見せてくれた居玉の構想なの。

「ヴァチモア…どうして、居玉ですか?」

左美濃のときは玉頭を攻めたけど、穴熊だと玉が下にあって効果が薄いから。

それに普通に美濃に囲っていると穴熊に組まれちゃうし、上から攻めたときに反動で自玉も危なくなっちゃう。戦場に近いと、流れ弾が飛んでくるからね。

△7一玉型でも上手くいかない…というわけで、居玉で仕掛ける構想に行きついたわけ。

「『居玉は良い玉』、ですね?」

…それは教わったの?

「ダー、日本のジョークだと、カエデに教わりました」

……ダジャレだからね?

 

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この形は、1995年12月22日 藤井猛井上慶太 戦で初登場。

このときは先手番だね。居玉で攻めの体制を築いて、△1二香の瞬間に▲5六銀から動いたの。
一手一手の解説は省くけれど、居飛車は受けきれずに47手で先手の勝ち!

 

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「!?早すぎます!」

ここから数手で投了になるけれど、▲1二角成と▲6三歩成からの両狙いがあるから後手敗勢なのね。

重要なのは、▲2五桂と跳ねること。角をずらして▲4五歩と突くことで、7七角のラインで居飛車の玉を狙っているの。

「パンツを脱いで飛ばすんですね!」

アーニャちゃん、美濃の桂馬はそんな名前つけません!

 

 

桂馬を跳ねて、取らせてる間に攻めを繋げる。……こういう展開って、最近みたことない?

「アー、角換わりや居角左美濃でみましたね。攻め、止まりませんでした」

そう!一見軽そうな攻めでも繋がる…この感覚を、戦法として完成させたの。

「できるだけ手は後回しにする」「低い陣形を維持する」「桂跳ねから手を作る」

…現代将棋の、基本的な考え方そのものだよね。繰り返すけれど、20年前にこれを構築したことがすごい革新なのね。まだ「ちゃんと囲うのが王道」って時代だったみたいだから。

「アーニャも、ミナミも、生まれてないですね?」

もちろんソフトも、データを整理するためのコンピューターすらも普及してない時代だからね。こうやって体系づけて定跡を完成させたことは、本当にすごいことだよ。

 

藤井九段は1996年の升田幸三賞を受賞してるけど、この後も研究は続いて本人が完成と判断したのは2年半先だったみたい。

その結果、後手番でも成立することが分かって猛威を振るうの。

攻め筋も一つじゃなくて、▲6六歩に対する△6二飛の右四間飛車をはじめ、相手の手を見ながら攻めの陣形を選べるのね。

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(飛角銀桂を6筋に集中させる構想)

もし居飛車が急戦で来たら、美濃囲いに逃げ込めば強く戦える…ってわけ。

システムの完成以降、何年も「藤井システム居飛車」の構図が続くのだけど…その間に、藤井九段は竜王位を奪取、3連覇!

「ハラショー!」

この衝撃は大きくて、竜王戦…特に羽生さんが挑戦した際には穴熊を一度も目指さなかった…いえ、「組めなかった」のね。『一歩竜王』の対局も羽生さんは左美濃で対抗した将棋だったし。

「ンー、他の振り飛車党の人は…どうでしたか?」

うーん、一言で「振り飛車党」って言っても、個性的だからね。指してる人もいたけど、システムを武器にタイトル奪取まで結果を出したのは藤井九段だけかな。やっぱり特殊な戦いになるからね。

「個性、ですか…」

あとは、棋風の関係ね。藤井九段の攻めは「ガジガジ流」と言われているけど、拠点を作って相手陣の駒を剥がしていく攻めが強くて。こんな風に…

 

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とにかく拠点を作って食らいついて、攻めを繋いでいく。

これが藤井システムと、とても相性が良かったの。

「シト、どういう意味ですか?」

終盤で大切なことは「互いの玉が何手で詰むか」の速度計算だけれど、自玉の詰む、詰まないがかなりはっきりした展開になるから。相手に駒を渡しても、切れない攻めを心がければいい…ってわけ。藤井九段の長所と、合致した戦型なのが大きいね。


「ンー、さっきからミナミに剥がされて、アーニャの大切なものが取られそうです」

…将棋の話だからね?

「ダー、そうですけど…ミナミ、どうして顔赤いですか?」

……知りませんっ!


居飛車の対策、システムの苦境

「でも、どうしてシステムは減りましたか?」

隆盛を極めた藤井システムなんだけど、他の棋士は羽生世代含めて、多くは居飛車党だったから研究されて、対策も生み出されたの。

居飛車の序盤も、洗練されたってことだね。

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▲3六歩以下、△3二飛▲3五歩△同歩▲4六歩△6二玉▲4五歩
後手玉が不安定なうちに、戦いを起こす狙い

それが、▲3六歩。穴熊にするか態度を保留して、右の銀を使った急戦を目指す方針ね。

従来の右銀急戦はどうしても囲いが薄くて大変だったんだけど、後手も居玉だから。△6二玉に▲3五歩から戦いを起こして振り飛車も大変なの。

「パニャートナ、ミナミに攻められる前に、アーニャが攻めればいいんですね!」

……そんな感じかな?

 

システム側も試行錯誤の結果、△9四歩・△6四歩型が増えたのだけど…形が変わればメリットとデメリットがあるから。△6四歩を狙って▲5五角と出る手が生まれて。歩を守るには金や銀を動かさないきゃいけないけど、形が崩れて急戦に弱くなっちゃうの。

こんな感じで…

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▲5五角以下、△6三銀▲3五歩△同歩▲4六銀△4五歩▲3三角成△同桂
▲2四歩△同歩▲3五銀△3四歩▲同銀

激しい戦いになるが、美濃囲いが崩れているのが不満

 

「銀のマールシ、行進で囲いもバラバラですね」

今も結論は出てなくて、難しいところもあるけれど…「居飛車も戦える」って見解が出てきてからは指されなくなっていったのね。

穴熊を回避するためにゴキゲン中飛車や石田流が有力だと分かったのも理由の一つで、流行が変わった…とも言えるかな。

 

藤井九段自身も「ファーム落ち」と言って、しばらく指さない時期があったからね。
その代わりに『藤井矢倉』や『角交換四間飛車』の新たな定跡を発展させたけど…これはまた別のお話。

「ファームオチ…ユキが言ってましたね?」

野球の用語だからね。藤井九段は野球に例えるのが多いみたい。これは2軍で調整って意味らしいよ。

 

 ・藤井システムの復活


「…では、藤井システム、もう消えてしまいましたか?」

ううん、ここ数年は見直されつつあるよ。

2011年頃から藤井九段がシステムを再び採用し始めて、勝っていくのね。
そして2012年、王位戦挑戦者決定戦で渡辺竜王(当時)に藤井システムを採用!そして勝利!

「ダーティシトー!すごいです!」

タイトルは獲れなかったけど…その序盤術は健在で、並べてみるといいと思う。

その後も要所で採用して勝利を重ねていくのね。

今年の秋には、藤井システム銀河戦優勝!
同じ日に羽生三冠がシステムを採用して、勝利したのも記憶に新しいね。

「アー、ガラクティカ…銀河、このことだったんですね」

たぶん水面下の研究もあるだろうし…「どちらも大変」って感じかな。

優秀な戦法であることに、変わりはないみたい。

 

 

できるだけ頑張ってみたけど…対局数も多いし未解決なところも多いから、解説できたのはほんの一部分だけだね。興味があったら調べてみるのがいいと思うよ。

藤井九段の本にも解説されているし、詳しい人と対局をするのが一番の上達法かな。
指すにも対策するにも、自分なりに理解しないといけないからね。

「ンー、大変そうです…」

最初は、なんとなくでもいいから。自分で考えて、試行錯誤することも大切だよ。

 

…それでは、今回はここまでにしたいと思います。ありがとうございました!

「スパシーバ、ありがとうございました!棋士にもズヴェズダ…星のような人、いるのですね」

うん。だから、そんな綺麗な世界に惹かれるんだと思う。少しでも伝えられたら…嬉しいな。

 


 ガチャ

「我が同胞たちよ、煩わしきソルにちヌィ・ズビえーと!」
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あ、蘭子ちゃん。おはよう…だよね?

「ダー、ソルニチヌィ・ズビエート…ですね。わずらわしい太陽…です」

「…ふむ。やはり盤上の星々を巡っていたか(また、定跡教えてたんですね~)」

そうだけど、蘭子ちゃんはどうしてここに?

「『瞳』を持つ者より、宣託を受けたため、伝えに参った!(プロデューサーさんから伝言ですよ!)」

「アー、プロデューサーですか?」

「あ…えっと…『お疲れ様でした。ケーキの差し入れです』だって」

この箱かな…?あ、結構大きいね。

「なら、寮で食べましょう。クリスマスパーティーです」

そういえば…クリスマス企画だってこと、半分忘れてたかも。

お祝いだけ、先にしておこっか。


 

メリー・クリスマス!

 

 

 

(了)

参考棋譜

 

左美濃

室岡―藤井 戦(1994年 棋聖戦

 

穴熊

藤井―井上 戦(1995年 順位戦

佐藤―藤井 戦(2002年 NHK杯

渡辺―藤井 戦(2012年 王位戦

 

▲5五角急戦

谷川―羽生 戦(2004年 王位戦

羽生―藤井 戦(2004年 棋王戦)

羽生―藤井 戦(2012年 王位戦

在るプロデューサーのライブ観戦記 初日  ガラスの靴をはいたアイドル

 

プロデューサーとして「好き、面白い、素晴らしい!」と感じたものを伝えたい。
そんな動機でこれまで活動してきた。色々考えたが、その方針は変わらない。

本来ならばPは裏方に徹するべき…なのかもしれないが、『アイドルを語る』ことについてはこれまでのように、アイドルの皆さんにお願いするわけにはいかなかった。

…いやそもそも、この2日間で観たもの感じたものを書かないという選択肢は頭になかった。感動した。それを書き残したい。忘れたくない。少しでも伝えたい。

この文章は、そんな在るプロデューサーのライブ観戦記である。

 

かなり前のことになるがチケットの抽選に外れ、2日間LVでの観戦となった。
ただ、限定CDだけは手に入れたく始発にて物販に向かい購入することに成功。
列待機の間に名刺を交換するP達を初めて見たが、言葉の端々や所持しているグッズから、アイドルの方々への愛が溢れていた。

一度帰宅して、LV会場の映画館へ。映画ならば何度か観に来たことはあったが(約1年経った今も未だに上映されているそうなので、また見に行きたいものだ)、このような中継を観ることは初めてだった。

5時になり、中継されるSSA内が暗くなる。 OP、どんな内容なのか…待っている間は期待と不安が入り混じっていた。3rdの完成度を塗り替えるのは容易ではないと、そう思っていた部分もある。
協賛コール、ちひろさんの諸注意も終わり、『Brand new Castle』開門。

光が、城の外観を描き出す。そして……

 

「はぁ~い☆あなたのハートをシュガシュガスウィ~ト☆」

 

その第一声で、会場のボルテージはMAXになった。私の愚考など一瞬で打ち砕かれた。

はぁとさんに続いて美優さん、森久保さんのナレーションが続く。シンデレラの階段を駆け上がった者たちによる、『開門』の宣言。この時点で、いろいろな感情が溢れだしそうになっていた。

荘厳な曲とともに門が開き、光を放つ。それを背にキャストがシルエットを浮かび上がらせて登場。(この時点で演出は始まっていた)

曲がクライマックスを迎え、ステージ上の照明がキャスト陣を照らし出す。


そこに、アイドルがいた。


衣装が、それぞれのアイドルをあしらった…いや、その通りのものだった。 会場全体が、驚きと歓声に包まれる。そしてそのまま『BEYOND THE STARLIGHT』へ。

この時点で、私Pは涙を流していた…。まだ、始まったばかりであるというのに。

 次は『Snow wings』を全員で。この2曲で一人一人がカメラに映り、誰が何の衣装か、詳しく把握できた。(ひときわ目を引く方がいたが、それは後述する)

 

MCパートで挨拶と自己紹介。…フレデリカ(高野麻美さん)の「きちゃったよ~サイパン!」が頭から離れない。いつものフレちゃんであった。

『Brand new Castle』

この日もステージに、シンデレラプロジェクトの面々はいない。その名の通り、今日がシンデレラ初ステージのアイドルが何人もいた。

それゆえ新鮮味もあり、明るく楽しく賑やかな印象だった。

 

最初のユニット曲は、パッション5人による『Flip Flop』

隊形が複雑で前の人の肩に手を置き進むなど、直前のMCで語られた「新しいことへの挑戦」が垣間見えるステージだった。それは、この初日通していえることだろう。

またこの曲は…茜さんと藍子さんで歌ってもらいたい。

 

次に門から現れたのが、五十嵐響子さん(種崎敦美さん)。
そして流れる『恋のHamburg♪』

フライ返しを右手に歌う姿、その歌声、セリフ…全てが響子さんそのもので。

シンデレラ初のライブ、しかも序盤のソロ曲1番目に持ってくる驚きと、それを堂々と歌いきったことへの感動がないまぜになっていた。

シンデレラのステージは、アイドルと担当Pにとって非常に特別な意味を持つ。そして、ステージを期に担当が増えることもあるのだ(プロデューサーの性なのか…)。

とにかく、序盤から最高であった。

 

 スポットライトが後方に映り、城の上に紅と青の二人が立つ。
羽衣小町による『青の一番星』

京都出身アイドルによる共演がついに現実になった。あでやかに、華やかに歌い上げるその姿は…赤と青の衣装が煌びやかで、Pの夢が現実になった瞬間だった。

京美人を体現した小早川紗枝はん(立花里香さん)であったが、MCで言われて喜ぶ様はいつもの立花さんであった。

 

さて、ステージの雰囲気を一変させる演出は定番でもあるが(毒茸伝説とか)、次のステージの衝撃は忘れられない。

曲が終わる途端に、奈落から飛鳥くん(青木志貴さん)登場。ステージが一気に暗くなり、かかるイントロ『偶像世界の存在証明』


結論からいえば、『二宮飛鳥のステージ』だった。飛鳥が、そこにいた。


まず語らねばならないのは、その姿だろう。
登場のときから異色を放っていたのはこの方だったわけだが、二宮飛鳥そのもの。ベースとなる髪の色からピンクの編み込みエクステ、衣装、プロポーション…どこをとっても飛鳥であった。月並みな表現だが、それしか言えないのだ。

青木志貴さんの経歴によるところも大きいのだが(コスプレイヤーとしても有名)、長いアイマスの中でも異質なステージだったと思う。

それを成立させたのが飛鳥というキャラであり、青木志貴さんの手腕なのだ。

スタンドマイクを持ってキレのあるダンス、そして演出。ノイズ混じりのセリフのシーンではLVの画面も色褪せたノイズが走り歓声が上がった。(SSAでは後ろの画面に映ったようだ)

歌声も…飛鳥だった。

ライブで歌うには高低もリズムも激しい難しい曲を、初の舞台で大観衆の中、もがくように声を張り上げる。

まさに『二宮飛鳥の存在証明』であり、それは最高の形で示された。

 

 さて、ここから先は様々なメンバーで、にぎやかに進んでいく。

「き・ま・ぐ・れ☆Café au lait!」は相変わらずの一門ぶりで、大和亜季さん(村中知さん)と片桐早苗さん(和氣あず未さん)の捕り物劇。全くそれを気にせず歌うフレちゃんこと高野麻美さん。

次の『エブリデイドリーム』や他の曲もそうだが、過去に歌われた曲はメンバーや演出が変わっている。このあたりの組み合わせも面白いところだ。

やはり、小指のリボンは変わっていなかったが。

 

『Bloody Festa』…白坂小梅ちゃん(桜咲千依さん)の2曲目であり…会場が真っ赤に染まった。

「血の海がみたい」とのお達しにPが答えたわけだが(?) 強い曲調に対してウィスパーボイスで声を張る…という表現しがたい曲を、ライブで堂々を歌い上げてみせた。

まだ公開されてから日が浅いのだが、ハロウィンが近いこの時期にぴったりの衣装で歌い踊る姿は…何か人ならざる者を呼び込みそうだった。

 

『お散歩カメラ』では、3人が歩きながらのステージ。「パシャ」の声と共にカメラのシャッターが下ろされ、歓声が沸いた。身長差も相まって、千枝ちゃんと薫ちゃんを引き連れた藍子さん…というほのぼの空間ができあがっていた。

その空間を引き継ぐようにして相葉夕美さん(木村珠莉さん)の『lilac time』

ここで語るべきは、P達のサイリウムだろうか。緑に染まった会場の中に、色とりどりの光…花畑が広がった。

初ステージである。そして、それを全力で応援するPがいる。それを再認識させられたステージだった。
最後のMCで、「私、きれいに咲けました!」と涙まじりに言った言葉は忘れられない。
(ここは、デレステコミュ2話やつぼみコミュを参照してほしい。咲くという言葉は相葉夕美というアイドルにとって、とても大切な言葉である)

 

キュート陣で『明日また会えるよね』を会場後方からトロッコ(馬車)で。
このときの様子は、文で表せるようなものでは到底ない…。とにかく、楽しいの一言に尽きる。

ここからは、パッションソロ曲が続く。

 

大槻唯ちゃん(山下七海さん)の『Radio Happy』

これは、圧巻としか言いようがなかった。すごい、すごい(語彙消失)

センターステージで、イントロからダンサーと息を合わせたダンスを披露(某トレイン的なアレ)。固さを感じさせない、場慣れした雰囲気(山下さんは別のステージに立った経験があるが、それでもシンデレラのステージは異質なものだ。だからこそ、すごい)
歌唱も含め、完成度がずば抜けて高いステージだった。

デビューCDも、カバーアルバムも、P達の度肝を抜いてきた唯ちゃんらしいといえばらしいのだが…次元が一つ違うわけで。山下さんの能力の高さは目を見張るものがあった(まだ21歳だそうだ)。

 

 そして次の曲で熱気が笑いに変わる(?)

ライトに照らされたのはバットを構えた姫川友紀選手(杜野まこさん)と、投球の構えの向井拓海選手(原優子さん)。

LVの画面一杯に中継画面『キャッツvsヤンキーズ

3rdではきらり選手が投だったが松嵜麗さんのヤクルト好きの影響が大きく、今回はカープファンの立花里香さんが出るかもしれないなどと考えていた。(個人の予想)

ただ、紗枝はんが投げるイメージは全くないので、振り返るとこれが正解だと思う。

この勢いや熱は、パッション特有のものだろう。熱を伴って駆け抜けた。

 

 勢いをそのままに『Can’t Stop!!』。今回は、城がお立ち台である。

(衣装が青を基調としていたため、OPで誰か分からなかった…閑話休題

例によって何人もセンスを振っていたのだが、中でも飯田友子さんが強烈に印象に残っている。たぶん、奏さんも役割振られたらこうなのだろうな…と思うくらいに違和感がありながら魅力的だった。

それと、デレステのMVのフリそのままなのでご確認頂きたい。楽しい曲であるが、歌詞は非常に早苗さんらしいところも注目である。

 

パッションメンバーで『きみにいっぱい』をトロッコ(馬車です)で後ろから。

会場をフルに使うあたりもすごいが、トロッコ(馬車)上でのキャストの動きも見どころ満載だった。全部の動きを観られるのは会場にいた人の特権だ…とも思う。

 

『恋色エナジー』は中野由香さん(下地紫野さん)

衣装の腰少し上に巻かれた黒い帯、そして間奏での空手!

マイクにぶつからないように手を振るの大変だっただろうな…などと考えてしまう私P(空手は経験有)。

次第に固さが抜けていくあたりも中野さんらしいというか…皆さん本当に、初ステージとは思えないパフォーマンスだった。

 

『花簪HANAKANZASHI』を挟んで、『秘密のトワレ』

これもライブで歌うことを想定しているとは思えない曲だが(アイマスでよくあること)

一ノ瀬志希さん(藍原ことみさん)は見事に歌い上げた。

この曲を、笑みをもって歌うことに着目したい。悲恋ではなく全てを理解して、判断して、楽しむのが一ノ瀬志希なのだと、そう思わせるような歌い振りであった。

 

『咲いてjewel』はやはりトロッコ(馬車)で。

こればかりは…会場組がうらやましいと言わざるを得ない。

とにかく、一人一人の動きが、姿が、歌が、素晴らしかった。

 

次からの流れは、時間をかけて語りたいところだ。本ステージの一つの勝負どころである。

 

サイキック堀裕子(鈴木絵理さん)の『ミラクルテレパシー』も3回目、今回の助っ人は早苗さんと唯さん。

3rdで見せた間奏サイキックは神経衰弱だったが、今回はスロット。

大きく変わった点は見えず、そのときは構成として意外に思った。(思えば、この時点でサイキックの術中にハマっていたいわけだが)

 

二人をサイキックで引きつけて曲が終わる。

……しかし、ステージは暗転しない。ユッコが「静かに」のジャスチャーを送り、3人でサイキックのポーズをステージに向けて送る。

 

次の瞬間、曲が流れた。

 

このとき、私は理解ができなかった。

いや、初日で流れるであろう曲は、物販待機の間に予習していたのだ。でも、その中になかった。

ポップな曲調と、背景に映し出されるハートマーク。奈落から上がってくるその姿はピンクの衣装に包まれ、LVからは遠めに見えるがキュートであるのは間違いなかった。

もし、イントロクイズだったら当てられたかもしれない。しかし、この場で、この曲が流れる選択肢すら頭になかった。

他のPも同様で、歓声が上がらない。静まり返ってイントロが流れるのみ。


そして…歌声が響く。このときの心情は、表現することができなかった。

 

「月曜日 おんなじ通りの……」

 

特徴的な聴きなれた声が、現実を叩きつけた。

湧き上がるのは、歓声とも、奇声とも、驚愕ともとれない声。

 
LVに示される文字『To my darling 竹達彩奈

呼吸が、止まった。

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少しばかりの解説をさせてほしい。

これまで、輿水幸子というアイドルが表舞台に立ったことは、一切ない。ライブも、ラジオもない。アニメ、CD、デレステコミュ…その中でしか、その声に触れることはできなかった。それが長らく続いたものだから、P達の頭の中には「輿水幸子がサプライズで登場する」という選択肢自体が頭になかったのだ。

本人はイントロの静寂を「失敗したんじゃないか」と思ったそうだが、そうではない。本当に、何万ものPの理解が、追い付かなかった。

 

しかし、そんな中でも曲は、ステージは止まらない。
次第に声も静まり、会場が幸子に飲みこまれた。

 

輿水幸子というアイドルは、得てしてネタキャラとして扱われがちだ。

しかし、その本質は王道を歩むアイドルである。

「良いときはほめて、そうでないときは応援してください!」

は彼女の名言だと思っているし、自信過剰な反面、苦労をみせずに与えられた仕事をちゃんとこなしている。

 

ステージ上にいたのは、そんな『カワイイアイドル輿水幸子』だった。

 

これまでのネタ要素を微塵も感じさせない…いや、思い返すことすら許されない。

ただ、眺めることしかできなかった。

クローネの美術品のような高潔さとも、CPの賑やかなステージとも違う。

『アイドル輿水幸子』が全てを包み込む。そんなステージ。

飲みこまれ…それでいて幸せだった。

 

曲が終わると共に他のキャストが現れ、全員で「Near to you」

センターに竹達さん、全員の歌唱。

…ゆっくりと、この事実が夢見心地の我々に現実感を与えてくれた。

 

MCパートに入るとすぐにサプライズの紹介。

 

「フフーン!このカワイイボクが、さいたまスーパーアリーナにやってきましたよ!本物のボクはカワイイですよねぇ?」

その言葉を、「あぁ、これは現実なんだ」…と噛みしめた。

 

『Absolute Nine』は、初日のオリジナルメンバーで(志希さん、夕美さん、拓海さん、周子さん)。

この曲からは怒涛の展開である。

 

『Hotel Moonside』……3rdのステージは今でも語られている。

だからこそ、今回はどうするのか。そんな雑念はやはり冒頭から吹き飛ばされるわけだが。

暗いステージの上でダンサーが踊る。空気がガラリと変わる。
そして、城の門が白く輝きダンサーのシルエットを映し出した。

輝く門は何度も切り替わり、シルエットも入れ替わる。そんな中、中央の門に映し出されたシルエットは…速水奏だった。歓声が上がる。

つまり、最初は奏さんの3Dモデルのシルエットが門に投影されていたわけなのだが…暗転して再び点灯した時のシルエットは、また変わっていた。

奏さんの衣装、スラリと伸びた手足…しかし、立っているのは門の手前だ。

飯田友子さんの登場。また歓声が響く。そんな切り変わりが繰り返される。

奏さんなのか、飯田さんなのか、認識が追い付かない。(飯田さんのプロポーションゆえでもある)

同様に、両端の門に映し出されたのは飛鳥くんと松長涼さん(千管春香さん)。

3人が色をもって現れたときには、既に会場は魅了されていた。

 
このステージは3rdのその先を、魅せてくれた。

また一段上のパフォーマンス、飛鳥くんそのままのヴィジュアル、涼さんの力強いボーカル…どれをとっても最高としかいえない。

また一人で立ち、美しい反面儚げでもあった奏さんが仲間と共に歌う…それはアニメの先ともとれる。

速水奏に…そしてデレマスに停滞はない。そんな気概を感じさせる一曲でもあった。

 

明かりが消え、センターステージが照らされる。そこにいるのはただ一人。

『in fact』

橘ありすの…そして佐藤亜美菜さんの、曲だ。

 
詳しい方は既知のことだろうが…3rdライブにおけるこの曲は、極めて重い意味を持った。その周辺に関することは他で多く語られている上に、長くなるのでここでは述べない。

去年と同じ、ホテムンからのステージ。演出を変えるような余地はこのない。一人で歌う、それだけ。

 

でも、確かに1年前と変わっていた。成長したありすが、そこにいた。

1年で、ありすを、亜美菜さんを取り巻く環境は大きく変わった。良い方向に。

いろんな人に恵まれて、成長した橘ありすという少女を、見事に歌いきった。会場に広がる青、青、青。

その光は、1年前よりも優しく彼女を包んでいるように思えてならなかった。

 

この感動を引き継ぐのは、紗枝はんとまゆさんの『あいくるしい』

ついに、オリジナルで歌うこととなった。Pとして内心、万々歳である。

ここでは、牧野由依さんを軸に話をしたい。
佐久間まゆというアイドルをどう表現するか…これは、本当に難しいと思う。ヤンデレと称される場合もあるが、微妙に違う。愛が深く純粋なだけなのだ。(というにはギリギリな行為もあるが)

それを、歌で表す。無理難題にも思えるそれを、牧野さんはやってのけた。『佐久間まゆ』というアイドル像を、明確に、持っている。

この歌は…報われない愛の歌だ。それを知ってなお、いつも通りを願う。

結ばれない、報われない。それでもいつも通り一緒にいたい…そんな歌詞を歌いながら、確かに彼女は笑っていた。

それが、佐久間まゆというアイドルだ。

 
その隣で、声を震わせて愛おしく、苦しげに歌う立花さんの対比がなんともいえない感情をかきたてた。

あいくるしいの「あい」がひらがなである意味がやっと、理解できた気がした。

 

次に来たのは『生存本能ヴァルキュリア』

アインフェリアの3人含め、10人での歌唱。神戸でも歌われたが、やはり盛り上がる。美波をプロデュースする私Pとしては…センターに立つ姿を観たくもあったが、それは今後に期待したい。

とにかく『Hotel Moonside』からこの曲まで、あまりにP達の感情が揺さぶられ過ぎて瀕死になっていた。

次のMCにて亜美菜さんが「みんな生き残れましたか~?」と聞いてきたのだが、言っている本人が号泣させているのだから心にくい。

 

MCが終わり、唐突に稲光と轟音。何が来るのかと驚いた。

そして現れた桜咲千依さん。「輝子ちゃんの分も、ヒャッハーするよー!」

『Lunatic show』、藤本里奈さん(金子真由美さん)と大和さん(村中さん)と共に。

 
今回、経験が少ないキャストが多い中、1stからずっと出演されている桜咲さん、また2ndから常に安定していらっしゃる牧野さんや立花さん、鈴木さんの存在は大きいと思った。

基盤がしっかりしているからこそ、いろいろなことができる。

 その後のMCで、高野さんに急かされて言った「…ヒャッハー」ボイスがたまらなく好きです。はい。

 

続く『Tulip』、『純情Midnight』は、オリジナルメンバーで。

しかし、どちらも一人足りない。

どうするのかと思っていたら、中央の門に映し出される美嘉モデル、なつきちモデル。P大歓声。

このとき頭をよぎったのは、サプライズでの登場だった。
まだ竹達さん一人。神戸からの法則があるならば、もう一人くるはず。

だからこそ、この2曲は来るだろうか…と思いつつ観ていた部分もあった。

登場ありきで観るものではないが、このままあっさり終わる筈がないとも思っていたわけだ。(2曲終わって来ず、かなり油断はしていたが)

 

終わらなかった。あまりにも衝撃な形で。

 
激しく軽快なギターサウンド、登場する千枝ちゃんと薫ちゃん。
『ハイファイ☆デイズ』

しかし、2人は一目散に中央へ向かい、

仁奈ちゃ~ん!

「は~い!」

 

奈落から市原仁奈ちゃん(久野美咲さん)登場。サプライズ、2人目。

 それに応える、声が聞こえないくらいの大歓声。

そしてそのまま、歌いだす3人。

 両端の門に映るのは赤城みりあちゃんと櫻井桃華ちゃま。

 
大興奮のP達、全力のコール。

久野さんの声は仁奈ちゃんそのままであり、着ぐるみ衣装で驚きと感動が一緒に襲ってきた。

もうライブも終盤(3時間半ほど経過)、P達のオーバーロードであった。

 (小学生アイドルユニットに対する光景と考えると不思議な世界である…のだが、それが成り立つところがアイマスの魔力である)

 

曲が終わるとほぼ同時に、次の曲がかかる。仁奈ちゃんだけがステージに残り、

さあ、みんなでうたうですよ~。うたって、みんなのきもちになるですよ~!

『みんなのきもち』仁奈ちゃんの初ソロステージは、これまでにない大歓声に迎えられて始まった。

Pがみんな「ワンワン」「パオパオ」コールを入れる。普通あり得ないことだが、みんながそれを楽しんで、市原仁奈というアイドルを温かく包む。

仁奈ちゃんが、P達に笑顔で囲まれている…それだけで、涙が出た。

 
センターステージと通路に、動物をあしらった手袋をつけたアイドル達が並んで踊る。

下地紫乃さんがつけている赤いのが気になったが…後日カニだと分かった。空手のプロテクターで、ああいうのあるので…。

青木志貴さんが黒い肉球手袋を着けて踊っていたのだが、前述の通り見た目からして飛鳥くんそのままなのである。
飛鳥くんが肉球をつけて、踊っているのである。これに後で悶絶している飛鳥Pが何人もいた。本当にかわいかった。

 すべてが微笑ましく、幸せなステージだった。

 

魔法の時間もあっという間で、全員が集まって『GOIN’!!!』

夢見ることは、止まらない。相応しい、歌詞だと思った。

 

キャストが去った後、アンコールが当然のように起こるわけだが…しばらくしてちひろさんの登場、お知らせ。

お知らせ毎に、大歓声。

 

そしてアンコール。

シンデレラガールズ5周年を記念しての、新曲。『EVERMORE』

やはり、シンデレラ達の歩みは止まらない。アイマスに、停滞はないのだ。

 

最後のMCは…僅かに触れた部分もあるが、私Pの中途半端な記憶に頼って語るのは無粋というものだろう。

もし映像として残るのなら…それを観て、聴いてほしい。

 
スタッフも、キャストも、Pも、全力。だからこそ、生まれる魔法であり、ステージなのだ。

 

本当の最後に歌うのは、やはりあの曲。

 『お願い!シンデレラ

 

新しくこの舞台へ駆け上がってきたシンデレラを加え、公演は最高の形で門を閉じた。

『Brand new Castle』その名の通り、既存のイメージで満足することなく新たなアイドルの姿を模索する…。

ある意味ではアニメの補完であるし、またこれからのシンデレラの行く先を照らしていく道しるべでもあると感じた。

 

夢を形にして、夢以上に素晴らしいステージを創り上げた。それでも、まだ先はある。

それは…きっと幸せなことなのだろう。

 

 

なお、LV会場を出た直後の私Pは語彙が消失し、「幸子がいた…飛鳥くんがいた…」とうわごとのような呟きをすることしかできなかった事を付け加えておく。

 
ひたすら幸せな、SSA公演1日目だった。

 
しかし、2日目がある。私が多くプロデュースするアイドルも、何人もいる。

このとき、更なる衝撃が待ち構えていた事を…私は予想すらできなかった。

 

 

 

(了)

ラブライカの棋戦解説  王座戦の終わり、そしてまた次の・・・・・・

 

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「ミナミ、王座戦がカニェッツ…アー、終わりになってしまいました…」

そうだね。春の名人戦から半年間ずっと観てきたけれど、いろいろなことがあって…あっという間だったかな。

「ですからミナミ、王座戦の解説してほしいです」

……アーニャちゃん、それは流さすがに唐突じゃない?

「ニェット、もうプロデューサーさんに許可、もらってますね。『一局の棋譜の解説なら、すぐにできると思うので大丈夫でしょう』って」

プロデューサーさん…。

「レクツゥイアしてるときのミナミ、楽しそうですね。アーニャも勉強になって、楽しいです。ダメ…ですか?」

ズルいよ…アーニャちゃん。

 

よし、やろっか!美波、いきます!

「ハラショー!楽しみです♪」

 

 

まずはここ最近の、王座戦の歴史を振り返ってみようか。

「イストーリヤ…歴史、ですか?」

うん。でも、かなり分かりやすいかな。

 

羽生王座が、第40期(1992年)~第58期(2010年)まで19連覇。それで――

「ダーティシトー!?19ですか?タイトル、1年に一度ですよね。それだと…ミナミが生まれて、今までの長さですか!?」

そうなるね。第59期で渡辺竜王に奪取されるんだけど、翌年に挑戦して奪還。そこからまた5連覇して、今に至るね。連続25期出場、通算23期。

「ンー、よく分からないですね、次元が違います」

特に渡辺竜王から奪取して以降、王座戦の挑戦者は有望な若手棋士が続いているの。

第61期 中村太一六
第62期 豊島将之七段
第63期 佐藤天彦八段
第64期 糸谷哲郎八段(今期)

勢いのある20代の挑戦者を退け続けるって、普通は考えにくいんだけどね。

「勢いのある若手…ニュージェネ、ですね?」

……実際、そんな感じかも。

 

今期の挑戦者は糸谷哲郎八段。早見え早指しで、力戦が得意だね。NHK杯で一気に決勝まで勝ち上がって、『怪物』と呼ばれたこともあったかな。

「チゥドーヴィシシィ…怪物、ですか?」

うん。決勝の相手が羽生王座で、こちらは『地球防衛軍』なんて呼ばれてたみたい。
菜々さんや南条ちゃんが好きそうな名前だね。

王座戦はどの対局も力戦系になったんだけど、ここまで羽生王座の2勝。なかなか、糸谷さんが見せ場を作れていない感じかな。

「ヴァチモア…どうしてでしょう?」

うーん、第1局、第2局共に、判断が難しい展開になったんだよね。

 第1局 先手銀損だけれど、後手歩切れで難解

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 第2局 後手角損だけれど、先手歩切れ、と金の圧力で難解

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 この後に出た細かなミスを的確に突いて、二局とも終盤は大差になっちゃったかな。

「なにかプリチーナ…原因はあるんですか?」

 『これ』ってものはないけど…もともと羽生世代は力戦を勝ち上がって、定跡を整備してきた世代なのね。
だから未知の局面に対しての判断力は今でも健在だし、力戦よりも流行の研究勝負を挑む人の方が多いの。
糸谷八段は若手では少ない力戦志向の棋士だけど、そこは羽生王座の領域でもあるんだよね。

「パニャートナ、なるほど、です」

あと、王座戦は持ち時間各5時間、夕食休憩ありの長期戦なのも大きそう。
早指しで時間攻めも得意な糸谷八段だけど、ここまで長いと効果が薄いから。

 

前置きはこれぐらいにして、第3局の解説をしようかな。

結果はさておき、いろいろと興味深いところもあるから見てみましょう。

「ダー!」

 
(2016年10月4日)
第64期王座戦第3局 羽生王座―糸谷八段 戦

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▲7六歩   △8四歩   ▲6八銀   △3四歩   ▲7七銀   △6二銀
▲5六歩   △5四歩   ▲4八銀   △4二銀   ▲5八金右 △3二金
▲6六歩   △4一玉   ▲6七金

羽生王座が先手で、戦型は矢倉早囲い。糸谷八段は一手存損角換わりが得意だけど、これも相居飛車だし作戦としてはよくある形だね。

「最近、早囲いが流行っていますね。どうしてですか?」

ここ20年くらいは5手目▲6六歩が主流だったんだけど、『居角左美濃』と『△4五歩反発型』の2つが後手にとって有力になったから、見直されたの。

▲7七銀型なら居角左美濃にはしにくいし、早囲いなら△4五歩反発には▲6八角の一手を省略しているからやりにくい。

そして、もし△4五歩を突かなければ▲4六銀・3七桂の好形に組めるのね。

これを回避するために試行錯誤してきた後手としては…ちょっと面白くないかな。

「ニサムニェーンナ…だから動くのですね」

そう、ここから…

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△5三銀右 ▲2六歩   △5五歩 ▲同 歩   △同 角   ▲2五歩  
△5四銀   ▲2四歩   △同 歩 ▲同 飛   △2三歩   ▲2八飛  
△7四歩   ▲5七銀   △5二飛 ▲6八玉   △8二角

5筋を交換。昔からある後手急戦だね。数年前に流行った5筋交換の急戦と微妙に形が違うのだけど、そこが▲7七銀と▲6六歩の違いかな。

この形は▲6六歩が主流になると共に消えちゃったの。
△8二角の局面は、前例が26年前。

 「ニチヴォー!カエデも生まれてないです!」

 川島さんや早苗さん、菜々さ…んはさておき、糸谷八段でさえも赤ちゃんの頃だね。
それが復活するのだから、定跡って…将棋って面白いよ。

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▲7八玉   △3五歩   ▲4六銀   △3六歩 ▲2二歩   △3七歩成
▲同 銀   △2二金   ▲6五歩   △4四歩 ▲6六銀   △4三銀引
▲5五歩   △5三銀   ▲4六歩   △3二飛

△3二飛が糸谷八段らしい手で、先手の右辺の攻め駒を牽制しているのね。

一手損角換わりや右玉にあるような飛車周りで、指されてみるとなるほど…って感じだね。

「ンー、どうすればいいか分からないです」

すでに力戦で、何を目標に指せばいいのか…難しい戦いになっているね。

 

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▲5八金   △8五歩   ▲9六歩   △9四歩   ▲4七金   △5二金
▲3八飛   △9三角   ▲3六銀   △8四角   ▲3五歩   △9五歩
▲同 歩   △9六歩   ▲4五歩   △同歩

▲5八金から▲4七金は、形にとらわれない好着想だったね。これで厚みを作って、桂馬を跳ねる余地ができたから。

「先手の金銀、上にありますね。不思議な形です」

先手は抑え込んで、上から攻め潰すつもり。

だから後手は端から仕掛けたけど…△4五同歩はちょっと素直すぎたかな。

「シト?素直、ダメですか?」

普通にも見えるんだよ?でも言いなりすぎると、先手の攻めが続く形だから。△9五香から攻め合いの方針を貫くのが良かったかな。

もちろんこの先も大変なんだけど、振り返るとこのぐらいしか修正できそうな箇所がないの。

「難しすぎます…」

トップ棋士の戦いだから、分からなくても仕方ないと思うよ。
ここからの先手の手順は、誰も予想してなかったから。

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▲3七桂   △4四銀右 ▲5四歩   △同 銀   ▲9六香   △7三角  
▲6四歩   △5五歩 ▲5三歩   △同 金   ▲5六歩   △8二飛  
▲5五歩   △4三銀 ▲4五桂   △5二金   ▲5四歩

手の組み合わせも多くて複雑な局面を、先手は流れるように自然に手を繋いでいくのはすごいね。どの手も部分的には手筋だけど、この手順じゃないと成立しないの。
特に▲9六香と一歩取る手が効いたのは大きくて、糸谷八段も見落としてたみたい。

これがあるなら先に△9五香としておくべきだった…ということになるけど、その変化も難しいのね。このあたりは、経験の差も大きそう。

後手は受けきれないから△8二飛で攻め合いを見せる。
でもこの局面、先手の駒が前に前に進んでるのが分かるでしょう?

「アー、羽生さん、シーリヌイ…強いです。駒が躍動する将棋ですね。隙がありません」

…それ、誰から教わったの?

「ランコとアスカに教えてもらいました。企画で演じたみたいですね?」

……確かにあのセリフは、二人とも好きそうだね。

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△8六歩   ▲同 歩   △8七歩 ▲7七角   △6四角   ▲5三歩成
△同 金   ▲同桂成   △同 銀 ▲5五銀   △8六角   ▲同 角  
△同 飛   ▲9七角

後手は8筋から攻め合って、活路を求める。

この局面の▲9七角が、対局中は話題になったかな。『決めるには危ない手』ってね。

「シトー?厳しい手に見えます」

確かに飛車銀両取りなんだけど、後手が暴れてくるのは目に見えてるから。

いくつか手段があるから怖いところだけど…そこは、羽生王座も織り込み済みで指したみたいだね。

「『運命は勇者に微笑む』ですね」

 本当に、ギリギリのところなんだけどね。

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△8八歩成 ▲6八玉   △7九角   ▲5九玉   △8五飛   ▲6六金   △8六歩

本譜は△7九角から△8五飛が返し技で、▲5三角成は△5五飛が両取りで先手失敗。

だから▲6六金で銀取りを受けたんだけど、△8六歩で角が閉じ込められちゃうから普通はイヤなのね。

「ニチェボー、角が働いていません」

▲6六金が後手玉に響かない手だから、▲9七角からの手順がおかしいんじゃないか…という意見が多かったかな。

「でも、指したんですよね。なにか狙いがあるんですか?」

うん。次の▲7七桂が羽生さんの鋭手だね。飛車取りだから△8二飛だけど、▲6五桂と飛んで…角じゃなくて桂が攻めに働くわけ。いつの間にか、後手の飛車が攻めに働いてないでしょう?

「ニチヴォー!本当です!」

角を遊ばせても飛車先を止めて、桂馬を活用して先手が良い……そういう判断だったということかな。

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 ▲7七桂   △8二飛   ▲6五桂

「ヤー パニマーユ、分かりません。難しすぎます!」

 みんな最初は気づかなかったし、分からなくても仕方ないよ。
▲9七角の時点でこの構想を思い描ける人はほとんどいないと思う。

持ち時間が残り1時間弱あったのも大きいかな。このぐらいの時間で正確に指すのは、羽生王座の得意とするところだから。

それに後手はと金を動かすと▲7九角で角が取られて、△8七歩成は角の効きが通る。だから、▲9七角がいるだけで後手の駒は身動きが取れなくなってるってわけ。

「後手のコマ、がんじがらめですね?」

いるだけで、十分働いている…不思議だね。

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△4四銀右 ▲8三歩   △同 飛 ▲4四銀   △同 銀   ▲4三金  
△3二金   ▲4四金   △4三歩 ▲5三桂成 △4四歩   ▲4三歩  
△3一玉   ▲4一銀

はっきり良くなってからの羽生王座の指し方は明快で、戦力を切らさず正確に玉に迫っていくのね。終盤は、精算しないで拠点を残した方がいいことの方が多いから。

特に▲4一銀はお手本のような手筋で、取れば▲4二銀で詰み。

でも金を剥がされると後手は受けが難しくなるから。

「ンー…ここはもう後手苦しい、ですか?」

『終盤は損得より速度』って言うけれど、この局面はその速度がはっきりしてるの。

先手玉は右辺が広いから詰まない。逆に後手玉には、詰めろで一手一手確実に迫ればいい。

棋士の勝負としてみると、大差だね。

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△1四歩 ▲3二銀成 △同 玉   ▲4二歩成 △2二玉   ▲3一銀  
△1二玉 ▲2四歩   △同 歩   ▲3二と   △1三銀   ▲8八角

糸谷八段も粘るけど、と金も働いて成桂もいて、先手の攻めは切れないね。

最後は▲8二角。この角を活用して、羽生王座の勝利。

以下は角を取るしかないけど、△同角▲同飛の局面は先手詰まず、後手は▲3四角からの詰めろで受けなし。投了もやむなしかな。

「この角が、最後に働くんですね…」

駒の活用を大切にする羽生王座らしいけれど、ここまで徹底されると「辛い」って表現がピッタリかも。

「だからこそ、強い…ですね?」

うん、ここまで徹底するから、勝ちを逃さないのかもしれない。

 

これで3連勝で羽生王座の防衛、通算24期、5連覇。王座戦本戦連続出場も25期で、来期の防衛戦で26期になる……記録だらけなんだけど、実感が湧かない数だよね。

 「ズドラーヴァ!すごすぎます…」

春の名人戦の開幕を紹介してから半年、この期間だけで観ても羽生三冠が4連続タイトル防衛戦を戦って名人を失冠、3タイトルを防衛。

…時が進むにつれて復調して、王座戦は『無敵王座』を彷彿とさせたかな。

「どうして、そんなに強いのでしょう?」

計算力とかは若い人の方が有利だと思うけど、圧倒的な経験を活かしているのが大きいと思うな。上手く対応して、修正している感じ…?なんとなく、だけれど。

40を過ぎたら…とか、一般的な常識を当てはめちゃいけないのかもしれないね。

 

「ミナミ、王座戦は終わりましたけど、この後は何がありますか?」

 後半の半年も見どころは満載だよ。まずは竜王戦の開幕から。

三浦九段は直近の対局では渡辺竜王に勝っているし、どんな研究が観られるのか楽しみかな。

棋王戦トーナメント、王将リーグ、そして順位戦
いろんな棋戦が同時進行で進むから観たい対局は沢山あるよ。

戦型についても、目まぐるしく変わってきているしね。横歩取りも、少し気になる展開があったから…。

 「また何かあったら、教えてほしいですね。これからも、楽しみです」

うん!私も今以上に勉強して頑張らないと!

「ミナミは少し休んでください」

……はい。

 

それじゃあ、今回はここまでで。ありがとうございました。

「ハラショー!ありがとうございました、ですね」

 

ガチャ

「あれ、お二人とも何してるんですか?」

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あ、菜々さん。おはようございます。

「ドーヴラエ ウートラ!おはようございますね。ミナミに、王座戦について教わっていました。ナナは、知ってますか?」

 「王座戦ですか…?森九段を終盤で下した羽生王座は圧巻でしたねぇ…」

「シト…?」

あの、菜々さん!?

 「え?あぁ、もう美波ちゃんが教えちゃいました?ならもっと前だと……福崎王座の妖刀はすごかったですよ。振り穴の感覚が一線を画してました」

 「……シト?ナナ、それはいつのことですか?」

 「え?だから羽生王座の前の……あ!き、棋譜でミタンデスヨ、アハハ……菜々はこれで失礼します~!」

ガチャ バタン

「「………………」」

 
「ミナミ、さっきのはどういう意味ですか?」

今のは、聞かなかったことにしましょう。

「……ダー」

 

 

(了)

新田美波の徒然観戦  その白星はどこまでも重く

 

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『あと1勝』という言葉は、当時者には残酷でしかない。

1つ勝つということはそれほどに苦しく、重いものだ。

 

そして、このシリーズでは一番…使うべきでない言葉なのだろう。

 

 

あの名人戦から季節は移り変わり、もう秋になる。その間にも、棋界ではいろんな事があった。

不調もささやかれていた羽生王位は、棋聖戦をフルセットで防衛。王座戦も2勝して、いつの間にか年度成績は勝ち越している。タイトル戦が多いとはいえ、6連敗を巻き返したのは流石としかいいようがない。

 

……でもこのシリーズを語るとき、中心にいるのは木村八段なのだとも思う。

タイトル挑戦5回、奪取0回。

言うまでもなくトッププロなのだが、タイトル保持者と紙一重の戦いをしながらタイトルを取っていない。

その人柄も相まって、羽生王位の声援に負けないくらい、木村八段を推す声も大きい。ともすると、それを超えるほどに。

 

初日の朝、ルームの中は期待と緊張が入り混じったような雰囲気だった。 少し、ラクロスの試合前を思い出す。

互いに力を出しあう熱戦が多く、そのうえ第7局までもつれる展開は久しぶりだ。 そして…この勝負で全てが決まる。

 

しばらく挨拶していたのだけれど、少し気になったことがあった。

菜々さんが、少し元気がない。

…いや、元気が「ない」わけではないけれど。 例えば楓さんやありすちゃんだったら普通でも、菜々さんだと落ち着き過ぎ…そんな感じだ。

 何かあったのか聞いてみると、「美波ちゃんは周りをよくみてますねぇ」と苦笑しながらも話してくれた。

 「この勝負を…どんな気持ちで観ればいいのか分からないんです」
少し、目を伏せながら続ける。

 「第5局で木村八段が粘り勝ったとき…ナナは奪取を期待していました。ついに…ついに初タイトルが見えてきたって」

第5局は、木村八段の執念が見えるような将棋だった。終盤不利になってからもあきらめずにひたすら食らいつき、1分将棋の中で羽生王位の緩手を突いた。これで3-2となって羽生王位のカド番となった。

 「でも…やっぱりカド番の羽生さんは強いですよねぇ。第6局は完勝でした」
右玉から、中盤で圧倒して勝利。タイトルの行方はこの7局にもつれ込んだ。

 「羽生さんが復調したのは嬉しいんですよ?この勝負が、もっと続いてほしいとすら思っています。でも――」

勝負の行く末をただ、見守ることしかできないんですよねぇ…。

その静かな呟きは、妙に耳に残った。

 

 (2016年 9月26日、27日)

第57期王位戦第7局 羽生王位―木村一基八段 戦

 

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▲7六歩   △3四歩   ▲2六歩   △8四歩   ▲2五歩   △8五歩
▲7八金   △3二金   ▲2四歩   △同 歩   ▲同 飛   △8六歩
▲同 歩   △同 飛   ▲3四飛

振り駒は歩が3枚で羽生王位の先手に決まった。そして戦型は、横歩取りに進んだ。

それは…今年何度も羽生王位が苦しみ、負けを積み重ねた戦型で。

チラリと名人戦第5局が頭をよぎって、少し口元に力が入る。

「心配しなくても、大丈夫ですよ」
振り向くと菜々さんが、隣でほほえんでいた。

「確かにしばらくの間、羽生さんは横歩取りに苦戦していました。でも、回数を重ねるごとに確実に内容が良くなってきています」
第4局も混戦でしたが勝ちましたし、と付け加える。

確かに、最近の将棋は、春と内容はかなり違っている。作戦負けが次第に減り、終盤に後手玉は広くて逃すパターンも見なくなった。
全体の研究が進んだのもあるのだろうが、羽生王位が△7二銀型に対する感覚を掴んだような気がする。

 「その修正力が、羽生さんの強さの一つですねぇ。新山崎流やゴキゲン中飛車でも、新しい形で良いところなく負けた将棋って、あるんですよ。…でも、真っ向からぶつかって理解して、自分のものにしていく。ときには相手側の局面を持って指したりもしますしね」
確かに王位戦で藤井九段の角交換四間飛車と戦った直後、王座戦で自身が採用した話は有名だ。

「おそらく、ほぼ互角の序盤になると思います」

2日制特有の、ゆっくりとした時間が流れていく。

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△3三角   ▲3六飛   △8四飛 ▲2六飛   △2二銀   ▲8七歩  
△5二玉   ▲5八玉   △7二銀 ▲3八金   △1四歩   ▲4八銀  
△1五歩   ▲7七角   △7四歩

 

 序盤は特にすることもないので雑談が主だが、菜々さんの独壇場だった。

「森けい二九段が42歳で谷川会長から王位を奪取したとき、『オジサンの逆襲』と言われたそうです。木村さんも43歳で、『将棋の強いおじさん』とも言われていますねぇ。
……でも、羽生さんも明日で46歳ですから。タイトル保持者の方が更に年上というのもすごい話ですよ。おじさんと呼ぶ気にはなれないですけどね」

『ウサギおじさん』と言われても、ウサミン星人のナナは恐縮するばかりですよ…。と頭を抱えていた。

……気にするところはそこじゃないと思う。

 

 後手の木村八段が選んだのは、△1五歩型。このあたりは専門家ではないけれど△1五角と出る変化が消える代わりに、この端が詰みに関わるような変化もはらんでいて怖いところだ。

そこで先手は▲7七角と上がって持久戦をめざすが、動きたい後手は△7四歩からこの角を目標にしてくる。前例はあるものの、先手が良い印象ではなかった。

「先手に工夫があるんでしょうけど…?」
少し首をかしげながら菜々さんが呟く。

それは、すぐに現れた。

 

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▲8八銀   △7三桂   ▲3六歩   △1六歩   ▲同 歩   △7五歩
▲同 歩   △8五飛   ▲2五飛   △7六歩

▲8八銀、▲3六歩。ここで前例がなくなった。

多くが▲6八銀と上がるところで、8八にあえて動かす。 確かに8筋の守りは厚いし、△5五角のような手を消している。でも……

 「壁形、ですよねぇ……」
左辺への逃げ道がなくなった。
戦いになった後に終盤で損な変化が多くなるので、棋士は避けることが多い。
だからこそ、▲6八銀が多数派だったのだ。

後手陣はほぼ最善なので、△1六歩から攻勢をとる。このあたりは△8六歩や△7五歩、△6五桂のような手の組み合わせもあって難しい。
木村八段はすぐには斬り合いにせず、△8五飛から攻めの矛先をずらす。

△7六歩の局面で羽生王位が封じ、1日目は終了となった。

「40手で封じ手…昔のタイトル戦みたいでいいですねぇ」

 菜々さんが嬉しそうに呟く。

研究が進んだ現在では、1日目にかなり手が進むことも多い。
ただ本局は序中盤の折衝だけで形勢が大きく動きかねないので、長考が続いたのだろう。

 

封じ手予想は角を逃げる1手だが、普通は▲6八角か▲8六角だ。その後、活用できるかが問題になってくる。

ここで▲5五角という手が指摘されたときは、驚いた。確かに、△7五飛としても▲3三角成で先手が良い。

「羽生さん、▲5五角みたいな手は好きですよ。たぶん指すでしょうねぇ」

結論を出せるわけではないので、ここで1日目は解散になった。

帰るときの菜々さんは、やっぱり少しだけ小さく見えた。

 

2日目、日付が変わった頃から羽生王位の誕生日を祝う声が沢山流れた。

ただ、それと勝負は別だ。いよいよ全てが決まる。

 

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 ▲5五角

封じ手は▲5五角だった。当てた菜々さんが、ニコニコしながら胸を張る。

「昔、羽生さんは△5五馬という好手を指しているんですよ。NHK杯で谷川さん相手でした。終盤の一手とはいえ、驚きですよねぇ…。羽生さんがまだ若くて、丸い大きな眼鏡を掛けてる時代です。

 (参考図 第38回NHK杯谷川ー羽生 戦)

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…………あ、棋譜デミタンデスヨ!?」

……今の発言については、何も言わないことにした。

 

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△同 角 ▲同 飛   △3三桂   ▲5六飛   △6四角   ▲3七桂  
△2五桂 ▲4五桂  

飛車を5筋に回って玉頭に圧力をかけて、▲3七桂と跳ねる。
△2五桂▲4五桂と跳ね違えて、昼食休憩になった。先手は、自然な手を積み重ねている。

形勢はおそらく…先手が互角以上だろう。

 

一緒に観ていた流れでお昼の菜々さんと同席した。
会話の話題は、木村八段の話になった。遠くを眺め、思いだすように話しだす。

「木村八段は、棋士になったのは早くありません。むしろ23歳というのは遅いです。原則、満26歳で奨励会は退会ですから。羽生さんが七冠を達成したとき、木村八段はまだ三段だったんですよ。
中座七段の昇段劇…あのとき最終局で昇段を逃したのも、木村八段です」

その言葉には、驚きを隠せなかった。『奇跡』とすら呼ばれる、奨励会三段リーグ最終局。
棋士になれなかったら引退という対局で競争相手の3人が揃って負け、順位の差で中座三段が昇段を決めた。

「その競い合いの中には、今泉現四段もいました。やはり、1勝の差で昇段を逃しています。その後、年齢制限で退会されたんです。棋士になるということは、白星一つが人生を左右するということです」

奨励会の規定は、知っているけれども遠い世界のように思っていた。

…でも今戦っているトップ棋士がその渦中にいたという事実は、勝負の世界の厳しさをまざまざと見せつけられるようだった。

 

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△6二金   ▲4六歩   △7五飛   ▲2六歩

 

昼休が開け、再開の一手は△6二金だった。受けるならこの一手で、この金銀が中住まいと逆ながら耐久力があるのも△7二銀型の優秀なところでもある。

 しばらく応酬が続いて、先手がどう攻めるかといった局面。

▲6六角のような直接手が見える中、羽生王位の手は▲2六歩、僻地の桂取りだった。

「▲6六角とかなら、木村八段は全力で受けに回ったでしょうねぇ。先手は壁形ですから、反撃が入ると薄いです」

でも、この手は羽生王位の手です、と続ける。

「▲2六歩自体は、ほぼ手渡しのような手です。…でも、それで大丈夫とみているんですね。この緩手ギリギリのラインで、相手の力を利用して戦うのが羽生流なんですよ」

 後手も動かないと桂を取られるので、ここで攻めるしかない。

終盤の入り口が見えてきた。

 

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△4五飛 ▲同 歩   △1九角成 ▲4四歩   △4六桂   ▲同 飛  
△同 馬 ▲4三歩成 △同 金   ▲4四歩   △同 金   ▲2一飛  
△1三馬▲5六桂

 

後手は飛車を切って馬をつくる。先手は勢いを利用して▲4四歩とコビンを攻める。
華々しい斬り合いになった。

 △4六桂は先手の急所で、逃げる手は耐えきれない。▲同飛で駒損ながら手番を握った。

ここから、先手の猛攻が始まる。

▲4四歩では▲2一飛が有力視されていたけれど、これも利かしではある。損得がはっきりしないところで、難しい。

 吊り上げた金を狙って▲5六桂。金をどこに逃げるか……。

 

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△5五金が中継に示されたとき、叫び声が上がった。

いや、誰もが驚いた一手だった。薄い4筋の守りを放棄したのだ。

 「あぁ…いや、これは……」

菜々さんがうめくように頭を抱える。しばらくして、ゆっくりと口を開いた。

「木村八段は、この手に全てを賭けましたね」

断言するように力強く言い放つ。

 「上部を抑えて▲3四角を狙う▲4四歩は有力ですけど、△3一香から△1二馬で飛車を殺す手があります。飛車が消えれば後手玉は8筋に逃げ出す余裕が生まれますね。

 

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▲4四歩以下 
△3一香 ▲4三角 △5一玉 ▲3二角成 △1二馬 ▲2二馬
△2一馬▲同馬△1八飛

そして、もう一つの狙いは△5六金から桂を入手して△4六桂。これも馬の効きと相まって、駒が入れば先手陣はすぐ崩壊します。▲4四歩を逆用して、先手の攻めを引っ張り込んだわけです。△5五金が通るか、本局はこれで全てが決まります」

変化を並べてみるが、どれも後手玉は薄い。危なくて、とても後手を持ちたいとは思えなかった。

私が苦い顔をしていたのか、菜々さんも苦笑する。

「危ない橋なんですけどね。木村さんは、こうやって勝ってきたんです。 受け将棋にも、いろいろな人がいます。大山名人のように攻防を含みにした受け潰しや、永瀬さんのような自陣に手を入れる徹底防戦、森内さんのような先行逃げ切りの手堅いタイプもあります。 …でも、木村八段の指し回しはどこにも属しません。相手を急かして攻めさせて、ギリギリで凌ぐ。そこから反撃する。 綱渡りのような立ち回りですけど、本人が一番良いと判断して指した結果ですから…それが棋風なんでしょう」

棋士の場合、指す手の見解が同じ局面の方が圧倒的に多い。でも複数の可能性があるとき、判断の違いが生まれることがある。その積み重ねが棋風になるわけだ。

「実際、木村八段は棋士になってから、この棋風で勝ちまくりました。勝率8割3分5厘の記録は、今でも歴代4位です。着実に、一歩一歩、上に昇っていきました」

 先手の指し手が表示され、話が止まる。本線で読んでいた手ではないはずだが、小考だった。

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▲4四桂   △4三玉   ▲3二角   △3四玉 ▲4一飛成

指し手は▲4四桂。金の死角を突きつつ、王手だから△3一香の余裕もない。

でも…この手は上部を抑えていない。

 「……中段玉になりますねぇ」

その言葉通り、△4三玉と上がった。

▲4一飛成の局面で、手番が後手に回った。△4七歩や△1八飛、△6五桂など先手に迫る手段は多い。そして、互いの玉が近く攻防手が出る可能性もある。

ここが、最後の山場になるのは目に見えていた。

木村八段が、長考に沈む。

検討してみるが…後手に活路を見出せない。後手玉は薄く、上下を先手の駒に挟まれている。珍しい形だが挟撃形…と言えるかもしれない。

検討の手が止まる。沈黙を嫌うように、菜々さんが話し始めた。

 「棋士は…将棋を指して生計を立てます。それは、将棋に人生を捧げるということです。そして、その頂きにあるのがタイトルです。何十期も取る人は例外で、1期でも取ればそれは最高の栄誉なんですよ」

その棋戦で1年間、全棋士の頂点に立つ。それができた人は、本当に少ない。

 「2009年ですか、木村さんは勝ちまくって、棋聖戦王位戦の挑戦者になりました。ただカド番まで追い込みながら…あと1歩、届かなかった。このあたりは、美波ちゃんも知っていますよね?」

棋聖戦は、2連敗。王位戦は…3連勝した後の4連敗。

今期の王位戦第6局も含めると、カド番まで追い込みながら7回、チャンスを逃している。

「あの王位戦は衝撃でしたけど…それくらい、羽生棋聖も深浦王位も強かったとも言えます。本当に、わずかな差の中で戦っているんです」

そのわずかな差が、勝敗という結果につながるのだから…本当に厳しい。

 
「だからこそ……『1勝』することはとてつもなく苦しくて、辛くて、重いものなんです」

その苦しみの中で今、対局者は戦っているのだろう。

中継カメラを見ると、木村八段の顔は荒い画像でも分かるほどに紅潮していた。

 

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△1八飛   ▲4三角成 △4五玉   ▲3二桂成 △3八飛成 ▲6五馬  
△4四歩   ▲3八馬   △3七歩   ▲2七馬   △1七金


37分中28分考えて、△1八飛。ここから先、変化する順は少ない。

▲6五馬の開き王手から竜を取られたが、木村八段は諦めない。馬を追いかけて、△1七金。この手には周りの子がどよめいた。

『負けと知りつつ、目を覆うような手を指して頑張ることは結構辛く、抵抗がある。でも、その気持ちをなくしてしまったら、きっと坂道を転げ落ちるかのように、転落していくんだろう』

将棋世界で、木村八段がA級昇級を決めた際に寄せた文の一節だ。
本でも取り上げられたことがある言葉で、木村八段をよく表していると思う。
その勝利への執念は有名で、敗勢の中粘り続けて逆転を呼び込んだ将棋は少なくない。

羽生王位が「1手頓死」をしたことは有名だが、相手は木村八段だった。

僅かな可能性があるなら、それに賭けて指し続ける。

指す本人も辛いことだけれど、それよりも白星を求めて足掻く。

棋士というのは…茨の道だ。

 

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▲4九馬   △2八金   ▲4二飛   △5四金   ▲2二成桂 △3八歩成
▲4七銀   △4九と   ▲5六銀打

まで、93手で先手 羽生王位の勝ち

 

▲5六銀で、後手玉は詰み筋に入った。以下は竜を活用して捕まる。

 

18時45分、木村八段の投了。

これで羽生王位の防衛、96期目のタイトルが決まった。

 

対局室を中継するカメラに報道陣がなだれ込み、対局者の姿が見えなくなる。

思わずため息がもれる。観ていたこちらも、なにか重いものから解放されたような感覚だ。


「やっぱり、強いですねぇ…。羽生さんは強いです」

菜々さんが、静かに呟く。

大勝負を横歩取りで押し切ったこの将棋は、羽生善治の復活を象徴するかのように思える。

どこまでも淡々としたその姿は…久しぶりに畏怖の念すら抱いた。

 
棋士は、勝たなければいけません。上を目指すためにも、プロとしてやっていくためにも。『1勝』で、天地の差が生まれる。その重みは、たぶん私たちには計り知れないのでしょうねぇ…」

机に肘をついて、両手で顔を覆う。その目が潤んでいたことに、遅れて気づいた。

 
「みんな…みんな、自分のことで精一杯なんです。それでも、木村さんは周りを気遣います。優しくて、丁寧で、思いやりがあって…そんなエピソードには、事欠きません。もちろん、勝負は結果が全てです。それでも――」

 

「木村八段には…報われてほしかった……!」

 

絞りだすような声。ボロボロと、涙が盤に落ちる。少しして、涙を手でグシグシと拭いてから顔を上げた。

 
「将棋は……残酷です。それでも美しく、魅入ってしまうのだから、困ったものですね」

菜々さんは涙を流しながら…微笑んでいた。

 

終局直後の集材で「シリーズ全体の感想」を問われたとき、木村八段から言葉はなかったそうだ。

その沈黙には、色々なものが詰まっていたのだろう。それは、私たちが語ることなどできない。

 
解説会場では木村八段はしばらく隅にいたそうだが、促されて感想戦をしたという。
それも、延々と。
対局直後で、感情に任せて早く切り上げても咎める人はいなかったと思う。

でも…最後まで並べ、いつものように冗談で笑いをとっていたそうだ。

 

木村八段は、どこまでも優しい人だった。

 

 その1勝は残酷なまでに大きい。苦しみや…時には痛みすら伴うこともある。

でも――

 

こんな勝負をまた観たいと…そう思った。

 

 

 

 

(了)