とある事務所の将棋紀行

将棋の好きなアイドルが好き勝手に語るみたいです。

佐久間まゆの一人語り  永世竜王までの道のり、竜王戦30年史(後編)

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 みなさん、お久しぶりです。佐久間まゆですよぉ……ふふ♪

 菜々さんから引き継いで、この企画の後半を担当させてもらいます。

 

 前回は竜王戦の1期から15期まで振り返りました。今回は、16期から30期までの15年間を追いかけていきたいと思います。書きたいことも沢山ありますし、どこまで伝えられるか分かりませんけど……お付き合い、よろしくお願いしますね。

 

 さて、少しだけ前回を振り返ると……15期までの時点で、羽生さんは通算6期獲得していましたね。永世竜王の資格は通算7期ですから、あと1期獲得で達成される状況でした。……でも、達成されたのは今期、30期です。結果だけいえばここから15年間、羽生さんは竜王位から遠ざかることになります。

 毎年のように期待され、激闘を繰り広げて……長い長い、永世竜王への軌跡がはじまります。

 

 

第16期 森内九段の台頭

 2003年の羽生竜王は防衛すれば永世竜王というシリーズで、挑戦者は森内九段でした。結果は……0勝4敗。これが羽生さんの、初めての7番勝負のストレート負けだったそうです。あまり嬉しくないエピソードですけどね。

 この年は森内九段が活躍した年で、「名人」「竜王」「王将」の3タイトルで羽生さんと戦っています。名人戦こそ敗れたものの、竜王戦王将戦で勝利した森内さんは、翌期の名人戦も挑戦者になって羽生名人から奪取。これで三冠王を達成して、一方で羽生さんは王座の一冠のみとなりました。棋界の勢力図が、大きく揺れた時期だったと言えるでしょう。

 永世竜王の獲得を逃したわけですけど、このときは今ほど盛り上がったとは聞いてないですねぇ。このとき、まだ「永世名人」と「永世王将」を獲得していませんでしたから。

 このあと永世王将の資格は2006年度達成して、名人と竜王永世称号が未達成になります。

 

 

第17期 渡部五段の戴冠

 この期では1組と決勝トーナメント準決勝の2回にわたって、森下卓九段に敗れています。挑戦者決定戦に進んだのは、森下九段と渡辺明五段(当時)。渡辺五段は2連勝で挑戦を決め、七番勝負では4勝3敗で奪取。初タイトルが竜王なんですねぇ……。ここから、連覇が始まりました。

 

第18期~20期 紙一重

 第18期、羽生さんは1組の初戦で郷田九段に敗れ、3位決定戦でも丸山九段に敗れ……1勝2敗でこの期を終えています。挑戦者は木村一基七段でしたが、渡辺竜王がストレートで防衛。

 第19期は1組で森内名人に敗れ、4位決定戦でも畠山鎮七段に敗れて決勝トーナメントの進出はありませんでした。

 翌期は1組で佐藤康光棋聖に敗れて3位で決勝トーナメントに進出するも、ふたたび佐藤棋聖に敗れて終えています。

 

 19期、20期は、佐藤康光棋聖の連続挑戦。ですが3-4、2-4で挑失しています。竜王戦のトーナメントを勝ちあがるだけの実力も勢いもあったわけですけど、トッププロの差は紙一重ですねぇ……。

 

 そして、有名なシリーズがやってきます。

 

 

第21期 永世七冠をかけて

 羽生さんはこの年度のはじめに名人位を森内名人から奪取、「永世名人」の称号を手にします。これで永世六冠を達成して、残る一つは永世竜王のみ。

 この年の羽生さんは、とても好調だったんです。名人戦で勝って三冠になってから、棋聖戦では佐藤棋聖から奪取し四冠に。王座戦を防衛して、王位戦竜王戦で挑戦します。タイトル戦に連続で出場していたんですねぇ。

 竜王戦は初戦で深浦王位に敗れたものの、1組5位で決勝トーナメントに進出。糸谷五段、深浦王位、丸山九段、挑決では木村八段を破って挑戦者となりました。

 羽生さんは奪取で通算7期となって、永世七冠の資格を得る。対して渡辺竜王も防衛すれば5期連続の規定を満たす。どちらが勝っても永世竜王となるシリーズで、『100年に一度』とも言われていました。

 有名なシリーズですから、すでに様々なところで語られていますけど……やはり第1局は取り上げるべき内容ですねぇ。

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 渡辺竜王の棋風はこのときから「堅い、攻めてる、切れない」を目指すものでした。羽生四冠の後手番で、一手損角換わりからの中盤戦。後手一手損角換わりからの右玉に対して、穴熊に組んでその3つを満たそうとしています。

 ここで△6五歩と突いたのが驚きの一手です。先手からは▲2三角という明快な狙いがあるのに、ボンヤリとした手で返したわけですから。

 ▲2三角からは一直線で、先手は角と金桂の二枚換えで竜を作ることができました。対して後手は△6七歩成から△6九角と馬をつくったんですけど、僻地の馬です。先手玉は穴熊ですし、多くの棋士はひと目先手が良いと判断する展開でした。……でも、そうじゃなかったんですね。

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 △6四角と打ったときに、先手からの有効な手段が難しかったんです。狙いのはっきりしない手を積み重ねているのに、先手がいつの間にか急かされています。この後の終盤も難解でしたけど、後手の勝利。

のちに「将棋観が否定された」と渡辺竜王が語ったそうです。内容がそれだけ衝撃だったということですし、シリーズに大きな影響を与えた開幕局だったと思います。

 

 流れが変わるのは第4局、打ち歩詰めで逃れ……というのも有名な話ですけど、まゆは最後の2局がこのシリーズを決定づけたと思います。

 第6局、第7局とも後手番になった渡辺竜王は、マイナーだった急戦矢倉を採用します。そして、2つの新手を指しました。

 

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(△3一玉の新手は、その後の名人戦でも指されることになります)

 特に第6局は短手数で勝利、新手はそのまま定跡になって、何年も研究されることになりました。

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 第7局も2つ目の新手から難しい戦いに。終盤は二転三転した末に、最後に羽生四冠にミスが出て渡辺竜王の勝利。

 3連敗からの4連勝という劇的な幕切れで防衛となりました。内容はどれも際どいものでしたけど、1勝の差は計り知れないほど大きいものでした。

 

 これが、9年前のこと。それからは毎年のように「永世七冠なるか」と期待されました。

 

第22期 周囲の期待

 1組2位で決勝トーナメントに出場しましたが、準決勝で森内九段に敗北。

 当時の中継のコメントにも「永世七冠七冠ロードはついえた」と書かれていますから、やはり期待されていたことがうかがえます。

 森内九段はそのまま挑戦者になりましたが、0勝4敗で挑失という結果でした。

 

第23期 2回目の挑戦

 衝撃のシリーズから2年、ふたたび羽生さんが挑戦します。

 挑戦者決定戦第1局の、久保―羽生戦は有名ですねぇ。

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(先手の穴熊に対して、自玉がギリギリ寄らないという見切りで指された一手)

 角取りを無視して△3六歩と突いた手が、互いの速度を狂わせる妙手でした。

 続く第2局も勝って、挑戦者になりました。菜々さんいわく「翌日の朝のニュースで放送された」そうです。

 ただ七番勝負は、2勝4敗で敗れました。この時期は渡辺竜王が対戦成績で押していて、翌年には王座戦で羽生王座の20連覇を阻止しています。

 このシリーズの第2局は、『矢倉91手組』のベースになった▲1五香が指された対局です。羽生さんが指した新手だったんですよ。結果は負けでしたけど……。

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 印象的なのは、第3局でしょうか。羽生三冠の横歩取り△8五飛戦法で迎えた終盤戦、先手が有利とみられた局面です。後手は歩切れで受けが難しく、先手玉を攻めるのも足りない状態です。

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 ここで△7五金が勝負手でした。もともと7七に打った金で、歩を取るために先手玉から遠ざかるわけですから異筋です。でも、△2三歩と打って相当長い勝負になりました。先手にもミスが出て、羽生三冠の勝利。

 羽生さんが的を絞らせない展開になると力を発揮しますけど、少しずつ悪くなっていく展開が多かったように思いますね。

 

 

第24期~ 

 
 ここからは、毎年のように期待されつつも、挑戦に至らない期が続きます。

 

 第24期では、決勝トーナメントで橋本八段に逆転負け。

 第25期でも1組で橋本八段に負けています。その後ぼ4位決定戦で丸山九段に負け。

 挑戦者はどちらも丸山九段でしたが、1勝4敗で挑失しています。

 羽生さんが解説になって、粘るかどうかのアンケートをとったのも25期の第2局でした。早く終局してしまって、王座戦第4局の自薦解説をしたり……。

 まだ5年しか経ってませんからね、よく覚えてますよぉ……ふふ♪

 

 第26期では1組3位で決勝トーナメントに進出した羽生さんですが、準決勝で森内名人に負け、挑戦はなりませんでした。

 森内名人は挑戦者となって、4勝1敗で竜王位を奪取。

 

 羽生さんが解説で、電話出演した谷川九段を小林九段と間違えたのもこのときでしたねぇ……。

 

第27期 糸谷六段の快進撃

 この期、羽生さんは初めての1組優勝を果たします。これまで優勝経験がなかった……というのは意外ですけど、それだけ厳しい戦いだということでしょう。

 挑戦者決定戦に進出しましたが、糸谷六段相手に1勝2敗で敗れます。

 

 七番勝負は糸谷七段が4勝1敗で奪取。第1局がハワイだったり、シリーズを通して糸谷六段が早指しだったり……。3年前のことですから記憶に残っている方も多いかもしれません。

 

 

第28期 羽生キラー、永瀬六段

 2回目の1組優勝を飾って決勝トーナメントに進出した羽生さんですが、4組優勝から勝ち上がってきた永瀬六段が羽生さんを下します。

 永瀬さんは棋王戦トーナメントでも羽生さん相手に2連勝していて、この対戦もあわせて3戦3勝という結果でした。初手合いからこれだけ勝てる人は少ないので、「羽生キラー」と呼ばれたりもしたそうです。もとは、羽生さんが若手時代に使われてた言葉なんですけどね。

 のちの棋聖戦5番勝負では羽生棋聖が防衛していますが、今でも通算では永瀬七段の方が勝ちこしていますね。

 七番勝負は渡辺棋王が挑戦し、復位しました。

 竜王戦は実力も勢いもある人がトーナメントを勝ち上がってきますから、挑戦するのも本当に大変です。羽生さんもベテランといえる歳になって、みている側は「次があるのか」という不安もありましたねぇ……。

 

第29期 

 初戦で久保九段に敗れた羽生三冠は、5位決定戦でも豊島八段に敗れて決勝トーナメント進出を逃しています。

 羽生―豊島 戦は、斎藤流のひとつの形に結論を出すキッカケとなった一局です。

 

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(ここで▲5六飛なら、後手玉への詰めろになっていて先手勝ち。本譜は▲6三銀成から入ったため、後手が勝った)

  去年はいろいろなことがありました。書くつもりはないですけど……今こうしていられることが不思議なくらいですね。

 いろんなものが積み重なって……今年の竜王戦は始まりました。

 

第30期 永世七冠

 今期については別の所でまとめていますから、そちらをメインにみてほしいと思います。

 

kaedep.hatenablog.com

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 1組2位から決勝トーナメントを駆け上がって、松尾八段との挑決を2勝1敗で勝利。七番勝負は、戦型選択から展開に至るまで、羽生さんが主導権を握っている将棋が多かったです。

第1局 先手 相掛かり

第2局 後手 角交換拒否雁木

第3局 先手 先手中飛車

第4局 後手 相矢倉

第5局 先手 角換わり


 どの対局も違う戦型を志向して主導権を握る、まさしく羽生将棋でした。

 第3局は相穴熊で、過去にみるような渡辺さんの指しやすい展開でしたけど。勝利した4局は、どれも羽生さんの強みが出た将棋だったと思います。

 

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 第5局の▲4五銀―▲2五桂の仕掛けは新手で、今の実戦でも指されている形です。羽生さんが指した手が道を拓いて、定跡になる。まさに羽生将棋という内容で、竜王位を奪取しました。

 第30期、羽生竜王の誕生。通算7期で規定を満たして、永世七冠を達成しました。

 15年ぶりの復位、永世七冠がかかってからは9年越しの竜王位でした。

 



 作り話のような、前人未到の大記録。これ以上の称号は、無いと言えるでしょう。

 30年間トップで戦い抜いた積み重ねが、『永世七冠』という称号をつくりあげています。

 でも、これで終わるわけではありません。来期は防衛戦が控えていますし、他棋戦だって毎年、同じようにやってきます。王位戦はもう、紅白リーグが開幕しているんですよ。

 

 

 この先に何があるのか、目印になるものは、もうありません。誰も到達したことのない場所を、1人で進むことになります。

 

 記録や称号は、過去の実績に与えられるものですけど……羽生さんは変わらず歩み続けるのでしょう。

 

 ですから、描かれてゆく軌跡を、みていけたらと思うんです。

 これからも変わらず、いつも通りに。

 

 

 

(了)