とある事務所の将棋紀行

将棋の好きなアイドルが好き勝手に語るみたいです。

新田美波の名局振り返り  60秒の逡巡

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昨年度の対局は、ドラマの連続だった。

藤井四段の快進撃に始まり、羽生竜王永世七冠、引退を賭けた不屈の大激闘……。1つずつ取り上げればキリがないくらい、沢山の名勝負が観る人の心を動かした。

その中で一局、振り返って書いておきたい対局がある。

決して明るくはないけれど、忘れないでいたい人間の勝負だ。

 A級順位戦10回戦 豊島将之八段―三浦弘行九段 戦(2018年2月1日)

 

昨期の三浦九段はA級順位戦最終局を迎える前、すでに降級の危機にあった。
順位11位で、3勝5敗。残留するには、あと2局を連勝するしかない状況だった。

対して豊島八段(当時)は各棋戦で好調を維持し、順位戦も6勝2敗でトップ。本局を勝てば名人挑戦が確定する。さらに順位戦は先後があらかじめ決まっていて、豊島八段の先手番。厳しい戦いなのは明らかだった。

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▲7六歩    △3四歩    ▲2六歩    △8四歩    ▲2五歩    △8五歩
▲7八金    △3二金    ▲2四歩    △同 歩    ▲同 飛    △8六歩
▲同 歩    △同 飛    ▲3四飛    △3三桂(上図)▲5八玉    △6二玉
▲3六飛    △4二銀    ▲3八金    △7二銀    ▲4八銀    △7一玉
▲9六歩    △8四飛    ▲2六飛    △2五歩    ▲5六飛    △2四飛
▲2七歩    △5四歩    ▲7五歩    △5三銀    ▲8六飛    △8三歩
▲6八銀    △8二玉    ▲7七桂 (図)

戦型は横歩取り△3三桂戦法、三浦九段がときおり採用する形だ。

マイナーな形ながら今の将棋の流行をふまえて考えると、勇気流や青野流を回避できるというメリットがある。

先手の対策はいくつかあって、急戦に持ち込む形も前例がある。しかし直近の前例は三浦九段が後手を持って終盤に千日手(木村―三浦 戦)が成立している。用意があることは間違いなかった。

豊島八段は急戦を見送り、組みあって1歩得を主張した。

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△5五歩    ▲9七角    △3一角
▲7六飛    △6二銀    ▲9五歩    △5三角    ▲8八角    △8四歩
▲8五歩    △同 歩    ▲同 桂    △8三銀    ▲5五角    △7二金

お互いにひねり飛車のような形に組んで、中盤戦。
中住まいでスキを作らない先手陣に対して、銀冠で陣形差を主張する後手陣。

1歩得で持久戦なら先手が良いと思いたくなるが、金銀が前に出ていく将棋ではないので攻めが軽い。
後手としては千日手も辞さない方針で、無理に打開してくれば反撃する方針だ。
ただ先手が歩得を活かして攻めが続く格好になれば、その時点で勝負はほぼ終わってしまうリスクもある。

ジリジリとした神経戦が続く。

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▲3六飛    △4二角    ▲7九金    △5三銀    ▲5六飛    △8四歩
▲4六角    △1四飛    ▲7三桂成  △同 桂    ▲7六飛(図)

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△7一玉
▲3六歩    △6二玉    ▲3五歩    △5二玉    ▲2八角    △9二香
▲1六歩    △5四飛    ▲5六飛

先手は大駒と桂をめいいっぱい活用して、玉を射程に入れる。
歩切れで受けきれない後手は囲いから逃げ出し、右玉のような陣形に変化した。
そして飛車を中央に転回。

手抜いて△4五桂や△6五桂の殺到を許すわけにはいかないので、▲5六飛とぶつける。
飛車交換から一気に決戦になった。

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△同 飛    ▲同 歩    △2六歩
▲同 歩    △3六桂    ▲3九角    △4八桂成  ▲同 角    △4五桂
▲4六歩    △4四銀    ▲4五歩    △同 銀    ▲6六歩    △6四角


後手の桂が働き始め、続けて銀と角も活用できた。先手の駒台には歩がたくさんあるものの、それを使える筋がない。
このあたりは後手がうまく立ち回ったと評判だった。
しかし、ここまでの応酬で持ち時間がない。広い先手玉を正確に攻略するのは難しく、自玉は薄い。難しい戦いが続く。

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▲3七桂    △3六銀    ▲7六桂    △7五角 ▲5五飛    △5三角
▲4五桂打  △4四銀    ▲5三桂成  △同 銀    ▲4七歩    △5四歩
▲7五飛    △7四歩    ▲4五飛    △同 銀    ▲同 桂    △4四銀
▲8五歩    △6二金    ▲8四歩    △7二銀    ▲7一角    △2九飛
▲3九金    △1九飛成


5筋の折衝を切り抜けた後手は、先手陣への攻略を開始した。

しかし自然にみえる△2九飛が逸機で、△4五銀と桂を取りつつ上から迫っていく方が受けにくかった。
本譜は▲3九金と弾いた形が耐久力がある。4八の角が銀だったら、いわゆる「アヒル囲い」といわれる形だ。

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▲8三歩成  △同 銀    ▲4一銀    △同 玉
▲6二角成  △3六桂    ▲6三馬    △5二銀    ▲5一金    △同 玉
▲7三馬

△3六桂は部分的に厳しいものの、角を取っても詰めろを掛けにくい。

攻め合いとなって▲5一金と捨てたのが好手順。△同玉▲7三馬から王手竜取りが掛かって形勢逆転。

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△6二香    ▲1九馬    △4八桂成  ▲同 金    △4五銀
▲8一飛    △6一歩    ▲8三飛成  △3六桂(図)▲6四桂打  △3九飛
▲5三銀

不利な側は正着を指されたら敗勢になるわけで、難しい選択を相手にゆだねるのが勝負術になる。
おかわりの△3六桂が勝負手。詰めろではないものの、駒を渡すと先手玉も気持ち悪くなる。受けるのは後手を引くため指しにくい。

豊島八段もはり時間をほぼすべて投入して▲6四桂打から寄せ合いを目指した。後手は△3九飛、この時点で詰めろではない。

▲5三銀は明快な詰めろ。この手で豊島八段は1分将棋に。


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▲6四桂打  △3九飛 ▲5三銀    △同 銀    ▲同 龍    △4一玉

日付も変わって最終盤のクライマックス。手番を得た先手が何を指すかという局面。先手には2つの手段があった。

ひとつは▲3三桂から詰ましにいく順。王手は続くものの、とても難解なので順を追って説明していく。

 (変化図1)

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(▲3三桂以下 △3一玉▲5一竜△2二玉▲2一竜△3三玉▲3四銀△4四玉▲5五銀)

後手は△3一玉と逃げるしかないが、▲5一竜から▲2一竜と竜でグルグル追いかけ回す。
▲3四銀△同銀▲同歩で精算しつつ王手を掛けて、▲5五銀が好手。△同歩は▲同馬で詰んでしまう。

(変化図2)

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(△5三玉▲5一竜△6三玉▲5四銀△7三玉▲5三竜)

竜を引き戻して、王手を続けてこの局面。

先手の持ち駒がなくなったものの、この局面で合い駒を打つ必要がある。桂合が最善だが、▲同銀成△同香▲8五桂と打ち、△8二玉に▲7二桂成と捨て駒をするのが決め手。これで馬の効きが通って両王手になっている。

(変化図3)

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(△6三桂▲同銀成△同香▲8五桂△8二玉▲7二桂成)

以下は△同玉▲7三桂成△8一玉▲8二成桂で詰み。

歩以外の駒と、盤上の攻め駒をすべて活用した、創作詰将棋のような手順。

合駒は数通りあるものの、どれでも詰む。
1九にいる馬が遠く後手玉の詰みに働いているのを確認してほしい。
しかし手数も変化も多くギリギリの詰み。桂を打った以上、もし詰み逃せば修正はできない。

 

もう一つの手は▲2四桂。必至を掛けた手で、自玉が詰まなければ勝ち。
王手は掛かるがこちらも変化が多く、先手の玉は広そうに見える。

豊島八段は▲2四桂と打った。

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▲2四桂△4八桂成

△4八桂成で、自玉に読みを集中させたはず。
そして、広いはずの左辺に逃げる変化が詰むことを察知した。

▲6七玉は19手、▲5七玉は21手で詰みになる。

(変化図1)

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▲6七玉    △5八角    ▲7八玉    △6七銀    ▲同 銀    △同角成
▲同 玉    △7七金    ▲同 玉    △7九飛成  ▲7八歩    △8六金
▲同 玉    △8八龍    ▲8七歩    △7五金    ▲9六玉    △8五銀

(変化図2)

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▲5七玉    △5六銀    ▲同 玉    △6五銀    ▲同 歩    △3六飛成
▲4六馬    △4五角    ▲6六玉    △4六龍    ▲7七玉    △7六龍
▲同 玉    △7五金    ▲8七玉    △8六金打  ▲8八玉    △7六桂
▲9八玉    △8七角

先手が銀を渡したことで、自玉に詰めろが生じていたのだ。

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▲同玉△5八金▲3九玉△3八金▲同玉△4九角

まで、150手で三浦九段の勝ち

 

逃げると詰むために成桂を取ったが、詰将棋のように、金二枚が放たれた。
投了図以下は▲2八玉△2七銀▲1七玉△1六銀成▲2八玉△2七成銀▲2九玉△3八角成 までの詰み。

竜を抜き、さらに後手玉の詰みに働いていたはずの馬が、自玉の唯一の逃げ場を塞いでいた。
結果だけいえば142手目△4一玉の局面で、後手玉には31手の詰みが。先手玉には21手の詰みが生じていたのだ。

もし先手玉が分かりやすい詰めろだったなら、豊島八段は開き直って▲3三桂を打ったと思う。打てば手順は長いが、1手指すごとに60秒の考慮時間がある。おそらく詰みを読み切れただろう。

ただそれは結果論でしかない。

ギリギリ詰むか詰まないか読み切れない手順を選ぶよりも、必至を掛けた方が良いと判断したのだ。

60秒に詰まった勝負のアヤは、単なる悪手という言葉では表現できないものがある。
人間の勝負の面白さが詰まった終盤だった。

 

本局の結果が与えた影響は大きく、「将棋界の一番長い日」での6者プレーオフと、三浦九段の残留につながった。

三浦九段は今期、棋聖戦では挑戦者決定戦に進出、竜王戦では準決勝まで進んだ。そしてA級順位戦は3連勝。トップ棋士としての活躍をみせている。

昨期はドラマの連続だったけれど、すべてが明るい話題だったわけではない。
ただ苦境の中で、諦めることなく指し続けた三浦九段は「強い」という表現が一番ピッタリだと思う。


(了)

新田美波の定跡解説  蘇る青野流

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「ミナミ、横歩取りがヘンです!」

……突然どうしたの?アーニャちゃん。

「これを見てください!」

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えっと……『青野流』だね。

「最近たくさん見ますね。でも、青野流はメンシェヴィキ……少数派だとミナミに教わりました!」

一時期は全然指されてなかったからね、確かに少数派だったんだよ?

「ヴァチモア……どうして、横歩取りが青野流ばかりになりましたか?教えてください!」

んー、かなり難しい説明になるけど……ちゃんと理解しないといけない話かも。
久しぶりに、時間をかけてやってみよっか!

「スパシーバ!ミナミのレクツィアですね!」

もくじ

横歩取りとは
・青野流の狙い
・後手の対策と衰退
・勇気流登場
・復活の青野流
・青野流の現在
・まとめ

それじゃあ、青野流について勉強していこう。よろしくね、アーニャちゃん。

「バジャルースタ、よろしくお願いしますね」

まずは、普通の横歩取りから説明しよっか。

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▲3四飛の局面が横歩取りの出発点……っていうのはいいかな?

「ダー、横にある歩を取るから『横歩取り』ですね?」

正解!分かりやすい名前だよね。
先手の主張は「1歩得」で、後手の主張は「▲3四飛の位置が悪い」ということ。2つの主張のぶつかり合いが、横歩取りの歴史なの。

以前まとめたことはあるけど、ざっとおさらいしておくね。

アイドル達の戦型解説 横歩取りってどんな戦型?(前編) - とある事務所の将棋紀行

アイドル達の戦型解説 横歩取りってどんな戦型?(後編) - とある事務所の将棋紀行


▲3四飛を一直線に咎めるのは、△8八角成からの後手急戦。△4五角戦法が代表例で、飛車を直接イジメる狙い。

 「とても激しい戦いですね」

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……でも研究が進むと上手くいかなくなって、後手は△3三角戦法に移っていくの。▲3六飛―▲2六飛と戻すのは手損だから、後手が攻勢に出られるって作戦。

「ノーマルな横歩は、これです」

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△8五飛戦法や中原囲い、△7二銀型をはじめ色んな形が出てきたけど、後手に選択権があるのは大きいかな。いろんな指し方があって、先手も全部に対応するのは大変だから。

横歩取りで、一番指されてきた展開だね。


・青野流の狙い

さあ、ここから青野流の登場だよ。

「フォップ、フォップ!」(拍手)

……といっても、青野流自体は平成14年に初登場してるんだけどね(順位戦 青野―谷川 戦)。
名前の通り青野九段が指した作戦。他にも対四間飛車急戦の『鷺宮定跡』を開発した棋士だよ。

「サギノミヤ……ナナが詳しそうですね!」

舟囲い急戦を指す人には、なじみが深い名前だよ思うよ。

話を戻すね。

青野流の基本は、▲3四飛を動かさずに戦いを起こすこと。
飛車を引かなければ先手は手損をしてないでしょう?

「ダー、飛車が戻らなければ、手損にはなりませんね」

だから、ここで▲5八玉と上がって戦いを起こしにいくの。

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1歩得して、手損なしで、先攻する。これが青野流の狙いなの。
具体的には▲3七桂―▲4五桂と跳ねて、後手の角を目標にする。

もし後手が普通の駒組みをすると……この角がいなくなった瞬間に、▲3二飛成と金を取れるでしょう?

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(▲5八玉以下、△2二銀▲3六歩△8八角成は▲3二飛成が金を取りつつ詰めろ)

△3三角を目標に▲3七桂~▲4五桂と跳ねていくのが青野流の基本的な構想だね。

「パニャートナ、するどい狙いです。なぜ、すぐに流行りませんでしたか?」

うーん……▲5八玉の局面をみれば分かると思うけど、先手の駒は全然前に出ていないでしょう?飛角桂歩の4種類だけで攻めを続けるのが難しいんだよね。

後手もいろんな対策をしてきたから、順番にみていこっか。

「ダー!」

 

・対策△2二銀・△8二飛型

 (基本図1)

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後手からすれば攻めを切らせばいいわけだから、受けるのは自然な発想だね。

飛車を引いて、△3二金にヒモをつけてるの。次に△8八角成―△3三銀と指せれば、先手の飛車を追い払えそうだよね。

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(ここで▲3五飛は△4四角がある)

「先手の攻め駒を責められてますね」

これが最初の壁になって、青野流を指す人は少数派だったの。▲3六飛から普通の横歩取りにした方がいいって見方が強かったのもあるかな。

「攻めが細そうです」

でも先手からすれば、一点でも突破できれば成功なの。
模範演技は、飯島―森内 戦。▲8三歩△同飛▲8四歩と飛車先を叩いてから、▲3五飛と逃げる。大駒と桂をめいいっぱい捌いてるでしょう?

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(基本図より▲3七桂△8八角成▲同銀▲8三歩△同飛▲8四歩△8二飛▲3五飛△8四飛▲6六角△8二飛▲4五桂  以下△4四角に▲8三歩が効く)

先手の持ち歩が3枚だから成立する変化だね。

「ハラショー!『駒得は裏切らない』ですね」

そうだね。得した駒は貯めておくだけじゃなくて、こんな風に使って戦果をあげるのが大切だよ。
このあと▲8四飛と回って▲8二銀から8筋攻めが間に合って先手の勝ち。

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(上図より△4四角▲8三歩△5二飛▲3三桂成△同角▲7七銀△5四歩▲8五飛△5五歩▲8二銀)

△8二飛型は今のところ、先手良しが結論になってるね。

・△5二玉・△7六飛型

(基本図2)

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受けるのが上手くいかなかった後手は、攻め合いを狙うの。
△7六飛で横歩を取って……これが難敵で。

「ンー、先手より1手遅いですね?」

でも△8八角成とされると、先手は金銀どっちで取っても……

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(基本図から ▲3七桂△8八角成)

「ウ―ジャス!飛車が成られてしまいます!」

つまり△7六飛は逆先なの。横歩取りの基本的な筋だけど、気を付けないとだね。
先手は受ける必要があるけど、攻め足を止めてもいけない。

対応は▲7七角と▲7七桂の2通りに分かれるよ。


1)▲7七角

本線だったのは自然な▲7七角なんだけど、△2六歩と垂らされたときの対応が難しくて。

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▲2八歩は攻めに歩が使えなくなるから▲3八銀なんだけど、後手からの猛攻をしのぐ必要があるのね。一例は羽生ー小林 戦。

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△2七歩成▲同銀でスキができるから、先手も受けに回らないといけない。

「ンー、難しいです」

これを嫌って、飛車交換をした場合は▲2八歩を低く受ける変化もあるの。
……アーニャちゃんの言う通り、本当に難しいよ。

▲7七角とされた局面を、後手を持って上手いのが佐藤天彦名人(現)。後手横歩全体の勝率がとても高かったのもあるけど、対青野流も強かったの。

「アーニャ知ってます、アリスタクラート……貴族ですね!」

本当の貴族じゃないけれど……豪華な服が多いよね。

さっきの羽生―小林 戦をベースにして、新手を出して後手勝ちにしたこともあって。
その後、▲7七角に対する当時の決定版を指してるね。

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棋王戦第2局 渡辺―佐藤天 戦。
飛車交換しないで、角交換から△5五角。左右に角を成る手があるから先手も攻め合いにするんだけど――

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流れるように後手の攻めが続いて……

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最後は△2六歩が活きて後手の勝ち。66手の短手数で、一気に勝負が決まったのね。

「ズドラーヴァ!すごいです……!」

これ以降、青野流が一気に指されなくなったかな。


2)▲7七桂

 

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△7六飛には▲7七桂と変化することもできるけど、マイナーな形だったかな。

「桂馬が角を止めてますね、おかしな形です」

▲4五桂―▲6五桂の殺到が狙い。桂を跳ねれば、角も攻めに参加するからね。
……ただ目標がハッキリしすぎてて、後手も研究しやすいの。

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(▲7七桂以下 △5五角▲2二歩△同角▲3七桂△8七歩▲同金△7五飛▲7六歩△8六歩)

△8七歩▲同金から金を吊り上げられると、先手は飛車を渡しにくくなる。▲6五桂と跳ねて決戦にしたい先手からすると、とっても忙しいわけ。

「『金はナナメに誘え』ですね」

先手良しにはなりにくくて、実戦例も少ないまま指されなくなった形だね。
あまり有力とみられてなかったみたい。

こんな感じで「△7六飛で後手がやれる」って見解が広まって、青野流は指されなくなっていったの。


・勇気流の登場

△7六飛の対応が難しくて一時期は指されなくなった青野流だけど、流れをくんだ作戦が登場します。

 

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「勇気流ですね!」

うん、以前まとめたけど……その後も大流行したね。

青野流と違うのは、▲6八玉型なところ。攻め筋は青野流とほぼ同じ。だから破壊力はそのままで、なおかつ▲7八金にヒモをつけてるのが大きいって主張。去年は大流行したね。

「ンー、でも、今はあまり見ません」
問題は、これも△7六飛と取られたときで……

「シト?先手にならない、ですね?」

この場合は青野流でみるような攻め合いじゃなくて、玉の位置を咎める作戦なの。
先手の攻めの主役は桂馬だけれど、7六歩がない状態で桂馬を渡すと……

「ニチヴォー!△7六桂が王手角取りです!」

 

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(将来、桂馬を渡すと△7六桂が痛い)

もちろんこれで潰れちゃうわけではないけど、先手が一気に攻めるのも難しいね。
▲6八玉が勇気流の骨子だから、その弱点を序盤早々に主張されるのはイヤな展開ではあるの。

「それで数が減りましたか……」

勇気流そのものが否定されたわけじゃないから、これからも研究される展開だと思うよ。
ただ、以前よりは数が少なくなったのは確かだね。

「ンー、万能な形はありませんね。どこかに弱点が生まれます」

でもね、アーニャちゃん。
勇気流の流行によって「▲3四飛のまま攻めるのは優秀」って認識が広まったのは大きくて、青野流も見直されることになったの。

勇気流の▲6八玉を▲5八玉と戻す指し方もあるくらいで、最初から青野流で良ければ話が早いんだよね。

というわけで、青野流が復活した理由をみていこうか!

「ダー♪」

 

 ・復活の青野流


1)▲7七角新対策

一度は後手良しに傾いた青野流対△7六飛の局面に戻るよ。

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▲7七角から決定版だった変化に進めて……

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ここで▲2三歩△同金を利かせるのが従来の手順だったんだけど、狙いの▲2四歩が間に合わない上に、△4一玉~△3一玉の逃走ルートを作ってたの。

「パニャートナ、後手にも得がありますね」

だから、▲2三歩を打たずに△8四飛と回れば……

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後手は強く攻め合えないの。

「金に位置がひとつ違うだけですね?」

もし△4五桂で前例と同じように進めると……

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(前例は▲6四桂だったが、駒が取れないため△6二玉で後が続かなかった)

▲4四桂の反撃がある!△同歩▲3四角が王手竜取りになるんだけど、これも金の位置が違うから成立する変化だね。

「ずっと先に進むと、意味が分かるんですね。すごいです!」

こういうところが将棋の面白いところでもあり、怖い所でもあるよ。

戻って▲8四飛には△8二歩と受けるしかないけど、▲7二歩が後続の手筋の一手。

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金で取ると壁になっちゃうから△同銀だけど、先手は竜を作ることができる。
これなら先手は簡単には潰れないし、実戦例もいくつかあるけど後手自信なしの変化が多いかな。

「オーチン ハラショー!▲2三歩は損な手だったんですね」

数年ごしに定跡が覆ったの。こういう「利かし」の手の損得って、とても難しいよ。

 

2)▲7七桂型対策

あと▲7七桂で対抗した形でも有力そうな手段があって……この動画が詳しいんだけど。

神崎蘭子さんの将棋グリモワール 第8局《城ヶ崎美嘉の夢》 - ニコニコ動画

さっき触れた金を吊り上げる展開のときに、

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いろんな駒が当たってるタイミングで▲6五桂が成立しそうなの。前例より1手早いタイミングで、△8八角成に▲5三桂成△同玉と王手で形を乱せるのね。

「ミナミ、ハダカです!」

……後手玉がね。

「それと、後手の金がカベになってます」

▲8七金と指せば桂跳ねまで一直線だから、これも先手が互角以上じゃないかな。

「△7六飛でも先手やれる」って認識が出てきたのが、大流行の始まりだね。

 

・青野流の現在


さて、青野流を止めてた△7六飛がダメとなると、後手は別の対策が必要になるんだけど……

「何がありますか?」

まだ定まってないんだよね。

「シト……?」

△7六飛の対策だけで後手は長い間やってきたから、これが崩れちゃうと新しい工夫が必要なの。青野流の攻めを完全に受けきるのは難しいし……。

先手からすれば「戦型を指定できて、互角以上に戦える」戦法になったわけで、みんなが採用するのも頷けるね。

「それで大流行、ですか」

勇気流が減った理由も、青野流の方に人が流れたって感じかな。
2つの戦型が同時に升田幸三賞を受賞したのも、一連の流れがあったからだよ。

まとめられるほど実戦例はないけど、後手の今の対策も少し見てみよっか。

・△5二玉・△4二銀型

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先手は角を目標にしているから、後手は角交換で捌きたい。でも▲3二飛成が王手や詰めろで入っちゃうと無理筋になる。
だから、銀を中央に使って飛車成りの効果を軽くしたのがこの形。

「この瞬間だと、金を取った手が王手でも詰めろでもないですね」

 角交換をして飛車を責める狙いだけど、後手の飛車も不安定な位置にあるのが懸念材料だね。

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△3三銀から△4四角で気持ちよく飛車をイジメてるようでも、▲7七角の切り返しがあるから。

・△4二玉型中原囲い

 

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3筋を玉で受け止める展開だね。

「ンー、普通は△4一玉ですね?」

うーん……すぐに違いは出ないけど……
先手は▲4五桂から5筋も狙ってるから、長い目でみると玉でそれを受けてるの。
前からある形ではあるけど、掘り下げる余地はあるかも。

後手は守勢に回って先手の飛車をいじめる、先手は攻めの糸口を探す展開になるね。

 

 ・△6二玉型

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△5二玉や△4二玉型が多いけど、△6二玉と指す形もあるよ。
右辺が戦場になるのが目に見えてるから、最初から遠ざかる手だね。

△8二歩と先受けしたり、△8八角成から△3三金と上がったり……
実戦例が少ないから、よく分からないのが正直なところかな。

後手は様々な形を指して模索してる段階。先手からの変化球で▲9六歩(▲9七角の余地をつくる+端攻め)もあるし、力戦になりやすいのが今の青野流だね。

・まとめ


これまでの内容をまとめると、

・青野流は先手が主導権を握れる戦法

・後手の有力な対策が覆されて、大流行

・先手の攻めが続くかどうかが勝負のポイント

・力戦になりやすい

こんな感じかな。また時間が経ったら見解も変わってるかもしれないけどね。

「ンー、後手はタイヘン、です」

そうだね、今は「工夫する側」が後手になってるのは確かだよ。ちょっと前までは先手が工夫する側だったんだけどね。

横歩取りって後手の同意がないと成立しない戦型だから、「横歩取りにしない」というのも一つの青野流対策かも。その場合は角換わりをはじめとした他の戦型の後手を持たなきゃいけないから、苦労が消えるわけじゃないけどね。

 

というわけで、今回はここまで。ありがとうございました!

「バリショエ スパシーバ!ありがとうございました、ですね」

~~~~~

「ミナミ、横歩取り詳しいですね?」

激しい変化も多いから定跡になりやすいんだよね。勉強すればするだけ力になるから、私は好きかな。

「なるほど、アーニャもたくさん勉強しますね」

 

(後日)

 

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荒木比奈
「美波さん、ひとつ聞きたいことがあるんスけど」

あら、比奈さん。何かありました?

「『ミナミは攻めも受けも激しいのが好き』って、アーニャちゃんから聞いたんでスよ」

あ!それは誤解で……

「夏コミの折り本のネタにしていいっスか?」

 

ダメー!

 

(了)

 

 

 

参考棋譜

順位戦  青野―谷川 戦(2002年7月4日)
王将戦  飯島―森内 戦(2012年8月29日)

・▲7七角型

竜王戦  羽生―小林 戦(2013年6月25日)
順位戦  井上―佐藤天 戦(2013年7月1日)
棋王戦  渡部―佐藤天 戦(2016年2月20日)

・▲7七桂型

新人王戦記念対局 都成―羽生 戦(2013年11月27日)

・△4二銀型

叡王戦 村山―飯島 戦(2018年8月3日)
竜王戦 三浦―深浦 戦(2018年7月30日)

・△4二玉型中原囲い

朝日杯 木村―八代 戦(2018年8月2日)

・△6二玉型

順位戦 増田―西尾 戦(2018年6月19日)
順位戦 藤井聡―西尾 戦(2018年7月31日)

 

白菊ほたるの将棋アラカルト  順位戦の巡り合わせ

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おはようございます、白菊ほたるです。

今回は私が担当するらしいんですけど、何からお話しすればいいのか……。

えっと……まずは、こちらを紹介させてください。

www.nicovideo.jp



事務所でやっているシリーズ企画です。
このお話では順位戦がテーマになっていて、「頭ハネ」という言葉が出てきます。

「同じ勝ち星なら、前期の順位の差で昇級、降級を決める」というルールですけど、これによってギリギリ助かった、助からなかったケースが生まれるんですね。

ということで、将棋界でおきた順位戦のエピソードをお話したいと思います。よろしくお願いします……。

 

 
菅井竜也五段 (現七段、王位)

第70期順位戦、C級2組

9勝1敗で頭ハネという場合は少ないながらありますけど、順位の差なので上位者は昇級するものです。

菅井さんはプロ2年目に大和証券杯で優勝して「たぐいまれなる成績」で五段に昇段しました。順位戦も好調で、順位6位で9勝1敗。普通なら文句なしに昇級が決まる成績です。……でも、この期だけは違ったんです。

 

昇級 阿部健次郎五段 順位5位  10勝0敗

昇級 中村太一五段  順位20位 10勝0敗

昇級 船江恒平四段  順位41位 10勝0敗

   菅井竜也五段  順位6位   9勝1敗

C級2組は人数が多くて、総当たり戦ではありません。だから全勝者が複数人でる可能性は確かにあったんですけど……普通は考えないです。菅井五段は、同じ井上門下の船江四段に敗れて1敗したのが響きました。

同じ勝ち星ではないので、「頭ハネ」とは微妙に違いますけど……それ以上に厳しい結果だったと思います。

翌年の71期は順位3位で9勝1敗。この期は全勝者が出ず、トップで昇級しました。

C級2組、3年間の順位戦の成績は、8勝2敗、9勝1敗、9勝1敗(昇級)。何年も勝ち続けられるというのは、すごいことです。

現在の菅井王位はB級1組に在籍しています。

 

深浦康市九段

一番最初に「頭ハネ」で話題になる方……かもしれません。今はA級棋士ですけど、ここまで長い道のりがありました。

第53期 C級2組、順位10位、9勝1敗(頭ハネ)

第58期 B級2組、順位21位、9勝1敗(頭ハネ)

これもかなり厳しいですが、A級になってからも苦難が続きます。総当たり戦なので、降級のラインは3勝です。……普通は、ですけど。

 

第63期 A 級 4勝5敗  降級(頭ハネ)

第64期   10勝2敗  昇級

第65期 A 級 4勝5敗  降級(頭ハネ)

第66期    9勝3敗  昇級

第67期 A 級 3勝6敗  降級(頭ハネ)

4勝5敗は、残留が決まるはずの勝ち星です。勝ち越しまであと一歩という成績ですから。……なのに、降級。B級1組に戻って1期でA級復帰を決めたのに、また頭ハネ。これを3回、くりかえしました。

第71期、4回目のA級にしてようやく3勝6敗ながら2勝7敗が3人出たため残留を決めました。その後は残留を決め続けて、現在もA級棋士です。

前期の最終局では、久保王将との対局で深夜まで指し勝利。自身は残留を決め、挑戦者決定戦は6者プレーオフに。このドラマが生まれた背景には、何度もA級に挑んだ積み重ねがあったんです。

最後にもう一人、諦めなかった人のお話です。


窪田義行七段

順位戦の独特のルールは「頭ハネ」の他に「降級点」があります。
成績下位の人につくもので、一定数たまると下のクラスに降級するんですね。
C級2組では3点。その下はフリークラスで、そのまま10年経つとだと引退になります。

窪田七段は20代後半で降級点を2回とりました。かなり厳しい状況だったのは、間違いありません。
しかし2回目の降級点をとった次の第61期に、9勝1敗で昇級。降級点を消すどころか、勝ち上がったんです。

C級1組でも降級点を喫しますが、勝ち越して消去したあと、第66期に昇級。
B級2組でも降級点がつきましたが、2年連続の指し分け(5勝5敗)で消去しました。

ギリギリのところで踏みとどまって、降級は一度もありません。こんな成績は、他に例がないそうです。

 

順位戦は名人への挑戦の場でもありますけど、棋士の引退に直接かかわる棋戦でもあります。星一つが、とても大きな差を生む場所です。

 

棋力は、とても大事です。でも長く戦っていくときに輝くのは、どんな苦境でも歩いて行ける、折れない心なのかなって……思います。

 

(了)

新田美波の徒然観戦  2018年、将棋界の一番長い日

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『事実は小説より奇なり』

有名な言葉だけれど、その瞬間を目の当たりにすることはほとんどない。フィクションを超える事態なんて、頻繁に起きたらそれはそれで困るだろう。

……でもこの一日は、起きるべくして起きたドラマだったと思う。

 

今期のA級順位戦は、後半に波乱が待っていた。前半を5戦全勝していた豊島八段が星を落とし、既に複数の黒星がついていた棋士は星を伸ばした。特に第10回戦の豊島―三浦 戦(三浦勝ち)は非常に大きく、10人が挑戦または降級に絡んだまま、最終日へともつれこんだ。

1年間を通した勝負が、この日で最後を迎える。それが「将棋界で一番長い日」だ。

 

状況を整理しておくと、

久保王将 6勝3敗  9位

豊島八段 6勝3敗 10位

羽生竜王 6勝4敗  2位  抜け番

稲葉八段 5勝4敗  1位

広瀬八段 5勝4敗  4位

佐藤九段 5勝4敗  8位

渡辺棋王 4勝5敗  3位

深浦九段 4勝5敗  7位

三浦九段 4勝5敗 11位

行方八段 3勝6敗  5位

屋敷九段 2勝7敗  6位  降級

 

久保王将、豊島八段の2名が負けたときのみ、5勝4敗の棋士プレーオフの可能性が生じる状況だった。抜け番である羽生竜王は自動的にプレーオフとなるが、他3人は本局で勝たないとプレーオフのチャンスは生まれない。
降級争いも含め、一勝があまりにも大きな意味を持つ戦いになる。

静岡県静岡市浮月楼」で行われた最終局は、注目を集める中で行われた。

 

対局開始~昼食休憩

対局者が入室する様子から生放送されていたが、毎年恒例?「行方八段がいつ来るのか」の話題から始まった。

「BSで放送されてる頃から、時間ギリギリでしたからねぇ」(菜々)

対局開始が9時で、いつもより1時間早いのが不安視されるらしい。……静岡まで来ているのだから、大丈夫だとは思うのだけど。行方八段は10分前に入室。9時までにすべての駒が並べられ、滞りなく対局は始まった。

手番があらかじめ決まっている順位戦は、戦型も準備しやすい面もある。パタパタと手が進む対局は多かった。昼食休憩の時点での進行を簡単にまとめてみる。

広瀬八段(5勝4敗)―豊島八段(6勝3敗) 横歩取り△8四飛戦法

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▲6八玉・△6二玉型は珍しく、後手が趣向を凝らしたといえる。△2五歩―△2四飛とひねり飛車に近い形にして、後手玉は美濃囲いに収める準備ができている。後手陣は低さ、先手陣は手厚さを主張する展開になりそう。

稲葉八段(5勝4敗)―行方八段(3勝6敗) 後手雁木

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角換わりの出だしから△4四歩と角交換を拒否する、最近の流行形。先手陣は角を動かして囲うことが難しいので、急戦模様の棒銀から3筋で仕掛けた。この形は争点が少ない戦いになりがちで、3筋争いがそのまま勝敗に結びつく可能性もある。

佐藤九段(5勝4敗)―屋敷九段(2勝7敗) 先手向かい飛車

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佐藤九段の先手角交換向かい飛車。ダイレクト向かい飛車に近いが、▲5六歩を突いてあるので後手から馬を作る展開にできなかった。▲7九金が先手の趣向で、飛車交換に非常に強い形で▲8五歩が狙い。後手はそれを受けず、△3五歩と右辺に活路を求めた局面となっている。先手が佐藤九段ということもあって、今後の展開が一番予想できていない。

 
久保王将(6勝3敗)―深浦九段(4勝5敗) 先手三間飛車

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初手▲7八飛戦法から、角道を開けたままの駒組みに。一手一手が難しい序盤で、後手は囲いを決めずに先手の動きをみている。順位戦らしい、進行の遅い序盤だ。


三浦九段(4勝5敗)―渡辺棋王(4勝5敗) 角換わり棒銀

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すでに中盤戦となっているが、少し前まで前例と合流していた。棋王戦第2局 永瀬―渡辺 戦がそれで、難解ながら後手が手に苦心する中終盤が続いた。組みとめて長い戦いになりそうだが、互いの構想が難しい。

 

9時開始とはいえ、持ち時間各6時間は長い。これから戦いが本格化していく。

 

~夕食休憩

 

 

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「佐藤九段がらしい将棋を指してますね!」

菜々さんが盤を眺めながら声を弾ませた。
飛車交換になるかと思われた矢先に、佐藤九段は攻めの矛先をズラして▲5七銀と出た。△3五歩は伸びすぎだと否定しにいった手で、飛車交換から横を攻め合う将棋にはしないという意思表示でもある。

「玉頭戦にする気ですよ、間違いないです。そういう展開は、めっぽう強いですし」

佐藤九段はもともと居飛車党だ。「緻密流」と言われると繊細なイメージを受けるけど、昔から深い読みに裏打ちされた力強い将棋を指している。独特な振り飛車を多用するようになってもそれは変わらず、かなりの割合で縦方向の押し合い……玉頭戦の終盤になっている。

「今期がここまで混戦になったのも、佐藤九段の活躍は大きいですねぇ……。久保さんに稲葉さん、羽生さんにも勝ってますし」

正直ここまで活躍されるとは予想してませんでした、とつけ加えて苦笑する。昨期は降級をギリギリで回避して8位。ここ数年のA級の成績をみても、挑戦争いに絡むとは思ってもみなかった。

「羽生さんの陰であまり目立ってませんけど、佐藤九段も本当にすごい方なんですよ。50歳を手前にして、未だにトップで活躍しているわけですから」

タイトル獲得数は、羽生世代で羽生さんに次いで二番目。その地力を、軽視していたのかもしれない。

「A級にいる棋士はみんな、トップにいるだけの実力があって在籍しています。誰が挑戦してもおかしくないメンバーです。それを、忘れかけてたかもしれませんねぇ」

挑戦権の行き先は分からないまま揺れていた。


差がつきそうなのは三浦―渡辺 戦で、手の作り方が難しい後手は穴熊を目指したものの金銀が上ずっている。相居飛車戦の穴熊は遠いが堅くないため、2筋攻めで手になりそうとの評判だった。ただ、その展望を現実のものにするのとても大変なことは確かだ。

夕食休憩が明ければ、終盤戦に突入する。朝の対局開始から約12時間が経過し、ようやく迎える勝負の山場。

解説会の会場では、抜け番の羽生竜王が各対局を解説していた。場合によっては、羽生竜王にもプレーオフの可能性がある。本局の結果は最後まで見届けるらしい。

夜になり、だんだんと盛り上がっていく。順位戦はこれからが正念場だ。

 



最初に大きく動いたのが広瀬―豊島 戦、△5七角成とタダ同然の角切りが飛び出した。

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先手が抑え込み気味で、8筋を伸ばす攻めも在る中で飛び出した勝負手。
同玉に△3五歩から飛車先を突破する狙いだが、一点の狙いゆえに評価は芳しくない。手堅く受けられて駒損だけが残ってしまった。

もう一方の挑戦がかかった久保―深浦 戦は、先手模様良しから混戦に変わった。後手歩切れを突いて捌けるかと思われたところから、深浦九段のこらえ方が上手く玉頭戦に。先手は桂香損で、長い戦いになるとそれが響いてくる可能性が高い。

この2局の展開によって、4者(以上)プレーオフの可能性も生じる。観る側には「もしかしたら……」という期待にも似た気持ちが生まれていた。

 

夜戦、そして終幕


最初の終局は22時18分、豊島八段の投了。

やはり後手の攻めが切れてしまい、8七にあった歩がゆっくりと後手陣に迫って玉を仕留めた。

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ほぼ同じ時間帯に、久保―深浦 戦の形勢も揺れた。後手が端攻めに出たタイミングが微妙で、4筋からの殺到を許す終盤戦に。挑戦権の行方がかかった一局となり、俄然注目が集まった。こちらの勝負はまだまだ終わらない。

 

ついで稲葉―行方 戦が終局、23時22分。

 

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後手の厚みは崩れ、ジリジリと後手の居玉が追い詰められていき最後は大差に。終わってみれば先手の会心譜で、稲葉八段は6勝4敗としてプレーオフに望みをつないだ。行方八段は3勝7敗で降級が確定した。

 

佐藤―屋敷 戦は23時40分に終局。

最後の寄せは予想できないほど大胆だった。角角金を渡して、香車を成って詰めろを掛ける。かなりの駒損だが、指されてみると受けがなく先手玉は広くて詰まない。屋敷九段は30分以上手を止めたが、手段はなかった。

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(以下△2二金打▲3三歩成で終局)

これで佐藤九段は6勝4敗。屋敷九段は既に降級が決まっていたが、2勝8敗で今期を終えた。

 

残るは2局。中継される画面も二分割で同時に流されるようになり、この一日もクライマックスを迎える。

三浦―渡辺 戦は依然として先手良しだったが、スペースを埋める穴熊流の粘りに、決められるかどうかという終盤。ひたすらに穴熊に対して攻め駒を切らさないよう張り付き続け、後手の受けは次第になくなっていった。

最後はゼットの後手玉(ただし受けもない)をいかし先手に詰めろで迫っていったが、
▲8三歩、▲8六歩……細心の手順で後手の攻めが切れていく。▲9六銀を着手したときの三浦九段の手は、画面越しに分かるほど大きく震えていた。

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いつの間にか日付を超えていたのだけど、それを気にする余裕はもうない。勝負のゆく末を見届けるだけで精一杯だった。
そのまま5分考えて、渡辺棋王の投了。この瞬間、三浦九段が自力で残留を決めた。

3勝5敗という窮地からの、2連勝。まさに「勝ち取った」という表現がふさわしい。

 

勝負の余韻に浸ることもできないまま、最後の対局に注目が集まる。最後に残った対局が、挑戦と降級の行方を決めることになった。

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ひとつミスをすれば簡単に形勢が入れ替わるような、綱渡りの最終盤。先手は大駒をすべて捨てて桂馬二枚で後手玉に迫ったが、△4二飛がギリギリの切り返し。この手自体は詰めろではないけれど、先手が▲3三桂右成から攻めてきたときに詰みが生じるようになっている。

深浦九段は勝てば残留する。対局前から分かっていたことだけど、周りの対局が終わって「負ければ降級」という状態となった。

A級順位戦を、4勝5敗で終えながら頭ハネで降級。そんな酷ともいえる戦いを二度、深浦九段は経験している。A級からの降級3回、B1からの昇級4回。順位戦の怖さ、白星ひとつの重さは、おそらく誰よりも経験している。そして諦めずに何度もA級に戻ってきた棋士だ。

後手玉もかなり危ういが、わずかに捕まらない。対して先手玉は受けたり逃げたりするスペースがない。緩手と言われた端攻めも、ジリジリと効果を発揮してきた。

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▲3七銀と埋めて、詰めろを防ぐ。粘りの一手だけど、速度の差は覆らない。

▲2八銀には悲鳴があがった。受けるならこれしかないが、後手玉は相当詰まなくなる。必死に耐えて後手が駒を渡したときに活路が開ける、わずかな可能性にかけた。
しかし後手もそれは分かっている。△1七桂で、詰めた端が先手玉に牙をむいた。金銀5枚の壁の裏を、着実に迫っていく。

終局が近い。

 

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△2九銀をみて、久保王将が頭を下げた。しばらく、どちらも言葉を発しないまま時間が流れる。重い、重い一勝。

観ているこちらも終わった解放感がなく、その重さに潰されそうな錯覚すら覚えた。
疲労と、熱気と興奮が渦巻く12時すぎ。

この一局で、すべての趨勢が決まった。

稲葉八段 6勝4敗  1位  プレーオフ

羽生竜王 6勝4敗  2位  プレーオフ

広瀬八段 6勝4敗  4位  プレーオフ

佐藤九段 6勝4敗  8位  プレーオフ

久保王将 6勝4敗  9位  プレーオフ

豊島八段 6勝4敗 10位  プレーオフ

深浦九段 5勝5敗  7位  残留

三浦九段 5勝5敗 11位  残留

渡辺棋王 4勝6敗  3位  降級

行方八段 3勝7敗  5位  降級

屋敷九段 2勝8敗  6位  降級


6人が6勝4敗で並び、挑戦の行方はプレーオフにもつれ込んだ。この対局が始まる前に想定された、最大の人数。

2年連続の挑戦も

100期目を竜王名人で迎えることも

王位戦以来のタイトル奪取も

約20年振りの名人復位も

振り飛車党の名人挑戦も

A級1期目の快進撃も

そのどれもが可能性を残したまま、将棋界の一番長い日は幕を閉じた。

この決着は、奇跡や偶然ではまったくなくて。
想像を絶するほど熱く壮絶な勝負の積み重ねが、形作っているのだと思う。

将棋の厳しさ、残酷さ……そして美しさが詰まった一日だった。

 

(了)

佐久間まゆの一人語り  永世竜王までの道のり、竜王戦30年史(後編)

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 みなさん、お久しぶりです。佐久間まゆですよぉ……ふふ♪

 菜々さんから引き継いで、この企画の後半を担当させてもらいます。

 

 前回は竜王戦の1期から15期まで振り返りました。今回は、16期から30期までの15年間を追いかけていきたいと思います。書きたいことも沢山ありますし、どこまで伝えられるか分かりませんけど……お付き合い、よろしくお願いしますね。

 

 さて、少しだけ前回を振り返ると……15期までの時点で、羽生さんは通算6期獲得していましたね。永世竜王の資格は通算7期ですから、あと1期獲得で達成される状況でした。……でも、達成されたのは今期、30期です。結果だけいえばここから15年間、羽生さんは竜王位から遠ざかることになります。

 毎年のように期待され、激闘を繰り広げて……長い長い、永世竜王への軌跡がはじまります。

 

 

第16期 森内九段の台頭

 2003年の羽生竜王は防衛すれば永世竜王というシリーズで、挑戦者は森内九段でした。結果は……0勝4敗。これが羽生さんの、初めての7番勝負のストレート負けだったそうです。あまり嬉しくないエピソードですけどね。

 この年は森内九段が活躍した年で、「名人」「竜王」「王将」の3タイトルで羽生さんと戦っています。名人戦こそ敗れたものの、竜王戦王将戦で勝利した森内さんは、翌期の名人戦も挑戦者になって羽生名人から奪取。これで三冠王を達成して、一方で羽生さんは王座の一冠のみとなりました。棋界の勢力図が、大きく揺れた時期だったと言えるでしょう。

 永世竜王の獲得を逃したわけですけど、このときは今ほど盛り上がったとは聞いてないですねぇ。このとき、まだ「永世名人」と「永世王将」を獲得していませんでしたから。

 このあと永世王将の資格は2006年度達成して、名人と竜王永世称号が未達成になります。

 

 

第17期 渡部五段の戴冠

 この期では1組と決勝トーナメント準決勝の2回にわたって、森下卓九段に敗れています。挑戦者決定戦に進んだのは、森下九段と渡辺明五段(当時)。渡辺五段は2連勝で挑戦を決め、七番勝負では4勝3敗で奪取。初タイトルが竜王なんですねぇ……。ここから、連覇が始まりました。

 

第18期~20期 紙一重

 第18期、羽生さんは1組の初戦で郷田九段に敗れ、3位決定戦でも丸山九段に敗れ……1勝2敗でこの期を終えています。挑戦者は木村一基七段でしたが、渡辺竜王がストレートで防衛。

 第19期は1組で森内名人に敗れ、4位決定戦でも畠山鎮七段に敗れて決勝トーナメントの進出はありませんでした。

 翌期は1組で佐藤康光棋聖に敗れて3位で決勝トーナメントに進出するも、ふたたび佐藤棋聖に敗れて終えています。

 

 19期、20期は、佐藤康光棋聖の連続挑戦。ですが3-4、2-4で挑失しています。竜王戦のトーナメントを勝ちあがるだけの実力も勢いもあったわけですけど、トッププロの差は紙一重ですねぇ……。

 

 そして、有名なシリーズがやってきます。

 

 

第21期 永世七冠をかけて

 羽生さんはこの年度のはじめに名人位を森内名人から奪取、「永世名人」の称号を手にします。これで永世六冠を達成して、残る一つは永世竜王のみ。

 この年の羽生さんは、とても好調だったんです。名人戦で勝って三冠になってから、棋聖戦では佐藤棋聖から奪取し四冠に。王座戦を防衛して、王位戦竜王戦で挑戦します。タイトル戦に連続で出場していたんですねぇ。

 竜王戦は初戦で深浦王位に敗れたものの、1組5位で決勝トーナメントに進出。糸谷五段、深浦王位、丸山九段、挑決では木村八段を破って挑戦者となりました。

 羽生さんは奪取で通算7期となって、永世七冠の資格を得る。対して渡辺竜王も防衛すれば5期連続の規定を満たす。どちらが勝っても永世竜王となるシリーズで、『100年に一度』とも言われていました。

 有名なシリーズですから、すでに様々なところで語られていますけど……やはり第1局は取り上げるべき内容ですねぇ。

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 渡辺竜王の棋風はこのときから「堅い、攻めてる、切れない」を目指すものでした。羽生四冠の後手番で、一手損角換わりからの中盤戦。後手一手損角換わりからの右玉に対して、穴熊に組んでその3つを満たそうとしています。

 ここで△6五歩と突いたのが驚きの一手です。先手からは▲2三角という明快な狙いがあるのに、ボンヤリとした手で返したわけですから。

 ▲2三角からは一直線で、先手は角と金桂の二枚換えで竜を作ることができました。対して後手は△6七歩成から△6九角と馬をつくったんですけど、僻地の馬です。先手玉は穴熊ですし、多くの棋士はひと目先手が良いと判断する展開でした。……でも、そうじゃなかったんですね。

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 △6四角と打ったときに、先手からの有効な手段が難しかったんです。狙いのはっきりしない手を積み重ねているのに、先手がいつの間にか急かされています。この後の終盤も難解でしたけど、後手の勝利。

のちに「将棋観が否定された」と渡辺竜王が語ったそうです。内容がそれだけ衝撃だったということですし、シリーズに大きな影響を与えた開幕局だったと思います。

 

 流れが変わるのは第4局、打ち歩詰めで逃れ……というのも有名な話ですけど、まゆは最後の2局がこのシリーズを決定づけたと思います。

 第6局、第7局とも後手番になった渡辺竜王は、マイナーだった急戦矢倉を採用します。そして、2つの新手を指しました。

 

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(△3一玉の新手は、その後の名人戦でも指されることになります)

 特に第6局は短手数で勝利、新手はそのまま定跡になって、何年も研究されることになりました。

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 第7局も2つ目の新手から難しい戦いに。終盤は二転三転した末に、最後に羽生四冠にミスが出て渡辺竜王の勝利。

 3連敗からの4連勝という劇的な幕切れで防衛となりました。内容はどれも際どいものでしたけど、1勝の差は計り知れないほど大きいものでした。

 

 これが、9年前のこと。それからは毎年のように「永世七冠なるか」と期待されました。

 

第22期 周囲の期待

 1組2位で決勝トーナメントに出場しましたが、準決勝で森内九段に敗北。

 当時の中継のコメントにも「永世七冠七冠ロードはついえた」と書かれていますから、やはり期待されていたことがうかがえます。

 森内九段はそのまま挑戦者になりましたが、0勝4敗で挑失という結果でした。

 

第23期 2回目の挑戦

 衝撃のシリーズから2年、ふたたび羽生さんが挑戦します。

 挑戦者決定戦第1局の、久保―羽生戦は有名ですねぇ。

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(先手の穴熊に対して、自玉がギリギリ寄らないという見切りで指された一手)

 角取りを無視して△3六歩と突いた手が、互いの速度を狂わせる妙手でした。

 続く第2局も勝って、挑戦者になりました。菜々さんいわく「翌日の朝のニュースで放送された」そうです。

 ただ七番勝負は、2勝4敗で敗れました。この時期は渡辺竜王が対戦成績で押していて、翌年には王座戦で羽生王座の20連覇を阻止しています。

 このシリーズの第2局は、『矢倉91手組』のベースになった▲1五香が指された対局です。羽生さんが指した新手だったんですよ。結果は負けでしたけど……。

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 印象的なのは、第3局でしょうか。羽生三冠の横歩取り△8五飛戦法で迎えた終盤戦、先手が有利とみられた局面です。後手は歩切れで受けが難しく、先手玉を攻めるのも足りない状態です。

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 ここで△7五金が勝負手でした。もともと7七に打った金で、歩を取るために先手玉から遠ざかるわけですから異筋です。でも、△2三歩と打って相当長い勝負になりました。先手にもミスが出て、羽生三冠の勝利。

 羽生さんが的を絞らせない展開になると力を発揮しますけど、少しずつ悪くなっていく展開が多かったように思いますね。

 

 

第24期~ 

 
 ここからは、毎年のように期待されつつも、挑戦に至らない期が続きます。

 

 第24期では、決勝トーナメントで橋本八段に逆転負け。

 第25期でも1組で橋本八段に負けています。その後ぼ4位決定戦で丸山九段に負け。

 挑戦者はどちらも丸山九段でしたが、1勝4敗で挑失しています。

 羽生さんが解説になって、粘るかどうかのアンケートをとったのも25期の第2局でした。早く終局してしまって、王座戦第4局の自薦解説をしたり……。

 まだ5年しか経ってませんからね、よく覚えてますよぉ……ふふ♪

 

 第26期では1組3位で決勝トーナメントに進出した羽生さんですが、準決勝で森内名人に負け、挑戦はなりませんでした。

 森内名人は挑戦者となって、4勝1敗で竜王位を奪取。

 

 羽生さんが解説で、電話出演した谷川九段を小林九段と間違えたのもこのときでしたねぇ……。

 

第27期 糸谷六段の快進撃

 この期、羽生さんは初めての1組優勝を果たします。これまで優勝経験がなかった……というのは意外ですけど、それだけ厳しい戦いだということでしょう。

 挑戦者決定戦に進出しましたが、糸谷六段相手に1勝2敗で敗れます。

 

 七番勝負は糸谷七段が4勝1敗で奪取。第1局がハワイだったり、シリーズを通して糸谷六段が早指しだったり……。3年前のことですから記憶に残っている方も多いかもしれません。

 

 

第28期 羽生キラー、永瀬六段

 2回目の1組優勝を飾って決勝トーナメントに進出した羽生さんですが、4組優勝から勝ち上がってきた永瀬六段が羽生さんを下します。

 永瀬さんは棋王戦トーナメントでも羽生さん相手に2連勝していて、この対戦もあわせて3戦3勝という結果でした。初手合いからこれだけ勝てる人は少ないので、「羽生キラー」と呼ばれたりもしたそうです。もとは、羽生さんが若手時代に使われてた言葉なんですけどね。

 のちの棋聖戦5番勝負では羽生棋聖が防衛していますが、今でも通算では永瀬七段の方が勝ちこしていますね。

 七番勝負は渡辺棋王が挑戦し、復位しました。

 竜王戦は実力も勢いもある人がトーナメントを勝ち上がってきますから、挑戦するのも本当に大変です。羽生さんもベテランといえる歳になって、みている側は「次があるのか」という不安もありましたねぇ……。

 

第29期 

 初戦で久保九段に敗れた羽生三冠は、5位決定戦でも豊島八段に敗れて決勝トーナメント進出を逃しています。

 羽生―豊島 戦は、斎藤流のひとつの形に結論を出すキッカケとなった一局です。

 

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(ここで▲5六飛なら、後手玉への詰めろになっていて先手勝ち。本譜は▲6三銀成から入ったため、後手が勝った)

  去年はいろいろなことがありました。書くつもりはないですけど……今こうしていられることが不思議なくらいですね。

 いろんなものが積み重なって……今年の竜王戦は始まりました。

 

第30期 永世七冠

 今期については別の所でまとめていますから、そちらをメインにみてほしいと思います。

 

kaedep.hatenablog.com

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 1組2位から決勝トーナメントを駆け上がって、松尾八段との挑決を2勝1敗で勝利。七番勝負は、戦型選択から展開に至るまで、羽生さんが主導権を握っている将棋が多かったです。

第1局 先手 相掛かり

第2局 後手 角交換拒否雁木

第3局 先手 先手中飛車

第4局 後手 相矢倉

第5局 先手 角換わり


 どの対局も違う戦型を志向して主導権を握る、まさしく羽生将棋でした。

 第3局は相穴熊で、過去にみるような渡辺さんの指しやすい展開でしたけど。勝利した4局は、どれも羽生さんの強みが出た将棋だったと思います。

 

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 第5局の▲4五銀―▲2五桂の仕掛けは新手で、今の実戦でも指されている形です。羽生さんが指した手が道を拓いて、定跡になる。まさに羽生将棋という内容で、竜王位を奪取しました。

 第30期、羽生竜王の誕生。通算7期で規定を満たして、永世七冠を達成しました。

 15年ぶりの復位、永世七冠がかかってからは9年越しの竜王位でした。

 



 作り話のような、前人未到の大記録。これ以上の称号は、無いと言えるでしょう。

 30年間トップで戦い抜いた積み重ねが、『永世七冠』という称号をつくりあげています。

 でも、これで終わるわけではありません。来期は防衛戦が控えていますし、他棋戦だって毎年、同じようにやってきます。王位戦はもう、紅白リーグが開幕しているんですよ。

 

 

 この先に何があるのか、目印になるものは、もうありません。誰も到達したことのない場所を、1人で進むことになります。

 

 記録や称号は、過去の実績に与えられるものですけど……羽生さんは変わらず歩み続けるのでしょう。

 

 ですから、描かれてゆく軌跡を、みていけたらと思うんです。

 これからも変わらず、いつも通りに。

 

 

 

(了)



安部菜々の一人語り  永世竜王までの道のり、竜王戦30年史(前編)

 

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 はーい、ウサミン星から電波を受信してやってきました安部菜々ですっ!キャハ☆あ……ちょっと引かないで下さい、まだテーマにすら入ってないですからー!


 はい、というわけで今回は羽生さんと竜王戦についてのお話です!竜王戦は今期の七番勝負で30期、羽生永世竜王(資格保持者)の誕生となったわけですけど、これまでの戦いを振り返るにはいい機会かなーと思ったんです。2月13日は羽生善治竜王井山裕太七冠の国民栄誉賞の授与式でしたし、1996年2月14日は羽生七冠が誕生した日!ということで、ウサミン星のデータベースから羽生さんを中心に、お気に入りの対局を紹介していきたいと思います。よろしくお願いしますね、キャハ☆

 さっそく始めたいんですけど、30年分はあまりにも長くてですね……2回に分けることにしました。1クール目はナナが担当しますけど、2クール目は別のアイドルにお願いしてあるそうなので、楽しみにしててくださいっ!

 

第1期 竜王戦の誕生

 竜王戦の前は「十段戦」という棋戦があってですね、これが発展的解消をして1988年度に竜王戦が生まれました。羽生さんは十段戦にも出ていましたけど、本当に新人の頃だったので十段リーグの出場経験はないまま竜王戦へと移行しています。

 羽生五段(当時)は4組を優勝し、決勝トーナメントに進出。……この時点で十分すごいことなんですけど、3組2位の島六段(当時)に敗れてますね。島六段はそのまま勝ち上がり、大山名人も下して七番勝負へ進出します。

 第1期は少し変則的で、十段位を持っていた高橋道雄十段は反対側の山で準決勝からの登場となっていました。しかし1組2位で勝ち上がった米長九段に敗れ、七番勝負は米長―島 戦となります。決勝戦が七番勝負というのは、叡王戦でもこれから行われるところですねぇ。30年ぶり、というわけです。

 七番勝負は島六段の4勝0敗、意外にもストレートで終幕。アルマーニのスーツを着てタイトル戦を指したエピソードなどが有名ですね。「島研」で有名な島六段ですけど、翌年はその島研対決となります。

 

第2期 羽生竜王の誕生

 3組を優勝した羽生五段は南王将、大山十五世名人、挑決では森下五段(当時)を下して初のタイトル挑戦となります。デビューからタイトルを期待されていた羽生さんですけど、ここまでタイトル戦に絡んだことはありませんでした。七番勝負はもつれにもつれ、1持将棋を含め第8局まで行われました。結果は4勝3敗1持将棋で羽生六段の勝利、初タイトル竜王位を、19歳にして奪取!とにかく、昔から羽生さんは強かったのです。

 これは当時最年少の記録で、のちに屋敷さんが18歳で棋聖を奪取して更新していますね。藤井五段がそれよりも早くタイトルを獲るかも注目されるところで、ナナよりも若いタイトルホルダーの可能性も……と、話が脇道にそれました。次にいきますよ!

 

第3期 光速流の登場

 翌年に挑戦者になったのが、谷川浩司二冠でした。このときすでに棋界の第一人者となっていた谷川二冠は「光速流」と呼ばれる終盤術で羽生竜王を圧倒します。例えば第3局のこの局面。羽生竜王の勝負術で怪しくみえますが、▲6一飛が光速流、最短の一手です。

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 ……これ、長手数の詰めろになってるんですよ。受けると▲6七飛成で金を取られますから△8八銀と必至を掛けましたけど、▲3一飛成△同玉▲5三角以下変化は多いですが後手玉は捕まっています。
 こういった読みの正確さ、深さが光速流のベースになっていますね。羽生竜王は1勝4敗で失冠します。

 

第4期 1組から2組へ

 第4期で羽生さんは1組で脇七段(当時)に負け、敗者復活でも南王将に敗れ2組へ落ちることになります。このときの対局は、羽生さん勝勢からの大逆転負け。「3手頓死」と呼ばれるものですね。

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  △2七桂が大悪手で、▲2九銀で後手投了。以下は△1九玉▲2八銀引までの詰みです。かえて△7六角なら「先手玉が」詰んでいました。

 挑戦者は森下さんでしたが、4勝2敗1持将棋谷川竜王の防衛となっています。

 

第5期 復位

 2組を勝ち上がった羽生さんは挑戦者決定戦で佐藤康光六段(当時)を破り、七番勝負の舞台へ戻ってきます。第1局の△5七桂、第6局の△6九馬など谷川光速流の名局もある期なんですけど……フルセットの激戦の末に、4勝3敗で羽生さんが奪取しました。

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(歩を成れる地点に桂打ちが好手。先手は飛車と銀を渡す展開ですけど、△6八銀!からの詰みが生じています)

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(▲4四歩~▲4三歩成が詰めろにならない、読み切りの絶妙手)

 この時期のお二人の対局は、矢倉と角換わりが圧倒的に多いです。この時代はまだ一手損角換わりも、横歩取り△8五飛も、ゴキゲン中飛車も指されてないですからね。

 ナナはこの頃の棋譜が大好きなんですけど……「知らない」って言われることもあって、ちょっと寂しいですねぇ。

 

第6期~第8期 羽生―佐藤 3期連続七番勝負

 

 翌年の挑戦者は、佐藤康光六段。2期連続で挑戦者決定戦まで勝ち上ってきたわけで、当時からかなりの実力者だったことが分かると思います。そして七番勝負は、4勝2敗で佐藤六段の奪取。1回目のタイトル戦で羽生さんを下した人って、そうそういないんですよ。羽生世代の中では、2番目にタイトル獲得数が多い方ですからねぇ……。

 第7期は羽生さんが七番勝負に挑戦者として戻ってきて、リターンマッチを挑みます。4勝2敗で再奪取。このとき史上初の六冠王を達成しています。

 

 第8期は佐藤さんが挑戦者となって、3期連続の同一カードとなります。……当たり前のように挑戦者に名前が出てますけど、全棋士参加棋戦ですからね!?

 4勝2敗で羽生竜王の防衛。六冠を堅持するとともに、数か月後の王将戦も奪取し七冠を達成していますね。このときの第6局は米長流急戦の熱戦で、羽生さんがこのカードのベストワンの一局にあげています。

 

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(難解な攻防が延々と続いて、161手で先手の勝ち)

 

第9期 谷川九段のリターンマッチ

 

 挑戦者は谷川九段、三度目の羽生―谷川七番勝負です。

 この期で有名なのは、第2局、谷川九段の△7七桂ですねぇ。

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(いくつも駒が当たっている中で、駒台から桂を捨てた△7七桂が棋史に残る一手。どう応じても、先手玉への速度が速くなる)

 とにかく光速流が冴えわたって、4勝1敗で奪取。ここから数年は羽生さんが本戦に絡むことはありません。

 

 第10期は真田圭一六段でしたが、谷川竜王がストレートで防衛。

 羽生世代の台頭が目立ちますけど、その前は谷川さんの時代だったわけで……とにかく、谷川さんだってとてつもなく強い方だということは覚えておいてほしいですね。

 

第11期~藤井竜王の誕生

 1998年、第11期。将棋ファンがよく知るあの人の登場です。藤井猛七段(当時)。藤井システムを完成させた藤井さんの快進撃は止まりませんでした。谷川竜王相手に、ストレートで奪取!

 今のような藤井システムの局面になることは少なくて、居飛車側も試行錯誤しながら形を変えていたのですけど……とにかく「藤井さんの指す四間飛車」が強かったんです。

 第3局や第4局の終局図はこちら。穴熊左美濃が、姿焼きに近い状態ですね。

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 とにかく、序中盤で差がついてしまうんです。トッププロの対局で、これをやってのけたわけですからね!?未だにファンが多いのも頷けます。

 

 第12期は鈴木六段の挑戦を受けます。鈴木六段は振り飛車党で、石田流とゴキゲン中飛車を中心に指していましたが……藤井竜王居飛車を採用して、対抗型に持ち込みます!ゴキゲン中飛車に対する超急戦がタイトル戦で出たのもこれが初めてですね。

 藤井竜王は4勝1敗で防衛、そして有名なシリーズへ続くわけです。

 

 

第13期 一歩竜王

 

 挑戦者は羽生四冠。この七番勝負は、羽生四冠が居飛車穴熊を放棄します。

 

第1局 袖飛車      藤井勝ち

第2局 右銀急戦     羽生勝ち

第3局 地下鉄飛車    藤井勝ち

第4局 左美濃      藤井勝ち

第5局 棒銀       羽生勝ち

第6局 ▲4五歩早仕掛け 羽生勝ち

第7局 左美濃      藤井勝ち

 

 ……実は、船囲いの急戦で3勝していたんですね。勝ちにくいとしたものですけど、中終盤の正確さや勝負術が抜きんでているからでしょう。

 しかし左美濃などでは藤井システム調の玉頭戦に屈しています。有名な一歩竜王も、玉頭を攻めるための一歩が僻地にあった……という手です。

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(先手の攻めが切れかけた局面、繋ぐための1歩が8六にありました。30手前に突かれた歩です)

 

 このあたりは時代を反映している感じですねぇ。

 

第14期 三度目の復位

 翌期も、挑戦者決定戦に羽生四冠は進出します。……当たり前のように名前が出ていることに、感覚がマヒしそうですよ。この期の挑戦者決定戦は、木村一基五段(当時)との対戦。

 三番勝負の第1局では羽生四冠勝勢の終盤で、一手詰みを見逃して負ける「一手頓死」の大悪手を指しています。羽生将棋の中で、一番のポカと言えるでしょう。第4期の「三手頓死」も含めて、同じ棋戦で極端な逆転負けが2局もあるのは偶然とはいえ少し驚きです。

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横歩取り△8五飛から先手勝勢の局面、▲6四玉と逃げた手が大悪手。△6五飛までの一手詰で先手投了)

 しかしこの挑決は、第2局、第3局を連勝して羽生四冠が挑戦者となりました。
 ……やっぱり羽生さんは強かったです。

 

 本戦では4勝1敗で奪取。藤井システムへの対策も次第に生まれていった頃ですけど、やはり居飛車急戦で2勝しています。強い人は玉が薄くても勝てるんですね、真似できませんけど!

 

 

第15期 千日手入玉

 挑戦者は阿部隆六段。第1局は竜王戦恒例の海外対局で台湾で行われたのですけど、2連続千日手で決着がつかないまま帰国しています。
 他にも有名なのは、入玉模様の将棋で257手かかった対局があります。羽生さんの駒台に歩が14枚!他の駒も合わせて21枚もあるので、駒台に乗りきらないですよね……これ。初期局面より枚数が多いじゃないですか。

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(指せる手はたくさんありますけど、▲1六桂や▲3五金などの攻めを受けきることができないため、後手投了となりました)

 シリーズはもつれフルセットの末に、4勝3敗2千日手で防衛しています。カド番に強い羽生さんは、この頃からずっとという感じです。

 

 かけ足で15期分を追いかけましたけど、いかがでしたか?藤井竜王の誕生が20年近く前という事実にナナはショックを受け……じゃなくて!

 ここまでで竜王位の獲得は通算6期。あと1期で永世竜王の資格を得ることができる状況に、この時点でなっていたんですねぇ……。裏を返せば、ここからが長いってことでもありますけど。

 さて、ナナの昔話はここまでにして、次は今に至るまでの話を他の子にお願いしてありますので、楽しみにしててくださいね!

 お相手はウサミンこと安部菜々でした!ぶいっ☆

 

 

(了)

 

新田美波の定跡解説  居玉を活かす新山崎流

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「ミナミ、約束どおり、弟子にしてもらいにきました!」

……えーっと、どういうことかな?アーニャちゃん。

「最近、これが流行ってると聞きましたね?」

事務所のソファーに正座して、待ってたの?

「ダー、ミナミが来る時間は、いつも決まってますから」

隣に置いてあるランドセルは?

「アーニャのですね、3年前まで使ってました」

最後に一ついいかな……誰から聞いたの?それ。

「ヒナとナナとナオですね、イッスリードヴィニア……勉強になります」

……よく、分かりました。後で3人には言っておきます。
でもアーニャちゃんがそんなことしなくても、私、ちゃんと教えるよ?

「ずっと、ミナミのレクツゥイア……講義、ありませんでしたね。ちょっとだけ、寂しかったです」

そっか、全然できてなかったからね。……久しぶりに、やろっか。気になる形があるのかな?

「スパシーバ!これですね」

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あ、この形は……新山崎流だね。

「ダー、このごろ、居玉の将棋が多い感じがしますね。それで調べてみたら、昔流行った形にこれがありました」

大流行して、とても有名だった形だからね。

「でも、今は全然みなくなりました。……どうしてですか?」

えっと……色々な変化や積み重ねがあるから、一言では説明しにくいね。

準備するから、待っててくれる?

「ダー!楽しみです♪」

~~~(一方そのころ、虹色ドリーマー)~~~

 

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荒木比奈

「アーニャちゃん、ルックスは姉弟子寄りっすよね」

安部菜々

「銀子ちゃんには似てますけど、将棋を教えてもらうって目的からズレちゃいますよね」

神谷奈緒

「なぁ、今さらなんだけどさ……普通に頼めばよかったんじゃないか?」


~~~(数日後、事務所の一室にて)~~~


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さて、久しぶりに解説を始めたいと思います。今回のテーマは『新山崎流の狙いと対策の歴史』です。

「パジャールスタ、よろしくお願いしますね」


・新山崎流の狙い


まず、この新山崎流は『横歩取り』の局面ってことはいいかな?

「ダー!それと飛車がタカビシャ、ですね」

うん、後手の飛車が五段目にいるから、△8五飛戦法だね。横歩取りは後手の飛車と玉の位置で分けられるんだけど、新山崎流は『横歩取り△8五飛戦法・△4一玉型』のときに先手が居玉で戦う対策のことを言います。

「ンー、王様、囲いませんか?」

囲いといえるかは分からないけど、▲4八銀の一手だけ玉を固める手って言えるかも。それ以外は全部、攻めるための手だね。

「攻めばかり……ヴァチモア、どうしてですか?」

以前、ちょっと触れたことはあるけれど……横歩取りって、後手の3筋に歩が無いでしょう?先手はそこを攻めたいのね。後手はそれを受けるために、飛車を五段目に浮いて▲3五歩に△同飛を用意してるわけ。

「飛車のアバローナ……守備ですね」

そこに△4一玉からの「中原囲い」を組み合わたのが優秀な作戦で、△7四歩~△7三桂まで指せれば仕掛ける手段には困らなくなる。先手が普通に中住まいとかに組もうとすると、後手の攻めの方が早くなるのね。受けきるのは大変だし、後手の中原囲いは堅いから攻め合いもやりにくいし……。

「昔、大流行したとナナが言ってました」

うん、だから当時の先手は対策を求められてたわけ。後手陣の急所はやっぱり3筋で、玉も近いから、先手からすればどうしても攻めたい場所だったのね。そこで登場したのが、新山崎流。

「居玉が対策、ですか?」

囲いを省略して、攻めに手を回すことで3筋を突くチャンスを狙っているの。後手は△7三桂と跳ねて攻めたいんだけど……▲3五歩が成立するのね。

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「シト、飛車で取ってはダメですか?」

△同飛には、▲4六角で飛車と香車の両取りが掛かっちゃうから。

「パニャートナ、これは痛いですね」

この局面も、いろいろ模索されたみたいだけど……大駒の交換をすると、どうしても△3四歩や△2三歩といった手が厳しく残るから後手大変なの。

「3筋が後手の急所だから、ですね」

そういうこと。対して先手陣はというと……飛車を交換したとして、どこに打つかな?

「ンー……△2九飛くらいしかないですね」

一手しか囲ってないのに、金銀が防波堤になって簡単には崩れないの。場合によっては▲3九金で手番を握れたり、▲3九歩で固めたりできるしね。攻めが続くなら、この陣形はとても優秀ってことが分かって、大流行したわけ。

今では△7四歩を突いた局面は先手良しが定説かな。

「分かりました、ミナミを攻め倒せばいいんですね!」

合ってる……のかな?

 

 ・戦型の由来と、居玉

「ミナミ、『新山崎流』という名前は、指した人の名前ですか?」

そうだよ、山崎隆之八段(現在)のことだね。△8五飛戦法に対して、もう一つ「山崎流」って対策も指してた棋士だよ。

「パニャートナ、だから『新山崎流』なんですね!」

まったく違う指し方になるから、今回は説明しないけどね。

山崎八段は玉の囲いよりも攻めに手を掛けるのが好きな棋風で、その中で生まれた形かな。優秀って分かってからは、他の棋士もよってたかって研究して指してたよ。

「玉を囲わないのは、キケンですよね?」

囲いの堅さって、相手と比べるもの……相対的なものなのね。居玉は確かに危険だけど、相手陣をそれより先に崩せるなら、居玉側が有利になるの。ちょっと、難しい話だけどね。

「居玉も、良い玉になるってカエデから聞きました!」

楓さんのダジャレはともかく、最近の将棋に居玉が多いのも「相対的な堅さ」が理由の一つかな。居玉でも王手が掛かりにくかったり、攻めが続くなら仕掛けて良しって考え方が広まったよね。自玉が薄いことに変わりはないから、反動も怖いところだけど。

「準備してないと、攻撃には弱いですね。ミクも準備しないでスターゲイジパイを見て、果てました」

ニシンのパイのことね。みくちゃん、お魚嫌いだものね……。

 

・新山崎流、後手の対策

ここまで新山崎流の狙いをみてきたけど、将棋って一手ずつ交互に指すゲームだからこれで決まりとはならなくて。

次に、後手の対策をみていきます。今、あまり指されていない理由もここにあるかな。

「ダー、気になりますね」

いくつかの変化があるんだけど……図を用意するね。

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「ミナミ、これは?」

『変わりゆく現代将棋』のチャートを参考にしました。さっき解説したのは△7四歩の変化で……B図になるね。他の変化は分岐も多いから一つずつ、順番にみていくよ。

「ダー♪」

 

 ・後手の対策、△8六歩(C図)

まず後手は△7四歩を突くと、さっきの変化で先手の攻めが間に合っちゃうから、途中で動くことにするの。具体的には、△8六歩と合わせる一手。

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「ンー、これはどういう狙いですか?」

単純に、△7六飛と横歩を取って戦いに持ち込むのが狙いかな。後手の攻めが先になれば金銀を崩して居玉を咎めることもできそうだからね。

先手としても△7六飛は許せないから、▲3五歩と伸ばして飛車の横利きで受ける。△8五飛で伸ばした歩を狙うのも横歩取りでよくみる手筋だね。角交換をしてないから、▲3四歩には△8八角成で逆に技を掛けられるし。

「先手は、どうするのですか?」

強く▲7七桂と先手を取って、△3五飛に▲2五飛とぶつけるのが数多く指されてるね。

ここで取るか取らないかの二択になるんだけど……

(C図)

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・飛車を交換する変化(D図)

 

△同飛▲同桂が角に当たるけど、手順に△1五角と先手玉を睨みながら飛び出すのが後手の切り返し。

「幽霊角、ですね。コウメみたいです」

……小梅ちゃんは幽霊じゃないからね?あの子の方ならわかるけど。

先手も黙っていられないから、▲2三歩と叩いて攻めの姿勢を貫くの。

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「ニチヴォー、△同銀とは、取りたくないですね」

▲6五桂で先手の角道が通るからね。
ここで△3三銀と逃げたのが王座戦の山崎―羽生 戦。この形が見直されるきっかけにもなった一局だよ。

「シト、そこだと桂馬に取られてしまいますね?」

それは後手も分かってるけど、桂を持てば△3六桂が厳しいって狙いだね。だから先手も取らずに▲8五飛として、以下先手が良くなるんだけど……。対局の結果は後手、羽生王座の勝利。

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(△2三歩▲3三銀△8五飛▲4四銀としてこの局面。ここで▲3三歩なら2枚の歩の拠点が厳しく先手良しとされたが、実戦は▲6五桂と跳ねたため△2九飛~△4八角成が厳しく後手の勝ちに)

 

「逆転、しましたね?」

対局の結果と、定跡の評価は別っていういい例かな。

この対局をきっかけに研究が進んで、▲2三歩には△同金と取って△2四歩▲同角と進める形が調べられるようになるのね。悪形だけど、ギリギリバランスが取れてるの。

「角がバックすると、先手玉からラインが逸れますね?」

受けるためには仕方ないって手かな。
先手の狙いは▲8二飛と打って、▲6五桂で角筋を通しながら▲5三桂成。後手は攻め合いにして、△2九飛―△3七歩で金銀を崩しにかかる。これが名人戦の羽生―三浦 戦で指されてるね。

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「ンー、金で受けてはダメですか?」

▲3九金は飛車に当てて先手を取れるんだけど、△1九飛成▲5三桂成に、△5二香って受けがあるの。攻めを続けるには▲6二成桂しかないけど……ここで△3九竜の王手!

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「ダーティシトー!?竜を捨てますか?」

これを▲同銀と取ると、△5八金▲同玉△5七角成で、先手玉は詰み!

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「ウ―ジャス……!ズレたはずの角が、決め手になってます」

当時の観戦記に書かれてた変化だけど、この戦型がとても深く研究されていたってことでもあるね。

これがあるから、先手も受けずに▲5三桂成と一気に攻め合いになって……お互いに金銀をボロボロ取り合って、この局面。△6二金が疑問手で以下先手が勝つんだけど、感想戦で△4二金とすれば後手有望とされたのね。

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(△3七歩以下▲5三桂成△3八歩成▲6二成桂△4九流▲6八玉△4八竜▲7七玉)

「それなら、後手はこの手順を選べばいいですね?」

でも、それすらも研究でひっくり返っちゃった。阿部健―及川 戦で、△4二金に▲9六歩という手が出たの。

「ンー、端歩ですか?……どういう意味ですか?」

次に▲9七角と出た手が、後手玉を睨んでとても厳しいって意味なんだけど……争点から遠く離れた場所の歩を突くって、相当思いつかない手だよ。

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(▲7七玉以下△4二金▲9六歩△5七竜▲9七角 茫洋とした端歩だが、4二の金を狙った手が厳しく受けにくい)

角のラインをが受けにくくて、攻めが続いて先手の勝ち。
以降、D図は先手良しって見解が広まって、後手はまた別の形を選ぶことになるの。

「とてもトルードヌイ、難しいです……」

プロの対局だから、本当に微妙な差の話になっちゃうね。
要約すると、飛車交換をしたときの▲2三歩に対して、△3三銀も△同金も先手の攻めが続くって感じかな。


・飛車交換を拒否する変化(E図)

 

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飛車をぶつけたこの局面まで戻るね。さっきは△同飛と取って悪くなったから、取らない手が主流になっていくの。

「手番は先手ですね?」

うん、▲4五桂から攻めが続くから敬遠されてた順なんだけど、飛車交換が後手厳しいと分かって掘り下げられていくの。

2枚の桂を跳ねて、後手も強く△6四歩と催促した局面。

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名人戦第7局 森内―羽生 戦が初出だね。大切なのは△8七歩と打って、金を浮き駒にしておくこと。この利かし一つで、後の変化に大きな差が出てくるの。

「ここで先手は、どう指しますか?」

自然なのは桂馬を成って、銀と交換した後に▲5四銀と角をイジメる順。ここも重要なところになるね。

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(△6四歩以下▲5三桂左成△同銀▲同桂成△同角▲4五銀△3五飛▲5四銀)

「ンー、角を逃げるしかないですね?」

実戦は自然に△7一角と引いたんだけど……▲8二歩の追撃があったのね。桂馬を取った手が、角にも当たっちゃうから厳しくて。△8五飛と切り返しても以下こんな感じで……浮いてたはずの金まで守られると、後手が手を出せなくなってるのが分かるかな?

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(先手の▲4三銀成が厳しく、攻めが続く形)

「ダー、スキがなくなってますね」

実戦は先手の快勝で、森内九段が名人を奪取したの。

ここでは△6二角と一つ引く手が正解。▲8二歩が先手にならないから、先手の攻めが続きにくいの。もし▲6三銀成とすればそこで△7一角……成銀の位置が玉から遠くなってるでしょう?

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(銀をおびき寄せれば、▲4三銀成がなくなる)

「ダー、銀が遊びそうです」

これなら、後手も攻め合いに持ち込めそうだよね。

△8七歩▲同金を利かせてるから、飛車を取って△8九飛と打つ攻めが効果的になってるのは後手にとって大きなプラスになってるの。

以前の変化は右側の金銀を崩しにいってたけど、この形は左側の金銀を崩すのが急所かもしれない。先手は右辺に逃げづらい格好だからね。

 

 

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△6四歩と突かれた手に、桂馬を成るのがダメだとすると……先手の手はかなり限られてくるの。そこで指されたのが▲8二歩。

「桂馬を取るつもりですね?」

うん、今期竜王戦の1組決勝でも指された手だね。でも桂馬を取って、△5四歩と突いたときに……

 

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(▲8二歩以下△6五歩▲8一歩成△3三桂▲4六歩△5四歩)

角の利きが通って、先手の左金が狙われてるよね。

「『金はナナメに誘え』ですね。大事なマクスィマ……格言です」

先手は攻めるしかないけど、▲1五桂くらいしか手がかりがなくて……△4四角以下、やっぱり左辺を攻められて。

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(上図から▲1五桂△1四金▲2三歩△3一銀▲3三桂成△同角▲同角成△同飛▲9一と△4四角 
で両取りが掛かった)


この後も色々な駆け引きがあったけど、後手の勝ち。
感想戦で改善案は示されなかったし、先手が少し苦しい変化に行きついちゃった感じかな。

「ここがゴール、ですか?」

今のところは、そうかも。
△8六歩から後手が動いて、飛車交換を拒否したとき……この局面に行きつくわけで。先手大変だと新山崎流そのものを選べないからね。

「だから、最近は指されなくなりましたか?」

うん、今は序盤から持久戦を目指すことが多いかも。

 

・まとめ

大筋の流れをみてきたけど、居玉でも対応がとても細かくて、難しい戦型だってことが分かってもらえたかな?

「ダー。囲ってないのに、チェック……王手がきませんでした。薄いのに、遠かったです」

まとめると、

・新山崎流は3筋を攻めるための陣形

・居玉ながら大駒の交換、攻め合いに強い

・後手は△8六歩から動いて、左辺を攻めるのが対策

こんな感じかな。

新山崎流が大流行したのは2010年前後。その後、こういった3筋攻めを緩和する意味で△8五飛・△5八玉型が生まれたり、△8四飛型で新手が出ることになるのね。

いろんな形が生まれたから、△8五飛戦法の数自体はかなり減ったと思う。でも、ハッキリとした結論が出てないのが現状かな。

「今だと、先手は何を指しますか?」

▲7七角と上がって、中原囲いや中住まいかな……それはそれで難しいけれど。
もっと前に、勇気流や青野流に組んで先手から形を決めちゃう序盤も増えたから、主流じゃなくなったっていうのが正しいかもしれない。

 

 

・美波の研究

一つ、気になってる手があってね。今さっき後手良しと解説したこの局面なんだけど……。

「シト、何でしょう?」

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ここで▲4六歩と桂馬を支える手が△5四歩との交換が損になってるのね。

「ダー、駒の働きが違いますね」

手抜いて▲1五桂と打ったら、どうなるのかなって……。

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「ンー、△1四金ですね?」

うん、そこで▲2三歩△3一銀▲3三角成として……精算して▲5五角。これなら、▲4六歩も△5四歩も指さないで戦いになるでしょう?

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(△5四歩がないため▲5五角と打てる。しかし後手の応手も複数あって形勢不明)

この局面で、後手は歩切れなのも大きいと思うの。香車を取って▲6四香の狙いもあるし。

「ンー、先手の攻め駒が、捌けてますね。悪くなさそうです」

ちょっと調べただけじゃ成否が分からなくて、「気になってる手」としか言えないけど……。

もし、これが成立しているなら……新山崎流は未だ有力ってことになるね。

 

「将棋、難しいですね。分からないところ、まだまだたくさんあります」

分からないことにキリがなくて、断言できないのが解説する側としては大変だけどね。

 

さて、今回はここまでにしよっか、お付き合い、ありがとうございました!

「バリショーエ スパシーバ!ありがとうございました、ですね」

 


(事務所の廊下にて)

 

荒木比奈

「あ、美波さんにアーニャちゃんじゃないっスか。」

あ、比奈さんおはようございます。

「ドーブラエ ウートラ!おはようございます、ですね」

比奈

「二人で楽しそうっスね

「ダー、ミナミとお付き合いしてましたね」

ちょ、ちょっとアーニャちゃん!?

比奈

その話、もっと詳しくっス!」

「アーニャの攻めを、手取り足取り面倒見てくれました!」

将棋、将棋の話だから!

比奈

「心配しなくても分かってるっスよ。勘違い系のラノベじゃないっスから。
それはそれとして、そのシチュとセリフを新刊のネタに――」

 

ダメー!!!

 

 

(了)

 

 

参考対局

 

第57期王座戦第3局  山崎―羽生 戦 (2009年9月4日)

第68期名人戦第2局  羽生―三浦 戦 (2010年4月20、21日)

第69期名人戦第7局  森内―羽生 戦 (2011年6月21、22日)

第41期新人王戦    阿部健―及川 戦(2010年7月9日)

第30期竜王戦1組決勝 羽生―松尾 戦 (2017年5月15日)