とある事務所の将棋紀行

将棋の好きなアイドルが好き勝手に語るみたいです。

佐久間まゆの名局振り返り  名局賞だけじゃないんです

 

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 みなさん、お久しぶりです。今回も私、佐久間まゆがお送りしますね、うふっ♪

 最近、名人戦をはじめ熱戦が多い…と感じます。

 対局の内容については楓さんや、他の事務所ですけれど幸子ちゃんや文香ちゃんが観戦記を書いているので、興味があったら見てくださいね。

 

鷺沢文香『荒れ野に咲く花は』(第74期名人戦七番勝負第2局 佐藤天八段-羽生名人 一日目) - 神崎蘭子さんの将棋グリモワール

 

 名局賞というのは、1年で1番の名局に贈られる賞のことです。昨年度は、棋王戦第5局が受賞しました。▲7七桂の将棋ですね。

 ……でも、何が「名局」かは人によって評価が分かれるところですし、熱戦は1年に1局だけではありません。

 特に4月のような年度初期の対局は印象が薄れやすく、「受賞には不利ではないか」とも言われていますね。
 現に歴代の受賞局は王座戦以降がほとんどで、一番早くて王位戦の9月です。
 もちろん、受賞に値する内容なんですけれど。

 でも、名局賞を受賞しなかった対局にも素晴らしい内容の棋譜はたくさんあります。  ずっと覚えていられればいいのですけど、「過去の対局」として埋もれていってしまうんです。

 

 ということで、今回は過去の熱戦を振り返ってみたいと思います。よろしくお願いします♪

 

2012年9月5日 第60期王座戦 第2局 

渡辺明王座 対 羽生善治棋聖、王位

持ち時間各5時間

 

 もう、3年以上前のことになるんですね。
 少し、当時の背景をおさらいしてみようと思います。

 

 羽生王座が『無敵王座』として君臨し続けたことはあまりに有名ですね。

 その期間はなんと19期。

 まゆが生まれる前から王座だったわけですから、その長さを具体的に想像することは無理ですね。 王座を奪取したときの相手が福崎文吾九段…と言っても、ピンとくる方は少ないのではないでしょうか。それくらい昔の話から、王座の地位に就いていたわけです。

 とにかく、王座を19期、ストレート勝ちを6期連続で19連勝という、誰も辿りつけないであろう記録を打ち立てました。

 

 でも、数字はいつか止まるものです。第59期王座戦では渡辺竜王を相手に3連敗。連勝記録どころか、連覇まで止まってしまいました。
 ……普通は、ここで一区切りなんですけれどね。羽生さんの場合、「普通」は通用しません。

 王座陥落の後、第60期の挑戦者決定トーナメントを駆け上がり、挑戦を決めるんです。 (トップ棋士相手に4連勝が必要です) まるで当然のように、王座戦の舞台に戻ってきたわけです。
「事実は小説より奇なり」…とはよく言いますし、恋愛小説はよく読みますけれど、創作なら「予定調和」と言われてしまいますね。
 ……でも、それが当然のように思えるところが羽生さんの羽生さんたる所かもしれません…ふふっ♪

 

 一つの対局にも、こんな背景があるんです。人間の勝負ですから、このあたりも面白いところだと思います。

 前置きはここまでにして、対局を観てみましょうか。

 

(初手から)
▲7六歩   △3四歩   ▲2六歩

 王座戦は、第1局は渡辺王座の勝利。序中盤は羽生二冠の優勢でしたが、僅かなミスから逆転しています。 本局を落とすとカド番になってしまう上、主導権を握りにくい後手番…。 「また3連敗もあり得るのでは」という空気だったのを覚えています。

 

 でも、そんな空気は4手目に吹き飛んでしまいました。

 

 

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△4二飛

 

 羽生二冠は飛車を持ち、4筋に動かしました。角交換四間飛車です。
 この一手に控室も、観戦していたファンもみんながどよめきました。

 オールラウンダーとはいえ振り飛車は少なめの羽生さんですが、角交換四間飛車は過去に1局だけです(2011年の棋聖戦第2局、これも熱戦です)。 渡辺さんが事前に予想していないのは明らかです。その駆け引きが一つの理由ですね。

 そして、理由がもう一つ。これは、もう一人の棋士について語らないといけません。

 藤井猛九段です。

 角交換四間飛車そのものは戦法としてありましたけど、当初は攻め筋に乏しくマイナーでした。 そこに光を当てたのが藤井九段なんです。
 逆棒銀や3筋攻め、筋違い角といった新手を次々に披露したんですね。そのほとんどを、藤井システム同様一人で開発したんです。
 藤井九段はこの角交換四間を原動力として王位戦を勝ち上がり、羽生王位に挑戦します。それが、この年の7~8月ですね。そして、この対局は9月です。

 ……つまり羽生さんは、1ヶ月前のタイトル戦の相手の得意戦法を採用しました。 普通はありえないことです。 だからこそ、この4手目で非常に盛り上がったわけなんですね。

 

 ただ、これだけで勝てるわけじゃないので、羽生二冠も相当の準備をしてきたことがうかがえます。

 

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▲6八玉   △8八角成 ▲同 銀   △6二玉   ▲7八玉   △2二銀  

▲4八銀   △7二玉 ▲5八金右 △3三銀   ▲7七銀   △4四歩 

 

 王位戦は羽生二冠の4勝1敗で防衛となりましたけど、対角交換四間だけをみるとほぼ全て作戦的に失敗しているんですね。
 全く攻めができずに負けた第2局や、完敗1歩手前まで追い込まれた第4局は藤井九段の序盤術が遺憾なく発揮されました。

 そのあたりから、優秀な作戦だと思って採用したのでしょう。

 

 △4四歩が羽生二冠が用意してきた作戦で、普通は△2二飛と回るために突かない歩です。 (▲4三角と打たれるキズができます) 飛車を転回せず、4筋で戦うのが工夫でした。前例は既にありません。

 先手は▲5七銀と備え、後手は△7四歩で玉頭位取りを拒否。互いに、動きにくい局面になりました。 千日手は、後手の望むところです。このあたりも、角交換四間飛車の狙いの一つですね。

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▲5六歩   △8二玉 ▲5七銀   △7二銀   ▲8八玉   △7二銀  

▲7八金   △5二金左 ▲5七銀   △7四歩   ▲6六歩   △6四歩   ▲5五歩

 

 ▲5五歩が、渡辺王座の力量をみせた一手です。これで、千日手の心配がなくなりました。

 ……難しい話ですけれど、将来▲5六銀のように駒を進展させていく手があるので、先手から打開する手段に困りません。手が進むにつれて、この一手が後手の負担になっていきます。

 

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△6三金   ▲6七金右 △9四歩   ▲9六歩   △7三桂   ▲2五歩  

△8四歩   ▲3六歩   △1四歩   ▲1六歩   △8三銀   ▲9八香  

△7二金   ▲9九玉

 

 ▲9八香で、先手は穴熊の姿勢をみせます。でも、後手には動く手段がありません。

 飛車を横に動かすと▲4三角と打たれますし、3三の銀は釘づけです。
 指す手がないんですね。 無理に動けば、渡辺王座に咎められるのは目に見えています。


 はっきり言えば、大作戦負けです。
 藤井九段のようにはいきませんでした。やはり、羽生さんは羽生さんですね。

 困った後手ですけど、ここからが羽生さんの勝負術です。

 

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△9二玉   ▲8八銀   △8二玉   ▲7九金   △9二玉   ▲6八銀

△8二玉   ▲3七桂   △9二玉   ▲4六歩   △8二玉   ▲4八飛

△1二香   ▲2八飛   △9二玉   ▲2四歩

 △9二玉▲8八銀△8二玉。玉を寄って、戻しました。一人千日手です。
 指す手がないにしても、このような手は初めて見ましたね。
 ひと昔前の将棋ソフトなら、指しているのを見たことがありますけど…。

 手詰まり模様の手渡しなら分かりますが、先手は指したい手がたくさんあります。実際、穴熊の連結を良くして桂馬も跳ね、やりたい放題です。
 やりたい放題……。このぐらい、プロデューサーさんにも色々したいですね……
 あ、ひとり言です♪

 最終的に△8二玉と戻すので、4往復、8手損してしまいます。

『玉の早逃げ八手の得』という格言はありますけれど、真逆ですね。普通はありえない手です。

 

 先手は、万全の体制を築いてから▲2四歩と開戦しました。ここから、戦いが始まります。 ……既に、形勢は先手良しです。

 

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△同 歩   ▲1五歩 △同 歩   ▲3五歩   △5二角   ▲3四歩  

△同 角   ▲2六飛 △8二玉   ▲4五歩

 

 穴熊という戦型は、「攻めが続く形」になったら勝負は終わってしまいます。 攻め合いでは、穴熊に勝てません。詰む詰まないがはっきりしていて手数計算がしやすく、先に寄せられてしまうから、ですね。『穴熊の暴力』です。

 

 1筋も突き捨て、▲3五歩。これを△同歩と取ると、▲1五香△同香▲2四飛で攻めが続いてしまいます。

(参考図です♪)

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(先手の飛車成りが約束されているので、穴熊が良い展開です)

 

 ということで△5二角と打ったんですね。持ち角を手放す損は大きいですけど、これ以外に手がありません。 とにかく、先手の攻め筋を潰していくしかないんです。

 そして、先手も良いながら破る手段が難しいんですね。8手得をしているのに、明快な順が無い…将棋は難しいですね。

 

 更に勝負術が繰り出されます。

 

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△9五歩   ▲同 歩   △9七歩   ▲同 銀 △4五歩   ▲4三歩  

△同 角   ▲8八金   △8五桂   ▲8六銀 △9七歩   ▲同 桂  

△9六歩   ▲8五桂   △同 歩   ▲同 銀 △9五香

 

 穴熊は、「王手の掛からない形」というのが一番の長所です。対穴熊戦では、それを崩しにいく必要があるんですね。

 △9五歩と端攻めをして、△4五歩と手を戻す。端だけで先手玉を攻略できない故ですけれど、独特な駆け引きです。 対して▲8八金も渡辺王座らしい手で、「王手の掛からない形」を目指します。

 

 執拗に端に絡んで、先手の穴熊も嫌な形になってきました。 まだ先手が良いですし手が広いのですけど、攻めると反動がありますから判断が難しい局面です。

 

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▲9六香   △同 香   ▲同 銀   △9五歩   ▲同 銀 △9一香

 

 ここでは、▲5一角が正着だったようです。
 以下、△9七歩成と金を作らせても▲9五角成から香車を取り切ってしまうのが手厚い…とのことですね。△8八とは▲同玉で危険地帯から脱出できます。 駒損するので難しいところですけれど、穴熊が崩壊しているので玉は広い方がいいとも言えます。
…でも、渡辺さんの棋風ではなかった、という感じもしますね。

 

▲9六香で端を緩和しにいきましたが、これが疑問手でした。 ただ対局中は控室でも分かっていませんでしたし、やはり「結果的に疑問手」という感じですね。ここからの手順も難解です。

 

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▲9六歩   △9五香   ▲同 歩   △8四桂   ▲7九香

 

 △同香▲同銀△9五歩から迫りますが、このときに後手の△4三角が働いてくるんです!

 本譜△8四桂も角を活かした攻め筋ですけれど、水面下では△8六歩や△7五桂のような手もみています。 仕方なく手放したはずの自陣角が、攻めに強力に効いてくる…、 そう組み立てた羽生さんの力量もありますけれど、将棋は不思議ですね。

 この局面では、後手の方が良くなっている……みたいです。 先手は、必死に手を作りにいきます。

 

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△2五歩   ▲2九飛   △4四銀   ▲9四歩   △3二飛   ▲3三歩    

△同 飛   ▲3八歩   △9四銀   ▲5一角 △6二金引 ▲8九玉  

△3二飛   ▲5四歩   △9六桂

 

 細い攻めを繋げるのが上手い渡辺王座ですけれど、本局は羽生二冠の指し回しが勝りました。
 △2五歩で先手の飛車を遊ばせて、端の嫌味を消す。特に△9六桂のタイミングが絶妙です。 △6二金引―△3二飛と2手溜めてから跳ねる。これで、先手の攻めを遅らせているんですね。(すぐに跳ねると、▲9八香の反撃が厳しいです)

 「羽生マジック」と呼ばれる常識外の一手が印象に残りがちですけど、こういった「正しい手の組み合わせで、自然と良くしていく」方が羽生さんの本質だと思います。

 先手の穴熊は崩壊し、終盤戦、寄せ合いです。

 

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▲7七銀 △8八桂成 ▲同 玉   △5四角  ▲9三歩   △3六歩  

▲2五飛 △3七歩成 ▲9二歩成 △7三玉   ▲9三と   △9五銀 

▲8五桂 △6三玉   ▲7三香   △6一金   ▲7二香成 △5一金  

▲7三桂成△5二玉   ▲4六桂 △8六歩

 

 渡辺さんも勝負勝負と迫っていきます。互いに危険な玉形ですね。
 先手は受けても速度が変わらないので、後手を先に寄せるしかありません。

 ▲4六桂は鬼手で、△同歩は▲9五飛で先手玉が安全になります。 なので△8六歩、これが詰めろなんですね。
 受けはほぼないので、最後は後手玉が詰むかどうかの勝負です。

 危ない筋が、たくさんあります。

 

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△8六歩   ▲6二成香 △同 金   ▲同成桂 △同 玉   ▲5四桂  

△同 歩   ▲7一角   △同 玉   ▲2一飛成△3一金

ただ、本局の羽生二冠はひたすら正確でした。精算していかにも寄りそうなごてぎょくですが、▲2一飛成に△3一金が決め手です。

これを△3一歩で安く合駒をすると、頓死してしまいます。金合い限定……NHK杯決勝を思い出しますね。

(参考図です…)

 

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(△3一歩以下、▲6三桂△6二玉▲3二竜△同歩▲4二飛△5二金▲7二金▲5三玉▲4三金△同金▲6二飛成まで。 金合いなら、▲4二飛と打てません)

 

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▲3二龍   △8七歩成

まで、144手で後手の勝ち

 

 △8七歩成で渡辺王座の投了となりました。以下は詰みですね。

 

 

 本局は、互いの勝負術の特徴がよく出た一戦でした。

 

 序盤はオールラウンドな戦型選択の羽生二冠に対して渡辺王座が堅実な手で仕掛けを封じ、作戦勝ちに。

 羽生二冠はそこから、「仕方ない」と一人千日手を敢行します。八手損を仕方ないと割り切るのは、いかにも羽生さんですね。

 穴熊に組み換えて細い攻めを繋げにきたのも、渡辺さんの真骨頂です。

 序盤から終盤に至るまで、両対局者の棋風が非常によく表れた、好局でした。

 まゆがこの対局を推した一番の理由は、圧倒的な「疑問手の少なさ」です。

 

 

 穴熊という戦型は、「勝ちやすい」事が長所なんです。
 相手が一手でも受け間違えれば、一気に勝ちになる…そんな恐ろしさを秘めています。
 渡辺さんは観戦記で、「振り飛車は有利にしやすいけれど、固さで逆転できる」という内容を語られています。

 ですけど、本局では羽生さんが間違えませんでした。

 渡辺さんも自然に見える▲9六香が疑問だったのみで、その後も嫌味を突いた攻めを繰り出しています。…正確に受け止めた羽生さんが強かった、としか言いようがないですね。

 その後、3勝1敗1千日手で羽生二冠は王座を奪取。今も防衛を続けていて、若手の挑戦を阻みつつ4連覇しています。 ここ数年の王座戦は名局揃いですから、見てみると面白いと思いますよ♪

 

 

 この年の名局賞はこの王座戦の第4局(△6六銀の捨て駒が有名です)なんですけれど、勝負の内容において、第2局は遜色ないものです。

 ですけれど、受賞しなかった対局は埋もれてしまうんですね。
 定跡がいくら進歩しても、評価値がいくら正確になっても、そのときの『勝負の魅力』は色褪せません。棋譜は、ずっと残ります。

 人間は感情の生き物ですから、勝負に感動したり、妙手を「美しい」と感じたりできるんです。

 周りの環境が変化しても、それは変わりません。

 

 また、こうやって名局を紹介できたらいいな…と思います。

 それでは、また機会があればお会いしましょう。お付き合い、ありがとうございました♪

 

 

 ……そういえば、変わらない感情というと恋愛もですね…ふふっ。

 

 

(了)