ラブライカの将棋アラカルト~玉も戦力の一つ?~
美波
じゃあ、今日の講義を始めようかアーニャちゃん。
アナスタシア
ダー、今日のレクツゥィア…講義、何をするのか楽しみですね。
また、ミナミに攻められるのですか?
美波
…確かにこれまでは矢倉や角換わりの攻め方、受け方の解説もしてきたけど、今日はちょっと趣向を変えてみようと思うの。
アナスタシア
シト?どういうことですか?
美波
前回まで教えてきたような定跡も大切なんだけど、自分の読みや大局観を優先して指さなきゃいけないこともあるのね。今回は、そんな「セオリーにない手」を紹介したいと思います。
アナスタシア
パニャートナ、なるほど、例えば『パンツを脱ぐ』とかですね?
美波
ちょ、ちょっとアーニャちゃん!女の子がそんなこと言ったらダメだよ!
…確かに、そういう手が好手になることもあるけど…。
アナスタシア
ふふっ、ちょっとしたジョークです。ミナミは、まじめですね。
美波
…もう。ふざけすぎたら怒るからね?
アナスタシア
ミナミは怒ってもカワイイですから、それでもいいですね。
美波
…………アーニャちゃんったら。
この話はおしまい。講義を続けます!
アーニャちゃんが言った手もセオリーにない手だけど、今回は「玉の使い方」で意外な一手を紹介していこうと思います。
アナスタシア
キング…王様、ですか?あまり、動かさない駒ではないのですか?
美波
そうだね。でも、棋士によっては「玉も戦力の一つ」みたいな戦い方をする人もいるのよ。
アナスタシア
アー、チェスも、カローリ…キングは戦力ですね。オープニング…序盤はキングをキャスリング…囲いますけど、エンドゲーム…終盤には、キングも戦場に出ます。キングと、ダーマ…クイーン1枚ずつあればチェックメイト…詰ませられますね。
美波
うーん…アーニャちゃん、ロシア語とチェス用語、日本語をごちゃまぜにするとわけが分からなくなっちゃうから、どれかに絞ろう?
アナスタシア
パニマーユ、わかりました。でも、将棋は日本語で、チェス用語は英語で、生まれはロシア語…。むずかしいですね。
それに、ランコが教えてくれた熊本弁もあります。
美波
蘭子ちゃんの言葉は…別にしておこうね。
アナスタシア
分かりましたね。…でも、アーニャ、疑問があります。
チェスは、取った駒は使えません。だから、序盤に守っていたキングが、終盤に出て戦力になりますね。…将棋は、取った駒を使えますから、玉はずっとアパースノスチ…危険なはずです。戦いに出したら、すぐに詰まされてしまうのではないですか?
美波
アーニャちゃんの言う通り危険だし、「玉は安全に囲うもの」って考え方の方が普通だよ。
でも、棋士によっては独特な使い方をする人もいるの。
論より証拠ということで、実際に見てみようか。
アナスタシア
ダー、気になりますね。
美波
これは王将戦 佐藤康―久保戦ね。後手の久保九段のゴキゲン中飛車で、佐藤九段が超速で迎え撃っている局面。中でも後手は『菅井流』っていう激しい変化に入って、斬り合ってるの。
アナスタシア
激しいですね。どう指せばいいのか、分かりません。
美波
うーん、要点をまとめると、
(1)先手は3歩得
(2)ただ、後手は次の△5六飛から歩を取り返して捌けば戦える
(3)手番は先手だから、なんとか局面を収めたい
こんな感じかな。でも、先手の手段も難しくて…。前例は▲2二角から攻め合っているけれど上手くいってなくて、久保さんはこの展開には自信を持っていたみたい。
アナスタシア
ンー、どうすればいいのか、分からないですね。
美波
こういう乱戦に、中飛車はとても強いからね。戦力が中央に集まるのは大きいかな。
アナスタシア
らんせん?ランコが戦いますか?
美波
えっと…乱れた戦いって書いて乱戦ね。駒が入り乱れて、玉も薄くて…。
アナスタシア
よいではないか~よいではないか~♪
美波
それで乱れているのは衣装!私がやらされたけど…。
アナスタシア
ミナミ、脱がされてもキレイでしたね。
美波
…とにかく!ここで佐藤九段が、すごい手を指したのね。それが…
▲5七玉!
…意味としては、△5六飛を防いだ手なんだけど…どう?アーニャちゃん。
アナスタシア
ダーティシトー!…信じられません。こんな手があるんですか?
美波
指された当時も、控室の棋士や中継を観ているファン、みんなが驚愕した…そんな一手なの。
この後の指し回しも素晴らしくて、この対局に勝利してるのね
アナスタシア
ズドーラヴァ!すごいですね。
美波
この後、研究されて後手の対策と「後手良し」の結論が出たのだけど、それよりもこの▲5七玉をタイトル戦で指して、まとめ上げるバランス感覚を称賛するべきかな。
佐藤九段は特に、こういう玉の使い方が上手い棋士なの。
もう少し、見てみようか。
アナスタシア
ダー♪どんな手があるんでしょう、楽しみです。
美波
今度は王将戦 佐藤康―渡辺戦ね。戦型は横歩取りで、後手が端を攻めているところ。
渡辺さんはこういう細い攻めをつなげるのがとても上手くて、現にこの攻めも感想戦で「うるさいと思っていた」と本人が言っているのね。
アナスタシア
▲8五歩と、桂馬を取ってはいけないのですか?
美波
それは、△同飛▲8六歩△9五飛で…端攻めは受からないの。
…どう指したと思う?アーニャちゃん。
アナスタシア
ンー、普通なら、▲7九玉で逃げ出しますね。ビグズォ…逃走です。ですが、それで良くなると思えませんね。…逃げない、ですよね?
美波
うん。そうじゃなくて、指したのは…
▲8七玉!そして6手後に▲8六玉!
…つまり、先手の狙いは入玉にあるのね!
アナスタシア
…玉だけで、ですか?プラーウダ リー エータ?
美波
普通はありえないというか…。入玉って、横や下から追いかけられたときに、逃げながら上部を目指すものなのね。
でも、本局は渡辺さんの飛車が待ち構えている所に突っ込んでいったの。敵陣に味方の駒もいないのに…。
アナスタシア
苦し紛れ…ではないのですか?
美波
ううん。元々、後手が端を攻めるのは分かってたことなのね。そこに▲8八玉と入城して受けて立ってるから、最初からの構想みたいなの。
アナスタシア
ミナミが、単身でアーニャに向かって突撃…ですね。
美波
…私が解説しやすいように、玉を動かしているだけだからね?
…実際、この後入玉を確定させて飛車を取ってしまって、ここで渡辺さんが投了。
右側の駒が全く動いていないのに、いつの間にか玉の動きだけで勝ちにしちゃったの。
結果論だけど、端攻めそのものが疑問だったみたい。
でも、これを指せるのは棋士でも佐藤九段だけだと思う。
アナスタシア
ダー、…感覚が違いますね。
美波
もう一つ、象徴的な手を挙げると、棋聖戦の羽生―佐藤戦かな。
後手の佐藤九段の一手損角換わりから、右辺で戦いに。先手の2四歩、3四歩の垂れ歩に対して、後手は馬を作った局面ね。
こういうときに、玉が戦場から遠い…というのがこの戦型の主張のはずなんだけど…。
アナスタシア
いざとなったら、玉をスリェーヴァ…左に逃げられますね。
美波
ここで指したのが…△4二玉!
渡辺さんが、控室で「1秒も考えなかった手だよー!」と叫んだらしいのだけど…ほとんどの人が、そう思ったんじゃないかな。
アナスタシア
玉が戦場に近づくのですか?シトー?
美波
佐藤九段曰く、「ここで金に紐をつけておかないと、後で戦えないと思った」ということらしいのだけど…。
これってつまり、玉は「守るもの」ではなくて、「戦力の一つ」って考え方が具現化したような手なのね。
これで最終的に羽生さんに勝利するの…。恐ろしいよね。
アナスタシア
ニェート…理解、できないです。
美波
理解できないから、こういう玉の使い方が流行しないのだと思う。
長らく升田賞を受賞しなかった理由が「誰も真似しないから」というものだから、それだけ独特な構想を描く人なのね。
…でも、それで勝てるのだから将棋は難しいし、もしかしたら私たちの常識の方が間違っていることもあるのかもしれない。
アナスタシア
ンー、難しいですね。
美波
難しいからこそ、未だに人を惹きつけているのだと思うよ。
分からない…そんな局面を最後に一つ紹介しようかな。
これは、これまでの玉の使い方とは違うのだけれど…。
A級順位戦、三浦―羽生戦 の終盤ね。相矢倉だったけど後手が上手く反撃して、先手は必至という局面。▲8七銀と受けても、△9六歩から詰むのね。
アナスタシア
パニャートナ、では、後手勝ちなのですか?
美波
それが、簡単じゃないの。ここから先手は▲3一飛と王手をかけて追いかけるのね。
後手も逃げ続けてこんな局面。
後手に詰みはないのだけど…。
ここで、▲8七銀と手を戻したの。これで…受かってるのね。
アナスタシア
シトー?意味がよく分かりません。
美波
えっと…後手の玉が9筋にいるでしょう?これで、△9六歩から詰まなくなったの。香車が効いていないから。
アナスタシア
インチェレースナ!…面白いですね。王手を続けたことで、先手玉が安全になるんですか。
美波
そう。でも、ここからが本当に難しくて…。
互いの玉が近いから、王手をされて逃げた手が、相手の玉の王手になる『逆王手』の手が沢山あるのね。
一手一手解説していたら終わらないから省略するけど、クライマックスがこの局面。
ここで、△7七金から簡単に詰みそうなんだけど…。
▲8六玉が逆王手!これで攻守が入れ替わってしまうの。それがなければ、△8七馬までの詰みなんだけどね。
アナスタシア
アー、…複雑すぎますね。
美波
ここまで難解なことはめったにないけど、互いの玉が近いとこういう普段ない筋があるってことは覚えておいてね。
…この筋を、1分将棋で読み切って勝利した三浦九段がすごいとしか言いようがないかな。
アナスタシア
将棋も、玉は攻めや守りに使えるのですね。アーニャ、勉強になりました。
…でも、使いこなすのはニーギャスネスト…難しいですね。
美波
そうだね。読みに死角があったりすると一気に負けちゃうから…。
アナスタシア
しかく?ミナミ、また勉強してますか?それとも、さんかく、しかく?
美波
資格じゃなくて、死角ね。気づかないところから攻められて、危ないこともあるってことね。
最初は玉の安全を優先した方がいいと思うけど、玉の安全度が分かるようになると、こういう使い方もできるって感じかな。
…ということで、今回の講座は終わりにします。ありがとうございました。
難しいけれど、色んな指し方があるってことに興味を持ってくれたら嬉しいかな。
アナスタシア
スパスィーバ!ありがとうございました、ですね。
そういえば、最後のあいさつをランコに教えてもらいました。
美波
蘭子ちゃんが?「ありがとうございました」じゃなくて?
アナスタシア
ダー、こう…左手を前に出して…
『闇に飲まれよ!』
美波
…あー、アーニャちゃん、それは、蘭子ちゃんと対局するときだけにしようね…。
(了)
参考対局
第61期王将戦第1局 佐藤康―久保戦
第62期王将戦第3局 佐藤康―渡辺戦
第79期棋聖戦第1局 羽生―佐藤康戦
第71期A級順位戦 三浦―羽生戦
佐久間まゆの名局観戦 玉を追い詰める執念
『タイトル戦は、恋愛に似ている』
深浦九段が、初めての王位戦のインタビューで答えた言葉だそうです。
なんていい言葉なんでしょう…。
相手のことを調べて、突き詰めて考えて、最高の結果を勝ち取りにいく。
それは、将棋も恋愛も同じことだと思います。
あの人は、今なにをしているのだろう…。なにを食べているのだろう…。
そんな状態が、ずっと続いていくんです。焦がれてしまうくらいに。
自己紹介が遅れましたね。今回は私、佐久間まゆがお送りします♪
プロデューサーさんから、「観戦記を書いてほしい」と言われたので、まゆの好きな対局を選びました。楽しんでもらえたらうれしいです。ふふ♪
この対局を観たときの衝撃は、忘れられません。
実際に観てもらった方が早いと思いますけど、細かな手の解説をするより、棋士の執念のようなものを感じてもらいたいです。
ご存知かもしれませんけど、羽生先生は『無敵王座』として19連覇していました。
ですが、渡辺先生にストレート負けを喫し、連覇は止まってしまいます。
その翌年、トーナメントを勝ち上がり挑戦し奪還。再び王座に帰り咲いたわけです。
これだけでも、十分すごいことねんですよねぇ。
そして、次に挑戦してきた方が本局の対局者、中村太一六段になります。
有望視されている若手で、2011年には歴代2位の勝率を上げています。(0・8511)
初戦は、中村六段の勝利。もし本局を羽生王座が落とすと、カド番になってしまいます。
そこから3連勝するのは大変ですし、本局は何が何でも勝っておきたい一局なんですね。
そんな対局は、稀にみる大熱戦になりました。
▲7六歩 △8四歩 ▲6八銀 △3四歩 ▲6六歩 △6二金
▲5六歩 △5四歩▲4八銀 △4二銀 ▲5八金右 △3二金
▲7八金 △4一玉 ▲6九玉 △7四歩 ▲6七金右 △5三銀右
▲5七銀右 △5二金 ▲2六歩 △8五歩 ▲7七銀 △4四歩
▲7九角 △4三銀 ▲2五歩 △6四歩 ▲6八角 △3三角
▲7九玉
戦型は、後手の急戦矢倉になりました。△5三銀右から、△5五歩の仕掛けを狙います。後手番ながら、主導権を握りにいく意欲的な指し方です。
それに対して▲5七銀右が先手の工夫で、中央を手厚くして、反撃を用意しています。
ですから後手は△5五歩を見送り、雁木に組んだんですね。普通の雁木は、先手から2筋を狙われて大変なんですけど、▲5七銀右で先手の攻めが遅くなったので、持久戦にしたんです。
この数手だけでも、水面下にたくさんの変化があります。
将棋も恋愛も、最初の細かな駆け引きから気が抜けないんです…うふ♪
△5一角 ▲8八銀 △3一玉 ▲3六歩 △7二飛 ▲1六歩
△1四歩 ▲5九角 △3三桂 ▲7七銀 △7三角 ▲4六歩
△6二飛 ▲1五歩 △同 歩 ▲同 香 △1三歩 ▲1八飛
△2二金 ▲2六角
▲8八銀が『名人に定跡なし』の一手で、柔軟な発想です。
後手の主な攻め筋は、△8四角~△7三桂~△6二飛~△6五歩という、右四間飛車の形です。これを▲7七桂と跳ねて封じてしまおう、という構想なんですね。
▲8九玉とした形は『菊水矢倉(しゃがみ矢倉)』と言い、昔の竜王戦でも組み替えたことがある…と、菜々さんが教えてくれました。
後手は態度を決めずに指しますが、△3三桂をみて▲7七銀と戻しました。
後手の端が薄くなったので、普通の矢倉に戻して攻め勝てるとみたんですね。
実際、端に戦力を集めて▲2六角とした局面は、控室でも「先手模様よし」とみられていました。
先手の駒がよく働いていて、後手の陣形はきれいな形とは言えません。
あとは、ここからどう迫っていくかですけど…。
△3二玉 ▲3七桂 △6一飛 ▲8八玉 △6二角 ▲1九飛
△4一飛 ▲4九飛 △4二銀 ▲6八金引 △9四歩 ▲9八香
△9五歩 ▲9九玉 △9三桂 ▲1九飛 △1二香 ▲8八金
△1一飛 ▲7八金右
…羽生王座は、攻めませんでした。じっと陣形を整備して、万全の体制を築いていきます。
後手は全力で受けに回っていますし、駒の損得はないんですよね。
「模様がいい」くらいで油断してはいけません。
将棋も、入念な準備が重要なんですね。攻め始めたら、手を戻す余裕はありませんから…。
そして、羽生王座は穴熊を完成させてしまいました。これで、攻めさえつながれば勝てる形です。
『毒蛇は急がない』…ですね。こういう落ち着きは、参考になります。うふふっ♪
△1四歩 ▲同 香 △同 香 ▲1五歩 △同 香 ▲同 角
△1二香▲1八香 △4五歩 ▲3三角成 △同 銀 ▲1二香成
△同 金 ▲4五桂 △4二銀 ▲3五歩 △同 角 ▲3八香
△7一角 ▲5五歩 △1八歩 ▲3九飛
動いたのは、後手の方でした。
ですけど、△1四歩というのは先手玉に迫るわけではなく、先手の攻めを催促した意味が強いです。これ以上待っても仕方ないですし、先手にいいように攻められたら勝ち目はありませんから。
▲3三角成もすごい手ですけど、穴熊ですから攻めさえつながればいくら駒損しても大丈夫なんです。あとはゆっくり、確実に迫っていくだけ…。
▲5五歩も好手で、歩を使った攻め筋が増えれば後手は受けきれません。こういう、細い攻めをつなげるのは羽生王座の得意領域ですね。渡した角も、受けには不向きな駒です。
▲3九飛までくると、次の▲3四香からの攻めが分かっていても受けにくいんですね。数で勝っていますから、後手は支えきれないんです。
対応に困ったようですけど、中村六段は受けませんでした…。
△1七角成 ▲3四香 △2二玉 ▲3三香成 △1三玉 ▲4三成香
△同 銀 ▲3三飛成
ここから、後手玉は上部に逃げ出します。囲いは放棄しても、入玉できれば勝てる…という意味です。
入玉が成功すれば、大駒を3枚持っている後手は相入玉になっても点数で勝てる可能性がありますし、その前に穴熊を姿焼きにできそうですね…。
実は▲3三飛成が自然なようで、▲1五歩と上を抑える方が勝ったみたいです。
以下、飛車を取られても後手を包囲してギリギリですが寄っていた…と。
だから、その一手前は△4三同金が良かったとも…。
(▲1四銀からの詰めろが受けにくいんです)
…ですけど、これは結果論なんです。
このとき、互いに持ち時間はほぼありません。既に夜の9時を回り、勝負が始まってからから12時間経っています。そのときの最善を尽くすしかないんです。
…ただ、ここから形勢の針は後手に傾き、長い…長い終盤の幕開けになります。
△1四玉 ▲2九桂 △2七馬 ▲1三歩 △同 金 ▲1七歩
△1九歩成 ▲1六銀 △2六馬 ▲2四歩 △1五歩 ▲2三歩成
△同 金 ▲2七歩 △3三金 ▲2六歩 △2四金 ▲3三角
△3一飛 ▲5四歩 △1六歩 ▲5三歩成 △3三飛 ▲同桂成
△1七歩成
細かな手順前後や疑問手はあったようですが、どの変化も難解で読み切れません。
ここからは、人間の勝負です。
…とはいえ、先手は必死に後手玉を捕まえにいきますけど、攻め駒不足は否めません。
こんなに追いかけても、届かないなんて…!
先手が良いように見えて、自然な手順で攻めてきましたけれど、それでも上手くいかないんですね。将棋って、難しいです…。
…でもそれは、現実も同じですか。どんなに準備して、どんなに迫っても、いろいろな壁が立ちはだかります。
まゆだって、できることならプロデューサーさんと今すぐ…!あ、いいえ、なんでもありません。
気の早い人なら投げてしまってもおかしくないですけど、羽生王座はあきらめませんでした。
▲1一飛 △1三歩 ▲4三と △2九と ▲5二と △1五玉
▲1三飛成 △1四銀 ▲3六銀 △2一香 ▲1八歩 △2六玉
▲4八銀 △3七歩 ▲2二歩 △2三香 ▲同成桂 △3六玉
▲2四龍 △2五銀打 ▲1七歩 △2七玉
とにかく、先手は後手に楽をさせません。飛車で下から追い上げ、後手の金銀を剥がしにかかります。
そして▲4八銀と自陣の駒を応援に出して、後手玉を包囲していきます。
両者、互いに1分将棋。難解で、結論が見えない戦いが続きます。
△1四歩から攻めを催促し、70手も受け続けてきた中村六段ですが、△2三香が悪手でした。▲同成桂に△同金と取れないのですね。(▲1四竜でほぼ受けなしです)
△3六玉と銀を取って逃げますが、それなら香車を打たずに△3六玉と指すべきでした。これで、後手が勝っていたようです。
…ただ、中村六段が間違えたというよりは、羽生王座の執念がミスを呼んだ、という方が正しいでしょうか。
当時、対局姿は生放送されていたのですけど、前傾姿勢で盤面を睨むその姿は、画面越しですら鬼気迫った印象を受けました。
…これで先手が持ち直しましたが、後手は入玉を果たしました。まだまだ勝負は続きます。
▲1三成桂 △2三歩 ▲3五龍 △2六角 ▲同 龍 △同 銀
▲6三角 △3八玉 ▲1八角成 △4八玉 ▲2九馬 △3八銀
▲5九金 △同 玉 ▲6八銀 △5八玉 ▲4九香
入玉されても、先手は執拗に追いかけます。ついには▲6八銀と穴熊の銀まで活用して、▲4九香で挟撃形になりました。…香車を渡してしまった罪が、ここに表れています。
△4八歩 ▲5九金 △4七玉 ▲4八金 △3六玉 ▲3八金
△同歩成 ▲4七銀 △2五玉 ▲3八馬 △1五銀上 ▲2一歩成
△3七金▲2九香 △2七桂 ▲3七馬 △同銀成 ▲3八歩
△4七成銀 ▲同 香 △3六銀 ▲3七銀 △同銀成 ▲同 歩
△3六銀 ▲同 歩 △3七金 ▲1八銀 △4九角 ▲2八銀
△同 金 ▲同 香 △2六銀打 ▲4八金 △3六玉 ▲4九金
△1九桂成 ▲2七銀
まで、203手で先手の勝ち
…長い対局も、ついに終幕を迎えました。
▲5九金から香車を利用して後手玉を押し戻し、ひたすら迫っていきます。更に香を補充して、▲2九香と打ち据える。
控室も理解ができていない中、羽生王座は的確に相手の駒を取っていきます…。
ここでは、互いに「先手がいい」との認識だったようです。
一番局面を分かっているのは、対局者の二人なんですよねぇ……。
後手も歩頭に銀を打ったり、必死に抵抗しますがついに捕まりました。
投了図からは、△2七同銀成と取れば▲6三角で合い駒が打てず、馬を作られて受けがありません。逃げても追撃がありますから、投了もやむなしですね。
終局は23時21分。14時間半もの死闘でした。
王座戦本戦の最長手数記録も更新したそうです。(これまでは、172手が最長でした)
…本局は、羽生王座の執念をみたような一局でした。
序盤、繊細なやり取りで作戦勝ちをした後も入念に準備をして、手順を尽くして攻める。
そして、入玉を目指す後手との、100手以上の逃走劇…。
特に、後手が捕まらないように見える局面からの勝負術がすごいです。
あの少ない戦力で、相手に楽をさせない展開をずっと続けたわけですから、驚きと言うしかないです…。
もし、途中の局面で投了していたら…気持ちが切れていたら…。この棋譜も、勝利もなかったでしょう。
そして、中村六段はこの203手、一手も先手陣を攻めずに受けに回り続け、優位にすら立ちました。この指し回しがあったからこそ、この棋譜が生まれたわけです。
棋士の、精神力をみたような気がしました。
あきらめたら、そこで終わりなんですね…。
その後、王座戦は第3局を中村六段が制して羽生王座はカド番になりますが、4、5局を連勝して逆転防衛を果たしました。
この対局で見せた羽生王座の死にもの狂いの食いつきが、防衛につながったんです。
中村六段の挑戦から今に至るまで、羽生王座は豊島七段、佐藤天八段の挑戦を受け、いずれもフルセットで防衛しています。ここ数年の王座戦は、名局がたくさんあります。
3年連続で名局賞が王座戦から選ばれていたりもするんですよ。興味があったら、調べてみると面白いと思います…。うふふ♪
すでに、来期の王座戦の予選は始まっていますね。これからもきっと、いろんな棋士がドラマを作り上げていくのでしょう。
だって、タイトル戦も恋愛も…終わりはありませんから。
(了)
ウサミン星の矢倉戦 先手矢倉の可能性
キャハ♪ ナウいJKアイドル、ナナ、再び登場ですっ!
今日は、再びウサミン星から特別司令を受けて皆さんに解説をすることになりました。よろしくお願いしますっ!
今回の内容は…矢倉です!ああ、いや……確かに美波さんの矢倉講義の後ですけど、ナナの矢倉は違いますよ!ウサミン星データベース直送ですっ!
前回、美波ちゃんが触れていましたけど、『矢倉4六銀・3七桂戦法』が最近めっきり指されなくなりまして、先手の作戦の模索が続いているんですね。
それもあって50手先まで同じ局面…ということがほとんどなくなって、新しい構想や、以前の懐かしい戦型が沢山見られるようになったんです。
昔、故米長永世棋聖が『矢倉は将棋の純文学』と仰っていたのですけど、
「押したり引いたり、ある意味ネチネチした将棋」
という意味だそうです。昔の矢倉をよく表している言葉だとナナは思います。
…しかし、『4六銀・3七桂戦法』が主流になってからは先手が攻め倒す将棋が増えたので、この意味が通じなくなってしまったんですねぇ。純文学というよりは、定型文でしょうか。
「矢倉は将棋の王道だ」みたいに誤解する人も多いようです。
ですから、今の試行錯誤している段階は、「純文学の復活」とも言えそうです。ナナ的には嬉しかったりするんですよ。
では、先手にどんな作戦があるのでしょうか?ウサミン星のデータベースを使って、紹介していきたいと思います。
「これ面白そう!」って戦型が見つかったらナナは嬉しいのです。キャハ☆
・▲3五歩戦法
矢倉というのは角の使い方が重要で、王様が囲いに入るにはこれをどかさなければいけません。
で、攻めの姿勢をとりながら角を活かすには、3筋の歩を交換すればいいわけなんです。
それを最短で狙うのがこの▲3五歩戦法なんですね。
ここから△同歩▲同角と進むと、先手が既に作戦勝ち気味なんですよ。
・1歩持ちつつ、
・▲3七~3六銀のルートを作り、
・▲4六角で牽制もできる。
こうなると、先手が一方的に ポイントをあげることができます。
相矢倉のほとんどは、
「3筋を交換したい先手と、それを阻止する後手」
という構図なんです。覚えておいて損はないですよ。
ウサミン星のデータは歴史に強いんですっ!
とにかく、後手は歩を取らずに△6四角と牽制するのが自然で、先手も▲1八飛と逃げます。銀で守ると、△3六歩で銀が死んじゃいますからから気をつけてくださいね。
初心者にありがちですし、ナナも若いころよくやりました……い、今も若いですけど!
この後、先手は後手の角をいじめ、後手は3筋を逆用して盛り上がります。自玉の上部や中央で戦いが起こりますね。手は広いですけど、こんな感じです。
(一例)
▲1八飛以下、△5三銀▲6五歩△7三角▲7五歩△同歩▲3四歩△同銀
▲7四歩△5一角▲4六角△9二飛▲6六銀△4五歩▲2八角△4四銀▲7五銀
今期の棋聖戦でも指されてますね。(棋聖戦第2局羽生―豊島戦)
勝ったのは後手ですけど、中盤までは互角だったようです。
あと、▲6六歩を指さないで▲3五歩から仕掛ける形を深浦九段がA級順位戦最終局でさしていますねぇ。(結果は後手勝ち)
この仕掛けは25年前、郷田九段によって指されたのが最初だとか。
…なんだか、郷田九段が指したというのは納得できますね。
お互い、玉の囲いは固さではなく厚みで評価するような力戦になるので、好みが分かれるところかもしれません。ナナはこういう将棋大好きなんですけど。
玉頭を制圧するため入玉含みにもなりますから、そういう展開に強い方はオススメかもしれません。
・▲6五歩早突き型
▲3七銀から▲3五歩の交換を狙うのが普通の指し方ですけど、△6四角の瞬間に動くこともできるんですね。それが▲6五歩です。
つまり、角をすぐに追い返しちゃうんです。…ただ、後手にも△6四歩の反発がありますからゆっくりしてはいられません。
更に▲5五歩~▲5八飛~▲6六銀、そして更に▲4六銀!どうですか、この中央の戦力!
(一例)▲6五歩以下、△4二角▲5五歩△5三銀▲5八飛△4三金右▲5四歩△同銀▲6六銀△5三金▲4六銀
『5五の位は天王山』と言いますけど、これほど手厚い攻めもなかなかないですよ!
後手が下手に対応すれば中央から突破を狙うわけです。
それを避けようと中央に戦力を集めて対抗すれば、厚みを築きあげます!
こんな感じですっ!
先手は、▲3七桂~▲2五桂や▲4六角で揺さぶりながら中央も狙う。端が弱いので注意。
先手も後手も手の組み合わせが色々ありまして、矢倉を放棄して△4三金左なんて手もあるみたいですねぇ。力戦になりますけど、手厚い将棋の好きな方にはオススメですよ。
・加藤流▲3七銀
『4六銀・3七桂戦法』の前身みたいな戦型です。銀を4六に出ないで▲1六歩と突いて、後手の出方をみてから方針を決めます。
加藤一二三九段が愛用されていることで有名なんですけど…知ってますよね?
中原―加藤名人戦十番勝負とか…知らない人の方が多い!?えぇ…。
話が逸れてしまいました。先手の基本的な攻め筋は、▲4六銀~▲3七桂の見慣れた形です。これを、いいタイミングで指したいんですね。
図から後手が△7三銀と指せば、そこで▲4六銀です。
こうすると、△4五歩~△4四銀みたいな応援ができないんですよね。
…まあ、それでも△4五歩を突く定跡はあるんですけど。(△6二銀と戻して繰り替える定跡もあります)
△5三銀で守勢に回るなら、雀刺し棒銀で端を狙う…なんてこともできますね。
飛角銀桂香、攻め駒を全て端に集中させるんです。
(次に▲2五桂から殺到する。後手は、△同銀▲同銀△3七角成と端を代償に馬を作る順などがある)
端だけなら破れますけど、後手はそれをいなしてどうか…。
今もよく指されている戦型ですし自分の矢倉を崩さず戦えますから、現代将棋とは相性がいいとナナは思います。
・▲4六角戦法
正直、後手の△6四角って、絶対に働く手なんですよねぇ…。だったら、先手から先に角を出てしまおう!という戦型です。
半分守勢に回るような手なので実戦例は少ないですけど、後手からの手の作り方も難しいんですねぇ。
千日手は流石に嫌ですから、後手の攻めを牽制しながら攻勢をとる将棋になります。
▲3七桂~▲2五桂と跳ねたり、後手が△7三銀から悠長に組めば加藤流の後手より一手得することもできそうですね。
ただ、後手番と同じように▲5七銀から守勢に回ると、攻めが細くなるので仕掛けにくく、千日手の可能性が出てきます。先手は、打開しなければいけませんから。
先手番でも千日手を苦にしない!…という方は棋士にもいらっしゃいますけど少ないですし…。
最近では、今年度棋聖戦の豊島―羽生戦で指されていますねぇ。後手の対応が秀逸で結果は出ませんでしたけど、可能性を感じる内容でした。
・森下システム
その名の通り、森下卓九段含めた矢倉党の皆さんで作り上げられた戦法です。銀を4八の地点で保留して、▲6八角で様子をみて、後手の動向で方針を決めます。
(右銀の態度を決めずに、後手の手に対応していく方針。)
一時期後手の雀刺しに苦しめられましたけど、先手も対策を見つけて組むことができるようになりました。
▲4八銀をそのままにしておくことで、▲5七銀から自玉を手厚く守れるという利点があります。
ただまぁ…受けに回る展開もありますし、明快に攻める順があまりないので受けが好きな人向けですかねぇ。一時期は将棋界を席巻していたんですけど、3七銀戦法に押されていった印象です。ここ最近は復活気味ですね。今後が楽しみなところです。
・脇システム
これまでに触れてきたように、先手矢倉は角の動かし方に屈託するんですよね。
おおざっぱですけど、
▲3五角>△6四角=▲4六角>>▲6八角
という順に働きに差がでるんです。
例えば、▲6八角と上がった瞬間とかをみてもらえると分かりますけど、後手の角の方が断然働いているんですね。
(後手の△6四角は八方を睨み先手の飛車、銀を牽制しているのに対し、先手の▲6八角は7九の状態とほぼ同じ働き)
先手のも将来的に働く角なんですけど、▲6八角自体に意味があまりないんです。玉の入場ルートを作っただけで、将来的に角を動かしたときに、手損になる可能性もあります…。
ならば、△6四角に▲4六角と対抗してはどうか、という話になるんですね。これが脇システムです。…懐かしいですねぇ。
組み合って、先手は棒銀に出たり、3筋から攻めたりします。角交換になることも多いので、▲4一角(△6九角)のような矢倉崩しの角打ちの手筋を覚えておく方がいいですね。
今では三浦九段が愛用されていて、本を出されているので有名です。しかし、最近はあまり指されていないんですよね…。
A級順位戦で羽生先生に土をつけた対局は有名ですけど、電王戦でのGPS新手(図)が尾を引いて、更に△5二金のまま保留する指し方もあって…。少しばかり受難の感はありますねぇ。
(左がGPS新手。△7五歩▲同歩△8四銀で、一見細い攻めが繋がってGPSの快勝)
(右が△5二金保留型。▲4一角のキズがなく、角交換すれば△6四~6五歩の攻めがある)
今期名人戦第4局では羽生先生が先手で採用していますけど、△5二金保留型になり、攻めが切れて敗勢になってしまいましたし…。
(ただ、最後に勝ったのは羽生先生なんですねぇ…。羽生先生はウサミン星以外の、別の星から来ているのではないかと疑いたくなります)
中盤までは同じ形になることも多く、研究がしやすい形ですね。先手がとにかく攻めたいのならオススメだと思います。
・藤井矢倉 (早囲い)
ナナは『藤井システム』が将棋界を、四間飛車の覇権を握ったときの衝撃を昨日のことのように覚えています。四間飛車一本で竜王を取り、『一歩竜王』の羽生―藤井戦は名局でした…。
囲いは後回しにして、相手の陣形をみて動く。急戦にも、持久戦にも互角以上に戦える…。まさに、「システム」なんですねぇ。
…あれからかなりの年月が経ちましたけど、藤井先生は矢倉でも新たな戦型を開拓されました。それがこの戦型です。
この藤井矢倉も、『矢倉版 藤井システム』と言ってもいい戦法なんですよ!
元々、矢倉には『早囲い』というものがありました。玉の入城ルートを
▲6九玉~▲6八角~▲7九玉~▲8八玉 とするのではく、金を動かさずに
▲6八玉~▲7八玉~▲8八玉
と入る戦法なんですけど、▲6八角を省略できる分、通常より1手得するんですよね。アイドルは手損を嫌いますけど、手得には敏感なんですっ!
▲6八角と指さずに囲えるのは魅力的なんですけれど、左金が守りに働いていない時間が長いので、後手急戦に弱いという弱点があったんですねぇ。
例えば、米長流急戦矢倉で比較しますと…。
明らかに、玉が危ないですよね?先手の左金が受けに働いていません。
普通に戦ってほぼ互角の勝負なのに、それより危険なわけですから、一度廃れてしまったんですねぇ。
そこに新風を吹き込んだのが藤井九段なんですっ!方針は以下の通りで――
・できる限り居玉
・相手の方針をみる
・脇システムとの融合
具体的な順としては、先手は、囲いに行くのは一番最後にするんです。飛車先を突いて、角を引いて、ひたすら居玉で待つ。早囲い…という名前が合っているかはさておきですけど。
後手が急戦を選択すれば、▲7八金で普通の形に戻せるんですね。
で、後手が△3一角から囲い合いを選択すれば、早囲いにできるんです。
そして、▲7八玉・▲6八金型に組むのが藤井流。江戸時代に『天野矢倉』と呼ばれていた囲いなんですけど、8筋からの攻めに弱くて廃れていました。しかし!脇システムと融合させた形になると、矢倉崩しの△6九角を打つことができなくなるんです!先手だけの権利になるんですねぇ。
ただし、8筋が弱いので注意も必要です。一長一短ですね。
後の▲4一角~▲6三角成や▲3五歩の攻めがある。一方、後手は△6一角と打てない
これがきっかけで早囲いそのものも見直されまして、今期の名人戦や王将戦でも早囲いが現れていますね。▲6八飛や▲7八飛といった展開も指されています。ただ、このあたりは序盤の一手一手で大きく変化が変わるので、高段者でないと指しこなしにくいです…。
王将戦郷田―羽生戦。この後▲7五歩から攻めて快勝。
藤井矢倉から離れた形も多いですけれど、発想の出発点は藤井九段です。
その後、角交換四間飛車を発展させた藤井先生は、3つの大きな定跡の体系を作り上げたんですっ!普通はありえないことなんですけどねぇ…。ファンが多いのも頷けます。
ナナは矢倉党で居飛車党ですから、藤井システムを相手にするのは大変なんですけど…。愚痴になっちゃいましたね。これだから歳は取りたくない…17歳でも愚痴は言いますっ!
……だいたい、矢倉に組み合う将棋で、先手の手段はこのくらいですねぇ。
『4六銀・3七桂型』が大流行した影響で、他の戦型はここ10年あまり指されていないんです。
…これは他の戦型がダメなのではなくて、プロ棋士は「勝たなくてはいけない」から流行したんですね。
先手は組めば主導権を握って攻めが続く、同じ形になるから研究もできる、その上勝率も良い。勝つためには非常に魅力的な戦型でしたから、指されていったわけです。
ですけど、今は組めなくなってしまいました…。
その間、半分眠っていた形が、今掘り起こされて再検討されているわけです。矢倉独特の力勝負が観られて、ナナは満足しているんですけど。
その眠っている間にも攻めや受けの技術は、指されていた頃より確実に高くなっていますから今後も実戦でいろいろな手が現れるでしょうし、今までの結論がドンドン変わっていくことだってあり得ます。
現に、△4五歩反発型も、20年前に出た「先手良し」の結論が出ていたのが覆って今があるんです。
未知の領域が多く、変化が限りないのが矢倉ですから、可能性も無限大なんですっ!
先手番の場合、何か一つ好きな形を選んで指してみるといいと思いますよ。
後手も、今説明した戦型全部に対して適切に応対するのは大変ですし…、楽しんで指す分にはどの戦型もいいと思います。
それに、負けるときっていうのは、「戦型選択」で負けるわけではなくて「中終盤のミス」でによることがほとんどですから…。
研究勝ちを狙うだけが将棋じゃないですし、むしろ膨大な変化の山の中をさまよう将棋の方が、昔は当たり前だったんです。その分、読みや大局観を養うには、矢倉はもってこいだと思います。
楽しく、将棋を指して上達していく。ナナが少しでもその手助けになれば、これ以上嬉しいことはないのです。
というわけで、ナナの矢倉解説を終わります。ありがとうございましたっ!
ウーサミン♪
……あ、ちょっと!カメラ寄せすぎないで下さい!今日はメイクそんなにしてないんですから!
ナナが好きなのは矢倉ですけど、流石にいくつも戦型を解説するのは大変なんですよ…。
特に10年以上前の戦型になると、ナナも大変で…ウサミン星のデータベースを探し回りました。ですけど、分からない変化も多いです。これに加えて急戦矢倉もありますからね、解説できませんでしたけど。将棋って、難しいですねぇ……。
ただ、こうやって調べていると本当に懐かしくて…。米長先生や中原先生の矢倉も素晴らしいんですよ。飛車先不突き矢倉は田中寅彦九段の手ですし、何だったら急戦も沢山ありました。時代は移り変わりますねぇ…。
あ、もう次のお仕事の時間ですか。それでは、ありがとうございました。
さよなら、さよなら、さよなら~。
(了)
※菜々さんは、永遠の17歳です。(P)
参考対局
・▲3五歩戦法
第86期棋聖戦第2局 羽生―豊島戦
第74期A級順位戦 深浦―広瀬戦
加藤流
第65期B級1組順位戦 渡辺―深浦戦
・▲4六角戦法
第86期棋聖戦第1局 豊島―羽生戦
・脇システム
第71期A級順位戦 三浦―羽生戦
第2期電王戦5回戦 三浦―GPS戦
第73期名人戦第4局 羽生―行方戦
・藤井矢倉(早囲い)
第58期王座戦第2局 藤井―羽生戦
第73期名人戦第1局 行方―羽生戦
第65期王将戦第1局 郷田―羽生戦
……羽生先生の対局は多いですねぇ(ナナ)
参考(になる)書籍
羽生の頭脳文庫本3巻(単行本5,6巻)
佐藤康光の矢倉
安部菜々の一人語り ウサミン星の同型あれこれ
みなさーん、ようこそいらっしゃいました!今回は、ウサミンこと安部菜々がお送りいたします!歌って踊れる声優アイドル、永遠の17歳です!電車で1時間かけてウサミン星からやってきました!よろしくお願いしまーす、キャハ☆
これまでは美波さんとアナスタシアさんがいろいろな形について説明したそうですけど、その美波さんからのご指名なんですよねぇ。なんでも、
「菜々さんが適役だと思うんです。よろしくお願いします」
とのことです。
ウサミン星のデータベースはすごいですから、それに期待してくれているみたいですね。…うぅ、メイドをしながらアイドルを目指していましたけど、こうして皆さんの前に立てる日がくるなんて…!グスッ、すみません、涙腺がゆるんできたんですかね。
さて、今回の解説は、『角換わり腰掛け銀先後同型』についてですっ!
ナナは矢倉の方が好きですけど、居飛車党には避けて通れぬ道でした。
現時点では「先手良し」と言われていますけど、それが分かったのも2011年頃、つまり5年も前の話なんですね。光陰矢の如しとは言いますが…早いですねぇ。
この同型の結論を前提に今の角換わりは進んでいるんですけど、今も詳細を覚えている人は少ないんじゃないかな…とナナは思うわけですよ。
というわけで、同型の歴史と手順をみていこうと思います!
ナナは永遠の17歳ですけど、ウサミン星と交信しているので古い将棋も大丈夫です!
むしろそっちの方が得意…いや、それはおいといて、それではいきますよ!ウーサミン♪
・木村定跡
角換わり同型の歴史は古く江戸時代の頃に原型はあったそうです。
最初に流行したのは昭和初期ですね。ただ、ちょっと形が違うのが分かると思いますけど、互いに玉を入城しているんですよ。
『玉は8八や2二が定位置』っていう認識だったんだと思います。生まれてないので本当のところは分からないですけど…はい。
この頃に言われていたのが、角換わりは『初段が八段に勝てる戦法』というものでして、つまりは格上の相手にも上手く仕掛ければ勝てるという意味なんですねぇ。
当時の棋士はA級八段が最上位だったのでこういう名前がついています。「九段」は当時タイトルだったんですっ!これがのちに十段戦になり、今の竜王戦に発展していくんですねぇ。1期竜王の島九段が懐かし…くないです、生まれてませんから!
それはさておき、この格言を代表するのが『木村定跡』ですね。
この「木村」姓は今の木村一基八段ではなくて、昭和初期の大名人、木村義雄名人のことです。
当時、無敵を誇る木村名人に勝つにはどうすればいいのか。そのために研究されたのが角換わり腰掛け銀で、結論が木村定跡なんですね。
角換わり腰掛け銀は双方の持駒に角がありますから、囲いと攻めの形はほぼこの形しかないんです。
ですから、当時の若手がここから上手く攻める順があれば木村名人にも勝てると考えたわけですね。若い力ってすごいですよねぇ…。
実際に、木村名人は第6期名人戦で塚田正雄九段に敗れているんですね。その実戦も含めて研究され、ついに「後手の投了」まで定跡化された木村定跡が誕生したわけです!これが昭和20年頃だそうですね。ウサミン星のデータべースはカンペキですっ!
……最新型以外は。
完成度の高い定跡としては最初のものと言っていいくらいすごいものなんですけど、今の本にはあまり載ってないんですよねぇ…。
今の先後同型の前に、簡単な解説をしておこうと思います。重要な手筋が満載なんですよ。注目ですっ!
▲4五歩(図)△同歩▲3五歩△4四銀▲7五歩△同歩▲1五歩△同歩▲2四歩△同歩▲同飛△2三歩▲2八飛
先手は4筋、3筋と歩を突きます。▲3五歩を△同歩と取ると、△4四銀のときに▲2四飛で王手銀取りが掛かったりしますから要注意です。基本、腰掛け銀の3筋の歩は取れないものと思って下さい。
なので先に△4四銀とかわします。でも、先手は飛車先の交換ができるようになるんです。
7筋と端を突き捨てて、飛車先を切ります。
さて、ここで重要になるのが7筋の突き捨てです。手番は後手なんですけど、先手の▲7四歩があるから桂を守らなくちゃいけなんですねぇ。同型は、常に桂頭を狙う将棋なんです。
△6三角▲1三歩△同香▲2五桂△1四香▲3四歩△2四歩▲3三桂成
△6三金で守ろうとすると、▲7四歩△同金▲4一角図で敗勢になっちゃいます。でも、角を使わなきゃいけないのはきついですねぇ。
端を攻めたあと、▲3三桂成も重要なポイントですね。歩成から精算しないで、飛車先を通すのが要所です。
△同桂▲2四飛△2三金▲1一角△3二玉▲3三歩成△同銀▲4四桂△同銀▲2三飛成△同玉▲4四角成
飛車を走って、角を打って、一番良いタイミングで桂馬を取り返します。これで技ありが決まりまして、これが最終図。後手の持ち駒は飛車と桂馬だけなので受けが効かず、先手玉は安泰なんですね。後手は、仕掛けられてから受け一方で負けてしまいましたから一本道なんですよ…。
現代的な目線でみると、戦場になる1~3筋に自ら近づいていく△2二玉が悪手なんです。……これが敗着になるあたり、将棋の怖さを感じますけど。
後手は△2二玉と指さずに△6五歩と仕掛ければ逆に攻勢をとれることになるんですね。で、▲8八玉も疑問手となり、省略することになります。
7九、3一の玉で戦いを起こすのが一般的な同型となったわけです。
これ、「升田定跡」って名前がついてるんですよ。若い子は知らないかもしれませんけど……。え、あぁ…ナナはウサミン星のデータベースがあるので知ってたんです!
ただ、いかんせん戦前~戦後にかけての話ですから、ウサミン星のデータをもってしても当時の細かなことは分からないです…。少なくとも、その後角換わりそのものが下火になったみたいですねぇ。後手が待機したときに、当時は千日手になってしまったようです。
これがだいたい昭和中期の話ですねぇ。ここからかなり経過しますが、ある棋士の登場で展開がガラッと変わります。
・谷川浩司(現九段)登場
そう!この方ならナナもよく知ってますから語れますよ!『光速流』谷川浩司九段、現将棋連盟会長です!
谷川九段は居飛車党で、得意としていたのが角換わりなんです!その攻めの切れ味は他の追随を許さず、21歳にして最年少名人に輝きます!
そうなると棋界の流行も角換わりになっていくんですね。後手が待機しても攻め倒してしまう谷川九段の将棋が定跡を一気に発展させ、同型も見直されるんですよ。
いつしか角換わり腰掛け銀=先後同型となり、数年前まで続いていきました。
今度はもっと複雑になりますから、あらましだけ説明していきますね。
・仕掛けは「世に伊奈さん」
▲4五歩△同歩▲2四歩△同歩▲1五歩△同歩▲7五歩△同歩▲3五歩△4四銀▲2四飛△2三歩▲2九飛
升田定跡基本図から、4筋、2筋、1筋、7筋、3筋と突き捨てていきます。
この順番が大切で、例えば3筋を最初に突くと△同歩~△3六歩と桂馬が死んじゃうんです。
語呂合わせで『世に伊奈さん』とか言います。棋士に伊奈六段と言う方がいらっしゃるので、そう言うようですねぇ。
『世にウサミン17さい♪』とかでもいいですよ?
……分かりにくいですか、そうですか…。
それはともかく、▲3五歩に△4四銀とかわして1歩交換になります。このとき、やはり桂頭を守らないといけないんですが…。
△6三金▲1二歩△同香▲1一角(右図)
今度は金で守れるんですねぇ。先手は▲4一角と打てませんから。別の攻め筋を考えないといけません。
それが▲1二歩~▲1一角の丸山新手で、好手なんですっ!
この手自体は銀取りですけど、受ける手段が難しいんですね。△3五銀▲4五銀から攻め合いにしても▲3三歩などで攻め勝てますし。形を崩さず受けるなら△2二角くらいしかありません。
しかし!△2二角▲同角成△同玉と進むと、
1、香車をつり上げ 2、玉を2二へ誘導する
この2つを1歩捨てるだけで達成できるのですよ!まさに一石二鳥…いや、一歩二手の好手ですっ!
この展開は、ほぼ調べ尽くされて同型は先手良しと思われていました。そして、同型が下火になるんですね。
でもこれ、1990年代後半の話なんです。ナナもよく覚えていま…あっ……いませんよ?
同型は2010年頃まで指され続けます。つまり、再燃するんですね。
実は、この▲1一角の局面、「後手良し」なんです…。
沢山の棋士が調べ上げた「先手良し」の結論を、二人のトッププロがひっくり返しました。その、重要な2局を観ていきましょう。
羽生―佐藤戦(第27期棋王戦第4局)平成24年3月8日
(再掲)
▲1一角以下
△3五銀▲4五銀△2二角▲3三歩△同金▲2二角成△同玉▲5四銀△同歩▲4五桂
えーと…何をしたかといいますと、ダメと言われていた△3五銀と△2二角を組み合わせたんですよ。
口で言うと簡単ですけど、沢山の棋士が思いつかなかった、発想すらなかったであろう手順なんです!
結果は佐藤九段の負けなのですけど…。
先手は攻めるしかありませんから、必死に手を作ります。以下
△3二金▲4一角△7四角▲2八飛△4二飛▲1一銀!
先手は歩切れで攻めが難しいと思うところですけど、何せ羽生名人ですからねぇ。あれよあれよという間に攻めを繋いで、難しい勝負にしてしまいます。その後佐藤九段にミスもあって、新手は実らなかったんですね…。
しかぁし!この新手を発展させ、完成させた強者が出現します!他の人が引き継いで完成させる…、まるで少年マンガみたいですね!
それは、この対局の5ヶ月後のことでした。
谷川―羽生戦(第43期王位戦第4局)平成14年8月19、20日
▲4五桂以下
△2四金▲5三桂成△同金▲7一角△5二飛▲6一銀△5一飛▲6二角成
△4二銀▲5一馬△同銀
…はい、改良したのは羽生さんです。それも角換わりのエキスパート、谷川九段を相手にです。対局相手の新手を改良して、完成させてしまいました。
当たり前のようにすごいことをする人ですよねぇ…。
▲4五桂に△2四金と逃げたのが工夫で、普通は悪形としたものなんですけど…。
今回は『場合の好形』というもので、▲1三玉と逃げたときの耐久力がすごいんですね。上部に厚いんです。
先手の谷川九段も必死に攻めますけど、ここまでくると、持ち駒が飛車一枚では攻めが切れていますね。
その後羽生さんが的確に反撃して勝利。これによって、「手目▲1一角は後手良し」となりました。一度出かけた結論が覆されて、また同型の将棋が盛り上がっていくのですねぇ。
その後、飛車を2六に引いたり(△3五銀から後手良しの結論)
先に▲3四歩と歩を取ったり(手番が後手に回る)
いろいろな工夫が指されましたけど、先手の攻めが緩むと△7五歩や△8六歩の反撃が厳しいんですよねぇ。後手は歩を沢山持っていますから、反撃の戦力には事欠かないんです。
そして先の羽生―谷川戦から7年(!)経って、先後同型の決定版と言われる『富岡新手』が登場します!さあ、クライマックスです!
・富岡流
△6三金以下
▲1一歩△同香▲3四歩△3八角▲3九飛△2七角成▲1二歩△同香▲1一角△2八馬
ここまでは、前例で「飛車をいじめて後手良し」と言われていた順です。
ここから3手が富岡流ですっ!必見!
▲4四角成!△3九馬▲2二歩!
まず飛車を見捨てて▲4四角成。これもすごい手ですが、まだ前例があります。そして更に▲2二歩!これで先手の攻めが決まるんですっ!すごすぎますねぇ…。
この後の手順もすごいのですけど、難しいところばかりですので流してもらってもいいですよ。
▲2二歩以下
△同金▲3三銀△同桂▲同歩成△4一玉▲2二と△4九馬▲7四桂
△同金▲5三馬△5八馬▲7二歩△同飛▲6二金△4二金▲4五桂
△5三金▲同桂成△6二飛▲同成桂
▲2二歩の効果で、▲3三銀を手抜けないんです。単に銀を打つと放置できるんですねぇ。(▲3二銀成に△同飛で大変)
△3三同桂が棋聖戦羽生―深浦戦で出た手で、先手の攻めを遅らせようというもの。
以下の手順はその後研究されて、A級順位戦 渡辺―郷田戦で出た順なのですけど、後手からすると一直線なんですね。▲7四桂で金を無力化し、飛車を近づけて、桂馬も活用して…。
最終的に、後手玉は必至になります。あとは、先手玉が詰むかどうかなんですが…。
△6八銀▲8八玉(投了図)
……詰まないんですねぇ、これが。△6八銀に▲同銀は△9七角!で詰んでしまいます。
ですけど▲8八玉でわずかに詰まないんです。変化は多いですし、間違えると頓死しますがギリギリのがれているんです…。
ちなみに、羽生さんは棋聖戦でこの局面まで思い浮かべ、「先手玉が絶対詰んでしまうから」と指さずに変化したようです。
普通は詰むとしたものですが、それよりも△3三同桂の局面で、ここまで読んで判断する羽生さんって……。(この順をダメと判断して、棋聖戦では△4一玉に▲4五桂と変化しています。結果は勝ち)
長くなりましたのでまとめると、
「升田定跡は富岡流で一直線に攻めたとき、後手玉が必至、先手玉が僅かに詰まないので先手勝ちだろう」
ということになりました。
もっと手前で△8六歩を突くとか、△8一飛と引くとかの変化はできるのですけど、苦しいことに変わりはないみたいです。
……同型の将棋が指されてから半世紀を超えて、ようやく一つの見解が出たという感じですかね。この結論を元に、端歩保留のような後手の工夫がうまれていきました。
そのあたりは美波ちゃんが解説してるみたいですから、余裕があったらみてみると面白いかもしれません。
…富岡流そのものは100手にも満たない長さですけど、ここに至るまでに沢山の棋士が、何百もの対局と膨大な研究をもって挑んできた歴史があります。その結晶なんですね。
結論から5年が経ちますけど、ナナはこういう順が記録や記憶に残ってほしいと願っているのですよ。
今の流行系だけ研究しても勝てるでしょうし、そもそも古い将棋が指されることは非常に少ないですけど、こういう積み重ねの上に今の将棋があることを忘れちゃいけないとナナは思います。
……すいません、年寄りじみたことを……な、ナナは永遠の17歳ですけどっ!
ということで、長くなりましたけど今回のナナの講座を終了します。ありがとうございました!ウーサミン♪
…………ハァ……ハァ……。これで終わりですよね、プロデューサー。ちゃんと録画できてますよね?
事務所に大盤を用意するのはいいんですけど、ナナは上の方に手を伸ばすの大変なんですよ。腰がきついです…。
あと、ナナは矢倉の方が得意なんですよ。美波ちゃんの講座の補完だから角換わりについてウサミン星のデータベースを調べまくりましたけど…。
え、『じゃあ、今度矢倉やりましょう』?いや、矢倉と言っても色んな形がありますから…。
ぜ、全部ですか?あ、いや…流石にナナの体力が…。
そ、そういえばっ!これから編集して発表するんですよね?ナナは機械には疎いので…。文字起こしとか、局面図とか、いろいろなことはプロデューサーさんに全部お願いしますっ!
今後は、また今度打ち合わせしましょう!失礼しました~!
(追記)プロデューサーが、将棋界の一番長い日に合わせて投稿してくれました。
ナナは折角解説したのですから、角換わりも見たかったですけど…仕方ないですね。
それよりも、蘭子さんの事務所の文香さん、すごかったですねぇ…。
ナナも面白そうだと思いましたけど、体力が持たないです…。あと眼精疲労が……って、老眼じゃないですっ!17歳ですからっ!
とにかく、皆さんお疲れ様でした。これからも勝負の世界は続いていくので、よろしくおねがいしますっ!ぶいっ☆
(了)
参考対局
丸山―米長戦(王位戦平成4年12月)
羽生―佐藤戦(第27期棋王戦第4局)
谷川―羽生戦(第43期王位戦第4局)
富岡―金井戦(朝日杯平成21年7月)
羽生―深浦戦(第81期棋聖戦第2局)
渡辺ー郷田戦(A級順位戦平成23年6月)
参考手順
木村定跡
▲7六歩 △8四歩 ▲2六歩 △8五歩 ▲7七角 △3四歩
▲8八銀 △3二金 ▲7八金 △7七角成 ▲同 銀 △4二銀
▲3八銀 △7二銀 ▲9六歩 △9四歩 ▲4六歩 △6四歩
▲4七銀 △6三銀 ▲5八金 △5二金 ▲6八玉 △4一玉
▲5六銀 △5四銀 ▲7九玉 △3一玉 ▲1六歩 △1四歩
▲3六歩 △7四歩 ▲3七桂 △7三桂 ▲6六歩 △4四歩
▲2五歩 △3三銀 ▲8八玉 △2二玉 ▲4五歩 △同 歩
▲3五歩 △4四銀 ▲7五歩 △同 歩 ▲2四歩 △同 歩
▲同 飛 △2三歩 ▲2八飛 △6三角 ▲1五歩 △同 歩
▲1三歩 △同 香 ▲2五桂 △1四香 ▲3四歩 △2四歩
▲3三桂成 △同 桂 ▲2四飛 △2三金 ▲1一角 △3二玉
▲3三歩成 △同 銀▲4四桂 △同 銀 ▲2三飛成 △同 玉
▲4四角成 まで先手勝ち まで73手
富岡流決定版
▲7六歩 △8四歩 ▲2六歩 △8五歩 ▲7七角 △3四歩
▲8八銀 △3二金 ▲7八金 △7七角成 ▲同 銀 △4二銀
▲3八銀 △7二銀 ▲9六歩 △9四歩 ▲4六歩 △6四歩
▲4七銀 △6三銀 ▲5八金 △5二金 ▲6八玉 △4一玉
▲5六銀 △5四銀 ▲7九玉 △3一玉 ▲1六歩 △1四歩
▲3六歩 △7四歩 ▲3七桂 △7三桂 ▲6六歩 △4四歩
▲2五歩 △3三銀 ▲4五歩 △同 歩 ▲2四歩 △同 歩
▲1五歩 △同 歩 ▲7五歩 △同 歩 ▲3五歩 △4四銀
▲2四飛 △2三歩 ▲2九飛 △6三金 ▲1二歩 △同 香
▲3四歩 △3八角 ▲3九飛 △2七角成 ▲1一角 △2八馬
▲4四角成 △3九馬 ▲2二歩 △同 金 ▲3三銀 △同 桂
▲同歩成 △4一玉 ▲2二と △4九馬 ▲7四桂 △同 金
▲5三馬 △5八馬 ▲7二歩 △同 飛 ▲6二金 △4二金
▲4五桂 △5三金 ▲同桂成 △6二飛 ▲同成桂 △6八銀
▲8八玉 以下先手玉不詰め 85手まで
新田美波の定跡解説 角換わり腰掛け銀の変遷
もう、アーニャちゃん、誤解を招く言い方はやめてよ…。
「シト?アーニャ、何かおかしなこと言いましたか?」
だってあの後、菜々さんに追いついて事情を説明しようとしたら、
『問題ないです。ミナミは、攻めと受けをイチからアーニャに教えてくれただけですね』
って。菜々さんの笑顔が更に引きつってたよ?
「ンー、日本語は難しいです…」
…また私が教えるから、ね?
「ズドーラヴァ!ミナミはやさしいです」
菜々さんも最後は分かってくれたみたいだけど……あ、プロデューサーさん、おはようございます。
「ドーブラエ ウートラ!おはよう、ですね」
今日のお仕事は…って、企画書ですか?私の?
『前の講座が好評だったから、企画を通してきた』って……えぇ?
「ハラショー!ミナミの講義、また聞けますね」
ちょっと待ってください、私、まだ何も準備が…
「アーニャ、まだ分からないこと沢山ありますね。ミナミに教えてほしいです」
アーニャちゃんまで…もう。分かりました、引き受けます。
「ミナミ、ルカパジャーチィ!」
アーニャちゃん、プロデューサーさんの前でハグはちょっと…。
「ジャールカ…ミナミは奥手すぎますね。ロシアではハグくらい普通です」
どこで覚えたの、その日本語…。あ、プロデューサーさんすみません、企画書の話でしたよね。
内容と日程はあとで打ち合わせをするからいいですけど…念のため言っておきますがプロデューサー、解説なので衣装はいりませんからね?
露出の高い衣装は、ライブとCDの水着で十分です!
(数日後)
ということで、また講義をすることになりました。よろしくお願いします。
「パジャールスタ、ミナミが先生なら、何度でも講義、受けたいです」
もう…最初くらいちゃんとやろうよ、アーニャちゃん。
今日のテーマは、アーニャちゃんの希望で角換わりについてだね。
「ダー、最近、他のみんながこんな形で戦っていますね。でも、『角換わりの端歩は受けるもの』と教わりましたし、棋士もずっと端歩を突いていました。どうして、この形になったのか分からないです。あと、どう戦えばいいのですか?」
うん、この端歩保留型は新しい形で結論も出てないけれど、ここに至るまでの経緯から話していこうかな。
……あ、そうだ、テーマ書かなきゃ。
講義『角換わりと端歩の関係』
角換わりって銀の使い方で3つに分かれるのだけど、アーニャちゃん分かる?
「ダー、棒銀、早繰り銀、腰掛け銀ですね」
そう、大体こんな感じかな。この中でも、今回のテーマになるのは『相腰掛け銀』ね。
「なぜ、これが人気なのですか?」
うーん…具体的な説明は難しいけど、先手は主導権を握って攻めたいのね?でも、棒銀や早繰り銀は攻めがある意味単調で、最善で受けられると大変なの。
局面でみると分かるけど、飛、角、銀だけの仕掛けになるでしょう?
「ヤー、ほんとですね。」
腰掛け銀は桂馬も活用できるから、攻めの幅が大きく広がるの。
NHK杯の有名な「▲5二銀」とか、昔は棒銀が流行したこともあったみたいだけど、今の先手は腰掛け銀が大多数かな。
「ンー、みんな同じ形なのですか?他の戦型だと、囲いや攻めに色々なヴィリデューカ…変化がありますよね?」
他の戦型と違って、必ず持駒に角があるから、駒組みが制限されるの。隙を見せると角を打たれて馬を作られたりするから、変化は難しいかな。
玉を飛車に近づけていく『右玉』っていう選択肢はあるけれど、特殊な扱いで玉も薄いから省略するね。
さて、相腰掛け銀を説明する上で重要なのが、『先後同型』ね。この局面が軸になって定跡が進化してきた…と言っても過言じゃないくらい重要な形なの。
「先手も、後手も、同じ形をしてますね」
そう、互いに角打ちの隙をみせずに囲って攻めの形を作ると、この形になるのね。
「カローリ…玉はこの位置なんですか?」
昭和中期くらいまでは、ここから▲8八玉△2二玉と囲ってから先手が攻めてたのだけど、
昭和30年代くらいに先手勝ちの結論が出てるね。『木村定跡』って名前で有名なんだけど、後手の投了まで定跡化されてる定跡ってことで有名かな。
「ダーティシトー!そんなにはっきりしているのですか?」
細かな手順は省略するけど…
・玉を上がると、飛車の攻めを直接受けてしまうこと
・端攻めの効果が増してしまうこと
・▲4一角の隙があること
これが後手にとってマイナスで、先手の攻めを受けきれないの。だから、△3一玉の形の方がいいというわけ。
「ミナミに攻め倒されるのですか…大変そうですね」
定跡を並べやすいから、私が先手側にいるだけだからね?
…そうなると、『先手が▲8八玉と上がった瞬間に仕掛ければ逆に後手が勝てるのではないか』という話になって、先手も▲7九玉のままになる。
こうして、先後同型はこの局面になったの。羽生世代が棋士になったときには既に指されていたみたいだね。
「そんなに古い形なのですか」
その後、角換わり腰掛け銀の代名詞になったんだけど、難しい変化ばかりで…。最終的に「先手勝ち」だろうという評価が出たのが2011年の羽生―深浦戦ね。
この対局の変化で一直線に攻めたとき、最後に先手がギリギリ詰まないという研究が出たの。局面はこんな感じなんだけど。
「ミナミ、今日は手順はやらないのですか?」
50年以上の歴史があるから変化も多くて、説明するとキリがないのね。それだけでこの講座が終わっちゃうかな。
あと、昔の将棋を語るなら適役の人がいると思うし…。
「シト?」
とにかく、ここでずっと続いた【角換わり=先後同型】が崩れてしまったのね。
そうなると後手は困っちゃうわけ。ちょっとホワイトボードにまとめると、
<2手目△8四歩問題>
相居飛車戦で初手▲7六歩に△8四歩と突く
→先手は矢倉か角換わりかを選択できる
→先後同型で勝てるから、先手は角換わりを選択する
→後手は、△8四歩と突けない
居飛車の後手で狙える戦法ってこれ以外に横歩取りと一手損角換わりくらいだから、とても大変な事態になったのね。
現に、この時期の後手で2手目△8四歩と突く将棋はかなり少ないの。
「そんなことがあったんですか。将棋って、突き詰めると怖いですね」
…少し、異常な世界かもしれないね。
でも、後手で作戦が限られるっていうのは、勝たないと生計が成り立たない棋士にとって深刻な問題で、ここから「角換わり後手番」の模索が続くのね。
具体的な対策で生まれたのがこんな感じ。
<角換わり後手の対策>
・△7三歩型…同型で弱点だった桂頭を何とかするため、桂馬を跳ねない。しかし反撃に乏しい。
・△6五歩型…△6四角をみせつつ、先手の攻めを牽制。千日手狙い。手待ち合戦も。
・△7四歩型…反撃の味をみせる。ただ、▲2八角や▲6四角で飛車を狙われる筋も。
・端歩保留型…9筋を突かずに先攻を狙う。最新型。
例外
・一手損角換わり…飛車先を突いていないから、△8五桂の反撃がある。ただ、先手は早繰り銀や棒銀が有効になるので全く別の将棋になる。
今の角換わり腰掛け銀はいろんな形があって分かりにくいけれど、どれも
・いかに先後同型を避けつつ、勝負に持ち込むか
という方針で一致しているわけ。順番に説明するね。
・△7三歩型
この形自体は中原十六世名人が指されているそうだから昔からあるのだけど、同型の苦戦を経てまた復活した形になるの。
同型の将棋では、攻めの準備で跳ねた桂馬の頭を狙われて先手の攻めが続いたから、弱点をみせないで戦う方針ね。
「後手のスロバストゥ…弱点が見えませんね。先手はどうするのですか?」
うん、下手な攻めは通用しない形なんだけど、後手は桂馬がまったく働いてないから攻めることができないのね。
だから、先手は攻めの準備を整えて、一番いいタイミングで仕掛ければいいというわけ。
後手も穴熊に組み換えたり色々工夫をするのだけど、端攻めに遭ったりしてどうも上手くいかない印象があるみたい。
「主導権、先手にありますね。ミナミに一方的に攻められるのは大変です」
…アーニャちゃんがいる後手側からすると、『先手の攻めを切らさないと勝てない』というのが大変なところかな。
いいタイミングで△6五歩とか、△7五歩みたいに反撃できないの。桂馬を跳ねる余地がないから。
「ンー、後手が大変そうにみえてきました」
うん、だからこの形は今はあまり指されていないね。次の形を見てみようか。
「ダー」
・△6五歩型
これも守り重視なんだけど、『仕掛けすら許さない』っていう強い主張の形かな。
「後手が位をとってますね。…ちょっとヘンな形です」
さっきの△7三歩に加えて6筋の位を取ってるけれど、案外あなどれない形でね、この形の究極の狙いは千日手なの。
「ヴォフタディーニャ…繰り返し、ですか?」
うん。もし普通に▲4五歩と攻めようとすると△6四角の反撃が厳しいのね。▲4七金で守っても△4五歩のときに桂馬で取れないし…。
「先手の攻めがニェウダーチャ…失敗ですね」
うん。だから先手は▲6八飛として反発をみせたり、▲6九飛~▲2九飛としてもう一度▲2八飛の形に戻したり、パズルみたいな手待ちをして、後手の最善型を崩しにくのね。すごく難しいから省略するけど、上手く仕掛ければ先手もやれるという認識になるわけ。それだったら…
「それだったら?」
わざわざ主導権を放棄する意味がなくなっちゃうのね。
「『元も子もない』、ですか」
そう、千日手なら先後入れ替えで指し直しになるけど、「がんばって千日手」っていうのも面白くないし…。
というわけで、「反撃や仕掛けを狙える形で指せないか」ということになったの。次がその形ね。
・△7三桂保留型(3三銀早上がり型)
「今度は△7四歩を突いていますね?」
そう、これだけで全く違う展開になるのが、将棋の怖いところかな。
この形の利点は、
・△6五歩や△7五歩といった反撃があること
・桂頭を狙う仕掛けがないこと
この二つが一番大きいんだけど、もちろん問題点もあって、
・後手の飛車がいじめられること
これに尽きるかな。
「ンー、どういうこと、ですか?」
例えば、△6五歩の瞬間に▲6四角が飛車取りになったりするの。
(以下△9二飛▲4五歩△同歩▲同桂△4四銀▲6五歩などで攻め合い)
▲2八角と打っておいて、▲4五歩の攻めを厳しくする手も数年前は指されていたね。
「『自陣に角を打つ自信』…ですか?」
…それ、だれから聞いたの?
「楓さんが、言ってましたね。勉強になりました。他にも…『角交換には、好感がもてる』とか。」
アーニャちゃん…楓さんの日本語だけ覚えちゃダメだからね?
…他にも△2四銀から先手の桂頭を狙ったり、いろいろな手段が先手にも後手にもあるんだけど、後手の苦労が多いことには変わりないの。
『正確に先手の攻めを受け止めて、薄い自玉に気を付けながら反撃して勝つ』
って、とても大変なの。特に、終盤は持ち時間も少ないから後手が『勝ちにくい』ことは確かね。
「実戦的に、ということですか」
そう、でも普通に指すと先手が一手早いわけだから、先に攻めるには何かを省略しなくちゃいけない。そこで生まれたのが、端歩保留型というわけ。
まだ未開拓の分野だけど、少しだけ説明するね。
「ダー、楽しみです♪」
・端歩保留型
これは、先手が▲9六歩を突いたときに、端を放置して組み合うということだね。
「この頃、よく見ます。一気に広まったように思いますね」
でも、最初はそこまで重くみてなかったというか…。
先手が端を絡めて手順を尽くしてやっと勝てるような仕掛けを、後手が端を絡めずにやって勝てるのか…みたいな。ちょっと先攻してはいるけれど軽い攻めに見えるのね。
「ダー…確かに、これで先手が一気に負ける気はしないですね」
だから、初期は▲9五歩と突く手が主眼だったかな。
端歩を突きこして、後手の攻めを誘ってる…とも言えるかもね。『攻めきれないでしょう?』ってね。
「アーニャ、分かりました。ミナミの誘い受け、ですね」
…確かに間違ってないんだけど、それだと語弊が…。どう説明すればいいのかな…?
「ミナミ、これで攻めきることはできますか?」
確かに同型の将棋で、先手は細い攻めを手順を尽くしてギリギリ繋いでいたのだけど、この場合は後手の先攻している得がかなり大きいのね。
「シト?」
これまでの角換わりって、『先手が一方的に攻め続けるもの』だったから、先手玉って安泰なの。でも、先攻されると囲いに嫌味がつくでしょ?強い攻めが指しにくくなるってこと。沢山駒を渡したら、自玉が詰んじゃうかもしれないし。
実際、先手が連敗した時期もあるのね。特に、棋王戦のトーナメントで羽生名人が先手を持って負けたり…。
その将棋は、先手玉が右辺に逃げなきゃならなくなって、▲9五歩が一手パスみたいになってしまったのが大きかったの。玉の逃げ道として、機能しなかったのね。
先攻できる得が、かなり大きいって分かってきた感じかな。
「そういえば、ちょっと前に『楓新手』って言葉、聞きましたね。それも端歩保留でした」
それはね、先手が▲9五歩を突かないで攻め合いを選択したときの話なんだけど…、
後手は先攻できるけど、先手も▲2四歩から反撃して難解な攻め合いになるというのが大体の展開ね。
この▲5四銀が厳しくて、以下先手勝ちという結論が出たってところかな。(棋王戦佐藤天ー阿部健戦)
この手順や変化は、他の事務所で詳しくされているから割愛するね。
でも、一つだけ。この▲5四銀を対局で実際に指したのは佐藤天彦八段だから、用語として使うときは気をつけてね。
「ダー、分かりました」
後手も途中で変化できるから難しいところもあるけど、先手の手段は
・▲9五歩と突いて受け身に回るか
・▲9四歩のまま攻め合いにするか
こんな感じかな。今やっている王将戦でも端歩保留が出たし、▲9四歩型で後手が右四間で攻めたり…。まだまだ未解決の分野かな。
今回はいろんな形をみてきたから大変だったかもしれないけど、
『角換わり腰掛け銀は後手が苦労している』
ってことが分かってもらえたら嬉しいな。もちろん、先手を持って正しく攻め勝つのも大変なんだけどね。
棋士からすると、同じ形になりやすくて、研究しやすいことが魅力でもあるみたい。
「ダー、分かりました。角換わりはすごくトンカヤ…繊細ですね。同じような形でも、歩や桂馬の位置が違うだけで別世界です」
そうだね、このわずかな形の違いを把握しながら指しこなしてる棋士の方は本当にすごいと思うよ。
でも、これを全部暗記しなきゃ角換わりが指せないわけじゃないから、気楽に指してほしいかな。まず、将棋を楽しまないと。
「そうですね。アーニャもミナミと指すの、楽しいです」
知識として知ってるのも重要だけど、実際に局面を前にして真剣に読まないと分からないことも多いから、指してみることも大切だね。
巴ちゃんは、ネット対戦をよくやっているみたいだし、自分に合った上達法を見つけるのが一番いいかな。
ということで、今回の講座はこれで終了です。ありがとうございました。
「バリショーエ スパシーバ!ありがとうございました、ですね」
これから、どうしようか。じゃあ、今日は日本語の勉強もやっておこうかな…。
「ミナミ、日本語で、聞きたいことがあります」
ん?何か分からないことがあったら教えて、アーニャちゃん。
「前にテレビで角換わりの解説、観てましたね。そうしたら、『桂』と書かれた駒を持って、棋士が言いましたね。『このカツラを取りたい』って、何度も。どういうことですか?『ケイ』と読むはずです」
ん……アーニャちゃん、その時の解説って誰だった?
「佐藤紳七段と、橋本八段ですね。何か関係があるのですか?」
あるというか、あの二人しかないというか…。
「シトー?どういうことですか?カツラが何か関係ありますか?」
ちょっと言いにくいっていうか…私だって女の子だし…。
「アー、分かりました。自分で調べますね。他の質問ならいいですか?」
それなら大丈夫かな、どんなこと?
「さっきミナミが微妙な顔をした『誘い受け』って、何か別の意味があるのですか?」
え、えーと…きょ、今日のところはやっぱりやめておこうかな、また今度にしましょう!
それではお疲れ様でした~!
ガチャ バタン
「ニェート!ミナミ、逃げないでください。正しい日本語、教えてください。何で穴熊で桂馬を跳ねると『パンツを脱ぐ』って……」
ガチャ バタン
(了)
参考対局
第41期棋王戦挑戦者決定トーナメント 佐藤天―阿部健戦
同 羽生―阿部健戦
第81期棋聖戦第1局 羽生―深浦戦
第63期王将戦第5局 渡辺―羽生戦
第83期棋聖戦第2局 羽生ー中村太戦
その他沢山の角換わり対局
楓新手参考資料
『盤上のシンデレラ ~安部菜々と地獄の検討室~ 第4局
http://www.nicovideo.jp/watch/sm27631647』
新田美波の定跡解説 矢倉91手組ができるまで
「ミナミ、ちょっといいですか?」
どうしたの?アーニャちゃん
「アー、矢倉の勉強をしていたのですが、これを見てくれますか?」
うん?…矢倉91手組だね。これがどうしたの?
「ダー、そうですが…これ、91手も先まで定跡ですか?ヴィリデューカ…変化できなかったのですか?」
うーん、そうだね…。ここに至るまではいろいろあったけど、ここで説明するには用意も時間も足りないかな。
「そうですか…」
少なくとも、盤と駒を用意して実際に――あ、プロデューサーさん、どうしたんですか?
……『今度の企画はそれにしましょう』?
「シト、どういうことですか?」
~~プロデューサー説明中~~
つまり他の事務所のように将棋で何か企画を…と、ネタを探していたんですか。
「いい考えですね。ミナミにレクツゥィア…講義してもらいましょう!」
アーニャちゃん、いくらなんでもそれは…。私は大学生だから、講義を聴く側だよ?
「アーニャ、ミナミの講義、聴きたいです。ダメ、ですか?」
いや、ダメじゃないけど…。
「じゃあ、やりましょう!」
そんな強引に…ってプロデューサー!『グラビアの衣装で講義しましょう』とか、やめて下さい!アイドルは、コスプレが本業じゃないんですからー!
(数日後、事務所の1室にて)
では、講義『なぜ矢倉91手組は生まれたのか』を始めたいと思います。
「パジャールスタ、よろしくお願いしますね、ミナミ」
こちらこそ、お願いするね。アーニャちゃん。
こんな風に教えるのって初めてだから、ミスコンより緊張しちゃうな。
「ミナミ、今日は先生です。堂々としていいですね」
そうだね、がんばろう!
最初に『矢倉91手組』って、『先手4六銀・3七桂戦法』の定跡ってことは分かる?
「ダー、矢倉で1番有名だと思いますね」
そうだね、実戦例も一番多いんじゃないかな。
「パツシィー・アーンゲル…堕天使のスターリ…鋼の刃の活躍を…」
アーニャちゃん、蘭子ちゃん語とロシア語を混ぜるのやめよ?
「ランコも将棋、強いですね。熊本弁、教えてもらいました」
…続けるね。この局面が重要なテーマになるの。
ここまでにも沢山の変化があるのだけど、何冊も本が書けちゃうぐらい大量に存在するから省略するね。
方針としては後手は角で先手を牽制して、先手はそれを避けながら攻撃の準備をしているところ。
「ここから、どうするのですか?」
ここで、後手の指し手はほぼ2通りだね。…ちょっとホワイトボード使うね。
・△8五歩…先手玉への圧力をかける手。矢倉穴熊に潜られる可能性も。
・△9五歩…穴熊にするなら端攻めも見せる。ある意味欲張りな手。
前者なら、難しくはあるけれどが穴熊の▲9九玉が遠くて、後手が苦労しやすいかな。
アーニャちゃん、それどこで覚えたの?
穴熊は棋士にとっても厄介なもので、矢倉の穴熊は特に普通の矢倉崩しが効かない場合が多いの。普通の矢倉なら詰めろになる筈の手が詰めろじゃなくなったりね。「王手にならない」から。
「パニャートナ、なるほど。だから穴熊を避けたいのですか」
先手の手を制限する意味でも、△9五歩も妥当ね。後手からの端攻めがあるから、先手は穴熊に組めないの。
でもここで先手が攻めようと上の図から▲2五桂とすると、△4五歩と突かれて以下こんな感じで…銀を取られて馬が作られて先手が好ましくないと言われてるのね。
これはこれで、結構難しいんだけどね。
(左から、▲同銀△1九角成▲4六角△同馬▲同歩△5九角▲3七角△同角成▲同飛△1九角▲3八飛△4六角成)
「では、どうするのですか?」
ここで手待ちしたり、色々な試行錯誤があったんだけど、45手目▲6五歩が「宮田新手」で定跡が一気に進歩するの。
これが平成14年…もう10年以上前のことなんだけどね。
「シト、自分から囲いを崩すのですか?プラーウダ リー エータ?」
ちゃんと説明すると長くなるけど…、△8五歩▲2五桂△4五歩から同じように進めると、途中で▲6六角と王手で角を打てるのね。
これが厳しくて、合駒が効かないから△1二玉しかないけど▲1五歩で敗勢になるの。
「ンー、厳しいですね。ミナミにめちゃくちゃにされてしまいます」
…確かに盤の後手側にアーニャちゃんがいるけど、将棋の話だからね?
変化はあるけど、△4五歩と▲6六角の相性が悪い…と言えばいいのかな。
……でも宮田新手に△6四歩も先手に歩を渡しちゃうから上手くいかなくて、後手も固めて待つことになるのね。▲3五歩から仕掛けてこうなるの。
で、この▲1五歩を取るか取らないかが重要なんだけど…。
「どちらがいいのですか?」
うーん、この形の流れをおおざっぱに説明するとね、(ホワイトボードに書く)
「△同歩」期~素直に応接する。しかし、先手の攻めを振りほどくのは容易でなく、別の手段を模索。
↓
「△3七銀」期~銀のクリンチ。ここから91手組へと発展していく。
↓
「新△同歩」期~明快な結論は出ず。
最後は結論があいまいだからあまり触れないけど、こうなるかな。
「シト…△同歩が大変なのですか?まだまだ難しく見えます」
うん、大変だよ。実際、「結論らしきもの」が出るまで沢山の実戦例があるしね。
▲1五歩△同歩に▲6四歩が宮田新手のもう一つの狙いで、▲同角で角を近づけておくのね。
そうすると、飛車を走って▲6五飛と展開する手が生まれるの。
「角を呼び出したから…ですね」
そう。後手も反発してこんな感じ。先手の端も怖いけど、ここで▲1二歩と叩く新手が出るのね。(羽生ー木村戦)
(▲1五歩以下、△同歩▲6四歩△同角▲3五飛△2四銀▲6五飛△7三桂▲6六飛△9六歩▲同歩△9七歩▲1二歩)
このタイミングだと取るしかなくて、その後攻め合ったときに先手の端攻めが厳しくなる。実際、この後▲1三歩が決まって先手が攻め勝ってるね。
この辺りから普通に受けていては勝てないという、認識が広まった感じかな。変化は色々あるけれど。
「ミナミの攻め、厳しいです。息をつくひまもないですね」
将棋、将棋の話だから!
……で、91手組への道△3七銀が出てくるの。アーニャちゃん、この手の狙い、分かる?
「アー、飛車をいじめてますね。ミナミの大切なものが取られてしまいそうです」
アーニャちゃん、言い方…。まあ、飛車をいじめながら先手の桂馬も狙っている手だね。
△3七銀が出た後、後手が何連勝もするのだけど、その流れを変えて91手組のベースを作り上げた対局があるのね。それが羽生―渡辺戦、しかも3局!
「なんだか、すごい話です…」
羽生―渡辺戦は、矢倉の定跡を作りだした名勝負だと思うよ。
先手は忙しいのだけど、ここで羽生さんが▲1五香の新手を出すの。駒損だけど、攻めが続けばいいっていう発想。
対局自体は、後手の反撃に会って負けちゃうんだけど…。
新手って、必ずしも結果が出るわけじゃないのよね。
「そうなのですか…」
でも、それで終わる人じゃない!今度はNHK杯戦準決勝で同じ形に。飛車を見捨てて攻め続けて、先手の快勝!
「スパシーバ!」
でも、後手も改良手順を研究して、1年後、また同じ組み合わせで、同じ戦型に!
「ハラショー、ドラマみたいです」
棋士の世界はドラマばかりだよ、アーニャちゃん。
渡辺さんも後手で研究してきたみたいだけど、先手もそれは同じ事。先に新手を出したのは、去年勝った羽生さんの方だったの。
その後の指し回しも見事で、羽生さんがNHK杯優勝、名誉NHK杯の称号を得るのね。終盤の金合い…で覚えてる人もいるんじゃないかな。
「ニェート。ですがミナミ、これと91手組は違いますね」
それはね、この3局でかなり定跡が進んだのだけど、研究はずっと続いていったのね。そこで、途中のここで羽生さんは馬を逃がしたんだけど「▲3三馬と切ったらどうなるのか」ということになったの。
「ダーティシトー!大駒が全部なくなってしまいます」
うん、このあと、飛車は取り返せるんだけどかなりの駒損の攻めになるね。
飛車を取って、打って、龍を作ってこの局面。
これが91手目になるの。アーニャちゃんが見せてくれた局面と一緒になるでしょ?
「ほんとです。でも…後手の駒台がすごいですね。これで先手勝ち、なのですか?」
一応、そうらしいとは言われてるけれど…この形って、
『先手が最強の攻めをして、後手が最強の受けをした結果』
だから、まだ難しいところは沢山あるのね。
後手は現状詰めろ。上に逃げだせば勝てるんだけど、それが難しいのね。具体的には△4三金と逃げ道を開けると、▲4一竜から攻めが続くの。 決め手はA級の屋敷―渡辺戦で、後手が一方的に寄せられてしまったことかな。
このときに重要なのが、先手玉だね。ずっと攻めだけしてきたから詰みどころか、早い寄せがないの。△8六桂が詰めろみたいだけど、そこから一方的に先手が寄るわけじゃないから…。
「恐ろしいです…」
ほんと…固くて、攻めも激しくて参っちゃうよね。
「ミナミ…将棋の話ですよね?」
ん?…そうだよ?
とにかく、先手は「確実に寄せれば勝ち」だから、分かりやすいのね。
で、どうやら「先手勝ち」らしいという見解に落ち着いたという経緯かな。
「なるほど…そういうことだったのですか」
でも、屋敷―渡辺戦は12年のことだから、宮田新手から10年経って、ようやく一つの大きな山を登ったって感じかな。
ここまでにも変化は沢山あって、△2六銀不成とか、△3八香とか…実戦例も山のようにある。これが絶対の手順じゃなくて、飽くまで一例としてみておくといいかもね。
「よくわかりました。ミナミ、ここまでよく知っていますね」
…私は、実戦とか将棋世界とか、色々なものをみてるだけだから。定跡は、棋士が真理を追い求めて作った努力の結晶だよ。
従来の手順が否定されて、どんどん新しくなっていくけどね。
アーニャちゃんも、興味がある戦型は棋書を買ってみるといいと思うよ。難しい日本語は、私が教えるから。
「分かりました。ミナミはやさしいです」
でも…
「シトー?」
今の実戦ではこの形の大元、『4六銀・3七桂戦法』そのものがほとんど出なくなっちゃったの。
▲4六銀に△4五歩と突く「△4五歩反発型」が優秀とみられて、先手が別の作戦をとることになったのね。
もう、必要ない定跡になっちゃったのかな…。
「そんなことないです、ミナミ」
…え?
「ミナミ、さっき言いました。『定跡は棋士の努力の結晶だ』って。今日みた手順の中にも、いろんなジフノロギー…技術をみることができました。それは、無駄じゃないです。」
…そうだね。ありがと、アーニャちゃん。
「それに今の評価が変わって、また復活するかもしれませんね。アーニャ、分かりました。将棋の変化は広いです。星の数くらいに。分かるのは、ほんのひとかけらです」
うん。本当にそうだね。
…どっちが教わってるのか、分からなくなっちゃった。ふふっ。
じゃあ、今回の講義はこれで終わりにするね、上手くできたかは分からないけど、ありがとうございました。
「スパシーバ、ありがとうございました。ミナミ、また教えてくれますか?」
うーん…また機会があったら、かな。私自信がよく理解してないと教えられないしね。
「そうですか…でも、対局はいいですよね?」
うん。今日はこれから時間もあるし、実戦で練習しようか。
「ダー、楽しみですね」
~翌日~
「おはようございます!ナナ、ピーナッツ入りのチョコ持ってきました!」
「ズドラーズドヴィチェ。おいしそう、ですね」
あ、菜々さん、おはようございます。
「そういえば、お二人は昨日何をされてたんですか?何やら、会議室から荒い息遣いが聞こえてきたんですけど…」
あ、それはですね…。
「アー、ミナミに攻められてましたね。タテからヨコから、息をつく余裕もなかったです。おかげで、アーニャの大切なものがメチャクチャにされてしまいました」
あ、アーニャちゃん?
「あ、そ、そうなんですね!ナナは17歳ですけど、大人の世界には理解がありますから…そ、それではこれで失礼します!」
ちょ、ちょっと菜々さん、誤解ですー!
(了)
参考対局
羽生―木村戦(第77期棋聖戦)
羽生―渡辺戦(第23期竜王戦第2局)
羽生―渡辺戦(第60回NHK杯準決勝)
羽生―渡辺戦(第61回NHK杯決勝)
屋敷―渡辺戦(第71期A級順位戦)
参考:91手組手順
▲7六歩 △8四歩 ▲6八銀 △3四歩 ▲6六歩 △6二銀 ▲5六歩 △5四歩
▲4八銀 △4二銀 ▲5八金右 △3二金 ▲7八金 △4一玉 ▲6九玉 △5二金
▲7七銀 △3三銀 ▲7九角 △3一角 ▲3六歩 △4四歩 ▲6七金右 △7四歩
▲3七銀 △6四角 ▲6八角 △4三金右 ▲7九玉 △3一玉 ▲8八玉 △2二玉
▲4六銀 △5三銀 ▲3七桂 △9四歩 ▲1六歩 △1四歩 ▲2六歩 △7三角
▲3八飛 △2四銀 ▲1八香 △9五歩 ▲6五歩 △8五歩 ▲2五桂 △4二銀
▲3五歩 △同 銀 ▲同 銀 △同 歩 ▲1五歩 △3七銀 ▲3九飛 △1五歩
▲6四歩 △同 角 ▲1五香 △同 香 ▲6五銀 △2六銀成 ▲6四銀 △同 歩
▲3五飛 △2四銀 ▲1三桂成 △同 桂 ▲1四歩 △3五銀 ▲同 角 △1二歩
▲1三歩成 △同 歩 ▲7一角 △2五成銀 ▲4四角上 △同 金 ▲同角成 △3三銀
▲3四桂 △1二玉 ▲3三馬 △同 金 ▲2二金 △同 飛 ▲同桂成 △同 玉
▲8二飛 △3二歩 ▲8一飛成
まで、91手