土屋亜子の詰将棋紹介 江戸時代から現代まで
どーもどーも!土屋亜子でーす!
今回はアタシが担当するんで、大船に乗ったつもりでお願いしますわ! まぁ、お仕事が増えるのは大喜びなんですけどねー。Pちゃんに何か奢ってもらおっと!
今日やる内容はちょっと趣向を変えて、詰将棋の話をしようと思いまーす!
ホントはもっと早くやる予定やったんだけど、Pちゃんが具合悪くしてな、企画が遅れてしもうたそうな。「時は金なり」って言うのになー。
まぁ、偶然にも詰将棋選手権の日になったからよしとしましょうか!
もとは、動画の投稿に間に合わせるつもりやったんやと。
宣伝は基本!ということで置いときますね。
【第八次ウソm@s祭り】346プロの細かすぎて伝わらない将棋名シーン集 ‐ ニコニコ動画:GINZA
まぁ、これはアタシが演じているだけなんやけど、棋士やアマチュアで詰将棋を作っている有名な人は多いのよ。内藤九段、谷川九段、浦野八段、二上九段…。 でも、手順が長かったり難しかったり、何をやってるのかよく分からない人って多いんじゃないかと感じるわけです。 というわけで詰将棋がどういうものか、また詰将棋ならではの手筋を解説していきます!
・基本ルール
まず、詰将棋のルールからね!
駒の動きとか、基本は本将棋と一緒!ただ、そこに追加ルールがあるというわけ。
・攻め方は、王手の連続で詰ます
・攻め方は、最短手順で詰ます
・玉方は、最長最善手順で逃げる
・玉方は、無駄な合い駒をしない
・攻め方の持ち駒以外の駒は、全て玉方が使える
・攻め方は、途中で入手した駒を使うことができる(使いきらないといけない)
・基本、詰みに関係ある駒し置けない
まぁ単純に言うと、「どっちも最善で指し合って、最終的に詰ます」って感じやね。
・詰将棋の歴史
詰将棋は歴史が古くて、記録がある最古のものでも江戸時代に遡るんやな。
今の本将棋のルールが出来上がったのが1600年頃、つまり関ケ原の戦いくらいと言われていますね。
大河ドラマ「真田丸」に将棋のシーンがあって盛り上がってたけど、「酔象」って駒が混じってたのね。
あれは本将棋の一歩手前、「朝倉将棋」と言われるものらしいですわ。
とにかく江戸時代の初期に本将棋は完成していて、徳川家康が将棋を保護した結果、華道や茶道と同じような家元制になるのね。「名人」の歴史もここから始まるわけ。
大橋家と伊藤家という2流派の世襲制になるんやけど、保護の見返りに名人が「詰将棋を幕府に献上する」って慣習があったのね。 この中で、詰将棋が「作品」として洗練されていくわけやな。
有名なのは7代名人伊藤宗寿の「将棋無双」、その弟の伊藤看寿の「将棋図巧」。
江戸時代の詰将棋黄金期…と言えるかもしれんな。難解かつ構想が非常に美しくて、特に図巧は最高傑作と今も言われてるのよ。本人も将棋が強かったんやけど、兄の宗寿から名人を受け取る前に亡くなってしまったらしい。…悲劇の天才やな。
この後、詰将棋を献上する慣習そのものが消えてしまったらしくて、詰将棋の創作が盛んになるのは戦後になってからやな。今では「詰将棋パラダイス」とか、詰将棋専門の雑誌もあるくらいや。
ざっとこんな感じやけど、詰将棋ならではの筋を紹介していきますわ。
・不成の手筋(銀、桂、香)
実戦でも時折現れる手やけど、銀や桂みたいな小駒は不成の方がいいことがあるのね。 例えば、こんな形。
▲2三桂不成△2一玉▲1一香成まで3手詰
ここで▲2三桂成は詰まない。でも▲2三桂不成なら、香車と桂馬の両王手で△2一玉と逃げるしかない。そこで▲1一香成で詰みってわけやな。
こういう、実戦ではなかなか現れない、筋が詰将棋では多いから頭の片隅にでも置いといてな。
・不成の手筋(飛、角、歩)
これは実戦ではほぼ現れんね。谷川九段が指したことあるらしいけれど昔の話やし、王将戦(佐藤―渡辺戦第1局)の変化にあった……とか、ごく稀な筋や。
これらの駒は、成った方が上位の働きをするから普通は成るべき駒なんやけど……唯一、不成が活きる変化があるのね。それが、「打ち歩詰め」。
▲2三歩不成△1一玉▲1二歩△同玉▲3二竜△1一玉▲2二竜まで、7手詰
この局面で▲2三歩成は△1一玉で打ち歩詰め。でも、▲2三歩不成なら△1一玉に▲1二歩と打てるのね。△同玉に▲3二竜で詰みと。
図巧には飛車不成が二回ある詰将棋もあるし、今では数十回も不成が入る作品もあるとか。 ……アタシもそこまでいくと、別世界に感じるなぁ。
・合駒問題
飛車、角、香車を離して打つと玉方が合い駒を打つ可能性があるんやけど、これもまた難しいのね。
打つ駒によって、後の展開が大きく変わったりするから「どの合い駒が正しいのか」を考えなきゃいけないのよ。これなんかもそうだけど、週刊少年ジャンプのマンガに載ったから有名かな。 元は「大道詰将棋」って言って、お金を払って解けたら金品がもらえるって仕組みだったらしい。縁日の型抜きみたいなやつね。
他でも解説されてるみたいやけれど、▲2九香の王手に△2三銀と打つのが最善の応手。 「中合い」という合い駒の手筋で、▲同香不成は△1二玉で不詰め。香車が邪魔になってしまうんやな。 だから▲2二歩△1一玉▲1二歩と進むんやけど、ここで△同銀と取れるのが銀を選択した効果ね。他の駒だと△同玉から早く詰むのよ。
他の合い駒は、△同玉▲2三とから早詰み。角は後述
▲2一歩成△同銀。もし角を使っていたら、ここで▲2二とまでの早詰み。 あとは歩を使って詰むのだけれど、銀しか使えないことが分かってくれたかな?
こういう、先の変化を読みながら最善の合い駒を考えないとアカンから大変なのね。
……もちろん、創る方も大変なんやけどね。
代表的な筋はこれくらいかな。今度は、特徴的な詰将棋を解説していきますっ!
……ちょっと難しいから、「こんなものもあるんだ~」くらいでいいからね。
・煙詰
駒を39枚(攻め方の玉以外)盤に配置して、最後の詰み上がりのときに盤上に残る駒は3枚だけ(玉と、詰ます駒2枚)という詰将棋ね。他は全部、玉方の持ち駒になっているわけ。駒が煙のように消えるから煙詰ね。
図巧の第99番が初出なんやけれど、まず構想からしておかしいのよ。 「39枚の駒を置いて、36枚捨てる」って発想も、それを実現することも普通はありえないのね。……芸術作品の領域ですわ。
将棋図巧第99番
詰め上がり図(右)では、3枚残して全て盤から消えている。
実際、煙詰の2号局は1954年発表なので、図巧が献上された1755年から約200年掛かってます。それくらい、作るのが難しい詰将棋なのよ!
浦野八段はこの煙詰を創って、素晴らしい詰将棋に送られる「看寿賞」を受賞しています。 対局でいうところの「名局賞」みたいなものね。
・実戦形詰将棋
実戦に出てきそうな形を詰将棋に織り込んだものね。矢倉に囲われた玉とか、美濃とか、穴熊なんてのもあります!
その中でも秀逸なのが「玉方実戦初形」と「攻め方実戦初形」です。
これは駒を本将棋の初期配置に限定する…というものね。ここで問題になるのが、
「詰みに関わる駒しか置けない」
というルール。つまり、玉方実戦初形ならば1一の香車から9一の香車まで、全部に意味がないといけないわけ。 図巧の第97番はそれを目指したものだけれど、完全ではないのよね。かなり苦心した配置になっていますし。
将棋図巧第97番
1段目は初形だが、飛角や歩は置ききれていない。
完全な作品は1981年の神戸新聞に発表されました。作成者は内藤國雄九段。
内藤國雄九段の「図式百番」という詰将棋集があるんやけれど、その第98番、第99番は「玉方実戦初形」と「攻め方実戦初形」になってますね。内藤先生の本に載ってるからここには上げへんけど、興味があったら買うのもありかもね。手順だけでもすごいから。
この2作を作ったことが評価されて、「看寿賞」の特別賞を受賞しています。
・無仕掛け
盤上に、攻め方の駒が一枚も無いものね。
大駒や桂馬で詰ます足掛かりを作るんやけど、捨て駒から入る問題や合い駒問題も多くて難しいのよ。谷川九段は作成も得意だったはず。あの人も詰む詰まないの読みがすごいからなぁ…。
で、玉方の守り駒も無い「裸玉」というのもあるのね。まず、これで詰将棋になるという発想を持つこと自体、一般人のアタシには理解できんわ。
初出はやっぱり将棋図巧から。 何で最高傑作と名高いか、ここまでくると分かってもらえるかな?
その第98番。
その後作成された完全な裸玉の第2号は1942年だから、こっちも約190年掛かってるわけで、江戸時代に思いつくこと自体が恐ろしい…。
次で、紹介は最後にしようかな。
・長手数
「詰将棋はどれだけ長くできるか」というのも昔からのテーマなんやけれど、根本的な問題があるのね。
盤面って、81マスしかないのよ。
つまり、1マスずつ玉が移動したとしても、160手かそこらしか掛からないわけ。
守り駒でも攻防にも限界があるから、これ以上長くするには同じ地点を繰り返し移動させる必要があるのね。しかも、同一局面にはできない…。
長い間、最長記録だったのが将棋図巧第100番「寿」。更新されたのが1955年ね。
伊藤看寿は、第98番「裸玉」第99番「煙詰」第100番「寿」と、約200年越えられない壁として存在し続けた作品を3つも創ったわけ。…スケールが大きすぎてわけがわからんわ!
将棋図巧第100番「寿」
手数は611手!竜で追いかけながら、持ち駒が僅かずつ変化していく「持駒変換」という技法や盤の駒を消していく「置駒消去」という手筋もある。そうやって似て非なる局面を繰り返しながら、詰みまで持っていくというわけ。
……一応言っておくけれど、これを変化含めて全部人力で読まないといけないのよ。江戸時代にソフトはないし、今のソフトですら全部読み切るのは難しい。 作成は人力やしね。
今の最長記録は、1986年の橋本孝治さんの「ミクロコスモス」ね。
手数は1525手!30年経った今でも不滅の記録ですわ。
これも似たような局面の繰り返しで手数を長くしているのだけど、新たな筋がいくつかあるのね。少しだけ紹介。
「知恵の輪」
こんな感じで、と金を配置すると、▲2一と左△3二玉▲3一と左△4二玉▲4一と右△3二玉▲3一と右△2二玉みたいに玉を自由に誘導できるのね。これで、右に左に玉を移動させて駒の配置を変えていくわけ。
「馬鋸」
玉が横に移動すると、馬も王手しながら鋸のように近づいていく。
9九の馬が8九~8八~7八~7七…と王手を掛けながら移動していく指し方で、少しずつ馬が近づいていくことになるのよ。
「ミクロコスモス」では、9九から6六まで移動させて、最後に馬を活用して詰まし上げる!
手数を数えるだけでも一苦労ね。最初、制作者の人も手数を数え間違えていたとか…。
こんな感じで有名なものを取り上げてきたけれど、正直なところ、詰将棋の創作ってなかなか「報われない」のよ。
これだけすごい詰将棋を創っても広く知れ渡る世界じゃないし、本がベストセラーになるわけでもない。
浦野八段の本は有名やけど…あれは商売上手というのが大きいかな。
それでも詰将棋に取り組む人がいるのは、利益とかを度外視した魅力がそこにあるからなんやろね。
もちろん終盤力を鍛えるという面でも詰将棋は非常に有効ですよ。
アマチュアで強くなりたい人は、短手数でいいから脳内で駒を動かして詰ます練習をするといいと思うわけです。
ただ、突き詰めていくと別世界が広がっているのが詰将棋…ということが分かってもらえたら、アタシも解説したかいがあるってもんですわ!
ここには示さないけれど紹介した作品の手順も素晴らしいし、他の詰将棋もすごいのが沢山あるから、興味を持ったらぜひ調べたり、読んだりしてね。
…なんや、詰将棋選手権で13歳の藤井三段が活躍しているらしいですねぇ。
アタシより2歳下なんですけれど、世界は広いなぁ……。
(了)
参考作品
将棋図巧(伊藤看寿) 第97番、98番、99番、100番
図式百番(内藤國雄) 第98番、99番
ミクロコスモス(橋本孝治)
※不成のところにある2題はPちゃん作ね。
立ち絵 藻P
北条加蓮の徒然観戦 シンデレラは終わらない
「3―2で奪取と予想する。今の佐藤ほどの勝ちっぷりは他の人を含めてもあまり記憶にない。ここまで勝ってタイトルを取れないのは酷なくらいだ。」
「防衛すれば、「こんなに勝っても羽生には勝てないのか」と知らしめることになる。」
王座戦前のインタビュー記事を見て、私は目を疑った。
普通の棋士なら流して読むところだけど、この発言が渡辺棋王から出たことに衝撃を受けたのだ。
去年のことになるが今期の王座戦は、羽生王座に佐藤天彦八段が挑戦することとなった。
こういうタイトル戦の前には別の棋士による前評判のような記事が出るのだけれど、その中の一文である。
渡辺棋王は、他の棋士を褒めることはほとんどしない。知らない人が見れば辛辣ともとれるコメントを残すタイプの人だ。戸辺六段、村山七段を含めて「酷評三羽ガラス」という表現もある。
そんな人が佐藤八段寄りの立場から残したコメントの数々は、意外を通り越して疑問に思うほどだった。
もちろん、そう言わしめるだけの実績はある。A級に上がった今期、この時点(8月30日の記事)トップ棋士を相手に勝率が8割。A級そのものもトップで挑戦者争いを走っていた。そして、後手横歩取りは文字通り「無敗」。
塚田九段の塚田スペシャルとか、久保九段のゴキ中や石田流のような、周りの棋士も恐れる伝家の宝刀を引っ提げてのタイトル戦だった。
もう一人、村山七段が羽生王座寄りのコメントをすることでバランスをとる構成だったことも多分に影響しているだろうが、それでも頭をよぎるのは彼らの仲の良さだ。
佐藤天八段と渡辺棋王は非常に仲が良い。このあたりの話は周知の事実だったりするのだけれど、今では佐藤八段を含めた「酷評四羽カラス」という呼称もつくほどだ。
それが悪いことだとは全く思わないけれど、棋士は、最終的には商売敵である。
今では伝説となった「島研」では、対局が主で解散の理由もタイトル戦で当たるようになったから。そして最後の打ち上げで止まったホテルではやることがなくて部屋に籠りきり…というおまけ付きだ。
ここまで徹底する方も珍しいかもしれないけれど、世代ごとの感覚の違い…のようなものを感じた。
そんな個人的な屈託とは関係なく対局は進んでいき、王座戦は羽生王座が3-2で防衛。
文字通り、「こんなに勝っても羽生には勝てないのか」
と知らしめることになった。
そして、それからほどなくして佐藤八段は次の挑戦を決める。
その相手こそがこのコメントの主、渡辺棋王だった。
朝。
……体が重い。どこからきているのか分からない、鈍痛ともいえる違和感。
そんな漫然とした体調不良に不安すら覚えなくなったのはいつからだろう。
今日が祝日で良かった、そう思いながらゆっくりと体を起こし、朝の支度を一通りする。
…たぶん、今日は一日外に出られる状態にはなれないだろうけれど。部屋で横になって、嵐が過ぎ去るのをじっと耐えるしかない。いつまで続くか分からないし、完全に過ぎ去る…ことはないみたいだけれど。もうそれにも慣れてしまった。
今日が祝日なのが不幸中の幸いだ。
パソコンをつけて、少しいじったところで今日がタイトル戦だったことに気がついた。
王将戦が終わってまだ2日。対局者は違えど、非常に過密だ。
「そっか、今年度も終わりだもんね」
将棋界は私たち学生と同じく4月から新しい1年が始まる。それまでに、前期のタイトル戦は終わらせなければならない。
日程をみると、次の棋王戦第5局の予定は3月31日だった。本当の意味で最終局だ。
ここまで渡辺棋王の2勝1敗。1敗は佐藤八段の後手横歩につけられたものだけれど、他は堅実な指し回しが光る勝利だった。特に、第3局の△8三銀打からの指し回しは渡辺棋王の棋風が凝縮されたようだった。
恐ろしいまでの佐藤八段の粘りも印象深かったけれど。
今度は佐藤八段の後手番。志向する戦型はほぼ間違いなく後手横歩取りだろう。そして、渡辺棋王もそれを受けるはずだ。そういう棋風だし、A級順位戦最終局で佐藤九段相手に後手横歩を試したのも、全く関係がないわけじゃないだろう。
午前九時、西村九段の開始の合図で始まった対局は、大して時間を使うことなく横歩取りへと進んだ。
▲7六歩 △3四歩 ▲2六歩 △8四歩 ▲2五歩 △8五歩
▲7八金 △3二金 ▲2四歩 △同 歩 ▲同 飛 △8六歩
▲同 歩 △同 飛 ▲3四飛 △3三角 ▲3六飛 △8四飛
▲2六飛 △2二銀 ▲8七歩 △5二玉 ▲5八玉 △7二銀
▲3八銀
最近よく指されているのは△2三銀から△2四飛とぶつける指し方で、研究も非常に盛んだ。
でも、先に変化したのは先手の方だった。▲3八銀。さっきの▲3八金型と違って横や下からの攻めに強く、▲3六歩から、銀や桂を繰り出す攻めも見せている。
例えばここで△2四飛から飛車交換して攻め合ったとき、△7九飛のような攻めが効きにくい。
しかし、先手玉は非常に薄く別の攻め筋が生まれることになる。主流にならないのもそのためだろう。
△7四歩 ▲3六歩 △7五歩 ▲3五歩 △7六歩 ▲3七桂
△2七歩 ▲2九歩 △7四飛 ▲7五歩 △5四飛 ▲7六飛
△2四飛 ▲3九金 △8二歩
△7四歩~△7五歩がその攻め手順。桂を跳ねる余地を作りながら、戦端を開く。そして、△2七歩から2筋を狙う。
▲3八銀型だから生じる弱点だ。ここまでくると、先手玉の薄さが際立って見えてくる。それが形勢には直結しないけれど、特に右辺はきれいな形とは言えない。ここからどうするのか。
そんな局面でお昼になった。
▲7七桂 △5一角 ▲6八銀 △3三桂 ▲9六歩
△2三銀 ▲9五歩 △1四歩 ▲1六歩 △4二玉 ▲8五桂
軽く済ませてから少し横になる。奈緒に知られたら絶対にお粥を食べることになってしまうけれど、それじゃあ1年に何回食べればいいのか…きりがない。
13時を回って指された手は▲7七桂。角交換を拒否しながら、攻めも見せている横歩取りらしい一着だ。
後手は角交換が望めないので△5一角。もし、ここで▲7四歩と突くと△8三銀が狙いになる。角がいるので▲7三歩成がないのだ。
ここからはしばらく陣形整備が続き、先手は9筋の位を、後手は銀冠の完成を主張した。
そして、▲8五桂。ここから、一気に流れが激しくなる。
△7三桂 ▲同桂成 △同 角 ▲4五桂打 △4一桂 ▲7四歩
△6四角 ▲3三桂成 △同 桂 ▲6五桂 △5二金 ▲7三歩成
△同 銀 ▲同桂成 △同 角 ▲3三角成
桂交換から後手は角を捌く。▲4五桂△4一桂の瞬間は千日手の三文字が頭に浮かんだけれど、先手からすれば面白くない順であることは確かだ。ということで桂馬を交換しなおして▲6五桂。打開するならこのくらいだが、これが結構厳しい。
7筋の攻めと、5筋も睨んでいる。▲5六飛と回ったところでは、攻め駒が非常によく働いているので先手の模様が良く見えてきた。玉も、相対的にみると手厚い。
でも、ゆっくりしていると△7六桂の両取りがある。渡辺棋王は、▲3三角成と一気に斬りこんだ。
△同 玉 ▲3四桂 △2五桂 ▲4一銀 △3七桂成 ▲5二銀成 △2八歩成
▲同 歩
これを△3三同金と取ると、▲4五桂が厳しい。6五桂から5筋を突破する手もある。そこで△3三同玉。ここでも▲4五桂があるけれど、△2二玉から端に逃げ込んで意外に耐久力がある。これはこれで難しい戦いだろう。
だから▲3四桂で玉を縛ったのだけれど、△2五桂が佐藤八段の実力を見せた一手。
桂交換から3五の歩を取れば、先手の攻めは切れてしまう。手抜くしかないけれど、かなり厳しい成桂ができた。流れが後手に傾きはじめたように感じる。
このあたりから、渡辺棋王の背筋が曲がって前傾姿勢になってきた。
△5四歩 ▲7四歩 △6四角 ▲5四飛 △6六桂
▲6九玉 △7八桂成 ▲同 玉 △6六桂 ▲8八玉
△5四歩は、なんとなくだけれど好手だと思った。実際、読んでみても好手なのだけれど。
先ほどまで先手は▲5三飛成からの攻めがあって、後手が上手く受ける手が難しかった。
それなのに△5四歩で手を渡されると、今度は先手が手段に窮してしまっている。
成桂があるから攻めるしかないけれど、飛車を使う以外に早い攻めはない。
角を6四に呼んで飛車を切れる形にしてから歩を取ったが、これには△6六桂がある。
▲同歩は△4五角が両取り。玉を引いて受けても、おかわりがある。
あれだけ安泰だった先手玉が、一気に危険になった。
難解な終盤が、幕を開ける。
△2六飛 ▲2七歩 △同成桂 ▲2五歩 △4五角 ▲6四飛
△同 歩 ▲5六桂 △7八飛 ▲9七玉 △3四銀 ▲同 歩
△同 玉 ▲2四金 △3五玉 ▲5三角 △4四桂 ▲3六歩
△同 飛▲2七銀 △5六飛 ▲同 歩 △2七角成
夜になってもあまり食欲は湧かなかったので、軽く済ませるだけにして中継画面に戻る。
…奈緒が知ったら絶対に怒るだろうな。
現局面は▲4五桂までの詰めろなので、△2五飛で逃げ道を開ける。
▲2七歩を取るのは効かされのだけれど、△7六角のような寄せ合いは先手に分がありそうなので仕方ない。
▲2七歩からは互いに1分将棋。見ているこちらも理解するのが大変な局面が続く。
「敵の打ちたいところに打て」で△4五角、飛車を持って△7八飛。即詰みはないけれど、銀を持てば先手玉は詰む。
先手の攻めに制限を掛けてから▲3四銀と手を戻す。先手はほぼ受けがないので(△3八成桂が詰めろになる)後手を寄せるしかない。
▲3六歩も悩ましい手で、△同角は▲4六銀の一手詰み、△同玉は▲6四角成が詰めろで寄り。
△同飛も▲2七銀が厳しいように見えるが、△5六飛▲同歩△2七角成が妙手順だった。
後手は念願の銀を取って、詰めろ逃れの詰めろ。
互いに、ミスらしき手は見当たらない。だけど、それまでのわずかな差が広がっているように思える。
観戦している人も、解説をしていた棋士も後手の勝利を、第5局を想像した。それくらい先手が窮地に見える局面。
50秒を読まれたところで、渡辺棋王の右手は駒を持って後手玉を通り過ぎ、左側へと舞った。
▲7七桂。
「えっ……?」
思わず声が漏れる。そして、直感的に何か嫌な予感がした。
詰めろを受けた。…いや、これで受けきれるわけじゃないけれど、渡辺棋王は諦めた手つきではなかった。
「6五の地点を塞いでる…?」
直感が、具体的な読みで現実になっていく。
後手玉は4五~5四(5六)~6五~7四と逃走ルートがあったからまだ安全だったわけで、6五の地点を止められると一気に危険になる。詰んでもおかしくない。
「30秒…」
秒読みの声で一瞬我に返る。そうだ、1分将棋だ。
恐らく佐藤八段も予想していないこの勝負手に、対応する時間はあまりにも少ない。
詰めろなのか、そうでないのか、先手を寄せる手段はあるのか、変化が多すぎて読み切れない。
「50秒、1,2,3,4,5,6,7」
パシッ
佐藤八段の手は△8五桂。なるほど、▲同桂なら6五の地点が開いて後手玉は安全になる。
そして、王手だからひとまず詰まされる心配はない。
このまま、寄せれば後手勝ちが決まる。だけど……
▲9六玉 △8八飛成 ▲3四飛 △4五玉 ▲6四角成 △9九龍
▲8五玉 △8三香 ▲7五玉 △9五龍 ▲8五銀 △同 龍
▲同 桂
▲9六玉。ここで端の位が活きた。ここで△7七桂成で寄れば後手が勝てる……
……詰めろにならない?
後手は▲3四飛△4五玉▲6四角成で必至。だからここで詰ますしかないのだけれど、成桂が邪魔をして先手玉が詰まない。
「これって…もしかして…」
先手が勝つ?あの▲7七桂で?
頭が追い付いてこない。△2七角成のときの、終局が近い雰囲気は完全に消えてしまった。
△8八飛成で先手玉に迫るけれど、上部が抜けている。
そして、▲3四飛から後手玉は受けなし。△9九竜から相当に怖い形だけれど、7五の歩を取って6六~5七と逃げるルートがある。
後手の2七の竜が、玉の陰になっているのも痛い。
1分将棋の中、佐藤八段がリップクリームを持って勢いよく唇に塗った。
渡辺棋王の背筋も伸びている。
終わりが近い。
まで、125手で先手の勝ち
▲8五同桂を見て、佐藤八段は脇息に両腕でもたれかかり、両手に顔をうずめる。
悲壮……という文字では表しきれない姿がそこにあった。
正座になおり、投了。感情を抑えながら、はっきりとした声で告げた。
そしてこの瞬間、棋王戦は3勝1敗で渡辺棋王の防衛、4連覇が決定した。
投了の後、しばらく無言の状態が続く。佐藤八段はうなだれ、渡辺棋王も慮って盤面を見つめるだけ。先に声を出したのは、佐藤八段の方だった。
「金でしたかね」
▲7七桂の局面の話だ。やはり、勝負を分けたのはここだろう。
少し会話をしたところで、新聞社のインタビューが始まった。そして大盤解説会へ向かう。
それが終わって戻ってきてから、感想戦が始まるのだろう。
「………………」
そこまで確認してから、私はベッドに倒れ込む。恐ろしいほどの何かを見た興奮と動揺、そして全てが終わった現実が一気に降りかかってきて、何がどうなっているのか自分でも分からない。
ただ、体がそれまでの疲労を思いだしたように重くなってきて、自分の体調が悪かったことも認識する。
1分。何も考えなくても過ぎてしまうそんな短い時間に、対局者は膨大な量の読みと判断、そして勝負術を駆使していた。人間の脳に限界があるとしたら、あの瞬間なんじゃないかと思うくらいに。
名局を観た感動…というより、茫然自失の方が近いかもしれない。こんな対局を観たのは、いつぶりだろう。
感想戦が始まるまでの間ずっと、得体の知れない余韻は続くのだった。
感想戦で重点的に調べられたのは、やはり▲7七桂の局面だった。
ここでまず驚くべきことは、渡辺棋王がこの手を「負け」と思って打っていなかったということだ。実際、ほとんどの変化が「先手勝ち」になる。
△8五桂は、本譜のように詰めろが掛からなくなるから後手負け。
△8四桂も詰めろが続かない。
△6八飛成はそっぽでやはり負け。
△8五金(取れば詰み)が正着とされたけど、金を手放す見えにくい手の上に、ここからがまた難しい。
▲3四飛△4五玉▲4六歩と突いて、後手玉は怖い形だ。
△5六玉と逃げたいところだが▲5七銀打とされて、△5五玉と引くしかない。
(△4七玉は▲4八金まで)
▲6六銀と王手で桂を取って、△5四玉に▲8八桂で先手玉が受かっている!
次に金取りがあるのでこれも先手勝ち。ここまでが渡辺棋王の読みだというのだから恐ろしい。
戻って▲4六歩には△同玉と取るのが正しく、▲6四角成に△4七玉と敵陣に入ると、僅かに詰まない!
先手に1歩あるとこの筋も先手勝ちなので、▲7七桂の局面は非常にギリギリの形勢だったと言えると思う。…ただ、後手が勝つ順は最善の1通りしか見つかっていないけれど。
佐藤八段が「1分じゃ見えない…」と漏らしていたけれど、これを1分で読み切るのは無理というものだ。
膨大な変化がある上に最善が△8五金~△4六同玉という、直感を無視するような手の連続だった。
将棋はその仕組み上、何もないところから妙手が生まれるわけじゃない。
△2七角成の局面で、▲7七桂と打つこと自体は誰にでも可能だ。でも、あの勝負手があることを見つけて、読んで「勝てる」と判断して指すことは普通の人には到底できない。逆に言えば渡辺棋王は指せるからこそ、タイトルを防衛することができた。
感想戦が終わって中継が終了しても、対局の余韻が消えることはなかった。
しばらく前に、佐藤八段をシンデレラに例えて書いた記事があったことを思い出した。
でも、棋士の世界に魔法を掛けてくれる魔法使いはいないし、馬車に乗って皆を追い越すこともできない。自分の足で、階段を登っていくしかないのだ。
王座戦、棋王戦はわずかに届かなかったけれど、4月からは名人戦がある。そして、来期のタイトル戦が始まっていく。この物語はハッピーエンドで終わらない。例え7冠を達成しても、長い戦いが続くことはあの人が示している。
それは佐藤八段だけに限らない。上を目指して沢山の棋士が戦っていて、これから誰が駆け上がるかは分からないのだ。
最後に確認した中継ブログに、1枚の写真が載っていた。感想戦の前に解説会場に移動する対局者の後ろ姿なのだけれど、二人が並んで歩いている。移動中も、変化を口頭で話し合っていたそうだ。
珍しい光景だけれど、そこには二人だけの世界があるようで…。悪い気持ちはしなかった。
「お疲れ様でした」
思わず、そんな呟きが漏れる。
今期最後のタイトル戦が、最高の名局だったことを噛みしめながら画面を閉じた。
(了)
橘ありすのソフト解説 ボードゲームと人工知能の関係
みなさんこんにちは、橘です。…名前で呼ばないでください。
最近、将棋や囲碁においてソフトの棋力が著しく上昇し、様々な話題となっています。
その中でも、「人工知能(AI)」という単語を使って紹介するニュースも多いです。
ですけど、いったい何が起きているのか、ソフトがどういうものなのか、分かっている人は少ないと思います。
正しい情報を持たずに踊らされることほど、愚かなことはありません。
ということで、今回は僭越ながら私が、コンピューターとソフトについて少し解説をしてみたいと思います。
もくじ
・コンピューターの基本は計算
・ソフトは目的のための命令リスト
・ゲームにおけるソフトの研究
・将棋ソフトの簡単な流れ
・将棋ソフトの強さの特性
・将棋ソフトの弱点
・クラスタ接続について
・人工知能とは何なのか
・さいごに
・コンピューターの基本は計算
まず、ソフトはコンピューターで動きますので、コンピューターから説明しなければいけません。 世界初の実用的なコンピューターは1947年のENIACというアメリカのもので、軍事的な計算などに使われたそうです。当時はまだ第二次世界大戦前後のころですから、そのような背景もあったようです。
(当時は巨大な機械でした)
ENIACがそうであったように、コンピューターは基本的に『計算』をする機械です。
菜々さんがコンピューターを「電子計算機」と呼んでいましたけど、それが本来の機能なんですね。
原理を、少し説明します。
ここに電球が10個あります。(下の丸は電球です) これを点ける、点けないの並びは、何通りあるでしょうか?
〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇
答えは、1024通りです。
一個の電球で表示できるのは2通りですけど、2個目の電球も2通り、3個目の電球も2通り……。と、続いていくわけで、式で表すと
2×2×2×2×2×2×2×2×2×2=1024
となります。電球は10個でなくてもいいですから、数を増やしていけば表示できる数は爆発的に増えていくんですね。 美波さんから、こういうものを「指数関数」というのだと教わりました。
これを電球ではなく、回路内における「電子のある、ない」で表示するのがコンピューターです。
電子ですから、とても小さくてすみます。今では、スマートフォンやタブレットに収まるまでに小型化されました。
小さいですけど、膨大な数を扱えるのがコンピューターの特徴なんです。
各国のスーパーコンピューターが性能を競っていますけれど、あれも「計算能力の高さ」を競っているんですね。
細かなことをいえば2進数とか、ビット数とか、回路の種類とか…いろいろありますけれど、今回は省略します。
・ソフトは目的のための命令リスト
普段、私達は数ではなく、文章を送り合ったり、画像を保存したり…といった、違った形で使っています。 コンピューターが扱う数を計算したり、別の情報に置き換えるのが『プログラム』です。ここにある命令に従って、コンピューターは動きます。ソフトの中にも沢山のプログラムが入っています。設計図みたいなものですね。
「計算を目的の手段に落とし込む作業」がプログラム…と言えばわかるでしょうか。
パソコンにあるWindowsやMacintoshといったOSも、プログラムによって構成されています。
これによって爆発的にパソコンが普及して今のマイクロソフトやアップルが…というのはまた別の話ですので興味がある方は調べてみて下さい。
ここまでをまとめると、
・コンピューターの基本は計算機である
・膨大な計算を命令を用いて利用したのがソフト
こんな感じです。次は、チェスや将棋、囲碁とソフトについてです。
・ゲームにおけるソフトの研究
上記のゲームは「二人零和有限確定完全情報ゲーム」というもので、単純に言うと
「二人で行う、条件が平等な、変化に限りのある、情報が全て公開されているゲーム」
です。理論上は結論があって、コンピューターが探索をしやすいゲームです。
…ただ、探索しやすい=読み切れる ではないです。
将棋では、指し手の数が10の220乗とも言われています。正確な数ではないですけれど、私たちが把握できないような数であることは変わりありません。
コンピューターにも把握できる数の限度があって、初期局面からしらみつぶしに読んでも結論まで辿りつけないんですね。
ですから、途中で局面を評価して、一番よくなる局面に誘導する必要が出てきます。
この、途中での「正しい評価」がコンピューターには難しい問題なんです。どこを見て「良い」とするのか、判断する基準が示されているわけではないですから。
人間の場合、「なんとなく」で判断して、それが合っていることも多いです。それに、一つの局面で候補手を数通りにまで絞り込むことができます。
どうすれば人間のように強くできるのか…。人間の知能を研究することができるのではないか。そのような観点を含めて、ソフトの研究がなされてきたわけです。
ちなみに、変化できる数ではチェス、将棋、囲碁の順に大きくなります。
(盤面の広さが多分に影響しています)
・将棋ソフトの簡単な流れ
将棋の場合、チェスに比べて遅い発展でしたが、1970年半ばから始まったそうです。しかし、ハードが発展していく中でも、思うような結果は出ませんでした。
そこに大きな革新をもたらしたのが、2005年に登場したBonanza(ボナンザ)です。 チェスの論文を参考に作られたこのソフトが画期的だったのは、評価関数における「機械学習」の導入です。
従来のソフトは局面を判断する評価値、その元となる関数を手動で決め手いました。
例えば、「角は100点、金は56点、銀は45点…」みたいに。
この点数を、コンピューターが設定する。そういうプログラムを導入しました。(文章にすると簡単ですけど、かなり高度な話です)
この方法は「ボナンザメソッド」と呼ばれ、ソフトの著しい棋力向上につながります。
当のボナンザは2006年の第16回世界コンピューター選手権に初出場し、初優勝を果たします。ノートパソコン1台(周囲よりも低スペック)での優勝は、ソフトが優れていた事を証左でしょう。
ボナンザと渡辺明竜王との対局は2007年3月21日のことで、記憶している方も多いと思います。
終盤の一失で敗れますが、ニュースでも大きく取り上げられました。
今の将棋ソフトがある1番の理由は、ボナンザのソースコード公開です。(2009年1月)
ソースコードはソフトの設計図で、プログラムのリストです。これが公開されたことで、ボナンザの中身を誰でも学んで改良することができるようになりました。
初期は「ボナンザチルドレン」といった用語が生まれたほどです。
ここから、加速度的に棋力が向上していきます。
第1回電王戦のボンクラーズ、をはじめ、強いソフトが沢山生まれてくる事態になり、第2回、3回電王戦では棋士側が負け越すことになります。
優秀な技術者(プログラマー)の方々の力も非常に大きいです。ソフトの設計図は技術者の方が書いているわけですから、この方々の努力が今に繋がっていることは言うまでもありません。
・将棋ソフトの強さの特性
まず、将棋ソフトはポカと呼ばれるようなミスをしません。読みの範囲内はかなり正確に判断できますから、三手目に飛車を取られるとか、短手数の頓死とかは起こりません。
また、終盤が非常に強いです。コンピューターは計算機ですから、詰みという明快な解答が出せる局面は得意領域です。それに、終盤になっても疲れたり、動揺したりしないので、対局開始時と同じパフォーマンスを発揮できるのが大きいです。
人間の場合10時間以上戦い抜いた後に難解な終盤が待ち受けていることも多く、単純なミスが生じることもあります。ですが対局者の疲労や少ない持ち時間を考えれば、棋士が誤るのも仕方のない話です。(羽生名人でも、一手頓死を指したことがあります)
もともと、人間同士の勝負の場合は「ミスありき」だと表現すればいいでしょうか。
棋士は「対人間のプロ」ですから強さの性質や読みのアプローチも違うソフトに戸惑うことも多く、電王戦で勝利した方々はソフトに慣れた若手が多いという印象です。
(阿部光瑠六段、豊島将之七段、斎藤慎太郎六段、永瀬拓矢六段、阿久津主税八段)
現在最強とされるPonanzaは将棋倶楽部24(早指し)で69連勝、レートが3455点となりました。恐ろしいほど強いです。
ただ念のため、「ソフトが、全ての局面において最善を指せているわけではない」ことは書いておきます。
・将棋ソフトの弱点
ソフトは読める範囲内では非常に強いのですけれど、読みの外にある変化(かなり先のこと)が分かりません。ですから、電王戦第5局の△2八角のような手を打ってしまう場合があります。
有名な筋なのですが、▲1六香以下、角が取られてしまいます。しかし取られるのは20手近く先になるので想定できず、打ってしまうわけです。(現在はこの局面で打たないよう改良されているようです)
また、長期的な手の善悪が分からないと壁銀のような形を軽視することがあります。
電王戦決勝のponanza―nozomi戦では、評価値の上ではnozomiの逆転負けを喫したのですけれど、後手のnozomiが壁銀で、逆転が起こりやすい状況だったと言えそうです。
(後手優勢の判断でしたが右側の壁銀がひどく、後に逆転します)
もう一点は、プログラムミスですね。作るのは人間ですから、欠陥が見つかることもあります。Selene―永瀬戦で角不成が認識できず敗北したのは記憶に新しいです。
ただ、これは修正すればいい話ですからそこまで大きな問題ではないですね。
まとめると、将棋ソフトの特徴はこんな感じです。
・単純なミスをしない
・疲れない、詰みを読むのは非常に正確
・長期的な視点に弱い部分がある(水平線効果)
・クラスタ接続について
囲碁や将棋ソフトには「クラスタ接続」というものがあります。単純に言うと、複数のコンピューターをつなげて、性能の向上を図るものです。
…これが勝負において妥当か否かは意見の分かれるところで、コンピューターさえあれば、理論上はいくらでも強くできます。囲碁ではCPUの数1200個以上で勝負しているそうで、将棋でもGPS将棋が700台を超える接続で強さを発揮しました。
ただ、全てにおいてプラスになるわけではありません。GPS将棋は第23回コンピューター世界選手権にも出場していますが、クラスタ接続に問題が生じて敗北し、優勝を逃しています。(詰みを読み切ったはずのコンピューターの不具合です)
今の電王戦では対局規定で制限をしていますが、これについては規定で決めるしかなさそうです。
囲碁の局面数は将棋よりも更に大きいことは触れましたが、コンピューターからするとかなり難しい課題とみられていました。着実に力をつけてプロを脅かす…ことにはなっていなかったんです。
2016年1月、アメリカの大企業Google傘下の企業が囲碁棋士に互先で勝利したことを発表し、衝撃が走ります。そして3月、トッププロであるイセドル九段に勝利。私がこの文章を書くきっかけもこれですね。
この囲碁ソフト「アルファ碁」は「深層学習(ディープラーニング)」という技術を用いています。人間の脳神経を模した構造で…と、専門的すぎる内容なのですけれど、かなり高次な機械学習です。
Googleはこの手法で画像認識や音声認識に活用していましたが、囲碁にも応用させることに成功します。そして、今回の勝利があるわけです。
…ですけど、余りに唐突な話で開示されている情報や実戦例も少なく、どれだけ強いのか、ムラはないのか等細かなことは分からないのが現状です。
第4局では、不利とみたアルファ碁が悪手を連発し、敗北していますから全てにおいて人間を上回っているわけではなさそうです。
囲碁も将棋も、棋士がいたからこそソフトが強くなってきた面はあります。
・人工知能とは何なのか
今回のアルファ碁の勝利で「人工知能」という語が多用されています。
では、「人工知能」とは何なのでしょうか?
…これ、具体的に決めることができないんですね。まず「知性とは何なのか」を定義することが難しいので。機械における「知性」を明快に証明する手段はないんです。
ただ、「ディープラーニング」を使用したソフトが、これまでの命令をそのまま忠実に遂行するソフトからは一線を画しているとは言えるでしょう。
まだ「囲碁で勝負できる」段階で研究中ですから、これから他の分野に応用されていくにつれて分かってくることだと思います。
研究するのにも莫大なコストや優秀な人材を必要とするので、研究できるところが少ないのも現実です。…難しいところですね。
・さいごに
これからもコンピューターは進化していきますけれど、あくまでソフトは道具です。どう使うか次第なんですね。
現に将棋ではソフトの発想を活かした攻め方や考え方も広まり、プラスに働いた面は非常に大きいです。
ただ、ソフト指しや評価値を示しての棋士批判など、「使う人間の問題」は依然として存在します。
どんなにすばらしい道具でも、使い方によっては毒にも薬にもなります。
一連のソフトとの戦いをみていると、囲碁や将棋はとても深く、難しく、魅力的なものだと再認識できましたし、そこに人生を傾ける棋士はの姿は美しいと思いました。
コンピューターが知性に近づこうとするのもすごい話ですし、1200台を超えるコンピューターに一人の人間の頭脳が勝利することも、称賛に値すると思います。
これは私が調べたことや理解をまとめたものですし、いろいろな見方がある話ですので意見も様々だと思います。気になる方は、自分で調べてみることをお勧めします。
大事なことは、「何だかよく分からないもの」で済ませて断片的な情報に踊らされるのでなく、自分なりに理解して、判断をすることです。
この記事が、その一助になればうれしいです。
そろそろ、時間ですので失礼いたします。次の予定は…タブレットにメモしてありますので。
……あっ!………………。
バッテリーが切れたみたいです。
(了)
参考対局
第3回電王戦第5局 阿久津ーAWAKE戦
第3回電王トーナメント決勝 Ponanzaーnozomi戦
将棋ソフトの評価値について、非常に参考になるお話です。興味がありましたらご覧ください。
盤上のシンデレラ ~双葉杏は座らない~ 第7局 ‐ ニコニコ動画:GINZA
ラブライカの将棋アラカルト~玉も戦力の一つ?~
美波
じゃあ、今日の講義を始めようかアーニャちゃん。
アナスタシア
ダー、今日のレクツゥィア…講義、何をするのか楽しみですね。
また、ミナミに攻められるのですか?
美波
…確かにこれまでは矢倉や角換わりの攻め方、受け方の解説もしてきたけど、今日はちょっと趣向を変えてみようと思うの。
アナスタシア
シト?どういうことですか?
美波
前回まで教えてきたような定跡も大切なんだけど、自分の読みや大局観を優先して指さなきゃいけないこともあるのね。今回は、そんな「セオリーにない手」を紹介したいと思います。
アナスタシア
パニャートナ、なるほど、例えば『パンツを脱ぐ』とかですね?
美波
ちょ、ちょっとアーニャちゃん!女の子がそんなこと言ったらダメだよ!
…確かに、そういう手が好手になることもあるけど…。
アナスタシア
ふふっ、ちょっとしたジョークです。ミナミは、まじめですね。
美波
…もう。ふざけすぎたら怒るからね?
アナスタシア
ミナミは怒ってもカワイイですから、それでもいいですね。
美波
…………アーニャちゃんったら。
この話はおしまい。講義を続けます!
アーニャちゃんが言った手もセオリーにない手だけど、今回は「玉の使い方」で意外な一手を紹介していこうと思います。
アナスタシア
キング…王様、ですか?あまり、動かさない駒ではないのですか?
美波
そうだね。でも、棋士によっては「玉も戦力の一つ」みたいな戦い方をする人もいるのよ。
アナスタシア
アー、チェスも、カローリ…キングは戦力ですね。オープニング…序盤はキングをキャスリング…囲いますけど、エンドゲーム…終盤には、キングも戦場に出ます。キングと、ダーマ…クイーン1枚ずつあればチェックメイト…詰ませられますね。
美波
うーん…アーニャちゃん、ロシア語とチェス用語、日本語をごちゃまぜにするとわけが分からなくなっちゃうから、どれかに絞ろう?
アナスタシア
パニマーユ、わかりました。でも、将棋は日本語で、チェス用語は英語で、生まれはロシア語…。むずかしいですね。
それに、ランコが教えてくれた熊本弁もあります。
美波
蘭子ちゃんの言葉は…別にしておこうね。
アナスタシア
分かりましたね。…でも、アーニャ、疑問があります。
チェスは、取った駒は使えません。だから、序盤に守っていたキングが、終盤に出て戦力になりますね。…将棋は、取った駒を使えますから、玉はずっとアパースノスチ…危険なはずです。戦いに出したら、すぐに詰まされてしまうのではないですか?
美波
アーニャちゃんの言う通り危険だし、「玉は安全に囲うもの」って考え方の方が普通だよ。
でも、棋士によっては独特な使い方をする人もいるの。
論より証拠ということで、実際に見てみようか。
アナスタシア
ダー、気になりますね。
美波
これは王将戦 佐藤康―久保戦ね。後手の久保九段のゴキゲン中飛車で、佐藤九段が超速で迎え撃っている局面。中でも後手は『菅井流』っていう激しい変化に入って、斬り合ってるの。
アナスタシア
激しいですね。どう指せばいいのか、分かりません。
美波
うーん、要点をまとめると、
(1)先手は3歩得
(2)ただ、後手は次の△5六飛から歩を取り返して捌けば戦える
(3)手番は先手だから、なんとか局面を収めたい
こんな感じかな。でも、先手の手段も難しくて…。前例は▲2二角から攻め合っているけれど上手くいってなくて、久保さんはこの展開には自信を持っていたみたい。
アナスタシア
ンー、どうすればいいのか、分からないですね。
美波
こういう乱戦に、中飛車はとても強いからね。戦力が中央に集まるのは大きいかな。
アナスタシア
らんせん?ランコが戦いますか?
美波
えっと…乱れた戦いって書いて乱戦ね。駒が入り乱れて、玉も薄くて…。
アナスタシア
よいではないか~よいではないか~♪
美波
それで乱れているのは衣装!私がやらされたけど…。
アナスタシア
ミナミ、脱がされてもキレイでしたね。
美波
…とにかく!ここで佐藤九段が、すごい手を指したのね。それが…
▲5七玉!
…意味としては、△5六飛を防いだ手なんだけど…どう?アーニャちゃん。
アナスタシア
ダーティシトー!…信じられません。こんな手があるんですか?
美波
指された当時も、控室の棋士や中継を観ているファン、みんなが驚愕した…そんな一手なの。
この後の指し回しも素晴らしくて、この対局に勝利してるのね
アナスタシア
ズドーラヴァ!すごいですね。
美波
この後、研究されて後手の対策と「後手良し」の結論が出たのだけど、それよりもこの▲5七玉をタイトル戦で指して、まとめ上げるバランス感覚を称賛するべきかな。
佐藤九段は特に、こういう玉の使い方が上手い棋士なの。
もう少し、見てみようか。
アナスタシア
ダー♪どんな手があるんでしょう、楽しみです。
美波
今度は王将戦 佐藤康―渡辺戦ね。戦型は横歩取りで、後手が端を攻めているところ。
渡辺さんはこういう細い攻めをつなげるのがとても上手くて、現にこの攻めも感想戦で「うるさいと思っていた」と本人が言っているのね。
アナスタシア
▲8五歩と、桂馬を取ってはいけないのですか?
美波
それは、△同飛▲8六歩△9五飛で…端攻めは受からないの。
…どう指したと思う?アーニャちゃん。
アナスタシア
ンー、普通なら、▲7九玉で逃げ出しますね。ビグズォ…逃走です。ですが、それで良くなると思えませんね。…逃げない、ですよね?
美波
うん。そうじゃなくて、指したのは…
▲8七玉!そして6手後に▲8六玉!
…つまり、先手の狙いは入玉にあるのね!
アナスタシア
…玉だけで、ですか?プラーウダ リー エータ?
美波
普通はありえないというか…。入玉って、横や下から追いかけられたときに、逃げながら上部を目指すものなのね。
でも、本局は渡辺さんの飛車が待ち構えている所に突っ込んでいったの。敵陣に味方の駒もいないのに…。
アナスタシア
苦し紛れ…ではないのですか?
美波
ううん。元々、後手が端を攻めるのは分かってたことなのね。そこに▲8八玉と入城して受けて立ってるから、最初からの構想みたいなの。
アナスタシア
ミナミが、単身でアーニャに向かって突撃…ですね。
美波
…私が解説しやすいように、玉を動かしているだけだからね?
…実際、この後入玉を確定させて飛車を取ってしまって、ここで渡辺さんが投了。
右側の駒が全く動いていないのに、いつの間にか玉の動きだけで勝ちにしちゃったの。
結果論だけど、端攻めそのものが疑問だったみたい。
でも、これを指せるのは棋士でも佐藤九段だけだと思う。
アナスタシア
ダー、…感覚が違いますね。
美波
もう一つ、象徴的な手を挙げると、棋聖戦の羽生―佐藤戦かな。
後手の佐藤九段の一手損角換わりから、右辺で戦いに。先手の2四歩、3四歩の垂れ歩に対して、後手は馬を作った局面ね。
こういうときに、玉が戦場から遠い…というのがこの戦型の主張のはずなんだけど…。
アナスタシア
いざとなったら、玉をスリェーヴァ…左に逃げられますね。
美波
ここで指したのが…△4二玉!
渡辺さんが、控室で「1秒も考えなかった手だよー!」と叫んだらしいのだけど…ほとんどの人が、そう思ったんじゃないかな。
アナスタシア
玉が戦場に近づくのですか?シトー?
美波
佐藤九段曰く、「ここで金に紐をつけておかないと、後で戦えないと思った」ということらしいのだけど…。
これってつまり、玉は「守るもの」ではなくて、「戦力の一つ」って考え方が具現化したような手なのね。
これで最終的に羽生さんに勝利するの…。恐ろしいよね。
アナスタシア
ニェート…理解、できないです。
美波
理解できないから、こういう玉の使い方が流行しないのだと思う。
長らく升田賞を受賞しなかった理由が「誰も真似しないから」というものだから、それだけ独特な構想を描く人なのね。
…でも、それで勝てるのだから将棋は難しいし、もしかしたら私たちの常識の方が間違っていることもあるのかもしれない。
アナスタシア
ンー、難しいですね。
美波
難しいからこそ、未だに人を惹きつけているのだと思うよ。
分からない…そんな局面を最後に一つ紹介しようかな。
これは、これまでの玉の使い方とは違うのだけれど…。
A級順位戦、三浦―羽生戦 の終盤ね。相矢倉だったけど後手が上手く反撃して、先手は必至という局面。▲8七銀と受けても、△9六歩から詰むのね。
アナスタシア
パニャートナ、では、後手勝ちなのですか?
美波
それが、簡単じゃないの。ここから先手は▲3一飛と王手をかけて追いかけるのね。
後手も逃げ続けてこんな局面。
後手に詰みはないのだけど…。
ここで、▲8七銀と手を戻したの。これで…受かってるのね。
アナスタシア
シトー?意味がよく分かりません。
美波
えっと…後手の玉が9筋にいるでしょう?これで、△9六歩から詰まなくなったの。香車が効いていないから。
アナスタシア
インチェレースナ!…面白いですね。王手を続けたことで、先手玉が安全になるんですか。
美波
そう。でも、ここからが本当に難しくて…。
互いの玉が近いから、王手をされて逃げた手が、相手の玉の王手になる『逆王手』の手が沢山あるのね。
一手一手解説していたら終わらないから省略するけど、クライマックスがこの局面。
ここで、△7七金から簡単に詰みそうなんだけど…。
▲8六玉が逆王手!これで攻守が入れ替わってしまうの。それがなければ、△8七馬までの詰みなんだけどね。
アナスタシア
アー、…複雑すぎますね。
美波
ここまで難解なことはめったにないけど、互いの玉が近いとこういう普段ない筋があるってことは覚えておいてね。
…この筋を、1分将棋で読み切って勝利した三浦九段がすごいとしか言いようがないかな。
アナスタシア
将棋も、玉は攻めや守りに使えるのですね。アーニャ、勉強になりました。
…でも、使いこなすのはニーギャスネスト…難しいですね。
美波
そうだね。読みに死角があったりすると一気に負けちゃうから…。
アナスタシア
しかく?ミナミ、また勉強してますか?それとも、さんかく、しかく?
美波
資格じゃなくて、死角ね。気づかないところから攻められて、危ないこともあるってことね。
最初は玉の安全を優先した方がいいと思うけど、玉の安全度が分かるようになると、こういう使い方もできるって感じかな。
…ということで、今回の講座は終わりにします。ありがとうございました。
難しいけれど、色んな指し方があるってことに興味を持ってくれたら嬉しいかな。
アナスタシア
スパスィーバ!ありがとうございました、ですね。
そういえば、最後のあいさつをランコに教えてもらいました。
美波
蘭子ちゃんが?「ありがとうございました」じゃなくて?
アナスタシア
ダー、こう…左手を前に出して…
『闇に飲まれよ!』
美波
…あー、アーニャちゃん、それは、蘭子ちゃんと対局するときだけにしようね…。
(了)
参考対局
第61期王将戦第1局 佐藤康―久保戦
第62期王将戦第3局 佐藤康―渡辺戦
第79期棋聖戦第1局 羽生―佐藤康戦
第71期A級順位戦 三浦―羽生戦
佐久間まゆの名局観戦 玉を追い詰める執念
『タイトル戦は、恋愛に似ている』
深浦九段が、初めての王位戦のインタビューで答えた言葉だそうです。
なんていい言葉なんでしょう…。
相手のことを調べて、突き詰めて考えて、最高の結果を勝ち取りにいく。
それは、将棋も恋愛も同じことだと思います。
あの人は、今なにをしているのだろう…。なにを食べているのだろう…。
そんな状態が、ずっと続いていくんです。焦がれてしまうくらいに。
自己紹介が遅れましたね。今回は私、佐久間まゆがお送りします♪
プロデューサーさんから、「観戦記を書いてほしい」と言われたので、まゆの好きな対局を選びました。楽しんでもらえたらうれしいです。ふふ♪
この対局を観たときの衝撃は、忘れられません。
実際に観てもらった方が早いと思いますけど、細かな手の解説をするより、棋士の執念のようなものを感じてもらいたいです。
ご存知かもしれませんけど、羽生先生は『無敵王座』として19連覇していました。
ですが、渡辺先生にストレート負けを喫し、連覇は止まってしまいます。
その翌年、トーナメントを勝ち上がり挑戦し奪還。再び王座に帰り咲いたわけです。
これだけでも、十分すごいことねんですよねぇ。
そして、次に挑戦してきた方が本局の対局者、中村太一六段になります。
有望視されている若手で、2011年には歴代2位の勝率を上げています。(0・8511)
初戦は、中村六段の勝利。もし本局を羽生王座が落とすと、カド番になってしまいます。
そこから3連勝するのは大変ですし、本局は何が何でも勝っておきたい一局なんですね。
そんな対局は、稀にみる大熱戦になりました。
▲7六歩 △8四歩 ▲6八銀 △3四歩 ▲6六歩 △6二金
▲5六歩 △5四歩▲4八銀 △4二銀 ▲5八金右 △3二金
▲7八金 △4一玉 ▲6九玉 △7四歩 ▲6七金右 △5三銀右
▲5七銀右 △5二金 ▲2六歩 △8五歩 ▲7七銀 △4四歩
▲7九角 △4三銀 ▲2五歩 △6四歩 ▲6八角 △3三角
▲7九玉
戦型は、後手の急戦矢倉になりました。△5三銀右から、△5五歩の仕掛けを狙います。後手番ながら、主導権を握りにいく意欲的な指し方です。
それに対して▲5七銀右が先手の工夫で、中央を手厚くして、反撃を用意しています。
ですから後手は△5五歩を見送り、雁木に組んだんですね。普通の雁木は、先手から2筋を狙われて大変なんですけど、▲5七銀右で先手の攻めが遅くなったので、持久戦にしたんです。
この数手だけでも、水面下にたくさんの変化があります。
将棋も恋愛も、最初の細かな駆け引きから気が抜けないんです…うふ♪
△5一角 ▲8八銀 △3一玉 ▲3六歩 △7二飛 ▲1六歩
△1四歩 ▲5九角 △3三桂 ▲7七銀 △7三角 ▲4六歩
△6二飛 ▲1五歩 △同 歩 ▲同 香 △1三歩 ▲1八飛
△2二金 ▲2六角
▲8八銀が『名人に定跡なし』の一手で、柔軟な発想です。
後手の主な攻め筋は、△8四角~△7三桂~△6二飛~△6五歩という、右四間飛車の形です。これを▲7七桂と跳ねて封じてしまおう、という構想なんですね。
▲8九玉とした形は『菊水矢倉(しゃがみ矢倉)』と言い、昔の竜王戦でも組み替えたことがある…と、菜々さんが教えてくれました。
後手は態度を決めずに指しますが、△3三桂をみて▲7七銀と戻しました。
後手の端が薄くなったので、普通の矢倉に戻して攻め勝てるとみたんですね。
実際、端に戦力を集めて▲2六角とした局面は、控室でも「先手模様よし」とみられていました。
先手の駒がよく働いていて、後手の陣形はきれいな形とは言えません。
あとは、ここからどう迫っていくかですけど…。
△3二玉 ▲3七桂 △6一飛 ▲8八玉 △6二角 ▲1九飛
△4一飛 ▲4九飛 △4二銀 ▲6八金引 △9四歩 ▲9八香
△9五歩 ▲9九玉 △9三桂 ▲1九飛 △1二香 ▲8八金
△1一飛 ▲7八金右
…羽生王座は、攻めませんでした。じっと陣形を整備して、万全の体制を築いていきます。
後手は全力で受けに回っていますし、駒の損得はないんですよね。
「模様がいい」くらいで油断してはいけません。
将棋も、入念な準備が重要なんですね。攻め始めたら、手を戻す余裕はありませんから…。
そして、羽生王座は穴熊を完成させてしまいました。これで、攻めさえつながれば勝てる形です。
『毒蛇は急がない』…ですね。こういう落ち着きは、参考になります。うふふっ♪
△1四歩 ▲同 香 △同 香 ▲1五歩 △同 香 ▲同 角
△1二香▲1八香 △4五歩 ▲3三角成 △同 銀 ▲1二香成
△同 金 ▲4五桂 △4二銀 ▲3五歩 △同 角 ▲3八香
△7一角 ▲5五歩 △1八歩 ▲3九飛
動いたのは、後手の方でした。
ですけど、△1四歩というのは先手玉に迫るわけではなく、先手の攻めを催促した意味が強いです。これ以上待っても仕方ないですし、先手にいいように攻められたら勝ち目はありませんから。
▲3三角成もすごい手ですけど、穴熊ですから攻めさえつながればいくら駒損しても大丈夫なんです。あとはゆっくり、確実に迫っていくだけ…。
▲5五歩も好手で、歩を使った攻め筋が増えれば後手は受けきれません。こういう、細い攻めをつなげるのは羽生王座の得意領域ですね。渡した角も、受けには不向きな駒です。
▲3九飛までくると、次の▲3四香からの攻めが分かっていても受けにくいんですね。数で勝っていますから、後手は支えきれないんです。
対応に困ったようですけど、中村六段は受けませんでした…。
△1七角成 ▲3四香 △2二玉 ▲3三香成 △1三玉 ▲4三成香
△同 銀 ▲3三飛成
ここから、後手玉は上部に逃げ出します。囲いは放棄しても、入玉できれば勝てる…という意味です。
入玉が成功すれば、大駒を3枚持っている後手は相入玉になっても点数で勝てる可能性がありますし、その前に穴熊を姿焼きにできそうですね…。
実は▲3三飛成が自然なようで、▲1五歩と上を抑える方が勝ったみたいです。
以下、飛車を取られても後手を包囲してギリギリですが寄っていた…と。
だから、その一手前は△4三同金が良かったとも…。
(▲1四銀からの詰めろが受けにくいんです)
…ですけど、これは結果論なんです。
このとき、互いに持ち時間はほぼありません。既に夜の9時を回り、勝負が始まってからから12時間経っています。そのときの最善を尽くすしかないんです。
…ただ、ここから形勢の針は後手に傾き、長い…長い終盤の幕開けになります。
△1四玉 ▲2九桂 △2七馬 ▲1三歩 △同 金 ▲1七歩
△1九歩成 ▲1六銀 △2六馬 ▲2四歩 △1五歩 ▲2三歩成
△同 金 ▲2七歩 △3三金 ▲2六歩 △2四金 ▲3三角
△3一飛 ▲5四歩 △1六歩 ▲5三歩成 △3三飛 ▲同桂成
△1七歩成
細かな手順前後や疑問手はあったようですが、どの変化も難解で読み切れません。
ここからは、人間の勝負です。
…とはいえ、先手は必死に後手玉を捕まえにいきますけど、攻め駒不足は否めません。
こんなに追いかけても、届かないなんて…!
先手が良いように見えて、自然な手順で攻めてきましたけれど、それでも上手くいかないんですね。将棋って、難しいです…。
…でもそれは、現実も同じですか。どんなに準備して、どんなに迫っても、いろいろな壁が立ちはだかります。
まゆだって、できることならプロデューサーさんと今すぐ…!あ、いいえ、なんでもありません。
気の早い人なら投げてしまってもおかしくないですけど、羽生王座はあきらめませんでした。
▲1一飛 △1三歩 ▲4三と △2九と ▲5二と △1五玉
▲1三飛成 △1四銀 ▲3六銀 △2一香 ▲1八歩 △2六玉
▲4八銀 △3七歩 ▲2二歩 △2三香 ▲同成桂 △3六玉
▲2四龍 △2五銀打 ▲1七歩 △2七玉
とにかく、先手は後手に楽をさせません。飛車で下から追い上げ、後手の金銀を剥がしにかかります。
そして▲4八銀と自陣の駒を応援に出して、後手玉を包囲していきます。
両者、互いに1分将棋。難解で、結論が見えない戦いが続きます。
△1四歩から攻めを催促し、70手も受け続けてきた中村六段ですが、△2三香が悪手でした。▲同成桂に△同金と取れないのですね。(▲1四竜でほぼ受けなしです)
△3六玉と銀を取って逃げますが、それなら香車を打たずに△3六玉と指すべきでした。これで、後手が勝っていたようです。
…ただ、中村六段が間違えたというよりは、羽生王座の執念がミスを呼んだ、という方が正しいでしょうか。
当時、対局姿は生放送されていたのですけど、前傾姿勢で盤面を睨むその姿は、画面越しですら鬼気迫った印象を受けました。
…これで先手が持ち直しましたが、後手は入玉を果たしました。まだまだ勝負は続きます。
▲1三成桂 △2三歩 ▲3五龍 △2六角 ▲同 龍 △同 銀
▲6三角 △3八玉 ▲1八角成 △4八玉 ▲2九馬 △3八銀
▲5九金 △同 玉 ▲6八銀 △5八玉 ▲4九香
入玉されても、先手は執拗に追いかけます。ついには▲6八銀と穴熊の銀まで活用して、▲4九香で挟撃形になりました。…香車を渡してしまった罪が、ここに表れています。
△4八歩 ▲5九金 △4七玉 ▲4八金 △3六玉 ▲3八金
△同歩成 ▲4七銀 △2五玉 ▲3八馬 △1五銀上 ▲2一歩成
△3七金▲2九香 △2七桂 ▲3七馬 △同銀成 ▲3八歩
△4七成銀 ▲同 香 △3六銀 ▲3七銀 △同銀成 ▲同 歩
△3六銀 ▲同 歩 △3七金 ▲1八銀 △4九角 ▲2八銀
△同 金 ▲同 香 △2六銀打 ▲4八金 △3六玉 ▲4九金
△1九桂成 ▲2七銀
まで、203手で先手の勝ち
…長い対局も、ついに終幕を迎えました。
▲5九金から香車を利用して後手玉を押し戻し、ひたすら迫っていきます。更に香を補充して、▲2九香と打ち据える。
控室も理解ができていない中、羽生王座は的確に相手の駒を取っていきます…。
ここでは、互いに「先手がいい」との認識だったようです。
一番局面を分かっているのは、対局者の二人なんですよねぇ……。
後手も歩頭に銀を打ったり、必死に抵抗しますがついに捕まりました。
投了図からは、△2七同銀成と取れば▲6三角で合い駒が打てず、馬を作られて受けがありません。逃げても追撃がありますから、投了もやむなしですね。
終局は23時21分。14時間半もの死闘でした。
王座戦本戦の最長手数記録も更新したそうです。(これまでは、172手が最長でした)
…本局は、羽生王座の執念をみたような一局でした。
序盤、繊細なやり取りで作戦勝ちをした後も入念に準備をして、手順を尽くして攻める。
そして、入玉を目指す後手との、100手以上の逃走劇…。
特に、後手が捕まらないように見える局面からの勝負術がすごいです。
あの少ない戦力で、相手に楽をさせない展開をずっと続けたわけですから、驚きと言うしかないです…。
もし、途中の局面で投了していたら…気持ちが切れていたら…。この棋譜も、勝利もなかったでしょう。
そして、中村六段はこの203手、一手も先手陣を攻めずに受けに回り続け、優位にすら立ちました。この指し回しがあったからこそ、この棋譜が生まれたわけです。
棋士の、精神力をみたような気がしました。
あきらめたら、そこで終わりなんですね…。
その後、王座戦は第3局を中村六段が制して羽生王座はカド番になりますが、4、5局を連勝して逆転防衛を果たしました。
この対局で見せた羽生王座の死にもの狂いの食いつきが、防衛につながったんです。
中村六段の挑戦から今に至るまで、羽生王座は豊島七段、佐藤天八段の挑戦を受け、いずれもフルセットで防衛しています。ここ数年の王座戦は、名局がたくさんあります。
3年連続で名局賞が王座戦から選ばれていたりもするんですよ。興味があったら、調べてみると面白いと思います…。うふふ♪
すでに、来期の王座戦の予選は始まっていますね。これからもきっと、いろんな棋士がドラマを作り上げていくのでしょう。
だって、タイトル戦も恋愛も…終わりはありませんから。
(了)
ウサミン星の矢倉戦 先手矢倉の可能性
キャハ♪ ナウいJKアイドル、ナナ、再び登場ですっ!
今日は、再びウサミン星から特別司令を受けて皆さんに解説をすることになりました。よろしくお願いしますっ!
今回の内容は…矢倉です!ああ、いや……確かに美波さんの矢倉講義の後ですけど、ナナの矢倉は違いますよ!ウサミン星データベース直送ですっ!
前回、美波ちゃんが触れていましたけど、『矢倉4六銀・3七桂戦法』が最近めっきり指されなくなりまして、先手の作戦の模索が続いているんですね。
それもあって50手先まで同じ局面…ということがほとんどなくなって、新しい構想や、以前の懐かしい戦型が沢山見られるようになったんです。
昔、故米長永世棋聖が『矢倉は将棋の純文学』と仰っていたのですけど、
「押したり引いたり、ある意味ネチネチした将棋」
という意味だそうです。昔の矢倉をよく表している言葉だとナナは思います。
…しかし、『4六銀・3七桂戦法』が主流になってからは先手が攻め倒す将棋が増えたので、この意味が通じなくなってしまったんですねぇ。純文学というよりは、定型文でしょうか。
「矢倉は将棋の王道だ」みたいに誤解する人も多いようです。
ですから、今の試行錯誤している段階は、「純文学の復活」とも言えそうです。ナナ的には嬉しかったりするんですよ。
では、先手にどんな作戦があるのでしょうか?ウサミン星のデータベースを使って、紹介していきたいと思います。
「これ面白そう!」って戦型が見つかったらナナは嬉しいのです。キャハ☆
・▲3五歩戦法
矢倉というのは角の使い方が重要で、王様が囲いに入るにはこれをどかさなければいけません。
で、攻めの姿勢をとりながら角を活かすには、3筋の歩を交換すればいいわけなんです。
それを最短で狙うのがこの▲3五歩戦法なんですね。
ここから△同歩▲同角と進むと、先手が既に作戦勝ち気味なんですよ。
・1歩持ちつつ、
・▲3七~3六銀のルートを作り、
・▲4六角で牽制もできる。
こうなると、先手が一方的に ポイントをあげることができます。
相矢倉のほとんどは、
「3筋を交換したい先手と、それを阻止する後手」
という構図なんです。覚えておいて損はないですよ。
ウサミン星のデータは歴史に強いんですっ!
とにかく、後手は歩を取らずに△6四角と牽制するのが自然で、先手も▲1八飛と逃げます。銀で守ると、△3六歩で銀が死んじゃいますからから気をつけてくださいね。
初心者にありがちですし、ナナも若いころよくやりました……い、今も若いですけど!
この後、先手は後手の角をいじめ、後手は3筋を逆用して盛り上がります。自玉の上部や中央で戦いが起こりますね。手は広いですけど、こんな感じです。
(一例)
▲1八飛以下、△5三銀▲6五歩△7三角▲7五歩△同歩▲3四歩△同銀
▲7四歩△5一角▲4六角△9二飛▲6六銀△4五歩▲2八角△4四銀▲7五銀
今期の棋聖戦でも指されてますね。(棋聖戦第2局羽生―豊島戦)
勝ったのは後手ですけど、中盤までは互角だったようです。
あと、▲6六歩を指さないで▲3五歩から仕掛ける形を深浦九段がA級順位戦最終局でさしていますねぇ。(結果は後手勝ち)
この仕掛けは25年前、郷田九段によって指されたのが最初だとか。
…なんだか、郷田九段が指したというのは納得できますね。
お互い、玉の囲いは固さではなく厚みで評価するような力戦になるので、好みが分かれるところかもしれません。ナナはこういう将棋大好きなんですけど。
玉頭を制圧するため入玉含みにもなりますから、そういう展開に強い方はオススメかもしれません。
・▲6五歩早突き型
▲3七銀から▲3五歩の交換を狙うのが普通の指し方ですけど、△6四角の瞬間に動くこともできるんですね。それが▲6五歩です。
つまり、角をすぐに追い返しちゃうんです。…ただ、後手にも△6四歩の反発がありますからゆっくりしてはいられません。
更に▲5五歩~▲5八飛~▲6六銀、そして更に▲4六銀!どうですか、この中央の戦力!
(一例)▲6五歩以下、△4二角▲5五歩△5三銀▲5八飛△4三金右▲5四歩△同銀▲6六銀△5三金▲4六銀
『5五の位は天王山』と言いますけど、これほど手厚い攻めもなかなかないですよ!
後手が下手に対応すれば中央から突破を狙うわけです。
それを避けようと中央に戦力を集めて対抗すれば、厚みを築きあげます!
こんな感じですっ!
先手は、▲3七桂~▲2五桂や▲4六角で揺さぶりながら中央も狙う。端が弱いので注意。
先手も後手も手の組み合わせが色々ありまして、矢倉を放棄して△4三金左なんて手もあるみたいですねぇ。力戦になりますけど、手厚い将棋の好きな方にはオススメですよ。
・加藤流▲3七銀
『4六銀・3七桂戦法』の前身みたいな戦型です。銀を4六に出ないで▲1六歩と突いて、後手の出方をみてから方針を決めます。
加藤一二三九段が愛用されていることで有名なんですけど…知ってますよね?
中原―加藤名人戦十番勝負とか…知らない人の方が多い!?えぇ…。
話が逸れてしまいました。先手の基本的な攻め筋は、▲4六銀~▲3七桂の見慣れた形です。これを、いいタイミングで指したいんですね。
図から後手が△7三銀と指せば、そこで▲4六銀です。
こうすると、△4五歩~△4四銀みたいな応援ができないんですよね。
…まあ、それでも△4五歩を突く定跡はあるんですけど。(△6二銀と戻して繰り替える定跡もあります)
△5三銀で守勢に回るなら、雀刺し棒銀で端を狙う…なんてこともできますね。
飛角銀桂香、攻め駒を全て端に集中させるんです。
(次に▲2五桂から殺到する。後手は、△同銀▲同銀△3七角成と端を代償に馬を作る順などがある)
端だけなら破れますけど、後手はそれをいなしてどうか…。
今もよく指されている戦型ですし自分の矢倉を崩さず戦えますから、現代将棋とは相性がいいとナナは思います。
・▲4六角戦法
正直、後手の△6四角って、絶対に働く手なんですよねぇ…。だったら、先手から先に角を出てしまおう!という戦型です。
半分守勢に回るような手なので実戦例は少ないですけど、後手からの手の作り方も難しいんですねぇ。
千日手は流石に嫌ですから、後手の攻めを牽制しながら攻勢をとる将棋になります。
▲3七桂~▲2五桂と跳ねたり、後手が△7三銀から悠長に組めば加藤流の後手より一手得することもできそうですね。
ただ、後手番と同じように▲5七銀から守勢に回ると、攻めが細くなるので仕掛けにくく、千日手の可能性が出てきます。先手は、打開しなければいけませんから。
先手番でも千日手を苦にしない!…という方は棋士にもいらっしゃいますけど少ないですし…。
最近では、今年度棋聖戦の豊島―羽生戦で指されていますねぇ。後手の対応が秀逸で結果は出ませんでしたけど、可能性を感じる内容でした。
・森下システム
その名の通り、森下卓九段含めた矢倉党の皆さんで作り上げられた戦法です。銀を4八の地点で保留して、▲6八角で様子をみて、後手の動向で方針を決めます。
(右銀の態度を決めずに、後手の手に対応していく方針。)
一時期後手の雀刺しに苦しめられましたけど、先手も対策を見つけて組むことができるようになりました。
▲4八銀をそのままにしておくことで、▲5七銀から自玉を手厚く守れるという利点があります。
ただまぁ…受けに回る展開もありますし、明快に攻める順があまりないので受けが好きな人向けですかねぇ。一時期は将棋界を席巻していたんですけど、3七銀戦法に押されていった印象です。ここ最近は復活気味ですね。今後が楽しみなところです。
・脇システム
これまでに触れてきたように、先手矢倉は角の動かし方に屈託するんですよね。
おおざっぱですけど、
▲3五角>△6四角=▲4六角>>▲6八角
という順に働きに差がでるんです。
例えば、▲6八角と上がった瞬間とかをみてもらえると分かりますけど、後手の角の方が断然働いているんですね。
(後手の△6四角は八方を睨み先手の飛車、銀を牽制しているのに対し、先手の▲6八角は7九の状態とほぼ同じ働き)
先手のも将来的に働く角なんですけど、▲6八角自体に意味があまりないんです。玉の入場ルートを作っただけで、将来的に角を動かしたときに、手損になる可能性もあります…。
ならば、△6四角に▲4六角と対抗してはどうか、という話になるんですね。これが脇システムです。…懐かしいですねぇ。
組み合って、先手は棒銀に出たり、3筋から攻めたりします。角交換になることも多いので、▲4一角(△6九角)のような矢倉崩しの角打ちの手筋を覚えておく方がいいですね。
今では三浦九段が愛用されていて、本を出されているので有名です。しかし、最近はあまり指されていないんですよね…。
A級順位戦で羽生先生に土をつけた対局は有名ですけど、電王戦でのGPS新手(図)が尾を引いて、更に△5二金のまま保留する指し方もあって…。少しばかり受難の感はありますねぇ。
(左がGPS新手。△7五歩▲同歩△8四銀で、一見細い攻めが繋がってGPSの快勝)
(右が△5二金保留型。▲4一角のキズがなく、角交換すれば△6四~6五歩の攻めがある)
今期名人戦第4局では羽生先生が先手で採用していますけど、△5二金保留型になり、攻めが切れて敗勢になってしまいましたし…。
(ただ、最後に勝ったのは羽生先生なんですねぇ…。羽生先生はウサミン星以外の、別の星から来ているのではないかと疑いたくなります)
中盤までは同じ形になることも多く、研究がしやすい形ですね。先手がとにかく攻めたいのならオススメだと思います。
・藤井矢倉 (早囲い)
ナナは『藤井システム』が将棋界を、四間飛車の覇権を握ったときの衝撃を昨日のことのように覚えています。四間飛車一本で竜王を取り、『一歩竜王』の羽生―藤井戦は名局でした…。
囲いは後回しにして、相手の陣形をみて動く。急戦にも、持久戦にも互角以上に戦える…。まさに、「システム」なんですねぇ。
…あれからかなりの年月が経ちましたけど、藤井先生は矢倉でも新たな戦型を開拓されました。それがこの戦型です。
この藤井矢倉も、『矢倉版 藤井システム』と言ってもいい戦法なんですよ!
元々、矢倉には『早囲い』というものがありました。玉の入城ルートを
▲6九玉~▲6八角~▲7九玉~▲8八玉 とするのではく、金を動かさずに
▲6八玉~▲7八玉~▲8八玉
と入る戦法なんですけど、▲6八角を省略できる分、通常より1手得するんですよね。アイドルは手損を嫌いますけど、手得には敏感なんですっ!
▲6八角と指さずに囲えるのは魅力的なんですけれど、左金が守りに働いていない時間が長いので、後手急戦に弱いという弱点があったんですねぇ。
例えば、米長流急戦矢倉で比較しますと…。
明らかに、玉が危ないですよね?先手の左金が受けに働いていません。
普通に戦ってほぼ互角の勝負なのに、それより危険なわけですから、一度廃れてしまったんですねぇ。
そこに新風を吹き込んだのが藤井九段なんですっ!方針は以下の通りで――
・できる限り居玉
・相手の方針をみる
・脇システムとの融合
具体的な順としては、先手は、囲いに行くのは一番最後にするんです。飛車先を突いて、角を引いて、ひたすら居玉で待つ。早囲い…という名前が合っているかはさておきですけど。
後手が急戦を選択すれば、▲7八金で普通の形に戻せるんですね。
で、後手が△3一角から囲い合いを選択すれば、早囲いにできるんです。
そして、▲7八玉・▲6八金型に組むのが藤井流。江戸時代に『天野矢倉』と呼ばれていた囲いなんですけど、8筋からの攻めに弱くて廃れていました。しかし!脇システムと融合させた形になると、矢倉崩しの△6九角を打つことができなくなるんです!先手だけの権利になるんですねぇ。
ただし、8筋が弱いので注意も必要です。一長一短ですね。
後の▲4一角~▲6三角成や▲3五歩の攻めがある。一方、後手は△6一角と打てない
これがきっかけで早囲いそのものも見直されまして、今期の名人戦や王将戦でも早囲いが現れていますね。▲6八飛や▲7八飛といった展開も指されています。ただ、このあたりは序盤の一手一手で大きく変化が変わるので、高段者でないと指しこなしにくいです…。
王将戦郷田―羽生戦。この後▲7五歩から攻めて快勝。
藤井矢倉から離れた形も多いですけれど、発想の出発点は藤井九段です。
その後、角交換四間飛車を発展させた藤井先生は、3つの大きな定跡の体系を作り上げたんですっ!普通はありえないことなんですけどねぇ…。ファンが多いのも頷けます。
ナナは矢倉党で居飛車党ですから、藤井システムを相手にするのは大変なんですけど…。愚痴になっちゃいましたね。これだから歳は取りたくない…17歳でも愚痴は言いますっ!
……だいたい、矢倉に組み合う将棋で、先手の手段はこのくらいですねぇ。
『4六銀・3七桂型』が大流行した影響で、他の戦型はここ10年あまり指されていないんです。
…これは他の戦型がダメなのではなくて、プロ棋士は「勝たなくてはいけない」から流行したんですね。
先手は組めば主導権を握って攻めが続く、同じ形になるから研究もできる、その上勝率も良い。勝つためには非常に魅力的な戦型でしたから、指されていったわけです。
ですけど、今は組めなくなってしまいました…。
その間、半分眠っていた形が、今掘り起こされて再検討されているわけです。矢倉独特の力勝負が観られて、ナナは満足しているんですけど。
その眠っている間にも攻めや受けの技術は、指されていた頃より確実に高くなっていますから今後も実戦でいろいろな手が現れるでしょうし、今までの結論がドンドン変わっていくことだってあり得ます。
現に、△4五歩反発型も、20年前に出た「先手良し」の結論が出ていたのが覆って今があるんです。
未知の領域が多く、変化が限りないのが矢倉ですから、可能性も無限大なんですっ!
先手番の場合、何か一つ好きな形を選んで指してみるといいと思いますよ。
後手も、今説明した戦型全部に対して適切に応対するのは大変ですし…、楽しんで指す分にはどの戦型もいいと思います。
それに、負けるときっていうのは、「戦型選択」で負けるわけではなくて「中終盤のミス」でによることがほとんどですから…。
研究勝ちを狙うだけが将棋じゃないですし、むしろ膨大な変化の山の中をさまよう将棋の方が、昔は当たり前だったんです。その分、読みや大局観を養うには、矢倉はもってこいだと思います。
楽しく、将棋を指して上達していく。ナナが少しでもその手助けになれば、これ以上嬉しいことはないのです。
というわけで、ナナの矢倉解説を終わります。ありがとうございましたっ!
ウーサミン♪
……あ、ちょっと!カメラ寄せすぎないで下さい!今日はメイクそんなにしてないんですから!
ナナが好きなのは矢倉ですけど、流石にいくつも戦型を解説するのは大変なんですよ…。
特に10年以上前の戦型になると、ナナも大変で…ウサミン星のデータベースを探し回りました。ですけど、分からない変化も多いです。これに加えて急戦矢倉もありますからね、解説できませんでしたけど。将棋って、難しいですねぇ……。
ただ、こうやって調べていると本当に懐かしくて…。米長先生や中原先生の矢倉も素晴らしいんですよ。飛車先不突き矢倉は田中寅彦九段の手ですし、何だったら急戦も沢山ありました。時代は移り変わりますねぇ…。
あ、もう次のお仕事の時間ですか。それでは、ありがとうございました。
さよなら、さよなら、さよなら~。
(了)
※菜々さんは、永遠の17歳です。(P)
参考対局
・▲3五歩戦法
第86期棋聖戦第2局 羽生―豊島戦
第74期A級順位戦 深浦―広瀬戦
加藤流
第65期B級1組順位戦 渡辺―深浦戦
・▲4六角戦法
第86期棋聖戦第1局 豊島―羽生戦
・脇システム
第71期A級順位戦 三浦―羽生戦
第2期電王戦5回戦 三浦―GPS戦
第73期名人戦第4局 羽生―行方戦
・藤井矢倉(早囲い)
第58期王座戦第2局 藤井―羽生戦
第73期名人戦第1局 行方―羽生戦
第65期王将戦第1局 郷田―羽生戦
……羽生先生の対局は多いですねぇ(ナナ)
参考(になる)書籍
羽生の頭脳文庫本3巻(単行本5,6巻)
佐藤康光の矢倉
安部菜々の一人語り ウサミン星の同型あれこれ
みなさーん、ようこそいらっしゃいました!今回は、ウサミンこと安部菜々がお送りいたします!歌って踊れる声優アイドル、永遠の17歳です!電車で1時間かけてウサミン星からやってきました!よろしくお願いしまーす、キャハ☆
これまでは美波さんとアナスタシアさんがいろいろな形について説明したそうですけど、その美波さんからのご指名なんですよねぇ。なんでも、
「菜々さんが適役だと思うんです。よろしくお願いします」
とのことです。
ウサミン星のデータベースはすごいですから、それに期待してくれているみたいですね。…うぅ、メイドをしながらアイドルを目指していましたけど、こうして皆さんの前に立てる日がくるなんて…!グスッ、すみません、涙腺がゆるんできたんですかね。
さて、今回の解説は、『角換わり腰掛け銀先後同型』についてですっ!
ナナは矢倉の方が好きですけど、居飛車党には避けて通れぬ道でした。
現時点では「先手良し」と言われていますけど、それが分かったのも2011年頃、つまり5年も前の話なんですね。光陰矢の如しとは言いますが…早いですねぇ。
この同型の結論を前提に今の角換わりは進んでいるんですけど、今も詳細を覚えている人は少ないんじゃないかな…とナナは思うわけですよ。
というわけで、同型の歴史と手順をみていこうと思います!
ナナは永遠の17歳ですけど、ウサミン星と交信しているので古い将棋も大丈夫です!
むしろそっちの方が得意…いや、それはおいといて、それではいきますよ!ウーサミン♪
・木村定跡
角換わり同型の歴史は古く江戸時代の頃に原型はあったそうです。
最初に流行したのは昭和初期ですね。ただ、ちょっと形が違うのが分かると思いますけど、互いに玉を入城しているんですよ。
『玉は8八や2二が定位置』っていう認識だったんだと思います。生まれてないので本当のところは分からないですけど…はい。
この頃に言われていたのが、角換わりは『初段が八段に勝てる戦法』というものでして、つまりは格上の相手にも上手く仕掛ければ勝てるという意味なんですねぇ。
当時の棋士はA級八段が最上位だったのでこういう名前がついています。「九段」は当時タイトルだったんですっ!これがのちに十段戦になり、今の竜王戦に発展していくんですねぇ。1期竜王の島九段が懐かし…くないです、生まれてませんから!
それはさておき、この格言を代表するのが『木村定跡』ですね。
この「木村」姓は今の木村一基八段ではなくて、昭和初期の大名人、木村義雄名人のことです。
当時、無敵を誇る木村名人に勝つにはどうすればいいのか。そのために研究されたのが角換わり腰掛け銀で、結論が木村定跡なんですね。
角換わり腰掛け銀は双方の持駒に角がありますから、囲いと攻めの形はほぼこの形しかないんです。
ですから、当時の若手がここから上手く攻める順があれば木村名人にも勝てると考えたわけですね。若い力ってすごいですよねぇ…。
実際に、木村名人は第6期名人戦で塚田正雄九段に敗れているんですね。その実戦も含めて研究され、ついに「後手の投了」まで定跡化された木村定跡が誕生したわけです!これが昭和20年頃だそうですね。ウサミン星のデータべースはカンペキですっ!
……最新型以外は。
完成度の高い定跡としては最初のものと言っていいくらいすごいものなんですけど、今の本にはあまり載ってないんですよねぇ…。
今の先後同型の前に、簡単な解説をしておこうと思います。重要な手筋が満載なんですよ。注目ですっ!
▲4五歩(図)△同歩▲3五歩△4四銀▲7五歩△同歩▲1五歩△同歩▲2四歩△同歩▲同飛△2三歩▲2八飛
先手は4筋、3筋と歩を突きます。▲3五歩を△同歩と取ると、△4四銀のときに▲2四飛で王手銀取りが掛かったりしますから要注意です。基本、腰掛け銀の3筋の歩は取れないものと思って下さい。
なので先に△4四銀とかわします。でも、先手は飛車先の交換ができるようになるんです。
7筋と端を突き捨てて、飛車先を切ります。
さて、ここで重要になるのが7筋の突き捨てです。手番は後手なんですけど、先手の▲7四歩があるから桂を守らなくちゃいけなんですねぇ。同型は、常に桂頭を狙う将棋なんです。
△6三角▲1三歩△同香▲2五桂△1四香▲3四歩△2四歩▲3三桂成
△6三金で守ろうとすると、▲7四歩△同金▲4一角図で敗勢になっちゃいます。でも、角を使わなきゃいけないのはきついですねぇ。
端を攻めたあと、▲3三桂成も重要なポイントですね。歩成から精算しないで、飛車先を通すのが要所です。
△同桂▲2四飛△2三金▲1一角△3二玉▲3三歩成△同銀▲4四桂△同銀▲2三飛成△同玉▲4四角成
飛車を走って、角を打って、一番良いタイミングで桂馬を取り返します。これで技ありが決まりまして、これが最終図。後手の持ち駒は飛車と桂馬だけなので受けが効かず、先手玉は安泰なんですね。後手は、仕掛けられてから受け一方で負けてしまいましたから一本道なんですよ…。
現代的な目線でみると、戦場になる1~3筋に自ら近づいていく△2二玉が悪手なんです。……これが敗着になるあたり、将棋の怖さを感じますけど。
後手は△2二玉と指さずに△6五歩と仕掛ければ逆に攻勢をとれることになるんですね。で、▲8八玉も疑問手となり、省略することになります。
7九、3一の玉で戦いを起こすのが一般的な同型となったわけです。
これ、「升田定跡」って名前がついてるんですよ。若い子は知らないかもしれませんけど……。え、あぁ…ナナはウサミン星のデータベースがあるので知ってたんです!
ただ、いかんせん戦前~戦後にかけての話ですから、ウサミン星のデータをもってしても当時の細かなことは分からないです…。少なくとも、その後角換わりそのものが下火になったみたいですねぇ。後手が待機したときに、当時は千日手になってしまったようです。
これがだいたい昭和中期の話ですねぇ。ここからかなり経過しますが、ある棋士の登場で展開がガラッと変わります。
・谷川浩司(現九段)登場
そう!この方ならナナもよく知ってますから語れますよ!『光速流』谷川浩司九段、現将棋連盟会長です!
谷川九段は居飛車党で、得意としていたのが角換わりなんです!その攻めの切れ味は他の追随を許さず、21歳にして最年少名人に輝きます!
そうなると棋界の流行も角換わりになっていくんですね。後手が待機しても攻め倒してしまう谷川九段の将棋が定跡を一気に発展させ、同型も見直されるんですよ。
いつしか角換わり腰掛け銀=先後同型となり、数年前まで続いていきました。
今度はもっと複雑になりますから、あらましだけ説明していきますね。
・仕掛けは「世に伊奈さん」
▲4五歩△同歩▲2四歩△同歩▲1五歩△同歩▲7五歩△同歩▲3五歩△4四銀▲2四飛△2三歩▲2九飛
升田定跡基本図から、4筋、2筋、1筋、7筋、3筋と突き捨てていきます。
この順番が大切で、例えば3筋を最初に突くと△同歩~△3六歩と桂馬が死んじゃうんです。
語呂合わせで『世に伊奈さん』とか言います。棋士に伊奈六段と言う方がいらっしゃるので、そう言うようですねぇ。
『世にウサミン17さい♪』とかでもいいですよ?
……分かりにくいですか、そうですか…。
それはともかく、▲3五歩に△4四銀とかわして1歩交換になります。このとき、やはり桂頭を守らないといけないんですが…。
△6三金▲1二歩△同香▲1一角(右図)
今度は金で守れるんですねぇ。先手は▲4一角と打てませんから。別の攻め筋を考えないといけません。
それが▲1二歩~▲1一角の丸山新手で、好手なんですっ!
この手自体は銀取りですけど、受ける手段が難しいんですね。△3五銀▲4五銀から攻め合いにしても▲3三歩などで攻め勝てますし。形を崩さず受けるなら△2二角くらいしかありません。
しかし!△2二角▲同角成△同玉と進むと、
1、香車をつり上げ 2、玉を2二へ誘導する
この2つを1歩捨てるだけで達成できるのですよ!まさに一石二鳥…いや、一歩二手の好手ですっ!
この展開は、ほぼ調べ尽くされて同型は先手良しと思われていました。そして、同型が下火になるんですね。
でもこれ、1990年代後半の話なんです。ナナもよく覚えていま…あっ……いませんよ?
同型は2010年頃まで指され続けます。つまり、再燃するんですね。
実は、この▲1一角の局面、「後手良し」なんです…。
沢山の棋士が調べ上げた「先手良し」の結論を、二人のトッププロがひっくり返しました。その、重要な2局を観ていきましょう。
羽生―佐藤戦(第27期棋王戦第4局)平成24年3月8日
(再掲)
▲1一角以下
△3五銀▲4五銀△2二角▲3三歩△同金▲2二角成△同玉▲5四銀△同歩▲4五桂
えーと…何をしたかといいますと、ダメと言われていた△3五銀と△2二角を組み合わせたんですよ。
口で言うと簡単ですけど、沢山の棋士が思いつかなかった、発想すらなかったであろう手順なんです!
結果は佐藤九段の負けなのですけど…。
先手は攻めるしかありませんから、必死に手を作ります。以下
△3二金▲4一角△7四角▲2八飛△4二飛▲1一銀!
先手は歩切れで攻めが難しいと思うところですけど、何せ羽生名人ですからねぇ。あれよあれよという間に攻めを繋いで、難しい勝負にしてしまいます。その後佐藤九段にミスもあって、新手は実らなかったんですね…。
しかぁし!この新手を発展させ、完成させた強者が出現します!他の人が引き継いで完成させる…、まるで少年マンガみたいですね!
それは、この対局の5ヶ月後のことでした。
谷川―羽生戦(第43期王位戦第4局)平成14年8月19、20日
▲4五桂以下
△2四金▲5三桂成△同金▲7一角△5二飛▲6一銀△5一飛▲6二角成
△4二銀▲5一馬△同銀
…はい、改良したのは羽生さんです。それも角換わりのエキスパート、谷川九段を相手にです。対局相手の新手を改良して、完成させてしまいました。
当たり前のようにすごいことをする人ですよねぇ…。
▲4五桂に△2四金と逃げたのが工夫で、普通は悪形としたものなんですけど…。
今回は『場合の好形』というもので、▲1三玉と逃げたときの耐久力がすごいんですね。上部に厚いんです。
先手の谷川九段も必死に攻めますけど、ここまでくると、持ち駒が飛車一枚では攻めが切れていますね。
その後羽生さんが的確に反撃して勝利。これによって、「手目▲1一角は後手良し」となりました。一度出かけた結論が覆されて、また同型の将棋が盛り上がっていくのですねぇ。
その後、飛車を2六に引いたり(△3五銀から後手良しの結論)
先に▲3四歩と歩を取ったり(手番が後手に回る)
いろいろな工夫が指されましたけど、先手の攻めが緩むと△7五歩や△8六歩の反撃が厳しいんですよねぇ。後手は歩を沢山持っていますから、反撃の戦力には事欠かないんです。
そして先の羽生―谷川戦から7年(!)経って、先後同型の決定版と言われる『富岡新手』が登場します!さあ、クライマックスです!
・富岡流
△6三金以下
▲1一歩△同香▲3四歩△3八角▲3九飛△2七角成▲1二歩△同香▲1一角△2八馬
ここまでは、前例で「飛車をいじめて後手良し」と言われていた順です。
ここから3手が富岡流ですっ!必見!
▲4四角成!△3九馬▲2二歩!
まず飛車を見捨てて▲4四角成。これもすごい手ですが、まだ前例があります。そして更に▲2二歩!これで先手の攻めが決まるんですっ!すごすぎますねぇ…。
この後の手順もすごいのですけど、難しいところばかりですので流してもらってもいいですよ。
▲2二歩以下
△同金▲3三銀△同桂▲同歩成△4一玉▲2二と△4九馬▲7四桂
△同金▲5三馬△5八馬▲7二歩△同飛▲6二金△4二金▲4五桂
△5三金▲同桂成△6二飛▲同成桂
▲2二歩の効果で、▲3三銀を手抜けないんです。単に銀を打つと放置できるんですねぇ。(▲3二銀成に△同飛で大変)
△3三同桂が棋聖戦羽生―深浦戦で出た手で、先手の攻めを遅らせようというもの。
以下の手順はその後研究されて、A級順位戦 渡辺―郷田戦で出た順なのですけど、後手からすると一直線なんですね。▲7四桂で金を無力化し、飛車を近づけて、桂馬も活用して…。
最終的に、後手玉は必至になります。あとは、先手玉が詰むかどうかなんですが…。
△6八銀▲8八玉(投了図)
……詰まないんですねぇ、これが。△6八銀に▲同銀は△9七角!で詰んでしまいます。
ですけど▲8八玉でわずかに詰まないんです。変化は多いですし、間違えると頓死しますがギリギリのがれているんです…。
ちなみに、羽生さんは棋聖戦でこの局面まで思い浮かべ、「先手玉が絶対詰んでしまうから」と指さずに変化したようです。
普通は詰むとしたものですが、それよりも△3三同桂の局面で、ここまで読んで判断する羽生さんって……。(この順をダメと判断して、棋聖戦では△4一玉に▲4五桂と変化しています。結果は勝ち)
長くなりましたのでまとめると、
「升田定跡は富岡流で一直線に攻めたとき、後手玉が必至、先手玉が僅かに詰まないので先手勝ちだろう」
ということになりました。
もっと手前で△8六歩を突くとか、△8一飛と引くとかの変化はできるのですけど、苦しいことに変わりはないみたいです。
……同型の将棋が指されてから半世紀を超えて、ようやく一つの見解が出たという感じですかね。この結論を元に、端歩保留のような後手の工夫がうまれていきました。
そのあたりは美波ちゃんが解説してるみたいですから、余裕があったらみてみると面白いかもしれません。
…富岡流そのものは100手にも満たない長さですけど、ここに至るまでに沢山の棋士が、何百もの対局と膨大な研究をもって挑んできた歴史があります。その結晶なんですね。
結論から5年が経ちますけど、ナナはこういう順が記録や記憶に残ってほしいと願っているのですよ。
今の流行系だけ研究しても勝てるでしょうし、そもそも古い将棋が指されることは非常に少ないですけど、こういう積み重ねの上に今の将棋があることを忘れちゃいけないとナナは思います。
……すいません、年寄りじみたことを……な、ナナは永遠の17歳ですけどっ!
ということで、長くなりましたけど今回のナナの講座を終了します。ありがとうございました!ウーサミン♪
…………ハァ……ハァ……。これで終わりですよね、プロデューサー。ちゃんと録画できてますよね?
事務所に大盤を用意するのはいいんですけど、ナナは上の方に手を伸ばすの大変なんですよ。腰がきついです…。
あと、ナナは矢倉の方が得意なんですよ。美波ちゃんの講座の補完だから角換わりについてウサミン星のデータベースを調べまくりましたけど…。
え、『じゃあ、今度矢倉やりましょう』?いや、矢倉と言っても色んな形がありますから…。
ぜ、全部ですか?あ、いや…流石にナナの体力が…。
そ、そういえばっ!これから編集して発表するんですよね?ナナは機械には疎いので…。文字起こしとか、局面図とか、いろいろなことはプロデューサーさんに全部お願いしますっ!
今後は、また今度打ち合わせしましょう!失礼しました~!
(追記)プロデューサーが、将棋界の一番長い日に合わせて投稿してくれました。
ナナは折角解説したのですから、角換わりも見たかったですけど…仕方ないですね。
それよりも、蘭子さんの事務所の文香さん、すごかったですねぇ…。
ナナも面白そうだと思いましたけど、体力が持たないです…。あと眼精疲労が……って、老眼じゃないですっ!17歳ですからっ!
とにかく、皆さんお疲れ様でした。これからも勝負の世界は続いていくので、よろしくおねがいしますっ!ぶいっ☆
(了)
参考対局
丸山―米長戦(王位戦平成4年12月)
羽生―佐藤戦(第27期棋王戦第4局)
谷川―羽生戦(第43期王位戦第4局)
富岡―金井戦(朝日杯平成21年7月)
羽生―深浦戦(第81期棋聖戦第2局)
渡辺ー郷田戦(A級順位戦平成23年6月)
参考手順
木村定跡
▲7六歩 △8四歩 ▲2六歩 △8五歩 ▲7七角 △3四歩
▲8八銀 △3二金 ▲7八金 △7七角成 ▲同 銀 △4二銀
▲3八銀 △7二銀 ▲9六歩 △9四歩 ▲4六歩 △6四歩
▲4七銀 △6三銀 ▲5八金 △5二金 ▲6八玉 △4一玉
▲5六銀 △5四銀 ▲7九玉 △3一玉 ▲1六歩 △1四歩
▲3六歩 △7四歩 ▲3七桂 △7三桂 ▲6六歩 △4四歩
▲2五歩 △3三銀 ▲8八玉 △2二玉 ▲4五歩 △同 歩
▲3五歩 △4四銀 ▲7五歩 △同 歩 ▲2四歩 △同 歩
▲同 飛 △2三歩 ▲2八飛 △6三角 ▲1五歩 △同 歩
▲1三歩 △同 香 ▲2五桂 △1四香 ▲3四歩 △2四歩
▲3三桂成 △同 桂 ▲2四飛 △2三金 ▲1一角 △3二玉
▲3三歩成 △同 銀▲4四桂 △同 銀 ▲2三飛成 △同 玉
▲4四角成 まで先手勝ち まで73手
富岡流決定版
▲7六歩 △8四歩 ▲2六歩 △8五歩 ▲7七角 △3四歩
▲8八銀 △3二金 ▲7八金 △7七角成 ▲同 銀 △4二銀
▲3八銀 △7二銀 ▲9六歩 △9四歩 ▲4六歩 △6四歩
▲4七銀 △6三銀 ▲5八金 △5二金 ▲6八玉 △4一玉
▲5六銀 △5四銀 ▲7九玉 △3一玉 ▲1六歩 △1四歩
▲3六歩 △7四歩 ▲3七桂 △7三桂 ▲6六歩 △4四歩
▲2五歩 △3三銀 ▲4五歩 △同 歩 ▲2四歩 △同 歩
▲1五歩 △同 歩 ▲7五歩 △同 歩 ▲3五歩 △4四銀
▲2四飛 △2三歩 ▲2九飛 △6三金 ▲1二歩 △同 香
▲3四歩 △3八角 ▲3九飛 △2七角成 ▲1一角 △2八馬
▲4四角成 △3九馬 ▲2二歩 △同 金 ▲3三銀 △同 桂
▲同歩成 △4一玉 ▲2二と △4九馬 ▲7四桂 △同 金
▲5三馬 △5八馬 ▲7二歩 △同 飛 ▲6二金 △4二金
▲4五桂 △5三金 ▲同桂成 △6二飛 ▲同成桂 △6八銀
▲8八玉 以下先手玉不詰め 85手まで