とある事務所の将棋紀行

将棋の好きなアイドルが好き勝手に語るみたいです。

二宮飛鳥と観るセカイ  (前編)第30期竜王戦トーナメント

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 やぁ、よく来たね。ボクはアスカ、二宮飛鳥だ。この電子上に造られたセカイの案内人であり、観測者でもある。……わざわざ自己紹介しなくても、君はボクというアイドルを知ってくれているのかな?そうであれば嬉しいし、逆に初めて知ったという人は今『こいつは痛いやつだ』って思っただろう。正解さ。……でも思春期の14歳なんて、そんなものじゃないのかい?フフッ。

 さて……今回このタイミングでボクが語るということは、つい先日まで紡がれた戦いの軌跡以外にないわけだが。ボクは特別に何かを識っているわけでも、理解っているわけでもない。それでも衝動に任せて書き残しておくことに、後付けだろうと意味を見いだせたらいいと思っている。よろしくお願いするよ。

 

 第30期竜王戦

 

 まぁ、今期の戦いがどんな結末を迎えたかについては、知らない人の方が少ないだろうね。それだけ世間を賑わせたし、快挙だとボク自身も思うよ。

 七番勝負から追いかけるのも一興だが……今期に関しては予選から、軌跡をなぞってみようと思う。勿論、話の軸になるのは言うまでのなくあの人になる。しかし、その偉業の陰に隠れてしまった物語の中にも、記しておくべき戦いが幾つも在ったと想うんだ。

 それが傑作かどうかは……読んで決めればいい。

 

1組 1回戦 羽生善治三冠―三浦弘行九段
(2017年2月13日)

 

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 この対局から、羽生さんの今期の歩みが始まったというのは……どう表現したらいいのだろうね?万人が納得できるような言葉をボクは持ち合わせていないし、そもそも存在しないとすら考えるのだけど、感情が湧くことだけは確かだ。
 少なくともこの対局は存在するべきではなかった。しかし131手に渡って2人が紡いだ勝負の跡は、消してはならないとも思った。あえて名局だった、と表現するよ。

 

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 この一局について深く触れている記事も在るから……気になった人が、開いてみるのもいいと思う。

鷺沢文香『第30期竜王戦 1組ランキング戦 羽生善治三冠-三浦弘行九段』観戦記 - 神崎蘭子さんの将棋グリモワール

高垣楓の徒然観戦 私の願いなんて - とある事務所の将棋紀行

 

1組 2回戦 郷田真隆九段―羽生善治三冠
(2017年3月17日)

 

 後手となった羽生三冠は横歩取り△8五飛戦法で、△5二玉型に構えた。一時期は『斎藤流』をはじめとする△8四飛型の流行で観られなくなった形だが、戦型が否定されたわけじゃない。流行というものは不確実で曖昧なものさ。

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 先手の仕掛けを逆用して、2枚の桂が中央に飛び出した。直前に先手の金を8八の地点に誘導した効果で、取られそうな桂が最大限に働いている。「天使の跳躍」と言われる桂跳ねだが、双翼の如く並ぶのは珍しい。先手からしてみれば悪魔だけどね。
 以下は正確に決めて後手の勝利、準決勝へと進出した。

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1組 準決勝 糸谷哲郎八段―羽生善治三冠
(2017年4月11日)

 糸谷八段は3期前の竜王戦の覇者であり、当時の挑戦者決定戦で羽生三冠(当時)を下した人でもある。何時間も残して終局する事があるほどの早指しで有名で、かなり独特な棋風といえるだろう。

 角換わり腰掛け銀の流行型に進み、互いに仕掛けのタイミングを測る序盤になった。後手は千日手を含みに銀や玉を往復していたが、この場合は意味のある手損だとみることもできる。とはいえ、先手の駒も確実に伸びて5筋を抑え、戦いとなった。

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(△4二玉ー△5二玉や、△5四銀ー△6三銀、先手も▲5九飛ー▲2九飛と、手を渡しながら隙を伺った。ここから△6五歩で開戦)

 本局の終盤は難解で、解説をここに記すには余白が狭すぎる。後手玉もかなり怖い形をしているが、僅かに詰まないことを読み切っての勝利だった。
 そして羽生三冠は竜王戦1組、決勝へと進んだ。

 

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 (この局面から20手もの王手ラッシュが続くが、後手玉はギリギリ逃れている)

 

1組決勝 羽生善治三冠―松尾歩八段
(2017年5月15日)

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 既に決勝トーナメント進出を決めた羽生さんだったが、ここで1勝するかで挑戦者決定トーナメントの配置が変わる。相手は松尾八段だった。
 戦型は横歩取りに進み、後手の松尾八段の△8五飛戦法に対して新山崎流を採用。既に「後手良し」の変化も多く、他の有力策がある中での採用は意外に思われていたね。2011年、2012年の名人戦などで経験していたから、何か気になるところが在ったのだとは思う。

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(前例の先に在る攻防だが、一度火の手が上がってしまえば居玉は脆い)

 ただ作戦が功を奏したとは言い難く、後手の堅実な指し回しの前に敗北。1組優勝は松尾八段となった。

 余談だが、羽生さんは1組トーナメントの優勝経験が1回しかないらしい。その実績を考えれば、少し意外なところだね。


 挑戦者決定トーナメントをこのままの目線で語る前に、少し物語の軸をずらそうと思う。対局室を報道陣が埋め尽くした対局は、永世七冠達成のときだけじゃなかったからね。

 藤井聡太四段が去年の秋に史上最年少のプロ棋士デビューしてから棋界は大いに注目を集め、それは日に日に大きくなっていった。
 藤井四段のデビュー戦は、この竜王戦の6組だ。相手は加藤一二三九段。プロ入り最年少記録は60余年破られなかったものだが、加藤九段はデビューから今までその記録を保持し、「史上最年長棋士として」藤井四段と対局することとなった。
 ……書いていてボク自身が混乱してきそうだが、二度とないだろう組み合わせであることは理解してほしい。

6組1回戦 加藤一二三九段ー藤井聡太四段
(2016年12月24日)

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 世間でも取り上げられたこの対局は、相矢倉の力勝負となった。自身の名を冠する『加藤流▲3七銀戦法』から猛攻をかける先手に対して、受けに回る藤井四段。丁寧に攻めをいなし、先手の息が切れたところで鋭く切り返した。思えば互いの棋風がよく出ていた対局だったね。
 特に終盤、先手の矢倉を崩す手順は流れるようで美しさすら感じさせる。藤井四段の正確で筋がいい終盤の輝きは、このときすでに遺憾なく発揮されていたんだ。

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(最短の寄せ。模範演技のような矢倉崩しの銀と歩頭桂だね)

 110手にて、藤井四段の勝利。ここから、想像を絶する大活躍が始まった。


 ここから他棋戦も含め白星のみを積み上げていったのは、まだ記憶に新しいね。
 6組トーナメントも浦野八段、所司七段、星野四段、金井六段とベテランや若手を次々と破っていき、決勝を迎えた。

6組決勝 近藤誠也五段ー藤井聡太四段
(2017年5月25日)

 相手は近藤誠也五段だった。念のため触れておくが、近藤五段だって若手のホープだ。前期の王将リーグに名を連ね、残留こそならなかったが羽生三冠(当時)や豊島八段に勝利している。6組決勝まで勝ちあがったこと含め、実力者であることに間違いはない。

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(先手の攻めを誘って、銀を僻地に追い込んだ。銀は最後まで泣いていたよ)

 相掛かりから藤井四段の方から趣向を凝らした序盤に。作戦勝ちを収めてからは綺麗な収束まで一本の線を引いたようにまとめ上げた。

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(この局面、歩と桂だけでは決め手が難しく見えるが……)

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(△7六歩▲6七金△6六歩▲6八金△7七歩成▲同金△7六歩でこの局面。金を手のひらの上で躍らせた。『ダンスの歩』と呼ばれる手筋だが、なかなかお目にかかれるものじゃない)

 102手で、藤井四段の勝利。飛角と桂、歩だけで勝ち切ってしまった。自陣に、金銀が4枚あることを確認してほしい。これでデビュー以降負けなしの19連勝。

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 この対局も、別事務所で記事になっている。……レポートか、色々な記し方があるものだね。

ありすレポート『第30期竜王戦6組ランキング戦決勝 近藤誠也五段-藤井聡太四段』 - 神崎蘭子さんの将棋グリモワール



 その後も良くなった将棋は安全に勝ち切り、悪くなった将棋も隠し持った刃で一瞬の隙を切り割いた。まるで冒険小説の主人公のように、度重なる困難を乗り越え、窮地を脱するたびに喝采が巻き起こった。

 そして、竜王戦挑戦者決定トーナメント、一番最初に行われる6組優勝者―5組優勝者の戦い。

 

決勝トーナメント 藤井聡太四段―増田康弘四段 
(2017年6月26日)

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 新人王の増田四段の雁木を相手に、正確無比な指し回しで勝利。これでデビューから公式戦29連勝を達成した。更新する者が出ないと思われていた従来の記録、神谷八段の28連勝も偉大だが……プロ入りから無敗のまま、この記録を更新するなどと一体誰が想像しただろう?『事実は小説より奇なり』とはよく言ったものだが、実際に起こると人間は言葉を失ってしまうようだ。
 このときの過熱ぶりは、筆舌に尽くしがたかったね。対局前からずっと報道陣が詰めかけ、終局後には対局室に溢れんばかりの記者が14歳の快挙を報じようと彼を囲んだ。
 ボクと同じ14歳だったという事実は……彼の方が例外だと思いたいよ。

 しかし後から振り返ってみれば、物語はこの時点で大きく動いていたんだ。一つの章の終わりに向かって……ね。
 同じ部屋でカメラを背にして、むしろぶつけられているといった表現の方が近い状態で座っていた青年。次戦の対戦相手、佐々木勇気五段(現六段)だった。

 28連勝の前から、藤井四段の対局を観に訪れる姿はみられていた。異様ともいえる報道陣の雰囲気を、予め知っておきたかったというのが理由らしい。中継される画面、その片隅に座っている様子が何度か映っていて「座敷童みたい」とファンの間で評されていたが……。このときから既に、佐々木五段は藤井四段に勝つことに全力を尽くしていた。

 そして4組優勝者として、次戦を迎える。

 

挑決トーナメント 佐々木勇気五段―藤井聡太四段 (2017年7月2日)

 盤外の準備はさきほど記した通りだが、盤上においても勝利への執念が垣間見えた。相掛かりから迎えた序盤。

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 自然な駒組みのようだが、既に先手がペースを握っている。詳しい事は省くが、▲6八玉という位置が、後手玉のそれよりも格段に良い。横歩取りに『勇気流』という佐々木勇気五段が得意とする戦型があるのだけど、その形に近い展開に持ち込んだ。
 藤井四段は後手番で、横歩取りではなく角換わりを志向することが多い。しかし相掛かりは受けるタイプだから後で横歩を狙うことはできる。おそらく佐々木五段はかなり研究して、この構想をぶつけたのだろう。

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(端に活路を求めた後手に対して、丁寧に応接した上での▲9二飛で技が掛かった。馬取りと、▲8三歩成の両狙いが受からない)
 
 その後も着実に優位を広げていき、相手の手段を潰していった。大胆に捌く攻めを得意とする佐々木五段にしては慎重と思えたその指し回しは、藤井四段を最大限に警戒しつつ、目の前の一勝を徹底して追い求めた手順といえるだろう。

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 かくして、佐々木勇気五段が押し切り101手で勝利。藤井四段の連勝記録は29で止まり、竜王戦での快進撃もここまでとなった。

 佐々木五段は「私たちの世代の意地を見せたいなと思っていた」と対局後のインタビューで語っていたが、彼らだって才能と努力をもってこの世界にいるんだ。藤井四段を主人公のように扱うのは容易いが、それは他の棋士にとってみれば忸怩たるものがあるだろう。彼らを脇役とする根拠なんか、どこにもないのさ。

 そして佐々木五段もまた、次戦では1組5位の阿久津八段に敗れた。各組の優勝者、上位者がひしめく決勝トーナメントは誰であっても勝ちあがるのは容易じゃない。かの羽生さんだって、ここ数年は途中で敗退していたわけだしね。
 いささか変則的なトーナメントだが、この山は後から登場した上位者が勝利していくことになる。

 

 話の軸を戻そうか。1組2位の羽生二冠は反対側の山からスタートした。こちらもまた、険しい道のりが待っていたね。


決勝トーナメント 羽生善治三冠ー村山慈明七段 
(2017年7月14日)

 対戦相手は3組優勝の村山慈明七段。
「王位リーグ最終局とプレーオフの組み合わせですか!懐かしいですねぇ」
と菜々さんが言っていたが……ボクは観測していない事象なのでさておき。

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 戦型は先手の羽生三冠の横歩取り勇気流。このときすでに流行といえるくらいには指されていたが、2016年から採用をしていたので何か気にいる部分があったのかもしれない。先手から形を指定できる反面、細い攻めを繋げる技術や激しい攻め合いを切り抜ける力が求められる……端的に言えば「人を選ぶ戦型」かな。

 

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(駒損ながらと金をつくり、先手陣に肉薄する)

 これに対して、村山七段の研究手順が飛び出した。△7六飛を受けたはずの▲6八玉型に対して堂々と横歩を取り、飛車交換に持ち込んで攻め合いの形を作った。形勢は難解ながら、変化の余地が少ない。事前の準備や情報の差が大きい展開に持ち込まれ、わずかに先手苦戦とみられる終盤になっていった。迎えたハイライトがこの局面。

 

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 ここで△6四金が後手の好手で、攻防手だった。……しかし、この手だけどをみて意味を理解できる人はほぼいないだろう。膨大な変化をはらんだ難解極まる局面であり、情報という名の高速道路を抜けた先の荒地だ。13分の考慮で指されたのは△7五金だった。これはこれで厳しい攻めの一手だが、先手からも返し技があった。

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(△7五金ー△6五桂ー△7六銀ー△8六金で部分的には必至だが、王手で金を抜く先手の切り返し)
 ▲6三角成から追いかけて、攻めの金を抜く。結果的には、1マスの違いが勝敗に直結したことが理解ると思う。後手からすれば唯一の勝ち筋を逃し、先手からすればわずかな隙を的確に咎めきった勝負だった。


決勝トーナメント 羽生善治三冠ー稲葉陽八段
(2017年7月31日)

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 ここを勝てば挑戦者決定戦、対局相手は稲葉八段。今期の名人戦の挑戦者であり、名実ともにトップ棋士だ。横歩取りを得意としていて、前期順位戦では後手横歩で羽生三冠(当時)に勝利している。

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 振り駒で先手となった羽生三冠は横歩取り勇気流を再び採用。対して後手の稲葉八段は△8五飛から受けに徹する順を選んだ。このあたりは棋風通りともいえるだろう。後手の守備の網は緻密かつ強固で、先手は早い段階の仕掛けを断念しひねり飛車のような陣形に。先手玉の位置が飛車と近く、好形とは言い難い。そこを突いた後手の抑え込みが決まったようだが……

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 先手は包囲網を破った。この手順は驚愕に値するし、僻地に打たれた金が這うように後手陣を蹂躙していくさまは、勝負の趨勢で生まれたとはにわかに信じがたいような手順の妙だったよ。

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(普通は遊び駒になる▲8二金が、▲8一金、▲7一金、▲7二金、▲7三金と後手陣の左辺を開拓した。最後は▲6三金と捨て、飛車の活路を切り拓いてフィニッシュ)

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 まで、99手で先手の勝ち。投了図は大差にも見えるが、抑え込みを狙う将棋はその成否によって勝敗が決するものだからね。もし後手の主張が通っていたら……全く逆のセカイが広がっていたことだろう。中盤の攻防がすべてを決した勝負だった。

 本局もまた、その想いを文字にのせた記録が残っているね。このとき先の展開は予測できない未来だったわけで、振り返ってみると興味深い。

佐久間まゆの徒然観戦 悲願の季節 - とある事務所の将棋紀行

 そして、挑戦者決定戦が始まった。 三番勝負で、相手は松尾八段。藤井四段や佐々木五段のいた山で、久保利明王将に勝利しこの場へやってきた。1組優勝対1組準優勝の組み合わせだ。実力者が勝ちあがった、ともいえるだろうね。


挑戦者決定戦 第1局 羽生善治三冠ー松尾歩八段 
(2017年8月14日)

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 第1局は後手の松尾八段による横歩取り△8五飛。奇しくも対局者も手番も戦型も、竜王戦の1組決勝と同じになった。ただ先手の対策は新山崎流ではなく、中住まいから7筋の位を取るという、これまた今ではみない形になった。どうやら2010年頃には流行していたらしいが、そもそも横歩取り△8五飛の流行自体がその頃だったようだね。7年もの時を経て、こんな大舞台で再び姿を現すとはね……不思議なものだよ。

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 控室の手が当たるのに、結論だけが分からない不思議な終盤。最後に抜け出したのは、羽生二冠だった。

 

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 挑戦者決定戦 第2局 松尾歩八段ー羽生善治三冠
(2017年8月25日)

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 第2局は、先手松尾八段による『横歩取らせ』。わざと後手の作戦を、先手番で用いるための序盤だ。だから先手が中原囲いに、後手が中住まいに構えている。
 盤を180°回転させれば、見慣れた形に近いんじゃないかな?

 

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(後手ペースとみられていた中、▲6六桂が巧打。これで7筋の攻めが受からず、一気に終盤へ突入した)

 後手有利の見方もあった中、一気に終盤へと突入した。後戻りできない斬り合いは、先手に軍配が上がった。こういった直線的なの読み合いは松尾八段の得意とするところで、ここまで勝ちあがってきた原動力でもある。

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 3番勝負は1勝1敗となり、第3局へともつれこんだ。

 

挑戦者決定戦 第3局 松尾歩八段ー羽生善治二冠
(2017年9月18日)

 対局を追う前に、肩書に注目してほしい。第2局と第3局の合間に王位戦第5局が行われ、1勝4敗で王位を失冠。三冠から二冠に後退して、本局を迎えた。調子や勝率を語る声もあったのは確かだ。それが、この勝負そのものに影響を与えないとはいえね。

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 最後は再び振り駒をして先後を決めるのだが、第2局と同じく羽生二冠は後手番となった。そして採用した戦型は……横歩取り△8五飛。
 振り返ってみれば理解ると思うが、羽生二冠は松尾八段との対局すべてで先手番の横歩取りを戦っていた。第2局は手番こそ後手だが、中身は真逆だったからね。
 様々な戦型の選択肢がある中で、敢えて同じ戦型をぶつけたといえるだろう。このあたりはいかにも羽生善治という棋士らしい。そして序盤早々に、膨大に存在した前例のほとんどから別れをつげた。

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(異筋の歩頭桂。▲同歩成△同桂で、取られそうな桂を逃がしつつ手番を握る)

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(『両取り逃げるべからず』の格言通りの一手。▲3三角成と▲7三角成をみた、両取りのお返しでもあるね)

 終盤の攻防は並べてみることを勧めたい。『駒の損得より速度』という格言を地で行く、タイトル挑戦を懸けた勝負に相応しい応酬だった。

 

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 ここで▲6八銀としたのが敗着で、▲5八玉なら難解ながら先手にも勝ち目のある勝負だった。この手も以下、△4九飛成に▲1六角と王手飛車を掛ける狙いだったが――

 

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 進んで、△4三金と銀を残して受けたのが好手順だった。自陣は一気に寄りにくくなり、攻めに専念できる形に。

 

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 下から追いかけたときに、銀の方が攻めによく効いていることが理解るだろう?

 そして終局図。

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 守りに打ったはずの金まで詰みに働かせて、後手の勝利。
 これで羽生二冠が三番勝負を2勝1敗とし、竜王戦挑戦者となった。

 本戦への出場は、実に7年ぶりだったそうだね。それだけ、このトーナメントを勝ちあがることが難しいということでもある。

 

 さて、ここから七番勝負へと物語は章を移すのだが……ここから更に5局続けるというのは具体的な限りを設けられていないこの空間だとしても、いささか長すぎるだろう。
 というわけで、ひとつ区切りをつけようと思う。世俗的な言い回しをするなら、そうだな——

 

 後編へ続く……ってね。

 完成したみたいだ。興味のある人は、覗いてみるといい。

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(続く)