とある事務所の将棋紀行

将棋の好きなアイドルが好き勝手に語るみたいです。

アイドル達の戦型解説  横歩取りってどんな戦型?(前編)

 

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アナスタシア
ミナミ、ドーブラエ ウートラ!

美波
あ!アーニャちゃん、おはよう。最近、気分が良さそうだね。

アナスタシア
ダー♪ ミナミのヴァルキュリア、とってもクールでした。今も写真とっておいてますね。

美波
ありがとう。でも、初めての体験だったから少し緊張しちゃった。

アナスタシア
パニャートナ、ミナミの初体験だったんですね。アーニャ、感動です。

美波
アーニャちゃん、言い方…

アナスタシア
シト?初めてのこと、日本語で「初体験」と言うと習いました。おかしかったですか?

美波
おかしくはないんだけれど…。そうだね、他には何かあったの?

アナスタシア
そうでした!もっとすごいこと、ありましたね。ゲームでミナミをスカウトしました。
クパゥニク…水着、キレイでしたね。

美波
そういえば、何か盛り上がっていたみたいね。

アナスタシア
そうです。3000円でミナミを買いま――

美波
アーニャちゃん!その言い方はダメですっ!

アナスタシア
ンー、難しいです。

美波
また、日本語教えてあげるから…。キリがない気はするけれど。

アナスタシア
日本語、ふわふわしていますね。形がみえにくいです。

…そういえば、将棋でもふわふわした言葉がありました。えーと…「横歩取り」?

美波
横歩取りは戦型の一つだけど…ふわふわしてるってどういうこと?

アナスタシア
気になって、スマホにとっておきましたね。これです。

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美波
名人戦の第1局、竜王戦1組、棋王戦の第4局…かな?

アナスタシア
ダー。…ですけれど、ヘンです。後手が美濃囲いの振り飛車だったり、ヴィトュヴァ…決戦だったり、よくわかりませんね。これが、同じ戦型なのですか?

美波
うーん……横歩取りってプロでも難しい戦型だから、具体的に「こういうものだ」って示すのは難しいかな。

今の形に至るまでにもいろんな紆余曲折があったし…私が生まれる前から指されてた形が関わってくるから、ちょっと解説は難しいかも。

アナスタシア
ニチェボー、そうですか……。

 

??

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アナスタシア
シト!?

美波
えっ!?

……あ、菜々さんでしたか。どうしたんですか?

菜々
ふっふっふ…どうやらお困りのようですね。
ですが、ナナが来たからもう大丈夫です!

アナスタシア
シト、どういうことですか?

菜々
昔の形ならナナとウサミン星のデータベースの領域ですっ!

横歩取り居飛車党だと自然には避けられない戦型ですから、経験も沢山ありますよ!

アナスタシア
ハラショー!

菜々
ですから、美波さんがカバーしきれない部分はナナが教えるということで、いいですか?

 

美波
私はいいですけど……

菜々
ということでアーニャちゃん、時間をとってもらえるようプロデューサーとお話しに行きましょう!

アナスタシア
ダー!

 

美波
行っちゃった……。

 

大丈夫かな……。

 

 

(数時間後、事務所の一室にて)

 

ということで、ここからはナナの講座、横歩取り編をお送りします。キャハ☆
アーニャちゃん、よろしくお願いしますね。

「パジャルースタ、よろしくおねがいします」

アーニャちゃん、目がキラキラしてます…若いって、いいですねぇ。

「今日は、ナナがウチーチリ…先生、ですね。ミナミより若い先生…すこし、ふしぎです」

え…?美波ちゃんは19歳だから……

 

そ、そうですね!現役JKが先生を務めますっ!キャハ☆

 

 

……さて、横歩取りの最初の形はアーニャちゃん知ってますか?

「ダー、いちおう、ですけど。こうですよね?」

 

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(初手から)
▲7六歩 △3四歩 ▲2六歩 △8四歩 ▲2五歩 △8五歩
▲2四歩 △同歩  ▲同飛  △8六歩 ▲同歩  △同飛
▲3四飛

 

そうですね、これが横歩取りの基本図です。
先手が▲3四飛と横にある歩を取るから横歩取りと言うんです。

でも、後手は2手目に△8四歩と突けば矢倉や角換わりにできるので、後手が誘導しているんですね。「横歩取らせ」という棋士もいるくらいですね。


「シト、自分からわざと歩を損するのですか?プラウダ リ エータ?」

…昔は『横歩3年の患い』と言われていて、▲3四飛は先手の疑問手だと言われていたんです。
実際、この飛車はこのまま働かせることが難しくて、狙われやすい不安定な位置なんですね。

2筋に戻すのにも、▲3六飛―▲2六飛で2手かかります。その上、後手は歩手を二枚手持ちにして△2八歩や△3八歩のような攻めの手段もある…。
つまり、後手は

『1歩損しても、先に動いて有利にしよう』

という戦型なんです。この方針は長い歴史の中、ずっと共通していますね。

「ンー、具体的には、どうするのですか?」

いくつも手段があるのですけど…。
今では水面下の変化になりましたね、一部だけ紹介しましょうか。

 

 

1、後手超急戦

 

・△3三角(4四角)急戦

 

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(基本図より) △8八角成 ▲同銀 △3三角(△4四角)

ここで角交換をしてから再度角を打つ。狙いは後手の飛車先突破ですけれど、単純ゆえに受けにくいんですね。

「ンー、▲8七歩で、大丈夫ではないのですか?」

それは8筋は受かりますけど……

△7六飛(金取り)▲7七銀 △2六飛(桂取り)▲2八歩

 

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となって、先手は1歩得も消えて2八歩を打たされ、いいところがないんです。
これなら、横歩を取らない方がいいくらいで…。

ということで、急戦に対する先手の方針は『攻め合い』になります。

▲7七角や▲7七桂が候補手ですね。変化の一つがこちら。

 

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(△3三角から)
▲7七角 △同角成 ▲同桂 △8九角 ▲8七銀 △同飛成 
▲同金 △6七角成

 

飛車取りですけれど、▲3六飛と逃げておいて後手から早い攻めがありません。
先手は、▲2二歩や▲6五桂など、厳しい攻めがいろいろあります。
後手に竜や馬を作らせても、先手の攻めがより早ければいいわけです。

「パニャートナ、先手がよくなるんですね」

ただ!気をつけなくてはいけない手が色々あります。

△3三角を打つ前に、△3八歩と打つ手があるんですね。▲同銀とさせてからこの手順をすると…

 

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先手玉が △4八銀 ▲4八玉 △5七馬 までの詰めろ飛車取りになってしまうんです!

「ウ―ジャス!これでは負けてしまいます!」

そう、これが横歩取りの恐ろしさなんです。生と死が紙一重…。

△3八歩を打たれた場合、別の手順で先手良しとされていますね。
こういう落とし穴がたくさんありますから、気をつけないといけません。

「ダー、分かりましたね」

 

 

・△4五角戦法、

単純に突破を狙っても上手くいかなかったので、手順が複雑になっていきます。

 

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(基本図以下)△8八角成 ▲同銀 △2八歩 ▲同銀 △4五角

 

△4五角戦法は先手の飛車を狙いつつ△6七角成▲同金△8八飛成の突破が狙いですね。
△2八歩▲同銀の交換を入れて、▲2八飛と飛車の横利きで受ける筋を消しているのが細かいところです。

谷川浩司九段が若手時代にこれを用いて勝ちまくっていた印象がありますねぇ。

「オー、光速流ですね」

ただ、その後出てきた棋士が『羽生世代』なわけで…。若手だった羽生さんや佐藤さんが、4五角戦法を含め後手急戦を駆逐していったんです。

『羽生の頭脳』にある横歩急戦の内容と結論の9割以上は、今でもそのまま通用しますからね。

「ミナミに91手組を教えてもらったときも、羽生さんが関わってましたね。昔からなのですか。すごいです…」

最善の手順でこんな感じになります。

 

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▲2四飛 △2三歩 ▲7七角 △8八飛成 ▲同角 △2四歩 
▲1一角成△3三桂 ▲3六香

 

この局面が、

 

1)後手歩切れ

2)▲3三香成の攻めが早い

3)6筋を突破すると、▲6二歩、▲6四歩のような返し技がある

 

という点から「先手わずかに良し」とされてますね。

ただ……

「シト?」

ここまでで変化もできる上に、この先にも△8七銀、△6六銀や△3六同角といった選択肢が難解かつたくさんあって、ナナも正確に勝ち切る自信はないんですよ。
変化を網羅しようとしたら、おそらく本1冊じゃ足りない量なので…。

「じぶんが、強くならないとダメですか」

定跡は、沢山の棋士の対局や研究の上にありますから。

この手順だって、ナナ一人の読みだけで到達できる領域じゃないです。

 

 
・相横歩取り

 

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(基本図以下)△8八角成 ▲同銀 △7六飛

 

このあたりから、急戦、持久戦両方をみた戦法に移っていきます。

先手が横歩を取った瞬間に△7六飛と取り返すと▲2二角成で一巻の終わりです。
でも、△8八角成▲同銀から△7六飛は成立します。これが相横歩取りですね。

「どちらも、よく似た形ですね」

その通りで駒の損得もないのですけれど、先手だけ銀が動いているので手得なんです。これをどう生かすかが先手のテーマですねぇ。

 

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▲7七銀 △7四飛 ▲同飛 △同歩 ▲4六角

 

自然に▲7七銀から決戦にするのが主流なんですけど、理解するのは難しすぎますねぇ…。詰む詰まないまで研究されている分野です。

後手の変化も多くて 2013年の棋聖戦第2局 渡辺―羽生戦で、後手の羽生さんが相横歩取りを採用して勝っていますね。これは▲7七桂でした。

 

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▲7七桂 △3三金 ▲8四飛 △8二歩 ▲5八玉 △2六飛 ▲2八歩

(飛車を追いつつ▲1五角の王手飛車を消した△3三金が、悪形というのが先手の主張です)

渡辺さんも決戦の変化を避けたので、難しいところはまだまだあるのでしょうね。

「どうして後手は使わないのですか?ヤーニパニマーユ…分かりません」

後手は動いた割になかなか良くならない方が多いのですよ。今の棋士はほとんど採用していないのが現状ですね。
電王戦Ponanza―村山七段戦では、先手▲7七歩から持久戦にして抑え込み勝ちをしていますし…やはり、後手に苦労が多いですね。

横歩取りという戦型は、こういった危険な変化の上に成り立っているんです。
△2三歩型、△3三桂型、△4一玉型……他にもまだまだあるんですよ。

「これを覚えるのは、大変そうですね」

さっき話した「羽生の頭脳」以降も多くの棋士が本を出していますから、気になるなら勉強して、練習してみるのがいいと思いますよ。
少し前まで、飯島七段が将棋世界で急戦の解説を連載されていましたし。

勉強すれば一撃必殺の武器にできますけれど、初心者にはハードルが高い戦型なんですよね…。

 

2、 △3三角戦法へ

 

ところでアーニャちゃん、今の横歩取りと比較して、さっきの戦型ってどうでした?特に、後手玉の周りとか。

「ンー、そうですね…どれも囲ってないですね。居玉です」

そうなんです!▲3四飛をいじめると、後手は居玉のまま戦いになるんですね。
それが響いて勝ちにくい…そんな認識に至ったわけです。

「『居玉は良い玉』と、カエデは言ってましたね?」

それは……ダジャレですよ。
藤井システムとか、例外はありますけど。

とにかく、横歩取りにおいては後手が
『1回囲ってから戦いを起こす』方針になるんですねぇ。
ここから今に至るまで、△3三角戦法が席巻していくことになります。

「ということは、美濃に囲うんですか?クラスィーヴィ…美しい形だと、ウヅキに教わりました」

いえいえ、それは20年以上先の話です。空中戦の方ですよ。

「…………シト?」

え、内藤流空中戦法…知りません?「おゆき」や「図式百番」の内藤國雄九段…。

「アー、名前は知っていますけど…」

そうですか、もうそんな時代なんですねぇ…。

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(基本図から)△3三角


いえ、正確に言うと内藤九段が最初に指したのは40年以上前ですね。
当時は勘所がつかみにくくて、特定の棋士の戦法でマイナーだったんです。

それが、急戦がうまくいかなくなって、羽生世代が△3三角戦法を採用し始めた…これがどういうことか、分かりますか?

「どうなるのですか?」

恐ろしいまでに定跡が発展します。道が整備されて、みんなが指せる戦型になるんですね。

「なるほど、です」

 

 

・△8四飛中住まい

 

 

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一番最初は、中住まいから始まります。△3三角から△5二玉―7二金―6二銀ですね。
先手は飛車の位置を戻すのに手損していますから、後手が先に仕掛けやすいわけです。

「どこから攻めるんですか?」

1番多いのは、先手が▲3六歩を突いた瞬間に△8六歩▲同歩△同飛。
次に△7六飛で歩を取り返しつつ、戦いを起こす狙いです。
先手も▲3五歩から攻め合うのですけれど、なかなか優秀な攻め筋なんですね。

 

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△8六歩 ▲同歩 △同飛 ▲3五歩 △8五飛

(8筋攻めと、△3五飛の両ねらい。いろいろな展開がありますが、後手の相当やれます)

 

先手からしたら一方的に悪くなっては横歩を取る意味がないので、△7六飛を防ぐ作戦を考えることになります。

それが『鏡指し』ですね。

「ズィエールカラ…鏡、ですか?」

ええ、図を見れば分かると思いますよ。

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 (手順一例、△3三角より)※長いので、流しても大丈夫です。

▲3六飛 △8四飛 ▲2六飛 △2二銀 ▲8七歩 △5八玉 
▲5二玉 △7二金 ▲3八金 △6二銀 ▲4八銀 △1四歩 
▲1六歩 △9四歩 ▲9六歩 △7四飛 ▲7七角 △同角成
▲同桂  △3三桂 ▲4八銀 △2五歩 ▲6六飛 △2四飛
▲2七歩 △8四飛 ▲5六飛 △7四歩 ▲3六歩

 

重要なのは、すぐに▲3六歩を突かないことです。端歩も受けて、攻めの手がかりを作らせない。
後手は動けないので色々試行錯誤しますけれど、完全に受けとめてしまいました。

先手は、左右ほぼ同じ形でしょう?真ん中に鏡を置いたみたいに対称だから鏡指しです。
飛車で▲7六歩を守っているので、安心して▲3六歩を突けるんですね。

後手は3筋に歩がないので、▲3五歩―▲3四歩と突けば攻めになります。
そして、持久戦になれば後手の手得は意味がなくなる…というわけですね。

「オー、こんな手があるんですね!」

こういう指し方や定跡は素晴らしい手順の宝庫ですけれど、どんどん水面下に埋もれていってしまうんですよ…。
アーニャちゃん含め、今の10代で知ってる子は少ないと思うんですよね…。

「シト?ナナ、17歳ですよね?」

あ…そ、そうですよ!ナナはウサミン星のデータベースで勉強しているので、こういう変化を知っているんです。キャハ♪

「ハラショー!」(パチパチ)

……コホン、ということで、後手は更に工夫を求められます。
ここで、見慣れた囲いが登場しますよ!

 

・△8四飛(中原囲い4一玉型)

 

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 同じような囲いでは歩損が響くということで、後手は「堅さ」を求めます。それが「中原囲い」なんですねぇ。
元々は相掛かり用の囲いでしたけれど、横歩取りに応用したんです。

特徴はとにかく、横歩取りに「堅い」という概念が生まれたことが大きいです。右にも左にも逃げられる上に、大駒交換してもそこそこ耐久力がある。優秀なんですよ。

「では、これで後手がいいんですか?」

それが…玉が4一になったために、歩のない3筋がより弱点になってしまったんです。
ここを突かれると、岩のヒビを広げていくような感じで脆く崩れてしまうんですねぇ…。

「ニチェボー、苦しいですね」

横歩取りは、後手の苦労の歴史ですよ。手になると勝てるんですけれど。


……困ったようですけれど、ここから横歩取りは一気に進化していきます!
横歩取りの大革命がるんですっ!

その名も、△8五飛戦法!

 

「リヴォリャーツィヤ、革命ですか。ワクワクしてきますね」

ここからは最新型まで繋がっているので一気に追うことになるんですけど……。
ちょっとナナには……。

「シト、何か問題があるのですか?」

残念ながら、データベースもナナも、最新型の推移とか結論には疎いのですよ。

「ジャールカ、残念です」

ここから先は美波ちゃんの領域だと思うので、今回はここまでで。

今度、後半戦をここからお願いしてみますね

「分かりました。ナナのレクツィア、講義も勉強になりましたね。横歩取りは手数が短いです。でも、その中にたくさんの手が眠っていました」

 

わずかな手順の違いで昔の形が復活する…なんてこともありますから、様々な定跡や手筋を覚えておく…というのは有用なことだと思います。

棋士の方々が対局を通して拓いてきた道ですから、「先手良し」の結論だけ知って使ってみると勝ちきれなかったり…なんてことはよくありますね。

横歩取りは知識が重視されがちですけれど、薄い玉を指し回す感覚や棋力も非常に大切な戦型です。

……だからこそ指しこなすのが大変で、敬遠されがちな戦型になっているとも言えますね。

「すごく、ラスコーシヌイ…カレイな世界でした」

かの羽生さんも好きな戦型は横歩取りだそうですし、独特な魅力がある戦型ですよ。
それが分かってもらえたら、ナナは嬉しい限りです。

 

それでは、今回はこのへんで。ありがとうございました!

「バリショーエ スパシーバ!ありがとうございました、ですね」

「…………」

どうかしましたか?

「アー……ナナ、一つ聞いてもいいですか?」

はい、何でしょう?

「ナナのズヴェズダ……アー、ウサミン星は、どこにあるのですか?」

……え?

「ナナの歌に、『電車で向かえば1時間』とありました。そんなに近いのですか?ずっと不思議でしたね」

あ、あぁ……えーとですね……あれです!銀河鉄道999みたいな!

「……シト?」

え、伝わりませんか?えーと……。

 

ウサミン星は魔法の電車に乗って1時間で着く、メルヘンな所なんですっ!

場所がどこかはヒミツですよ。『地上の星』……なんちて☆

「…………」

(これじゃあダメでしょうか……。ナナはどうすれば……)

 


「……ハラショー!そんなところがあるのですね!いつか、行ってみたいです」
(キラキラ)

 

し、しばらくは無理ですね……。アハハ……。
(よ、よかった……)

 

 

 

(翌日)

 

美波
アーニャちゃん、おはよう!菜々さんと講座、どうだった?

アナスタシア
ドーブラエ ウートラ!
ミナミ、昨日はすごいことを知りましたね!

美波
菜々さんの講座で、何かあったの?

アナスタシア
ダー。

 

ズヴェズダ…星は、地上にありました!

 

 

 

美波
…………え?

 

 

 

(了)

 

参考対局

 

第74期名人戦第1局 羽生―佐藤天 戦

第29期竜王戦1組  羽生―豊島  戦

第41期棋王戦第4局 渡辺―佐藤天 戦

 

 

安部菜々の動画解説  三間飛車を巡る駆け引き

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みなさーん、お久しぶりです!ウサミン星から来た、安部菜々ですっ!キャハ☆

 

今回は特別編ということで、ウサミン星の電波を受信して急いで来ちゃいました!

 

お送りする内容は…こちらですっ!

 346プロの細かすぎて伝わらない将棋名シーン集2 by お茶好きP アイドルマスター/動画 - ニコニコ動画

 

ということで、久しぶりの動画になりますね。

私たちアイドルが、将棋界の有名なシーンを演じてます、ナナもいますよ。

プロデューサーさんが、「データ飛んだ……」とか「これで完成!投稿して……え?画質がおかしい!!?うそぉ……」

とか呟いてぐったりしていましたけれど、何とかなったみたいですね。

……でも、フィルムって飛んでいったり消えたりしませんよね……?違う?VHSでもない?DVDでもない…?えぇ…?

コホン。

 

それはさておき、解説するのはこのシーンですね。

 

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前川みく多田李衣菜 戦

 

これは元ネタがありまして、NHK杯の中田功―阿久主税 戦の1シーンが元になっています。

ただ、問題はどうしてこんなやり取りになったのか…ですね。

ここを少しお話しておこうかと思います。

 

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 初手から

▲7六歩 △3四歩 ▲6六歩

 

先手は三間飛車指す気満々ですので、▲6六歩と角道を止めます。

後手が居飛車なら穴熊が有力なのですけれど、それを崩しにいくのが「コーヤン流」なんですね。ちゃんと解説すると長くなりますが、大駒や左桂を活用しつつ、端攻めで仕留めます。まさに職人芸ですね。個性のある将棋は、観ていて楽しいです。

 

……ただ、後手がここで変化しました。

 

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△1四歩 ▲1六歩 △3二飛

 

端を突いて、3筋に『後手が』振りました。△1四歩は居飛穴を放棄する一手ですから、みくちゃんも少し表情が変わっています。

先手は美濃が目標なので▲1六歩と突きましたけど、△3二飛としてこの局面ですね。

 

ここが難しいんです。

 

まず、初志貫徹で▲7八飛と相三間にするのは、

・後手の角道だけ通っていて

・端攻めは後手の権利

 

というマイナスがあります。矢倉の端歩を受けると棒銀とかで潰されますけれど、美濃の端もかなりもろいものです。金無双もありますけれど、薄いですし…。

 

では、方針変更で先手居飛車にするとどうなるか…なんですけれど、これは▲6六歩が余計な一手になるんですね。

 

この歩を突いた以上は、急戦にはできないので穴熊をまず考えたいです。

……でも、▲6六銀型にできないので固くならないのです。▲5七銀と構えて松尾流穴熊を目指すのも、三間飛車には相性が悪いですね。

(参考図です)

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つまり、先手は作戦が難しくなっているわけです。

もちろん、後手が振り飛車党ならこのような手順にはならなかったでしょう。

ですが、居飛車だと思って指していたら振られた…というわけです。

 

だから、中田七段はここでしばらく考えていますね。後日、作戦を考えていたと明かしています。なにも、怒っていたわけじゃないですよ。

みくちゃんの顔が怖いのはフィクションですから、そこは混同しないようにお願いします!

 

というわけで、指された次の一手が

 

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▲4八銀

 

だったわけです。

中田―阿久津 戦は、先手が居飛車にして、左美濃になりました。

これはこれで難しい戦いが続きましたけれど、最後は阿久津七段(当時)が制しています。

 

こういう序盤からの駆け引きも、分かると面白いものですよ。

 

というわけで、今回はここまでで失礼します!ありがとうございました!

 

 

 

 

 

 

……お疲れ様でした~。え、最後に聞きたいことがあるんですか?

もしナナが三間飛車相手にしたらどうするか?

もちろん、3五歩早仕掛けですっ!

 

(了)

 

新田美波の徒然観戦  ガラスの靴の向こう

 

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この将棋を語ることは、痛みを伴うかもしれない。朝、そう思いながら事務所に向かった。

 

名人戦は第5局2日目を迎え、妙な空気が事務所にあった。
既に決戦になりそうだったからということもあるし、この1局で名人戦が終わるかもしれない…という緊迫感もあったと思う。

ここ数年の名人戦は、羽生さん中心に回ってきたと言っても過言じゃない。

名人戦の最初に名局を紹介した去年の第4局みたいに「どんなに悪くても逆転するかもしれない」みたいな雰囲気はどこかに存在していたし、それを現実にしてきた。

でも、今期は違った。

王座戦棋王戦と二度阻まれつつも名局を何局も生み出してきた天彦さんは、その力を遺憾なく発揮して3勝1敗。一気に奪取まで迫ったのだ。

第2局の終盤術は恐ろしかったし、第3局は作戦勝ちから押し切り、第4局は誰にも見えなかった細い寄せ手順で勝ち切った。どれも文句がつけようなのない強さで、見ているこちらも唖然とするほどだった。

ここまでくると、「新名人が誕生するのではないか」という流れのようなものが生まれてくる。このような雰囲気は、私は初めて経験することだ。

そして、第4局終了から間を置かず4日で第5局を迎えている。

このまま新名人が誕生しても、その実力に異を唱える人はいないだろうし、「なるべくして成った」と言えると思う。

でも、心をざわつかせることもある。羽生さんの負けに対する一部の過敏な反応…とでも言うのだろうか。

「羽生衰えた」発言は例年のこととしても、年齢を引き合いにだす声も増えた。「世代交代」という単語がニコニコ生放送で何度も流れ、解説の森下九段がやんわりと否定する事態になったときは心が痛んだ。

強いとみられていることの裏返しなのだろうけれど、だからといって失礼に当たることを言っていいわけじゃない…と思う。

 

私は定跡や将棋界の色々を勉強することが好きだから大量の情報を目にしてきたけれど、ほぼ必ずといっていいほど『羽生善治』という人が関わっている。

それほどに功績は多く、偉大な人だ。

だからこそ、神経質になっている面はあるかもしれない。


事務所の一室に入ると、異質な空気が更に濃く感じられた。その要因はすぐに知れた。

まゆちゃんが、部屋の隅で盤を広げて局面を並べていたのだ。
その視線は盤に固定されたかのように動かない。時折、駒を動かして考え込んでは元に戻している。

静かだけれど、誰も近づけない気迫を感じる。

事務所で一番の羽生ファンといえばまゆちゃんで、彼女が担当した対局はみんな羽生さんが対局者のものばかり。思うところが一番あるのだろう。

みんな、そっとしておくことで一致して対局の検討が始まった。

 

1日目は先手の羽生名人が横歩取りに応じて進行。佐藤八段は横歩取り△8四飛中原囲いを採用して、前例通りの進行となった。

 

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▲7六歩   △3四歩   ▲2六歩   △8四歩   ▲2五歩   △8五歩

▲7八金   △3二金   ▲2四歩   △同 歩   ▲同 飛   △8六歩

▲同 歩   △同 飛   ▲3四飛   △3三角   ▲3六飛   △8四飛

▲2六飛   △2二銀   ▲8七歩   △5二玉   ▲5八玉   △5一金

▲3八銀   △6二銀(図)

 

「頑なに横歩取りを受けますねぇ。昔からそういう人でしたけれど」(菜々)

「…ですけど、佐藤八段の横歩取りの勝率や今までの正確さを考えればあまり良い作戦選択とは思えません」(ありす)

横歩取りになるのは大方の予想通りだったけれど、中原囲いなのは少し予想外だった。
元々中原囲いへの対策がいくつか出てきたから△7二銀型から動く形が流行した…と理解していたのだけれど、難しい所があるから研究してきた…というところなのだろう。

この戦型は、後手は中原囲いの固さを活かして攻め勝つ方針だ。先手は攻め筋を消していく指し回しが求められるので、神経を使う展開になりやすい。

先手は、右銀を繰りだしつつ厚みを持たせるのが定跡の一つで、一気に潰される心配はあまりない。少し、安心した序盤に思えた。

 

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▲3六歩   △8六歩   ▲同 歩   △同 飛 ▲3五歩   △8五飛   ▲3七銀   △8六歩  
▲7七桂   △3五飛 ▲5六飛   △3四飛   ▲3八金   △9四歩   ▲7五歩   △8七歩成
▲同 金   △9三桂   ▲8六飛   △8五歩   ▲7六飛   △4一玉 ▲9六歩   △2四飛  
▲2六歩   △8四飛   ▲6八銀   △5四歩 ▲9七角   △4二角   ▲7四歩

 

前例を先に離れたのは先手だった。▲8六飛に△8五歩を打たせて、駒の活用を遅らせる。

上手く後手の手段を封じた…と思った矢先、▲7四歩の開戦。これには、みんな驚いた。

ゆっくりしていると△3三銀から固められて、先手との玉型の差が大きくなる…。

理由をつければそうなるけれど、一気に終盤になる変化も含んでいる。ここで佐藤八段が封じた。

2日目はここから始まるわけで、検討にも熱が入る。「先手良し」の声も出始め、前2局のような暗い雰囲気はなかった。

 

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△同 飛  ▲4二角成 △同金寄 ▲4六飛   △5五歩   ▲8八金   △8四飛   ▲8七歩   △3三桂

 

△9七角成が本線とみられていたところで△7四同飛。そして、▲4二角成△同金に、飛車交換をせずに▲4六飛。複雑な手順である。

「これ、8筋攻めと△8四飛を牽制していますねぇ。ここで指すと▲6六角の両取りです。だから△5五歩なんですねぇ」(菜々)

「先手が上手く立ち回っていると思いますけれど、勝ちやすさは後手にありますね。どこか1点破れてしまえば、先手は一気に寄ってしまいます」(ありす)

▲8八金―▲8七歩と先に受けて、後手からの手段がない。
ただ、先手の方針も難しい。△3三桂に、羽生さんが長考する。
先手が更に良くできるのではないか…そんな雰囲気だ。

 

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 ▲6五角

▲6五角、決断の攻めだ。狙いは▲3四歩で、△同飛なら▲4三角成が飛車取りになる。△4五歩のような返し技が効かなくなるのは大きい。また、9筋を睨んでいるので▲9五歩もあるだろう。事務所でも、先手の攻めはなかなか切れないという評価だった。

△2三銀と受けて、昼食休憩になった。誰かが通りすぎたので見ると、まゆちゃんが部屋から出ていくところだった。先手良さそうだから落ち着いているかと思ったけれど、その表情は険しかった。……何か、嫌な予感がぬぐいきれない。

 

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 △2三銀   ▲9五歩   △3四銀   ▲9四歩   △4五銀 ▲9六飛   △6四歩   ▲7六角   △9五歩   ▲同 飛   △7四飛

休憩が終わって、パタパタと手が進んだ。▲9五歩は想定された攻め筋だけれど、▲9六飛の局面で事務所の空気が一変する。

「これ…角取られちゃいますよね?」(菜々)

先ほどまでは△6五歩には▲5四角から逃げられるのだけれど、△4五銀と出た効果でその手が消えている。

本譜も、△7四飛で角が死んでしまった。事務所の空気がだんだん冷えていくように感じる。

口数も減っていく。元々難解だったけれど、何かがおかしい…そんな感覚だ。

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▲3四歩

▲3四歩で桂二枚との交換が確定した。駒の損得は微妙だけれど、後手は攻め手に困らない。攻め合いになると、後手の固さが生きてくる…局面は難しくても、長期的にみると先手つらい展開だろう。

「▲2六歩型だから▲3四歩が成立するんですねぇ…。▲2五桂の攻めもありますし、先手の攻め筋もありますから、勝負としてはまだ――」

菜々さんがそう言った最中に、局面が動いた。

 

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△2五桂。

「ひえ~、歩頭!」(菜々)

角を取るのが自然なだけに、驚きを隠せない。

……意味としては、▲2五桂を消しつつ、取らせて歩の位置を上ずらせる狙いだ。

角は助けられないし、取るしかない。

……でも、部分的には後手がかなり得をしたように思える。▲3四歩の拠点が残るから一方的にではないけれど、今の佐藤八段が指すと好手順に思える。信用もあるし、実際に好手順なのだろう。

ここからは、ほとんど一本道になる。

 

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▲同 歩   △7六飛   ▲9三歩成 △5六歩 ▲8五飛   △5七歩成

▲同 銀   △7九角   ▲7八金   △5七角成 ▲同 玉   △5六飛  

▲4八玉   △5九角   ▲4九玉   △5七歩

手はかなり進んだけれど、変化する手段が難しい。後手が一方的に攻め、玉も固い。検討の熱気は次第に覚めていった。

△5九角では△5七角からの手順も考えられたけれど、こちらの方が手厚い攻めで佐藤八段らしい。

「△5七歩。もう後手の攻めは切れないので、先手は攻め合いでしょうねぇ」(菜々)

すぐさま、▲4五飛、▲3三桂が候補に上がる。…でも、後手の△3六歩(駒を渡すと詰み)や△5八歩成があって、難解だけれども先手の勝ちが見えない。羽生さんの長考が続く。

「ここくらいしか、時間の使い道はないでしょうね」(菜々)

そうこうしているうちに、夕食休憩に入った。

モバイル中継をみると、両者にサンドイッチが用意される予定だったが羽生名人は断ったという。

「食事をとらない…とはどういうことでしょう?」(ありす)

「それくらい集中しているか、食べられないくらい追い詰められているのでしょうか…。羽生さんが名人を初めて獲った第6局も、夕食がほとんど食べられなかったと本に書いていましたけれどねぇ」(菜々)

 

勝負のアヤがあるとすればここしかないけれど、光が見えないのはつらい。

30分なので検討を続けてみるけれど、思わしい手が出てこない。

手が止まる。そんなときに、

「▲2三角……」

声に驚いて振り向くと、まゆちゃんが盤を睨みながら角を盤に打ちおろしていた。

「先手が勝負するなら、これしかないと思います」

慌てて駆け寄って、盤を挟んで検討する。

 

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王手なので後手は受けなければいけないが、

・△3二金で節約しようとすると▲4五飛で悪い。(角を取ると▲4三飛成で詰み)

・△5二玉には▲3三歩成で、△同金は▲4五角成りが攻防に効く。

・△3二歩も▲3三歩成で、△5八歩成で攻め合いなら△5二玉より得だろうけれど難解。

・△3二銀が自然さけれど、▲同角成△同金に▲6九銀で後手の攻めを急かすとこれも大変だ。

 

……もしかしたら、まだ難しい余地があるかもしれない。

そんな希望が少し、湧いてきた。

 

夕休も開ける。難しいとはいえ最終盤。どちらにせよ、終わりは近い。

 

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▲4五飛。

まゆちゃんと私が有力とみた▲2三角ではなかった。これも自然な攻め合いで▲3三桂や▲8五角の王手はあるけれど、駒を渡せないのが痛い。手番が後手に回ってしまうのも大きい。

でも、何かあるのかもしれない。調べてみるけれど、思わしくない。

△5八歩成▲3九玉△3六歩▲3三桂…。

取ると▲8五角の王手が悩ましいけれど、△5二玉とかわされると手段がまた難しい。

覚悟はしていたけれど、いよいよ後手の勝利が見えてきた。

検討も止まり、みんな中継を見ている。このいろいろな感情が混ざって、表現できない。けれど、時間は進んでいく。

 

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▲4五飛   △5八歩成 ▲3九玉   △3六歩

まで100手で後手の勝ち

 

それは、唐突だった。

△3六歩に対して、12分考えて羽生名人が投了。これで佐藤八段が4勝1敗となり、名人位を奪取することになった。

その瞬間、何人かが大きく息を吐く音が響いた。それくらい、みんな静かだった。
何を言えばいいのだろう…言葉が見つからない。

「有望な若い人が出てくるというのは、業界にとっては良いことだと思いますけれど…やはり、大きなことですねぇ」(菜々)

5年前、王座戦で失冠したのを最後に羽生さんはタイトルを失っていなかった。

挑失はあったけれど、2冠から王座と名人を奪還し4冠に帰り咲いた。

王座戦の中村六段、豊島七段、佐藤八段に対するフルセット防衛劇の衝撃は大きかったし、ずっと若手を退けるのではないか…という幻想を少なからず抱いていたのは事実だ。

それだけに、ショックが大きい。

たぶん、これまで多くの人が羽生名人に偶像を重ねてきたんじゃないか…そう思った。

 

「佐藤八段の横歩取りと、名人戦の条件が非常によく合致した結果だと思います」

ありすちゃんが、口を開く。

王座戦棋王戦は1日ですから、時間に追われて十分に読み切れない…という展開もありました。ですけど名人戦は、持ち時間9時間もある上に短手数になりがちな戦型ですから、十分に読みを入れられるのはは大きいです。時間に余裕をもって終盤に入るので、羽生さんの勝負術が発揮できませんでした」

正確な読みと判断があるからできることですけれど、と付け加えた。

一息ついて、更に

「第1局、第2局は早い段階から手将棋で、勝敗はどちらに転んでもおかしくない展開もありました。早くに定跡を外れて力勝負に持ち込んだ際にどうなったのか、もう少し見てみたくはありました。戦型選択の問題ですけれど」(ありす)

それだけ、佐藤八段の横歩取りが強かった…ということだ。

「丸山九段が名人になったときも、角換わりと横歩8五飛を引っ提げてでしたねぇ」(菜々)

「?」(ありす)

佐藤康光名人―丸山八段(当時)の戦いを、ありすちゃんは知らなかったらしい。

 

感想戦が行われ、事務所の評価とほぼ同じだった。▲2三角ならばまだ難しかったけれど、後手の勝ち筋ばかりの中それを一人で見つけるのは予想以上に難しかったのだろう。

 

でも、感想戦やインタビューを見ても、現実感が湧かなかった。
何かが溢れそうで、何かが失われたような不思議な感情が渦巻いている。

 

ガタッ!

 

まゆちゃんが席を立ち、フラフラと部屋を出ていく。
みんな唖然として動けなかったが、部屋のドアが閉じられた音で我に返った。
慌てて後を追いかける。少し先の廊下で追いついた。

「まゆちゃん!」

歩みが止まる。

「あの……その、何て言えばいいのかな……」

呼び止めたのはいいけれど、二の句が継げない。自分だって受け入れられていないのに、語る言葉があるはずもない。

 

「……今日の対局は、互いにミスが少ない好局でした。作戦的な面で先手が良かったと思いますけれど、▲6五角が結果的に疑問手で、後手の銀を繰り出す構想がそれを上回りました。ただ、羽生さんらしい踏み込みだったと思います」

いつもより小さく、静かな声でまゆちゃんが話しだした。

「そこから変化する余地は少なくて、▲2三角成も、厳密には後手が強く攻め合って大変です。時間も残っていましたし、かなりの量読んだ上での投了です。それくらい、天彦さんの指し手が正確だった…とも言えます」

更に言葉を重ねる。

「羽生さんが横歩取りを避けなかったのは、ここで逃げることが長期的に見れば自分にとってマイナスになると考えていたからでしょう。藤井システムゴキゲン中飛車、角交換四間飛車…これまでも羽生さんは、新しい形や考え方が生まれた戦型に、真正面からぶつかって理解してきましたから」

 そうやって指した手が、いくつも定跡になってきたことは私も知っている。

「名人を失うだけなら森内さんとの間で何度も経験しています。まだ3冠あって防衛戦もあります。竜王戦の阿久津戦のように恐ろしい手順で勝ったりもしています。負けも若手トップの天彦さん、豊島さん二人による連敗ですし、ここ数局だけで好不調を語るものではないです」

それはまるで、見えない何かに反論しているようで、自分自身に言い聞かせているようにも思えて……。

「羽生さんが名人を失っても、他のタイトルを失っても、例え九段になっても、羽生さんが好きで、応援する気持ちは変わりません。良いときは称賛して、悪いときは応援する…それが、ファンということなんだと思います。……幸子ちゃんに教わったんですけれどね」

『ほめるときはほめて、そうでないときは応援してください』

幸子ちゃんが確かに言っていた。でもそれは、そうあることは簡単なことじゃない。

「これから、まだまだタイトル戦は続きます。棋聖戦だってすぐですし、王位戦王座戦…他の棋戦もありますし、1年経てばまた名人戦です。天彦さんは名人を獲り頂点に立ちましたけれど、これからが正念場ですよ。この世界のシンデレラは、ガラスの靴を履いても終わらないんです。例え七冠を獲っても、その先も戦いは続きます」

それは、羽生さんの足跡そのものだ。

 

「そっか…そうだよね」

おそらく事務所にいる間、一人でずっと考えていたのだろう。

「それに…」

「?」

「A級順位戦の1回戦、羽生―深浦戦でしょう?王将リーグの熱戦以来ですよ。今から楽しみです。うふっ♪」

 

まゆちゃんの言葉を聞いて、少し、安心する。気が緩む。

だから、今思うととても軽率なことを言ってしまった。

「そっか…まゆちゃんは強いね。私なんか、どうすればいいかもわからなくて……」

「強くないですよ」

「え……?」

まゆちゃんは、語気を強めて私の言葉を遮った。

「応援してる人が負けて、あれだけ将棋に真摯に尽くしてきた人が悪く言われたりもして、辛くないわけないじゃないですか」

声が少し大きくなって、震えていた。
必死に感情を抑えていたことが今になって分かる。

「でも、それをいくら悲しんでも、事務所で話しても、何も変わらないし意味がないんです。それは、羽生さんを応援することとは別なんです」

振り向いたその目には涙がたまっていて、表情はゆがんでいた。

「だから、まゆは帰ります。自分の気持ちごと持ち帰って、整理がつくまで待とうと思います」

 

そう言って去っていくまゆちゃんを、再度引き留めることはできなかった。

 

 

悲喜こもごも、様々な感情を巻き起こしながら、名人戦は幕を閉じた。

だけど、これを書いている間にも王位戦の挑戦者が木村八段に決まり、棋聖戦も始まる。

羽生さんや天彦さんだけでなく、棋士の物語は一人一人にあって、終わることはないのだ。

 

切り替えるには、少し時間がかかるけれど。

この結果を受け入れて、また笑顔で盛り上がれるようになると思う。

 

これまでの勝負が、そうであったように。

 

 

 

(了)

アイドル達の座談会  WCS26ponanzaー技巧 戦

 

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ありす
それでは、これから座談会を行いたいと思います。

美波
よろしくね、ありすちゃん。

 
ありす
……橘です。

 

橘…タチバナ……。つぼみのときに夕美ちゃんから聞いたけれど、クール・タチバナだったかしら?

 
クール・タチバナ
そ、それは…!
……ありすでいいです。

 
菜々
でも、よく事務所に5人も集まりましたねぇ。ナナはコンピューターを勉強するために来てみましたけれど、他の皆さんはどうして来ていたんですか?黄金週間ですよ?

 
美波
私とありすちゃんがイベントライブのお仕事で、楓さんもお仕事ですよね。

まゆちゃんは…

 
まゆ
まゆは、プロデューサーさんがいる所ならどこにでも行きます♪

 
菜々
あ、アハハ……。

ところでありすちゃん、プロデューサーさんと急遽企画されたみたいですけれど、何を話すのですか?

 
ありす
世界コンピューター選手権、ponanza―技巧の対局について、ですね。

 
菜々
いやいやいや!対局終えたばかりなのでまさかとは思いましたけど、あの内容を解説するのは我々には無理ですよ!棋士でさえ首をひねる高難度な対局ですよ!?

 
ありす
……いえ、「解説」というのは語弊がありますね。

ですが菜々さんの言うように内容が高度すぎて、ついていけなかった人が大勢いたと思うんです。

 
ですから、あの対局を具体的に言語化できないか、試してみたいと思ったんです。

 
美波
言葉で表現してみよう、ということかな?

 
ありす
はい。それが正しい見解かは分かりませんけれど、ソフトの手の狙いや方針といったものを少しでも伝えられたら…と思ったんです。

難しいことですけど。

 

…まずは、やってみましょうか。

 
ありす
はい!よろしくお願いします。

 

 

▲5八玉の意味

 

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▲7六歩   △3四歩   ▲5八玉

 

ありす
まず、3手目から考えなければですね。▲5八玉。Ponanza流として有名な手ですけれど、「なぜこれを指すのか」については、説明が難しいところです。どんな意味か説明できないでしょうか。

 
菜々
……ナナにはさっぱりです。昔の将棋だったら破門クラスの手ですよ。

本譜だって▲6二玉で手損していますし、意味があるとは思えません。

しいて言うなら、既存の定跡外しじゃないんですか?

 
まゆ
でも、具体的に咎める方法も難しいですよ。横歩取りや相掛かりなら中住まいでいいですし、居玉を避けているので後手からの急戦を消している意味も出てきますよ。

咎めるなら、振り飛車ですけど…▲6八玉で収めることができるから、そこまで損にはなりませんね。

 
ありす
ponanzaはあまり振り飛車を評価していないので、それは大きいと思います。また、将棋ソフト全体でみても居飛車が多いので、技巧も振って対抗しませんでしたね。

 
まゆ
1手損くらいでは、勝負は決まりませんよね。先手番ですしなおさら。

 
ありす
美波さんは、何か見解はないですか?

 
美波
私?うーん…個人的にはだけど、藤井九段の描く構想と近いと思ったかな。

 
ありす
……どういうことですか?

 
美波
角交換四間飛車藤井システムなんかが顕著なんだけれど、相手の手に応じて攻め筋を組み立てるのね。

相手に形を決めさせて、それを咎めるって感じかな。

「指さなくていい手はできるだけ手を後回しにする」方針で、現代将棋を象徴している…とも言えるかな。

 

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 (▲2五歩なら△2四歩から逆棒銀、▲3六歩なら△4四銀ー△3五歩、待機するなら△4四銀ー△3三桂
 や△3五歩ー△2四歩がある)

 

ありす
この▲5八玉も、そうだというのですか?

 
美波
それに近い、と思うの。

▲5八玉自体は、居玉を避けつつ歩を支えている「プラスの手」なのね。
で、後手は何か指さないといけないからそれに応じて指していく方針だと思う。

元々ponanzaは低く構えて急戦を得意にしているソフトだから、▲5八玉が悪手になることはほぼ無いんじゃないかな。

上手くまとめられないけど…。

 

要するに、「後だしジャンケン」…かしら?

 
美波
そうですね。端的に言えばそうなると思います。

序盤から、気の抜けない展開になりますね。

 
菜々
なるほど、変則的な序盤でいえば佐藤康光九段が有名ですけれど、「一目愚形でも悪くならない」というのは共通してますね。

……将棋は難しいですねぇ。

 

陣形の差

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 △6二銀   ▲4八銀   △5四歩 ▲2六歩   △4四歩   ▲2五歩  

 △3三角   ▲3六歩   △5三銀   ▲3七銀   △3二金   ▲6八玉

 

ありす
この一手だけで延々と議論できそうですけれど、時間もあるので先に進めますね。

後手の技巧は△6二銀と指して、居飛車を明示しつつ手広く待ちました。

その後、ponanzaが飛車先を突き越してから▲6八玉と手を戻すのですけれど、難しいやり取りです。

 
菜々
振り飛車じゃないのに玉を寄りましたよね。これじゃあ、単なる手損じゃないんですか?

 
美波
…いえ、おそらく後手が角道を止めたから寄ったんだと思います。

後手からすぐに動く順がなくなったので、咎めにいく準備…と言えばいいでしょうか。

 
まゆ
先手の手が攻めによく効きつつ玉も安全になっているのに対して、後手は居玉で金銀が追い付いていない印象を受けます。

居角の急戦を先手番で指せるのは大きいですね。

 

これも、▲5八玉の効果…ですか。

 
美波
はい。普通の矢倉系の将棋だと△8四歩が入っているのでここまでキレイな居角急戦は指せませんけれど、本譜は後手の飛車先不突きが裏目に出ている展開ですね。

主導権でいうなら、既にponanzaにあります。

 

居角で後手を威嚇しているのね…ふふっ。

 
美波
……ダジャレはさておき、後手を威嚇どころか、破壊するつもりですね。

 

強気の応酬

 

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 △5二金   ▲2六銀   △4三金右 ▲3五歩   △同 歩   ▲同 銀  

 △3四歩   ▲2四歩   △2二銀 ▲2三歩成 △同 銀   ▲2四歩   △1四銀

 

ありす
この後ponanzaは棒銀から攻めに出て、技巧は金銀で受ける展開ですね。ここ数手は自然というか、必然の応酬が続きます。

 
菜々
ですけど、▲2四歩に△1四銀は強気な手ですねぇ。▲1六歩から、部分的には受けが無い手ですどね。

技巧の手はここまで人間的だなぁなんて思っていましたけれど、これは人には指せないです。

 
ありす
解説で示された展開はこちらですね。

 

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 ▲2四歩以下

△1二銀 ▲2六銀 △2三歩 ▲同歩成 △同銀 ▲2五歩

 
菜々
▲2五歩で銀冠の好形を拒否する形は羽生さんが昔指していますけれど、こちらが自然に見えますね。

 
まゆ
…善悪は難しいですけれど、後手が嫌な形のまま戦うことになりますね。駒の損得もないですし、先手も十分に指せそうです。

 
菜々
なるほど…手得よりも駒の効率なんですか…。時代は変わりますねぇ。

 

斬り合い

 

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▲1六歩   △4五歩 ▲3三角成 △同 桂   ▲7一角   △5二飛  

▲1五歩   △6四角 ▲1四歩   △2八角成 ▲2三歩成

 

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△4二金寄 ▲4四銀打 △5五馬 ▲5三角成

 

ありす
ということで、後手の技巧が△4五歩から斬り合いに持ち込みました。

互いに妥協をしていない応酬ですね。

 
まゆ
先手は、ギリギリの手順で攻めを繋いでいますね。飛車を見捨てて▲2三歩成ですか。

△同金は、本譜の▲4四銀打から攻めが続くということですか。

△4二金にも同様に進めて、△5五馬…また難しい手ですね。

 

働いてない馬を受けに使いつつ、本当の狙いは△2八飛の王手でしょうね。

▲5五同歩△2八飛だと適当な合い駒がないから…。

 
まゆ
だから▲5三角成で銀を補充したんですね。水面下の読みがすごいです…。

 

急転直下

 

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△同金上   ▲5五銀   △2八飛   ▲3八銀   △3五歩 ▲2七歩  

△5五歩   ▲3九金

ありす
そろそろ、問題の局面ですね。後手は狙いの△2八飛を指すのですけれど、▲3八銀と受けて、以下▲2七歩―▲3九金で飛車が死んでしまいました。
そして△2五桂▲2八金。タダで取られてしまったわけです。

……どう解釈すればいいのでしょうか?

 
菜々
よく言われる「水平線効果」じゃないですか?△2八角とかも有名ですし。

 
ありす
読み筋を実際に見ているわけでないので可能性は否定できませんが、△2八飛から5手で飛車が詰んでしまっているので、少し変化としては短いんですね。本当に、これを読めていなかったのか…という疑問があります。

 
まゆ
私たちがみても、難しい局面ですよね。ずっと長考していたい局面です。

 
美波
後手は飛車を取られるまでの間に、先手の銀二枚を取って△2五桂と逃げているから、これが読み筋だった可能性もあるのかな。

読んだ上で、飛車を取らせるより自玉の安全度を上げようとした…ってことなのかな?

 

すこし、後手が終盤の速度を読み間違えてる…と言えばいいのかしら。

 
ありす
もしかしたら、単純に誤判断ということもあり得ますか。

技巧は序盤、中盤、終盤に応じて評価関数を変化させるらしいのですが、激しすぎる進行に追いついていないとなれば、これを説明できるかもしれません。

 
菜々
激しすぎて正着が分からないというのは、豊島―YSS戦を思い出しますねぇ。

でも、後手玉に迫るのでなく▲3八銀―▲2七歩―▲3九金から飛車を詰まして良しという判断は人間的というか…。Ponanzaの強さを示した手順ですね。

 

収束

 

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△2五桂   ▲2八金   △6二玉 ▲3一飛   △5六歩   ▲7一角(図)

 

△7二玉   ▲5三角成 △8六角 ▲同 歩   △5七歩成 ▲7八玉  

△5一歩   ▲5二馬   △6七と   ▲同 玉    △6六銀   ▲同 玉

△6五銀   ▲7七玉   △6六銀   ▲同 玉   △5二歩   ▲6一銀

△6二玉   ▲7二飛   △5三玉   ▲5二飛   △4四玉   ▲5五銀

まで、先手ponanzaの勝ち

 

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ありす
更にここから▲3一飛―▲7一角―▲5三角成で必至が掛かり、勝負が決しました。

以降は王手を続けますけれど、先手は詰みません。

 
菜々
▲7一角を打たせず粘るなら手段はありそうですけどねぇ。8二に効かせつつ△7一銀とか…。でも、玉の安全度が違い過ぎていてどうしようもないですか。

ponanzaの快勝ですねぇ。

 
まゆ
終盤は、ponanzaが読み勝っていたように見えますね。

 
ありす
今回のルールは持ち時間10分に一手10秒加算するフィッシャールールなので、どこに時間を使うか、深く読むかが重要なテーマでした。

本局はというと、

(▲5五銀まで 残り時間▲8分1秒△5分5秒) 単位は秒

△2八飛(28)▲3八銀(17)

△3五歩(23)▲2七歩(17)

△5五歩(15)▲3九金(4) 

△2五桂(36)▲2八金(14)

△6二玉(4) ▲3一飛(16)

△5六歩(8) ▲7一角(18)

 

ponanzaの方がコンスタントに時間を使っているようですね。

 

 

まゆ
飛車を取られてから、技巧の考慮時間が短いような気がしますね。

 
ありす
このルールが採用されたのは今大会が初めてなので、これに対応した設定を調整するのは大変なことだったと思います。

どの局面で深く読むかということは非常に重要ですけれど、明快な答えが出せない問題でもありますね。

 

機械には、時間を使う実感ってあるのかしら…ふふっ。

 

一同
………………。

 

 座談会終了

 

ありす
ここまで、ソフトの対局を言葉にできないかと試してみましたけれど、どうだったでしょうか。

 
まゆ
ソフトの特徴がよく表れた対局だったと思います。良くも悪くも。

 
菜々
ponanazaの、玉の安全度に差をつける方法がすごいですねぇ。

勝ちパターンとして「固い・攻めてる・切れない」と言われますけれど、固くはないですが相手玉より安全な局面を常に維持していました。

人間なら、穴熊に組んでこういうパターンに持ち込むのですけれど…。

 
美波
他の対局を観ていても、自玉が安全な状態で攻める技術の高さに驚いたかな。

穴熊じゃなくてもゼット(絶対詰まない形)は存在するから、そういう局面から早く動く感覚は新鮮だね。

定跡でいうなら「矢倉91手組」や「富岡流」、「新山崎流」みたいな怖さがあるかな。

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みんなのように上手くコメントできないけれど、何か違うものを見ている気がしたわね。

でも同じ将棋なのだから、将棋はそれだけ難しくて底が見えないものだ…と言ったら変かしら。

 
まゆ
いえ、それでいいと思います。分からないから、みんなが惹かれるんですよ。棋士も、開発者も。

 
ありす
今回は突然のお願いに応じて頂いて、ありがとうございました。

それでは、これで終わりといたします。

お疲れさまでした。

 

一同
お疲れ様でした!

 


うーん!お仕事も終わりましたし、みんなで飲みに行きません?

 

美波
楓さん!まだ全員未成年で…………。

 

菜々
な、ナナを見るのには何か意味が…?

 

 

 

 (了)

 

みなさん、3日間お疲れ様でした。(ありす)

 

 

 

佐久間まゆの名局振り返り  名局賞だけじゃないんです

 

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 みなさん、お久しぶりです。今回も私、佐久間まゆがお送りしますね、うふっ♪

 最近、名人戦をはじめ熱戦が多い…と感じます。

 対局の内容については楓さんや、他の事務所ですけれど幸子ちゃんや文香ちゃんが観戦記を書いているので、興味があったら見てくださいね。

 

鷺沢文香『荒れ野に咲く花は』(第74期名人戦七番勝負第2局 佐藤天八段-羽生名人 一日目) - 神崎蘭子さんの将棋グリモワール

 

 名局賞というのは、1年で1番の名局に贈られる賞のことです。昨年度は、棋王戦第5局が受賞しました。▲7七桂の将棋ですね。

 ……でも、何が「名局」かは人によって評価が分かれるところですし、熱戦は1年に1局だけではありません。

 特に4月のような年度初期の対局は印象が薄れやすく、「受賞には不利ではないか」とも言われていますね。
 現に歴代の受賞局は王座戦以降がほとんどで、一番早くて王位戦の9月です。
 もちろん、受賞に値する内容なんですけれど。

 でも、名局賞を受賞しなかった対局にも素晴らしい内容の棋譜はたくさんあります。  ずっと覚えていられればいいのですけど、「過去の対局」として埋もれていってしまうんです。

 

 ということで、今回は過去の熱戦を振り返ってみたいと思います。よろしくお願いします♪

 

2012年9月5日 第60期王座戦 第2局 

渡辺明王座 対 羽生善治棋聖、王位

持ち時間各5時間

 

 もう、3年以上前のことになるんですね。
 少し、当時の背景をおさらいしてみようと思います。

 

 羽生王座が『無敵王座』として君臨し続けたことはあまりに有名ですね。

 その期間はなんと19期。

 まゆが生まれる前から王座だったわけですから、その長さを具体的に想像することは無理ですね。 王座を奪取したときの相手が福崎文吾九段…と言っても、ピンとくる方は少ないのではないでしょうか。それくらい昔の話から、王座の地位に就いていたわけです。

 とにかく、王座を19期、ストレート勝ちを6期連続で19連勝という、誰も辿りつけないであろう記録を打ち立てました。

 

 でも、数字はいつか止まるものです。第59期王座戦では渡辺竜王を相手に3連敗。連勝記録どころか、連覇まで止まってしまいました。
 ……普通は、ここで一区切りなんですけれどね。羽生さんの場合、「普通」は通用しません。

 王座陥落の後、第60期の挑戦者決定トーナメントを駆け上がり、挑戦を決めるんです。 (トップ棋士相手に4連勝が必要です) まるで当然のように、王座戦の舞台に戻ってきたわけです。
「事実は小説より奇なり」…とはよく言いますし、恋愛小説はよく読みますけれど、創作なら「予定調和」と言われてしまいますね。
 ……でも、それが当然のように思えるところが羽生さんの羽生さんたる所かもしれません…ふふっ♪

 

 一つの対局にも、こんな背景があるんです。人間の勝負ですから、このあたりも面白いところだと思います。

 前置きはここまでにして、対局を観てみましょうか。

 

(初手から)
▲7六歩   △3四歩   ▲2六歩

 王座戦は、第1局は渡辺王座の勝利。序中盤は羽生二冠の優勢でしたが、僅かなミスから逆転しています。 本局を落とすとカド番になってしまう上、主導権を握りにくい後手番…。 「また3連敗もあり得るのでは」という空気だったのを覚えています。

 

 でも、そんな空気は4手目に吹き飛んでしまいました。

 

 

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△4二飛

 

 羽生二冠は飛車を持ち、4筋に動かしました。角交換四間飛車です。
 この一手に控室も、観戦していたファンもみんながどよめきました。

 オールラウンダーとはいえ振り飛車は少なめの羽生さんですが、角交換四間飛車は過去に1局だけです(2011年の棋聖戦第2局、これも熱戦です)。 渡辺さんが事前に予想していないのは明らかです。その駆け引きが一つの理由ですね。

 そして、理由がもう一つ。これは、もう一人の棋士について語らないといけません。

 藤井猛九段です。

 角交換四間飛車そのものは戦法としてありましたけど、当初は攻め筋に乏しくマイナーでした。 そこに光を当てたのが藤井九段なんです。
 逆棒銀や3筋攻め、筋違い角といった新手を次々に披露したんですね。そのほとんどを、藤井システム同様一人で開発したんです。
 藤井九段はこの角交換四間を原動力として王位戦を勝ち上がり、羽生王位に挑戦します。それが、この年の7~8月ですね。そして、この対局は9月です。

 ……つまり羽生さんは、1ヶ月前のタイトル戦の相手の得意戦法を採用しました。 普通はありえないことです。 だからこそ、この4手目で非常に盛り上がったわけなんですね。

 

 ただ、これだけで勝てるわけじゃないので、羽生二冠も相当の準備をしてきたことがうかがえます。

 

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▲6八玉   △8八角成 ▲同 銀   △6二玉   ▲7八玉   △2二銀  

▲4八銀   △7二玉 ▲5八金右 △3三銀   ▲7七銀   △4四歩 

 

 王位戦は羽生二冠の4勝1敗で防衛となりましたけど、対角交換四間だけをみるとほぼ全て作戦的に失敗しているんですね。
 全く攻めができずに負けた第2局や、完敗1歩手前まで追い込まれた第4局は藤井九段の序盤術が遺憾なく発揮されました。

 そのあたりから、優秀な作戦だと思って採用したのでしょう。

 

 △4四歩が羽生二冠が用意してきた作戦で、普通は△2二飛と回るために突かない歩です。 (▲4三角と打たれるキズができます) 飛車を転回せず、4筋で戦うのが工夫でした。前例は既にありません。

 先手は▲5七銀と備え、後手は△7四歩で玉頭位取りを拒否。互いに、動きにくい局面になりました。 千日手は、後手の望むところです。このあたりも、角交換四間飛車の狙いの一つですね。

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▲5六歩   △8二玉 ▲5七銀   △7二銀   ▲8八玉   △7二銀  

▲7八金   △5二金左 ▲5七銀   △7四歩   ▲6六歩   △6四歩   ▲5五歩

 

 ▲5五歩が、渡辺王座の力量をみせた一手です。これで、千日手の心配がなくなりました。

 ……難しい話ですけれど、将来▲5六銀のように駒を進展させていく手があるので、先手から打開する手段に困りません。手が進むにつれて、この一手が後手の負担になっていきます。

 

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△6三金   ▲6七金右 △9四歩   ▲9六歩   △7三桂   ▲2五歩  

△8四歩   ▲3六歩   △1四歩   ▲1六歩   △8三銀   ▲9八香  

△7二金   ▲9九玉

 

 ▲9八香で、先手は穴熊の姿勢をみせます。でも、後手には動く手段がありません。

 飛車を横に動かすと▲4三角と打たれますし、3三の銀は釘づけです。
 指す手がないんですね。 無理に動けば、渡辺王座に咎められるのは目に見えています。


 はっきり言えば、大作戦負けです。
 藤井九段のようにはいきませんでした。やはり、羽生さんは羽生さんですね。

 困った後手ですけど、ここからが羽生さんの勝負術です。

 

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△9二玉   ▲8八銀   △8二玉   ▲7九金   △9二玉   ▲6八銀

△8二玉   ▲3七桂   △9二玉   ▲4六歩   △8二玉   ▲4八飛

△1二香   ▲2八飛   △9二玉   ▲2四歩

 △9二玉▲8八銀△8二玉。玉を寄って、戻しました。一人千日手です。
 指す手がないにしても、このような手は初めて見ましたね。
 ひと昔前の将棋ソフトなら、指しているのを見たことがありますけど…。

 手詰まり模様の手渡しなら分かりますが、先手は指したい手がたくさんあります。実際、穴熊の連結を良くして桂馬も跳ね、やりたい放題です。
 やりたい放題……。このぐらい、プロデューサーさんにも色々したいですね……
 あ、ひとり言です♪

 最終的に△8二玉と戻すので、4往復、8手損してしまいます。

『玉の早逃げ八手の得』という格言はありますけれど、真逆ですね。普通はありえない手です。

 

 先手は、万全の体制を築いてから▲2四歩と開戦しました。ここから、戦いが始まります。 ……既に、形勢は先手良しです。

 

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△同 歩   ▲1五歩 △同 歩   ▲3五歩   △5二角   ▲3四歩  

△同 角   ▲2六飛 △8二玉   ▲4五歩

 

 穴熊という戦型は、「攻めが続く形」になったら勝負は終わってしまいます。 攻め合いでは、穴熊に勝てません。詰む詰まないがはっきりしていて手数計算がしやすく、先に寄せられてしまうから、ですね。『穴熊の暴力』です。

 

 1筋も突き捨て、▲3五歩。これを△同歩と取ると、▲1五香△同香▲2四飛で攻めが続いてしまいます。

(参考図です♪)

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(先手の飛車成りが約束されているので、穴熊が良い展開です)

 

 ということで△5二角と打ったんですね。持ち角を手放す損は大きいですけど、これ以外に手がありません。 とにかく、先手の攻め筋を潰していくしかないんです。

 そして、先手も良いながら破る手段が難しいんですね。8手得をしているのに、明快な順が無い…将棋は難しいですね。

 

 更に勝負術が繰り出されます。

 

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△9五歩   ▲同 歩   △9七歩   ▲同 銀 △4五歩   ▲4三歩  

△同 角   ▲8八金   △8五桂   ▲8六銀 △9七歩   ▲同 桂  

△9六歩   ▲8五桂   △同 歩   ▲同 銀 △9五香

 

 穴熊は、「王手の掛からない形」というのが一番の長所です。対穴熊戦では、それを崩しにいく必要があるんですね。

 △9五歩と端攻めをして、△4五歩と手を戻す。端だけで先手玉を攻略できない故ですけれど、独特な駆け引きです。 対して▲8八金も渡辺王座らしい手で、「王手の掛からない形」を目指します。

 

 執拗に端に絡んで、先手の穴熊も嫌な形になってきました。 まだ先手が良いですし手が広いのですけど、攻めると反動がありますから判断が難しい局面です。

 

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▲9六香   △同 香   ▲同 銀   △9五歩   ▲同 銀 △9一香

 

 ここでは、▲5一角が正着だったようです。
 以下、△9七歩成と金を作らせても▲9五角成から香車を取り切ってしまうのが手厚い…とのことですね。△8八とは▲同玉で危険地帯から脱出できます。 駒損するので難しいところですけれど、穴熊が崩壊しているので玉は広い方がいいとも言えます。
…でも、渡辺さんの棋風ではなかった、という感じもしますね。

 

▲9六香で端を緩和しにいきましたが、これが疑問手でした。 ただ対局中は控室でも分かっていませんでしたし、やはり「結果的に疑問手」という感じですね。ここからの手順も難解です。

 

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▲9六歩   △9五香   ▲同 歩   △8四桂   ▲7九香

 

 △同香▲同銀△9五歩から迫りますが、このときに後手の△4三角が働いてくるんです!

 本譜△8四桂も角を活かした攻め筋ですけれど、水面下では△8六歩や△7五桂のような手もみています。 仕方なく手放したはずの自陣角が、攻めに強力に効いてくる…、 そう組み立てた羽生さんの力量もありますけれど、将棋は不思議ですね。

 この局面では、後手の方が良くなっている……みたいです。 先手は、必死に手を作りにいきます。

 

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△2五歩   ▲2九飛   △4四銀   ▲9四歩   △3二飛   ▲3三歩    

△同 飛   ▲3八歩   △9四銀   ▲5一角 △6二金引 ▲8九玉  

△3二飛   ▲5四歩   △9六桂

 

 細い攻めを繋げるのが上手い渡辺王座ですけれど、本局は羽生二冠の指し回しが勝りました。
 △2五歩で先手の飛車を遊ばせて、端の嫌味を消す。特に△9六桂のタイミングが絶妙です。 △6二金引―△3二飛と2手溜めてから跳ねる。これで、先手の攻めを遅らせているんですね。(すぐに跳ねると、▲9八香の反撃が厳しいです)

 「羽生マジック」と呼ばれる常識外の一手が印象に残りがちですけど、こういった「正しい手の組み合わせで、自然と良くしていく」方が羽生さんの本質だと思います。

 先手の穴熊は崩壊し、終盤戦、寄せ合いです。

 

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▲7七銀 △8八桂成 ▲同 玉   △5四角  ▲9三歩   △3六歩  

▲2五飛 △3七歩成 ▲9二歩成 △7三玉   ▲9三と   △9五銀 

▲8五桂 △6三玉   ▲7三香   △6一金   ▲7二香成 △5一金  

▲7三桂成△5二玉   ▲4六桂 △8六歩

 

 渡辺さんも勝負勝負と迫っていきます。互いに危険な玉形ですね。
 先手は受けても速度が変わらないので、後手を先に寄せるしかありません。

 ▲4六桂は鬼手で、△同歩は▲9五飛で先手玉が安全になります。 なので△8六歩、これが詰めろなんですね。
 受けはほぼないので、最後は後手玉が詰むかどうかの勝負です。

 危ない筋が、たくさんあります。

 

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△8六歩   ▲6二成香 △同 金   ▲同成桂 △同 玉   ▲5四桂  

△同 歩   ▲7一角   △同 玉   ▲2一飛成△3一金

ただ、本局の羽生二冠はひたすら正確でした。精算していかにも寄りそうなごてぎょくですが、▲2一飛成に△3一金が決め手です。

これを△3一歩で安く合駒をすると、頓死してしまいます。金合い限定……NHK杯決勝を思い出しますね。

(参考図です…)

 

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(△3一歩以下、▲6三桂△6二玉▲3二竜△同歩▲4二飛△5二金▲7二金▲5三玉▲4三金△同金▲6二飛成まで。 金合いなら、▲4二飛と打てません)

 

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▲3二龍   △8七歩成

まで、144手で後手の勝ち

 

 △8七歩成で渡辺王座の投了となりました。以下は詰みですね。

 

 

 本局は、互いの勝負術の特徴がよく出た一戦でした。

 

 序盤はオールラウンドな戦型選択の羽生二冠に対して渡辺王座が堅実な手で仕掛けを封じ、作戦勝ちに。

 羽生二冠はそこから、「仕方ない」と一人千日手を敢行します。八手損を仕方ないと割り切るのは、いかにも羽生さんですね。

 穴熊に組み換えて細い攻めを繋げにきたのも、渡辺さんの真骨頂です。

 序盤から終盤に至るまで、両対局者の棋風が非常によく表れた、好局でした。

 まゆがこの対局を推した一番の理由は、圧倒的な「疑問手の少なさ」です。

 

 

 穴熊という戦型は、「勝ちやすい」事が長所なんです。
 相手が一手でも受け間違えれば、一気に勝ちになる…そんな恐ろしさを秘めています。
 渡辺さんは観戦記で、「振り飛車は有利にしやすいけれど、固さで逆転できる」という内容を語られています。

 ですけど、本局では羽生さんが間違えませんでした。

 渡辺さんも自然に見える▲9六香が疑問だったのみで、その後も嫌味を突いた攻めを繰り出しています。…正確に受け止めた羽生さんが強かった、としか言いようがないですね。

 その後、3勝1敗1千日手で羽生二冠は王座を奪取。今も防衛を続けていて、若手の挑戦を阻みつつ4連覇しています。 ここ数年の王座戦は名局揃いですから、見てみると面白いと思いますよ♪

 

 

 この年の名局賞はこの王座戦の第4局(△6六銀の捨て駒が有名です)なんですけれど、勝負の内容において、第2局は遜色ないものです。

 ですけれど、受賞しなかった対局は埋もれてしまうんですね。
 定跡がいくら進歩しても、評価値がいくら正確になっても、そのときの『勝負の魅力』は色褪せません。棋譜は、ずっと残ります。

 人間は感情の生き物ですから、勝負に感動したり、妙手を「美しい」と感じたりできるんです。

 周りの環境が変化しても、それは変わりません。

 

 また、こうやって名局を紹介できたらいいな…と思います。

 それでは、また機会があればお会いしましょう。お付き合い、ありがとうございました♪

 

 

 ……そういえば、変わらない感情というと恋愛もですね…ふふっ。

 

 

(了)

高垣楓の徒然観戦  すべてはその一勝のために

 

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みなさん、こんにちは。高垣楓です。初めて、私が担当させて頂きます。

私は…口下手な人間です。
ダジャレは言えても、自分の考えや感覚を伝えることが難しいと思っていました。 ですから、美波ちゃんの定跡解説をはじめ、事務所の他の子が記事を担当することになっていました。

…ですけど、次第に「これでいいのか?」という思いが募ってきました。
自分に囚われたままでいいのか…と。

そして今回、プロデューサーさんと検討して、私が担当することになりました。

不得手ですけれど、よろしくお願いします。

 

 

第29期竜王戦1組5位決定トーナメント 

阿久津―羽生戦

4月14日 持ち時間 各5時間

 

今回取り上げる対局は、こちらです。観ていた方も多いでしょう。

私の観戦記…というよりは、事務所の記録に近いかもしれません。

 

朝・対局前(9時頃)

 

事務所の一室に入ると、いつものようにみんなが集まって談笑していました。

 

菜々
楓さん、おはようございます。今日の中継は、目が離せないですねぇ。


おはようございます。井山さんの七冠がかかった一局ですか?

菜々
それも大切ですけど、囲碁の方ですから…。今日は竜王戦に羽生名人が出るんですよ。


あ…そうでしたね

菜々
3連勝4連敗の名シリーズから8年も経とうとしているんですよ!毎年、この時期は気が気じゃないです…。


トーナメントですから、なかなか挑戦できないのは仕方ないですよ。

菜々
今期も、既に1敗してますからねぇ…。2組降級の危機は脱しましたけれど、先行きは不安ですね。

まゆ
……でも、羽生さん本人はそこまで気にしてないみたいですよ。

 

プロデューサーさんの机の下からまゆちゃんが出てきました。

 

菜々
ま、まゆさん!?いつからそこにいたのですか?

まゆ
朝早くからずっと、待ってました…。それと盗ちょ…なんでもありません。

菜々
そ、そうなんですね…。アハハ…。

まゆ
それで羽生さんのことですけど、「永世七冠」に固執している様子は昔からないですね。タイトルの数とか記録よりも、目の前の勝負を、局面を追い求めているように思います。
意気込んで取れるものでもないですし、周りの方が気にし過ぎなのかもしれませんね。


そういえばまゆちゃん、羽生名人のファンだったわね。

まゆ

はい。あの、勝利への執念が大好きなんです。うふふ♪
でも、まゆも今日の勝敗は気になりますし、楽しみでもありますよ。

 

そう言ってまゆちゃんはプロデューサーさんを探しに部屋を出ていきました。
……さて、どうなるでしょうか。

 

 

先手の作戦(12時頃)

 

『…………』

 

レッスンを終えて部屋に戻ると、美波ちゃんとアーニャちゃん、ありすちゃんが盤に駒を並べて検討していました。

 

美波
あ、楓さん。お疲れ様です。


美波ちゃんも、検討お疲れさま。…盤面は羽生名人の?

美波
そうですね、この局面で昼休に入りました。戦型は角換わりなんですけど……。

 

 

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▲7六歩   △8四歩   ▲2六歩   △3二金   ▲7八金   △8五歩 ▲7七角   △3四歩  
▲8八銀   △7七角成 ▲同 銀   △4二銀 ▲3八銀   △7二銀   ▲4六歩   △6四歩 
▲4七銀   △6三銀 ▲6八玉   △4一玉   ▲3六歩   △3一玉   ▲5六銀   △5四銀
▲3七桂   △4四歩   ▲7九玉   △5二金   ▲1六歩   △1四歩 ▲4八金


ありす
先手の阿久津八段が▲4八金と上がりました。ポナンザ流ですね。


ポナンザって、ソフトの?

ありす
はい。ポナンザが多用したのでこの名称になっています。自陣の隙のなさを重視している構えです。

アナスタシア
シト?アリス、このままだと△3九銀のようなスキがありますね。

ありす
いえ、すぐに銀交換にはならないので、▲2九飛と引きます。これが好形で、桂馬を跳ねても△3七角のような反撃がありません。

美波
今では、西尾六段や他の棋士も採用している形だね。

アナスタシア
パニャートナ、勉強になりますね。


つまり、阿久津さんが用意の作戦をぶつけたのね?

ありす
はい。まだ序盤なので形勢はさておき、羽生名人がどのような対策をするのか興味深いです。
今後は激しい攻め合いが予想されますから、中盤は時間をかけて読むと思います。

 

 

 ありすちゃんがそう締めて、いったん昼食のために解散しました。
ソフトの新作戦が有力になるなんて、少し前なら想像もできなかったことです。
時代の移り変わりを感じます。

 

 

夕方・美波ちゃんの解説(18時すぎ)

 


3時のおやつに、かな子ちゃんが差し入れてくれたチョコをちょこっとずつ食べて、糖分を補給しました…ふふっ。
夕食休憩に入りましたが、局面は中盤の難所です。検討に熱が入ります。

 

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△7四歩   ▲2五歩   △3三銀   ▲4五歩   △同 歩 ▲同 桂   △4四銀   ▲4六歩  

△4二金右 ▲2四歩   △同 歩 ▲同 飛   △2三歩   ▲2九飛   △7三桂   ▲9六歩  

△9四歩 ▲1五歩   △同 歩   ▲1四歩   △6五銀   ▲5一角   △7二飛 ▲1五香   △1二歩

 

菜々
いやー、端を詰めた得は大きいですよ。寄せで、金銀2枚分くらい得する変化もあります。
ゆっくりした攻めでも、繋がると後手はつらいですねぇ。

ありす
ですが、後手が受けきる将棋ではないですね。

アナスタシア
なら、攻め合い…ですか?

美波
そうなんだけど…手段が難しいかな。駒を渡すと、反撃が余計に厳しくなるし。

アナスタシア
ミナミは攻めが上手いですから、きっといい手を見つけられますね。
いつも、いろんな手段でアーニャをメチャクチャにしています。

美波
将棋の話だからね!?

ありす
…………?将棋以外の話、していましたか?

美波
そ、それで合ってるよ、ありすちゃん…。

ありす
……橘です。

 

話を聞いている分には面白いけれど、検討に具体的な手が出てきません。
上級者になると「なんとなく」で話が進んでしますことはままありますが、これでは解説が難しいですね。
…少し、聞いてみましょう。

 


美波ちゃん、ちょっといい?この局面について解説をお願いしたいのだけど…。

美波
いいですよ。普段通りの解説でいいですか?


いえ、今日は少し趣向を変えてみたくて。
局面って棋力によっても見えかたや理解って違うじゃない?
だから、「初級者向け」「中級者向け」「有段者向け」の3通りで解説してみて欲しいの。

美波
えぇ!?それは初めてのことですね…。

アナスタシア
面白そうですね。ミナミ、ダヴァーイ、ダヴァーイ♪

美波
……5分、時間をください。

(5分後)

美波
えーと…では、解説してみたいと思います。

(初級者向け)
先手が金を左右に配置して、バランスよく構えながら攻めています。
角と桂馬が攻めに働いているので、駒を増やしながら確実に、後手陣を攻略していこう…という方針です。
後手は受けきれないので、反撃することになると思います。


(中級者向け)
先手は▲3五歩といった明快な攻め筋があるのですが、(取れば▲2四歩△同歩▲同飛が銀取り)
ポナンザ流▲4八金・▲2九飛が隙のない形なので、後手の攻め手が難しいです。
▲5一角が取られそうに見えますけど、△4一金としても▲2四歩△同歩▲同角成で生還されます。
先手十分に見えますね。


(有段者向け)
羽生さんの△4二金が新趣向で守りを固めた手なんですけど、▲5一角を含め先手が上手く立ち回っているように見えます。
後手は何とかして反撃したいですが、右辺は難しいです。
△5六銀~△4七歩の筋はありますが、▲5八金で効果が薄い上に先手玉は安泰です。 ということで、7筋~9筋の玉頭方面で戦うことになると思います。金銀二枚の囲いなので、その方がいいでしょう。
手としては△7五歩や△8六歩ですね。△5六銀は、リスクが大きいと思います。

…ただ、戦力不足かつ5一の角が牽制しているので、苦心しそうです。

形勢としては先手良しで勝ちやすい局面に見えます。

 

……こんな感じでいいでしょうか?

 


ええ。美波ちゃん、ありがとう。

アナスタシア
ハラショー!すごく勉強になりましたね。ミナミ、説明上手ですね。

美波
でも、面白い解説とかは全然できないから…。

菜々
木村八段の解説とか、話術がすごいですよね。あと、升田先生もすごかったです!


……ダジャレなら教えましょうか?

美波
ダジャレは結構ですっ!楓さんの対応するこちら側はいつも大変なんですから…。

 

ここでいったん、検討も休憩になりました。少し食べて、夜の検討に備えようということです。

……お酒、飲みたいですけれど酔っては文章が書けませんね。
よって、このままシラフで頑張ります…ふふっ。

 

 

菜々さんの呟き(19時頃)

 

夕食休憩も終わり夜戦が始まる時間帯ですけど、まだみんなが集まっていません。

することもないので菜々さんとソファーでテレビを眺めていたのですが、
囲碁のニュースが流れてきました。 『第3局 井山名人の奪取ならず』と。

 

 

菜々

あと一勝…。

 

はい?

 

隣りに座っていた菜々さんを見ますが、彼女はこちらを向かずに続けます。

 

菜々
『あと一勝』『タイトル奪取に王手』とよく言いますけれど、
その『一勝』はとてつもなく重くて、苦しいものなんです。

 

井山さんのことですか?

 

菜々

いいえ、井山さんだけじゃないです。

羽生さんは1995年に、『あと一勝』を逃して七冠は先送りになりました。 竜王戦だって、永世七冠まで『あと一勝』を逃してはや8年です。

初めて名人を奪取した対局も、重圧に押し潰されそうでまともに食事ができなかったそうです。

羽生さんだけでなく、王座戦でいうなら中村六段が、豊島七段が、佐藤八段が、『あと一勝』を得られずに涙をのみました。

棋士だけでなく、三段リーグやアマチュアの大会だって星一つの差に沢山の人が泣いてきました。

 

…それくらい、『一勝』って重いんですよ。

そうね……。

 

『あと一勝』『七冠達成は持ちこし』

そんな文字が躍る画面から視線をそらさず絞りだされた呟きに、ただ同意するしかできませんでした。 そして将棋でも、一勝をかけた対局が山場を迎えます。

 

 

夜戦 (20時~)

 

夜も深くなってきたので、ありすちゃんは先に家に帰ることになりました。
本人は残りたがっていましたが、仕方ないですね。

検討はまゆちゃんも加わって5人で進めていますけど、後手苦戦の雰囲気です。

 

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▲3五歩   △7五歩   ▲3四歩   △7六歩 ▲6八銀

 

菜々
う~ん、後手つらいですねぇ。

美波
やはり7筋を詰めましたけれど、攻めの手段に乏しいですね。

菜々
羽生マジックとか、出ないですかねぇ…。

まゆ
それは、難しいと思います。
羽生さんの逆転術というのは、敵陣に駒が入り乱れていたり、複雑な局面に存在する「常識外の一手、手順」ですから。
この局面は、すっきりしすぎています。

菜々
そうですか…。 あ、指しましたか?△8八歩▲同玉。 ……手が見えませんねぇ。
△5六銀▲同歩△6五桂は、▲7三銀くらいでどうにも。

美波
普通は、先手が攻め勝つ局面ですね。


『………………』


検討の空気が重くなります。全員がまゆちゃんほどの羽生ファンではありませんけれど、本命の棋士が早々に姿を消すのはやはり味気なく感じてしまいます。 沈黙を破ったのは、中継の更新でした。

 

美波
△4五銀……桂馬取ったんですか!?非常手段に見えますね…。

アナスタシア
でも、続きがありますね。▲同歩に、△8七歩です。イヤミ…ですか?

 

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△8六歩   ▲同 歩   △8八歩   ▲同 玉   △4五銀 ▲同 歩   △8七歩


 菜々
取ると△7五桂ですけど、歩切れですからねぇ。それで良いかどうか…。
▲同金△7五桂▲2二歩△同玉▲8三銀とかでいじめる感じですか。

でも△8七桂成▲同玉の局面は先手も怖いですね。

 (菜々さん指摘の変化)

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先手が良いとは思いますけれど、できるだけ難しくする羽生さんらしい手順ですか。 あ、また更新…。互いに指し手が早いですねぇ。

▲9八玉とかわしましたか。相手にしない方がいい…ということでしょうね。

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▲9八玉


まゆ
……でもこれ、何かありそうですよ。

 

盤を凝視するまゆちゃんの目の色が、少し変わった気がしました。

 


まゆちゃん、何かいい手があるの?

まゆ
正確な手順は分からないですけど…勘です。

先ほどの局面に比べて、かなり先手玉が危険になっています。手が作れそう…な気がするんです。
△9五歩から、後手も反撃ができる形だと思います。

 菜々
いやぁ…でも、阿久津さんも△9五歩以降は読んでいるでしょうからねぇ。

 

意見が交錯する中、局面はクライマックスを迎えようとしています。

 

 

 ~終局(~22時)

 

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△9五歩   ▲8三銀   △7一飛 ▲6二角成 △9六歩   ▲9二歩   △7五桂

 

菜々

▲8三銀は羽生ゾーンと呼ばれていますけど、羽生名人が打たれた側ですね。
9筋にも効かせた好手に見えます。

まゆ
ですけど、△7一飛は細かな手順です。馬で取らせることによって、働きを悪くできます。 …こういった手順の積み重ねが大事なんですね。ふふっ♪

美波
▲9二歩は、飛車をすぐに取ると危険…ということでしょうか。
ただ、△7五桂で先手玉が相当危ないですか?
▲8七玉とかで歩を払われると寄らないから、という意味でしょうか。

アナスタシア
ンー、難しすぎてよく分からないです。


……少し、整理してみましょうか。

この局面で▲7一馬と取ると…△5六銀、取ると△8八角で、取ると先手詰み。後手は△4一歩で耐えられるから速度差で後手勝ち。

 (変化1)

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だから△5六銀に▲9七馬と受けに効かせて、△6七銀成に▲同銀、△7七歩成に▲同金しかなくて、△8八角。 ……7五桂がめいっぱい働いているわね。

 (変化2)

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菜々
それって…飛車取れないって事じゃないですか! 後手が良いってことですか?


まだ何かありそうだけれど、先手が明快に勝てる将棋ではなさそうな気がしますね。

まゆ
中継、更新されました。▲2二歩…飛車を取りませんでした。

美波
本当に取らなかった…。楓さん、そんなに正確に解説できたんですか?


序盤の定跡や中盤の感覚はうまく言葉にできないけれど、終盤はある程度はっきりした結論が出るから…。

でも、▲2二歩は相当な勝負術ね。△同玉と取るのが普通だけど、▲9七馬からの手順のときに▲6六馬が王手で攻防に効くから。

 

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(△3一玉に▲7七馬でと金を外して受けきれます)

 

アナスタシア
ニチェボー、では、どうするのですか?


△同金で耐えていれば、もしかしたら…。でも、危ない形だから。

『………………』

 

再び沈黙に包まれます。
ですが重苦しさはなく、難解な局面を前にした熱気のようなものが存在していました。

 

まゆ
あ…更新、きました。…………え?

美波
まゆちゃん、何かあったの?

まゆ
56、△5六銀です…。

菜々
えぇぇー!!!?▲2一歩成から迫れますよ!?

すぐさま、盤に手順が並べられます。

 

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▲2二歩   △5六銀 ▲2一歩成 △同 玉   ▲3三桂

 

菜々
△2二玉は今度こそ▲7一馬でダメですね。詰めろですから。
となると、△同金右、▲同歩成、△同金…ですか? いやぁ、大丈夫なんですか?これ。飛車取ると…?


……△9五桂。

菜々
え?……あぁ、それが詰めろですか!取った桂馬で!ひえー…。恐ろしいですねぇ。

では、飛車を取らずに詰めろを掛けないとですか。▲3四歩ですかねぇ。

 

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△同金右   ▲同歩成   △同 金 ▲3四歩

 


それは…この手があります。

 

盤で示すと、菜々さんがため息をつきました。 それくらい美しく、絶妙な手順です。

 

菜々
将棋って、助からないと思っても助かっているんですねぇ…。

 


ほどなくして、本譜も同様に進み、阿久津八段が投了。終局になりました。

 

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△5五角 まで、86手で後手の勝ち

 

アナスタシア
これで、後手勝ちなのですか?ヴァチモァ…どうしてですか?

美波
うーん、後手玉は▲2二歩から▲3三歩成の筋で詰めろだったんだけど、△5五角でそれを受けているのね。 で、先手玉は△8八歩成▲同金△同角成からの詰めろになっているの。 つまり、「詰めろ逃れの詰めろ」だね。

アナスタシア
ニチェヴォー シビエ!すごいですね。
……阿久津さんは、何が悪かったのでしょう?

美波
うーん、分からないかな。飛車を取れる変化がなかったのは誤算だと思うけれど、▲8三銀以降、代案は見つかってないし…。

菜々
羽生名人の真骨頂、という感じですねぇ。
どこで悪くなったのか分からない、そんな将棋でした。「羽生マジック」みたいな1手で逆転…ではないですけど。

まゆ
でも、それが羽生さんの本質だと思います。 △8七歩も、△7五桂も、△2二歩に対する手抜きも、「部分的には」ある手です。
ですけど、本局の手順は誰にも思い浮かびませんでした。 予想外の手順で、なおかつ難しく、最善なことすらある…。
「作ったような一手」だけで勝てるほど、将棋は甘くないですから。

菜々
特に、△8七歩からの手順は絶妙でしたねぇ…。
阿久津先生も疑問手を指しているようには見えませんでしたけれどね…。
将棋は分からないです。

まゆ
分からないから、難しいから、こんなにも魅力的なんですよ…きっと。

 

 

対局は終わったはずなのですけれど、検討陣の熱気は醒めません。 とてつもなく高度な駆け引きを見た興奮と、底知れないものに対する畏怖のような感情が渦巻いていました。

 

この感覚をうまく表現できないのが、悔しいですね。

 

 

終局後

夜も遅くなったので、ほどなく解散となりました。外は予想以上に冷えていて、検討の熱気で熱くなった頬には厳しいくらいでした。

一人で家に帰る途中、思い浮かんだのは菜々さんの呟きです。

『一勝』の重さ。

本局も、あれだけの勝負が繰り広げられて、得られるのはたった一勝です。
ですけれど、棋士はその一勝に泣き、笑い、人生をかけて戦っています。
それは、ある意味異常な世界なのかもしれません。

ですけど、そのあり方に惹かれているのもまた事実です。

 

竜王戦は、本局で終わりではありません。5位決定戦も、挑戦者決定トーナメントも控えています。
そして同時進行で名人戦棋聖戦王位戦…いくつもの棋戦で、沢山の勝負が待っています。例えタイトルを獲って頂点に立っても、来期の勝負があることは変わりません。

 

一勝をかけた戦い。
それが一生、続いていくんですね…ふふっ。

 

 

(了)

 

 

追記

この後、井山裕太さんは4月20日、十段戦第4局で勝利して七冠達成を成し遂げました。 その偉業を、心から称賛したいと思います。

新田美波の棋戦講座  桜ともに開幕

 

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~事務所の玄関にて~

 

あ、アーニャちゃん、おはよう!

「ドーブラエ ウートラ! おはよう、ですね。少しずつ、暖かくなってきました。外の桜がきれいですね」

もう四月だから…そっか、ロシアや北海道はまだ寒いもんね。まだ慣れないかな?

「ニェート、それは大丈夫です。…ですけど、事務所や公園の桜はプリクラースナ、素晴らしいですね。こんなにたくさんの桜は、こちらに来てから初めてみました」

関東だと、桜は春の風物詩だね。

「…でも、すぐに散ってしまうのは少し寂しいですね」

だからこそ、いっそう美しいと感じるんじゃないかな。数日だけの満開を楽しむために、沢山の人がお花見をしているわけだしね。一年中咲いていたら、こんなに人は集まらないと思うよ。

「そういえば、カエデが花見、するみたいですね。昨日の夜、ついったぁ…というものを任されました」

楓さん……。エイプリルフールにかこつけて飲みにいくつもりね。 アーニャちゃん、大丈夫?Twitterの使い方わかる?

「ダー、それは大丈夫ですけど…、ミナミに一つ聞きたいことがあります」

何かな?

「最近、ミナミのレクツィア…講義を聴けてないですね。忙しいですか?それとも講義、イヤですか?」

全然そんなことないよ!?ただ、プロデューサーさんの企画と、日程が合わなかっただけで…。

「そうなのですか?よかったです…。ミナミ、講義してくれますか?」

そうだね、二人の予定が合ったら、またやろうか。それでいい?

「バリショーエ スパシーバ!アーニャ、嬉しいです。今すぐプロデューサーと予定を調整しましょう!」

ちょ、ちょっとアーニャちゃん、今すぐは早すぎるんじゃ…。

「『時間は待ってくれない』と、ミズキとナナが教えてくれましたね。すぐに行くべきです!」

確かに重い言葉だけれど…、まだ何も決まってないからちょっと待って!

「シト?…そうでした。内容が何もないですね」

これまでは、アーニャちゃんの疑問に答える形でやってきたけれど…。

「ンー、今度はミナミが決めてくれますか?」

私が決めていいの?

「ダー、ミナミがどんなことを教えてくれるのか、楽しみです♪」

そうね、春だし、桜もきれいだし…。あの話にしましょうか。

 

~数日後、事務所の一室~

 

 

美波

それでは、今回の講義を始めたいと思います。

アナスタシア

よろしくお願いしますね。ミナミ、今日はキレイでクールですね。最近の、簿記のお仕事もすごくよかったです。

美波

ありがとう。ちゃんと先生らしく、しっかりした格好も見せないとね。

アナスタシア

でも、『美波と簿記…意味深』とか言われてましたね。よく意味が分かりませんでした。

美波

!?……それは、分からなくていいことだと思うよ。

アナスタシア

ミナミ、顔赤いですね。

美波

そ、それはさておき、講義を始めますっ!
今回のテーマは春だから「名人戦」ね。

アナスタシア

シト、名人…ですか。棋士のことですか?

美波

確かに上手い人のことを「名人」と言ったりするけれど、将棋ではタイトルのことを指すのね。毎年、四月上旬から7番勝負が行われるの。

アナスタシア

パニャートナ、だから年によって「名人」が変わることがあるのですね。

美波

それでも、名人の称号を得た人は少ないのだけどね。

江戸時代から名人はいるけれど家元制で世襲だったし、今のような実力制になってからも73期行われて12人しかなっていないの。

特にここ13年間は、羽生名人と森内九段だけしか名人になっていないのね。

アナスタシア

シトー?他の人はいないのですか?

美波

郷田九段や三浦九段、行方八段といった方も挑戦しているのだけれど、いずれも名人の防衛に終わっているわね。

アナスタシア

そうなのですか。…何か、理由があるのですか?

美波

うーん、明快な理由…というよりは、「勢いで挑戦できない」ことは大きいかな。 C級2組から順位戦を戦ってA級まで勝ちあがって、更に1年間トップ棋士と戦って挑戦権を得なければいけないから、一時期の好不調で決まらないのね。

「なるべくして名人になる」みたいな言われ方はするかな。

アナスタシア

ニサムニェーンナ…たしかに、そんな方ばかりですね。

美波

今期の名人戦も開幕するし、過去の名人戦で「印象に残った1局」を他のアイドルたちにも聞いてみました!それを、少し解説してみたいと思います。

アナスタシア

ハラショー!みんなに聞いたのですか。楽しみです♪

 

 

第73期名人戦第4局 羽生―行方 戦

(平成27年5月20、21日)

 

美波

これは、去年の対局だね。戦型は相矢倉脇システム。覚えている人も多いかもしれないね。

アナスタシア

ンー、よく覚えてないですね。棋譜覚えられるほどアーニャ、強くないです。

美波

ちゃんと要点は盤に並べるから大丈夫。 後手が序盤から△5二金型保留で工夫して、先手の攻めがほとんど切れちゃったのね。

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アナスタシア

プローハ…悪いですね。勝てる気がしません。

美波

アーニャちゃんの言う通りで、先手は馬があるけれど攻めが切れていて先手敗勢なのね。…でも、ここからが恐ろしいの。

できるだけ難しい変化に誘導して、すごい追い上げを見せるのね。

難解な1手違いにまで持ちこんで、逆転勝利

決め手の▲9九歩も印象深い一手ね。

 

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 アナスタシア

……どうして勝てるのでしょう。わけが分からないです。

美波

対局後は、みんなそんな感じだったよ。ある棋士が「バケモノ・・・」って呟いていたしね。最近の名人戦ではかなりの衝撃だったかな。

興味があるなら、後で手順を並べてみるのもいいと思うよ。

 

……コメントも、羽生名人の勝負術を称賛するものが多いね。

 

「投了もあり得ると言われた局面から、逆転まで持っていく執念が素晴らしいです♪」(まゆ

「行方さんにはっきりした悪手はないのですが、細かなミスを誘発して迫る勝負術に感心しました。最後の▲9九歩も違筋の決め手です」(

 

次に紹介するのは、名人に研究で挑戦した対局だね。

 

アナスタシア

オー、楽しみですね。

 

 

第68期名人戦第2局 羽生―三浦 戦

(平成22年4月20、21日)

 

美波

三浦九段は研究家で有名で、この時の最大の武器が横歩取りだったのね。 「横歩取り△8五飛」戦法の全盛期で、本局もその形。 図の局面で羽生名人の封じ手になったのだけれど、ここまで三浦九段の研究だったの。

 

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アナスタシア

では、三浦九段は良いと思っているのですか?バチーム、どうして?

美波

次に△3七歩成があるから対応しなくちゃなんだけど、第一感は▲3九金だね。

飛車に当てて先手を取りながら、攻めの速度を遅らせてるの。

△1九飛成に▲5三桂成が激痛のように見えるのだけれど……

 

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アナスタシア

厳しそうですね。

 

美波

ここで、△5二香!の受けがあるのね。▲6二成桂と攻めを続けようとすると、△3九竜▲同銀△5八金!から詰んでしまう!これが三浦九段の研究だったの。

 

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アナスタシア

ニチヴォー!すごい手順です!羽生さんは、これを知らないのですよね?

美波

後日インタビューで、

「△3七歩の局面には絶対ならないだろうと思っていた」「だから研究はしていなかった」

と言っているから、知らなかったと思う。

ただ、封じ手まで60分の長考をして、▲3九金がうまくいかないことに気づいたみたい。

 

そして、封じ手は…▲5三桂成。攻め合いだね。

 

アナスタシア

ンー、先手のオクラーダ…囲いが壊れてしまいそうです。

美波

実際、右側の金銀は取られちゃうね。一番危険に見える順だから三浦九段も軽視していたみたいだけれど最善だったみたい。三浦九段にミスが出て、わずかに先手良しになるの。

激しく攻め合って、この局面。互いに危ないのだけれど、どう指せばいいのかが難しい局面なのね。 直接迫っていこうとすると、上に逃げられて入玉すら見えてくる…そんな状態かな。

アナスタシア

でも、先手も危ないです。何かしなければいけませんね。

美波

ここで指されたのが…▲5三歩。三浦九段も、この名人戦を通して一番印象に残った手と言ってたみたい。

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 アナスタシア

シト、意味がないようにみえます。どういうことですか?

美波

王手でも、詰めろでもないから後手は攻めに回りたい。例えば△8五歩▲同竜△7四金みたいに、上から抑えていくのが狙い筋なの。 でも、ここで攻めようとすると▲5二歩成に△同竜と竜をバックさせられて、先手玉が安全になるのね。

「後手が動こうとすると、働いてくる手」という感じかな。

……これを指せる人は、羽生さんくらいしかいないと思うけど。

 

アナスタシア

これで、先手がいい…ですか?

美波

結局△5三同玉と取ったのだけれど大きな利かしで、▲4六銀から攻めて先手が勝ちになったの。

羽生名人の感覚と、読みの深さが表れた一局かな。


コメント

「三浦九段の研究を読みで打ち破った羽生名人の強さを見せつけられた対局でした。また、研究に偏りすぎることの弊害も感じた一局でした」(

「事前に準備ずるのは当たり前やけど、それを徹底しても勝てんから難しいなぁ」

亜子

 

この対局を含めて横歩取りは3局あったんだけれど、全て羽生名人の勝利。ストレート防衛を果たすの。

相手の得意戦法を正面から受け止めて破る。これが羽生名人のスタイルなのだけれど、挑戦者側のショックは大きいみたい。挑戦者側はタイトル戦を境に勝率が落ちることもあるみたいだし……。

 

アナスタシア

大変な、世界なんですね。

美波

名人戦は防衛の歴史だからね、A級順位戦を勝ち上がっても奪取することは難しいのよ。

有名なところでは、郷田九段が3-4で二回挑戦失敗しているしね。

「名人の壁」みたいなものを感じるシリーズは多いよ。

アナスタシア

シチナー…壁、ですか。アーニャも名人になった人、少ししか知らないですね。

美波

羽生名人、森内九段の前には谷川九段、佐藤九段、丸山九段…とそうそうたる面々がいらっしゃるけれど、それより前の方は引退された方ばかりになるのね。(加藤九段を除く)

つまり名人の歴史は、羽生世代で今も止まっているの。

前期の行方八段や、今期の佐藤天彦八段といった若い人達も挑戦してきているから、どこかで塗り替えられるとは思うけど…。

アナスタシア

『羽生衰えた』ですか?

美波

……アーニャちゃん、ネットの情報とかは、鵜呑みにしたらダメだよ?

その手のことは何年も前から言われているけれど、未だに四冠だからね?

アナスタシア

ダー、わかりました。よく分からないことは、ミナミに聞くことにします。

美波

私も完璧じゃないけれど……。アーニャちゃん、純粋すぎるからちょっと心配かな。

 

さて、名局はたくさんあるけれど今回取り上げられるのはこれで最後かな。

少し古い対局だけれど、名人戦棋士にとって何なのか…ということが表れているんじゃないかな。

アナスタシア

 そう聞くと、少し緊張しますね。

 

 

第40期名人戦第8局 加藤―中原 戦

昭和57年7月29、30日)

 

美波

これは、先にコメントを紹介しようかな。

 

「加藤九段が、年齢的にも最後のチャンスをものにしたシリーズでした。10番勝負は、今思い返しても涙が……」(菜々

「ひたすら加藤流で勝とうとする姿勢がすごいですね…ふふっ」(

 

アナスタシア

シト、10番ですか?7番勝負とミナミ言いました。

美波

7番勝負なのは変わりないんだけど、勝敗をまとめると分かりやすいかな。

 

第1局 持将棋

第2局 中原勝ち

第3局 加藤勝ち

第4局 中原勝ち

第5局 加藤勝ち

第6局 千日手

第6局 加藤勝ち

第7局 中原勝ち

第8局 千日手

第8局 加藤勝ち(奪取)

 

持将棋1回、千日手2回を挟んだのね。だから「10番勝負」と言われているの。

 

アナスタシア

プラーウダ リ エータ?…ほんとうですか?すごい死闘ですね。

美波

当時、加藤九段は42歳。結果的にこれが最後の名人挑戦になったのだけど、奪取に成功したのね。第8局は開催する場所が見つからなくて、将棋会館で指した…なんてこともあったみたいね。

アナスタシア

ヒストーリエ…歴史を学びましたね。内容はどうだったのですか?

美波

加藤九段の先手矢倉加藤流になったのだけど、中原名人優勢になるのね。実際、名人に勝ち筋はあった…と加藤九段が述懐しているの。

斬り合いになって、クライマックスがこの局面。

加藤九段は1分将棋。アーニャちゃん、どうすればいいか分かる?

 

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 アナスタシア

ンー、後手が詰みそうですけど、難しいですね。詰むのですか?

美波

▲3一銀(投了)△同玉▲3二金!これで詰みなのね。△同玉に▲5二竜で▲4三金と打てるから。

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銀に対して△3三玉と逃げても、▲3二金△4三玉▲4二銀成から詰むのね。

……この筋が二人とも死角だったみたい。

この筋を見つけた加藤九段が叫んだ…というエピソードもあるの。それだけ、「名人」という称号が重いということかな。

アナスタシア

棋士にとってのズヴェズダ…星なのですね。名人というのは。

美波

そうだね。あの羽生さんでも、米長名人に初挑戦した第6局、最後の▲7七角が重圧で数分間打てなかったらしいから。それだけ、重いものなんだと思う。

 

……本当にいろいろな名局が生まれてきたからここに全部載せることは無理だけれど、 棋士が人生を賭して目指す頂点…ということが分かってもらえたら嬉しいかな。

 

アナスタシア

まさにシンデレラ…ですね。

美波

魔法を掛けてくれる人はいないし、自分の力で駆け上がっていくしかないけどね。

 

興味が合ったら手順を並べるのもいいと思う。手の意味が全部分からなくても、気迫が伝わるような対局も多いよ。

そして、これからもそんな勝負が続いていくんだと思う。

 

アナスタシア

ナジェージタ…希望ですけど、続いてほしいです。

勝負は厳しいですけど、だからこそクラスィーヴィ…美しいと思います。

美波

名人戦も開幕するし、対局中の棋士の姿も観られるようになったからね。 その美しさがもっと広まればいいな。

 

今回は、これで終わりにします。ありがとうございました。

 

アナスタシア

バリショーエ スパシーバ!ありがとうございました。

アーニャ、一つ分かりました。棋士も、アイドルもよく似ていますね。大舞台に立つために努力して、駆け上がっていくんです。

 

美波

似ているところも、多いかもしれないね。

アナスタシア

あと、歌ったり、踊ったり、テレビに出たり、マンガになったり、きれいな服を着たり…。

それと、笑いを取ったり、コスプレしたりしてますね。

 

 

美波

それは……かなり一部の人だと思うよ。

 

 

 

 

(了)

 

 

参考書籍

「どうして羽生さんだけが、そんなに強いんですか?」梅田望夫 著