とある事務所の将棋紀行

将棋の好きなアイドルが好き勝手に語るみたいです。

新田美波の定跡解説  角換わり腰掛け銀の変遷

 

f:id:kaedep:20160214212911j:plainf:id:kaedep:20160214213122j:plain

 

もう、アーニャちゃん、誤解を招く言い方はやめてよ…。

「シト?アーニャ、何かおかしなこと言いましたか?」

だってあの後、菜々さんに追いついて事情を説明しようとしたら、

『問題ないです。ミナミは、攻めと受けをイチからアーニャに教えてくれただけですね』

って。菜々さんの笑顔が更に引きつってたよ?

「ンー、日本語は難しいです…」

…また私が教えるから、ね?

「ズドーラヴァ!ミナミはやさしいです」

菜々さんも最後は分かってくれたみたいだけど……あ、プロデューサーさん、おはようございます。

「ドーブラエ ウートラ!おはよう、ですね」

今日のお仕事は…って、企画書ですか?私の?

『前の講座が好評だったから、企画を通してきた』って……えぇ?

「ハラショー!ミナミの講義、また聞けますね」

ちょっと待ってください、私、まだ何も準備が…

「アーニャ、まだ分からないこと沢山ありますね。ミナミに教えてほしいです」

アーニャちゃんまで…もう。分かりました、引き受けます。

「ミナミ、ルカパジャーチィ!」

アーニャちゃん、プロデューサーさんの前でハグはちょっと…。

「ジャールカ…ミナミは奥手すぎますね。ロシアではハグくらい普通です」

どこで覚えたの、その日本語…。あ、プロデューサーさんすみません、企画書の話でしたよね。

内容と日程はあとで打ち合わせをするからいいですけど…念のため言っておきますがプロデューサー、解説なので衣装はいりませんからね?

露出の高い衣装は、ライブとCDの水着で十分です!

 

(数日後)

 

ということで、また講義をすることになりました。よろしくお願いします。

「パジャールスタ、ミナミが先生なら、何度でも講義、受けたいです」

もう…最初くらいちゃんとやろうよ、アーニャちゃん。

今日のテーマは、アーニャちゃんの希望で角換わりについてだね。

 

f:id:kaedep:20160222205032g:plain

「ダー、最近、他のみんながこんな形で戦っていますね。でも、『角換わりの端歩は受けるもの』と教わりましたし、棋士もずっと端歩を突いていました。どうして、この形になったのか分からないです。あと、どう戦えばいいのですか?」

うん、この端歩保留型は新しい形で結論も出てないけれど、ここに至るまでの経緯から話していこうかな。

……あ、そうだ、テーマ書かなきゃ。

 

講義『角換わりと端歩の関係』

 

角換わりって銀の使い方で3つに分かれるのだけど、アーニャちゃん分かる?

 

f:id:kaedep:20160222205644g:plainf:id:kaedep:20160222205835g:plainf:id:kaedep:20160222205032g:plain

 

「ダー、棒銀、早繰り銀、腰掛け銀ですね」

そう、大体こんな感じかな。この中でも、今回のテーマになるのは『相腰掛け銀』ね。

「なぜ、これが人気なのですか?」

うーん…具体的な説明は難しいけど、先手は主導権を握って攻めたいのね?でも、棒銀や早繰り銀は攻めがある意味単調で、最善で受けられると大変なの。

局面でみると分かるけど、飛、角、銀だけの仕掛けになるでしょう?

「ヤー、ほんとですね。」

腰掛け銀は桂馬も活用できるから、攻めの幅が大きく広がるの。

NHK杯の有名な「▲5二銀」とか、昔は棒銀が流行したこともあったみたいだけど、今の先手は腰掛け銀が大多数かな。

「ンー、みんな同じ形なのですか?他の戦型だと、囲いや攻めに色々なヴィリデューカ…変化がありますよね?」

他の戦型と違って、必ず持駒に角があるから、駒組みが制限されるの。

隙を見せると角を打たれて馬を作られたりするから、変化は難しいかな。

玉を飛車に近づけていく『右玉』っていう選択肢はあるけれど、特殊な扱いで玉も薄いから省略するね。

さて、相腰掛け銀を説明する上で重要なのが、『先後同型』ね。この局面が軸になって定跡が進化してきた…と言っても過言じゃないくらい重要な形なの。

「先手も、後手も、同じ形をしてますね」

 

f:id:kaedep:20160222210932g:plain

そう、互いに角打ちの隙をみせずに囲って攻めの形を作ると、この形になるのね。

「カローリ…玉はこの位置なんですか?」

昭和中期くらいまでは、ここから▲8八玉△2二玉と囲ってから先手が攻めてたのだけど、

f:id:kaedep:20160222210653g:plainf:id:kaedep:20160222210704g:plain

昭和30年代くらいに先手勝ちの結論が出てるね。『木村定跡』って名前で有名なんだけど、後手の投了まで定跡化されてる定跡ってことで有名かな。

「ダーティシトー!そんなにはっきりしているのですか?」

細かな手順は省略するけど…

・玉を上がると、飛車の攻めを直接受けてしまうこと

・端攻めの効果が増してしまうこと

・▲4一角の隙があること

 

これが後手にとってマイナスで、先手の攻めを受けきれないのね。だから、△3一玉の形の方がいいというわけ。

「ミナミに攻め倒されるのですか…大変そうですね」

定跡を並べやすいから、私が先手側にいるだけだからね?

…そうなると、先手が▲8八玉と上がった瞬間に仕掛ければ逆に後手が勝てるのではないか

という話になって、先手も▲7九玉のままになる。こうして、先後同型はこの局面になったの。羽生世代が棋士になったときには既に指されていたみたいだね。

「そんなに古い形なのですか」

その後、角換わり腰掛け銀の代名詞になったんだけど、難しい変化ばかりで…。

最終的に「先手勝ち」だろうという評価が出たのが2011年の羽生―深浦戦ね。

この対局の変化で一直線に攻めたとき、最後に先手がギリギリ詰まないという研究が出たの。局面はこんな感じなんだけど。

 f:id:kaedep:20160222211008g:plain

「ミナミ、今日は手順はやらないのですか?」

50年以上の歴史があるから変化も多くて、説明するとキリがないのね。それだけでこの講座が終わっちゃうかな。

あと、昔の将棋を語るなら適役の人がいると思うし…。

「シト?」

とにかく、ここでずっと続いた【角換わり=先後同型】が崩れてしまったのね。

そうなると後手は困っちゃうわけ。ちょっとホワイトボードにまとめると、

 

<2手目△8四歩問題>

居飛車戦で初手▲7六歩に△8四歩と突く

→先手は矢倉か角換わりかを選択できる

→先後同型で勝てるから、先手は角換わりを選択する

→後手は、△8四歩と突けない

 

居飛車の後手で狙える戦法ってこれ以外に横歩取りと一手損角換わりくらいだから、とても大変な事態になったのね。
現に、この時期の後手で2手目△8四歩と突く将棋はかなり少ないの。

「そんなことがあったんですか。将棋って、突き詰めると怖いですね」

…少し、異常な世界かもしれないね。

でも、後手で作戦が限られるっていうのは、勝たないと生計が成り立たない棋士にとって深刻な問題で、ここから「角換わり後手番」の模索が続くのね。

具体的な対策で生まれたのがこんな感じ。

 

<角換わり後手の対策>

 

・△7三歩型…同型で弱点だった桂頭を何とかするため、桂馬を跳ねない。しかし反撃に乏しい。

・△6五歩型…△6四角をみせつつ、先手の攻めを牽制。千日手狙い。手待ち合戦も。

・△7四歩型…反撃の味をみせる。ただ、▲2八角や▲6四角で飛車を狙われる筋も。

・端歩保留型…9筋を突かずに先攻を狙う。最新型。

例外

・一手損角換わり…飛車先を突いていないから、△8五桂の反撃がある。ただ、先手は早繰り銀や棒銀が有効になるので全く別の将棋になる。

 

今の角換わり腰掛け銀はいろんな形があって分かりにくいけれど、どれも

・いかに先後同型を避けつつ、勝負に持ち込むか

という方針で一致しているわけ。順番に説明するね。

 

・△7三歩型 

f:id:kaedep:20160222211750g:plain

この形自体は中原十六世名人が指されているそうだから昔からあるのだけど、同型の苦戦を経てまた復活した形になるの。

同型の将棋では、攻めの準備で跳ねた桂馬の頭を狙われて先手の攻めが続いたから、弱点をみせないで戦う方針ね。

「後手のスロバストゥ…弱点が見えませんね。先手はどうするのですか?」

うん、下手な攻めは通用しない形なんだけど、後手は桂馬がまったく働いてないから攻めることができないのね。

だから、先手は攻めの準備を整えて、一番いいタイミングで仕掛ければいいというわけ。

後手も穴熊に組み換えたり色々工夫をするのだけど、端攻めに遭ったりしてどうも上手くいかない印象があるみたい。

「主導権、先手にありますね。ミナミに一方的に攻められるのは大変です」

…アーニャちゃんがいる後手側からすると、『先手の攻めを切らさないと勝てない』というのが大変なところかな。

いいタイミングで△6五歩とか、△7五歩みたいに反撃できないの。桂馬を跳ねる余地がないから。

「ンー、後手が大変そうにみえてきました」

うん、だからこの形は今はあまり指されていないね。次の形を見てみようか。

「ダー」

 

・△6五歩型

f:id:kaedep:20160222212356g:plain

 これも守り重視なんだけど、『仕掛けすら許さない』っていう強い主張の形かな。

「後手が位をとってますね。…ちょっとヘンな形です」

さっきの△7三歩に加えて6筋の位を取ってるけれど、案外あなどれない形でね、この形の究極の狙いは千日手なの。

「ヴォフタディーニャ…繰り返し、ですか?」

うん。もし普通に▲4五歩と攻めようとすると△6四角の反撃が厳しいのね。▲4七金で守っても△4五歩のときに桂馬で取れないし…。

「先手の攻めがニェウダーチャ…失敗ですね」

うん。だから先手は▲6八飛として反発をみせたり、▲6九飛~▲2九飛として、もう一度▲2八飛の形に戻したり、パズルみたいな手待ちをして、後手の最善型を崩しにくのね。すごく難しいから省略するけど、上手く仕掛ければ先手もやれるという認識になるわけ。それだったら…

「それだったら?」

わざわざ主導権を放棄する意味がなくなっちゃうのね。

「『元も子もない』、ですか」

そう、千日手なら先後入れ替えで指し直しになるけど、「がんばって千日手」っていうのも面白くないし…。

というわけで、「反撃や仕掛けを狙える形で指せないか」ということになったの。次がその形ね。

 

・△7三桂保留型(3三銀早上がり型)

 f:id:kaedep:20160222212729g:plain

「今度は△7四歩を突いていますね?」

そう、これだけで全く違う展開になるのが、将棋の怖いところかな。

この形の利点は、

・△6五歩や△7五歩といった反撃があること

・桂頭を狙う仕掛けがないこと

この二つが一番大きいんだけど、もちろん問題点もあって、

・後手の飛車がいじめられること

これに尽きるかな。

「ンー、どういうこと、ですか?」

例えば、△6五歩の瞬間に▲6四角が飛車取りになったりするの。

f:id:kaedep:20160222213014g:plain

(以下△9二飛▲4五歩△同歩▲同桂△4四銀▲6五歩などで攻め合い)

 

▲2八角と打っておいて、▲4五歩の攻めを厳しくする手も数年前は指されていたね。

「『自陣に角を打つ自信』…ですか?」

…それ、だれから聞いたの?

「楓さんが、言ってましたね。勉強になりました。他にも…『角交換には、好感がもてる』とか。」

アーニャちゃん…楓さんの日本語だけ覚えちゃダメだからね?

…他にも△2四銀から先手の桂頭を狙ったり、いろいろな手段が先手にも後手にもあるんだけど、後手の苦労が多いことには変わりないの。

正確に先手の攻めを受け止めて、薄い自玉に気を付けながら反撃して勝つ

って、とても大変なの。特に、終盤は持ち時間も少ないから後手が『勝ちにくい』ことは確かね。

「実戦的に、ということですか」

そう、でも普通に指すと先手が一手早いわけだから、先に攻めるには何かを省略しなくちゃいけない。そこで生まれたのが、端歩保留型というわけ。

まだ未開拓の分野だけど、少しだけ説明するね。

「ダー、楽しみです♪」

 

・端歩保留型

 f:id:kaedep:20160222213528g:plainf:id:kaedep:20160222205032g:plain

これは、先手が▲9六歩を突いたときに、端を放置して組み合うということだね。

「この頃、よく見ます。一気に広まったように思いますね」

でも、最初はそこまで重くみてなかったというか…。

先手が端を絡めて手順を尽くしてやっと勝てるような仕掛けを、後手が端を絡めずにやって勝てるのか…みたいな。ちょっと先攻してはいるけれど軽い攻めに見えるのね。

「ダー…確かに、これで先手が一気に負ける気はしないですね」

だから、初期は▲9五歩と突く手が主眼だったかな。

端歩を突きこして、後手の攻めを誘ってる…とも言えるかもね。『攻めきれないでしょう?』ってね。

「アーニャ、分かりました。ミナミの誘い受け、ですね」

…確かに間違ってないんだけど、それだと語弊が…。どう説明すればいいのかな…?

「ミナミ、これで攻めきることはできますか?」

確かに同型の将棋で、先手は細い攻めを手順を尽くしてギリギリ繋いでいたのだけど、この場合は後手の先攻している得がかなり大きいのね。

「シト?」

これまでの角換わりって、『先手が一方的に攻め続けるもの』

だったから、先手玉って安泰なの。でも、先攻されると囲いに嫌味がつくでしょ?強い攻めが指しにくくなるってこと。沢山駒を渡したら、自玉が詰んじゃうかもしれないし。

実際、先手が連敗した時期もあるのね。特に、棋王戦のトーナメントで羽生名人が先手を持って負けたり…。

その将棋は、先手玉が右辺に逃げなきゃならなくなって、▲9五歩が一手パスみたいになってしまったのが大きかったの。玉の逃げ道として、機能しなかったのね。

先攻できる得が、かなり大きいって分かってきた感じかな。

「そういえば、ちょっと前に『楓新手』って言葉、聞きましたね。それも端歩保留でした」

それはね、先手が▲9五歩を突かないで攻め合いを選択したときの話なんだけど…、

後手は先攻できるけど、先手も▲2四歩から反撃して難解な攻め合いになるというのが大体の展開ね。

f:id:kaedep:20160222213804g:plain

この▲5四銀が厳しくて、以下先手勝ちという結論が出たってところかな。(棋王戦佐藤天ー阿部健戦)

この手順や変化は、他の事務所で詳しくされているから割愛するね。

でも、一つだけ。この▲5四銀を対局で実際に指したのは佐藤天彦八段だから、用語として使うときは気をつけてね。

「ダー、分かりました」

後手も途中で変化できるから難しいところもあるけど、先手の手段は

・▲9五歩と突いて受け身に回るか

・▲9四歩のまま攻め合いにするか

こんな感じかな。今やっている王将戦でも端歩保留が出たし、▲9四歩型で後手が右四間で攻めたり…。まだまだ未解決の分野かな。

今回はいろんな形をみてきたから大変だったかもしれないけど、

『角換わり腰掛け銀は後手が苦労している』

ってことが分かってもらえたら嬉しいな。もちろん、先手を持って正しく攻め勝つのも大変なんだけどね。

棋士からすると、同じ形になりやすくて、研究しやすいことが魅力でもあるみたい。

「ダー、分かりました。角換わりはすごくトンカヤ…繊細ですね。同じような形でも、歩や桂馬の位置が違うだけで別世界です」

そうだね、このわずかな形の違いを把握しながら指しこなしてる棋士の方は本当にすごいと思うよ。

でも、これを全部暗記しなきゃ角換わりが指せないわけじゃないから、気楽に指してほしいかな。まず、将棋を楽しまないと。

「そうですね。アーニャもミナミと指すの、楽しいです」

知識として知ってるのも重要だけど、実際に局面を前にして真剣に読まないと分からないことも多いから、指してみることも大切だね。

巴ちゃんは、ネット対戦をよくやっているみたいだし、自分に合った上達法を見つけるのが一番いいかな。

ということで、今回の講座はこれで終了です。ありがとうございました。

「バリショーエ スパシーバ!ありがとうございました、ですね」

 

これから、どうしようか。じゃあ、今日は日本語の勉強もやっておこうかな…。

「ミナミ、日本語で、聞きたいことがあります」

ん?何か分からないことがあったら教えて、アーニャちゃん。

「前にテレビで角換わりの解説、観てましたね。そうしたら、『桂』と書かれた駒を持って、棋士が言いましたね。『このカツラを取りたい』って、何度も。どういうことですか?『ケイ』と読むはずです」

ん……アーニャちゃん、その時の解説って誰だった?

「佐藤紳七段と、橋本八段ですね。何か関係があるのですか?」

あるというか、あの二人しかないというか…。

「シトー?どういうことですか?カツラが何か関係ありますか?」

ちょっと言いにくいっていうか…私だって女の子だし…。

「アー、分かりました。自分で調べますね。他の質問ならいいですか?」

それなら大丈夫かな、どんなこと?

「さっきミナミが微妙な顔をした『誘い受け』って、何か別の意味があるのですか?」

え、えーと…きょ、今日のところはやっぱりやめておこうかな、また今度にしましょう!

それではお疲れ様でした~!

 

ガチャ バタン

 

「ニェート!ミナミ、逃げないでください。正しい日本語、教えてください。何で穴熊で桂馬を跳ねると『パンツを脱ぐ』って……」

 

ガチャ バタン

 

(了)

 

参考対局

 

第41期棋王戦挑戦者決定トーナメント 佐藤天―阿部健戦

同                  羽生―阿部健戦

第81期棋聖戦第1局         羽生―深浦戦

第63期王将戦第5局         渡辺―羽生戦

第83期棋聖戦第2局         羽生ー中村太戦

その他沢山の角換わり対局

 

楓新手参考資料

『盤上のシンデレラ ~安部菜々と地獄の検討室~ 第4局

http://www.nicovideo.jp/watch/sm27631647』

 

二宮飛鳥の棋王戦挑決トーナメント佐藤天彦八段-阿部健治郎六段観戦記+ - 神崎蘭子さんの将棋グリモワール